ズシィンッ!ズッシィ~ンッ!
膝にも届かない高さの森の木々を脚で掻き分けながら、どんどんと中に入っていくひとりの少女。治癒師の装束を身に着けてはいるが、スカートの丈はその辺の女子高生並に短く、
健康的な太ももが露わになっている。そのミニスカートの裾をフルフルと振りながら、尻餅でもつこうものなら家の何軒かはあっさりと廃材にしてしまうほどの巨大なヒップがあり、
さらに少々括れの少ないウェストの上には特大のふたつの山が、その歩に合わせてユッサユッサと揺れていた。しかも、服装が胸元を強調しているためか、深い谷間もばっちりである。
「あの・・・リナさん。僕は肩の上に乗っていたほうが・・・」
「どうしてですか?手の上のほうが安定してると思うんですけど。」
リナが胸元まで上げているの掌の上には、豆粒大のレンが胡坐をかいて座っているのだが、背後で揺れる巨大な胸の巻き起こす衣服の擦れる音と風圧が、気になって仕方が無い。
「でも、これからどうしましょうか?」
リナはふと立ち止まって、レンに話しかける。レンも振り返って見上げると、リナのもの悲しげな顔がレンをじっと見つめていた。

魔族騒動もひと段落し、レンとマリーはまた旅を続けるためにリサとリナの国を後にしたのだが、何故かこの巨人姉妹もついて来たのだ。リサ曰く、
「あたしたちももう少し旅をしたいと思ってさ。それに、格闘家、魔導師、治癒師、おまけの剣士なんだから冒険者のパーティーにぴったりでしょ?」
ってか、おまけとは何だっ!とレンが食って掛かってみたものの普通にみれば確かにおまけのようなものだろう。身長180mのリナ、200mのリサ、340mのマリー(ただし、通常の1000分の1)、
そして、1.7mのレンである。どこからどう見ても、3人の巨人の少女にくっついているおまけにしか見えない。
だが、今は並みの巨人族の軽く10倍以上ある3人の巨体が、旅の災いとなっているのだった。

山をひとつ回りこむと、ふたりの少女が座って待っている姿が見えた。
「どうだった~?」
リサの問いかけに、リナは首を横に振る。それを見てマリーとリサの表情が少し暗くなる。
「一番小さくて一番温厚そうなリナさんでもダメだったんですか。。。」
リナから街へ行った時の様子を聞いて、マリーも小さくため息をついた。
街に冒険者への依頼が無いかを見に行っても、通常の巨人よりも遥かに巨大な身体を見て、皆恐れ戦いて逃げ出してしまうのだ。しかも、魔族騒動が尾ひれをつけた噂となって
かなり離れたこの街にも届いているようだった。
「マリーもこれ以上小さくなれないんだよね。」
「はい。一応今までよりも小さくなれるようになったんですけど、元の大きさが・・・」
そうだよなぁ。魔王ミラの抑止力にするとはいえ、いきなり40倍近く巨大になってしまったのだから少々の縮小範囲の拡大など消し飛んでしまう。
さて、これからどうしたものか。出発してかれこれ10日以上経つが、受けた依頼はたったのひとつ。大雨で決壊した堤防の修繕工事だけで、これも3人の力でものの数分で終わってしまった。
これもたまたま通りかかった村が水浸しになっていたので、無理やり村人を捕まえて事情を聞き勝手にやったものだから厳密には依頼とは言えないだろう。
行く先々で、街に近づく3人の姿を見た途端その全員が脱兎のごとく逃げ出してしまうのだ。街の人を脅してでも、とリサは主張したのだが、それは本末転倒だと残りのメンバーに却下される始末だ。
「とにかく次の街にはレンさんおひとりに行ってもらいましょう。」
3人(とマリーの掌に乗り移ったレン)は、ゆっくりと次の街へと移動するのだった。

「ずいぶん大きな街だなぁ。。。」
人通りも多く賑やかなメインストリートを、おのぼりさんの様にキョロキョロしながらレンは歩いていた。ある意味自分と同じサイズの人の中にいるという新鮮さもあり、
足取りも少し軽やかではある。まぁ、普段は色々と大変なんだろうなぁ。
すれ違う冒険者のレベルは、100~200といったところだろうか。かなり高位の者もいるが、今のレンより明らかに弱そうな剣士もいる。これもマリーのおかげだとしみじみ思う。
たぶん、マリーと出会わなければ、よくて村で農作業でもしていたか、最悪モンスターの餌になっていたであろうから。

とある一箇所に人だかりができていた。集まっているのが冒険者たちであるところを見ると、恐らく依頼の書かれた掲示板だろう。レンも人ごみを掻き分けて掲示板に近づいていった。
目指すは一番難易度が高い依頼だ。だって、あの3人がいるんだから並の依頼ではすぐに片付いてしまう。
「どれがいいかなぁ・・・」
ブツブツと独り言を言いながら、レンは張り紙をひとつずつ目で追っていった。と、その時、ある文字がレンの目に飛び込んできた。それは『3人組の女巨人』
「へっ?」
かなり間抜けな声を出してしまったので、慌てて口に両手を当てるレン。何人かはレンのほうを振り返ったが、またすぐに視線を掲示板に戻していく。レンはというと、
口を手で押さえたまま視線は一枚の依頼書に釘付けになっていた。
依頼書には、『この国を3人組の女巨人が徒党を組んで暴れている。すでにいくつかの街が犠牲になっており、国としても看過できない事態となっている。よって、・・・』
巨人退治の軍勢の募集のようだ。しかも国王からの直々の依頼だ。それにしても3人組というのが妙に引っかかる。なになに?巨人のサイズは、およそ200m~300m!?これって・・・
依頼を受けて人のために働きたいマリーたちが逆にお尋ね者になっているってこと?だって、人数といいサイズといい、マリーたち以外にはあり得ない。
レンははやる心を抑えて、なるべく自然に、ゆっくりとその場を後にした。

「マリーたちに何て言おう・・・」
マリーは少し怒るかも知れないが、たぶん悲しむ度合いの方が大きいだろう。問題はリサだな。ぶち切れて王都に殴り込みに行くかもしれない。でも、その時はマリーとリナが止めるだろう。
だが、この調子だといずれは冒険者たちと一戦交えることになってりまうのだろうか?早々にこの国は離れたほうがよさそうだ。レンの心は決まった。
戻ってからの3人のリアクションはレンの予想を超えなかった。
マリーは、「そうですか。」と一言だけ呟くと、だまって俯いてしまった。リサは「っざけんじゃねぇ!」と勢いよく立ち上がると手近な岩を踏み砕き、今にも走り出しそうな勢いを
リナが必死になだめている。
レンもひととおり説明して、それ以上何を言えばいいのかわからなかったので押し黙っていた。
レンの周りが暗くなったかと思うと、マリーの指に摘まれて掌に乗せられてしまった。見上げるとマリーの顔はまだもの悲しげではあったが、何かを決めたような表情にも見える。
「行ってみましょうか。」
「え?何て?」
「色々と誤解されているみたいなので、行ってちゃんと説明した方がいいのではないでしょうか。」
「でも、物分りがいい人ばかりとは限らないよ。」
「それでも行ったほうがいいと思うんです。ちゃんとお話すれば、きっと・・・」
マリーもあまり自信はなさそうだ。何しろ存在そのもので威圧してしまうのだから。それでも、ただこの場にいてもいずれは誰かが攻めてくるわけで、動かないよりも動いたほうが
いいだろうということで話はまとまった。
王都はマリーが今のサイズでも1日も歩かない距離にあった。回りを山に囲まれた盆地の中心にどこにでもある城塞都市が見える。城砦の直径は約10kmほどで、
これも王都としてはごく普通のサイズだ。
「で?どうするの?」
隣を歩くリサがたずねる。
「まず、近くまで行ってみましょう。別に攻撃されても大丈夫ですから。」
『3人組の女巨人』は、ゆっくりと、だが確実に王都に近づいていった。

