もう一度、逢いたい(3)
by JUNKMAN

無邪気なブロブディンナグ人幼女の二コラちゃんが、ケントくんをぱくりとまる呑みにしてしまった。
もちろん驚いたことは確かだが、しかし母親のデレラさんは冷静である
急いでトゥヌガート伯爵の書斎に駆け込むと、机の引き出しから薬袋を取り出して駆け戻ってきた

「デ、デレラお姉ちゃま、それは?」

「パパのお薬よ」

顔色一つ変えずに二コラちゃんを抱き上げると、その鼻をつまむ
息が苦しいので仕方なしに開けたその口の中に、デレラさんは素早く粉薬と丸薬を流し込んだ

「・・・パパは政務とかでストレスが溜まると胃が痛むので、胃薬は欠かさないの。これは重炭酸ナトリウムとプロトンポンプ阻害薬。これで二コラの胃酸は中和されてもうしばらく胃液も出てこない。だからケントくんが二コラの胃の中で溶かされてしまうこともないわ。」

「!」

気が動転するばかりだったマーナちゃんは、冷静なデレラさんの行動に素直に感心した

「すごいわ、デレラお姉ちゃま、これでケントくんは無事ということね?」

「今のところはね。でも、これはただの時間稼ぎ」

「?」

「しばらく胃液に溶かされることはない、というだけよ。消化管蠕動で十二指腸に運ばれてしまったら膵液の蛋白分解酵素に溶かされてしまうわ。それまでの間に救出できなければ無事では済まない。だけど・・・」

「だけど?」

「胃の中のケントくんを外に救い出す方法が・・・」

病院に行って内視鏡で取り出すのが定石だ
でもそれでは時間がかかるし、何よりも鉗子や吸引の処置は荒っぽいのでケントくんが無事に救出できるか怪しい
かといって他に妙案もないし
・・・
ところが、今度はマーナちゃんが真剣な顔で大きく頷いた

「・・・ある」

「え?」

「あるわ。ケントくんを胃の中から救出する方法があるわ。だからデレラお姉ちゃま、ロープを用意して!」

「ロープ?・・・マーナ、何をする気?」

「だからケントくんを救出するのよ。ロープは長ければ長いほどいいわ!」

*****

「・・・こんなものでどうかな?」

ロッペさんが裏の倉庫からロープをかき集めて持ってきた
全部つなぎ合わせると1000ブロブディンナグ・メートルくらい
デレラさんが怒髪天を衝く

「そんな長さじゃ足りないわよっ!何やってるのっ!っとに無能なんだからっ!」

「いや、でも急に言われても用意がないからさ」

弁解するロッペさんにマーナちゃんが加勢した

「そうよお姉ちゃま、落ち着いて・・・二コラちゃんはまだ小さいから、これでもなんとかなると思うわ」

冷静沈着なクールビューティーであるデレラさんだが、ロッペさんの前だけではいつもカリカリ怒っている
いや、独身時代にはトゥヌガート・パパの前でもそうだった
要するに、甘えているのである
それがよくわかっているマーナちゃんは、デレラさんの怒りを適当にいなしながら1000ブロブディンナグ・メートルもあるロープの一端を自分の腰に巻き付けて固く縛った

「・・・ホントに大丈夫?」

冷静さを取り戻したデレラさんが心配そうに訊ねる

「大丈夫よ。お姉ちゃまがしっかりとロープの反対側の端を握っていてくれれば必ず戻って来れる」

マーナちゃんはヘルメットに付属したヘッドライトの操作を慎重に確認しながら答えた
それでもまだデレラさんは不安そうである

「マーナ、自分の安全をおろそかにしてはいけないわ」

「うん」

「胃の中にはそこそこ酸素はあるけど、炭酸ガス濃度が高いので、精力的に動きすぎて息が荒くなると意識を失ってしまうわ。いい?慎重に、ゆっくり活動して、無理だと思ったら諦めて帰ってくるのよ」

