タイトル:伝染病と治療術師
作者:他人(たにん)

この作品はゆんぞ氏の「全てのものを癒すもの」の2次創作作品です。
原作の設定を遵守していますが、魔法の扱いは独自解釈となっています。
原作のイメージを損ねる恐れがありますのでご注意ください。

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エリザは大地に仰向けになっていた。その手足には200人もの若者が触れている。
太陽の光、若者の温もり、体の中心から湧き上がるエネルギー。それはエリザを癒して
いた。これは伝染病に立ち向かう、治療術師と住人の話である。

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1日目
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いつものようにエリザは治療術師としての支度をしていた。
そこに1通の手紙を持ってイーゼムがやってきた。
「エリザ、お前に緊急要請が来ているぞ。」
手紙には赤字で「緊急要請」の文字が書かれている。
その文字に驚き、すぐに手紙を読み始めた。

・緊急要請
アルム街で白熱病が発生した。多数の住民が感染、発症している。
その治療に向かって欲しい。また救援物資の運搬もお願いしたい。
物資はラフィエル街に準備してあるので先にとりにきて欲しい。
そこで病気や現状の説明を行う。なお、イーゼム氏も同行すること。

読み終わったエリザはため息をつき、感想を口にする。
「白熱病ですか。これは大変ですね。」
「そんなに悪い病気なのか?」
イーゼムに問われ、エリザは説明をする。

【白熱病】
高熱と咳が出るほか、血行の悪化により体が青白くなるのが特徴。
症状は1週間ほど続く。感染力が強い伝染病である。
致死率は低いものの、老人や持病持ちには危険な病気である。

「10年ほど前にも流行って大変だったそうです。」
「治せる病気なのか?」
「根本的な治療法はないんですが、体力を補うことで治せるんです。
ただ普通の治療術師では魔力が足りないためこの方法で治療はできないんです。」
「でも今のエリザならできるんだな。」
「おそらくは。試してみないとわかりませんし、個人による差異もありますが、
基本的な治療法は万能のはずです。」
「細かいことはいい。しかし伝染病も治せるのか。
いや、治せるのは当然として、伝染をも押さえ込めるのか。」
「伝染そのものを止めることは出来ませんが、伝染するより早く治せば収まるはずです。」
「それより俺も同行しろって書いてあったよな。
俺にも別途指令が来ているかも知れないから街の詰所に言ってくる。
すぐに出発できるように準備をしておいてくれ。」
そういうとイーゼムは部屋から出て行った。
一人残されたエリザは身の回りの整理をしながら、【白熱病】について考えていた。
【白熱病】は危険な病気ではないが伝染力がとても強い。
伝染を警戒し、アルム街は閉鎖され、出入りは厳しく制限されていることだろう。
伝染病は収まるまで隔離するしか方法がなかったのだが、今の自分なら治せるだろうと
思っていた。今まで自分の力を十分に発揮した治療はできていなかった。
治療の機会はたくさんあったものの、有り余る魔力を使い切ることなどなかったのである。
余力があるのはいいことだが、島中にはたくさんの病人や怪我人がいるのだ。
余力があるのにそちらの治療に行けないのはある種のストレスでもあった。
エリザの行動はある程度規制されている。
また移動にも注意を払う必要があるので1日にたくさんの街を回ることは出来ない。
治療術師として存分に力を発揮できる機会ができてエリザは張り切っていた。

半時ほどでイーゼムが戻ってきた。
「俺にも指令が来ていた。エリザに付き添えって指令だ。細かい折衝やいざこざの解決
に当たれってさ。」
「そうですか。私は治療に集中しますので、細かい事項はよろしくお願いします。」
そういうと2人は宿を後にした。