山の谷あいで何か大きなものが動いているのを認めた人は、例外なく口をポカンと開けたまましばらくの間呆然としていた。そして、突然我に返り、回れ右をして一目散に走り出した。
何しろ山ほどの大きさの女巨人が視線の先にいるのだ。恐らくこの国に生息している巨人族でさえ、一番小さな女性の膝にも遠く届かないほどに巨大なのだ。
その女巨人が3人並んでこちらに近づいてくるわけで、今まで自分たちが聞いている情報をまとめれば腕に自信の無いものは逃げる以外には手段を思いつかないだろう。
パニックは巨人たちが脚を動かすたびにだんだんと大きくなる地響きでさらに増幅される。
この国の王都の守備兵はおよそ1万人ほど、その半分近くが城門外に出て陣形を作りだしている。それを見ながら3人の少女はゆっくりと王都に近づいていった。

先に話しはじめたのは守備隊の隊長らしき男だった。
「おのれっ!大巨人っ!そうやすやすとこの王都は蹂躙させんぞっ!」
あ~・・・のっけから完全に戦闘モードだ。こんな状態で話し合いと言っても・・・レンは巨大な胸越しに、マリーの顔を仰ぎ見る。が、マリーは顔色ひとつ変えずにあと一歩で
陣形の先頭を踏み潰せる場所で立ち止まった。
「あのぉ、私たち、あなたたちに危害を加えるつもりは無いんですけど。。。」
「ふんっ!油断させるつもりだろうがそうはいかんっ!」
全く取り付く島が無いとはこのことか。横からリサの「どうすんのよ」という声が聞こえてくる。
「普通に戦っても勝っちゃいますから、油断させる必要なんかないんですけど。話聞いていただけませんか?」
マリーさん、相手のプライドを傷つけること言うなんて逆効果だって・・・ほら、突撃命令が出ちゃった。

数人単位の小集団がマリーたちに向かってくる。自分が相手の闘争心に火をつけてしまったことなど全く気付いていないマリーが、ズシンッ!とその場を踏みつけると、
兵士たちは簡単になぎ倒されて先頭集団の隊列が崩れてしまった。
「リナさん、混合障壁を。」
3人の膝から下に青紫色の障壁が浮かび上がる。
「上はいいの?」
「どうせ届きませんから。」
レンの素朴な疑問をマリーは一蹴した。リナの膝から下といっても高さ50m近くはある。王都の城壁の2倍以上の高さだ。強力な弩弓でも届くかどうか。
足元を見下ろすと、豆粒大の兵士たちが障壁に向かって直接攻撃や魔法攻撃を仕掛けているが全く効果が無いように見える。それもそうだろう。リナの治癒師としてのレベルは
とっくに最高レベルを超えているのだ。王都の兵士たちにもそれなりに高レベルのものもいるが、プラス常人の100倍の巨体のリナの障壁は人間界最強と言っても過言ではないだろう。
「これだけいて、破れないんですか?」
マリーがしゃがんで余裕の表情で見下ろすと、顔に向かっていくつかの小さな火球が飛んできた。ファイアボールを風の魔法で飛ばす魔導師としては基本的な攻撃だ。
だがこれも、マリーがフッと息を吹きかけただけで、数個の火球はコントロールを失って兵士たちの中に次々に落ちていった。圧倒的な力の差に逃げ出す兵士が現れ始める。
もう少しかな。そう思ってマリーはリサに次の指示を出した。
「少しだけ私たちの力をお見せしてあげます。リサさん、あの山、お願いします。」
「じゃあ、少しだけ本気見せちゃおうか。」
スタイル抜群の巨大な格闘家が構えを取るのを見上げる兵士たち。これから何が起こるというのだろう?まさか、自分たちに攻撃してくる?あんな馬鹿でかい足が踏み下ろされたら・・・
正直言ってあの重量に耐えられる物理障壁を作る自信のある治癒師はひとりもいなかった。
「はっ!」
掛け声と共に、目にも止まらぬ速さでリサは右脚を振り抜いた。兵士たちは脚の動きを目視することなどできず、ただ頭上でヴォン!という風が唸る音が聞こえただけだ。
「なんだ、ハッタリ・・・」
隊長はリサの蹴りをただのパフォーマンスと思ったらしい。が、全てを言い終わらないうちに空いた口が閉じられなくなる光景が遥か向こうで展開されていた。
10kmほど離れた場所の山の中腹が勢いよく凹んだかと思うと、反対側から夥しい量の土砂がまるで爆発したように四散していたのだ。続いて響き渡るドォ~ンッ!という
腹の底まで響くような爆裂音と地響きが王都に襲い掛かる。リサの蹴りの威力もまた増大していたのだ。満足そうに真ん中に丸く穴の開いた山を見やるリサ。
「まあまあかな。今度は街に向かって蹴ってみようか?」
リサのひと蹴りと一言は、桁外れの破壊力を見せ付けられた兵士のほとんどの戦意を完全に喪失させていた。

「おわかりですか。あなたがたに危害を加えるつもりなら、もうとっくにこの国は滅んでますよ。」
穏やかな言い方だが、きっぱりとマリーは言い切った。
「何を言う!例え最後の一兵になってもお前たちなどに屈しはせんっ!」
隊長はまだやる気満々のようだ。
「あの、ですから、そちらが何もしなければ何も危害を加えたりしませんから、私たちをそっと・・・」
何をしても無駄だと言うことをわからせて、あの国王の通告を破棄して欲しいだけなのだが、全く逆効果だったようだ。
「だっ、黙れっ!ならば尚のこと近隣諸国の力を結集してでもお前たちを倒さねばならん!」
確かに周りの国と協力すれば数倍の力にはなるだろうが・・・それ以前に完全に会話が噛み合っていない気もする。レンも収拾を着けたいのだがなかなか話に割って入れない。
しかも、この一言でマリーが切れてしまった。
「ほんとうに分からず屋ですね。死にたいんですか?だったら今ここで滅ぼして差し上げます。」
マリーは立ち上がってリナにレンを預けると、ズシンズシンと王都から離れていく。レンの中にいや~な予感が芽生え始める。
「フンッ!結局何もしないではないか。さあ、お前たちも早々に立ち去るが・・・」
再度全てを言い終わらないうちに口を大きく開けたまま視線だけを上に向けていく隊長と兵士たち。やがて、リサとリナ、兵士たち、そして王都全体を大きな影が覆い隠していった。
「やっちゃったね。」
「やっちゃいましたね。」
レンとリナは少々呆れ顔で言葉を交わす。マリーが何をしたのかは振り返らなくてもわかる。本気でこの国を滅ぼす気は無いだろうが、彼らの肝を冷やすには充分すぎる行動を取ったのは
明らかだった。きっと彼らは、いくつもの山を踏み潰して鎮座している途方も無く巨大な足を仰ぎ見ているであろうから。

