タイトル:伝染病と治療術師
作者:他人(たにん)
この作品はゆんぞ氏の「全てのものを癒すもの」の2次創作作品です。
原作の設定を遵守していますが、魔法の扱いは独自解釈となっています。
原作のイメージを損ねる恐れがありますのでご注意ください。
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2日目
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朝6時。日の上がる直前である早朝にエリザは眼が覚めた。
一刻も早く【白熱病】を治療させるため今日も1日がんばろうと心に誓った。
部屋を出て食堂に行くとすでにローンハイムは起きていた。
「早いな。よく眠れたか?」
「ええ、大丈夫です。食事をしたらすぐにでも治療に取り掛かります。」
「そのことなんだが、治療の開始は朝9時からとなったんだ。」
「え?そんなに遅くからなんですか?」
朝9時からの治療開始は普通だが今は非常時である。
すぐにでも治療を始めようと思っていたエリザは拍子抜けすると同時に疑問に思った。
「これはお主の健康管理のためなんだ。」
「???私は元気ですが???」
「今は大丈夫でもここは伝染病の最前線だ。感染する可能性もあるし、お主が倒れたらいったい誰が街を救
うんだ?」
「でも元気なうちはがんばって治療に当たるべきではないでしょうか。」
「お主はなんでもがんばろうとしすぎて無理をする傾向がある。昔は魔力の限界まで活動してぶったおれた
じゃないか。」
「そんな何年前の話ですか。」
「人間の本質などそう変わるものではない。よってワシがきちっとスケジュール管理を行う。
午前は9時から12時まで。午後は1時から3時と3時半から5時までだ。」
この予定は治療術師としては妥当な時間配分だ。
「そんなに休みをいただいていいのですか?体力も魔力も余裕がありますよ。」
「気力と集中力を持たせるためだ。お主はまだ若い。精神修行が足りないんだ。」
その後もあれこれ言い合ったものの、結局はローンハイムに押し切られ朝9時からの開始となった。
8時50分。予定時刻の10分前に宿を出た。
今日も日差しが眩しい。太陽光をいっぱいに浴びてエリザの体が巨大化を始めた。
30秒も経たないうちに日中の標準サイズである60倍にまで巨大化をした。
泊まっている宿はブーツ片足分にも満たず、10mを超える木々もエリザのすねの辺りまでしかなかった。
この大きさだと比較対象物は街で一番大きな建物である教会くらいしかなく、
それでも両腕で抱きしめるほどの大きさでしかなかった。
宿から治療を行う広場までは一本道だ。すでに数人、並んでいるのが見える。
エリザは慎重に街道を進んでいく。
地響きは住民を不安に落としいれ、また街道にも悪影響を及ぼすからだ。
さすがにこのサイズだと踏み抜くことはないが、舗装がへこむくらいの影響はありえる。
「焦らず落ち着いて治療をするのだぞ。」
ローンハイムの指示を守り、移動にも注意を払っていた。
広場で待っている人数はたったの6人であった。
「あれ?今日はこんなに少ないんですか?」
すると手伝いに入っているこの街の医者は
「1人5、6分ということで待ち時間は30分以内になるように調整しています。
順次患者を連れてきますので、そちらはお気になさらずにどうぞ。」
これもローンハイムが手を回してくれたのだろう。
裏方は他の人に任せて、自分は治療に専念することにした。
今日最初の患者はおばあさんだった。
間近で見上げるエリザの大きさにさどかし驚くだろうと思ったがそんなことはなかった。
やっと自分が受け入れられたのだとこのときは素直に喜んだ。
後で考えればリアクションをとるほどの余裕がないだけであったのだが、そんなことは思いもせず治療を
始めた。
掌の厚みを乗り越えるために板を渡し、おばあさんが右手の掌の中に収まった。
エリザは昨日教わったとおりに体の中心に魔力を集中させた。
体の中心を活性化させることで全身の症状を抑えるというのだ。
今までは全身に満遍なく魔力を送っていたので、時間がかかる上に非効率だったのだ。
