「深夜のラジオ番組はなんか、じわじわキツいですよ」
「聞いてる方はけっこう気楽だけどね、そんなキツいの?」
「疲れてる時に1時半まで起きてなきゃいけないのは正直キツいです」
「そうかなぁ。あ、でもレベル上げしながらゆかゆかの声が聞けるのは嬉しいよ」


01:プロローグ


「なんですか、それ」
薄い万歩計に両面テープが付いているような、不思議な機械。
連休の間、泊まりに来ないかと先輩……弦巻マキ先輩に誘われて来たら
どこか自慢げに、この謎が謎を呼ぶ機械を見せられた。
「まぁまぁ、習うより慣れろってことで」
そう言いながら液晶の下にあるボタンをポチポチと押して、
私の首元にペタリと貼り付けられてしまった。

先輩は再びテーブルの向かい側のクッションに座ると「パチン!」と指を鳴らした。
それが合図だったのか、カッコつけてタイミングを合わせたのか、
首元が熱風に当てられたかのように熱くなり始めた。
「先輩これ、何か危ない機械なんじゃ……」
「大丈夫ダイジョーブ、中毒性はあるけど危なくはないって」
そう言われても、感覚器官が危ないと警告しているようにしか思えない。
首元に感じた熱さはあっという間にお腹へ、手へ、足へと広がって、
今にも倒れそうなのか視界も少しずつ下がって……下がって?

思わず全身の熱をも忘れて立ち上がった。
それでも、クッションに座る先輩の顔は目線の少し下で、
膝ほどの高さだったテーブルも、腰くらいの高さになっていて。
状況を飲み込めずにキョロキョロしていると、先輩が立ち上がった。
お互い立ち上がったままなのに、見上げないと先輩のショートパンツしか見えない。
「とまぁ、こんな風に小さくなれる画期的な機械なんだよ」
うっすらと認識し始めていたことを先輩がズバリと言い切った。

まるで迷子の子供に話しかけるように目の前で前屈みになって、先輩は話を続ける。
「やっぱり、服とかブカブカになっちゃうね」
小さくなったのは身体だけで、服や髪留めは元の大きさのままだった。
髪留めはいつの間にか地面に落ちているし、
ワンピースも着ているというより着せられている感じだ。
もしショートパンツだったらそのまま脱げ落ちてたのかもしれない。

「で、どうどう? 1/2になってみた感想」
そう言いながら先輩が私を持ち上げる。
さっきから子供や子犬にするような動きばかりなのがちょっと気に食わない。
「先輩の威圧感がすごいですよ」
「威圧してるつもりないし、何もしてないじゃん」
「そりゃ、ゴジラが街中にいたら無条件で怖いじゃないですか」
ゴジラというより、子供から見た大人という感じもするが、
たぶんそれを言うと先輩はよく分からない喜び方をする。

話半分な様子で先輩は私を持ち上げたまま上げたり下げたりを繰り返している。
今の私はまるで"たかいたかい"をされてる子供だ。
「思ってたより軽いね。アコーディオンの方が重いかも」
「……アコーディオン持ったことあるんですか」
「んー、昔 駅前で演奏してた人がいて、触らせてもらってさ」
ひとしきりやって満足したのか、私を持ち上げている先輩の腕が止まる。
降ろしてくれるのかと思いきや、そのまま抱きしめられてしまった。
横を向けば先輩の耳。前を向いても半分くらい先輩の髪しか見えない。
先輩の発育の良い胸がお腹に当たる。おかげで腰から下は浮いてるようなものだ。
「ねぇゆかゆか、今日そのまま過ごさない? かわいいし」

「ヤですよ、さすがに元の大きさに戻してください」
「そっか……」
そう言って、先輩は名残惜しそうに私をぎゅっと強く抱きしめた。


「元の大きさに戻る時もこれでピッポッパッとね」
小さくなる前に私の首元に付けられたあの不思議な機械。
どうやら、なりたい大きさをボタンで入力して、
大きさを変えたい人の肌に貼り付けて指を鳴らせばそれで動くようだ。
「一体どういう仕組みなんですか、これ……」
再び先輩と同じくらいの背丈に戻った私は、誰もが思うであろう疑問を投げかける。
しかし持ち主である先輩自身もどうして小さくなるのか分からないらしい。