宿を出てエリザは陽光を体いっぱいに浴びた。すぐに体が大きくなっていく。
2階建ての宿を抜き、町外れの見張り塔より大きくなり、街中に比較対象となるものがなくなるほど
大きくなった。これがいつもどおりのエリザの大きさである40倍サイズである。
すぐそばにある宿はエリザの足を包むブーツよりも小さくなってしまっていた。
見張り塔でさえ、膝下ほどの高さになっていた。
これでもまだ小さいほうであり、街中なのである程度抑えているんだ。
エリザは周囲にイーゼム以外に誰もいないことを確認して、その場にしゃがみこんだ。
フレアスカートが巻き起こす風で人を吹き飛ばすことはいままで何度もあったのだ。
イーゼムは慣れているのでふんばってこらえている。
エリザは膝を着くと右手を地面に下ろした。
イーゼムから見ると民家並に大きな掌が空から降ってくる感じなのだが、ようやく慣れ
てきた。イーゼムはいつものように靴のままでエリザの掌に乗った。
最初は靴を脱ぐべきだと主張したイーゼムだったが、エリザは手袋をしているので問題ないといい、
そのやさしさと大きな眼差しの前に折れたのだった。
掌に乗ってからが一番の難関で、持ち上げられるときに体にかかる重力はかなりの負担なのだ。
エリザはゆっくり持ち上げているのだが、それでもなかなか慣れるものではない。
今回も掌の上に押し付けられるような重圧に耐えていた。
持ち上げられた後は絶景が広がっていた。
なにしろエリザの胸の高さまで持ち上げられれば周りにさえぎるものは何もないのだ。
今日は天気がいいので遠くラファイセット城まで見えている。
もっともエリザ自身は「自分の視線には何もないんです。」と悲しんでいるようだった。
エリザはゆっくりと起き上がるが、反作用で地面が沈み込んでしまう。
石畳で整備されている場所はまだ大丈夫だが、土がむき出しの道では大きな足跡が残ってしまうのだ。
そこで足を動かしてブーツのそこで地面をならす必要がある。
若干荒い作業に見えるが、かがみこんで手で馴らすことはできない
(また立ち上がるときに足跡が出来る)のでしかたがない。
エリザが行えば1分で終わる作業だが、普通の人間では1時間はかかってしまう重労働だ。
エリザは宿を後にし、街の入口を出たところで詰め所の警備兵に一礼を送った。
そしていままで抑えていた力を解放し、さらなる巨大化を始めた。
40倍サイズでも十分に大きいがこれは力を抑えている状態であり、体の中に力がたまってしまうのだ。
そうなると体が熱くなり耐えられなくなってしまう。
街中では我慢するしかないが街道に出ればすっきりした気分になりたいので力が安定した状態になる
60倍サイズまで巨大化をするのだ。
なおエリザの最大サイズは150倍以上だが、このサイズでも力が枯渇することはなかった。
1度、最大サイズのまま1日過ごしたことがあったが、特に疲労などは起こらなかった。
そのかわりちょっとした動作のミスで、数十本単位の木が倒れたが大した問題とはならなかった。
さて、エリザは60倍サイズになり、視界はいつもどおりとなった。
まずはラフィエル街へ物資を取りに行かなくてはならない。
今のエリザなら20分程度でつく距離である。
アルム街は閉鎖されているので特に食料品が不足していると思われる。
一刻も早く物資を届けなくてはならないのである。

30分後、少し急いだエリザはラフィエル街へ到着した。
急いだ割に時間を食ってしまったのは、途中で馬車を蹴飛ばしそうになったり、
民家に足を突っ込みそうになったためだ。
イーゼムが交渉にあたったため大事にはならなかったが、本当に注意しなくてはならないことだ。
もちろん注意はしているのだが、白熱病のことが気になって注意散漫になっているのだ。
「エリザ、あせる気持ちはわかるがあせった分だけ遅くなるぞ。」
「はい・・・ごめんなさい。」
エリザは小さく謝ることしかできなかった。

ラフィエル街の外には大量の物資が山積みになっていた。
なんでもラファイセット城などで備蓄している食糧などを出したそうだ。
本来は飢饉や戦争のために取っておくものだが、白熱病を重く見ての措置だ。
「ずいぶんたくさんありますね。」
人口1万人分の数日分の食料となれば、馬車数十台分もの物資となる。
これでも支援物資の一部ということだ。当面は10日分程度の物資を運び込む予定らしい。
それだけの物量なのだが、今のエリザにとっては片手に収まる程度の量なのである。
エリザは右手を地面に手を下ろし、左手で物資を載せていった。
100kgを超える物資を親指と人差し指のみでつまみあげる様子は、たとえようもないほどの
強大な力を見せ付けられているようだった。
体の大きさの3倍に比例するその力は、体の強大さをより見せ付けるものだった。
おおまかな物資を運んだ後、細かな物資は兵士達が運びこんだ。
物資を持ちながら掌の厚みを乗り越えるのは困難なため、板を渡して運び込むことにした。