体の中心部が終わったら後は全身に軽く魔力を送り込み、体力を向上させ治療は中了した。
昨日は劇的に回復していたが、今日はあまり元気になった様子には見えない。
これでいいのか?と悩んでいるところにローンハイムがやってきた。
「治療は順調か?」
エリザは答えに困り、【心話術】でローンハイムに話しかけた。
『今1人目が終わったところなんですが、あまり良くなっていないような・・・。』
『それでいいんじゃ。人間には自分で病気に抵抗する力がある。それを手助けすればいいんだ。』
『でもお年寄りにはもう少し綿密な治療を施したほうがいいと思いますが。』
『昨日お年寄り向けの治療法を教えただろう。そのとおりやればいいんだ。』
『ですが・・・』
『治療をしなければいけない人はたくさんいるんだ。全員に満遍なく治療を行き届かせるほうが重要だ。』
これは大と取って小を捨てるようなやりかたなのでは?と思うエリザであった。
そんな会話になりそうだからこそ、住民に聞かれないように【心話術】で直接話しかけたのだ。
『この治療計画は患者の具合と人数を天秤に掛けてちょうどよくなるように決めたんだ。』
『そうですか。細かいことは良くわかりませんが、この手法が最善なのですね。』
『そうだ。お主は治療に専念してくれ。細かなことはこちらで決める。』
そんなやり取りをしていると、おばあさんが起き上がり、
「これで終わりですか?」
「え、ええ。そうです。」
「まだだるいけど大分良くなりました。ありがとうございました。」
お礼を言われて、しかしエリザの反応は
『こんな治療でお礼を言われても・・・。』
『・・・今後のことは今日の夜に話し合おう。まず今日の治療を行うんだ。
お前が不安そうな顔をしたら、街中が不安になるぞ。』
『そ、そうですね。今は治療に専念します。』
予定通り治療をこなし、30分で最初に並んでいた患者の治療を終えた。
そこでエリザはもう一つ気になることがあった。
「見たところ高齢者が多いようですが、子供や大人は大丈夫なのですか?」
今日治療したのは全てが高齢者であった、並んでいるのも高齢者だけだ。
「お主が治療をしやすいように、午前中は高齢者、午後は子供、夕方は大人にしてある。
同じ手順で行えるので治療しやすいだろう。」
「それはそうなのですが、症状の重い順じゃないんですか?」
「そうだ。症状の重い子供、大人、高齢者を時間を区切って治療している。」
「より症状の重い人を優先したほうがいいのでは?」
ローンハイムはやれやれといった感じで
「さっきも言ったように、治療の方針や順序はこちらで綿密に計算している。
細かいことは気にせずに治療に専念してくれ。」
そうだ。今の自分が行うことはたくさんの人に治療を施すことだ。
順番はきちんと計算されているので、任せてしまっていいのだ。
何でも自分でやろうとせず、他者の力を借りることの重要性を再認識した。
12時すぎ、午前の治療が終わってエリザは任務から解放された。
「ぶっつづけの作業、ご苦労だったな。」
そんなことはないです、と軽口で答えようと思ったが、
「ええ、精神的に疲れますね。」
と本音で答えた。こういうときは正直に話さないと後々問題になりかねない。
「体力、魔力は大丈夫ということだな。」
「ええ、そうです。」
3時間、ぶっつづけの治療で60人治療してもまだまだ余裕はあった。余裕がないのは心だけだ。
「休憩時間の間に顔でも洗って来い。」
「洗うって・・・どこでですか?」
昼間のエリザはどうがんばっても40倍より小さくはなれない。
どんな大きな桶を持ってきても、指先を入れるので精一杯だろう。
「街の南10kmのところに大きな川があるからそこで洗って来い。
あそこは川幅も広いし水深もあるから手で水をすくえるだろう。」
10kmというと一見遠いが、60倍サイズのエリザにとってはたったの200m弱だ。
精神的に疲れたエリザ自身、顔を洗ってすっきししたいところだった。
「分かりました。では行ってきます。」
川に向かって街道を歩き始めてすぐに、通行人に出会った。若い青年のようだ。
この街は閉鎖されているはずだが、川へ行くことは許されているのだろうか?