「……小さくなっている時にこの機械を落としたら大変ですね」
「あぁ、そこは大丈夫。なんでか分かんないけど、小さくなってるとそれ外れないの」
まるで実際に試したみたいな口ぶり。
そう思っていたのが顔に出たのか、先輩は少し視線を逸らしてコトバを続けた。
「さすがに、よく知らないものをいきなり友達に使うわけにはいかないじゃん。
 何回か自分で試して、大丈夫そうだし楽しかったからゆかゆかにも使ったんだよ」



目覚めると、いつもと違う天井があった。
先輩の家に泊まっているのだから、当然と言えば当然だ。
今は朝の6時。先輩はまだ起きないが、無理に起こす必要もない。

テーブルの上には、昨日使った(というか使われた)不思議な機械がある。
見た目はとてもシンプルで、電卓や歩数計に付いているような液晶と
"▲" "▼" "Set" "Reset"の4つのボタンが付いているだけだ。
昨日はずっと先輩に持たれっぱなしだったが、
今なら1人でゆっくりと楽しむことができるのかもしれない。
……正直な所、1/2になって何が楽しいのだろう、とこの時は思っていたけれど。

液晶に表示されている数値は分数表記で、当然 最初は1/1だ。
恐る恐るボタンを押して1/2にセットし、左手首に貼り付ける。
まるでマスキングテープのようにキレイにくっつく。本当にこの機械は何なのだろう。
後は指を鳴らせば、昨日の続きだ。

目線の低さとブカブカになったパジャマが、小さくなったことを知らせている。
昨日はそのまま先輩に持ち上げられたり抱きつかれたりだったが、
歩き回るとなるとパジャマを脱ぎ捨てなきゃいけない。
しかし、友達の部屋で全裸、なんて……
「ハタから見たら変態、なんでしょうね、これ……」

モノリスのようにそびえ立つドア。
背比べするくらいの大きさのギター。
冷蔵庫のような高さの勉強机。
両手で抱えるほどに大きな単行本。
ぐるりと部屋を1周して、床に敷かれた布団へと戻ってきた。
少し前まで私が寝ていた布団も、今はまるで棒高跳びのマットのように広い。

ドキドキしているのは何も着ていないからか、それともこの景色と体験のせいか。
脱ぎ捨てたパジャマの上に寝転んで、左手を天井へと伸ばす。ちっとも届きそうにない。
左手首にくっ付いている機械はまるで身体の一部かのように一緒に小さくなっていた。
1/2、と液晶に無機質な表示が出ている。
何かを確かめるように両手を胸に当てると、鼓動が高鳴っているのを感じた。
でも私は一体、何にドキドキしているのだろう。
無意識では分かっていそうな、分かっていなさそうなこの感じ。


先輩はまだ眠っている。昨日見たあの大きさで。
そろそろ元の大きさに戻っておこうか、と先輩から視線を外したその瞬間だ。
「ね。中毒性があるでしょ」
「せっ、先輩っ!?」
いつの間にか起きていた先輩に、あっという間に抱きつかれてしまった。
冷房で冷えた背中に、パジャマ越しに先輩の熱が伝わる。
「い、いつから起きて……」
「『ハタから見たら変態』のちょっと前からかな♪」

「そういえば、ゆかゆかのヌード初めて見たかも」
そう言いながら先輩は右手で頭を撫でている。
恥ずかしさと後悔で転げまわりそうな気分だった。
「あの、せ、先輩……その、これは、あの……」
頭を撫でていた右手が、そのまま私の口を、顔全体を塞いだ。
後ろからいつもより少しゆっくりとした先輩の声が聞こえる。
「ありがとう」
言い終えると同時に、
先輩の両手が私の脇を掴んで、お互い向き合うように抱きなおした。

