小さなダイニングテーブルに向かって、ひとりの女性が静かに座っている。年齢は10代後半か20代前半というところだろうか。
幼さの少し残る顔に肩まで伸びた茶色の髪、椅子に座っているのでわかりにくいがスタイルもよさそうな、でも少し物静かな雰囲気の女の子だ。
だがそんな雰囲気とは裏腹に自らの存在を主張するように突き出した巨大な砲弾、いや、少しくすんだグリーンのTシャツに包まれた胸が、
ズドンという感じでテーブルの上に乗っかっていた。

沙耶はしばらく無言でテーブルを見つめていた。いや、正確にはテーブル上の一点を見つめていた。
やがて、考えがまとまったのか、憂いの混ざった表情が少し変わる。
「それで、私にどうしろと仰るのでしょうか?」
テーブルの向こうには誰もいない。いったい沙耶は誰に向かって話しているのだろう?そんなことはどうでもいいとばかりに、彼女は言葉を続ける。
「それは私にも責任の一端はあるかも知れませんけど、色々協力しているじゃないですか。これ以上何をしろと・・・」
そこで口ごもってしまう。もう、自分にできることは全てやったじゃないかという顔でテーブル上の一点を見つめ直した。

そこには実に300人を超える周辺の市町村の議員やら有力者やらが集まっていた。が、その姿は沙耶からは見えない。
というより、砂粒がばらまかれたようにしか見えないのだ。なぜならば、それは彼女が身長17000mもある超巨人だからなのだが。
議員団の面々の前には、自分たちが住んでいる街のひとつやふたつくらい余裕で乗せられるほどの広大なテーブル面が大地となって広がり、
その端には、恐ろしく巨大な女の子の胸から上だけが見えていた。
しかも、その胸の大きさたるや、近くの数百m級の山々など全く及びもつかないほどなのだ。片方の胸の幅だけで2000mはありそうな山脈が、
沙耶が言葉を発するたびにフルフルと揺れ、その振動が重厚な地響きとなって断続的に彼らに襲い掛かっていた。

それでも議員団のひとりが勇気を奮って口を開いた。彼らの音声は無線を通して彼女のイヤホンに届く仕掛けだ。
「貴女のご協力には感謝しています。しかし、我々も頭を抱えているのです。このままでは・・・」
周辺の市町村は残らず壊滅してしまう。そう言いかけた時、彼女の巨大な胸の前で動く何か小さなものに気が付いた。

「ああ、これですか?」
途中で話が途切れたので何かと思ったが、たぶんこれを見つけたのだろうと沙耶は思ったのだ。
「今朝、畑の世話をしている時に捕まえてきました。いつもは駆除しちゃうんですけど、こんなにいるってことを皆さんに知ってもらおうと思って。」
そう言ってその小さなものの中でも比較的大きなものを指先で摘まむと、そっと議員団に近づける。
「う・・・わ・・・ぁ・・・」
彼女の指先に挟まれたものの正体を見て、全員が絶句してしまった。そこには体長100mはあろうかという怪獣が、
苦しそうな呻き声を上げながらもがいていたのだ。
つまり、彼女の胸の前でチョコチョコと蠢いていたのは、彼らが手を焼いている怪獣そのものだった訳だ。しかも、10や20の数じゃない。
少なくとも100匹以上が、あの巨大な胸の前でまるで小虫のように動き回っていたのだ。
「うちの畑がこの子たちの発生源だということはわかっています。でも、柵を作ったり溝を作ったりして外に出ないようにしたじゃないですか。
それに私だって畑の作物を食い荒らすこの子たちには迷惑してるんです。」
沙耶は今まで畑の外に怪獣が出ないように、色々としてあげたのだ。畑の周りを囲う高さ2000mもの壁を作り、指で地面をなぞって幅500mの大河を
作り、それまで毎日のように街に侵入していた怪獣をせいぜい週1回の侵入に留めるまで激減させたのは彼女のおかげだ。
しかし、それでも街は疲弊し、人口は減少していった。これがせいぜい年1回になればとの思いで、彼らは沙耶の下を訪れたのだ。
だが、眼前の怪獣の数を見れば、彼女のおかげでどれだけの怪獣の侵入を防げたか容易に想像がついてしまう。

