何度かの秘密の作戦会議を経て、ついに姉さん尾行作戦の決行日がやってきた。
……瑞樹さんの経験上、かなりの確率で姉さんに気付かれるらしいので、尾行というよりは追跡になるらしいけど。
だから、私の役目は姉さんを追いかけることじゃなくて、皆を魔術でサポートすることだ。
町中の様子を地図にして、皆にそのイメージを伝える。ちょうど、ゲームとかに出てくるレーダーのような感じで、皆と姉さんの位置関係を教えることになる。
ちなみに、ソフィアもサポート役だ。私はソフィアの服の胸ポケットにでも入って、いっしょに行動することになる。
追跡役は、彬君、耕介君、アトリ、瑞樹さん。
最初のうちは一緒に行動して、出来る限り尾行しながら、気付かれたら散開して各個に追跡開始……という流れ。
……とりあえず、できることはやったと思う。
後は、姉さんの秘密まで辿り着けるように、頑張るだけだ——。
小さな私の、大きな世界 第六話(美希ルート) 『未来に、負けない想い』
「こちらA、目標はまっすぐに移動中。オーバー」
「軍隊じゃないしそもそも普通に会話してるんだからオーバー要らないんじゃね?」
「気分の問題ですにゃー、耕介は浪漫ってのを分かってないねー」
「いや男の浪漫ならいつでも頭に詰め込んで、ぐふぉ!?」
「貴方達、静かになさい! 気付かれてしまいますわよ」
小声で話し合いながら、姉さんの背中を追いかける。……耕介君が殴られた音も、なんとか姉さんに届かなかったようだ。
今は、あまり来たことがない住宅街を歩いている。電車に乗ったりはしないみたいだけど、けっこう距離があるようだ。
一応、悪いことをしているはずなんだけど……皆の雰囲気がいつもと同じで、なんだか安心する。
「……いつもなら、この辺りで気付かれて一気に駆け出しますの。気を引き締めていきましょう」
「了解。オーバー」
「だからオーバーは必要な……」
耕介君がツッコミかけた、その時だった。
姉さんが突然、後ろを振り返り……私達の姿を、視界に捉えた。そして、一気にとんでもない速度で駆け出す。
「——各自、散開!」
いきなり発見されたけれど、皆の対応は素早かった。
瑞樹さんの号令を合図に、追跡役の皆が姉さんの周囲を囲むように移動し始める。
そして、私とソフィアはそれぞれ魔術の詠唱を始めて——。
「油断大敵、ねっ」
それを遮るように。
姉さんが急にこっちへ方向転換したかと思うと、私は姉さんの手に捕らえられていた。
「……えっ?」
「み、美希さん……!?」
「じゃあね、ソフィアちゃん。皆によろしくー」
なんだか楽しそうにそう言うと、姉さんは私を優しく胸ポケットに入れて、思いっきりジャンプした。
「——きゃあああああああ!?」
ものすごい浮遊感。
……空を飛ぶのには慣れているけど、自分でやるのと他人にされるのとでは全然違うなぁ、なんて他人事みたいに考えているうちに、いつの間にか姉さんは近くの家の屋根に飛び乗っていて、そこを走っていた。
次の家の屋根へとジャンプしながら、姉さんは私に言う。
「ねえ、雪音。私のお師匠さんに会いたい……というか、私の秘密が知りたい、のよね?」
「え、ええっ? ね、姉さんなんで知って……」
すっかり動揺してしまう私に、姉さんは指を軽く唇に触れさせたりなんかして。
「お姉さんは何でも知っているものなんだよ」
自信満々に、そんなことを言っていた。
○
しばらく走ったり飛んだりを繰り返していたけど、やがて「そろそろ降りるね」と一声かけてから、姉さんは地面に向かって飛び降りていた。
どうやら、目的地……お師匠さんの家に到着したようだ。
目の前には、大きな和風の門。ここからじゃ見えないけど、中には立派なお屋敷が建っているのだろう。
大きいなぁ、とのんびり見上げていると、急に視点ががくっと下がった。姉さんが尻餅をついたようだ。
「だ、大丈夫、お姉ちゃん?」
「平気よ。ちょーっと疲れただけだから……よいしょ、っと」
すぐに呼吸を整えて、立ち上がる姉さん。
簡単に説明してもらったところ、どうやら先程まではお師匠さんに習った術で、一時的に身体能力を強化していたらしい。
あまり長時間連続しては使えないのと、使用後に疲労するため、普段は使わないようだ。
魔術……というより気術とでも言うのか、魔力ではなく生命力を使う術で、習得が難しいけど修練と才能次第で、魔力の弱い人間でも強力な術が使えるとのこと。
この場合の生命力は寿命とは違い体力のようなもので、しばらくすれば回復するから心配いらない、とも言っていた。
そして……そんな疲れる技を使ってまで、私と皆を引き離したのは、二人だけで話したいことがあるから、だそうだ。
「雪音は、なんで私の秘密を知りたかったの?」
「え、えっと……その」
姉さんが好きだから、と正直に答えるのはやっぱり恥ずかしくて、言い淀む。
けど、姉さんは私を真正面から見つめて、答えを求めてくる。