「う・・・うん」

マーナちゃんが曖昧に頷く中、デレラさんの警告は続く

「あと、何よりも大切なことは、何があってもそのロープの縛り目を解いてはダメだということ。わかる?絶対に解いてはダメよ」」

「・・・うん」

またしても曖昧に頷くと、マーナちゃんは鏡の前に立った

「じゃ・・・行ってくる。ケントくんを見つけたら合図するから、その時はロープを引っ張ってね」

「わかったわ」

マーナちゃんは鏡の前に両掌をつき出し、例の集中のポーズをとった

「・・・φ~)(‘&θ$#”!`?ºª•¶§∞υ¢£™¡æ…¬˚∆˙©σƒ∂ß圡™Γºª•¶§∞æ«`÷≥≤Πµ˜Ω≈ç√˜å°‡›‹€⁄××!!!」

ぼわああああああああああああん
両掌から噴き出した白い煙が鏡に跳ね返されて、マーナちゃんの身体を包み込んだ

*****

僕は眠っている
・・・
いや
・・・
目覚めることを拒んでいる
・・・
・・・
・・・
現実世界に戻りたくない
僕にとって受け入れることのできない現実を、この目で見たくない
だから僕は眠っている
・・・
・・・
・・・
マーナ
本当は、もう一度君に逢いたかったんだ
君に逢って
憎まれ口をたたいて
膨れっ面をされて
あかんべえをされて
そっぽを向かれたかったんだ
・・・
でも
・・・
でも
・・・
・・・
逢うのが、怖いんだ
怖くて、君に逢うことを、僕は拒んでいるんだ
・・・
僕が君にできることなんて何もない
それが事実だったんだ
マーナ
その事実と向き合って
それが現実となることが
僕は怖いんだ
・・・
・・・
・・・
だから僕は
・・・
目覚めたくないんだ

*****

「マーナ、準備はいい?」

「!!!」

轟き渡るデレラさんの声を聴きながら、縮小マーナちゃんは目が点になって後ずさりした
な、なんて巨大なの!
リリパット人サイズになって見上げるブロブディンナグ人のデレラお姉ちゃまは、予想していたよりも遥かに遥かに巨大だった
押しつぶされそうな威圧感
人間というより、何か神々しい自然現象を目の当たりにしているような感じ
・・・
リリパットのお友達には、わたしはこんな風に見えていたのね
ケントくんにも
・・・
怖い
・・・
・・・
けど、みんなはわたしをちっとも怖がらなかったわ
凄いなあ
・・・
わたしも頑張らなきゃ!
縮小マーナちゃんはうっすら甘い液体で満たされたプールに飛び込んだ
直径50リリパット・メートル、深さも10リリパット・メートルほどある銀製のプール
ブロブディンナグ人の視点では、それはシロップを掬ったスプーンだ
その中で縮小マーナちゃんは泳いでいる

「・・・二コラ、いい子ね、はい、シロップよ」

背後からデレラさんの大音声が轟く
すると銀製のプールは急上昇を始め、目の前に巨大な幼女が現れると、ばっくり口を開けた
直径80リリパット・メートルにも達しようかという巨大なあどけない口だ
銀製のプールは門歯列をくぐって躊躇なくその巨大洞窟の奥深く侵入すると、そこでいきなり上下がひっくり返った

*****

ざばあああああああああ
上下がひっくり返ったスプーンからシロップが口腔内にぶちまけられる
でも、そのシロップが柔らかい舌を浸していたのはほんの一瞬だけだった
こくり
口腔内・咽頭の筋群の見事な連携で、シロップは二コラちゃんに嚥下された
その中にいた縮小マーナちゃんと共に

*****

どどどどどどどどどどどどどど
食道を垂直に滑落しながら、わたしは慌ててヘルメットのライトを点灯させた
こうなるともう恐怖を突き抜けて「なるようにしかならない」という淡々とした心境だ
ぼちゃん
着床するのと暗闇の世界がうっすら照らされるのはほぼ同時だった
暗がりに浮かび出る空間はてらてらと光沢のある赤い広大なドーム
その切り立った壁は波打つように緩やかに揺れ、天井はどこまでも高い
まるでミサを行っている中世の大聖堂のようだ
こんな状況でいうのもなんだけど、神秘的で綺麗
・・・
・・・
なーんて余裕かましてる場合じゃないわね
何しろこんなに広大な空間なのだから、ヘルメットについたライト程度でその全景を映し出すことはできない
そこで縮小マーナちゃんは周囲を歩き回りライトが照らし出す狭い空間をしらみつぶしにしてケントくんを捜索することにした

