とある宇宙の平和な星。
その青く美しい星は小さいながらも銀河の交易の要として栄えていた。


そんな星の近くの空間が突如異常な歪みを見せる。
その星の宇宙防衛軍はそれをワープの前兆であることを察知。間もなく何かがその空間の歪みから現れる。
しかしその星の防衛軍を慌てさせたのはなんの宣告も無い突然のワープアウトではなく、そのワープアウトの歪みが惑星すら呑み込める超巨大サイズだったからだ。
いったい何がワープしてこようと言うのか…。
人々に緊張が走る。

直後、

ズオッ! そのゆがんだ空間を突き破ってそれは現れた。
防衛軍はワープしてきたものの正体が、あまりに巨大な『手』であったことに思考が停止してしまった。
手首から先だけがその空間から飛び出てきた。

呆けてしまった防衛軍が我に返りその巨大な手への対抗措置をとる前に、その巨大な手は巨大な人差し指と親指で彼らの星を優しく摘まみ歪みの奥に引っ込んでいった。

再び宇宙に静寂が戻る。
あとに残されたのはいくつかの宇宙ステーションと、守るべき星の無くなった、展開していた宇宙防衛軍だけだった。


  *


 ハル 「わぁー…綺麗ー…」

おみくじの箱みたいな装置から手を引き抜いたハルは、その指先に摘まんだ小さな青い玉を見つめていた。
直径1cmくらいの小さな玉は、ハルの指の間でキラキラと輝いている。

 アスカ 「ふふーん、どうよ取り寄せバッグを参考にした『とりよせおみくじ』」
 ハル 「すごいです。これって本物の星なんですよね。人が住んでたりするんですか?」
 アスカ 「多分ね。一応そういう星をターゲットにしたから。あ。星の表面はコーティングしたから多少雑に扱っても星に影響はないよ。まぁあんまり力入れたら潰れちゃうけど」


ハルの部屋。
ハルはアスカの持ってきた『とりよせおみくじ』という名前のテレポーターで星を摘まみだしていた。

 ハル 「人が住んでるんだ…。ふふ、じゃあ今この星の人たちはどんな気分なのかな」
 アスカ 「文明はそれなりに進んでるはずだからきっと空の向こうにいるあたしたちのことも見えてると思うよ」
 ハル 「あはっ、じゃあこの星の人たちは、自分たちが星ごとわたしの指先に摘ままれちゃってるってわかってるんですね」

ハルは笑いながら指先に摘まんだ小さな星をくりくりと回し始めた。
きっとこの星の空は凄い勢いで目まぐるしく変わっていることだろう。
自分が指でちょっとこねくり回しただけで、この星の人たちにとってはぐるぐると昼夜が入れ替わる凄まじい超常現象が起きているのだ。
コーティングの影響で星表面への物理的被害は無い。ハルがどれだけ星を転がしてもその星の住人に出る影響はハルの巨大な顔の見える空模様が超高速で動くだけだ。
それでもその凄まじい超常現象と巨大すぎるハルという存在に、発狂してしまったりする住人が後を絶たなかったが。

そんなハルの顔を見ることができたのもハルの方を向いている星の半球の、ほんの一部である。
星の反対側にいる住人は当然ハルの顔を見ることはできなかったし、そうでない部分も、星を摘まむハルの巨大すぎる指が空を覆っているため星の明かり一つない暗黒の世界となっていた。
コーティングは星の地上から100km地点から世界を覆っているのでハルの指が地表に触れることは無い。
しかしそれでも、星を上下からつまみこむハルの指はその星の最大の大陸以上の面積があり、数百もの国が、コーティングに押し付けられているハルの巨大な指の作り出す夜に取り込まれていた。
無数の人々が、泣き叫びながらハルの指の腹という暗黒の空を見上げているのだ。

 アスカ 「それじゃあハルちゃん、始めちゃいなよ」
 ハル 「はい」

アスカに促され、ハルは目の前に持ち上げていた星を顔から遠ざけると、引き寄せた右足の親指と人差し指の間に押し込んだ。
ビー玉よりも小さな星は足の指の間にあっさりと入ってしまう。

 ハル 「あはは。星がわたしの指の間にはいっちゃってますよ」

一個の惑星が、本来なら直径1万kmにもなる星が、指の間に無理なく挟み込まれている。
明らかに、左右から星を挟み込む親指と人差し指の方が大きい。
その滑稽な光景に、ハルは意地悪そうに笑った。

 アスカ 「ほいほい、残りの星も入れちゃうよー」

言うとアスカは手のひらに乗せていた小さな星たちも、ハルの足の指の間に入れていく。
残りの星は直径1cmも無い。5mmとかその程度の大きさだった。
ハルの左右の足の指の間に、計8つの星が挟み込まれた。