また川へは10kmもある。エリザの足ならいざしらず、一般人にとってはかなりの距離だ。
さっそくエリザは声をかけてみた。
「こんにちは。どちらへいくのですか?」
「あ、エリザさん。街の人々の治療、ありがとうございます。」
「いえ、仕事ですから。ところでどちらへお出かけですか?」
「あ、はい。川へ水汲みに行くところです。」
予想通りの返答だった。よく見ると手には桶を持っているようだ。
「でも川って10kmも先ですよね。それとも近くに水を汲めるところがあるのですか?」
エリザが顔を洗うには10km先の川に行かなくてはならないが、水を汲むだけならもっと近くに
水源があるのかもしれない。そう思ったエリザであったが、
「ええ、そうです。遠いので困っているんですよ。」
「ですが街中には井戸がありますよね。水不足ということはないと思うのですが。」
「はい。ですが白熱病がはやっているでしょう。なので井戸水は危険なんです。」
白熱病の感染源ははっきりしておらず、よって井戸水で感染するという根拠はないはずだが・・・。
「白熱病が井戸水から感染するというのは初耳ですが、信頼できる情報なのですか?」
「いや、噂で聞いただけだから分からない。でも注意するに越したことはないでしょう」
「もしかしてデマが広がっているのですか?」
「デマかどうかは分かりませんが、私の耳には入ってきた情報です。」
エリザはうーんと考えた。伝染病で怖いのは感染だけではなくデマもあるのだ。
そんなあいまいな情報が広まっているとしたら街はパニックになるかもしれない。
「井戸水で感染するという確固たる証拠はありません。どうか安心して井戸水を使ってください。」
「忠告はありがたいのですが、やっぱり怖いのです。自分なりの危機管理ですのでお気になさらずに。」
しかしそのために10kmも先の川に水を汲みに行くのは大変すぎる。
「では私が川まで連れて行って上げます。私も川に行く用事がありますので。」
「本当ですか?それではお言葉に甘えましてお願いいたします。」
エリザはその場にしゃがんで若者を掌に乗せた。
「これから持ち上げます。少し加重がかかると思いますが我慢して下さいね。」
すでに慣れているイーゼムでさえ、持ち上げる際にはかなりの負担がかかっていると言っている。
初めて体験する人にはより注意して慎重に持ち上げる。
ゆっくり30秒ほどかけて、胸の高さまで持ち上げた。
「加重は大丈夫でしたか?」
「え、ええ、正直つらかったです。」
「す、すいません。」
「あやまらなくてもいいです。川まで連れて行ってもらうならこれくらいなんでもないです。」
そう言ってもらうとありがたいが、細かい作業はまだ慣れないなと反省するエリザであった。
それから街道を進むエリザだったが、1kmおきに人を掌に乗せていった。
結構な人数がデマを信じて川に向かっていると思われる。
これはまずいと思い、街に戻ったらイーゼムやローンハイムに相談しようと思った。
さて、ようやく川にたどりついたエリザは掌に載せた10人を降ろして自分は顔を洗いにいった。
川幅は約10m。これはエリザの掌がぎりぎり収まる幅であった。
水深は5mほどだろうか?川に掌を入れるとすぐに底についてしまうが、水をすくうには事足りた。
5度顔に水をかけ、せっかくなので水を2杯飲む。冷たくておいしい良い水のようだ。
さっぱりしたところで周囲の様子を見る。
予想通り水汲みに来ている人が来ており、その人数は30人ほどだった。その全員に声をかける。
「皆さん、アルム街の方々でしょうか?遠路はるばる大変だったと思います。
帰りは私が皆さんを運びますので、全員が汲み終わるまで少々お待ちください。」
その問いかけに一同は喜んだ。川に来るだけならまだしも、10kmもの距離を重い桶を持って帰るのは
非常に大変だからである。
一方疑問もあった。いかにエリザが巨大とはいえ、30人と桶を載せることが出来るのかという問題である。
掌の面積からいえばぎりぎり入るが、掌の端に乗った場合落っこちてしまう可能性もある。
それはエリザも承知であった。もちろん解決策も考えていた。
「皆さんそろいましたね。ではそこで少し待っていてください。」
そういうとエリザは10歩ほど、500mくらい離れてから、こちらを向いて止まった。
両手を胸にあてなにやら祈りを始めた様である。