マリーはフルサイズに戻っていた。身長340km、足のサイズは約50km、足幅20kmのマリーにとっては、10km四方の街などひと踏みで完全に消失させることが出来るほどに小さい。
踵のすぐ後ろには2km四方の街があるが、突然目の前に恐ろしく巨大な壁が聳え立ったのだから、完全にパニック状態に陥っていた。
マリーも少し気にしてはいるがまずは目の前の頑固者をどうにかしないと気が収まらない。足を動かさずにゆっくりとしゃがむと、王都の上にその全てを覆い隠しても余りあるほどの手を翳した。
王都の特に巨人騒ぎのことを知らない反対側の人々は、突然上空に現れた得体の知らない巨大なものを見上げて驚愕していた。街の遥か向こうまで広がっているそれは、
昼間だと言うのに王都を暗闇に染めていたのだから。だが、それがたった一人の手だと言うことに何人が気付いただろうか。彼らにとってはそれほど大きかったのだ。

王都の空がだんだんと薄緑色に染まっていく。中からはわからないが、マリーは王都をすっぽりと包み込むように球形の物理障壁を展開していたのだ。
「ねえ、マリーっていつから治癒系の魔法も使えるようになったの?」
訝しげなリサの質問に、推測交じりでレンが答える。
「たぶん、エミリアさんの力を分け与えられてからじゃないかな。それにしても凄いな。」
「いきなり私より強い障壁なんて・・・」
リナは少し不機嫌そうに呟く。
『すみません、すぐ終わらせますから。』
マリーが他の3人にだけ話しかけると、王都の地面がグラッ、と揺れた。
でも、マリーはまだ王都には手を触れていない。それなのに、小さな揺れは止まるどころかますます大きくなっていく。やがて、兵士の誰かの叫び声がリナの足元から上がった。
「あ・・・う・・・浮いて・・・る・・・」

マリーは物理障壁で王都を取り囲んだだけではなく、それをそのまま風の魔法で上昇させて左手の上に下ろしていた。遥か遠くから見ればしゃがんでいる少女の掌に
小さな緑色の球が乗っている形だ。まさか、その球の中に一国の中枢が丸ごと入っているなどと誰が想像できるだろう。
「もう一度伺います。私たちをそっとしておいていただけますか?」
この場合、丁寧な口調が相手の恐怖を増幅させている。隊長も兵士も皆腰を抜かして口を酸欠の金魚のようにさせながら、どれだけ大きいかわからない巨体、
いや、正確には目の前に聳える胸元の大峡谷を見上げていた。
「じゃあ、このまま握り潰されるのと、丸焦げにされるのとどちらがよろしいですか?」
胸元が丸見えなのに気付いていないのか、マリーは右手の上に紅蓮の炎を纏った球を作り出すとそれを王都の真上に翳して見せた。その直径は10km以上、
こんな小さな街など簡単に焼き尽くしてしまうほどの大きさだ。
兵士たちの恐怖が、いや、街の人々の全員の恐怖が最高潮に達しようとした時、外に向かって何かが動いている感覚がマリーに伝わってきた。

リサとリナの足元に跪いた男たちは、国王からのメッセンジャーだった。
曰く「貴女方に弓引いた責任は全て自分にあり、自分を処断することで国民の助命を乞いたい。」全面降伏である。
少し期待していたことと違うが、自分たちに手出しをしないということを約束してもらえればそれでよい。そう思って、マリーは火球を消し去り、王都を元の場所に戻す。
「張り紙の撤去と、もう私たちには関わらないでいただければそれで結構です。その代わり、次はありませんから。」
マリーはそう言うと、リサとリナ(とリナの掌に乗っているレン)を指先まで浮かせて乗せると立ち上がって冷たい視線で王都を見下ろした。右足が上がり、
いとも簡単に王都の上空を跨ぎ越していく様を、街の全員が固唾を飲んで見守っている。
ズッシィィィンッッ!!!
数十km先の山々が一瞬で恐ろしく巨大な足に取って代わり、数秒遅れて巨大地震が王都に襲い掛かる。人々は遥か彼方に踏み降ろされようとしている左足を、
グラグラと揺れる地面に足を取られながらも見守るしかなかった。

「もう少し離れた国に行きましょうか。」
小さくなって、リナとリサと一緒に歩きながらマリーはボソッと呟く。
「まあ、あれだけのことしちゃったら、回りの国の人もビビッちゃうもんね。」
リサが半ば呆れ顔で応じる。
「すみません。なんか、すっごく頭にきて・・・」
つまりマリーを本気で怒らせたら、人間の国など瞬殺と言うことである。
「それにしても、もうちょっと小さければ冒険者と思ってくれるのかなぁ。」
いきなりリナが核心を突いた。顔を見合わせるマリーとリサ。
「で、でも、これ以上は・・・」
ため息をつく3人とそれを困った表情で見やるレン。機転が利くレンでさえ、打開策が見つけられないでいた。

身体のサイズがサイズなので、ゆっくりとした歩調で2日ほどかけてかなり遠くまで来たと思う。でも、マリーがフルサイズだったら恐らく数分で着いてしまっただろう。
それでも普通の人間であれば数十日、いや、それ以上かかるかもしれない距離まであの王都から離れていた。
「でもさ、遠くに行ってもあたしたちのでかさを見たらみんな怖がるんじゃない?」
リサがいきなり核心を突く。
「今よりもう少し大きくても、依頼してくれる人はいました!」
マリーが少しムキになる。確かにそうだが、今はそのサイズの巨人が3人に増えているのだ。人々の恐怖もそれだけ増幅されてしまったのかもしれない。
「まあまあ、とにかく、どこかで街を見つけたら行ってみようよ。」
レンとリナが必然的になだめ役になる。
その時だった。
ズッドォォォンッ!ズッドォォォンッ!
この3人でさえよろけるような地響きが立て続けに響き渡る。と、同時に頭上が真っ暗になった。
「み~つけたっ!」
遥か上空から轟く女の子の声。しかも聞き覚えがある。というか、聞き覚えが無くてもこれだけでかい女の子はマリー以外にはもう一人しか知らない。
何しろ3人の目の前には、この大巨人でさえ首が痛くなるほど見上げなければならないほどの褐色の壁が聳えているのだ。しかも、遥か向こうに人の足としか思えない恐ろしく巨大なものが、
視界いっぱいに広がっている。間違いない、魔王ミラがフルサイズで現れたのだった。

