ズッシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!

  ズッシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!

突如、街全体が凄まじい揺れに襲われた。
もっとも激しく揺れたところでは上下に100m以上も動いたのではないだろうか。
街のすべての人間が地面に投げ出された。多くの建物が倒壊した。

一瞬で街のすべての機能は不能になってしまった。町全体が停電になりライフラインは停止、ほとんどの道路も先ほどの大揺れで滅茶苦茶になって車が走ったりできるような状態ではなかった。
いったい何が起きたのか。それを考える余裕があったのはそこから数十kmも離れた場所にいた人々だけ。
そしてその人々が見たのは、高さ600mを超えるタワーの左右にそびえ、天に向かって延々と伸びる恐ろしく巨大な脚だった。



   *


 ハル 「よいしょっと」

靴下を脱いで右足、左足と順番に地面におろすハル。
眼下にはとんでもなく極小の街並みが広がっていた。

 ハル 「うわー! みんなすっごい小さいですねー」

周囲を見渡しながらハルが言う。
見渡す限り、地上のすべてのものが自分の目線よりも下にあるのだ。

するとどこからともなく声が聞こえてきた。

 アスカ 『今のハルちゃんは1万倍の大きさだからねー。もうビルどころか山ですらハルちゃんより大きいのは無いよ』

アスカの声だ。天から降り注ぐような巨声だが、どこにもその姿は見えない。

 ハル 「え? そうなんですか?」
 アスカ 『今のハルちゃんの身長が大体16000m(16km)として、世界最高の山のエベレストでも9000m弱だから。ハルちゃんのおなかくらいの高さだね。富士山も高さ4000m弱だから、今のハルちゃんからしたら膝下くらいの高さかな』
 ハル 「あはは、わたし山よりも大きくなっちゃったんですね」
 アスカ 『そゆこと』
 ハル 「…じゃあこの足元にあるのは…」

言いながらハルは自分の足元を見下ろした。
灰色の地面が広がるそこにはポツポツと無数の小さな突起があった。
四角い石ころをちりばめたような感じだ。

 アスカ 『もちろん、町。ハルちゃんにとっての1cmがその世界での100mだから、ハルちゃんから見て1cmの高さがあったらそれは超高層ビルだね』
 ハル 「ふぇ? これで高層ビルなんですか?」

もう一度ハルは足元の町を見下ろした。
1cmあれば超高層ビル。自分が今その町の上に踏みおろしている足の指の太さにも届かないのに、人々にとっては高層建築物であるらしい。

 アスカ 『ニシシ。どうよ、そそるでしょ?』
 ハル 「そうですね…なんだかイジメたくなってきちゃいます♪」
 アスカ 『うんうん、流石ハルちゃん。あ、もちろん町には人もいるからね。まぁハルちゃんからしたら小さすぎて見えないと思うけど』
 ハル 「あ、そうなんですか? でも見えないなら居ないのと一緒ですよね」

ハルは立ったまま足元の町をジッと見つめた。
しかしどこにも動くものは見えない。
せいぜい、眼下をただよう雲くらいのものだ。

 アスカ 『んじゃしっかり楽しんで』
 ハル 「はい。……滅茶苦茶にしちゃいますね」

ハルはニヤーリと笑って町を見下ろしながら一歩足を進めた。
ズシン。自分の足が無数のビルを踏み潰したのを感じる。
と言っても「潰した」という感触そのものはそんなにない。ただ地面を踏んだだけのような感じだ。ビルは砂で作ったかのように脆く、足の裏で感じてやるには少々弱すぎる。

 ハル (わたしの1cmはこの町の小人にとっては100mってアスカさんが言ってたから、24cmのわたしの足は小人さんから見たら2400mってこと? わぁ~、わたし足だけで2kmもあるんだ)

踏み下ろした足をどけてみるとそこには足跡がくっきりと残されていた。
長さ2400m幅900mある自分の足の跡だ。灰色の町だった部分が、地面がむき出しになって茶色に変わる。足跡だと、はっきりわかった。指の形まで残っている。

 ハル (長さ2400m幅900mってすごい広い範囲だよね? まわりのビルなんか比べ物にならないくらいちっちゃいし。やっぱり人もたくさんいたのかな)

しゃがみこんだハルは自分の足跡を観察していた。
しゃがみこんで、町と目の距離が近くなってもビルたちはなお小さい。目を凝らさなければ超高層ビル以外は見分けがつかないほどだ。
そしてそこにいるであろう小人たちなんかまったく見つけられなかった。きっとこの点のように小さなビルの間の線のように細い道の上を砂粒よりも小さな人々が大勢逃げているのだろう。
でも見つけられなかった。おそらくこの足跡の範囲だけでも数千人、あるいは1万人以上いたのかもしれない。でも見つけられない。見つけられないならいないも同じだ。
しかし確かにそこに存在しているはずだ。わたしは彼らを見つけられないが、彼らはきっとわたしを見上げているのだろう。どこに行ったって見えるはずだ。だってわたしは世界で一番大きいのだから。

そっと、右手を足元の町に伸ばしてみる。
超高層ビルはそんなに多いわけではない。ほとんどのビルが100mもない大きさだ。それでもビルであることに変わりはない。
町は建物で埋め尽くされている。文字通り足の踏み場もないほど。
右手の指先で、そんな町の一区画に触れてみる。サク、というほんのわずかな感触。指先にのみ一瞬だけ感じられた感触だけがわたしの感想だ。
しかし町にとってはそこにあったビルたちをグシャリと一気に押し潰されたのだろう。ビルの中にはまだ人は残っていたかも。ビルの周囲にもだ。
しかしそれはわたしにはわからない。彼らの存在なんて全く感じられないから。
わたしは彼らに全く気づけないのに、彼らはわたしのすべてにおびえてる。その壮絶なギャップが、とても心地いい。
スー。地面に触れた指を横に動かしてみた。
それだけで指が通った後には茶色い線が出来上がった。指が通過した部分にあったビルは指先の横で瓦礫となって山積みにされている。
わたしにとってはたったそれだけのことでも、この町にとっては一区画が壊滅したレベルの大災害だろう。巻き添えになった人も大勢いたはずだ。わたしがちょっと指を動かしただけで。

 ハル 「ふふ、もっともっと壊しちゃうからね」

そう言って立ち上がったハルは町の上を散歩し始めた。


  *


それからの町は天変地異のような大破壊の連続だった。
ハルが一歩歩くだけで隕石が落下してきたかのような衝撃が町全体を揺るがすのだ。


  ズッシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!


    ズッシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!


ハルが何気ない風に歩くだけで町は凄まじい衝撃のもと壊滅的なダメージを受ける。
その巨大な足が踏み下ろされると周囲の建物は激しい揺れの中で一瞬で粉々に砕けそして吹き飛ばされる。たった一歩で周囲数kmの町並みは瓦礫に変えられる。
直接足の下敷きにならなくてもその間近にいただけですべてを吹き飛ばせるだけの破壊力があった。

一歩ごとに数千の人間が巻き込まれていた。
しかしそれはあくまで下敷きになった人間の数だ。
足が踏み下ろされた衝撃は町にクレーターを穿つ。
その衝撃は0.2mmも無い人々を消し飛ばすには十分すぎる威力だ。一歩一歩が大型ミサイルの破壊力に匹敵する。

ハルはと言えば両手をお尻の後ろで絡めツインテールを揺らしながらテクテクとゆっくり歩いている。
白いブラウスに包まれた胸元は山のように大きく盛り上がっている。チェックのミニスカートはオーロラのようにはためいている。
一見すればただの女の子。しかしそのスカートから伸びるすらっとした生足の行きつく先は無数の人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う大都市だった。
普通の女の子が足を踏み下ろすだけで周囲には壊滅的な大破壊がおとずれていた。ビル群が踏み砕かれ車や人々がゴミのように吹っ飛ばされる。
のんびりと散歩をしているだけの少女と、その少女の足元とでは、あまりにも異常なほどのギャップがあった。