物資を積み込むと、すぐにアルム街に向かって移動を開始することにした。
物資の受け渡しに立ち会った兵士達にお礼をいってエリザは立ち上がった。
あれだけの大量の物資を片手に抱えても、その動きが鈍ることはなかった。
その力強さに感心し、心強く思うとともに、伝染病も治まるだろうと期待できた。

アルム街へはエリザのペースで40分ほどだが、物資を持っていたため慎重に歩みを進め1時間ほどかかった。
途中では特に問題はなかった。これはアルム街が閉鎖されているためで、街道の人通りがほとんど
なかったためである。
街に近づくにつれエリザの表情が曇ってきた。
「いやな予感がしますね。」
「なにか感じるのか?」
「ええ。治療術師の感といいますか、病気などで体調が悪い人がいるとわかるんですよ。」
「これだけ離れていてもか?」
街まではまだ1kmはある。エリザが巨大であっても、絶対的な距離は変わらないはずである。
「街全体が病んでいるのでしょうか。かなり大変なようです。」
「そうか。俺は別の感情を感じるがな。」
「イーゼムも何か感じるのですか?」
「ああ。これは兵士としての感かな。負の感情が渦巻いていいる気がするんだ。」
「病気のせいで気持ちが落ち込んでいるのでしょうか。」
「それならいいんだが。あ、いや、よくはないが、それより悪い事態じゃなきゃいいんだがな。」
このイーゼムの予想は当たっていたのだった。