「ケントくーん!」

広大な胃腔に縮小マーナちゃんの声がわんわんと響き渡る
しかし、返事はない

「・・・それはそうよね、ケントくんはきっと意識を失ったままなのだから」

わかってはいるのだけれど、それでもついつい大声でケントくんの名を呼んでしまう

「ケントくーん!」

「ケントくーん!」

呼びかけ続けながら、縮小マーナちゃんは胃体部から幽門に向かってくまなく探し続けたのだ
・・・
それがいけなかった

「ケントくううう・・・?」

縮小マーナちゃんの視野が、急にぐにゃりとゆがんだ
あれ?
・・・
ちょっと意識が飛びかけている
どうして?
・・・
・・・
・・・
しまった
・・・
大声でケントくんの名前を呼び続けているうちに、ついつい過呼吸になってしまったのだ
通常の環境なら過呼吸は酸素が過剰になって炭酸ガスが不足する
ところがここ胃腔内では大気の酸素濃度が低くそれ以上に炭酸ガス濃度が高い
だから呼吸しても呼吸しても炭酸ガスは低下しないのだ
そのうえ歩き回って内因性炭酸ガスの産生が増加したので、体内では炭酸ガス過剰状態が起こってしまった
炭酸ガス中毒だ
ナルコーシス
ただちに命の危険はないが、このままでは意識を失ってこの場で眠りこけてしまう
急がなくては!
縮小マーナちゃんは両手で頬をぺしぺし叩いて眠気を追い払いながら、慎重にケントくんを探し続けた

*****

それからどのくらい歩きまわったことだろう
もう夢も現もわからないほど炭酸ガス中毒が進行している
いますぐにでもこの場に倒れて眠りこけてしまいそう
それでも縮小マーナちゃんは歯を食いしばってとぼとぼと歩き続けた
大丈夫
最低限の自分の身の安全は確保している
腰に巻いた命綱だ
このロープの反対の端はデレラお姉ちゃまがしっかり握っていてくれる
だから最悪の場合、自分はここで意識を失って倒れても後で引っ張り出してもらえるはずだ
だからもうひと頑張り
なんとしてもケントくんを見つけるんだ
縮小マーナちゃんは歩く
見まわす
両手で頬を叩いて眠気を覚ます
歩く
見まわす
両手で頬を叩いて眠気を覚ます
歩く
見まわす
両手で頬を叩いて眠気を覚ます
歩く
見まわ
・・・
・・・

「!」

向こうに誰か倒れている
こんなところに倒れている人は一人しかいない
ケントくんだ!
間違いない!
やっと見つけた
危ないところだった
だってケントくんが倒れているのは幽門輪のすぐ近く
この二コラちゃんの巨大な胃がもう一回ぶるんと蠕動すれば、その姿はあの円状の穴を抜けて十二指腸球部に放り投げられてしまう
そうすればもう手出しができない
十二指腸乳頭から無慈悲に噴出されるトリプシンのシャワーを浴びて、身体を構成する蛋白がどろどろに溶かされてしまうのだ
でも胃酸の分泌を薬物で止めている今は胃内にいれば安全
早速救出に向かおう

「!」

そこで縮小マーナちゃんは愕然とした
腰に巻いた命綱が伸びきっている
これ以上向こうに歩み寄ることができない
ケントくんの倒れている位置が口から最も遠い幽門輪のすぐそばだったので、ロープの長さが足りなくなってしまったのだ

「・・・」

炭酸ガス中毒で朦朧とした意識の中で考える
このロープは命綱
これだけは絶対に解いてはいけない、と、デレラお姉ちゃまから何度も釘を刺されたわ
確かに
そうなんだけど
でも、すぐそこにケントくんがいる
ケントくんを救出するには、このロープが邪魔なんだ
大丈夫
せいぜいあと50リリパット・メートルくらい
そのくらい行って帰ってくることはできるわ
縮小マーナちゃんは、あれほどいけないといわれたのに、腰に巻き付けた命綱のロープを解いてしまった

「よし」

気合を入れ直して倒れているケントくんのもとに歩みを進める
一歩
二歩
三歩
四歩目で
またしても視界が大きくぐにゃりと歪んだ

「!」

しまった
炭酸ガス中毒は限界まで達していた
もはや正常な判断などできない状態になっていたのだ
目の前の光景がゆっくりと渦を巻きながら霞んでいく
もうどこにケントくんが倒れているのかもわからない
もうどこに命綱を置いてきたのかもわからない
もうどこに自分が立っているのかもわからない
もう何もかもがわからない

「・・・ケントくん・・・助け、て」

縮小マーナちゃんは絞り出すようにつぶやくと
その場に力なく倒れ込み
・・・
両目を閉じた
・・・
・・・
・・・

*****

「・・・ケントくん・・・助け、て」

・・・
・・・

・・・
誰の声だ?
これはまさか
・・・
マーナの声か?
・・・
そんな馬鹿な!
生まれつきあんなに巨大で強力なマーナが僕に助けを求めるはずなんかない
それに万が一本当にマーナが助けを求める声であったとしても、僕なんかの出る幕じゃない
僕なんか小さくて弱くて役に立たない
マーナのためにしてあげられることなんて何もない
ましてや、マーナを助けてあげることなんかできるわけないじゃないか
あれは空耳だよ
目を覚ます必要はない
・・・