ハルはクスクスと笑いながら町の上を歩いている。別にどこかに狙いを定めているわけではない。ただただテキトーに、気の向くままに歩いているだけだ。
しかしその足元ではあらゆるものを踏み潰す凄まじい足の衝撃によってすべてが消し飛ばされていた。
ハルののんびりとした様子と、足元のその大破壊とでは、気が狂いそうなほどの空気の差があったのだ。

人々がどれだけ悲鳴をあげ泣き叫ぼうとも、それはハルの耳までは到底届かない。
上空1万m以上の高さにあるハルの耳には、彼らの断末魔の声など届かない。
聞こえてくるのは風のような音と、よくて自分の足の音。
何万人が犠牲になろうとも、ハルに彼らの存在を感じさせることはできなかった。

ハルという一個の存在以前に、唯一町に触れているその足だけでも、人々にとっては巨大すぎる存在だった。
町を踏みしめる足のその指だけでも、一般的なビルの高さよりもずっと大きかった。
超高層ビルになってやっとその足の指の高さに匹敵できるくらいか。
しかしそれでも、あの巨大な親指の高さにとどくものは少ない。
明らかにそれらを超えることができるのはスカイツリーくらいのものだが、それはハルが町に降り立った時の衝撃で傾いてしまって元の高さではなくなっていた。

「うわああああああああああああ!!」
「いやああああああああああああ!!」

町のいたるところで悲鳴が聞こえた。すべての人間が泣き叫んだ。
しかし巨大すぎるハルの足は、そんな人々の上にあっさりとのしかかった。
それだけで、数千人分の悲鳴は聞こえなくなった。

ハルはことさらゆっくりと歩いていた。普通に歩いていたら足の裏にも何も感じることができないからだ。
あえてゆっくり歩くことで、自分の足の下で潰れる町の最後を、枯れ葉を踏み潰す程度には感じることができるのだ。
しかしだからとてそれが人々に有利に働くことはなかった。
ハルがどれだけゆっくり歩いても、その一歩で数kmも進んでしまうのだ。ハルの足元で逃げ惑う砂粒よりも小さな人々にとっては、あまりにも巨大すぎる一歩だ。
車や電車を使っても逃げられるものではない。ジェット機を使っても追いつかれてしまうだろう。もし今のハルが普通に歩いたのなら、その速度は時速で4万kmにもなってしまう。音速の40倍近い速さだ。人類の持ちうるあやゆる文明の利器を利用しても超えることのできない速さ。ハルは1時間ちょっと歩き続けるだけで地球を一周できてしまうのだ。
そんなハルから走って逃げるなど無理な話だ。道路は滅茶苦茶に破壊されつくしているし、すでに人々はハルの歩く衝撃によって体中を痛めつけられている。満足に走れる人間はハルの足元には存在しなかった。

ハルがゆっくりと一歩を進める。
巨大な素足は踏みしめていた町から持ち上がるとグワンと前方に移動する。まるで空の彼方に繋がれる振り子のように。
そしてその足の次の落下点にいた人々は頭上から迫るありえないほどに巨大な足の裏を見上げてさらに悲鳴を上げる。
空を埋め尽くすほどに巨大な足の裏。空が肌色に変わったかのような錯覚。

その巨大な足が落下してきて彼らを踏み潰すまでの短く、それでいてゆっくりとした時間の間に、彼らはその巨大すぎる足の裏を観察できた。
全体的に肌色だが地面を踏みしめたことでうっすらと茶色く汚れている。ところどころにビルの瓦礫と思わしき白っぽい汚れも見えた。
巨大な足がどんどん迫ってくる。足の裏がどんどん近づいてくる。
近づけば近づくほどにどんどん大きくなるような錯覚。しかし近づいても大きくなっても触れてこない。まだそれだけの距離があるということか。それだけの距離があってもこうも近くに見えるほど巨大なのか。
巨大すぎる足に光を遮られて周囲が夜のように暗くなる。人々がその超巨大な足の指の、そのぐるぐると渦を巻く迷路のように巨大な指紋をはっきりと捉えられるほどの距離に来て、ようやく足は彼らに触れてきた。
数千という人が足の裏に触れたが、その感触はハルの強靭すぎる皮膚に遮られ、その奥の神経までは届かなかった。

 ハル 「ほらほら、逃げたいならもっと頑張らないとダメだよ~」

ハルはお尻の後ろで手を組む格好のまま後ろを振り返った。
背後には自分がこれまで歩いてきた道が足跡となってはっきりと残っていた。
そしてその足跡の周辺はあらゆる建物が崩れ落ちて瓦礫になっている。

 ハル 「それとも逃げるつもりがないのかな?」

言いながらハルは片足を持ち上げるとつま先で地面をトントンと鳴らした。靴を履いた時に足をなじませる動作だ。
だが、

  ズッドン!!!!

    ズッドン!!!!

たったそれだけの行為なのに、そのつま先の直撃を受けたビル群は一瞬で壊滅してしまった。
その足を地面におろしたハルはもう片方の足を持ち上げ前へと伸ばした。
そしてつま先だけを地面におろすと、その足を手前に向かってズズーと引っ張った。


  ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!


超高層ビルよりも巨大な足の指たちが地面を引っ掻いた。
あらゆる建物が指と地面の間ですり潰された。千を超える人間が足指のかき集めてきたビル群の瓦礫に呑み込まれる。
足の指を引きずったあとには、幅およそ1kmにもなる広大な跡が残されていた。    

地面におろしている足をそのまま横にガーっと動かすだけで無数のビルを巻き込んですり潰すことができる。
ぴょんと飛び跳ねて片足で着地すれば町を乗せた地面が水面のように波打った。
ちょっと体を動かすだけで町に壊滅的な打撃を与えることができる。それがあまりにもおかしかった。


  ズッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


思い切り尻もちを着いた。ミニスカートに包まれたお尻でビル群を押し潰してやった。そのビル群以外にも広範囲が下敷きになったようだがそれはどうでもいい。
とにかくその衝撃で都心のほとんどの建物が倒壊してしまった。半径10km以内はクレーターのようにすべての建物が消し飛んでしまった。
ハルの巨大なお尻の衝撃は東京全土を激しく揺るがし、その揺れは関東全域で感じられた。
尻もちをついてもお尻は痛くなかった。やわらかな東京の街とその地面がまるでクッションのように受け止めてくれたからだ。

町の上に座り込んだハルはそのまま脚を横に動かした。ハルの太ももの下でまた無数のビルと人々が押し潰される。

引き寄せたつま先に慎重につまみ上げた超高層ビルを挟み込んでみた。自分の足の指の間に、その足の指よりも小さな超高層ビルが挟まっている様は滑稽だった。ちょっと指を握るだけでそれらのビルは一瞬で捻り潰された。

近くにあった超高層ビルに右手を伸ばしデコピンする。ビルはまさに一瞬で粉々になって吹っ飛んだわけだが、そのビルの周辺、直撃を受けていないビルたちも同じように粉々になってしまった。デコピンを放った衝撃波だけで崩れてしまったようだ。超巨大な指がデコピンを放った際に巻き起こった渦で周囲にいた数百人も吹っ飛んでいた。

左手は人差し指を伸ばし指先を地面に刺してビル群を○で囲んだ。それだけでそのビル群の周囲の人々は逃げ出すことができなくなってしまった。
ハルの指は太さ150mほどにもなる。そんな巨大な指先が地面に作った溝は幅150m深さ100mを超えるのだ。なんの訓練も積んでいないただの一般人が超えられるものではない。あまりにも巨大すぎる溝は天然のクレバスのようだった。
直径1kmほどの円の中はまさに脱出不可能な陸の孤島と化してしまった。もともと逃げ切ること自体が無理だったのかも知れないが、今はあらゆる可能性を潰されて完全に不可能になってしまった。
無駄だったとしても「逃げる」という選択肢すら奪われてしまったその孤島の人々はただただ泣き叫ぶことしかできなかった。
不意に周囲が暗くなって人々は頭上を見上げた。
上空から町の一区画以上の広大さを持つ巨大な手のひらが迫ってきていた。

  バン!

