秘密調味料?!
作:いと小さき人


気が付けば、僕は何やら狭い空間に立たされていた。
この空間は人間一人がようやっと立てるようなスペースであり、白っぽい色をした壁が僕を円形に取り巻いている。
僕は、ここがどういう場所なのかまったくもって判然としない。
上空から光が漏れているようなので、僕はふと上空を仰ぎ見る。
上空には何やら無数の穴が規則的に並んでいるようで、そこから光が漏れていることが分かった。
一度落ち着いて深呼吸をしてみる。
「・・・・・・!?」
僕の耳に微かに人の声が聞こえてくる。
どういう状態かはわからないが、僕以外にもこの空間に閉じ込められているようだ。
僕は思い切って大きく叫んでみた。
僕「おぉーい!! 誰かあー!!」
しかし、僕の叫び声は空しく響いただけで、何の反応も周囲からは見られない。
相変わらず、微かな人の話声が漏れ聞こえてくるだけであった。
一体、どうしてこんなことになってしまったのか。
僕は、冷静に昨日の記憶をたどってみるも、頭が重く何があったかを思い出せない。
僕は、懸命に頭を掻きむしり冷静さを保とうとするも、額からの汗は流れやまない。

どれだけの長い時間、この状態を強いられただろうか。
食料も与えられず、座ることも許されず、ただただ立たされるだけという意味のない空間。
徐々に思考する力も奪われていくのが、実感することができた。
人間にとって、睡眠欲、食欲、性欲の3大欲求を封じられる苦しさは、何にも例えられるべくもない

感覚だけが異様に研ぎ澄まされていくのだ。
言葉を発するまでもなく、音や温度、においなどを敏感に感じることができていた。

しかし、いつ終わるともしれない空白の時間は突如として終わりを迎えた。
僕の立っている場所が、微妙に揺れたかと思うと、急激なスピードで上昇していく感覚に襲われた。
僕に物凄い重力がかかり、狭い空間の中で僕の体は器用に折れ曲がっていった。
やがて、上昇の感覚が収まったかと思うと、徐々に重力のかかる場所が変化を始めていった。
今度は、僕は上空へと引っ張られる感覚に襲われたのだ。
僕は、懸命に両手を壁に突っ張らせるも、自らの体重を支え切ることはできず、そのまま上空へと引っ張られていった。
ここで、初めて僕は自分の収納されていた空間を理解することができた。
僕の収まっていた狭い空間は、他にも無数にあり、そこから大勢の人々が上空の穴へと吸い込まれようとしているのだ。
察するに、僕たちのいる空間がひっくり返ったのではないだろうか。
そのため、上空にあった穴へと引っ張られるような感覚に襲われたのではないだろうか。
いずれにせよ、あの上空の穴を通過すれば、この狭い空間から脱出することができる。
僕は、幾分かの期待を持ち合わせつつ、自らの体を上空の穴へと委ねた。

光が一気に降り注ぐ。
狭い空間にいたからであろうが、外界の光がいやに眩しく感じる。
広大な宇宙の外側に何があるかは知らないが、もし脱出することができるのであれば、こんな空間に出るのであろうか。
ベチャッ!!
自由落下する僕たちが着地した場所は、茶色い地面が広がるいい香りのする場所で猛烈に熱い場所であった。
地面からは湯気が立ち上り、足で触った感じだぶにょぶにょとしていて気持ちのいい感覚ではなかった。
よく見れば、僕と同じく落下した人たちは、皆、地面を貪っていた。
僕も周囲の人たちと同じように地面をすくって口に運ぶと、美味しい汁が迸って乾いたおなかは十分に満たされていった。
僕はここで、ふとした疑問を感じる。
一体、ここはどこなのか。
周囲を探索しなくてはいけない。
僕が背後を振り返ったその瞬間、僕たちのいる地面に無機質な金属製の巨大な柱が3本勢いよく突き刺さる。
その巨大な柱は、地面にいたであろう数人の人たちを巻き込み、君臨している。
僕は、眼前の光景にただただ息をごくりと飲み込んだ。
茶色い地面といい、金属製の柱といい、いまだに自分の置かれている位置がわからない。
不安と恐怖で支配されいる僕に構うことなく、次の行動が発生する。
僕のいる地面が小刻みに揺れたかと思うと、再び上昇していく感覚に襲われたのだ。
強制的に、僕は茶色い地面に張り付かされる。
僕が辛うじて顔を上空へと向けると、形容しがたい空間がそこにはあった。
桜色で囲まれた巨大な黒い空間がそこにはあった。
よく目を凝らすと、黒い空間の内部には白い物体が上下に並んでおり、下側にはさらに怪しく蠢くピンク色の物体が見えたのだ。
ここで、僕はようやく理解することができた。
僕は、巨大な誰かに食われようとしているのだ。
僕は、巨大な柱目がけて匍匐前進で進みゆく。
全身に伴い、胸やら腹やらが激痛に苛まれる。
これは、巨大な茶色い食材の熱によって火傷を負っているからであろう。
僕は、歯を食いしばりつつもとにかく匍匐前進を続けた。
程なくして、上昇の感覚が収まる。
僕は、おそるおそる後ろを振り返る。
そこには、目の前の食材を食らおうとする若い女性の巨大な口があった。
僕はそのまま口の中へと運ばれていく。
僕の周囲から徐々に光が失われていく。
そして、僕の眼前に彼女の前歯が振り下ろされる。
ザクンッ!!
外界との通信を完全に遮断する白い壁。
僕には絶望でしかなかった。
やがて、僕のいる地面は、巨大な舌で奥歯へと運ばれる。
僕の上空には、巨大な白い奥歯が出現する。
僕の記憶はここで途切れてしまった・・・。

女性客A「ん~、美味しい~!!」
女性客Aは目の前のハンバーグをほおばり、女性客Bに喜びいっぱいの表情を見せる。
女性客B「この調味料をかけると、より旨みが増すのよね~。」
女性客A「そうそう!レアっぽい味わいになって肉本来の味が味わえるのよね~。」
女性客B「ん~。癖になりそう~。」
女性客たちにとって人気のあるこの調味料は、その製作過程が不明なのである。

(完)