「・・・ケント、お前はマーナに逢いたかったんじゃなかったのか?」

そのとき、誰かが詰問してきた
誰の声かわからない
でも取りあえず僕は反論した

「そ、そんなことないよ!僕は、もうマーナに逢うのが怖いんだ!」

「怖い?だからどうした?怖かろうがなんだろうが、マーナに逢いたい気持ちは変わりないだろ?」

「え?」

「何を逃げているんだ?お前が怖がっているものとやらは、逢いたい気持ちまでも消し去ってしまうほどのものなのか?」

「・・・」

「逢いたいんだろ?」

「・・・」

「逢いたいんだろ?」

「・・・」

「もう一度、マーナに逢いたいんだろ?」

「・・・逢いたいよ」

「じゃあどうして逃げる?しかもマーナはいまお前に助けを求めているんだぞ」

「!!!」

「行け!今すぐ行くんだ!」

「・・・うん!」

返事をしてから、僕は訊ねた

「き、君は・・・いったい誰なんだ?」

「俺か?」

・・・
声の主は一呼吸おいてから答えた

「・・・俺は、お前自身だ」

ぱちり
どこだかわからない暗くて生暖かく湿った場所に横たわっていた僕は、ついに、両目を開いた

*****

デレラさんはいらついていた
約束の時間になっても合図がない
マーナはまだケントくんを見つけられないでいるのかしら?
だから合図をよこさないのかしら?
・・・
でもそろそろまずい
時間がたちすぎた
このままでは炭酸ガスナルコーシスで意識がなくなってしまう
ただちに命を落とすことはないけれど、少なくとも救出作業は続行できないはず

「・・・限界よね」

縮小マーナちゃんからの合図がないまま、デレラさんは命綱のロープを引き上げることにした

*****

それまで一種の仮死状態のようになって眠り続けていたケントくんは、代謝が抑制されていた分だけ内因性炭酸ガスの蓄積量が少ない
だから縮小マーナちゃんより長い時間この胃腔内に滞在していたにも関わらず、ケントくんにはまだ炭酸ガス中毒の兆候が現れていなかった
思考も判断力も明瞭である
その冴えわたった頭脳で見慣れない薄暗がりのスペースを注意深く見渡す
50リリパット・メートルほど先に、ぽつりと小さなライトが見えた
慎重に歩み寄る
小さなライトを点灯させたヘルメットをかぶった女の子が、そこに倒れていた

「!!!」

信じられない
その姿はマーナに生き写しだった
思わず駆け寄って抱き起す
マーナによく似た女の子は目を閉じたまま言葉を発さない
だらりと四肢は脱力したままだが、でも取りあえず呼吸も脈拍もしっかりある
命に別状はなさそうだ
・・・
それにしても、この女の子は実にマーナに似ている
それとも本当にマーナなのか?
・・・
そんなわけはない
あの超大巨人のマーナが、僕と同じ大きさで、僕に抱きかかえられるサイズのはずがない
・・・
・・・
・・・
いや
この女の子はマーナだ
間違いない
僕にはわかる
だって、実際にさっき僕の心の中に助けを求めてきたじゃないか
この女の子が助けを求めたのだ
だから僕が助けに来たのだ
僕はマーナを助けに来たのだ
だから、この女の子はマーナなのだ
わけがわからない理屈だが、僕にとってはすごく説得力がある
それに、この何とも言えない女の子の感じ、雰囲気、匂いが、間違いなくマーナのものだ
・・・
いや
・・・
僕の知らなかったマーナもここにいる
この僕の腕の中に収まる、ふうわりと軽く柔らかく暖かい抱き心地
マーナにはこんな側面もあったのか
僕は、ギュッと、マーナを抱きしめる
マーナの身体が、僕の腕の中でぷにゃりとひしゃげた
いつまでもそうしていたいような、幸せな時間だった
・・・
・・・

「?」

そのとき、奇妙なものに気付いた
マーナの倒れていた地点のほんの数リリパット・メートル先に、ロープの端が無造作に放り出されている
その先はどこへとも知れない深い闇の中に続いていた
これは何だろう?