ハルは自分で描いた○の上に左手をたたきつけた。
ゆっくりと手を持ち上げてみるとそこには手形がくっきりと残っていた。
さきほど描いた○などは、手形の中にすっぽりと納まって完全になくなっていた。


スカートに着いた瓦礫をパンパンと叩き落としながら立ち上がるハル。
振り返って見下ろした町並みは、最早 街の様相を成していなかった。
いたるところから黒煙が巻き上がり、町中に残された巨大な足跡の周囲はすべてが吹っ飛んでクレーターになっている。
他にも自分が戯れに引っ掻いたり座ったりしたせいもあって、原形を保っているところはどこにもない。
都心は完全に破壊しつくされていた。

 ハル 「あはは、ちょっとやりすぎちゃった? まだまだこれからだったのになー」

ハルのクスクスという笑い声が、廃墟と化した東京の町を震わせた。

そんなところに天からアスカの声が聞こえてきた。

 アスカ 『ハルちゃんハルちゃん、聞こえるかい?』
 ハル 「? なんですか?」
 アスカ 『どうも事に気づいて軍隊が出てきたっぽいよ』
 ハル 「え!? ぐ、軍隊ですか!?」

ハルがぎょっとした顔になる。
心なしかツインテールも逆立ったような。

 ハル 「ど、どうしましょう!」
 アスカ 『まぁもう手遅れだけどね。ハルちゃん、すでに取り囲まれちゃってるし』
 ハル 「えっ!?」

驚いたハルは慌てて周囲を見渡した。
しかし周りには何もない。

 ハル 「な、なにもいませんよ…?」
 アスカ 『ニシシ、それがいるのだよ。目の前をよ~く目を凝らして見てごらん』
 ハル 「…?」

ハルは言われた通り目の前を見た。
ジー…っと。睨むように。
するとようやく、自分の目の前を何か小さなものが飛んでいることに気づいた。

 ハル 「……ふぇ? あ、アスカさん、これがそうですか?」
 アスカ 『そうそう。軍隊の戦闘機。大きさ20m』

20m。と言われても、ピンと来ないハルだった。
だって目の前を飛ぶそれはあまりにも…。

 アスカ 『今のハルちゃんからしたら2mmだけどね。羽アリよりも小さな羽虫かな』
 ハル 「確かにハエなんかよりもずっと小さいですね」
 アスカ 『ところでハルちゃん、さっきから攻撃されてるけど気づいてる?』
 ハル 「う、うそ! そうなんですか!?」
 アスカ 『うんうん、ほっぺのあたりにミサイルとかがね。まー今のハルちゃんの大きさからすればどんな強力な兵器を持ってこられてもかゆいくらいにしかならないと思うけど』

ほぇ~…。と感心するハルの目の前をまた点のように小さな物体が横切っていく。
よくよく見れば結構たくさんいるようだ。

 ハル 「………アスカさん、これも落としちゃっていいんですか?」
 アスカ 『いーよー。テキトーにやっちゃって』
 ハル 「はい、わかりました」

やる気なさ気な天からの声を聞いてニヤリと笑った。

改めて周りを見てみるとそこかしこで黒い点が飛んでいるのがわかる。
攻撃されてるかどうかなんてパッと見わからないけど、よーくほっぺに集中してみると、なるほど、たしかに何かが当たっているような気がする。

 ハル 「へへーん、全然効いてませんよ。本気でやってるんですか?」

ハルは丁度顔の前を飛んでいた戦闘機たちにフフンと笑って見せた。

 ハル 「みなさんはわたしを倒したいんですよね? そうですよね、だって東京の町をこんなにしちゃったんですから」

足元に広がる廃墟。その中央に立つ自分。取り囲んでくる戦闘機。
シチュエーションとしては十分だ。

 ハル 「でももっと頑張らないとダメですよ」

言いながらハルは片足を一歩動かした。
比較的被害の少なかった区画が、ハルの巨足の下にズシンと消えた。その足をさらにグリグリと動かすハル。

 ハル 「ほら、また街がなくなっちゃいました。数千人くらい潰れちゃったんじゃないですか? あ、でももうそんなに残ってないかもしれませんね」

口に手を当てケラケラと笑うハル。
小さな小さな戦闘機たちの、感じることも難しいほどの攻撃が少し激しくなった気がした。
ほっぺの表面に無数のミサイルが命中する。

 ハル 「あははは。くすぐったいです」

ハルは笑いながらほっぺを指でポリポリと掻いた。
そうしてしまうと、もうどこにミサイルが命中したのかもわからなくなってしまう。

 ハル 「ではみなさん、がんばってわたしを退治してくださいね。わたしがみなさんを全滅させてしまう前に」

そう言ったハルは顔の前を右手で軽く払った。
それだけで顔の前を飛んでいた戦闘機たちは全滅してしまった。ハルの巨大な手の表面で起きたいくつもの小さな小さな爆発が彼らの最期だった。
また、手の直撃を受けなくても、こんなにも巨大な手が時速数万kmの速度で振り抜かれればそこに巻き起こる風はとんでもないものになる。
風に巻かれて落下する間もなく、その乱気流の中で次々と爆発していった。

 ハル 「うそ、もう減っちゃった…。これは流石に弱すぎないかな」

一瞬でいなくなった戦闘機たちに思わず苦笑してしまうハルだった。

そんなハルに、残りの戦闘機たちは果敢に攻撃を続ける。
腕だったり脚だったりブラウスだったり、巨大すぎる故に狙いを外しようもない。
しかし衣服の上からでは効果が薄いとの判断か、攻撃はなるべく直接肌を狙われた。

というわけでハルと戦闘機群との戦闘が開始したわけだが、それは戦闘と呼ぶにはあまりに平和だった。

顔の周りの戦闘機を払ったハルは次に右前あたりを飛んでいた戦闘機たちを右手で払った。
もちろんそこにいた戦闘機たちはそれで全滅である。
左側を飛んでいた戦闘機たちは左手で払った。これで顔の周囲を飛んでいた戦闘機は全滅だ。

右方向をおよそ5kmほど離れたところを飛んでいた戦闘機たちがいたが、それはハルにとっては少し手を伸ばしてしまえば十分に届く距離だった。
軽く手を開いて戦闘機を追いかけるハル。戦闘機のパイロットたちは、背後からとてつもなく巨大な手がスカイツリーよりも巨大な指たちをグワッと開きながら恐ろしい速度で迫ってくる様に発狂しそうだった。
音速の3倍以上の速度で飛行することができる戦闘機に乗っている彼らだったが、今 自分の戦闘機が止まっているかのような感覚に陥っていた。
5機編隊の戦闘機たちはあっさりとハルの手のひらの下に納まった。巨大すぎる手のひらに陽光をさえぎられ、その手の下だけた地獄のように暗かった。地獄の闇が彼らを包み込んでいた。
戦闘機たちに追いついたハルは手をそっと握った。そしてその手を顔の前に持ってきて手のひらを開いてみた。
そこには何もなかった。ただ手のひらの五か所に、小さな灰色の汚れがあった程度だ。

左方向を飛んでいた戦闘機たちにも手を近づけていった。手を開いた状態から中指だけを曲げ親指で押さえながら。デコピンの構えだ。
編隊を組む戦闘機たちに横から近づいたハルの手は、編隊の中央にデコピンを放った。