アルム街は人口1万人、2km四方の面積を持ち、周囲は低い柵で囲われていた。
街の前の広場には出迎えと思われる兵士達が数人立っていた。
「こんにちは。ラファイセットから派遣された治療術師のエリザです。」
エリザはまず挨拶をした。挨拶は全ての基本である。
「エリザさん、ご苦労様です。お待ちしておりました。」
1人の兵士が前に出て返事を返し、他の兵士もお辞儀をした。
「早速ですが支援物資を持ってきたので下ろします。」
そういうとエリザは右膝を着いてしゃがみこみ、右手を地面の下ろした。
掌の上には民家数件分もの物資が積み込まれていた。
物資不足だったアルム街にとって、多すぎるほどの物資といえた。
物資を下ろすときも、細かな品はエリザの指で扱えないため、板で橋を渡して兵士が下ろした。
それから大きな荷物はエリザの大きな指で1つづつ下ろしていった。
ほんの5分ほどで広場には大量の物資が山積みとなった。
「民家に運ぶのはどうしましょうか?」
これだけの物資を各民家に運ぶのは相当の労力が必要だ。
エリザが地区ごとに運ぶこともできるが、ぱっとみてアルム街は道が狭く、
エリザが街に入るのは難しそうだ。
「運搬は街のものが行うから大丈夫だ。」
そういうと、街のなかから住民が出てきた。
「人がたくさん出てきましたね。ボランティアでしょうか?」
確かに街の入口付近に人が集まってくるようだ。だがイーゼムの意見は違った。
「いや、なにやらもめているようだが・・・。」
住民が近づくにつれ、様子がわかってきた。どうやら兵士と住民はにらみ合っているようだった。
「みなさんこんにちは。治療術師のエリザです。」
エリザはまず挨拶をした。しかし住民は返事を返すことはなく、兵士にくってかかっていた。
「俺達は街を出たいんだ。道を明けてくれ。」
「え、ああ、すいません。いまどきますので・・・。」
挨拶を無視されたことにむっとしながらも、エリザは自分が邪魔をしているのかと思い脇に
それようと思った。
「ああ、エリザさん。あなたに行っているんじゃないんだ。俺達に言っているんだ。」
兵士はエリザにそういった。エリザは「?」と思ったが、話を続けた。
「今アルム街は【白熱病】のために閉鎖されているんだ。これは入る人を制限するだけでなく、
出て行く人も制限しているんだ。だが感染を避けるために街から逃げようとする人たちがいるんだ。」
「逃げるとはなんだ。病気から遠ざかるのは当然の行動だろ。」
「だが君達はすでに感染しているかもしれない。病気の潜伏期間は1週間ほどあるからな。」
「じゃあ俺達は街に隔離されるのか。国は俺達を見捨てるのか。」
「そうじゃない。他の街に広がるのを防ぐための措置なんだ。」
「結局、俺達が犠牲になるだけじゃないか。」
「我々も街から離れられないんだ。一蓮托生だ。」
なおも言い争いが続くが、不毛なやり取りが続いているだけのようだ。
蚊帳の外に置かれたエリザはイーゼムに話しかけます。
「街を閉鎖にしないといけないんでしょうか。」
「俺には詳しいことはわからないが、国の命令ならしたがうしかないな。病気が蔓延したら困るだろ。」
「私達も街から出られなくなるんでしょうか?」
「わからないがそうなるかもしれないな。嫌なのか?」
「いえ、治療術師として、病気が治まるまでこの街にいる覚悟はあります。
ですが、健全な人は避難したほうがいいのではないでしょうか。」
「潜伏期間の問題があるからな。完全にシロと分からない以上、隔離はやむおえないな。」
「うーん・・・そうですね。ここは私が何とかしてみます。」
そういうとエリザは兵士と住民に向けて語りだした。
「皆さん、私は治療術師のエリザです。国からの要請で救援にやってきました。
住民の皆さんも協力していただけないでしょうか。」
巨大な治療術師の申し出に、兵士と住民は争いを止め、エリザに視線を向けた。
「協力だって?俺達に何が出来るっていうんだ?」
「それはいろいろです。物資の輸送や急病人の搬送や動けない人がいる家の掃除などの衛生管理や。」
「そんなもの国の仕事だろ。俺達には関係ない。」
「関係あります。ここは皆さんの街でしょう。皆さんの友人、知人が苦しんでいるんですよ。
ここは皆で協力して、早期に病気を押さえ込むことが大事なんです。国からも人が来ていますが、
それでも人手は足りないはずです。元気な人が協力することで街の危機を救うんです。」
「・・・そうだな。理想論だが俺達だって街を助けたい。だが感染のリスクはどうするんだ?」
「それは・・・衛生管理と十分な栄養である程度は抑えられます。」
「ある程度ってどれくらいだ?100%とは言わないが、十中八九は防げるのか?」
「それは分かりません。」
「分からないじゃ話にならないだろ。」
エリザの説得はある程度効果があるようですが、なかなか議論の収束は見えません。
そこでイーゼムが加勢します。
「おい、お前達。この街を捨てるのか?」
「捨てるとはなんだ。俺達の街をなんだと思っている。」
「自分達の街を守らず、しかも逃げ出すことを捨てると言わずになんというんだ。」
「逃げるつもりはない。だが感染のリスクが・・・。」
住民の揺れる心を感じ、エリザが言葉をつなぎます。
「感染のリスクは皆で分かち合えばいいんです。皆が協力すれば感染は抑えられます。
誰かが感染しても、他の誰かは助かっているんです。」
「そうだ、お前達はこの街の仲間だろ。」
「大丈夫です。感染しても私が治療をいたします。悪化する前なら治療術の効果も高いです。」
エリザとイーゼムの攻勢に、住民達は押し黙ります。
そこに街中から一人の女性がやってきます。
20歳を少し超えたくらいの歳の女性はエリザに向かって言います。
「治療術師のエリザさん。住民を代表してお礼を申し上げます。」
「あなたは?」
「アルム街の町長代理のポリンです。町長は病気で倒れているので、私が代理を行っています。」
「そうでしたか。ですがあなたも具合が悪そうですが。」
「ええ、恐らく私も感染しています。ですがまだ症状は軽いので町長代行として来ました。」
その様子を見て住民が声をかけます。
「ポリンちゃん、寝てないとダメじゃないか。」
「感染しているって本当か。ならなおさらでてきちゃダメだよ。」
「ですが、治療術師さんがいらっしゃったのですからきちんと挨拶をしないといけないです。」
「ポリンさん、お心遣いありがとうございます。ですが病気でしたら早く寝てください。」
「はい。それと住民達の見苦しい争いを見せてごめんなさい。1週間ほど街を封鎖されて
いらだっているんです。」
ポリンはつらい胸のうちを明かした。
するとエリザは住民に向かって語りだした。
「病気のポリンさんもがんばっているんです。元気な皆さんが手伝わないでどうするんですか。」
「・・・」
住民の返事はなかった。
「街を出るのはどうかあきらめてください。そして家にこもって感染しないようにしてください。
手伝ってくれとはいいませんが、治療の邪魔だけはしないでください。」
「・・・すまない。自分のことばかり考えていた。そうだな、ここは俺達の街だ。俺達で守るんだ。」
「エリザさんの言うとおり、みんなで街を守ろう。協力したくない奴に無理強いはしない。
だが人に迷惑をかけるな。それだけは守ろう。」
この意見はすぐに集団の総意とはならなかったが、とりあえず混乱は収まったと見ていいだろう。

