アスカ 「ほい」

アスカが取り出したのはふたの無い縦横30cmほどの箱だ。

 ハル 「なんですかこれ?」
 アスカ 「『消臭箱庭』。足を入れるだけで消臭効果があるって寺田さんが言ってた」
 ハル 「またパクったんですか…」(ため息)
 アスカ 「いいからいいから。足入れてみ」
 ハル 「はいはい…」

椅子に腰かけたハルは足元に置いた箱庭に足を入れた。
すると箱の表面は水面のように波打って入れたはずの足が見えなくなる。
前に言っていたテレポート用のゲートだろうか。よくわからないけど。
水面の向こうの足は見えなかったが、足はすぐに地面へと触れた。
ハルは両足を並ぶように箱庭の中に入れた。

 ハル 「これでいいんですか?」
 アスカ 「そうそう。これで数分で臭いが取れるはずだよ」

疑うような目を向けるハルの先で、アスカがニパッと笑った。


  *


とある平和な世界。
その世界に、突如 空を突き破ってとてつもなく巨大な足が現れた。
巨大な足指からつま先全体、そして足全体へと、ゆっくりと姿を現したそれは、つま先を下に向けたまま降下してきた。
足は、直下の島にいた人々が異変に気付き逃げ出そうとする前に、彼らの住んでいた国ごと彼らを踏み潰した。


  ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!


世界全体が揺さぶられるような凄まじい衝撃だった。全人類が地面に投げ出された。
世界規模で記録的な記録的な大地震となり、ほとんどの建物が倒壊した。

直後、まだ世界が震えている最中にあの超巨大な足がもう一つ現れ、先に現れた足の横に並ぶように落下した。


  ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!


再び世界が震えた。

あまりに突然の出来事に状況を理解できない人類。
地面に投げ出されていた状態からなんとか立ち上がった人々が見たのは、地平線と水平線の彼方、雲さえも見下ろせるほどに超巨大な足だった。

全長2400km幅900km。実に、1000万倍もの大きさの足だ。高度1万mを浮かぶ雲ですら、足の指の底辺を漂うレベルである。

そんな二つの超巨大な足が、直下にあった国々を踏み潰して、世界の中心へと踏み下ろされていたのだ。



世界は一瞬で壊滅的な被害を被った。
これまで、あんなにも巨大な存在は隕石ですら衝突したことがない。
わけがわからない。世界中の人々は一瞬で恐怖のどん底に突き落とされた気分だった。

しかし本当の恐怖と地獄はこれからだった。
国連は足が現れた直後から世界に異変が起き始めていることを察知する。
一つ目は世界全体で気温の急上昇。足が現れた直後から世界全体の気温が異常な急上昇をし始めていた。
二つ目は異臭。空気に鼻の曲がるような刺激臭が混じり始める。
それらは、あの巨大な足を中心に拡散していた。

その通りそれはハルの足のせい。
ハルの足は真夏に穿いていたニーソとローファーのせいで蒸れてしまった。それら両方を履いている間はつま先の指の間の温度などは40度に迫る勢いだったかもしれない。
そんな足は今それら二つから解放されて、熱も臭いもどんどん世界に解放していた。結果、世界の平均気温はそんなハルの蒸れた足の温度となり、臭いも気流に乗って世界中に拡散したのである。

ハルが両足を置いた。それだけで世界的壊滅以外に異常な超温暖化現象を引き起こしていた。
全世界の温度が40度近くにまで引き上げられた。北極点と南極点の氷があっという間に融けて消えた。全世界が常夏へと変わったのだ。
同時に広がった足臭は人体に甚大なダメージを与える。目や鼻などへの強烈な刺激臭。足に比較的近い地域では呼吸そのものが不可能なほど凄まじい威力の刺激だった。
ハルひとりの足の臭いに、世界中の人々が苦しんでいるのである。


これには普段は様々な意見に分かれる国連も流石に判断を即決し、あの巨大な足への攻撃許可と排除を決めた。
決断から即座に動けるだけの軍隊が編隊を組み足への攻撃を開始した。

戦闘機のパイロットたちは攻撃の有効射程まで近寄るまでの間 巨大な足の指を見続けることになったが、そのあまりの大きさに気が狂う者が続出した。
指の太さは直径150kmほどにもなっていた。
彼らの乗る機体は地上から50kmも上空まで飛び上がれるが、その高度はこの巨大な指の3分の1程度でしかなかったのだ。
最高高度に至っても見上げなければならない超巨大な足の指が、右の地平線から左の地平線まで続いている。
前方に見える超巨大な人差し指の先端には、山脈のように巨大な指紋が見えた。それらは深さ数千mもの溝である。世界中探しても、これほど巨大な山脈は無い。