「正直さ、嫌そうに微妙な顔されるのかなって思ってたんだ。
 でも、それでもいいから、1回だけ……ゆかゆかに体験してほしかったの」

抱きしめる手が緩んで、先輩のふとももに座り込む。
どうしたらいいのか分からなくて、先輩の顔を見ることもできなかった。
「ね。小さくなるって、よく分かんないけど……楽しいよね」
「楽しいって思えるのは、先輩くらいですよ、こんなの……」


朝の7時半。静かな部屋にどこからか時計の音が響いた。

「それにしてもゆかゆか、それなら昨日体験してたじゃん」
さらりと先輩の右手が私の左手首を掴む。あの不思議な機械がくっ付いている左手首を。
「……はい?」
先輩の左手がカチカチカチ、と機械のボタンを押している。
1/5、物言わぬ液晶があきらめろと伝えるかのように数値を示した。
「もうちょっと小さくなってみようよ」
ぎゅっ、と私を抱きしめて、先輩は楽しそうに指を鳴らした。

左手首が熱くなって、それが全身へと広がっていく。
「すごい、なんか湯たんぽみたい」
頭上から先輩の声が聞こえる。
互いの肩に顎を乗せるような抱き方だった昨日とは違って、
今、私の顔は先輩の胸にほとんど埋もれている体勢だ。
かろうじて先輩の背中に届いていた両手は脇にすら届かなくなり、
ベッドについていたはずの両足は宙に浮いて、
上半身のほとんどが先輩の胸へと沈んでゆく。

小さくなり終わって、全身に広がった熱が冷めていくと
今度は先輩の肌の暖かさが、右から、左から、正面から、全身へと伝わってくる。

先輩はどこか寂しそうに、まるでスマホを持つように左手で私を掴んだ。
大きな親指と人差し指が私の両脇から顔を出している。
「……やっぱ、威圧感ある?」
ぼそっと聞こえたコトバがどこかおかしくて、つい笑ってしまった。
こんなにも大きな先輩が、私を怖がらせまいとしているなんて。
「ちょ、何で笑うの!」
「ごめんなさい、何かおかしくって。
 ……威圧感はありますけど、でも、先輩は悪い人じゃないって知ってますから」




02 SideN:冷や汗


途中まで全年齢/not全年齢で2パターン書こうとしてた名残です。
お話的にはこの部分は無かったことになっています。

「そんな眺めてどうしたのさ」
この機械で誰かを小さくすると、
元の大きさに戻るまでその人から機械がはがれることはない。
と、なると……。
「ちょっと先輩、目を瞑っててくれませんか」
「お、今度は私の番ってこと?」
「まぁそんなとこです」
機械の数値を1/6に設定して、先輩の首の後ろに貼り付けて、
今朝されたのと同じように先輩を抱きしめて、パチン。と指を鳴らした。

まるで風邪をひいた時のように先輩の身体が熱くなる。
「確かに湯たんぽみたいですね、これ」
先輩の頭に添えているだけだった右手はどんどん先輩の頭全体を覆っていき、
背中を押さえていた左手はあっという間に先輩の身体全体を押さえつけていく。
みるみるうちにフィギュアのような小ささになっていく先輩。
……なんとなく昨日の先輩が楽しそうだった理由が分かった気がする。

ほとんど上から被せているパジャマを脱がして、
今朝と同じように左手で先輩を掴むと、やはりスマホを持つような形になってしまう。
「1/6スケールフィギュアになった気分はどうですか、先輩?」
軽く声をかけただけなのに、先輩は私の親指を軽く抱いて怯えた声を出す。
「ダメ、ほんとダメ。ゆかゆか大きすぎ……こわい……。もどして……」
「……今朝私を1/5にしたの、誰でしたっけ」
人差し指で喉元に触れるか触れないかスレスレをつついてみると、
弱々しく左手で追い払うジェスチャーをされた。
「あっあれは、好奇心で……、こんな怖いとか、ダメ、聞いてない……」
こんな弱気な先輩は初めてかもしれない。