「さっそくですが、ラファイセットから支援物資が来ています。3日分ほどの食料品と毛布などの
衣料品です。」
広場には大量の物資が積みあがっていた。
これだけ大量の物資を一度に運べる、その仕事量に皆が驚いていた。
「物資は十分にあるので皆で分けて使ってください。」
「ではその分担の指揮は私が。」
ポリンが町長代理の立場を主張するが、
「ポリンちゃんは早く寝てくれ。ここは俺達でやる。おい、青年会に声をかけてこい。
物資の到着と知らせれば飛んでくるだろう。」
「みんな・・・。では皆さん、エリザさん、後はよろしくお願いします。」
ポリンは若者に支えられて自宅に戻っていった。

物資の輸送の件は青年会に任せ、エリザは本題である治療に入ることにした。
病院は街中にあるため、現状の大きさのエリザでは入ることが出来ない。
それどころか、街道があまり広くないこの街では、最小サイズといえる40倍でも入るのは
困難である。それに体のサイズを制御しながら治療に当たるのは非効率であると考え、
現在の60倍サイズのままで、広場で治療を行うことにした。
病気でこの広場まで来るのは大変だが、そこは付き添いなどで対処してもらうことにした。
さっそく重病人から治療に当たることにした。
病人にとってエリザの掌の厚み(1.5mほど)を乗り越えるのは困難なので、
板を渡してゆるい上り坂になるようにしている。
最初の病人はお年寄りだった。【白熱病】は高齢ほど症状が悪化するといわれている。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
「え、ああ、いや・・・ゴホゴホ・・・」
噂には聞いていた治療術師だが、実際に見るとその桁違いの大きさに驚くしかなかった。
掌の中央に仰向けで寝て、大きな瞳を見上げていた。
その大きな瞳は小さな老人を見て、そして掌で感じ取った。
症状は高熱と咳。典型的な【白熱病】の症状である。
根本的な治療法は確立されておらず、対処療法か本人の体力回復しか手がないのである。
エリザは自分の魔力を老人に送り込み、体力を回復させる術を施す。
通常、体力を回復させるためには減った体力と同じだけの魔力を送り込む必要がある。
したがってこの方法で治せる人数は1日に3、4人だけなのだ。
だが今のエリザには膨大な魔力がある。この街の全員に魔力を分けても余裕があるほどである。
熱を抑えるために体全体を保温する魔法を使い、次に咳を抑えるために気管の周辺に魔力を送る。
その後、体の中心に魔力を補填し、臓器の活動を活性化させるのである。
この10分ほどの治療で、お年寄りの容態は劇的によくなった。
「おじいさん、容態はどうですか?」
「いやあ、体が軽くなったよ。もう直ったのかい?」
「いいえ、体のだるさをとり、免疫機能を活性化させただけなので治ってはいません。
ただ体のつらさは取れていると思いますので、丸1日ほど寝ていれば完治すると思います。」
「そうなのかい、いやーありがたや、ありがたや。」
エリザにお礼を言って、お年寄りは病院に戻っていきました。
後は病院でもう一度検査して、問題がなければ自宅療養にすることにしました。
さて次の人は・・・。

イーゼムはこれからの方針の打ち合わせのために兵士の詰め所にいた。
「物資の搬入の第1陣は終わった。第2陣についての連絡はまだだが、明日には何かあるだろう。」
「物資の輸送は青年会ががんばっているので順調です。奪い合いなども起きておりません。」
「平和っていいね。略奪とかが起こって大変なことになるかと思っていたよ。」
「実はその1歩手前だったんですよ。後1日遅かったら暴動が起こっていたところでした。
本当に国とエリザさんには感謝しています。」
「特に用がないなら俺はエリザのところに戻る。何かあったら連絡してくれ。」
「分かりました。では夜になったらまたきてください。明日の打ち合わせを行います。」