するとなんということだろう。その巨体がさらに大きくなり出したではないか。
人間の60倍サイズでも途方もない大きさなのに、その大きさはさらに増し、1.5倍、2倍と大きくなっていく。
そしてエリザは150倍サイズという、最大サイズまで巨大化をしたのである。
これなら30人でも余裕で載せることができる。
先日見た60倍サイズでも驚いたが、さらに巨大化できるとは。
150倍まで巨大化できることは周知の事実のはずだが、全ての住民に知れ渡っているわけではないのだ。
知っている人もいたが、見ると聞くとでは大違い、その大きさに圧倒されるのであった。
住民の動揺、驚愕はエリザも認識したらしく、声をかけた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。これが私の最大サイズです。これで皆さんをまとめて運べます。」
(本当はもっと大きくなれるけど)
式典でのハプニングがあったがそれは伏せることにした。別に隠すことではないが
ここで言うことでもないだろうし、いつでもあのサイズになれるわけではないからである。
エリザが一歩進む。さきほどとは比べ物にならないほどの轟音が響き渡る。
たった一歩で150m進み、足元の地面は陥没し、ブーツが1mほど沈み込む。
まだ350m離れているのにすぐに手が届きそうな大きさである。
そんな錯覚を覚えさせる大きさのエリザは、さらに2歩進んでくる。
砂煙が住民を巻き込み視界が制限される。
エリザは悪いことをしたな、と思いつつもこればかりはどうにもならないので心の中で謝った。
少しだけ風の魔法を使い砂煙を散らすと、そこには城よりも巨大なブーツが視界を支配していた。
女性らしい美しいブーツは、今や鋼鉄の壁のごとく住民の前に横たわっていた。
その物言わぬブーツの迫力に、一同は圧倒されるのであった。
膝を折ってしゃがみ込むと住民の前に右手の指先が降ろされる。
指の太さでさえ1m以上あり登るのは困難である。
これもいつものこと。左手で右手の人差し指を押し地面にめり込ませる。
そして段差が30cm程度になったところで住民を掌に誘導する。
人差し指は太さ1m以上、長さ10m以上はあり、巨木の丸太のような感覚があった。
それが指1本であり、そのさきには10m四方はある掌があるのだ。
住民は掌にばらばらに乗るがそこはエリザが一声掛ける。
「掌の端っこは落っこちる可能性があるので、なるべく中央によってください。」
その発言を聞いて住民は掌の中央により始めた。
桶を持って中央部分に集合すると、さすがに30人もいれば窮屈になってしまう。
(多少の混雑はしかたないですよね。数分ですから大丈夫でしょう。)
そう心の中でつぶやいたエリザは全員乗せたのを確認すると立ち上がろうとした。
「これから掌を持ち上げてゆっくり立ち上がりますが、相当の加重がかかりますので気をつけてください。」
加重?全く経験のないその言葉の意味に、住民は顔を見合わせた。
言わんとすることは分かるが、こればっかりは体験しないと分からない感覚である。
一応住民に注意喚起をしたとはいえ、この加重にはイーゼムも苦労していたようなので、
一般の住民にはつらいかなと思いました。
とはいえ対処法もないので、ゆっくり持ち上げることを意識しました。
エリザの感覚でほんの少し、実際には10m持ち上げたところで住民が数人ひっくりかえりました。
「いきなり持ち上げるなんてひどいじゃないか!」
住民の一部から文句が上がります。
「ご、ごめんなさい。本当に慎重に持ち上げたのですが、なにぶんこのサイズですので微調整が効かないのです。
もう少しゆっくり持ち上げるので我慢して下さい。」
なおも文句を言う住民がいますが、あまりここで時間を取られるわけにも行きません。
苦情は無視して、それでも極力ゆっくり持ち上げます。
ようやく立ち上がって胸の高さに住民を持ち上げます。
その際にも数個の桶が倒れてしまったようです。
これでは住民が水を汲みに来たかいがありません。
しかたなくいったん降ろし、再度水を汲んでもらってから持ち上げます。
今度は慎重に慎重に事を運び、少量の水がこぼれたもののなんとか上手く持ち上げることに成功します。
「ではアルム街へ向かいます。このサイズなら5分でつきます。」
遠路はるばる1時間以上掛けて10km歩いてきた道のりをたったの5分でいくというのか?