「こんなとこで何やってんの?」
身長250mにまで小さくなったミラが、嬉しそうに3人の前に現れていた。一番頭を抱えているのはマリーなのかレンなのか。
「どうしたんですか?ミラさん。」
代表してマリーが尋ねる。
「だって、魔王城の修復も終わったし、ヒマなんだもん。遊びに来ちゃった。」
遊びにって・・・250kmのとんでもない巨体で歩き回ってたんですか?
「でも、人間の街とかはちゃんとよけて歩いたから大丈夫だよ。」
質問の先手を取ったミラはドヤ顔である。でも、直接被害がなかったからといっても、40kmはあろうかというでか足がいくつもの山々を踏み潰して簡単に地形を変えていくのだ。
そんな光景を目の当たりにしたら恐怖どころではないだろう。
「とにかく、人間界ではあんまり大きくならないでください。」
説得力が全く無い台詞をマリーが吐くが、ミラには効果が少しだけあったようだ。
「は~い。でもさ、こんなとこで何してんの?」
「何って、冒険者としての旅を・・・ってかアンタ何しに来たのよっ!」
リサが好戦的に応じるが、ミラは気にも留めない。曲がりなりにもマリーの友達だし、元々自分の指先にも勝てない芥子粒のような女だとわかっているからだ。
「だ・か・らぁ、ヒマで退屈だからさ、あたしから遊びに来たの。」
「でも、ミラさんがいなくて魔界のほうは大丈夫なんですか?」
今度はリナが恐る恐る聞いてみる。
「ああ、平気平気。セバスチャンが『20~30年くらいお留守にしていてもお守りします。』って言ってたから。」
いや、そんなに長いこと旅はしないと思うんだけど・・・マリー以外の全員が数十年後に旅する姿を思い描いてしまった。

飽きたら魔界に帰るだろうと思ってしばらくミラと行動することになり、4人(いや、正確には5人)になった一行は、まずは街の気配がする方へと歩き出そうとした。が、不意にリナが口を開く。
「あの・・・このままじゃあ、また同じことになっちゃうんじゃ・・・」
ミラ以外の全員の表情が少し曇る。ミラはというと事情が全く飲み込めていないようだ。
「ねえ、なに?どうしたの?」
「実は・・・」
マリーは簡潔に今までのいきさつを話して聞かせた。ところがミラの返答はあまりにもあっけなかった。
「そんなことなの?もっとちっちゃくなれればいいんだ。やっぱ、人間って変だね。」
そう言うと、両手を3人の前に翳す。瞬間、3人の姿はその場から掻き消えてしまった。

最初に変化に気付いたのはリサだった。目の前に巨大な足が見えていたからだ。
「な~に、ミラの奴、またでかくなったの?」
だが、何かが違う。今まで膝にも届かなかった森の木々を見上げているのだ。
「お、おねえちゃん。。。あたしたち、ちっちゃくなってない?」
「へ?」
「そうだよ~、ちっちゃくしてあげたんだけど。こんなもんでいい?」
上空ではまたまたドヤ顔のミラが、3人を悠然と見下ろしていた。
「す、ごい。。。ミラさんってそんなこともできるんですか?」
マリーが瞳をキラキラさせているのを見て、ミラはシメタと思ったのだろうか、さらに言葉を続ける。
「うん、これだけはあたししか出来ないんだ。エミリアちゃんも自分の身体の大きさは変えられるけど、他の生き物はダメだって言ってたし、マリーちゃんもそうでしょ?」
「はい、凄いです!でも、これで冒険者の旅が出来ます。」
「じゃあ、決まりね。あたしも仲間に入れてよね。」
ミラがいなければ3人は巨大なままだ。リサも仕方が無いという感じで全員一致でミラが仲間に加わった。でも、ひとり忘れてないか?そう言えばレンは?
いた、相変わらずマリーの掌の上でちんまりしている。一緒に縮小されていたのだ。
「もう、面倒くさいなぁ・・・」
と言われながらもレンは元のサイズに戻してもらったのだが。。。目の前にちょっと大きめなだけの3人の女の子がいる光景に、改めて驚いていた。逆に大感激したのはマリーである。
何しろ初めてレンと普通に話せるのだ。これほど嬉しいことはないだろう。身長340cmとレンよりほぼ2倍大きいがたったの2倍である。満面の笑みでレンの隣に立っていた。

結局くじ引きで負けたリナが、元のサイズに戻って他の4人を掌に乗せて歩いていた。スタイルはいいがせいぜい美巨乳といったところのリサとミラが、上下にユッサユッサ暴れる
爆乳を見ながら自分の胸と見比べてため息をついている。マリーはレンにべったりと寄り添っていた。
「別にリナじゃなくてレンでもよかったんじゃない?レンも一度くらいでかくなってみたいでしょ?」
リサのそんな言葉にミラが反応する。
「あ~、ダメダメ。身体っていう入れ物だけ大きくすると、それを維持するだけの力が足りないからすぐに壊れちゃうよ。だからあたしも普通の大きさよりは大きくなれない。」
確かに無制限に巨大化出来ればエミリアやマリーを恐れる必要も無いもんな。全員が妙に納得していた。

街のかなり手前でリナも小さくなり、全員で街に向かった。それでも5人の中でレンが一番小さいのはこの手の話としては当然の仕様だろう。
かなり大きな街で、行きかう人も多く賑わっていた。しかし、その中でも4人の、特にマリーとミラは目立っていた。何しろ340cmと250cmの女の子である。巨人族でもない限り、
そんな大きな女はまずいないのだから。
そんなことなど関係ないとばかりに、マリーはレンの腕を引っ張ってあちこち見て回っている。何しろマリーにとっては初めての経験なのだ。レンも腕が抜けるような勢いには抗えず、
マリーに付き従うしかない。
他の3人もめいめい自由行動にして、夕刻に街の入り口で落ち合うことにした。ミラは少し不満そうではあったが。

夕食時、とある食堂兼居酒屋でマリーは嬉しそうに色々な見たことや買ったものなどの話をしていた。とにかく嬉しくてたまらないというのが全身から滲み出ている。
他の4人も、頷いたり時には茶化しながら楽しく食事をしていたその時だった。レンの肩がポンと叩かれた。
「楽しそうだなぁ、にいちゃん。」
振り返ると、かなり体格のいい格闘家と思しき大男が取り巻き数人を連れて立っている。
「俺ら男ばっかでよ、綺麗なおねえちゃんを4人も独り占めしちゃあいけねえんじゃね?」
ニヤついた顔は明らかに4人の女の子を狙っている。何しろ目つきがエロ過ぎる。
「悪いけど、他を当たってくれませんか。」
レンはかなり強気に出てみた。だが、男たちも黙ってはいない。
「わかんねぇ奴だなぁ。オンナ寄越せって言ってんだよっ!」
バッキィ~ンッ!
男が拳でテーブルを殴ると真っ二つに折れ、乗っていた食べ物が辺りに飛び散る。レンは他の4人に目配せをすると、スッと席を立った。
「ここじゃあ他のお客さんに迷惑です。表に出ましょう。」
スタスタと店を出ようとするレン。その後に男たちが続きマリーたちがそれに続いた。と得体の知れない威圧感にひとりの男が振り返ると、4人全員が標準を超える大女だったことに
気がついた。しかも、マリーとミラは桁外れである。
「で・・・けぇ・・・」
それだけ言うとその男は二度と振り返らずに前を歩く男を追い抜く勢いで表に出て行った。

