初夏だというのに早朝はまだ肌寒い。何でこんな時間に駅前にいるのかというと、今日は遠足だからだ。
と、言ってもワクワクして眠れなくなったとかいう訳ではない。小学生の時ならともかく、高校一年生である。
「時間通りか。」
僕はボソッと呟いて、早起きの原因が向こうの方から駅に向かって歩いてくる姿を見つめていた。
大通りの向こうの方から歩いてくるのはクラスメートの小峯由乃だ。相変わらず目立つ奴だなぁ。そう思いながら近づいてくる小峯を眺めていた。
向こうも僕の姿に気付いたようで、一度手を上げて歩く速度を少し速めたようだ。いや、危険だろ?それ・・・
何しろ小峯の身長は前回の身体測定で892cmを記録した超でか女なのだ。常人の5倍以上の身長のあいつが人とぶつかったら・・・
恐らく体重は推定5tは軽く超えているだろうから、ダンプカーに跳ねられるようなものだろう。まだ少ない道往く人も、威圧感を受けて
振り返った次の瞬間には何も考えずに道を開けている。当然そうするよな。と、言う間に僕の前では極太のふくらはぎが現れていた。

「おはよう!」
頭上から明るい声が降り注ぐ。見上げれば相撲取りが束にかかってぶつかってもビクともしなさそうな太股が露わになっている濃い目のブラウンの
ホットパンツ並みの超ショートパンツ姿だ。上はTシャツに薄いカーディガンを羽織っていて、その上から間違いなく美少女コンテストで上位の
成績を収められるであろう可愛らしい顔が見下ろしていた。
「お、おう・・・だ、大胆だな。。。」
ちょっと目のやり場に困る服装だ。特に太股の圧倒的な量感は油断すると視線が釘付けになってしまう。
「そお?だって、小滝君が『多少汚れてもいい服装で来い』って言ったんだよ。」
「そ、それはそうだけど・・・」
「おっはよぉ!」
遅れてひとりの女子が走ってきていた。遠足で同じ班になった相澤昌美だ。身長160cmちょっとのごく普通の女の子。
「もう!由乃ちゃんたら急に走るんだもん!追いつく訳ないじゃん!」
こちらは途中から全力疾走したせいか、息を切らせている。当然だろうなぁ。由乃が全力疾走したらボルトだって置き去りにされてしまうだろう。
確か体力測定の50m走の記録は、余裕残しで5秒台だったっけ。一緒に走った陸上部の女子が少し可愛そうに思えたくらいだ。

「本当に大丈夫なの?」
駅のホームで電車を待つ3人。由乃は改札を通れるわけは無いので、フェンスを跨いでホームに立っている。当然駅員の了解済だ。
「ああ、たぶん・・・」
なんでこんなことになったのか。話は数日前に遡る。
入学して二ヶ月、ようやく学校にも慣れ始めた頃、春の遠足というイベントがある。遠足といっても高校生なので現地集合現地解散なので
学校公認で遊びに行くようなものだ。今年は隣の県の観光地である。ここで問題になったのが由乃の存在である。
仲良くなった者同士で班編成をしていたのだが、1階と2階をぶち抜きにした教室の片隅でひとりぽつんと膝を抱えて座っている巨大な
女子生徒が周りの友達と話していた。
「え~っ?由乃ちゃん、行かないの?」
「うん、だって、こんなに大きいし、電車にだって乗れないよ。みんなで楽しんで来なよ。お土産よろしくね!」
などと強がってはいるが、寂しさいっぱいの表情だ。本人にとっては入学式で驚愕されて以来(受験は別の日にしたので)
それでも恐る恐るといった感じで何人かの女子と仲良くなり始めただけに辛いのだろう。そんな中、
「ねえ、小滝っ!何とかならないの?」
いきなり僕に無茶振りしてきたのが同じ中学だった相澤だ。僕も思わず即答してしまった。
「無理だろう!?電車に乗れるかわかんないし、歩くっていっても50kmは離れてるんだぜ!」
「そうだよね。いいよ、留守番してるから。」
「え~っ?由乃ちゃんいないと楽しくないよ~!」
相澤の視線は僕に何とかしろと言っているようにしか思えなかった。ある意味脅しである。
「わ、わかった。ちょっと考えてみるから、明日まで待ってくれ。。。」
と、安請け合いをしてしまったのだ。
色々考えてみて出た結論がこれだ。もうひとつ『レンタカーで5t程度のトラックを借りて運ぶ』という案もあったのだが、
これは、由乃が「留守番のほうがまし!」と言ったので却下となった。まあ、大型免許を持っている教員がいなかったので、
そもそもボツ案だったのだが。

