3日目

目覚めが早い。腕時計を見ると、まだ5時半だった。
夢の中で、元の世界の夢を見た。
枕に顔を埋めた。

(俺ここでなにやってんだろ…)

確か、俺がここにきたのは日曜日だったから、もう2日ほど無断欠勤したことになる。
残り時間はあと5日。仮に早く実験を終わらせたとして、戻るのには少し時間がかかると言っていた。
早く戻らないとクビだなこりゃ…。

ていうかクビを心配するより、命の心配もしないとな。
今は彼女なりの譲歩があるとはいえ、実験が期限までに出来なければ俺の自我を消すために強行手段に出るだろう…。実際かなり追い詰められている。

(はーもう信頼って何…。とりあえず今日その実験とやらをやってみるか…)

布団の中でそんなことを考えていると、彼女の声が聞こえた。

「おはよう」

「おはようございます」

「今日は起きれたみたいね」

「ところでご主人様、今日例の実験をやってみませんか」

「は?」

「早い方がいいんですよね?」

「いいけど…あなた私のこと信頼してるの?」

「はい」

「そ、そう…分かった。やりましょう」





彼から実験を提案してくるのは驚いた。といっても私としても早く終わらせてしまいたい。
朝食を取り終えて、実験に移った。

「それじゃあここに寝て。手足縛るね」

「ちょっと待ってください」

「なに?」

「しばる必要性が…?」

「信頼してるんでしょ?」

少し意地悪だっただろうか。彼は(確かにそうだけど、納得行かない)って顔をして、私の言うとおりにした。

「あの、ほんとに何も無いんですよね?」

「たぶんね~」

「ええ!?」

「ねぇ、本当に信頼してるんだよね?なんでそんな事を聞くの?」

「すいません…」

これは失敗する…多分。
でも、とりあえず一回やってみないと、どんな感じなのかも分からない。
私の方も彼のような知的生物に行うのは初めてだ。

といっても私が不安な顔をすれば彼に伝わってしまう。平常心…平常心

「それじゃ始めるわ」

小人の意識を奪うために、魔法の一種を使う。
しかし光や音はでない。とても地味なものだ。小人の意識に入り込んで、神経を操作する。

出力を強め過ぎず、弱め過ぎず。
小人に違和感を与えないように神経を操作出来なければいけない。

「う゛っ…」

え?

「おえぇえ」

小人が吐いた。

どういうこと…小人の様子を見ながら出力を上げた。上げすぎたということはないはず…。
それよりも早くうつぶせにしないと、吐瀉物が喉に詰まって死んでしまう。

「はぁっはぁっ…う…」

「大丈夫?」

「うぅ…あい…」

小人は四つん這いになって、肩で息をしながら返事をした。

(なにをしてるんだ私は…完璧に失敗した)

「…」

ごめんね、と言いかけて止めた。

「大丈夫、少し出力が強くしてしまっただけだから…」

私がそう言うと、落ち着いた小人が私を見上げた。
怯えたような、全てを諦めたような目をしていた。
私に対しての期待が、一切なくなってしまった。
私が今まで見てきた恐怖に取り憑かれた目とは違う。
小人の目から光が消えてしまった。

このままだと駄目だ…。今の状態を立て直すには、私がもっと近づかないと。
今日はこのまま終わっても、このまま実験を続けていけば、心が壊れてしまう。
でも、今の関係性では…。所有物という、条件のままでは…。

「ごめんなさいご主人様、俺の努力不足です。だから、もう少し時間をください…。初日みたいな扱われ方は嫌なんです…どうか」

小人が、テーブルに置いた私の手にすがりつくようにしていった。

(違う…。この小人はこんなんじゃなかった。言葉では従っているように見せて、もっとしたたかな…)

「ねぇ…ほんと大丈夫?おかしいよ?」

"彼"を手で掴んだ。小さく震えながら、私の目を見つめている。
いじめられた犬のような…。もう、一切逆らわない、と目が訴えていた。

「君…、ごめんね。ほんとにごめん。怖かったよね。今回の実験だけじゃなくて、状況も全部…。でも大丈夫…大丈夫だから」

彼をそっと持ち上げて、胸に抱いた。彼は小さすぎて、私の谷間に埋まってしまう。
谷間の間から、ちょこんと頭だけをだしている。
彼を潰さないように、優しく包みながら、抱きしめた。

「ごめんね…ほんとごめん。もうやめましょう。所有物とか、実験動物とか。元の世界に返してあげる…。ね?」

彼が、堰を切ったように泣き出した。私の胸に顔をうずめながら。
なぜか私の頬にも涙が一筋落ちた。

最初は、ただの実験動物だと思っていた彼が、たった数日で、私の心を動かす生物になっていた。小さいながらに、懸命に私の圧力にも耐えて、必死で抵抗して活路を開こうとする姿に、ただの実験動物以上の感情を抱いたのかもしれない。

「君、名前は…?」

「…」

ふと見ると、彼は私の胸の中で眠っていた。とても安心した表情だ。
さっきまでの冷たい後悔の感情の中に、喜びの感情がぱっと広がって、暖かくなった。

(彼は元の世界に帰そう。時間はかかるけれど…)

そう、決意した。