問い詰めるようなことは言わない。私の腹を探るようなことも言わないし、何か悪いことをしているのか、と疑ってくるわけでもない。
ただ——その理由は悪いものじゃないって信じているから、というように。
信頼に満ちた目で、黙って答えを待ち続けてくれている。
「——すぅ、はあ…………」
そっと、深呼吸。
断られたらどうしよう、とか。距離を置かれたら嫌だな、とか。
不安はまだまだ心に残っているけど。正直、もう少し心の準備がしたいけど——。
「姉さん、あ、あのね……」
ここで逃げたら、私は一生、この気持ちを告げられずにいる気がするから。
「私——姉さんのことが、大好き」
精一杯の勇気を振り絞って、想いを告げた。
「姉妹として以上に……その、恋人になりたいなってぐらい、大好き。
だから……姉さんのことがもっと知りたくて、悪いことをしてでも、って思うぐらい知りたくて……だから、その……」
言っているうちに、せっかくの勇気が萎んできてしまって。
もっと、ちゃんと言わないとって思うんだけど、何を言っていいのか分からなくなる。
けど、好きだってことだけは、言えた。
「……雪音」
姉さんは、少し考えるようにして目を瞑って——姉さんの想いを、語りだした。
「私は人間で、雪音は妖精。
……その違いはきっと、今、全力で想像しても足りないぐらいに、過酷なものとして降りかかってくる。
一度、恋人って関係になっちゃったら……私は、自分を抑えられなくなると思う。
雪音に、わがままで自分勝手なお願いとかもするかもしれない。
もしも、雪音が私より先に死んだりしたら、私は気が狂うと思う。今でさえそんなことになったら耐えられないのに、恋人になった後なら、自殺とかするかもしれない。
そういうことを全部、乗り越えられても……今度は、寿命が違う。寿命を全うするなら……どんなに頑張っても私は、雪音より長生きは、できない。
そして、その全てを覚悟しても、性別が同じである以上、子供を産んで、家庭を築いていくことはできない——」
それはきっと、姉さんが何度も考えてきたことなんだろう。
——ニュースで、妖精の悲惨な死に方というものを何度か見たことがある。
自動車とか機械に巻き込まれたり、人間の子供にいたずら感覚で襲われたり、動物に餌として扱われたり——。
妖精が寿命を全うできる確率は、けっして高くはないだろう。寿命まで生きたとしても、今度は姉さんが先に死んでしまっている。
きっと、すごく辛いと思う。姉さんも、私も、色々なことに向き合っていかないといけないと思う。
だけど、
「それでも……雪音は、私を選んでくれるの?」
「——うん」
即答する。
それが——
「私の覚悟は、甘いかもしれないけど……想像以上に、苦しいことがあるかもしれないけど……。
それでも、私は……姉さんのことが、大好きだよ」
——恥ずかしさでも、迷いでも、やがてくるかもしれない未来の過酷でも止められないぐらいに強い、私の本心だから。
そっか、と。姉さんはすっきりしたような顔で。
「私も大好きだよ、雪音……これからは恋人としても、よろしくね」
私の告白に、待ち望んでいた答えをくれた。
——その後、既に追いついて、隠れてこっそり盗み聞きしていた皆と合流して。
「おめでとうございますわ(……まあ、実を言うと複雑な気分なのですけども)」
「おめでとう。こういう場合、なんかプレゼントでも贈った方がいいのかな?」
「おっめでとー! そんで、披露宴はいつ? 結婚式は和装、それとも洋装?」
「さ、さすがに気が早すぎるのでは……?」
「ちくしょー! 俺の嫁候補が二人まとめて……くぅぅ! 幸せになってください!」
「はいはい妄想妄想」
「ちょ、俺の扱いひどくね!? いやまあ激しくツッコまれるのもきついんだけどさぁ!?」
皆、それぞれの言葉で祝福してくれて……。
恥ずかしいけど、幸せな気持ちのまま、姉さんの師匠がいるという屋敷の中へ、皆といっしょに入ることになった。
○
門からしばらくは花々や芝生の広がる和風の庭が続き、程なくして玄関に着く。
インターホンを鳴らすと、落ち着いた感じの女性の声が応答した。
『いらっしゃい……おや、今日は連れがいるようだね?』
「はい。妹と、友達です……いっしょに中に入ってもいいですか?」
『ああ、歓迎するよ。では、いま鍵を開けるから待っててね……』
そんなに待つこともなく、がちゃん、と音がして、扉が開けられる。
中から出てきたのは……なんというか、優しそうで、美人だった。
腰近くまであるだろうか、という長い黒髪は、日光を浴びてきらきらと輝いているように見えた。
桜色の着物もよく似合っていて……大和撫子、という言葉が頭に浮かんだ。
「改めまして……こんにちは、美希ちゃん。
そして初めまして、可愛いお客さん達。私の名前は神崎彩花(あやか)です、よろしくね」
そう言って、姉さんの師匠——神崎さんは、柔らかな微笑みを浮かべた。