「!!!」

突然、僕の危機察知能力が働いた

*****

ぐいっ
・・・
デレラさんは縮小マーナちゃんの命綱であるロープを二コラちゃんの口から引き抜く
慎重にゆっくりゆっくり引き抜いたつもりではあったが、リリパット人サイズの人間には相当な高速に感じられてしまうことだろう
まあ、ロープはしっかり腰に巻き付けてあるはずだから、それでもマーナは大丈夫だろう
そんなことを思いながら引き抜かれたロープの先端を、ティッシュペーパーの上に載せ、今度はもう二コラちゃんにまる呑みされてしまわないよう慎重に高いテーブルの上に置いて
・・・
そして虫眼鏡で観察した

「!」

*****

どうして?と訊かれてもわからない
それはもう危機察知のカンであるとしか答えられない
でも、間違いなくそこに危機が迫っていることは確信できた
マーナを助けなくちゃ!
そのためにはあれを逃してはならない
時間がない
僕はマーナを小脇に抱えると、電光石火の横っ飛びでロープの先端に飛びついた
がしっ
伸ばした片手でロープの端をしっかり握りしめた瞬間、そのロープは超高速で上空に向かって引き上げられた

「うわあああああああ」

並みの人間なら、激しいGに耐えながら片手で女の子を抱えもう片方の手でロープにぶら下がる、などという離れ業を遂行できるはずはなかろう
でも僕は鍛えられたアスリート、しかもサッカーのGKだ
僕ならばこそできる能力で、マーナを抱えたまま超高速で暗闇を上昇し、そしてあっという間に目映く光り輝く外の世界へと脱出を果たすことに成功したのだ

「!」

脱出してみて初めて気が付いた
僕がマーナを抱いて飛び出してきたのは一人の可愛いブロブディンナグ人幼女の口から
ということは、僕たちはいままであの幼女の胃の中にいたのだ
何ということだ
そして外の世界に脱出してきた僕たちを待っていたのは、見覚えのある綺麗なブロブディンナグ人のおねえさん
あれは確かマーナの実姉のデレラさんだ
ということは、やはりこの僕が抱え込んでいるリリパット人サイズの女の子はマーナ本人であるに違いない
・・・
でも
いったいどうして?
・・・
・・・
・・・
もしかして
あの小さな女の子に吞み込まれてしまった僕を、マーナは何らかの方法で小さくなって助けに来てくれたのか?
それで力尽きてあそこで倒れていたのか?
そして今度は僕がマーナを救い出したのか?
・・・
じゃあ
僕たちは、お互いに助け合っていまここにいるのか?
・・・
・・・
・・・
ケントくんの心の中で、わだかまっていたものが
すうううううっと
消えた
・・・
僕がマーナにできることは何もない?
それは違った
僕たちはお互いにできることをした
お互いに助け合った
それでいま、こうして二人でいる
二人でたどり着いて、ここにいる
・・・
マーナを愛おしいと思う気持ちが、怒涛のように高鳴った
マーナ
やっぱり
・・・
逢えてよかった
・・・
・・・
・・・
もう一度、強くマーナの身体を抱きしめる
強く、強く、抱きしめる
抱きしめて、気が付いた
・・・
外気に触れて炭酸ガスが抜けたマーナが、うっすらと、目を開いていた

*****

数日後
すっかり体調を取り戻した縮小マーナちゃんとケントくんは、二人きりでマーナちゃんの部屋にいる
マーナちゃんのベッドの上だ
もちろん、ブロブディンナグ人サイズの部屋に置かれたブロブディンナグ人サイズのベッドである
リリパット人サイズの今の二人にとっては平原も同然の広大さだ
若い男女がベッドの上で二人きり、というようなロマンチックな雰囲気とはほど遠い

「・・・それにしても、お前さあ、どうして身体が小さくなったんだ?」

「それはね」

リリパット人用の清楚なうす紫色のワンピースでおしゃれしてきた縮小マーナちゃんは、ぺろっと舌を出して答えた

「ドロシーお姉ちゃまの魔法なの」

「魔法?」

「そう。びっくりしたでしょ?」

ケントくんは明後日を向きながら首を横に振る

「びっくりはしたけど、でも信じないわけにはいかないよ。だって実際にいまこうやって目の前にお前がいるんだから」

「うふふ」

二人は歩み寄る
縮小マーナちゃんはケントくんの首に両手を回し、ぴったりと身体を密着させる
そしてその逞しい胸に頬を寄せ、うっとりと瞼を閉じた

「・・・こんなことができるなんて、夢みたい」

「うん、お前がブロブディンナグ人サイズの時には、とてもできなかった芸当だからな」

あはははははは
明るく笑い転げる二人
・・・
だが、そこで急にケントくんが真面目な表情になった

「お前、もうブロブディンナグ人サイズには戻れないのか?」

「・・・戻った方が、いい?」

縮小マーナちゃんは、ケントくんから少しだけ身体を離すと、上目遣いにその表情を読む
ケントくんは真面目な顔でこっくり頷いた

「僕は、マーナとこうやって抱きしめあったり、手を繋いだりできるのは嬉しい。でもマーナはブロブディンナグ人だ。ブロブディンナグの社会に戻るにはブロブディンナグ人サイズでなければ不便だろ?ハイスクールだってまだ卒業したわけじゃないんだし」