 ビュッ

それがおでこにでも当たればペチッという音でもしたであろうが、そこは何もない空(くう)だ。空気を切る音くらいしかしない。
しかしたったそれだけのことでも、その編隊の戦闘機たちを全滅させるには十分なものだった。
直径150mにもなる超巨大な指が超・超音速で振り抜かれたのだ。指の直撃を受けた何機かの戦闘機は一瞬で粉々になってしまった。消えてしまったと言ってもいい。そこを飛んでいたはずの戦闘機たちは、指が振り抜かれた後には消えてしまっていた。指の表面で爆発すら起きなかった。
ギリギリのところで指の直撃を免れた戦闘機たちもいたが、その超巨大な指が超音速で振り抜かれたことによる衝撃波で、空中で爆発してしまった。巨大すぎるハルの指によるデコピンは、直撃させなくても、周囲数百mの戦闘機たちを砕け散らせてしまうだけの威力があった。

ハルがただ手を動かすだけで次々と数を減らしていく戦闘機たち。
すでに何十機落とされたのかもわからない。
このあまりのあっけなさには、ハルさえも眉を「ハ」の字にしてしまう。

 ハル 「あはは……もうちょっと頑張ってほしいんだけど…」

困ったように笑いながらポリポリとほっぺを掻くハルだった。


  *


戦闘機たちは必死に攻撃を続けていた。
しかしそれが無駄であろうことは、この作戦に参加している誰もが気づき始めていた。
攻撃しても通用しない。気づかれもしない。しかしあの超巨人が少し動いただけで、こちらは十数機も落とされる。
話にならない戦力差だった。
すでに隊指揮系統は失われていた。果敢に攻撃する者。逃亡を開始する者。呆けてしまった者。皆がバラバラに行動していた。

『クソッ! このバケモノめ!』

その戦闘機のパイロットはハルの顔に攻撃を仕掛けていた。巨人から見て右方向からだ。
これまで何発ものミサイルを発射し、そのすべてがあの巨人の右の頬に命中していた。
しかし巨人は何の反応も示さない。あの巨大な顔を痛みにゆがめることも、何かが触れたことに顔をしかめることも。
表情を一切変えない。こちらを見ようともしない。完全にこちらに気づいていないようだった。
全力で攻撃を仕掛けているのに、全く気づかれない。それはパイロットに凄まじい無力感を突き付けた。
高度1万m以上に適応した最新鋭の戦闘機を投入して。攻撃して攻撃して攻撃して。なのに眉一つ動かさない巨人。パイロットは、自分の攻撃の無意味さと無力さを悟った。
どれだけ必死に攻撃をしようともこの巨人は気づかない。気づいてもくれない。そのあまりの無力感に、パイロットは自分自身の存在の無意味さを疑い始めていた。
これだけ攻撃しても気づかないこの巨人にとって、自分は存在しないも同じだ。無価値なのではない、無意味なのだ。存在する意味がない。巨人からすれば自分は存在してもいない。初めからいないのと同じなのだ。
己の存在そのものを否定されたような気がして、パイロットは心が折れていた。

『…』

気が付けば攻撃の手は止まっていた。
怨嗟の言葉も出てはいなかった。
その代わりに、目からは涙が流れていた。
パイロットは表情を変えず静かに涙を流しながら、現前に迫る肌色の壁を見つめていた。コックピットから見えるすべての世界は肌色に染まっていた。

  ボン!

パイロットを乗せた戦闘機はハルの右の頬に激突して爆発した。
巨大なハルの顔の広大なほっぺでの、ほんの一部での出来事だ。
他の戦闘機を追いかけるハルは今 自分の右のほっぺで一機の戦闘機と一人のパイロットが砕け散ったことになど、やはり気づいていなかった。
彼の存在は最期までハルに気づかれることはなかった。彼が思っていた通り、彼はハルにとっては存在しないままに終わった。
ただハルのほっぺに残ったほんのわずかな汚れだけが、彼がハルに対して示せた自分の存在を証明する唯一の証拠だった。


  *


次々と撃墜させられていく仲間を尻目に戦場を離脱しようとする戦闘機の一団がいた。
任務も義務も放り出し、ただただ逃げ出していた。

『お、おい! こんなことして…!』
『知るか! あんなバケモノ相手にかなうわけないだろ! 他の連中が残ってる間に逃げるんだよ!』

恐怖に心を突き動かされての逃走だった。
彼らとて精神の訓練は当然受けているが、こんなにも巨大な敵を相手に、攻撃の全く通用しない相手に、羽虫のように叩き落されながらも戦うということに、心がもたなかった。
だから逃げるのだ。少しでも遠くに。今はまだ他の連中が残っている。時間をかせぐことができている。今ならまだ囮になる。
一団は低いところを飛んでいた。高所を飛んでは巨人に見つかるからだ。実際、顔の周囲を飛んでいた戦闘機たちは瞬く間にはたきとされてしまった。
少しでも巨人の目から離れ、見つからないように。町の上空2000mぐらいの場所を飛行していた。
すでに逃亡を開始して十数秒ほどたつ。なのにあの巨人はまだすぐ後ろにいるかのような感覚だった。あまりに巨大すぎて距離感がおかしくなっていた。
マッハ3以上の速度で飛行しているのに、まるで離れていない。速度の面から、改めてあの巨人の巨大さを思い知った。

ふと、突然周囲が暗くなった。
自分たちの飛行する一帯が真っ暗になったのだ。眼下に見える東京の廃墟も暗黒に包まれている。
しかし自分たちが向かう前方の先はあるラインから光が降り注いでいる。見れば左右も同じようにある程度の離れれば明るかった。
自分たちの周囲だけが暗かった。

『な、なんだ! 何が起きた!?』

パイロットたちは悲鳴のように叫んだ。
目を血走らせて周囲をグルグルと見渡すパイロット。
しかし彼らには何が起きているのか理解できなかった。
次の瞬間には、彼らは頭上から降りてきたものに激突して爆発していたからだ。



周囲を飛び交う戦闘機たちを指で追いかけまわしていたハルだったが、ふと、自分の足元を自分から離れるように飛んでいく戦闘機たちを見つける。
その下の瓦礫の街が白っぽい色だったので、小さくても黒色の濃い戦闘機たちを見つけることができたのだ。
わき目も振らず飛んでいく様はまさに一目散といった感じである。

 ハル 「ふーん、逃げるつもりなんだー…」

ニヤーリと笑ったハルは左足を持ち上げてその逃げる戦闘機たちの上にかざした。
何機かの戦闘機がいたようだがみんなまとめて足の下の範囲に入った。

 ハル 「えい」

ズシン。
ハルは足を下した。それだけでその逃げていた戦闘機たちは全滅した。

 ハル 「残念でした、次はもっとうまく逃げてね」

言いながら足を持ち上げるハル。
瓦礫だった町に踏み下ろされていた左足が持ち上げられると、そこにはくっきりとした足跡が残されていた。
その足跡のどこにも、戦闘機たちの痕跡は残っていなかった。


  *


周囲を飛び交う戦闘機たちもだいぶ数が減ってきた。
ちょっと触れるだけで落ちてしまう戦闘機はハエを落とすより容易い。
しかも動きものろまで単調なので、追いかけるのも簡単だった。

 ハル 「ふっ」

まるでロウソクの火を消すようにかすかな吐息。それだけで彼らは落ちて行ってしまう。
進行方向に手のひらを差し出してやれば向きを変えきれずにそのままぶつかってくる。ゆっくりとした速度でぶつかってきてペチペチと小さく爆発する様は見ていて楽しかった。
左手で戦闘機の一団を追い立てそれを反対側から右手で挟み撃ちにする。彼らを間に挟んで、両手は合わさる。指を絡め、祈るような仕草だ。手のひらを開いてみると案の定 彼らは潰れていた。この手の中で天に召された彼らのために手を絡め祈ったのだとするとそれは皮肉なことだろうか。

