§30.やりすぎは禁物


蒸し暑い残暑にもとうとう終わりが近づきはじめ、徐々に秋の気配が感じられようとしてきた今日この頃、彩香の家に再び来客者がやってきた。
彩香と大祐のいとこである伊藤颯真(いとうそうま)だ。
彼は、つい先日、サイズ変換器で1万分の1のサイズに縮んでしまい、あわや彩香に踏み潰されかける経験をしていた(サイズ変換器14より)。
しかし、颯真にとって非日常的な危険な事件は、大いなる冒険心と好奇心を滾らせる形になっていた。
今回は、弟の悠真を連れてこず、一人で彩香の家を訪問し、あの大冒険を今一度やってみたいと考えていたのだった。
颯真「彩香姉ちゃーん、また遊びに来たよー。」
しばらくの静寂ののち、キャミソールに短パンといういつもの格好の彩香が颯真を出迎えた。
彩香「あらー、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
颯真の目線に合わせるために屈んだ彩香の胸元から谷間が覗いている。
一瞬にして顔を赤らめる颯真は、慌てて彩香の顔に視線を移す。
颯真「あ、えっと、また彩香姉ちゃんと遊びたくなって・・・。大丈夫かな・・・?」
年上の女性に対して照れながらも一生懸命に話す少年の仕草は、彩香にとっても心地よいものがあった。
微笑みを浮かべながら時計に目をやる彩香は、少しの間だけ思案を巡らす。
彩香「んーと、今日は・・・、課題もある程度まとめてしまってるし・・・。いいわよ、遊びましょう!」
颯真「やったあ。」
両手を上げて喜ぶ颯真の姿に彩香も嬉しさが込み上げてくる。
彩香「よし、じゃあ、何して遊ぶ?」
颯真「えっ・・・?」
予想はできていた彩香の問いに、颯真は一瞬口ごもってしまう。
前回のように小さくなって冒険をしてみたいものの、颯真はそのことで彩香に怒られるのではないかと感じていたのだ。
まごまごしていた颯真を見ていた彩香は、一つの提案を颯真に投げかける。
彩香「んー、そうだ! 小さくなって巨大な私と遊んでみる?」
願ってもない彩香の提案に颯真は二つ返事でOKサインを彩香に示す。
颯真「う、うん! 小さくなりたい!!」
小さくなりたい願望を示す颯真に、一抹の不安を感じた彩香ではあったが、そのまま颯真を自分の部屋へと誘導したのであった。