「でも、それじゃあまたわたしはケントくんよりずっとずっと大きくなっちゃうわ。わたしたち、巨人とこびとの関係に戻ってしまうのよ」

「戻らないよ」

ケントくんはきっぱり首を横に振った

「マーナと僕の間に、巨人とこびと、なんていう関係はない。マーナと僕、という関係しかないんだ」

「え?」

「僕はマーナに逢いたかったんだ。大きくても、小さくても、関係ない。リリパットにいた時から、ずっとマーナに逢いたかったんだ。それは・・・」

「・・・」

「僕はマーナのことが好きだからだ」

「!!!」

「今回の事件でよくわかったよ。照れて悪態ついてみせることも、嫌いなふりしてみせることも、自信を失って意識がなくなってしまうことも、みんな同じ。逃げていたんだ。臆病だから、自分自身に対して素直になれなかったんだ。恥ずかしいことだね」

「・・・」

「僕はマーナのことが好きだ。何度でも言うよ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。だからマーナに逢いたかったんだ。それだけだよ。大きいとか、強いとか、釣り合いとか、そんなことはどうでもいい。そんなどうでもいい枝葉末節の属性でマーナを見るつもりなんかない。今も、そしてこれからもだ。それを今回の事件ではっきり認識したんだ」

縮小マーナちゃんの両目から、涙が溢れ出してきた
そんな縮小マーナちゃんの肩を、今度はケントくんが、強く、ぎゅっと、抱き寄せる
・・・
・・・
ケントくんの胸に顔を埋めて
マーナちゃんは幸せだった
・・・
・・・
・・・

「・・・わたしが、ブロブディンナグ人サイズに戻る方法は、あるわ」

ケントくんの胸に顔を埋めたまま、縮小マーナちゃんはぽろりと呟く

「どんな方法だい?」

「簡単」

顔を上げて、ケントくんの顔を正面から見据える

「ケントくんに、キス、してもらえばいいの」

「え?」

「それだけ」

「それだけ、って、本当にそれだけでお前はブロブディンナグ人サイズに戻れるのか?」

「うん」

縮小マーナちゃんは、当然、という表情でこくりと頷く

「だから・・・キス、してくれる?」

「お、おう」

突然の展開に動揺しながらも、ケントくんは大きく頷いた

「・・・じゃあ、ハイ!」

縮小マーナちゃんは唇を尖らせて両目を瞑った
まだ動揺が収まらないケントくんも、これはもう行かなきゃならない態勢である

「い、いいか?」

「待って!」

誘っておいた方の縮小マーナちゃんがタイムをかけた

「・・・ケントくんがキスしてくれたら、わたしすぐに大きくなっちゃうから、気をつけてね」

「お、おう」

「ここはベッドの上だから大丈夫だと思うけど、ケントくんは大きくなったわたしにふっ飛ばされてしまうかもしれないわよ」

「それは大丈夫だ。僕たちリリパット人は、ブロブディンナグ人との接し方は慣れているよ」

「そう・・・それじゃあ改めて、ハイ!」

再び目を瞑って尖らせた縮小マーナちゃんの唇に、どぎまぎしながらもケントくんは自分の唇を合わせる
・・・
チュッ♡
・・・
・・・
・・・
ずもももももももももももももももももももももももももももももももももも

*****

マーナちゃんは本当に大きく大きく大きくなって、ブロブディンナグ人サイズに戻ってしまった
さっきまでの縮小サイズの2500倍
体重にすれば15625000000倍
あの広大な平原のようなベッドが、巨大マーナちゃんの体重で深く沈み込んでしまった
だから巨大化に巻き込まれて一旦はふっ飛ばされたケントくんも、こんどは沈み込んだベッドの斜面をごろごろ転がって結局もといた場所に戻ってきたのである
巨大マーナちゃんは、その超巨体でベッドの上で膝立ちのポジションになり、真下に戻ってきたケントくんに向かって嬉しそうにピースサインしている
それにしても、こんなに大きかったっけ
毎度毎度、ブロブディンナグ人の大きさには驚くなあ
ともあれ、半信半疑ながらもいちおう警告はされていたので、ケントくんはふっ飛ばされつつも素早く受け身をとって事なきを得た
事なきを
・・・
いや
得ていない