いくつもの国、島々、大陸の一部、海を踏みしめて鎮座する超巨大な足を前に、なんとか発狂せずにいる戦闘機たちはミサイルの有効射程を目指し突進していった。
しかしある程度まで接近したところで機体に異常が発生する。
エンジンの出力が落ち、推力が低下した。前方を向いていた機体が下を向き始める。
パイロットたちはなんとか機体を立て直そうとしたがかなわず、高度が下がったところで脱出した。
直後、パイロットたちは凄まじい不快感に襲われた。
べっとりとへばりつくような湿度。のぼせ上がりそうなほどの気温。そして、防護マスク越しにもはっきりと感じられる
とてつもない異臭。パラシュートでの落下中、自由の利かないその間、パイロットはその苦しさにもがき暴れることしかできなかった。
呼吸すらできない。海面から1万m以上の高度。絶望的な状況に陥ったパイロットは死に瀕することで冴えた頭で、自分の乗っていた機体は、この強烈な湿度と温度と悪臭の織り成す大気のせいで異常をきたしてしまったのだと思い当たった。
あの超巨大な足の指の間からはこの凄まじい異臭を伴う強烈な熱風がゴウゴウと吹き出ている。酸素が圧倒的に薄くなっているのだ。それで機体のエンジンは停止してしまった。
足指までの距離はまだ300km以上ある。とてもたどり着ける距離ではない。

そのままパイロットは空中で息絶えた。
他の戦闘機たちも同じように墜落するか、脱出しても同じように空中でもがき暴れた後、動かなくなった。
足に接近し攻撃を試みていたすべての戦闘機が墜落した。戦闘機たちはハルの足に攻撃をするどころか、ハルが無意識に発している臭いに阻まれ、近寄ることすらできず全滅した。
ハルは自身がまったく知らぬところで、襲い来る数百の戦闘機を全滅させていた。


戦闘機隊が接近することすらできず全滅したことを受け、国連は超長距離からの弾道ミサイル攻撃に切り替えた。
真空中でも機能する推進剤を使用するミサイルなら、あの凶悪な臭いの結界を突破し本体に攻撃することができると判断したから。
この報を受け、国連の国々からは次々とミサイルが放たれ巨大足に向かって飛び立った。
無数のミサイルが足へと向かう。
いくつかのミサイルは臭いの結界に負け墜落してしまったが、そうでなかったミサイルは足の表面に命中し大きく爆発した。
次々と命中していくミサイルは次々とキノコ雲を巻き上げる。
禁じ手の一つである核を、ここぞとばかりに打ち上げ続ける国々。


  *


箱庭に足を入れている間、アスカとおしゃべりをしていたハル。
不意に、箱庭に入れている足の指先に、ほんとうに微かな刺激を感じた。

 ハル 「ん、くすぐったい…?」

かゆみにも満たない儚い感触。
ハルは首をかしげながら、足の指をもじもじ動かした。


  *


無数のミサイルが命中し爆発し続ける。
しかし足自体には全く反応がなく、攻撃が無意味かと思われた瞬間、

 グワァッ!

足指たちが動き出した。
100km以上も持ち上がったかと思えば再び落下してきてまた持ち上がる。
となりあう指同士でゴリゴリとこすりあう。
直径150km全長400kmもある超巨大な足指たちが狂ったように暴れ始めた。
巨大な指が暴れる衝撃波で空中を飛んでいたミサイルは爆発し、さらに世界全土が最初ほどではないにしろ凄まじい揺れに襲われる。
しかも指が動いたり股を開いたりしたせいで大気が激しく鳴動し、股の間からあふれ出る新鮮で濃密な足臭がさらに世界に拡散させられた。
これまで以上に強力な臭いが世界全土を覆っていく。

足指が動いたことによる揺れで人類の抵抗は止まってしまった。
世界を包み込む足臭は、最早彼らに抵抗の気力をことごとく奪っていった。

世界に満ちていく凶悪な足臭。
人々は次々と倒れ、そしてほどなくして最後の一人が生き絶えた。

全人類が絶滅した後、自分が彼らを絶滅させたことに全く気づいていない足は、指をもじもじと動かすのをやめ、再びリラックスした体勢になった。
生きる者のいなくなった世界に、轟轟と臭いを発しながら。


  *


 アスカ 「もういいんじゃない?」

アスカの声を受け、ハルが箱庭から足を引き抜く。
見た目にはわからないが、なるほど、確かに臭いはとれているようだ。

 ハル 「すごい、あっという間ですね!」
 アスカ 「でしょー。早い、安い、旨い! があたしのモットーだからね(?)。じゃあこれハルちゃんにあげる」
 ハル 「え? いいんですか?」
 アスカ 「いーよいーよ。この季節ってケアとか大変だもんね。ウチに帰ってきたら使うようにすればいいよ。横のスイッチを押すと消臭力がリセットされるから、臭いが取れにくくなったら使ってみ」
 ハル 「はい。ありがとうございます」

以後、ハルは外出から帰ってくるたびに箱庭を使うようにした。
ハルが箱庭を使うたびに宇宙のどこかで世界が数十億の人々とともに滅亡していることを知りもせず、ハルは今日も箱庭を使う。