店外の雰囲気は一変していた。店の前の通りには数十人の男たち。声をかけてきた大男と同じ種類のものを身体中から発しているように見える。
逆に、彼らに関係の無い人間は誰もいないようだ。少しだけレンはほっとする。もし、マリーがキレて巨大化した時のことを考えていたのだ。
「さてにいちゃん、これだけの人数を前にさっきと同じことが言えんのかい?」
「おっかないですね。でも、男ならタイマンで決着をつけませんか?」
剣士として多少は腕に覚えもある。そこそこのレベルなら勝てないまでも引き分けには持ち込めるだろう。そういう今までには無かった自信も、レン自身にそう言わせていた。
ところが大男は全く違う反応を見せたのだ。
「あ?多勢に無勢だからタイマン勝負に持ち込もうってのか?そうはいかねえな。」
腕に自信が無いのか、それともより確実な方法をと思っているのか。恐らく後者だろう。が、この場合は彼らにとって最悪の選択肢を選んでしまっていた。
『レンさん、ここは私たちが。』
マリーの声は戦闘モード全開になっている。いくら人間並みに小さくなったと言っても、少なくともマリーとミラの魔法力は桁外れのままだろう。そしてリサもレベル300オーバーの
格闘家なのだ。最悪の場合、この連中を皆殺しにしてしまうかもしれない。

いつの間にか物理障壁がこの場の全員を取り囲んでいた。リナが作ったようだ。が、その質は巨人の時に作るそれと大差ないほど見事なものだ。やはり魔法力はあまり変わらないようだ。
「へ~、おねえちゃんたちはやる気マンマンじゃないか。オンナだからって容赦しねぇぞっ!」
物理障壁を見回しながら大男が舌なめずりをする。障壁のレベルもわからないのか?こいつは。レンはこの時にこの連中はあまり強くないと確信した。
ずいっとレンの横に歩み出たのはリサだった。200cmのリサの目線の高さは男とほとんど変わらない。レンは横目にリサの美巨乳を見る羽目になる。
「じゃあ、あたしとやるかい。格闘家同士、拳を交えてみようか。」
「手加減しろよ。殺すなよ。」
レンはそっとリサに耳打ちをする。もちろん小声はマリーとミラの耳にも届いている。
『何でですか?』
マリーの声は納得いかないようだ。
「こいつらはそれほど強くない。それに、ここで全員殺したらまた街の人に恐れられてしまうだろう?」
『じゃあ、半殺しだったらいい?』
割り込んできたのはミラの嬉しそうな声だ。レンはだんだん頭が痛くなってきた。
「とにかく、少し痛めつけるだけにしてくれ。頼む。」
『は~い。』
「な~にごちゃごちゃ言ってんだよっ!」
男の拳がレンを見下ろしていたリサの腹に綺麗に命中した。

「なにしてんの?アンタ」
顔色ひとつ変えずに男を見下ろすリサとは対照的に、男の方の顔は苦痛に歪んでいた。拳が砕けたのかもしれないほどの苦悶の表情。強すぎるだろ、それ・・・
『ちっちゃくなっても力は少し落ちるだけだから、人間なんかには負けないと思うよ。』
ミラの方を見ると、一斉に飛び掛ってきた男たちに指先で作り出した小さな黒い球を弾いて次々に膝や肘といった関節に命中させて悶絶させている。
もう勝手にしてくれよ。そう思ったレンの背後からもの凄いプレッシャーが覆いかぶさってきた。
「てめぇ・・・」
男はそれだけしか言えなかった。レンの背後から伸びてきたマリーの手に頭を鷲掴みにされてブラブラと吊るされていたのだ。身長で常人の2倍近くある大女が、体重150kg近くある
筋肉の塊のような自分たちのリーダーを片手で軽々と持ち上げているのだ。しかも、頭からギシギシという音が聞こえ、男は首にかかった自分の体重の負荷を少しでも弱めようと
うめき声を上げながら必死にマリーの手にしがみ付こうとしている。子分たちもその場に立ち尽くすしかない光景だ。
「本当に弱いんですね。本気で握ったら潰れちゃいそうです。」
「あ、お前。こいつはアタシの獲物じゃんかっ!」
「この人は私がお仕置きします。リサさんは、他の人をお仕置きしてください。」
マリーの迫力に気押され、リサは渋々他の連中を相手にすることにした。

リサの蹴りが10人近い男たちに向かって炸裂する。とはいえ、当てれば死んでしまうかも知れないので空振りさせてだ。だがそれでも、その威力で全員を吹き飛ばし、物理障壁に
次々と叩きつけていった。
それを見た他の男たちが、一番弱そうなリナに襲い掛かる。
「いやっ、ちょっと・・・やめてよぉ。。。」
リナは身長がさほど変わらないふたりの男に後ろから腕を掴まれて羽交い絞めにされようとしている。まずい、助けなきゃとレンが動こうとした時、
「やめてって言ってるでしょっ!」
彼らもそれなりに力が強いはずなのだが、リナは男たちがしがみ付いたままでも関係なく、簡単に腕を振り回してしまった。
グシャッ・・・
両腕の男の顔面同士が激突し、嫌な音を立てて鼻骨と頬骨が粉砕される。男ふたりをあんなに軽々と・・・レンは剣に手をかけたままの状態で固まるしかない。
ミラの近くの男たちは、既に全員が肘や膝を抱えてのたうち回っている。もう、圧倒的としか言いようのない光景が随所で繰り広げられていた。彼女たちが本気を出したら、
間違いなく一方的な虐殺になっていたであろうことを改めて想像したレンは、自分の指示が間違っていないことに少し安堵していた。