「マ・・・マーナ」

「どうしたの、ケントくん?」

「お前・・・まる見えだぞ」

「!」

言われて気が付いた
身体は巨大化したのにお洋服は巨大化していない!
だからまっぱだかになっちゃった!
まっぱだかで膝立ちポジションになり真下にケントくんがいるのだから、それはもうナニとは申しませんがまる見えでございますよ、はい
えええ?
どうして?
どうして?
ドロシーお姉ちゃまが縮小サイズから戻った時には、ちゃんとお洋服を着ていたじゃない!
・・・
マーナちゃんは計算違いをしていた
解説しよう
縮小サイズから戻った時、ドロシーは縮小魔法を受けたときと同じ服を着ていたのだ
すなわちその服も縮小魔法を受けていたわけで、それが解消されれば服も巨大化するのは当然だ
ところが今日のマーナちゃんは、オシャレしたかったのでリリパット人用のワンピースに着替えてきてしまった
もちろんこのワンピースは縮小魔法なんか受けていない
だから縮小魔法が解消されてもそのままの大きさで、身体だけ巨大化したマーナちゃんはまっぱだかになってしまったのである

「きゃああああああああああああああああああ」

悲鳴を上げながらも、マーナちゃんの鬼視力はケントくんの股間がもっこりしてしまった事実をきっちり見逃さなかった

*****

ケントくんがリリパットに帰ってから1か月
また逢えない生活に戻ったというのに、このごろのマーナちゃんは妙に機嫌が良い
今日も鏡台の前で一人にやにや笑っている
・・・
ケントくんには敢えて告げなかった事実があるのだ
・・・
あの縮小魔法は、誰とでもキスすれば解消されるというわけではない
そうではなく「その一生添い遂げん者と口吸すればたちどころに術は破れん」と魔法書には書いてある
ということは
マーナちゃんは、いずれケントくんと添い遂げる
そういう運命であることが確定したのである
だから今は別れて暮らしていても寂しくない
将来は一緒に暮らせるのだ
どうやって一緒に暮らそう?
ドロシーお姉ちゃまみたいに、わたしがリリパット人サイズに縮小して一緒に暮らそうか?
それともローラ王妃様みたいに、大きさの違う夫婦として一緒に暮らそうか?
うふふ
どっちも楽しそう
どっちにしても、早くケントくんと一緒に暮らしたいなあ
・・・

「!」

そこで突然、マーナちゃんはリリパットにいたころの執事だったナボコフの言葉を思い出した

「・・・魔法を使って世界征服をするのは、大人になるまで待った方が良いです」

・・・
・・・
そうか
・・・
わたしは魔法を使った
でも、世界征服のためじゃない
もっと素敵なものを見つけるために、わたしは魔法を使った
子供のころは、こんな素敵な使い道があるなんて夢にも思わなかった
ドロシーお姉ちゃまが魔法を使った理由もわからなかった
・・・
でも
いまはわかるわ
世界征服よりも、もっともっと素敵な、大切なものがあることを
・・・
・・・
もしかしたら
・・・
わたしは大人になったのかしら?
・・・
・・・
・・・
鏡台の前で頬杖を突きながら、マーナちゃんは小首を傾げて微笑した

*****

一方、そのころ南海の楽園ブレフスキュ島のとある警察署では

「・・・へーくしょん!」

「どうしましたナボコフ署長?お風邪ですか?」

「いやいや、大丈夫。ちょっと鼻がむずむずしただけだ」

この髭メガネの署長はもともとリリパット王宮に勤務していたらしい
ところがその部署が2年ちょっと前に解散してしまったとのことで、紆余曲折あって今はこのブレフスキュ警察に勤務している
そのブレフスキュ警察は、今日、治安維持を担当する新任の巡査を迎えていた

「・・・このたびブレフスキュ警察に赴任することになりました、巡査のテレサ・アパリシオです。よろしくお願いしまーす」

マリンブルーのミニスカ制服に身を包んだブロブディンナグ人の新人婦警が、足元のブレフスキュ人署員たちに向かって決まり悪そうに敬礼する
髭メガネの署長は新人婦警の巨体を遥かに見上げながら声を荒げた

「こら!アパリシオ巡査!パンツはどうした?制服を着用しているのはいいが、スカートの下にパンツを穿いていないではないか!」

「・・・」

ブロブディンナグ人新人婦警は唇を尖らせてふてくされながら答えた

「だってぇ、ブレフスキュ暑いしぃ、このほうがオナニーしやすいしいぃ、まんこなんか見られたって減るものでもないしぃ・・・」

「馬鹿者!公序良俗を守ることも警察官の重要な任務の一つだぞ!」

うんざりしてそっぽを向く新人婦警テレサ・アパリシオ
新人婦警テレサ・アパリシオ
え?
テレサ?
・・・
それって、あのくそビッチのテレサのこと?