次にハルはその場でくるりとターンして見せた。
片足立ちになって一回転だ。
それだけで生き残っていた戦闘機たちはほとんど全滅してしまった。

軽く手を広げてのターン。ハルにとってはそれだけのことだが、周辺を飛び交っていた戦闘機たちからすれば、それは周囲の空気を凄まじくかき混ぜるかのような行為だった。
回転するときに振り回された両手に激突して多くの戦闘機が砕け散った。超巨大な腕が振りされたことで発生した雲さえ散らす凄まじい乱気流に巻かれて落ちていった戦闘機も多い。
腕だけではない。あのミニスカートも回転と同時にふわりと翻り、近くにいた戦闘機たちを叩き落した。最新鋭の兵器たちは、少女のスカートに負けたのだ。
そして極めつけはこの特徴的なツインテール。長いツインテールが遠心力でぶぅんと振り回され、少し離れていたところを飛んでいた戦闘機たちを次々と叩き落していった。
たかが髪の毛でも彼らにとってはとんでもなく巨大な物体だ。全長は10kmを優に超えている。そんなものが遠心力によって振り回されば相対的に2mm程度の大きさしかない戦闘機などひとたまりもない。
十数機の戦闘機が2本の髪の束に激突され、そこに巻き込まれゴミと化した。
さらにはそんなにも巨大なものが振り回されたせいで周囲の空気が激しく渦を巻き、周辺を飛んでいた戦闘機たちはみなバランスを失って墜落していった。

 ハル 「よっと」

ターンをし終えたハルがバランスを取る。
そして見てみれば、周囲を飛び交っていた小さな点たちはいなくなっていた。

 ハル 「あらら、すいません。うっかり全滅させちゃいましたね」

クスクスと笑うハル。
よく見ればまだ十数機かは残っているようだが、その程度の数など相手にしてやらなくてもいいだろう。相手にしてもつまらない。小さすぎて見つけるのも大変だし。

 アスカ 『ハルちゃん絶好調だね』
 ハル 「はい。でもあまりにあっけなさ過ぎて、ちょっと物足りないですね」
 アスカ 『まぁ今のハルちゃんに勝てる兵器なんてないから仕方ないよー。それはさておき、戦闘機たちはほとんど全滅したみたいだけどまだ戦車たちが残ってるみたいだからそっちも相手してあげて』
 ハル 「へ? 戦車なんか来てたんですか?」
 アスカ 『ほら、あの町の隅っこの方。あまり被害が出てない部分。あの辺で戦車隊が待機してるよ』

アスカの指示した方を見れば確かに少し離れたところにまだ街の原形をとどめている部分があった。
あそこに戦車たちがいるのだろうか。
ふふ。ハルは小さく笑うとそちらに向かって歩き始めた。

距離にして数十km。そこにハルは数歩で到達した。その場所の前に立ったハルは腰に手を当ててその部分を見下ろす。
その奇跡的に被害の出ていなかった区画は1平方kmほどの狭い範囲だ。だがいくつものビルが無傷で残っているのが見える。
この町に近づいてくるとき、最後のほうは街を破壊してしまわないように静かに歩いたつもりだったが、それでもその区画のビルはいくつか崩れてしまったようだ。

 ハル 「こんな狭い場所にいたんだ」

ハルはその無事な街を見下ろしながら呟いた。
今のハルからすればちょっと足を乗せるだけですべてを踏み潰してしまえる程度の範囲なのだ。
しかしそれではあまりにも面白くない。

ハルは数歩下がり、そして両膝を着いて膝立ちになった。
両手を着いて四つん這いになり、そこからさらに上半身をかがめ顔を街に近づける。
街の上空1000mほどのところを、街の広さよりも巨大なハルの顔が覆った。

 ハル 「ん~…でも全然見えないなー」

眉をハの字にしながらハルが言う。
このとき町の上空には直径100mほ超えるほどに巨大なハルの目が迫っていた。小さな湖ほどの大きさのある目が直下の町を覗き込んでくる。キョロキョロと動き回っている。パチクリと瞬きをするたびに、全長100mほどはありそうなまつ毛たちがうねりを上げて振るわれる。
だけではない。ハルのかすかな呼吸がその区画には爆風となって襲い掛かった。鼻の下方向にいた人々は、その凄まじい鼻息で吹き飛ばされていた。
さらにはハルが呟いたとき、その凄まじい声の振動は街のすべてのガラスを粉々に粉砕した。いくつかのビルは衝撃で崩れ落ちてしまった。
そこに待機していた戦車たちも激しくダメージを受けたが、それはハルには気づけなかった。
ハルからすれば戦車たちは1mmほどの大きさだ。地面の上の砂粒みたいなものだ。特に今は自分が顔を寄せることで街に影が落ちてしまい暗くて見つけられなかった。

グワッ!!!
突風を巻き起こしながら、ハルの巨大な顔が去っていった。
その街の手前に、ちょこんと女の子座りをするハル。

 ハル 「どうしよう…」

街を見下ろしながら「ん~」と首をひねる。
ちなみに女の子座りをするハルの両脚は少し開いているので、目の前にあるその街からは、ハルのミニスカートの中が丸見えだったりした。


 ポクポクポク  チ~ン


 ハル 「あ、そうだ」

思いついたハル。
ハルはそれを早速実行に移すべく、街に両手を差し出した。
1平方kmほどの範囲の無事な街。その街の左右に両手の指を突き立てる。このとき街からは、街を左右から挟み込んでくるハルの手が肌色の壁のように見えていた。
ズズズズズ!! 突き立てられた指がズブズブと地面に沈んでいく。あらゆる岩盤を砕いて潜ってゆく指はやがてもう片方の手の指と合わさった。
地中の中で指を絡め、そしてそのまま手を地面から引き抜く。

 ハル 「えい」

ハルの手は地面からあっさりと引き抜かれた。地中で絡み合った指をそのままに。
つまりハルは手の中に地面を持っていた。あの街が乗った地面をだ。
ハルは街を地面を掬い取っていた。

 ハル 「うん、これで近くから見たければ横から顔を寄せればいいから影で暗くなることも無いかな」
 アスカ 『お、さっすがハルちゃん。ゆんぞさんのパクリだね!』
 ハル 「えええええ! そ、そんなつもりじゃ!」

あわあわと慌てるハル。
そのせいで手の上の街は激しく揺れ、いくつかの戦車や人が街から転落した。

 ハル 「と、とにかく!」

ハルは手に持った街を乗せた地面を目の高さまで持ち上げた。
それを横から覗き込む。
極小の街並みを真横から覗き込むのは初めてだ。なかなか新鮮な感じだ。
ただそれでも個々を見分けるのは難しい。
1万分の1サイズに縮められた街は100mのビルでも1cmの大きさになってしまう。
高さ10mも無い普通の家は1mm以下だ。全長5mほどの車は0.5mmになり、人間は0.2mm以下だ。まさに粒である。

ハルは街の端を下まぶたにあてがうほどに近づけてみた。
まつ毛の何本かがビルに突き刺さったり家々を薙ぎ払ってしまったがしかたない。
触れるほどに目を近づけて、ジッと凝らしてみた。

結局それはハルにとっては大した成果を出すことはできなかった。
しかし街とともに持ち上げられてしまった住民たちにとっては凄まじい効果があった。
持ち上げられてた街の端に、超巨大な目が現れた。瞳の径は100mを超える。超高層ビルよりも巨大な目だ。
目線と同じ高さの地面の上にいる人々は、その目だけでもはるかはるか見上げなければならなかった。
それはまるで巨大なスクリーンだ。巨大な白いスクリーンの中にある茶色の瞳。瞳孔がキュッと動いた。生きた目である証拠だ。
ビルよりも巨大な目がキョロキョロと動いている。たったそれだけのことだが、その目を超至近距離で見ている住民たちにとても恐ろしい現象だった。
目だけでビルよりも巨大なのだ。自分たちは、体まるごとあの目の中に飛び込むことができる。それほどまでに圧倒的な大きさの差があるということだ。
巨人の片方の目と、住民1000人ほどの目が合っていた。1人対1000人。これほどまでに人数で優っているのに、人々はその目を見ただけで気が狂いそうなほどの恐怖に襲われた。
その超巨大な目が瞬きをするたびにズズンという重々しい衝撃が街を震わせた。瞬きをするだけで、その長いまつげがブンと振るわれて周辺の空気をかきまぜた。
目だけで、瞬きだけで、見つめられるだけで、人々は簡単に翻弄された。