「ねぇ、もどしてよ……ゆかゆか……」
親指に抱きつきながら頼みこむ先輩を見ていると、
ちょっとからかってしまいたくなる。
先輩の後ろ髪を横へ流して、首の後ろに貼り付けた機械を見る。
「せっかくこんな珍しい体験してるんですから、
 もどして、なんて言わずにちょっとは楽しみましょうよ」

スマホの裏側を見るような感覚で先輩を掴んでいる左手を裏返す。
あいている右手で機械のボタンを押すと、先輩の動きが止まった。
6、5、4、と数値を減らしていって、1/2にセット。

再び先輩の"表側"を見ると、股から右足へ細筆で描いたような水の線があった。
なんだか、何もしていないのにここまで怖がられていると悲しくなってくる。
「……そんなに怖いんですか……」
タンスの上にあったティッシュで細い水の線を拭きながら、
床に敷かれた布団に座り込む。
「こわいって、ほんと……。なんでゆかゆかは平気なの……」
「……。…………なんででしょうね。
 たぶん、先輩のこと好きだからだと思いますよ。……友達として」

そう言いながら、左手を先輩ごと胸元に当てて、パチン。と右手を鳴らす。


両肩が片手に収まっていた小さな先輩が、みるみる内に大きくなっていく。
そして先輩の頭がサッカーボールくらいになった辺りで、変化が止まる。
「1/2ならどうですか?」
膝立ちになった先輩が、両手で私の身体を軽く押しながら見上げてくる。
大きなネコでも見てる気分だ。
「まだちょっと……こわい、かも……?」
「なんかさっきから"初めて"みたいな反応してませんか、先輩……」
「だ、だって最初に試した時は誰もいなかったし……」
……確かに、動かないテーブルと動く人間では話が違う。のだろう。

少しずついつもの調子に戻ってきたのか、先輩が立ち上がって抱きついてきた。
お互いの目線は同じ高さ。でも、私は座ったままだ。
「今朝の時はゆかゆか、怖くなかったの?」
「最初は怖かったんですよ。
 でも先輩、すごい恐る恐る私を掴んだじゃないですか」

「だってなんか壊れそうなくらい軽かったし」
「その後も精密機械を扱うみたいにビクビクしてるし、
 見てたらなんだか、怖がってるのがバカバカしく思えてきちゃって」

「なんか私がビビりみたいじゃん……」
「小さくなった時にちょっと洩らしてたじゃないですか」
「……あれはあの、冷や汗。冷や汗だから」



02 SideA:使用料金


マキ先輩の持っているこの不思議な機械。
7桁分の数字が出せる液晶と、"▲" "▼" "Set" "Reset"の4つのボタン。
裏側は両面テープのようになっている、パッと見では万歩計のようなモノ。
対象に貼り付けて、数字をセットして、指を鳴らせば大きさが変わる不思議な機械だ。

「これ、7桁も必要なんでしょうか?」
「大は小を兼ねるって言うし、足りないよりはいいっしょ」
液晶に出る数字は分数なので、桁1つ分は"/"として使われる。
それでも、小さくなるならこんなに桁数はいらないハズだ。

パジャマ姿でその不思議な機械を眺めていると、
クッションを抱いたまま先輩がやってきた。
「それとも、もっと小さくなってみたい?」
「先輩、桁を見てから言ってくださいよ」
この液晶に表示できる最も小さな数字は"1/99999"だ。
今朝の1/5ですら周りがとても大きく思えたのに、もっと小さくだなんて、正直こわい。

「ところで、どこで買ってきたんですか、この怪しい機械」
「IAちゃんから貰ったんだよ」
IAさん。同じ高校に通う1つ年下の人だ。
先輩とは少し前から助っ人ボーカル担当として一緒に練習しているらしい。
……でも、どこでこんな機械を……?