電車がホームに入ってきた。この駅が始発なので時間は充分にある。目指すは幅広のドアがある車両だ。
普通のドアでは由乃の巨尻どころか肩も閊えて入れないが約180cm幅のドアなら・・・事前に由乃のヒップの幅を測定できれば
よかったんだが、そんなこと言い出したらあの馬鹿でかい手で張り倒されるかもしれないので勝負に出たのだ。
ドアが開き、昌美が先に電車に乗り込んだ。
「四つん這いじゃないとだめだよね。。。」
由乃も諦めたように両手両膝をついて頭を電車の中に入れる。早朝なのでほかの乗客の姿は少ないが、それでも全員が四つん這いに
なっても電車の天井高を超える巨大な女の子に視線が釘付けになっていた。
由乃は肩を斜めにして上半身をねじ込んでいった。よし!いいぞ!僕は心の中でガッツポーズだ。そして問題のヒップを電車に・・・
入らない・・・肩と同じように斜めにしてみるが少しつっかえているようだ。
中からは昌美の「がんばって!」の声が聞こえるが、「入んないよぉ・・・」という由乃の泣きそうな声が聞こえる。
「何してんのっ!小滝っ!押してっ!」
ヘッ?押す?いや、その女の子のお尻を押すの?それって痴漢じゃあ・・・
ところが、「小滝君だったらいいから、押してみて」由乃までそんなことを言い出す始末だ。しかも出発時刻が迫っている。
もうやけくそだ。目の前のドア枠を埋め尽くす茶色い壁に両手を押し当ててグッと押し込もうとするが、ビクともしないどころか
逆に尻の弾力で僕がよろけてしまいそうになる。何度か押しているが状況は一向に変わらない。
「体当たりしてみて。」
脳内が真っ白になっていたので、何も考えずに体当たりをかましてみた。一回、二回・・・敢え無く跳ね返され、三回目・・・
「ヒャッ!」
由乃が可愛らしい悲鳴と一緒に電車にスポッと入った瞬間、僕もそのまま倒れこんで巨木のような太股にしがみ付くことになった。

走り出した電車の中で由乃は膝を崩した格好で座って、さらに上半身を斜めにしてロングシートを占領している。僕と昌美は
反対側のシートの由乃の目の前に座っていて、この車両に他に乗客はいない。
次の駅で乗ろうとした中年のサラリーマンは、ドアの前に横たわっていた太股を見て「うわっ」と一言だけ発すると、
逃げるようにして隣の車両のドアに走っていった。
「やっぱ、怖いのかなぁ。」それ以前にいきなり目の前にあんなもんが現れたら、誰だってテンパると思うけど。

途中同じ班の女子2名と合流して、僕らは無事に現地に向かっていた。集合時間までまだかなりあるが、ラッシュ時にこんなことしたら、
とんでもない騒ぎになったかも知れないので仕方が無い。
貸しきり状態の車中では女子4名がトークに夢中だ。しかも僕が由乃の尻を押したことも昌美によって面白おかしく暴露されていた。

由乃がコツを掴んだからなのだろうか、降りるときは乗るときほど苦労をしなかった。僕も残念ながら尻を押すことは無かったし。
駅前のファストフードで朝食を取ることにした僕たちが2階席の窓側に座ると、外には巨大な美少女が道路に座って中を覗き込んでいる。
いつも思うが座って2階を覗けるって凄いよなぁ。立てば校舎の3階を外から余裕で見ることが出来るのだ。
「はい、由乃ちゃんの分。でも、これだけで大丈夫なの?」
普通の人が注文する量の5倍ほどを山盛りにしたトレイをふたつ、差し出された手に乗せる女子たち。
「うん、朝はいつも少なめだから。」
それでも少ないよなぁ。体格的には牛1頭くらいは丸ごと食えるんじゃないかと思うくらいなのだが、黙っていよう。
朝食中も女子のおしゃべりは止まらない。と、その時だった。
「あの・・・小滝君。」
「え?なに?」
由乃に話しかけられた僕に他の女子全員の視線が降り注ぐ。
「つ、連れてきてくれて・・・ありがと。」
少し頬を赤くして、照れ隠しかハンバーガーを丸ごと口に放り込んで由乃は俯いてしまった。他の女子からはヒューヒューの嵐だ。
「んな、お前が楽しいほうが、みんなも楽しいと思っただけだよ。」
「お~っ!『お前』だってさぁ!」
つい口をついてしまった台詞を思い切り茶化され、由乃はさらに赤くなり、僕も身体が熱くなってくることを自覚してしまった。

