ボードルア



その世界は無限とも思えるほどの広い平原で成り立っていた。 陽の光はあまりにも弱く、
最も高く昇ったときですら夜の闇を完全に打ち払うことはできず、空は昼間でも濃い紫色。
白い陽の周囲だけが淡いオレンジ色に輝いていた。
痩せた大地は豊かな実りなどというものとは一切無縁で、いくつかの生き物だけがかろうじて
わずかなお零れに与っていた。

私たちボードルアもそんな生物の一つ、仲間は広大な大地のあちこちに散らばって生活している。
誰がどこに住んでいるかなんて知らないし、気にもしていない。



私たちは大勢の兄弟とともに生まれた。 親の顔は知らない、生まれるとすぐに私たちは独りで
生きていくことを強いられる。 この世界には母の愛などというものは存在しない。
幼い私たちは迫り来る多くの敵から逃れるため居場所を転々と変えながら生きてきた。
それでも幾度となく敵に襲われある者は敵の糧となり、ある者は力尽きてその短い命の灯を消した。

本当に地獄の日々だった、私の身体に「変化」が起きるまでの間は。



「変化」はある日予告もなく訪れる、子供から大人への変化。 私の身体の中で何かが目覚める。

男の子たちの変化は大したことはない、せいぜい身体が硬く引き締まる程度。 それでも以前の姿よりは
遥かに強そうに見える。 でも私たち女の子の変化は男の子とはレベルが違う、突如として身体全体が
大きくなってゆく。 昨日の私と明日の私では身体の大きさが倍近くも違う、同じくらいの背丈だった
男の子が見る間に小さくなってゆくのに驚きを通り越して感動を覚えるのもこの頃だ。



大きくなるにつれ当然のように力も強くなっていった。
かつて散々私たちを苦しめた敵とも今なら互角に渡り合える。 もうしばらくして私がさらに大きく、
さらに強くなればもはや敵ですらなくなっているだろう。
かつて彼らの目を逃れるため岩肌に隠れるように暮らしていた私が今は彼らにとっての敵。
彼らは私の目から逃れるために物陰に身を潜め、じっと私が通り過ぎるのを待つようになった。
私に見つかれば捕らえられ胃袋に収まってしまう運命が待っている、そう、幼い私の仲間を散々餌にしてきた
彼らが今は私の餌となる番なのだ。

隠れている彼らを見つけると私は逃がさないよう慎重にその周囲をふさぐように立つ。 素早く腕を伸ばし
力づくで取り押さえると自慢の腕力で首をへし折り絶命させる。 小さければ丸呑み、
大きくても二三口で彼らは胃袋に納まってゆく。 死んでいったの仲間の命と共に彼らは私の命の一部となる。
そして私は新たな力を得てさらに大きく強くなってゆく。
そんな日々が続くうち私の身体には再度の「変化」が訪れる、繁殖のための新たなる変化が。



それまでは平らだった胸元にできた微かな膨らみ、巨大な私の身体の中で不相応に小さかった乳房が
急速にその大きさを増してゆく。 昨日までは手のひらに収まるくらいだった乳房が今日は収まらない、
明日には溢れるくらいになっているはずだ。 身体が大きくなる以上のスピードで成長を続ける乳房は
瞬く間に巨大な山となり 。壮大な谷間を形成する。
日に日に成長を続けた乳房はやがて先端の桜色の突起から白色の乳汁を出すようになる、その甘い香りは
風に乗ってこの大地のどこかにいる男の子の元に届くだろう。 私の繁殖期の始まりだ。



繁殖期が始まると私は男の子が私を見つけ易いように大地に横たわることの方が多くなる。
日が沈みあたりが夜の闇に閉ざされる頃、私の乳汁の香りを嗅ぎ付けた男の子たちがやってくる。
彼らの大きさは私が最初の変化を起こしたときとほとんど変わらない、私の指先ほどの大きさの
男の子が二人三人と暗がりの中その数を増してゆく。 彼らの目当ては私の乳房、
寝ている私の乳房を目指し生き残りレースを繰り広げる。 真っ先に乳房にたどり着き
乳首に吸い付いた者だけが生き残る残酷なレース。

男の子から見れば女の私は怪物のような存在、何百倍もの体格差はとても同じ種族には思えない。
私の指先ほどしかない彼らにとって私の身体は聳え立つ山脈、身体によじ登るだけでも大冒険のはず。
ある者は腕の先から肩口を目指し、またある者は髪の毛をロープ代わりにしてゴールを目指していた。
二つしかない私の乳房をめぐって揺れる乳首の上で最後の争い、すでに私の身体の周りには滑落して
動かなくなった男の子が何人もいた。

乳首に吸い付き身体を吸盤状にしてしがみついた二人の勝利者が決まったのは夜明け寸前、
勝利の美酒に酔うことのできなかった者たちは先を争ってこの場を離れてゆく。 夜が明けて
私が目覚めれば小さな彼らは私の身動き一つで遠くまで放り出され、あるいは巨大な身体の
下敷きになってしまうから。

目覚めた私は両の乳首に吸い付いている小さな恋人の姿を認めて満足する、もう私は
一人ぼっちではない。 今日からは決して離れることのない絆で結ばれた二人とあわせ、
三人一緒に生きていくのだ。

私は周囲に散らばっている落伍者たちの亡骸を拾い集め、弔うように胃袋に収める。 彼らは
私の糧となり乳汁となり恋人たちの糧となる。 私の豊満な乳房は子供のためではなく、恋人のために
あるのだ。 彼らは私の乳汁を飲み男として成熟してゆく、いつの日か私に子種を授けてくれるその日まで。


これが遥かなる太古から続いてきた私たちの種族の物語、美しく悲しいボードルアの物語。










fin