「うっぎゃぁ~っ・・・」
マリーはいつの間にか器用にリーダーの男を持ち替え、両太ももを掴んで逆さ吊りにして脚を既に水平に近い角度まで広げていた。股裂きか・・・すげぇ痛そう。。。
「本当は真っ二つに引き裂きたいところですけど、レンさんに叱られちゃうので止めておきます。」
男が必死に脚を閉じようともがくが、マリーは両脚を掴んだまま涼しい顔で言い放つ。この男の脚力よりマリーの腕力のほうがはるかに強いということだ。
「こういう弱いくせにいきがってるのが、一番ムカつくんだよね~。」
この男以外の全員を地面に這い蹲らせたリサとミラが近づいてくる。しかも、直接身体に触れていないで全員を倒してしまったのだ。こいつらも弱いかも知れないけど、
あんた達が強過ぎるんでしょ?とツッコミを入れたくなるほどの力の差だ。
「ゆ・・・ゆるじで・・・ぐだざ・・・び・・・」
男は心底震えていた。マリーの握力で少し変形した顔面は、もう血と涙と鼻水でぐしょぐしょになっている。とんでもない相手にちょっかいを出してしまったと心の底から反省していた。
が、マリーの怒りはまだ収まっていない。
「あなた、許しを請う相手を許したことありますか?」
マリーがほんの少しだけ右手を握ると、強靭なはずの大腿筋などがグニュッと変形してブチブチと音を立てて潰れていく。
「ぐぎゃぁっ!ご・・・ごべんな・・・ざい・・・ぼう・・・しばぜん(ごめんなさい、もうしませんと言ってます)」
「もう、おとなしくこの街の人にも迷惑をかけないなら許してあげます。」
「ば・・・はび・・・」
マリーは男を軽々とその他大勢が這い蹲っている場所に放り投げた。男の左の太ももには巨大な手形がくっきりと刻まれ、それに沿って筋肉が分断されていることが、軽く握っただけの
握力の凄まじさを物語っていた。

物理障壁を取り払い辺りを見回すと、街の人が建物の影などから恐る恐る覗いているのが見えた。
「たぶん、怖がらせちゃったかなぁ。今夜も野宿か・・・」
レンが独語すると、他の4人も黙ったままになる。全然手加減したのに、という思いもリナを除く3人にはあるのだが、どう見ても怪力巨大女にしか見えない。
「仕方ない、出ようか。」
一行が街を出ようとしたその時、ひとりの男が近づいてきて、布袋をレンに手渡した。
なんだろう?と袋を開けると、中には金貨が詰まっている。
「な、なんですか?これ。」
驚いて、たぶん商人であろう男に尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「この度は、報奨金付きの盗賊を退治してくださってありがとうございました。これはその報奨金、金貨100枚です。」
「へ?」
「実は、この辺りはあの者たちに好き放題されていたのです。」
「何故です?冒険者だって来るんじゃないですか?」
「はい。ですが、あの者たちもしたたかで、冒険者の方も張り紙の無い相手は無視されていたので・・・」
つまり、男ひとりと女4人のパーティーだから弱そうだと思ったわけだ。やっぱりあいつらは間抜けなんだな。
「でも、その冒険者はどこへ?」
「ほとんどの方々が大盗賊団を退治しに行かれましたが、全て返り討ちに遭ったようで・・・おっ、お願いいたしますっ!」
商人が数歩あとずさり、地面に膝をついて跪く。よく見ると、他の街の人たちも同じようにそれぞれの場所で跪いている。
「大盗賊団を退治してくださいませんか。あなた方のお強さであればと・・・どうか、お願いいたします。報奨金は出来る限りのことをさせていただきますので・・・」
レンの背中に冷たいものが走る。いや~な予感のまま振り返ると、4人全員が笑顔だ。もう、やる気マンマンといったところだろう。マリーはこのメンバーでの初めての依頼が嬉しくて
たまらないといった感じ。リサとミラは暴れ足りなくてうずうずしている。リナはたぶんマリーと同じなのだろう。もう、断る理由は無くなっていた。

翌朝、宿屋で久しぶりのまともな睡眠を満喫した一行は、商人が知っている情報をもとにして作戦会議を立てる。が、マリーは不機嫌そうだ。
「な~に、寝れなかったの?」
リサが尋ねると、ベッド4つを合わせて寝床を確保してぐっすり寝たはずのマリーがボソッと呟く。
「だって・・・せっかく小さくなれたのに、レンさんが一緒に寝てくれなかったんです。」
いやいや、小さくなってもあれだけのパワーを見せ付けられれば、寝返りの拍子に叩き潰されるんじゃないかって不安になるじゃんか~。と言いたいがぐっと堪えるレン。
「甲斐性なしだなぁ。ひょっとしてマリーちゃんがおっかないんじゃないの?」
今度はミラが攻撃してくる。というか、このふたり、妙に息が合ってる気がする。
マリーはうっすらと涙を溜めて「そうなんですか?」という表情でレンをじっと見つめている。
「いや、そうじゃなくて。。。盗賊を退治するまで落ち着けないじゃないか。だから、退治してゆっくり出来るようになれば・・・」
「本当ですか!?私、がんばりますっ!」
レンのいらん一言が、マリーの闘志に完全に火をつけてしまった。これは間違いなく血の雨確定だろう。。。

大盗賊団の本拠地へ一路直進する一行。まだ小さいままだ。
「じゃあ、作戦のおさらい。まず最初の目標はさらわれた人を探して助けること。リナは大きくなって助けた人間を保護する。」
「え~っ、私もちょっとは暴れたいなぁ・・・」
「っていうか、自分で大きくなれないじゃん。」
そうだった。マリーはともかく、他のふたりはミラに大きくしてもらわなければならないのだ。
「だから、ミラは最初はリサとリナと一緒でお願い。」
「いいよ~、で?どんくらい大きくなっていいの?」
「街で聞いた話だと、かなりの数の巨人族がいるみたいだから、100倍で・・・」
「10倍くらいにしよっか。同じくらいの大きさのほうが潰し甲斐あるし!」
リサが横から口を挟むと、ミラもそれに同調した。ったく、こいつらは・・・
「じゃあそれで。リナは最初から100倍ね。僕とマリーは別行動で一気に人質を救出するから。」
「あの・・・私は戦ってはいけないんでしょうか・・・」
ううっ、マリーさんまで・・・
「いや、人質を救出したらミラとリサに合流してください。それと、首領の巨人族は完全に潰したり消炭にしないこと。いいね。」
「は~い!」
声をそろえて返事をする女性陣一同。戦闘に行くというよりピクニックに行くような呑気さに、もうレンは何も言わなかった。

「じゃあ、この辺りで別れ・・・ん?」
全員の頭上が急に真っ暗になる。顔を上げると、棍棒を持った巨人の男がひとり、全員を見下ろしていた。まずい、見張りだ。
「んだぁ?てめぇ・・・」
巨人が振り上げた棍棒は、振り下ろされることは無かった。マリーが瞬時に氷結させ、ミラが超高温で分子レベルまで焼き尽くしたのだ。巨体が音も無くサラサラと砂のように崩れ落ちる。
やっぱりとんでもない魔法力だ。消し去るまで1秒もかかってない。
「やっぱさぁ、おっきくなるの無しにしない?」
ミラがケラケラと笑いながら灰の山を吹き飛ばしながら言うと、リサも
「ケースバイケースでいいんじゃない?」
と応じる。マリーも別にそれでもいいかな。という表情だ。もう勝手にしてくれという感じで、ふたりと3人に分かれていった。