 ハル 「ふふ、みんなきれいな色してますけど、こんなに小さいとほとんどゴミですよね」
 アスカ 「でも一応結構な数の人が住んでるみたいだよ。1cmくらいの星がだいたい100億人。小さいほうが30~40億人くらいかな」
 ハル 「うわぁこんな小さな星にずいぶんとたくさん住んでるんですねー。でもそれを考えるとますますイジメたくなっちゃいます」

ニヤニヤと笑いながらハルは足の指を動かし始めた。
ハルの左右の足の指の間で4つずつの星が転がされ弄ばれる。
指が動き始めると小さな星たちがミシミシと音を立てはじめ、その星の住民は悲鳴を上げ始めた。星はコーティングで守られてはいるが、それでも巨大すぎるハルの足指の力が強すぎるのだ。

 ハル 「どのくらいで効き目が出てくるんですか?」
 アスカ 「入れたらすぐに効果があるよ。1分も経てばもう臭いは無くなってるんじゃないかな」
 ハル 「それは凄いですね」

ハルは自分の足の指の間に挟まれる星たちを見た。

この星たちにテレポートの過程で施されたのはコーティングともうひとつ、消臭効果。
周囲の臭いを強力に吸収してくれるので、この夏のお供に最適。

そして臭いが吸収され終わるまでの1分間。ハルとアスカはおしゃべりをして時間をつぶしていたわけだが、その1分間はその星たちにとって地獄の最期だった。
コーティングによって吸収され、世界中の空から降り注いでくるのは、じっとりと汗ばんだ足の指の谷間の強烈な臭い。
一瞬にして世界中にハルの足の臭いが充満した。
その強烈な刺激臭に人々は目や鼻をやられながら悲鳴を上げ逃げ回る。しかし開始1秒で星中の空気がハルの足の臭いへと変じており、その星のどこにも、ハルの足の臭いからの逃げ場は無かった。
空気清浄プラントやガスマスクなどを利用する人もいたが、そんなものでどうにかできるほど、ハルの足の臭いは優しくはなかった。
世界中の人間がハルの足の臭いの中でのたうち回る。しかし今なおコーティングは新鮮な足の臭いを吸収し続け、星の中の臭いの密度はどんどん高くなっていく。最早目を開けることも息を吸い込むこともできない。目を開けば目が潰れんばかりに凄まじい激痛が走り、息を吸い込めば気管が焼けたようにただれた。

人々は次々と地面にうずくまり、そして動かなくなっていく。星が指の間に挟み込まれて10秒も経った頃には、すでに9割以上の住人が息絶えていた。
もがき苦しむ人々は皆がこの地獄を作り出している張本人に向け呪詛の言葉を断末魔とともに吐き出しながら見上げ睨んだ。
そんな彼らが見上げる空の彼方。その空の彼方の彼方では、ハルとアスカが楽しくおしゃべりをしていた。

すぐに8つの星すべてに生存者はいなくなった。
以後もコーティングによって臭いは吸収され続け、その強烈すぎる臭いによって星の土壌は荒れ腐り始める。
星からすれば10億倍サイズのハルの足臭は自らの存在に壊滅的なダメージを与えた。草木は枯れ、海は変色し、空気は濁り、大地は腐り果てた。
コーティングによって星への物理的ダメージはほとんど防がれていたが、そのコーティングによって吸収される臭いだけで、星を壊滅させるのに十分な破壊力を持っていたのだ。
1分を迎える頃には、ハルの足の指の間の8つの星は完全なまでの死の惑星になっていた。

 アスカ 「そろそろ時間だね。もう臭いはなくなったハズだよ」
 ハル 「でも本当にこんな短時間で臭いがなくなるんですか…?」
 アスカ 「大丈夫大丈夫。ほら、いい香り」
 ハル 「や、やめてください!」

アスカがハルのつま先に顔を寄せ鼻をスンスンと鳴らすと、ハルは顔を真っ赤にし慌てて足を引っ込めた。

 アスカ 「ニシシシ、ハルちゃんかわいい♪」
 ハル 「まったく…。それで、この星はどうすればいいですか?」
 アスカ 「ん? もう消臭効果もないだろうから好きにしちゃっていーよ」
 ハル 「あ。もう使えないんですか。じゃあ潰しちゃいますね♪」

そう言ってニコッと笑ったハルは足の指をキュッと握った。
指の間にいた星たちの姿が見えなくなる。
握っていた指を開くと、もうどこにも星の姿は無かった。