*****

ブロブディンナグクロワシを用いたリリパット人誘拐の罪は重い
しかし、その被害者たちは幸いなことにケガ一つなく、後遺症も残さなかった
そもそもテレサは犯行中もむしろ乱暴なボブからリリパット人たちを守ろうとする言動をしていたという証言もあり、判事の心証は悪くなかった
更に現職首相の娘から減刑嘆願書まで提出されていた
そんなわけで、テレサに対しては誘拐という罪の重さに比べ驚くほど軽い裁定が下された
当面の間、社会へのボランティア活動に従事するべし
具体的には、ブレフスキュ島へ無期滞留し、そして当地で巡査見習いとして治安維持ボランティアにあたること
・・・
・・・
・・・
え?
・・・
ちょっと待てよ
こびとのブレフスキュ人たちにとってブロブディンナグ人のテレサは超巨大少女である
ブレフスキュ軍すらも歯が立たないまさに無敵の存在
そのうえこのウルトラ巨大娘は、見た目はキュートなくせに中身はくそビッチである
そんな超ド級にデンジャラスな淫乱娘をこびとの住む平和なブレフスキュ島で野放しにしたらどうなる?
やりたい放題し放題
何千人何万人ものこびとたちを自分のえっちなところにご奉仕させて悦に入るとか
大群衆が見守る中で荘厳な高層建築をこれ見よがしにえっちな玩具にして遊んじゃうとか
ついついそんな心配をしてしまうのではないだろうか?
・・・
・・・
残念!
そんなこと全然ないから
だって、それってど変態サイズフェチどもの考えることだから
テレサはウルトラ超巨大なブロブディンナグ娘であるというだけで、本人にサイズフェチの嗜好は全くない
読者の皆様もよくご存知のように、ただのちんぽ大好き淫乱くそビッチである
ちんぽさえでかければボブのような最低男とだって付き合える筋金入りのくそビッチである
サイズフェチみたいな変態ではなく、至極真っ当にノーマルなくそビッチなのである
テレサの大好物はブロブディンナグ男の極太LLサイズちんぽ
こびとの大群衆にご奉仕させるとか、高層建築でおなにーするとか、そんな変態プレイにはまるで興味がない
そんなテレサにとって、島中探しても顕微鏡サイズのマイクロちんちんしか見つからないブレフスキュはこの世の地獄である
まんこがうずいてもうずいても、それを満たすでかちんぽがない
これは苦しい
意図してのものであったかどうかは定かでないが、ブレフスキュでのボランティア活動とは、テレサが犯した罪に対する代償としては実はなかなか重い罰であったのだ

*****

「・・・で、パンツは穿かないのか?」

「いいじゃないですかぁ、それくらい」

テレサはぷいと頬を膨らます
実際しばらくボブのでかチンポを挿れていないのでまんこがうずいてうずいてたまらない
だから四六時中自分の指でおなにーばかりしていてパンツを穿く暇がないのだ
だが、ブレフスキュ警察の髭メガネの署長は冷酷だった

「そうか、署長命令を無視するか・・・」

「へ?」

「勤務態度が悪ければそれなりの勤務評価になるまで」

「!」

「このままではいつになってもブロブディンナグへの帰国許可が出ないな・・・」

「ひええええええええ、そ、そ、それは困りますっ!」

テレサは真っ青になった
でかちんぽ不在のブレフスキュ島はまさに生き地獄
こんな生活からは一刻も早くおさらばしたい
ちんぽ
ちんぽ
ちんぽのためならこのむかつくブレフスキュ人署長の命令にも、涙をのんで素直に従うしかないのだ

「ご、ご、ごめんなさいっ!命令には素直に従いますっ!だから、だから許してくださいっ!」

「ならばこんなところで油を売っていないで早速パトロールに行ってこい!!!」

「はいっ!わかりましたっ!」

テレサは直立不動になってもう一度敬礼すると、慌ててずしんずしんと地響きを立てながらパトロールに出掛けてしまった
これからもこのような地獄の日々が続くのだろうか?
はあああ
先が思いやられるなあ
・・・
・・・
・・・
って
あれ?
・・・
結局、パンツ穿かないままパトロールに出掛けてね?

もう一度、逢いたい(終)