怪獣の口から苦しそうな呻き声が上がり、四肢と尻尾をバタバタと動かし始めた。尻尾がビタンッ!バチンッ!と人差し指に叩きつけられるが、
沙耶は全く意に介していなかった。あんな尻尾を振り回されたら、戦車部隊は壊滅し、ビルはまとめて粉々に吹き飛ばされるというのに・・・だ。
メリメリッ!ビキッ!ブチャッ!!!
たった一匹が街に侵入すれば大惨事になってしまうほどの大怪獣が、超巨人の親指と人差し指の間で簡単に潰されてしまった。体液交じりの
肉片が飛び散り、千切れた尻尾がドサリと彼らの眼前に落下していく。沙耶にとっては怪獣ではなくただの害虫でしかないということだ。
「こうやって、見つければ駆除しているんですから。」
沙耶は手を引っ込め、指先を手拭いで拭くと改めて議員団に向き直った。
「これ以上、何をしろというのですか?」

交渉は完全に沙耶のペースになっていた。彼女はあれだけのことをやってくれていたのだ。話がこじれてしまたら、ほぼ毎日怪獣の襲撃を
受けることになるかもしれない。それだけならまだしも、もし、彼女を怒らせてしまったらあの途方もない力が自分たちに向けられたら、
少し考えただけで震えが止まらなくなってしまう。誰もがこれ以上の進展を諦めていたその時だった。
「お願いがひとつあります。」
ひとりの議員が、ひとつの提案を持ち出した。
彼の提案内容は、周りの議員の顔をひきつらせ、沙耶の目を丸くさせるのに十分な内容だった。思わず身を乗り出して、巨大なグリーンの山で、
怪獣たちのほとんどをすり潰してしまったことにも気づかなかったくらいだったのだ。

1週間ほどの後、久々に街に怪獣が現れた。サイズは50mほどと平均的なものだが、これでさえ防衛軍を手こずらせてしまう。
だが、その日に下された指令はいつもとは違っていた。
「とにかく、自分たちに怪獣の気を引きつけて、逃げ回れ・・・ということらしいな。しかも、山岳地帯に向かって移動するように・・・か」
「し、しかし、山岳地帯って、あの巨人の女性の住処に向かってですか?怪獣だってそちらから来るじゃないですか。」
隊員は不安で仕方がないという顔で、すがるように隊長に質問するが、彼だって理由など知るはずもない。
しかし、命令は命令である。怪獣に攻撃を仕掛けてこちらを襲わせ、追いつかれないように逃げる。変な作戦だが少なくとも一般市民が
避難する時間稼ぎにはなるだろう。防衛軍はそう割り切ることにした。

沙耶に連絡が入ったのは、それからしばらくしてである。テーブルの上に置いてある超特大スマホに表示されているメッセージを見つめている。
「本当にいいのかしら。怪獣の被害より大きくなるんじゃ・・・」
そうは思ったが、つい勢いに負けて約束してしまったのだ。一度行って、被害があまりにも大きかったら、もう二度と連絡が来ないかもしれない。
割り切ることにして、彼女は街に向かうことにした。
山の間に全長2500mもの巨大な足が踏み下ろされる。山と言っても沙耶の脚の踝までもない盛り土のようなものだ。
もうあと一歩進んだら足元の山を軽く跨ぎ越し、麓の住宅地を一気に更地に変えてしまうところで立ち止まると、ゆっくりとその場にしゃがんでみた。

「た、たいちょぉ・・・」
「わ、わわ、わかって、いる・・・お、おちつ、け・・・」
彼らの目には、よりによってあの女巨人が超巨大建造物から出てきた姿が映っていた。その巨大な体躯と比較すれば家庭菜園程度の広さしかないのに、
実は100km四方にもなろうかという広大な畑を通り、彼女がたったの半日で作ってしまった高さ2000mを超える壁を一跨ぎして、さらにたったの一歩で、
自分たちが向っている山の向こう側に、盛大な地響きを伴って文字通り聳えていたのだ。
たぶん、彼女は普通に歩いたに違いなのだが、それでも、山の至る所で土砂崩れが発生していた。
しかもよせばいいのに、あのとんでもない太さのふくらはぎが突然倒れ込んできたのだ。いくら軍とはいってもパニックにならない方が不思議だろう。
それは、怪獣の動きも停止させていた。今まで自分に攻撃をしていた軍を追いかけるのを止め、何かの恐怖で固まってその場に蹲ってしまったのだ。
「あ、いたいた。」
ひざを曲げて数百軒の家々を広大な影の下に収めてしゃがんでいた巨人の声が、天空から轟いた。