目を近づけてみたハルだったが一度目を離す。
街はごちゃごちゃしていて横から見てもほとんど視線が通らないからだ。

 ハル 「もう、仕方ないなぁ」

ハルその街の乗るを左手で持つと、右手を地面の上の町に近づけた。
そして街の中にある高層ビルのひとつに指を近づけると、それをちょいとつまんで引っこ抜いた。
指を開いてそのビルを街の外に落とすとまた別のビルをつまみ上げた。そのビルを落とすとまた別のビルを。そしてまた別のビルを。
次々とビルをつまんでは捨てていくハル。あっという間に街の中にあったそこそこ大きなビルは全部撤去された。

ハルは街のビルを間引き始めたのだ。
そう言った高層建築物が邪魔で視線が通らないのだからそれらをどけてしまえばいい。あまりにも単純で合理的な答えだった。

高層ビルが撤去されたら次は低層ビルの番だ。しかし残る中層ビル以下の建築物はほとんどが50m以下の大きさだ。ハルから見れば5mm。指でつまむには少し小さすぎた。
なのでハルはそう言った低層ビルが密集している部分はその端に右手の人差し指の爪をそっと突き立てた。地面に突き刺してしまわないように慎重に。もし爪を立ててしまえばそのまま街の乗せる地面が割れてしまう可能性がある。
突き立てた爪はとてつもなく巨大だった。指全体でも凄まじいほどに巨大だが、その突き立てられた爪だけでも高さ150mほどにもなるのだ。
高層ビルが間引かれたこの街に、その爪に匹敵する高層建築物は存在しない。この街のどんな建築物よりも巨大な爪だった。
爪は陶器のような光沢を放ちながら煌いている。顔を寄せれば、写りそうなほどに。
そうやって密集する低層ビルたちの端に爪を差し込んだハルは、その指をそっと手前がわに向かってクイと動かした。
指がちょっと動いた。それだけでちょうど爪の裏側方向にあった低層ビルたちは根こそぎかき集められてしまった。
いくつもの低層ビルが一瞬で瓦礫に変わりかき集められた。かき集められたビルの瓦礫は街の端から外に掻きだされる。ビルの瓦礫とともに掻きだされてしまった人々も大勢いたがハルの手は地上から数百mもの高さにあり落ちて無事に済むとは思えない。

低層ビルが掻きだされた部分は荒野になった。普通の家々などは爪が動く際の振動で崩れ落ちてしまっている。
残っているあちこちに点在するビルは掻きだすのではなく爪の先で慎重に押し潰していった。

そうやって手に持った街の中を右手の人差し指の爪を使って更地にしていくハル。
そして密集していたいくつかの雑居ビルを爪で掻きだしてどかした時だ。雑居ビルの影から戦車が出てきた。

 ハル 「あはっ、いたいた」

ビルの影から出てきた、大きさ1mmほどの戦車を見てハルは微笑んだ。
周辺のビルも撤去すると全部で10輌くらいの戦車が出てきた。

 ハル 「結構少ないね。まぁいいけど」

街を更地にし終わったハルは再び街を目にあてがった。
彼らの目線で彼らの小さな戦車を見る。
パチクリ。瞬きをして準備は完了だった。

視界には廃墟になった極小の街並みが飛び込んできた。そこかしこから煙があがっている。
この大破壊を自分が指だけでやったのかと思うとゾクゾクしてくる。
そしてそんな極小の景色の中にはあの粒々戦車もあった。緑っぽくてゴツゴツしている。でもゴマ粒よりもちっちゃい。
その頑丈そうな見た目と小ささとのギャップに思わず笑みがこぼれてしまう。

そしてそしてさらに目を凝らしてみれば、点よりも小さな無数の人間を見つけることができた。
当然それが人間などと言うことは肉眼ではほとんど見分けがつかない。ただこの廃墟の街の中にいることと、中にいる戦車と比較することで、それが人間だと予想することはできた。
このサイズになって初めて視認する人間は、あまりに小さすぎてなんの感情も浮かんでこなかった。


そうやって極小の町に目をあてがって極小の人々を観察しているとそのゴマ粒よりも小さな戦車たちの周辺で小さな小さな光が見えた。
それはパッパッといくつも光った。
しばらく、その光の原因に思いを巡らせたハルは答えにたどり着く。

 ハル 「もしかして、わたしの目を攻撃してる…?」

パチクリ。瞬きする。
一度その答えに行きあたって改めて見てみると、その光は戦車の砲身的なところから出ていることがわかった。

 ハル 「…」


 ・ ・ ・

数秒きょとんとしたあと、ハルはクスッと笑った。

 ハル 「ふーん、みなさんわたしの目を撃ってるんですねー」

ハルの笑い声が持ち上げられている小さな小さな街を激しく揺るがした。

 ハル 「でもすみません、全然痛くないんですよね。みなさんの攻撃が小さすぎるのかな? 目にゴミが入った程度にも感じないんですよ」

ハルの声でグラグラ揺れる町の上からも戦車たちは果敢に攻撃してくる。
それら放たれた砲弾はハルの巨大な目に吸い込まれるように命中している。しかしハルの目は何発撃ち込まれても瞬きひとつしない。むしろ撃ち込まれていることに気づいていないかのようになんの反応も示さない。
ようやくした瞬きもそれはハルの意思ではなく無意識に行われるものだ。決して目に違和感を感じたりしたからしたものではない。

 ドン!  ドン!

次々とその茶色い瞳に砲弾が撃ち込まれる。
しかし結果はかわらなかった。

 ハル 「ふふ、効かないって言ってるのに。本当にみなさんって無駄なことが好きですよね。……でも女の子の目を攻撃するなんてひどいですねー。仕返ししちゃいますよ」

言うとハルはその目元にあてがっている街に右手の人差し指を近づけた。
ハル自身の視界にも、自分の指先が街の上空に迫ってきたのが見えた。こうやって街の戦車や小人と比較してみると、改めて自分の指の巨大さを知ることができる。
戦車の乗組員や住民たちは頭上に巨大な指先が迫ってきたのに気付いた。人々が悲鳴を上げて逃げ回り始める。流石の戦車も攻撃をやめ散り散りになって走り始めた。まるでクモの子を散らすように。

 ハル (ふーん、小人たちってこーやって逃げ回ってたんだ。でも遅いなぁ、これじゃあ逃げてる意味がないんじゃないかな)

上空にかざした自分の人差し指の腹の下を砂粒以下の小人たちがわらわらと逃げ回っている。しかしあまりにも遅い。指の下から抜け出るだけで何秒かかるというのか。

 ハル (それにそこはわたしが手に持ってる地面の上なんだからどこにも逃げ場なんてないのに。と思ったら街の端から飛び降りちゃってる! 小人ってバカなのかな。まぁどうでもいいや。えい)

ハルは右手の人差し指を街の中央に触れさせた。すぐに持ち上げる。そしてその指の腹を見てみると小ーさな赤いシミが無数に着いていた。

 ハル (あ。やっぱり小さくても本当に小人なんだ。この二個ついてるゴミは戦車かな? 別に押し付けたわけでもないのにちょっと乗せただけで潰れちゃうなんて…。そんなにわたしの指が重かったのかぁ)

指の腹から目線を外して再び街に目を向ける。
街の中は先ほどまで以上に大混乱だった。
そして街の中央、今ハルが指を触れさせた部分には指の腹と同じように無数のシミが着いていた。

さて、このまま指を押し付け続けて街を完全に押し潰してしまうことは簡単だ。簡単すぎる。だからやらない。
すでにやりたいことは決まっている。この街を地面から持ち上げた時から。

ハルは目元にあてがっていた街を乗せた地面を少し遠ざけ顔よりの少し低い位置に移動した。
このとき街の住民は、自分たちのいる街が下がる一方で、街の端の向こうで上に登っていく巨人の顔を見ていた。
街の端、断崖絶壁の向こうから、にんまりと笑う巨大な唇が現れるのを見ていた。