「そんな眺めてどうしたのさ」
この機械で誰かを小さくすると、
元の大きさに戻るまでその人から機械がはがれることはない。
と、なると……。
「ちょっと先輩、目を瞑っててくれませんか」
「お、今度は私の番ってこと?」
「まぁそんなとこです」
機械の数値を1/6に設定して、先輩の首の後ろに貼り付けて、
今朝されたのと同じように先輩を抱きしめて、パチン。と指を鳴らした。

まるで風邪をひいた時のように先輩の身体が熱くなる。
「確かに湯たんぽみたいですね、これ」
先輩の頭に添えているだけだった右手はどんどん先輩の頭全体を覆っていき、
背中を押さえていた左手はあっという間に先輩の身体全体を押さえつけていく。
みるみるうちにフィギュアのような小ささになっていく先輩。
……なんとなく昨日の先輩が楽しそうだった理由が分かった気がする。

ほとんど上から被せているパジャマを脱がして、
今朝と同じように左手で先輩を掴むと、やはりスマホを持つような形になってしまう。
「1/6スケールフィギュアになった気分はどうですか、先輩?」
軽く声をかけただけなのに、先輩は私の親指を軽く抱いて怯えた声を出す。
「ダメ、ほんとダメ。こわい……。ゆかゆか大きすぎ……もどして……」
「……今朝私を1/5にしたの、誰でしたっけ」
人差し指で喉元に触れるか触れないかスレスレをつついてみると、
弱々しく右手で追い払うジェスチャーをされた。
「あっあれは、好奇心で……、こんな怖いとか、ダメ、聞いてない……」
こんな弱気な先輩は初めてかもしれない。

「ねぇ、もどしてよ……ゆかゆか……」
親指に抱きつきながら頼みこむ先輩を見ていると、
ちょっとからかってしまいたくなる。ダメだと分かっていても。
先輩の後ろ髪を横へ流して、首の後ろに貼り付けた機械を見る。
1/6、ボタンを押して、液晶に表示された数値を"増やして"いく。
……1/12にするのなら"減らす"の方が合ってるのかもしれない。
数値をセットするだけにして、私はイジワルを言う。
「ほら。機械なら先輩にくっ付いてるんですから、自分でなんとかできませんか?」
「ほら、って、首の後ろなんて見えるわけないじゃん……」

「今朝、先輩と二度寝した時って私どれくらいでしたっけ?」
「ごぶんのいち……」
「私も小さくなった先輩とごろごろしてみたいな、って思うんですけど……。
 どうしても先輩、怖いんですか?」

ううう、と先輩が声をあげた。
「……ゆかゆかは私のこと信じてくれたんだもんね」


「あったかさは思ってた通りだけど、人の身体ってここくらいしかふにふにしてないね」
「もう少しあちこちお肉が付いてたら違ってたかもしれませんね」
「こことか?」
「そこは別にどうでもいいです」

その小ささに慣れてきたのか、吹っ切れたのか、
段々と先輩がいつもの調子を取り戻してきた。
私のお腹の上で仰向けになっている小さな先輩と、いつも通りの四方山話を広げていく。


何時かも分からない深夜。胸の間に違和感を覚えて目が覚めた。
いつの間にか寝てしまったいたらしい。パジャマの上にいたはずの先輩はいなくなっていた。

「……っ、……。……っ……」
パジャマの内側で何かが、たぶん先輩が動いている。
首元を持ち上げて中を見ると、私の胸の谷間で、先輩が一人お楽しみの最中だった。
私のことに気づくとピタッと動きが止まり、おそるおそるこちらを見上げてくる。
「あ、あ……ぁああぁぁ……」
どう反応したらいいのか分からないが、とりあえず聞いてみる。
「お楽しみ中……ですか」

「違うの、違うのゆかゆか、あの、これは」
取り乱す先輩をよく見るとさっきよりも小さくなっていた。
たぶんあの時に設定した1/12になっているのだろう。
これくらいのアクションフィギュアがあったはず。あれは1/12だったのか。
「その、戻れると思ったの、思ったのに」
「更に小さくなっちゃいましたね」
申し訳なさそうに後退りしつつ先輩は続ける。
「小さくなっちゃうし、小さくなってから頭の中がむんむんしていくし、
 でもその、頑張ってガマンしてたんだよ。でも気が付いたら手が動いてて……」