部屋に入った颯真は、まず彩香のベッドへと盛大にダイブする。
小さな子どもが如何にもしそうな行動に彩香はやれやれといった表情で話しかける。
彩香「もうっ、何してるのよ。 で、小さくなって何しようか?」
ベッドに寝そべる颯真はくるりと仰向けの姿勢に戻る。
颯真「鬼ごっこー!」
彩香「えっ? 鬼ごっこだとすぐ終わっちゃうんじゃない?」
颯真「あっ、そっかぁ・・・。」
彩香「うーん・・・、じゃあさ、今から私の体の一部分を3つ言うからその中から颯真が1つ選んでよ。それに合わせた遊びにしましょ?」
颯真「ふーん・・・。どんなやつ?」
彩香「私の口、私のおなか、私の足の3つの中から選んでみて。」
彩香の質問に対して、颯真はじっくりと考え始めた。
まず、彩香の口を選ぶと、彩香にそのまま飲み込まれてしまいそうな気がするので、アウト。
次に、彩香の足を選ぶと、前回のように踏み潰されてしまいそうな気がするので、これもアウト。
となれば、残るは彩香のおなかになるわけだが、これが颯真にとって全く想像もつかない。
おなかを使ったゲームとなれば、やはり飲み込まれてしまうのだろうか。
颯真にとっては、どの3つも選べない状態になっていた。
颯真「そ、その3つはどんな遊び方をするか、教えてくれないの?」
彩香「えー、話しちゃったら面白くないよ。さあさあ、どれにする?」
颯真「もう少し考えさせて。」
颯真は仰向けからうつ伏せに姿勢を変えて、枕に顔を埋めてしまう。
どうやら颯真はなかなか3つの中から選べずに苦労しているようなのだ。
彩香「もう、仕方ない子だなー。」
そう言いながら、彩香は自分の部屋から出て行ってしまった。
颯真(あれ? 彩香姉ちゃん、何しに行ったんだろ・・・。)
と、次の瞬間、颯真は、自分の意識がボンヤリと霞がかったかのような感覚に襲われる。
今までに体験したことが無いかのような感覚に、颯真は急激に不安を覚える。
颯真「ね、姉ちゃん? 彩香姉ちゃん?」
ガバッと飛び起きた颯真が周囲を見渡すと、何故か彩香の部屋の壁が取り払われてしまっていた。
机や本棚、ベッドなどの家具はしっかりと存在しているのに、何故か壁や天井などが消え去っていた。
彩香「颯真ー、大丈夫?」
颯真「あ、彩香姉ちゃん!? え、うわあああー!!!」
彩香の声がする方向を見た颯真は、思わず叫び声を上げてしまった。
そこにいたのは、100倍ものサイズに巨大化していた彩香だったのだ。
どうやら、ミニチュアの街の操作盤を彩香の部屋のカーペットに連結して、シート部分をリビングに移動させてきたようなのだが、幼い颯真にはその仕組みが理解できない。
ただただ、巨大な彩香が突然現れたかのような感覚にとらわれていたのだ。
彩香「まだ悩んでるみたいだし、鬼ごっこでもしましょうよ。」
颯真「えっ? ど、どうやって?」
彩香「ん? 私が颯真を踏んづけたら、私の勝ち。」
颯真「う、うそでしょ・・・。」
彩香「あら、本当よ? ていうか、逃げなくてもいいの?」
彩香の会話が終わるや否や、颯真の上空には彩香の巨大な足の裏が出現した。
颯真のいる空間のすべてが、上空の巨大な足裏が作り出す影に覆われてしまっていた。
颯真「い、いやだー!!」
次の瞬間、颯真は全力疾走で走り出した。
程なくして彩香の巨大な足が作り出した影の部分から逃げ果せたものの、颯真は走り続けた。
彩香「ふふっ、ちゃんと逃げれたのね。じゃあ、足を降ろすわよ?」

ズッズウウン!!

彩香の巨大な素足の下には、粉々に踏み砕かれたベッド、本棚などが散在しており、振り返った颯真を震え上がらせるのに十分なものがあった。
やがて、巨大な足が上空へと舞い上がる。
足の裏には、ペチャンコになった木材の一部や本などの紙切れが貼りつき、壮絶な重量がかかったことを想像させる。
彩香「颯真も、私の足に貼りつきたいかな?」
不敵な笑みを浮かべながら小さな颯真を見下ろす彩香は、颯真にとってもはや優しいお姉さんでも何でもなかった。
颯真「い、いやぁ・・・。うわあああん。」
颯真は、その場に座り込んでわんわんと泣き出してしまった。
彩香「あぁっ、ごめんなさい! やりすぎちゃった・・・。」
ただただ号泣している颯真にただならぬ罪悪感を抱いた彩香は急いで颯真を2分の1のサイズへと変形させる。
ちょうど、赤子くらいのサイズになった颯真を抱きかかえると、彩香はそのまま颯真をギュッと抱きしめた。
彩香「怖かったよね・・・。ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・。」
颯真の前髪を右手で捲し上げ、額に軽くキスをしながら、彩香はゆっくりとその右手で颯真の頭を撫で続けた。
それでもまだ颯真は震えてるような感じだったので、今度は、颯真の頬をさするように彩香も頬をあてがった。
そして、一定のリズムで頭を撫でたり、背中をさすったりして、颯真を落ち着かせようと彩香は必死になっていた。
さすがに、今回ばかりは彩香も泣きそうになっていたのであった。


(続く)