視線の片隅でマリーの太股が逞しく動いているのをチラチラと見ながら、レンは山がちの方向へと進んでいく。盗賊団のアジトは三方を山に囲まれた盆地上の場所にある。
守るには適した場所だが、その気になればこの程度の山など簡単に踏み潰してしまえる女の子がふたりもいるのだから、このパーティーにとってはあまり意味が無い。
ミラたち3人は正面から、レンとマリーは裏から回りこみまず人質を救出するという段取りだ。
「あの・・・レンさん?」
見上げると、ゆっさゆっさの巨大な胸元の上から神妙そうな顔つきのマリーが見下ろしている。
「私のこと、怖いと思いますか?」
悪人どもから見れば間違いなく恐怖の大王のような存在だろう。でも、マリーは今まで普通に生活している人を殺したり傷つけたりしたことは無い。レンもそれは充分に承知している。
「全く怖くないと言えば嘘になるけど、僕はマリーさんが優しい人だってことはわかってるつもりです。」
「でも、怒るとつい・・・」
「そうですね。でも、もう少し大人になったら、そういうのも含めて色々変わっていくんじゃないですか?」
「はい、あの・・・本当に怖くなったら言ってくださいね・・・」
マリーの大きな手がそっとレンの手を掴む。力加減を充分に気にしていることが肌で伝わって来る。レンもそれを拒むことはせずに、アジトの裏山に向かって仲良く歩いていった。

「ミラさんたち、準備できたそうです。」
「人質の大体の場所、わかりました?」
マリーは既に100倍サイズになって、山の頂上から顔を覗かせている。中腹を押し潰している巨大な胸の横には、既に10人以上の見周りと思しき盗賊がすり潰されていた。
彼らが異変に気付いた時には、強大な指先でつままれて瞬殺された成れの果てだ。
「たぶんあの建物だと思います。中に沢山の人の気配がありますから。」
「じゃあ、行動開始だね。マリーさんはまだ動かないでね。」
「はい・・・」
少し不満そうだが、人質救出が最優先なので、マリーもおとなしく従っていた。やがて、ひとつの街を形成するほどのアジトの向こうの方が騒がしくなっていった。

ミラが左右にリサとリナを従えて悠然とアジトの正面に姿を現した。入り口を見張っていた何人かがちょっとセクシーな黒装束の魔導師と見るからにアスリート系の体型と服装の格闘家、
巨大な胸を隠そうともしないほど目立たせた治癒師の姿に気がついて、その美しい肢体に釘付けになる。
「へ~、ちょっとでけぇけどいい女だ!」
巨人族の女を見慣れている彼らにとっては、250cmのミラでさえ驚くほどの巨体ではない。ひとりがにやけた顔つきでリサの方へと近づいていった。
「おねえちゃんたち、何しに来たんだい?ひょっとして俺たちを慰めに来てくれたのかなぁ?ひゃはははっ!」
おどけたままリサの顔に手を伸ばしてきた瞬間だった。
ボゴォッ!男の顔面がクシャリと潰れ、そのまま近くの木の幹に立ったままの状態で背中から叩きつけられた。その場に崩れ落ちた男は、もうピクリとも動かない。
他の男たちからは見えない力で吹っ飛ばされたように見えた。
「て、めぇ!なにしやがるっ!」
「別に。」
リサが目にも止まらぬスピードで繰り出した裏拳が全く見えなかったようだ。
「おい、ちょっとどいてろ。」
男たちの後ろから現れたのは巨人族の戦士だ。切るというよりも叩き潰すためと言った方が良さそうな巨大な斧を真っ直ぐにミラに向かって振り下ろした。
ガッキィィンッ!が、斧はミラの頭上で止まったままピクリとも動かない。ミラは片手のしかも指先だけでその斧を受け止めていた。
「なんかさぁ、こいつらも弱っちそうだよね~。」
そう言った瞬間に、大斧は砂のようにサラサラと崩れ落ちていく。ミラの得意技の瞬間燃焼である。唖然とする戦士に向かって、リサが高々とジャンプして、頭に踵を叩きつけた。
ゴギャッ・・・巨人の顔面はその半分以上が両肩の中に埋まって、その場に崩れ落ちる。恐らく首の骨は粉々だろう。
「一度やってみたかったんだぁ。でかい時にこんなことしたら着地で大惨事になっちゃうからさ。」
リサは笑顔を見せながら綺麗に着地を決めていた。

力では敵わないと思ったのか、今度は治癒師と魔導師の登場である。それも50人はいるだろうか。彼らが作った混合障壁の向こうから次々に攻撃系の魔法を繰り出して来た。
リナが前面に魔法障壁を展開し、リサがその後ろに位置する。ミラは?さすがに魔王だ。魔法障壁の前で仁王立ちになり、黒魔法だけを指先で打ち返している。
そのまま少し進むとミラも足元に違和感を覚えた。以前、リサが酷い目にあったことのあるドレイン系の罠が足元で黒々と広がっていたのだ。
「ミラさん、それ。」
リナが心配そうに声をかけるが、ミラは平然とそれを見下ろしている。
「やだなぁ、人間ごときの黒魔法でやられるほど弱くないよ。」
さすがは魔王様、余裕の表情で両手を広げると、掌に向かって黒魔法の罠がどんどん吸いあがっていき、ついには真っ黒なボールが宙に浮く形になった。してやったりの表情を浮かべていた
黒魔導師たちの顔色がどんどんと青ざめていく。
「あんたたちが黒魔導師なら、あたしは暗黒魔導師ってとこかな?はい、お返し。追加効果つけといたからね。」
ふたつの黒い球が魔導師たち目掛けて飛んでいく。混合障壁を突き抜けた瞬間に、その大きさが彼ら全員を覆っても余りあるほどに拡大すると、すっぽりと全員を包み込んでしまった。
「ねえ、何したの?」
リナも既に魔法障壁を消していた。
「知りたい?じゃあ、教えてあげる。」
ミラが指をクイッと動かすと、巨大な黒い球が四散した。その跡では、50ほどの人間の干物がパタパタと次々に倒れていった。
「生気を全部吸い取ってあげたの。それだけよ。」
ある意味マリーより恐ろしい魔王の力を目の当たりにして、ふたりは少し脚が震えてしまった。

「しっかし、数だけは多いわねぇ。」
既に街の中央付近にまで達した3人。彼女たちが通った跡は数え切れないほどの人間や巨人の死体が転がっている。
「面倒だから大きくなる?ていうか、そろそろマリーにも連絡したほうがいいんじゃない?」
「そうだねぇ、そうしようか。」
その時だった。正面の城のような建物から、大きな影がふたつ現れたのだ。巨人の男と女。大きさは他の巨人族の3倍近くはありそうだ。
「お、本命登場かな?あれが首領でしょ?」
「てめぇら、随分と暴れてくれたなぁ。人間ふぜいが俺っちに敵うと思ってんのか、あ?」
ズシンズシンと地響きを立てながら近づいてくる巨人の男女。その行く手にいた者は、人間だろうと巨人だろうとさっと道を空ける。間違いない、こいつらが首領のようだ。
「あんたたち、人質連れてきな。」
女が太股ほどの身長の巨人ふたりに命令すると、彼らは裏手に向かって駆け出していった。
「人質取って、あたしたちが手出しできないようにするんだ。図体の割りに弱いんじゃない?」
リサが挑発するようにからかうが、相手は乗ってこない。
「言ってろ!てめぇらだって人質を目の前にしたら何もできねぇだろう。」
巨人男がにやついた瞬間、彼らの背後の山が大きく動いた。