治療開始から1時間。街は平穏に包まれていた。
物資不足も概ね解消し、病気もエリザのおかげで沈静化すると思われていたからだ。
だがエリザはあせっていた。
治療自体は順調だ。だがまだたったの6人しか治療が終わっていない。
たった10分で【白熱病】を治療するというのは驚異的なスピードであるのだが、いかんせん感染者が
多すぎます。現在重傷者は100人、感染者は1000人もいるのです。
潜伏期間の人も考えると、感染者は2000人程度と考えるべきでしょう。
「おねえちゃん、ありがとう。」
小さな男の子がエリザにお礼をいって帰っていきます。
そのあどけない笑顔に癒されつつも、並んでいる病人を見ると焦りを覚えます。
「すいません。一人10分づつかかるようなので、今日はあと3時間で20人ほどしか診ることが出来ません。」
エリザがそう宣言すると、列の後ろのほうからため息が聞こえた。
罵声じゃなくてよかったと言うべきか、罵声を上げるほどの元気もないと言うべきか。
それでも付き添いの看護婦はエリザの肩を持ちます。
「いくら大きくてもエリザさんは同じ人間です。すぐに皆を治すのは無理です。
エリザさんを責めないでください。治療できない私達医師達に第一の責任があります。」
「同じ人間」という言葉にエリザはほっとしました。
人外の力を持っていても、同じ人間として扱ってくれることに、自分の居場所があることにほっとします。
同時に落胆もします。せっかく強大な力を手に入れたのに、それを十分に発揮できないことです。
今までは魔力不足で治療が出来ないという限界があったのですが、今のエリザにその限界はありません。
治療にかかる時間が長いという、技術的な限界なのです。
公平に見ればエリザの治療技術は優れており、10分で治すというのは驚異的なスピードといえます。
それでも、今まで数々の街ではすぐに終わっていた治療が、この街では全く進まないという事実が
エリザに重くのしかかっていました。

夕方になり、日がかげってきたところで本日の治療を終了します。
予定通り20人を治療し終えたところで、少しずつエリザの体が小さくなっていきます。
「エリザ、よくがんばったな。」
イーゼムが声をかけてくれます。
「エリザさん、お疲れ様。」
これは意思の言葉です。それ以外にもたくさんの賞賛の言葉をもらいました。
思い通りとはいかないまでも、これほど感謝されることは初めてでした。
感謝されるときが、治療術師をやっていて一番うれしいことなのです。
その暖かい言葉に、十分に力を発揮できなかった悔いを吹き飛ばされます。
今日の反省は明日に活かせばいい、そう前向きな姿勢で臨むことにしました。
それから30分。すっかり日が落ち、静寂が街を包みます。
本来ならまだ騒がしい時間帯なのでしょうが、【白熱病】の影響なのか出歩く人も少なく静かです。
エリザとイーゼムは街の宿に案内されました。
エリザは初めて街に入るわけですが、この街の環境がかなり悪いことを理解しました。
街中は病気のせいか陰鬱な空気に包まれ、衛生状態が悪いせいか悪臭が漂います。
一刻も早く街を復興するために、【白熱病】を押さえ込む必要があると思いました。
宿では割と豪華な食事が用意されました。
エリザは恐縮したのですが、街の人の感謝の気持ちということでありがたく頂戴することにしました。
食事が終わると、今度は街の有力者達がエリザをたずねにきて感謝の気持ちなどを伝えました。
大いなる力でたくさんの人々を救ったエリザにお礼を述べています。
ただ今のエリザにとっては、十分に力を発揮できているとは言えず、なんだか恥ずかしくなります。
夜が更けたころ、ようやく住民から解放されたエリザを待っていたのは師匠のローンハイムでした。
「お師匠様、来ていたんですか。」
「急遽呼ばれてな。【白熱病】の治療とは、大変な仕事を任されたな。」
「ええ、ですが今の大きな力をもってすれば治せると思います。」
「見栄を張るな。確かに驚異的なペースで治しているが、それでもお前は満足していないはずだ。」
「・・・」
心を見透かされてしまいました。やはり師匠にはかないません。
「一人一人、丁寧に治療をするのは治療術師として当たり前の行為だ。だが今は平時ではない。
【白熱病】事態はそれほど危険な病気ではないんだ。だからある程度の治療で大丈夫だ。」
「それは手を抜けといっているのですか?」
「違う。自然治癒できる程度にサポートしてやれば十分ということだ。
今はたくさんの患者がいる。なるべく多くの患者を治療することが優先されるのだ。」
「分かりました。お師匠様の指示通りいたします。ですがどの程度の治療をすればよいか分からないのですが。」
「それを教えるために着たんだ。今行っている治療法は一般的な治療法のはずだ。
今から教えるのは【白熱病】専用の治療法だ。完治するための治療法ではないがだいぶ楽になるはずだ。
今日中に覚えてもらうぞ。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
こうして、エリザとローンハイムの治療術講座は夜更けまで続きました。