軍隊もいるみたいだけど、全然役に立ってないのね。そう思いながら沙耶は怪獣に向かって手を伸ばし、人差し指でゆっくりと小さな怪獣を押し付ける。
一瞬だけ抵抗を受けたがさらに指を押し込むと、ブチュッという怪獣を潰した感触を残してもう何の抵抗も受けなくなった。
ただ、いつも畑で駆除しているのと違ったのは、一緒に伝わって来たとても小さなものがペキパキと弾ける感触があったことだ。
何しろ太さ100m級の指先である。怪獣と一緒に近くの住宅を数区画丸ごと圧し潰してしまうほど巨大なのだ。
「仕方がないよね。」
思わずそう呟くが、指先にさらに力を入れ、怪獣を押し潰したまま100mほど地面に押し込んでいった。
指の周りがいくぶん、といっても30m以上は盛り上がったところで、人差し指を引き抜いてみると、穴の中にはもう完全に潰れてピクリとも動かない
怪獣の亡骸が貼りついている。一緒に潰してしまったであろうこびとの家など小さすぎて全くわからなかった。
沙耶は指先で穴の周りを盛り上げている土砂を穴に入れて綺麗に均すと、「これでいいのかな。」と呟きながら立ち上がり、家へと戻っていった。

その間たったの十数秒だったが、防衛軍のほぼ全員が全く言葉も発せずに立ち尽くしていた。やがて我に返った何人かが巨人女の後姿と、
平らに均された住宅地だった場所を交互に見比べているとほとんど同じような言葉が口をついていた。
「な、なんだよ。今の・・・」
彼女のあまりにも一方的で圧倒的な怪獣駆除を目の当たりにして、自分たちの無力さを思い知らされたのだ。これ以上は誰も何も言えなかった。

沙耶が家に戻ると、テーブルに置きっぱなしにしていたスマホにメッセージが入っていた。今怪獣を駆除した街の役所からだった。
文面は感謝の言葉で埋め尽くされていた。市民も喜んでいる。とも書いてあった。
「ほんとうかしら。」
そう呟きながらも、まんざら悪い気はしない。沙耶はもう少し怪獣駆除に手を貸すことに決めた。

怪獣は翌日も現れた。
沙耶は、街にほとんど被害を与える前に怪獣を摘み上げると、遥か上空でプチッと潰して見せた。街の人々は雲のさらに上空からパラパラと
山中に降り注ぐ怪獣の肉片や千切れた四肢を、唖然として眺めていた。
その次の日は100m級の怪獣を掌に乗せ、空いている手でデコピンしてみたが、これはかなり不評だった。一瞬でバラバラになった肉片が
3km四方にまで飛び散ってしまったのだ。あるオフィスビルなど、音速を超えるスピードで飛んできた巨大な肉片の直撃を受け、木端微塵に
なってしまったりしたからだった。

最初の怪獣を駆除してからほぼ毎日、今まで以上のペースで怪獣が街に現れた原因は実は沙耶だった。怪獣が出ないように作った巨大な壁が
沙耶が跨ぎ越すたびに亀裂が入ったりずれたりしていたのだ。もちろん沙耶から見れば取るに足らない小さなものだが、30mも幅があれば
ほとんどの怪獣はすり抜けてしまう。それが沙耶が通るたびに増えたり広がっていったりするのだ。怪獣の出現量は日に日に増えていった。

一ヶ月後、この前のように街の代表者を今度は沙耶が呼びつけてテーブルの上に乗せていた。だが、何か違和感を感じる彼ら。
目の前の巨人娘は少し疲れているように感じる。それもそうだろう、ここのところ昼夜を問わず怪獣駆除要請をしているのだ。
現にこの日の早朝も、大小合わせて30匹の怪獣を百棟を超える建物と引き換えに瞬殺したのだから。いや、問題なのは数ではない。
30匹が300匹になったところで、沙耶の労力は片手を振り下ろすか片足で踏みつけるかだけで足りてしまう。
問題は寝る時間が無いということだろう。結果として徹夜になり、うとうとしているところに要請が来たことも何日かあったのだから。

しかし彼らが感じた違和感の原因はこれではなかった。彼女はテーブルの前で正座をしているはずなのだが、目の前にはあの巨大な山脈が
突き出しているのだ。しかもテーブルの広さもかなりのもので、恐らく20km四方はあるのではないかと思うほどだ。
最初に口を開いたのは沙耶だった。
「あの、大変申し上げにくいんですが・・・毎日昼も夜も関係なく呼び出されてしまうのに少し疲れてしまいまして・・・」
確かにそうだろう。疲労が蓄積しているのは顔色を見れば明らかだ。いくら大巨人でも睡眠はしっかりとらなければならないらしい。
「し、しかし、怪獣の数は以前より増えているのです。貴女が来て下さらなかったら・・・」
もちろん沙耶にもそんなことはわかっていた。
「ですので、今度は私から提案させていただきたいのですが・・・」
巨人娘の提案を聞いて、今度は代表団は目を丸くして腰を抜かしてしまった。だが、もし、断ったら・・・場合によってはもう彼女の助けを
得られないかもしれない。代表団は沙耶の提案を飲むしかなかった。