山に寝そべっていたマリーが、そのまま更に巨大化して右手を街の中に伸ばしていった。聞こえていた会話どおり、ふたりの巨人族の男が向かっている先はあの建物のようだ。
ビシィッ!人差し指を丸めて、先頭を走っていた男を弾き飛ばす。マリーから見ると1cmにも満たない小さな巨人族の男はただそれだけで弾け散ってしまった。
さらにもうひとりを摘み上げて、目の前まで持ってくる。
「人質はあの建物ですね。」
自分の全身を挟んでいるものの正体を理解した巨人は大パニック状態だ。マリーの指の間で必死にもがくがどうにもならない。
「そ、そうでず・・・」
プチュッ・・・答えた瞬間に、身長17mほどの巨体がまるで虫のように捻り潰されていた。
マリーはもう一度手を下ろすと、建物を地面と一緒に掬い上げ、待機していたレンを風の魔法で入り口に下ろす。中にも何人かの盗賊がいると思うが、レンの剣技であれば大丈夫だろう。
そのまま立ち上がると、山を軽々と跨ぎ越して、街の中に巨大な足を踏み降ろした。

街全体を揺るがす巨大地震に続いて、上空から威厳たっぷりの声が襲いかかった。
「人質ってこれのことですよね。もう、助けてしまいました。」
首領のカップルが振り向いた先では土煙がもうもうと舞い上がっている。そしてその中に見えたのは、信じられないほど巨大な足・・・このふたりの巨人族でさえ親指の高さほどしかない。
機械仕掛けの人形のように首を真上に向かって上げていくと、途方も無く巨大な女の子が自分たちを冷たい視線で見下ろしていた。
「あなたたちはかなり酷いことをして来たようですね。なので、許しません。」
そう宣言すると、軽く足を上げて、このふたりが住んでいた回りよりも巨大な建物をいとも簡単に踏み潰した。
ガタガタと震えながらも、逃げ出そうと振り返ったふたりの目の前には、今まで無かったはずのものがドンと立ちはだかっていた。それは、さっきまで見下ろしていた人間の女の脚だと
気付くのにどれだけかかっただろうか。リサとリナは元のサイズに、ミラはマリーに合わせて身長2500mに巨大化していたのだ。
「ねぇ、あんたたちが一番でかくて強いんでしょ?人質なんかいなくても勝てるよねぇ。」
ミラが残酷そうな笑顔で見下ろすのを見て、もうこのふたりはへなへなと座り込んで震えるしか出来なくなっていた。

アジトの中央に向かい合わせで座ったマリーとミラの起こした超巨大地震で、既にほとんどが壊滅状態になっていた。人質のいる建物は、周りの地面を削り落として既にリナの手の上に乗り、
中では、盗賊を打ち倒したレンが、街の人々に自分たちの正体を説明している。
マリーは、一人も逃がさないように、アジトの周りを物理障壁で囲い、掌の上には首領の男を乗せている。ミラは女のほうを乗せていた。
「あたしは~!?」
「その辺の雑魚でも片付けてれば?もっとも、こっちも雑魚だけど」
とミラに言われたので手当たり次第に蹴り飛ばしている。それを見ながらマリーは首領の巨人男を摘み上げる。
「今度生まれ変わるときは、もう少しまともな人間になってくださいね。」
指をリナの目の前に移動させる。極太の指先から頭部だけを出している首領は全身に襲い掛かる痛みに耐えかねて泣き叫んでいた。
ブチュリ・・・
指と指の間が完全にくっついた時、首領の頭は苦悶の表情のままで建物の前に転がり落ちていた。
「ねえ、こっちは頭いらないんでしょ?」
ミラに空中に投げ上げられた女は、悲鳴を上げながら落下して、地面に叩きつけられる寸前で灰と化していた。

「これでおしまいですね。」
マリーは建物の中に隠れていた何人かを建物ごと指先で押し潰した。ミラもリサも相手が弱すぎるという不満はあるだろうが、ある程度は暴れることが出来たので満足そうだ。
かくして、1000人以上いた大盗賊団は、4人の女の子とおまけの剣士によってたったの数分で完全消滅した。

街はちょっとしたパニック状態になっていた。4人の大巨人が並んでこちらに向かって来ているのだ。もちろん、少し小さくなったマリーとミラ、そしてリサとリナである。
「あれも・・・盗賊団?」
「ひょっとして、仕返しに来たのか?」
「あんなのが相手じゃ、あのおねえちゃんたちも・・・」
そんなことを口にしながら持てる物だけを持って逃げ出そうとする人が続出する。
「いや、ちょっと待て。でかすぎるけど、昨日のおねえちゃんたちに似てねぇか?」
誰かの一言で、一瞬だけ静寂が訪れ、全員がこちらに向かってくる雲を突くような巨人の姿を見上げた、その時、透き通るような声が内側から響いた。
『盗賊たちは退治しました。人質も助け出しました。ちょっと事情があって大きくなってますけど、大丈夫です。怖がらないでください。』
「おい、聞こえたか?」
「ああ・・・」
どんどん近づいてくる地響きに怯えながらも、たぶん昨日の冒険者の女の子なのだろうと思って、迫り来る巨大な8本の脚を息を呑みながら全員が見つめていた。

リナが降ろした建物からひとりふたりと人が出てきて、集まった群衆から飛び出した家族と思しき人と抱き合って喜んでいる。
それを見下ろしながら4人は小さくなって街の中へ入っていくと、集まった群衆に取り囲まれてしまった。
「それにしても凄いな。あんなにでかくなれんのか。」
「いえ・・・実は、本当はあの大きさなんです。」
金貨が入った袋を重そうに抱えた商人がマリーに袋を渡しながら言うと、マリーははにかみながらそう答え、袋をそのまま商人に返してしまった。
「私たちは昨日の金貨100枚があれば充分です。これは、ひどい目に遭った人たちのために使ってください。」
「そうか、わかった。じゃあ、これは街のために使わせてもらう。本当にありがとう。」
商人がそう答えると、元々大が付くほどの巨人だったということに驚いた一同が、再び騒ぎ出す。たぶん今夜はお祭り騒ぎだろう。
そのマリーの横でレンがそっと囁いた。
「何で嘘ついたんですか?」
『だって、さっきだってみんな怖がってたんですよ。本当のこと言ったら・・・』
確かにいくつもの山を簡単に踏み潰せるほど巨大な足が現れたら、こんなに早く街の人の反応が切り替わらなかっただろう。最悪は、完全に恐れてしまってどうにもならなかったかもしれない。
レンもマリーの判断は正しいと思っていたので、これ以上は何も言わなかった。
ともあれ、このメンバーでの第一歩がやっと踏み出せたのでよしとしよう。