だが5分という時間でさえ、エリザにとっては遅いくらいだ。
150倍なら10kmの距離でさえ100mを切るのだ。1分でつきそうなものだ。
それをあえて5分といったのは道中気をつけて歩くためだ。
さてアルム街へ1歩踏み出そうとして、またも難題にぶつかります。
(道が細い。はみ出してしまう・・・。)
街道ではないので道幅は10mもない。一応舗装はされているがエリザの重量を支えられるかも疑問だ。
実際、式典のために道路を補強したくらいだ。街道でないこの道路を壊さないで歩く自信はない。
しかたなく街道横の草原の上を進んでいく。草原に1歩足を進めると2mほどめりこんだ。
当然草花は地面に押し付けられ、ぺちゃんこになってしまう。
木々がないのが救いだ。だが生命力の高い草花でさえその重圧に圧縮され、生を終えてしまっているだろう。
そんな様子に申し訳ないと思いつつも、ほかに打開策がないためそのまま歩を進めていく。
途中、水を汲みに行くと思われる人とすれ違ったが、エリザのあまりの大きさに驚き、中には倒れる人もいた。
水汲みを手伝ってあげたかったが、あまり時間を取られると午後の治療に影響が出る。
こんな大きさでも出来ることの限界があるなと思い、そのまま街へ進んでいく。
そして宣言どおりに5分でアルム街に着くと、待ち受けていたのはローンハイムだった。
遠く数km先から見えたエリザを迎えに、いや何をしてたのか問い詰めに来たのだ。
「おい、エリザ。その大きさはなんだ。何があったのだ?」
「あ、お師匠様。遅くなってすいません。ちょっとこの方々を降ろしますので。」
そういうとエリザはゆっくりとかがみこんだ。エリザの影がローンハイムを中心として門を覆う。
ここで焦って水をこぼしてしまえば苦労が水の泡だ。事は慎重に運ぶ。
ローンハイムがなにやら叫んでいるが、そんなことは無視して住民を降ろす。
そして住民をおろし終えたところでようやく返答をした。
「すいません。水を汲みに行った住民を載せて戻ってきました。」
「まずはその大きさをなんとかしろ。住民が驚いているだろうが。」
「あ、はい、すぐに元の大きさに戻ります。」
エリザは慌てて体を縮小させる。といっても60倍の大きさにしか縮まることが出来ない。
「一体何があったんだ。説明をせい。」
「えーと・・・。」
エリザは事の顛末を詳細に告げる。
「そうか。まあ善意から行ったことだろうが、街の人々は驚いていたぞ。」
「そ、そうでしたか。すいません。」
「まあ過ぎたことだ。だがおぬしの大きさは人々にあまたの影響を与える。それを忘れるでないぞ。」
「はい。分かりました。」
「それと水の件は街の有力者と話し合って考えておく。おぬしは治療に専念してくれ。」
「分かりました。午後は子供でしたっけ?」
「そうだ。午前のご老人とは違った対処だが大丈夫か?」
「ええ、ちゃんと覚えていますよ。」
エリザはニッコリと微笑んだ。その笑みにローンハイムは期待と不安を抱いた。
「大きなおねえちゃん、ありがとうございます。」
「治療は終わったけどまだ完全には治っていないから家に帰ったら寝るんですよ。」
子供の治療を始めて3人目、あどけない顔でお礼を述べる子供にエリザの心も和らいだ。
ローンハイムの不安は外れた。また治療の方針でもめるかと思っていたが、教えたとおりに上手くやっている。
子供の笑みもエリザを癒しているのかもしれない。
目標のペースを若干上回って治療を続ける。
治療をして病人が元気になる、その達成感でエリザの心はいっぱいであった。
慎重さも忘れてはいない。通り一辺倒の治療ではなく、より悪い患者にはその症状にあった治療を施す。
これも昨日教えられたことだが、覚えたことを十分に熟知し、治療を施していく。
ローンハイムもエリザの治療には一目を置いている。
これは膨大な魔力があることも一因だが、適切な治療を選択する技能に優れているのだ。
巨大じゃなくても将来はきっといい治療術師になるな、そう思う師匠であった。
昼の部は何事もなく終わり、休憩後には夕の部の治療が始まる。
大人は体力があるので、治療もしやすい。
治療をするために魔力を送り込むのだが、体力が少ないと体がパンクしてしまう恐れがあるのだ。
普通の治療術師ならそんなことは起きないのだが、いまのエリザだと起こり得るのである。
もちろんそんな失敗などしないが、体力の総量が多い大人はより多くの魔力を一度に送り込める。
そのため短時間で症状を緩和することが出来、後は基礎体力を補助する治療を施す。
子供よりも早く治療が進み、エリザの心にも余裕が出てきたところで問題が発生した。
一人の男が割って入ってきてこう言ったのだ。
「俺の治療を先にしてくれ。俺は青年会の役員だ。」
すぐに兵士に制止され、男は取り押さえられる。だが男は続ける。
「俺の自己都合じゃない。こうみえて俺は顔が利くんだ。俺が動ければ青年会の活動は活発になる。