さらに一か月後、家の外で野菜の世話をする沙耶の姿があった。もう、あの巨大な壁も大河のような溝も無くなっている。もう怪獣たちを
菜園に閉じ込めておく必要もないので、全て取り払ったのだ。おかげで大切な野菜を食い荒らす怪獣も激減し、標準の1万倍サイズの野菜たちは
今日も元気に育っている。

沙耶はゆっくりと立ち上がりながら大きく伸びをすると、巨大なブラトップに包まれた山脈をユッサリと揺らしながら街の方へと歩き出した。
街との境界線になっている低い山を簡単に跨ぎ越し、街の中へと2500mの巨足を踏み下ろすと、ところどころ破壊されている住宅地が
轟音と地響きとともに巨足の下に隠れ、周りのものも爆風で吹き飛ばされた。
だが、沙耶は足元を全く気にせずに海岸に向かって歩を進めていく。歩くたびに夥しい数の建物が一瞬で粉砕され陥没させられた地面に
貼りついてもお構いなしだ。たまたま暴れていた十数匹の怪獣も次の一歩で全く気付かずに周りの建物もろとも踏み潰されていた。
「飛行機ってこれかしら」
滑走路の長さに匹敵する巨足を空港の横に踏み下ろすと、目的の場所に着いたのかようやく沙耶は下を向いた。
そこにはいくつかの格納庫が並び、中と外に航空機が止まっていた。
沙耶はゆっくりとしゃがみながら、持ってきた小さなスコップを格納庫の横から斜めに滑り込ませる。スコップと言っても、1km四方は
余裕で掬える巨大なものだ。
なるべくそっと・・・そう言い聞かせながら、スコップの根元近くまで地面に滑り込ませ、そのままゆっくりすくい上げた。
飛行機のいくつかがガタガタと揺れたが、落とさないように注意しながら立ち上がり空港の一角をそのままお持ち帰りしていった。

「ただいま。飛行機、持ってきましたよ。」
入り口の横には沙耶の膝くらいの高さの広いテーブルがあり、その上には・・・街が乗っていた。
沙耶の提案とは、街を沙耶の家に移転させることだったのだ。そうすれば街が怪獣に襲われる心配は全くなくなる。それにテーブルの上に
乗せておけば誤って踏んでしまうこともない。そんなわけで、50万人を超える人々が引っ越してきたのだった。
もちろん、沙耶が全面的に手伝って大ざっぱなレベルはたったの2日で終わらせ、徐々にいろいろなものを整備している最中で、
空港整備もその一環だったのだ。何しろ彼らは自力では高山都市ともいえるこの場所から移動することは出来ないのだから。

沙耶は持ってきた空港の一部をテーブルの端にそっと置くと、あとは人々に任せることにした。沙耶の人差し指は太さ約100m、大型旅客機も
余裕で乗ってしまうほど巨大なのだからこれ以上細かい作業は出来ない。
その場に座って、しばらくこびとの仕事を眺めることにする。とても小さなものがちょろちょろと動き回る姿は何だか微笑ましいものだ。
「それにしてもちっちゃいなぁ」
小指を伸ばして、まだ誰も集まっていない航空機を爪で救い上げ、掌に乗せてみた。こんなのが目の前に飛んでたら叩いちゃいそう。
そう思ってしまうほどの大きさでしかない。これが最大に近い大型旅客機なのだが、そのサイズは指先で簡単に潰せてしまうほど小さかった。

航空機を乗せた手を胸の横に降ろしてみる。当然だが余裕で挟めてしまう。というか、たぶん余裕で乳首に乗ってしまうだろう。
だが、いくらこびととはいえ数十万人の前で裸体を晒すのも気恥ずかしかった。
「ちっちゃい飛行機、挟んであげますね。」
そのまま胸の谷間に飛行機を落とすと、爆乳山の斜面に叩きつけられて主翼は根元からへし折れ、機体は真ん中から真っ二つになってしまった。
おお~っ!という歓声が人々から上がっているのが微かだがわかる。沙耶はたまに圧倒的な力の差を思い知らせるのと同時に、
少しサービスしてあげたりしているのだ。
ある時は廃墟となった街の数区画を乗っていた怪獣ごと握り潰して見せたり、高層ビルだけ引き抜いて今のように胸の上に落としたり、
そのたびに反応するこびとたちが可愛らしかったから、これからもいろいろなことをするかもしれない。

人々もあの超巨大娘がこれほど自分たちに協力的だとは思っていなかった。圧倒的な力を自分たちを守るために使っているのだ。
意識も変わってきて、ほとんどの人が沙耶に好意的になり、ペットのように庇護されることも受け入れるようになっていた。
こうして、滅亡寸前だったひとつの街は再生していくのだった。