 ハル 「それじゃあみなさんは食べちゃいますね」

ハルはニッコリと笑いながら言った。
街の住民にその言葉は聞き取れなかった。ハルの超巨大な唇が動くとそこから声という凄まじい衝撃波が放たれ街の住民たちを激しく打ちのめしたからだ。何割かは声だけで吹っ飛ばされてしまった。

宣告を終了したハルは街の端を口元にあてがうと、お碗を呷るように街を傾け始めた。
10度。20度。30度。街全体がどんどん斜めに傾いていく。そしてその傾いていく街の下では、ハルがその巨大な口を大きく開けていた。

 ハル 「あ~ん」

街の住民からはそのとてつもない大きさの口を見下ろすことができていた。とんでもない巨大さだ。縦横数kmの開かれている。
赤くぷるんとした唇で縁取られた口はぽっかりと開けられ内部を十分に観察できるほどだった。
ビルのように巨大な真白い歯が居並んでいる。口内は濡れていてぬらぬらと怪しく光っている。これまで見た映画に出てきたどんな怪獣よりも巨大な紅色の舌。
それらよく知るものが、異常な大きさでそこにあった。
誰しもが知っているものだ。誰も見たことのない巨大さだ。

街はさらに傾いていた。人々は悲鳴を上げながら地面にへばりつき、傾きつつある街から転げ落ちないようにしていた。
しかしすでに何人かはこのキツイ勾配となった街の上を転げ落ちて行ってしまっていた。
ガランガラン! ガシャンガシャン!
人だけではない。車や、家や、ビルさえもが、傾いた地面の上で自分を支え切れなくなり、その長い長い斜面を転がり落ちて、街の下に開いているあの口の中に落ちていった。
いくつかの家やビルなどが落下していくと、それらの存在を感じ取ったのか、巨大な舌がビグンと動いた。その動きはまさに醜悪な怪物だった。

ここまで傾くと、口の中に歯や舌や内壁以外にも見えてくるものがある。
口蓋垂。のどちんこである。
あのバケモノのように巨大な舌のさらに奥にそれは見ることができた。
そこは口の最奥だ。そして体内への入り口でもある。あの巨大すぎる巨人の、食道への。

のどちんこの周囲は薄暗かった。まるで地獄へと通じる入口だ。実際、通じているに違いない。
必死になって地面にへばりつく人々はその極限状態の思考の中で、あののどちんこの周囲が暗いのは単純に影になって光が届かないからだけでなく、光さえもこの巨大な口の中から抜け出すことはできないからではないかと考えていた。
こんなにも巨大なら光さえも消化できてしまうのではないか。
そんなことさえ考えていた。

そして街の傾斜が70度ほどにまで傾いたところで、ついに街の住民たちに限界が訪れた。
地面にしがみつく手足に限界を感じたり、しがみついていた木や電柱そのものが地面から抜けてしまったりして、みんなが地面という斜面を転げ落ちていった。

「い、いやだああああああああああ!!」
「うわあああああああああああああ!!」

生き残っていた住人数百人。その全員が悲鳴を上げながらハルの口の中に落ちていった。
戦車などはとっくの昔に口の中に落ちて行っていた。
人々以外も、瓦礫となった街の様々なものが直下に広がるその広大な口の中に消えていった。
奇跡的にも、恐ろしく頑丈な地面や建築物にへばりついて、このほとんど垂直近い角度の中でも転落せずに済んでいた人々もいたが、それらの人も、ハルが取り残しの無いよう手に持った街を上下に揺さぶったことで、ほかの人々と同じように口の中に落下していく運命をたどった。

そうやって街を揺さぶって、もうそこから口の中に落ちてくるものが無いことを確認したハルは口をパクンと閉じた。
手に持っていた街だったものをポイと投げ捨て、口をもにゅもにゅと動かす。
口の中のいたるところに小さな小さな存在を感じるような気がするが、それは口の中に何かが入っているというにはあまりに儚い感触だった。
口の中にたまったツバを、ゴクンと飲み込む。ほぅ、と息を吐きだした。
それが、街一つを飲み込んだ結果のすべてだった。

 ハル 「ごちそうさま♪」

自分のおなかを見下ろして軽く撫でながら、ハルはクスッと笑った。

 アスカ 『うわーハルちゃんてば残酷~』
 ハル 「ひゃっ! アスカさん!?」

突然聞こえてきた天からの声に、地面に女の子座りした姿勢のまま飛び跳ねるハル。
小人をイジメるのに夢中になって、アスカの存在を忘れていた。

 アスカ 『んふふ見てたよ~? 愉しそうに小人をなぶるハルちゃんの恍惚とした笑顔。ほとんど狂気だよね』
 ハル 「そ、そんなに凄い顔してました!?」
 アスカ 『うんうん。ああ、本当に楽しそーに嬉しそーに人をいたぶる人って、こういう顔をするんだなー。って、お手本になりそうな顔だったよ。シュウが見たら気絶するかも』
 ハル 「お、お兄ちゃんには内緒にしてください!」
 アスカ 『いやでもシュウをイジメるときのハルちゃんはもっと楽しそうな顔してるし』
 ハル 「うぇ!?」

ボン! と音を立ててハルの顔が真っ赤になった。

 アスカ 『あははは、まぁまぁ。まーあの顔は相手がシュウだからこそ出てくる顔だと思うけどね。イジメるとかなぶるとかそういうんじゃなくて、心の底から楽しんでる時の顔。とまぁそれはそれとして、どうする? まだ続けるかい?』
 ハル 「はぁ……。いえ、もう街もほとんど残ってないですし、終わりにします」
 アスカ 『あいよー。んじゃ戻ってきて締めちゃいなよ』
 ハル 「わかりました」

ハルがそう言った瞬間、

  シュン!
 
東京の街の端で座り込んでいた山よりも巨大なハルの姿が消え去った。
なんの余韻も残さずに。まるで最初から存在しなかったかのようにあっさりと消えた。

しかしその巨体は明らかに存在していた。
この破壊され尽くした東京の街が何よりの証拠だ。日本の首都として発展の最先端を進んできた東京が、今は瓦礫の山と化していた。

すべてが踏み潰され蹂躙された街の中で、それら瓦礫の山に埋もれながらも、なんとか生き延びた人々がいた。
比較的被害の少なかった場所などでは何百人という人々が生き残っていた。
彼らは、それまで大破壊をもたらしていた大巨人が嘘のように消えてしまったことに戸惑っていた。
しかし10秒、20秒と時間が経つにつれ、あの大破壊が終わって、自分たちが助かったのだと理解できて来た。
生き残った人々は抱き合った。涙を流して喜びを声にした。
失ってしまったものはあまりにも大きいが、そんな地獄の中でも命を繋ぐことができたことだけが、今は素直にうれしかった。
人々は抱き合った。今はとにかく抱き合って、自分の命と他人の命を感じたかった。
命あることを心の底から喜んだ。


  ズッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


人々は全滅した。
空の彼方から落下してきたものが東京全土を押し潰したからだ。
それは巨大な足だった。
100万倍。全長240km幅90kmにもなる超巨大な足がこの東京の街を周囲の県もろともまとめて踏み潰したのだ。
東京都の十倍の面積を持つ巨大な足が落下したのだ。東京など、完全にその足の下敷きになっていた。

足が踏みおろされた衝撃で関東は消滅していた。
陸地も海も消し飛ばされ、足を中心に直径500kmを超える超巨大なクレーターが穿たれた。
関東以外も無事だったわけではない。本州の人間はその衝撃で一人残らず消し飛んだ。北海道も沖縄も、日本のどちらの端の住民もほとんどが全滅した。
日本は一瞬で滅亡してしまった。終わりだった。