そうすれば街を助ける手伝いが出来るんだ。」
始めは無視していたエリザもその発言に耳を傾けた。
権力を盾に治療を迫る人は何人かいたが、この人はそうではないらしい。
青年会が本格的に活動すれば、病気の蔓延を防げるかもしれないし、物資の運搬も上手くいくだろう。
エリザはローンハイムを見る。師匠はどんな決断を下すだろう。
「駄目だ。」
たった一言だった。その一言は男を激怒させた。
「俺の自己都合じゃないといっているだろ。街のためを思って言っているんだ。
そしてこの街の病気を抑えられれば国のためにもなるんだ。それに一人くらい割り込んだって問題ないだろ。」
「本音はそこか。その一人の枠を決めるためにわしたちは選択を迫られているんだ。
どんな人だろうと平等に扱う。これが伝染病に対する一番の対処法だ。」
ローンハイムのいうことは正論だ。だがそこにエリザが割って入った。
「でもその人が治れば街に大きな貢献が出来るんですよ。一人くらいいいじゃないですか?」
実際今日は予定より早く進んでいる。一人なら割って入っても影響は少ないだろう。
「ばかもん!」
ローンハイムの一括が広場に響く。その声に巨大なエリザでさえびくっとしてしまう。
「治療術師の心得の一番大切なことを忘れたのか?どんな人にも平等に救いを差し伸べるのだ。
それをお前の判断で曲げてみろ。他にも同じ事をいう輩が出てくるだろう。
わし達が苦心して選んだ治療の順位をお前の一存でふいにするつもりか。」
「す、すいません。」
エリザは謝るしかなかった。
だが心の中ではあきらめきれない面もあった。青年会の協力はぜひとも得たい。
いざとなったらこの男の治療を優先することも出来る。誰にもエリザを止めることはできないからだ。
そんな心の葛藤をしていると、別の男が広場に近づいてきた。
「おい、勝手なことを言ってるんじゃないぞ。誰が青年会の役員だって。ただの中堅じゃないか。」
「おぬしは誰だ。」
「俺はこいつと同じく青年会の中堅だ。大体10人の部下がいる。その程度の役柄だ。
お前が声をかけたって集まるのはその10人くらいだ。」
「な、なにを」
「いや、そんなに集まらないか。お前みたいな勝手な野郎についていくヤツなんて青年会にはいないだろうな。」
「・・・」
「すいません。こいつは確かに青年会の一員ですが、影響力なんてほとんどないんです。
おおかた自分の治療を優先したいがために勝手なことをほざいているだけなんです。」
「それは本当か?」
いままで黙っていたイーゼムが問いただす。
すると男は自分の力量を認め、治療を優先してもらいたいがためのデタラメであることを白状した。
「おい、このバカを連行しろ。しばらく牢で頭を冷やさせろ。
本当なら反逆罪だが今は非常時だ。それはやめておく。じっくり反省するんだな。」
男は兵士に連行されていってしまった。
そして青年会の男は頭を下げてお詫びをする。
「青年会の恥をさらしてお恥ずかしい限りです。ですがほとんどの青年会員はいいやつらなんです。
今日も物資の輸送などを手伝っています。そこはわかってやってください。」
その真摯な姿勢にエリザはニッコリを微笑んで
「分かりました。青年会の皆様の活躍に感謝します。一緒に白熱病に立ち向かいましょう。」
その言葉に男は頭を下げてから去っていき、治療を再開しようとした。
「エリザ、お主、よからぬ事を考えていなかったか?」
「え?」
ドキリとするエリザを見逃すローンハイムではなかった。
「治療術師の約束を破って治療順序の変更を強行しようとしたのではないのか?
いざとなったら今のお主にはだれも逆らえないから、強行しても咎められないと思ったのではないか?」
エリザは答えることが出来なかった。
「わしのおもいすごしならいいが、もしそうだとしたら危険なことだぞ。
一人で何でも抱え込むのも良くないが、勝手な判断で動くのはもっと悪いことだ。
治療術師の規律を乱すようなことをしたら、おぬしを治療術師の任から解除することも考えなくてはならん。」
エリザは下を向いてうつむいてしまう。
「ちょっと強く言い過ぎたかな。だが何でも自分の思い通りになるとは思わないことだ。
おぬしはまだ若い。何度も過ちを犯すだろう。だがそれを乗り越えて優秀な治療術師になって欲しいのだ。
これは偽らざるわしの気持ちだ。」
「それは、信頼してくださっている、ということですか?」
「もちろんだ。わしの一番の弟子だからの。一番素直で一番大きくて一番純粋な弟子だ。」
「大きいは余計です。」
その師匠の軽口にエリザは本来の思考を取り戻した。
沈んではいられない。この街を守るためにも自分ががんばらなくてはいけないのだ。
「これからもご指導をお願いいたします。」
「うむ。では治療を再開してくれ。今のいざこざで遅れてしまったが、ノルマは減らせないぞ。」
「分かっています。では皆さん、治療を再開いたします。」
そうして日が沈むまで治療は続きました。