「……で、お楽しみ中だったんですね」
「ごめんなさい……」
今までずっとガマンしていて、タカが外れたのか。
一瞬そう思ったが、もしそうなら先輩のことだ、既にタカが外れてるだろう。

「私のこと、そういう目で?」
「違う、違うの。違う……はず」
先輩のきれいな金髪が、先輩自身の迷いを示すかのように広がっている。
「ゆかゆかのことは好き。でも、こういう好きじゃない」
先輩の顔はまた少しずつ赤くなって、そして切なそうに目が潤んでいく。
「こういうことをする好きじゃない。違うの、違う」
自分自身に言い聞かせるように先輩がうずくまる。
確かに何かおかしい。
……小さくなることに対する反動か、副作用なのか。

「……しましょうか」
先輩の頭上にあるパジャマのボタンを外しながら。
「え……?」
2つ目、3つ目とボタンを外して、ゆるやかな起伏の身体に乗る先輩を見る。
「先輩が私の事そういう目で見てても、そうじゃなくても、正直どうでもいいです」

丸まれば片手に収まりそうな先輩の両脇を掴んで持ち上げる。
「それとも、私とこういうことするの、イヤですか?」
「イヤじゃない、よ……。けど……」
上半身を起こして、先輩を顔の前に持っていく。
今更あちこち隠そうとする先輩の動きがなんだかおもしろい。
「イヤじゃないなら、しましょうか」



03:持ち主


連休の最終日の朝。
妙に身体が重いなぁと思いながら起きると、ピンポン玉より一回り大きな頭が胸元にあった。
微かにピンク色の混ざった白髪が、うつ伏せの小さな身体を隠すように広がり伸びている。
どこからどう見てもIAさんだ。

「おはようございます、ゆかりセンパイ」
四つん這いになったIAさんが、私の顔を覗き込む。
……こうして見ると小ささも相まってネコみたいだ。
といっても、ネコと違って毛皮もなければ服も着ていないし、
更に言えばマキ先輩と違ってあちこち手で隠そうともしていない。

「お、おはようございます。……どうして、ここに?」
IAさんは私の胸元に座りこんで話を続ける。
「この連休にお泊りするって話を聞いて、無理やり予定をあけて来て。
 ……まさか、センパイ達が"コレ"でお楽しみしてたとは思ってなかったですけど」

そう言いながらIAさんは右手の甲に付けた"コレ"を指差した。
無機質な液晶には1/4と表示されている。
たしか、マキ先輩に"コレ"を渡したのはIAさんだったっけ。

「えっと、結局……。"ソレ"、なんなんですか?」
ずっと気になっていた。
身体の好きな所に貼り付けて、大きさを指定して、指を鳴らすだけで
まるで魔法のように身体が大きくなったり小さくなったりする機械。
高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないとは言うけど、こればかりは魔法にしか思えない。

何も言わずにIAさんは立ち上がって、1歩、2歩と後ろへ下がる。
そのままおへその辺りまで行くと、パジャマの下にある私の素肌へと座り込んだ。
パジャマを布団代わりにしているのも相まって、コタツに入っている風に見えなくもない。

そして。
彼女の右手がパチン、と心地よい音を鳴らすと、私の左肩がぶわっ、と熱くなる。
「えっ?」
驚きつつ左肩を見ると、しっかりと"ソレ"が私の肩にも付いていた。
……が、角度のせいか液晶の数字が見えない。

「ど、どうして2つも……」
困惑する私の声にIAさんは何も返してはくれない。
肩から全身へと熱が広がって、目の前のIAさんがどんどん同じくらいになっていく。

自分自身のパジャマに埋もれて、IAさんと同じ1/4になるのかと思いきや、
同じくらいになってもまだ私の身体は小さくなり続けていた。

私の上でぺたんこ座りしていたIAさんの両足はすでに地面に付いていて、
お腹の上に乗っているお尻がぐんぐん重くなっていく。
……いや。小さくなっているのは私だから、"同じ重さに耐えにくくなっている"と言う方が正しい。
IAさんのお尻が私のお腹の上からはみ出た辺りで、IAさんはその場に膝立ちになった。
それでもやっぱり、うっすらと笑顔を浮かべたままIAさんは何も言わない。