しかしその被害は日本だけにとどまらない。
本州を踏みつけたその巨大な足による衝撃は地球全土を揺るがした。日本から近い中国などはその衝撃波による影響をもろに受け壊滅的な状況だった。さらには吹き飛ばされた海の水が音速を超える速度の津波となって中国全土に襲い掛かる。これまで海を見たことのなかった内陸に位置していた省も、雲さえ飲み込む巨大な津波によって海中へと沈んだ。
他の国も同じような状況だった。凄まじい揺れによってすべての建物が崩壊し同時に国も崩壊した。日本を端に発した衝撃波はその巨大な足を中心に円形に拡散し世界全土へと広がっていく。その衝撃波に呑み込まれた部分は消滅してしまった。凄まじい威力の衝撃波は大陸さえも粉々に粉砕しながら広がっているのだ。やがては日本の裏側を終点として世界の破壊を完了するのだろう。

地球がまるごと壊滅した。
たった一度、この超巨大な足が踏み落とされただけで。
世界が完全に滅亡したあと、日本の上におろされていたその足は、今は亡き日本にとどめでもさすかのようにグリグリと踏みにじった後、空のかなたへ消えていった。


   *


 ハル 「これでいいですか?」

床の上に置かれた箱の中から右足を引き抜くハル。

 アスカ 「おっけー。これでこの箱庭の中の世界は壊滅、っと。まぁ別に残しといてもいいんだけど、パラドックスとか起きても面倒だし」

クッションの上にあぐらをかいて座るアスカは笑いながら答えていた。

ここはハルの部屋である。
アスカの持ってきたアイテムの実験のためにハルが協力したのだ。

 ハル 「それで結局この箱はなんだったんですか?」
 アスカ 「『並行世界創造BOX』。よーするにわたしたちの世界とひじょーによく似た世界を再現できる箱庭ってとこ。実際行ってみてよく似てたでしょ?」
 ハル 「はい、町とか景色とかそっくりでした。だからまるで本物の東京にいるみたいで、それでいて好きなことができてとても楽しかったです」

ツヤツヤした顔でハルが笑う。

 アスカ 「うむうむ。よかったよかった。……そーだ、ハルちゃんが並行世界に行ってる間にあたしもお土産拾ってたんだった」

言いながらアスカは低めのテーブルの上に置いてあったものに手を伸ばした。

 ハル 「お土産、ですか?」

ハルが首をかしげる。

 アスカ 「そーそー。ほいコレ」

そう言ったアスカは手に取ったものを指先に摘まんでハルの目の前に差し出した。
ハルの視線がそちらに向く。
そのアスカの指先に摘ままれている赤くて小さくてとんがった3cmくらいの大きさのものは…。

 ハル 「コレ…もしかして東京タワーですか?」
 アスカ 「そそ。並行世界の東京から持ってきちゃった。これってネックレスに通して街を歩けばニューファッション? な~んちゃって」
 ハル 「あ、アスカさん、そのネタは…」
 アスカ 「あははは。あとコレ。これはハルちゃんにあげる」

そう言ってもう一つ何かをつまんでハルに手渡す。
そうしてハルの手のひらの乗せられたものは…。

 ハル 「スカイツリー…」
 アスカ 「そ。日本最高の建築物。危うくハルちゃんに踏み潰されるところだったのをギリギリで回収したの」
 ハル 「うわー…本物みたいですねー。あ。一応本物なんでしたね」

指でつまみ上げたスカイツリーを目の高さにまで持ち上げしげしげと観察するハル。

 アスカ 「ニシシ。それを使って夜の方も頑張ってくださいよ」
 ハル 「よ、夜の方ってなんですか…!」
 アスカ 「決まってるじゃない。夜におもちゃを使ってやることと言えば……?」
 ハル 「あ、あぅ…。……で、でも、そういうことに使うにはこれはちょっと小さすぎませんか…?」

ハルは指先に摘まんだ 使い込んだ鉛筆のような大きさのスカイツリーを見下ろした。
長さは6cmほどしかない。

 アスカ 「確かに普通におもちゃにするには物足りないかもだけど、これが日本が世界に誇る最高の建築物だと思うとわくわくしない? 世界でも指折りの巨大建造物を、オナニーのおもちゃにできちゃうんだよ?」
 ハル 「あ、あぅぅ…」
 アスカ 「何年もかかってようやく完成した日本を代表する建築物を、女の子の自慰の道具として使えるんだよ? 人々の夢や期待を乗せて作られた、人々の汗と努力の結晶を、愛液でどろどろにできちゃうんだよ? 大勢の人がもの凄い苦労をして年月をかけて完成させた巨大建築物が、おもちゃにするには全然ものたりないんだよ? 根っこの方をつまんで、おマンコの中にぬぷぬぷ簡単に出し入れできちゃうんだよ? あんなにも世間が騒いだ巨大建造物なのに、膣の中にすっぽりと入っちゃう大きさなんだよ? 中に入れたら、そのまま置いてきちゃうこともできちゃうんだよ?」
 ハル 「う、うぅ…うわーん! やめてくださ~い!」

顔を真っ赤にして腕をグルグル回すハル。
指に摘まんだスカイツリーもブンブン振り回されていた。

 アスカ 「ニシシシ、その気になってきたでしょ? 今晩が楽しみだね~」
 ハル 「だからやりませんから!」
 アスカ 「いやいや、やりたくなるって。ハルちゃんもわかってるでしょ。その中にはね、まだ小人たちが残ってるんだよ?」
 ハル 「……え?」

アスカに言われ、摘まんだスカイツリーに目を向ける。

 アスカ 「ハルちゃんは突然出現したから逃げる時間はなかったはず。きっと展望台とかにはまだ人が残ってるはずだよ。2000人くらいはいるかもね」
 ハル 「こ、このちっちゃなスカイツリーの中に2000人も…!?」
 アスカ 「たぶんね。おもちゃにもならない小さなスカイツリーに2000人の小人が入ったままオナニーしたらどんな気分かな。ハルちゃんのひろーい膣の中を小人入りのスカイツリーでくちゅくちゅかき混ぜちゃうの。巨大建造物であるスカイツリーですらペロリと呑み込んじゃうほどハルちゃんのおマンコは大きいんだから、小人たちには凄く怖いよね。でも小人たちがどんなに泣き叫んでもハルちゃんのオナニーを止めることはできなくて。泣き叫ぶ小人が2000人も入ったスカイツリーで膣の中をいじったら、どんなに楽しいのかな? 自分たちのいる巨大建造物ごとオナニーのおもちゃにされたら、小人たちはどんな風に思うのかな?」
 ハル 「そ、それはゾクゾクしちゃいますね…」

ハルが先ほどまでとは違う意味で顔を赤くした。
すでに体が火照っていた。胸がゾクゾクした。あそこがキュンキュンした。
夜まで待ちきれないほどだ。

 アスカ 「んっふふふふ、ほ~らその気になってきた。じゃあわたしは帰るから! 実験にご協力ありがとうございました! ごゆっくり~」
 ハル 「え!? アスカさん! 待…」

箱庭をわきに抱えてバッと立ち上がったアスカはシュタッと敬礼してハルの部屋を飛び出ていった。
引き留める間もない一瞬の事だった。

ポツン。
いきなり部屋に一人取り残されるハル。

 ハル 「…」

ゆっくりと、手に持ったスカイツリーを見下ろした。

 ハル 「……お、お兄ちゃんはまだ帰ってこないし…ちょっとくらいなら、いいかな…」

薄く笑ったハルはパンツをずり下げスカートをたくし上げた。
むき出しになった股間は、先の妄想で少しだが濡れていた。

右手に摘まんだスカイツリーを、陰唇の前にあてがう。
ツリーの途中には小さな展望台がある。この中にはさらに小さな小さな小人たちが2000人も入ってる。
その小人たちからは、自分のマンコはどんな風に見えているのだろうか。

 ハル 「試すだけ…試すだけ………えい」

ハルはツリーの切っ先を陰唇の割れ目に突き刺した。
ぬぷ。ツリーはその展望台の部分まであっさりと呑み込まれた。