集合時間、クラスメートどころか先生までが由乃の巨体を見上げて呆けている。本当に連れて来れたんだという顔つきだ。
「ま、まあ、全員揃ったというのはいいことだな。」
などと誤魔化しているが、顔色は誤魔化せませんぜ、先生。
諸注意を受けて、あとは班単位で自由行動。名刹古刹の多い土地なので基本は寺めぐりになるが、僕たちの班が行ける場所はそう多くは無いので、
一箇所にゆっくり時間をかけることになった。
「で?最初は?」
「外から見ても綺麗な寺か、広い寺かだな。」
悪気は無いがそういう選択肢しかないことは事前に言っておかないと。でもまあ、他の女子もわかっているようだ。そこへ、
「ねえ、大仏って遠いの?」
「なんで?」
「私とどっちが大きいかなって思って。」
由乃の突然の発言に驚く女子一同。実は由乃以外の女子の中ではNGワードに設定していたからだが、屈託無く笑う由乃に、
むしろ拍子抜けしたという感じだ。
「電車で3駅か。でも、あの電車には小峯は乗れないよ。」
「なんで?」
「ワイドドア車両が無いから。」
簡単な答えだ。幅130cmのドアでは、肩は横になれば入るかも知れないが巨大な尻は間違いなく入らない。しかも観光地なので、
早朝の地元とは違って観光客もいっぱいだ。
「じゃあ、歩いていくよ。みんなは電車で来て。小滝君は道案内ね。」
いきなり僕の身体が急上昇する。由乃に両手で抱え上げられたのだ。そのまま肩に座らされてしまった。
「どっち?」
「え、あ・・・あっち」
由乃は僕が指差す方向へズンズンと歩き始めていた。

言われたとおりに由乃の首にしがみついて、僕は大仏までの道案内をする。真横のビルの3階にいる人と目が合った時は、
こいつはいつもこんな目線なんだ。と驚いたり、足元で意外と揺れる大きな胸に気付かないふりをしたりととにかく落ち着いて
いられなかった。
「ねえ、小滝君。」
不意に由乃から声をかけられた。
「小滝君ってさ、気になる女子とかいるの?」
約3kmの道のりを人や車を蹴らないように気をつけながらゆっくりと歩いていた由乃の速度がさらにゆっくりになる。でも、まだ普通の
人が歩く速さよりは圧倒的に速い。
思わず横を見ると、普通の5倍、いや、顔は小さめなので4倍ちょっと位の由乃の少しはにかんだような顔。
「い、いや・・・別に。」
「そうなんだ。私はちょっと気になってる男子がいるんだけどね。でも、私ってこんなにでかいからさ、ビビられちゃうんじゃないかって。」
「う~ん、まあ、そうかもなぁ。」
「小滝君も、やっぱりそうなんだ。。。」
確かに突然目の前に由乃が現れたら誰だって身構えるだろう。二ヶ月一緒の教室にいる自分でさえそうなのだ。時折なんとも言えない
威圧感を感じることがあるのだ。
「いや、僕は、その・・・」
「でもねぇ、今日はそんなにビビってないよね。少しは慣れたのかなぁ。」
「え?ど・・・どういう・・・」
「ふふっ。」
由乃は僕に笑顔を向けるとまた歩く速度を速めていった。

大仏の場所はすぐにわかった。
「おぉ~っ!なんか由乃よりでかそうだよっ!」
屈託無い表情で昌美が走り出すと、他のふたりもそれに続く。由乃は僕に合わせてゆっくりと大仏に近づいていった。
「ガイドブックだと高さ13mだってさ。間違いなく由乃よりでかいな。」
「ほんとぉ?じゃあさ、記念写真、撮ろっ!」
嬉しそうに由乃も走り出して、あっさりと3人を抜き去って大仏の前で巨大な頭部を見上げていた。
由乃が大仏の横に立ってポーズを取り、その前に3人の女子が並んで何枚か写真を撮る。
「ほら、小滝も由乃と一緒に撮りなよ。」
昌美にそう言われて、スマホを渡して由乃の許へ走っていくと、由乃は僕の横にしゃがんで一枚。そしていきなり抱き上げられてしまった。
「え?ちょ・・・」
抗議する間もなく、昌美にベストショットを撮られてしまった。

その後、寺をふたつばかり回って近くの海へ行く。女子4人はアイスを食べて話しながらだ。由乃もほかの3人に歩く速さを合わせて話に加わり、
とても楽しそうだ。と、思っていたら突然昌美が振り向いて・・・ニコッ!ど、どういう意味だ?
砂浜では、女子たちが砂山を作ったりして遊んでいるのを、僕はカメラマンに徹してスマホで写真を撮りまくっていた。
というか、由乃の砂山・・・でかすぎだろ?高さ1mはありそうだ。

楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
帰りの集合場所で点呼を取ると自由解散だ。朝も早かったし、けっこう疲れたよなぁ。と思っていると、昌美が声をかけてきた。
「ねえ、帰りってどうするの?」
「え?あ・・・」
完全に忘れていた。朝はともかく帰りの電車に由乃を乗せるのは不可能に近い。ワイドドアの車両なんかいつ来るか調べていない。
増してや人の数が朝とはけた違いに多いのだ。電車に乗れたとしても迷惑この上ないだろう。
どうしようという思いが頭の中でぐるぐると回り、打開策が見つけられない。その時だ。
「大丈夫だよ。帰りは歩くから。」
振り返ると由乃が複雑な笑顔でしゃがんでいる。
「でも、歩くって50kmはあるんだよ!いくら由乃でも・・・」
「ううん、いいの。今日はここに来れただけで嬉しかったからそのくらい大丈夫だよ。それに、私、大きいからそんなに時間かかんないと思うし。」
たぶん、由乃の感覚だと10km程度だろうが、それでもかなりの距離だろう。
「じゃあ、小滝、付き合ってあげなよ。まさか女の子ひとりで歩いて帰らせたりしないよね。」
「ぼ・・・僕?」
「え、だ、大丈夫だよぉ・・・」
何だか三竦みの状況。こうなったら仕方がない、言い出したのも僕だし。という訳で、僕は由乃と一緒に徒歩で帰宅することにした。

結局5kmも歩かないうちにギブアップして由乃の方に乗せられてしまった。運動も得意という訳ではないし体力も自慢するほどは無いのは
わかっていたが、これほどとは・・・と少し情けなくなる。
しばらくはとりとめのない話をしていたのだが、やっぱりちゃんと謝らないとと思っていた。もう、朝待ち合わせした駅までいくらもないだろう。
でも、たぶん3時間かかってないんじゃないかな。フルマラソン以上の距離だというのになんてスピードなんだろう。
「ごめん、結局小峯の負担増やしちゃって・・・」
「いいよ。小滝君と一緒に帰れるんだもん!」
「え?それって・・・」
「もう、昌美ちゃんが言ったとおりだね。本当に鈍いんだから。私が気になってる男子って小滝君だよ。」
「え?あ、いや、その・・・」
何というか言葉が出ない。それがわかってか由乃はそのまま言葉を続けていく。
「小滝君って、ちょっと弱っちい感じだけど、凄く人のために一生懸命になる人なんだなぁ。って今日改めて思ったんだ。ちょっと前から
気にはなってたんだけどね。」
「で、でもさ。僕はほかの奴に比べれば・・・」
「フフッ、私から見たらバスケ部の大磯だって超ちっちゃいよ。」
確かにそうだ。身長順で並ぶと由乃の横に立つ羽目になる身長185㎝の大磯でも確か由乃の膝にも届かなかった。
「逆に聞きたいんだけど、小滝君って私のことどう思ってるの?」
思わず僕は押し黙ってしまった。確かに可愛いし凄くいい子だと思う。でもこの体格の迫力はちょっとというかかなりおっかないのは間違いない。
「じゃあさ、私が『付き合って』って言ったら付き合ってくれる?」
「え???」
由乃が急に立ち止まる。気が付けばそこは少し人通りが無くなった場所だった。
「ねえ、答えてよ。小滝君が優柔不断なのはわかってるけど、今日はちゃんと答えてほしいな。」
しばらくの沈黙の後、僕は観念したように本当のことを言った。
「こ、小峯のことは、凄く可愛くて、でも、大きいからおっかなそうで、でも、今日、一緒にいて、普通の女子だってわかって、だから・・・」
「だから?」
「ぼ、僕も、小峯のことが・・・好きですっ!」
「ほんと?」
僕はいつの間にか両手で抱き上げられていた。目の前では由乃がじっと僕を見つめている。僕はこくんと頷いた。
「フフッ、小滝君、弱そうだから私が守ってあげるね。」
「あ・・・はい。」
後で聞いた話だが、昌美が由乃に入れ知恵をしていたそうだ。僕は優柔不断で大事なことを答えないで誤魔化すかも知れないから、
肉食系で攻めるんだよって。

駅から少し離れたところで僕は降ろされて、そのまま別々に家路につくことになった。その別れ際、
「なあ、秋の遠足も頑張って電車で行く?」
何となく聞いてみた。たぶん秋の遠足は例年ならどこかの遊園地だろう。そうすると、そのルートにワイドドアの車両があるかをまず調べないと。
「うん、でも、たぶんもう電車には乗れないかもね。」
意味深な言葉を残して、由乃は何回かこちらを振り返って手を振りながら帰っていった。