まさかこのままずっと小さくなってしまうのかと不安になった辺りで、縮小は止まった。
(後から聞いた話だと、この時の私は1/16にまで小さくなっていたらしい)

ついさっきまではネコみたいに私の身体に座っていたIAさん。
それが今や私の視界の半分を埋め尽くしていて、
電柱より太い2つの足がなめらかな曲線を描き、IAさんの上半身を支えている。

「ゆかりセンパイにとって、弦巻センパイは……何ですか?」
真上からIAさんの声が落ちてきた。
マキ先輩が怖がっていた理由がようやく分かった気がする。
確かにこれは怖い。ビルそのものと会話しているような気分だ。

「と、友達……だと思いますよ」
「……私は……?」
「IAさんも……友達、です」
ぼふん、とIAさんが座り込む。
そのまま膝を閉じれば私の腰を挟みこめそうな位置だった。
私の下半身がまるごとIAさんの足の間に収まっている。

「……。……私とは……してくれますか?」
昨日の夜に見たような切なそうな顔ではなく、少し強張った顔。
下着すら付けていないのに、どこも隠そうとしていないのは
きっとIAさん自身の気持ちも含めて、何もかもを見せているのだろう。


それでも、視線を逸らして、こう言うしかなかった。
「……ごめんなさい」
視界の端に、何も言えないまま口を開いているIAさんが見える。
息の詰まりそうな沈黙の後、震える声がぼろぼろと落ちてきた。
「やっぱり……私は……ダメ、ですか……?」

今にも涙の粒が落ちてきそうな中、勇気を振り絞って立ち上がる。
……立ち上がっても、目線は座っているIAさんの顔より低い。
「ごめんなさい。……怖くて……。
 だからその……する前に……」

1歩、2歩。前へと進んで、正面にあるIAさんの胸の谷間に額を当てる。
「私を……ほぐしてくれませんか」



04:連休の最後


3杯の麦茶をテーブルに置きながら、先輩がつぶやいた。
「結局さ、なんで私にコレくれたの?」
「キッチンスケールのことですか?」
テーブルの上に置かれた、万歩計のような2つの機械。
どうやらキッチンスケールという名前らしい。
……料理用の"はかり"もキッチンスケールだった気がする。

「これって、その気になれば大きくもなれるじゃん。
 私がゴジラみたいに大きくなって、ビルの街にガオー!とか、ありえる話っしょ?」

ガオー!はなくとも、先輩なら悪用しかねない。
というか、何も伝えずに私を縮めるような人に渡さないでほしい。

「だって、マキセンパイに渡せば一番確実にゆかりセンパイを縮めてくれると思ってですね」
……なんていうか、酷い話だ。
表情一つ変えずにIAさんは続ける。
「でも、お楽しみになってたとは思いませんでした」

「……えっと……あれは……気の迷いっていうか……んと……」
すすす、と先輩が後ろに下がって、ぼそぼそ何か言っている。
IAさんは微かに首をかしげて、麦茶を一口飲んで、ああ、と思い出したように話し始めた。
「キッチンスケールは使用料金が必要なのです。
 お金じゃなくて、そういう……性的感情の高ぶりが対価になるのです」

「え、これ、電気とかじゃないんですか?」
そう言いながら、思わず手にとってまじまじと見てしまう。どう見てもただの機械だからだ。

「機械に見えますが、魔術の道具のようなものらしいのです。
 でもおかしいですね、ゆかりセンパイの迷惑にならないよう、事前にたくさん支払っておいたのですが」

「支払っておいたって、IAちゃん……」
何故か体育座りをしている先輩が、聞きづらそうに聞いた。
確かに、"性的感情の高ぶり"を"支払う"となると……。
「やっぱり、1人でするのよりも、2人でする方が支払われる方も嬉しいですかね」