ほのぼの。

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 〜 クリスマスは小春日和 〜

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鳥鳴く朝。
広大な土地に佇む屋敷の前にて秋斗は伸びをしていた。
天気の良い朝と言うのは言葉無く気持ちが良い。
まるでこの青い空の如く心が晴れ渡るようだ。
振り返ればそこには屋敷。
あれからすぐに建て直しを始め、やっと完成したのだ。
しかし利用するのは秋斗一人なので中には最低限の家具しかなく豪奢な概観とは裏腹に中は割と簡素なものだった。まぁそれはいい。
屋敷を見上げる視線を更に上へと移すとまるで屋敷を抱き込むようにして眠る小春の姿がある。
すやすやと気持ちよさそうだ。ただ小春の流すよだれが雨の様に屋根から滴っているのが気になる。
この屋敷は小春の希望の洋館風の外観と、直撃でなければミサイルの爆発にも耐えるという並々ならぬ強度を備え、今の様に小春がもたれかかってもびくともしない。小春が本気で壊そうと思えばその限りではないだろうが。

小春はいつの間にか街を破壊した時の大きさから元の穴の中で暮らしていた頃の大きさに戻っていた。
力尽きたのか張り詰めていたものが解けたのか、まるであの時の小春の感情に反応して大きくなっていたみたいに。
とにかくこれで元通りと穴倉生活を再開しようとしたら、小春が兄にはちゃんとした家に住んでほしいと言った。
どうやら一連の事件で小春の中にも自信…というか得るものがあったらしく以前みたいにベッタリではなくなった。
秋斗に否定されなかった事が小春の自立に繋がったようだ。
…とは言ってもそれは程度の話。
屋敷が完成し秋斗がそちらに住む様になったら小春は穴倉の中ではなく秋斗のいる屋敷を抱えて眠るようになってしまった。
寂しいのはわかるがそれでは屋敷を立てろと言ったのは何だったのか。
故に秋斗は毎晩小春によりかかられミシミシと音を立てる屋敷の中で眠っている。
壊れることはないとわかっているがいつか潰されてしまわないだろうかとヒヤヒヤしない夜はない。

「やれやれ、まるでドールハウスを抱えた眠り姫の様な寝顔だな。弟だけど」

ふぅと苦笑した秋斗は屋根から降り注ぐよだれの雨を潜り抜けて屋敷へと戻った。








 チン!

トースターから焼けたパンが飛び出す。
秋斗は朝食を取っていた。
こんがりトーストをかじりコーヒーをすすりテレビを見る。
そして突然ぐらりと屋敷が揺れたあと地鳴りのようなうめき声が辺りに響いた。

「う、う〜ん…」

小春が起きたのか。
秋斗はコーヒーのカップをテーブルに置いた。
同時に部屋が暗くなり始め、見てみると窓が何かで覆われていっていた。
何の事はない。
起きた小春が部屋を覗き込もうとしているのだ。
やがて窓よりも大きな小春の眠たげな目が現れた。

「おはよう、お兄ちゃん」

小春の声に窓がビリビリと震える。
立ち上がった秋斗は窓を開けて顔を出した。

「おはようさん、よく眠れたか?」
「うん」
「じゃあ顔洗ってこいよ。ミルク入れといてやるから」

立ち上がる小春。
するとこの屋敷など小春の膝程度の高さでしかない。
屋敷の大半が小春の作る影に入ってしまった。
くるりと踵を返した小春は地響きを立てながら湖へと走っていった。


戻ってきた小春は大量のミルクが入ったドラム缶のようなコップに口を付けた。

「んく…んく…はぁ、おいしいー」
「そりゃよかった」
「うん。お兄ちゃんも飲む?」

二階のバルコニーから顔を出していた秋斗に手に持っているカップを近づける小春。

「いいよ、落ちたら溺れるから」

秋斗は笑いながら首を振った。
小春も笑って、差し出していたコップを手元に戻すと再びそれに口を付けた。
小春を見上げていた視線を空へと移し太陽を見上げる秋斗。
寒空の中、変わらず爛々と輝く太陽は真夏のそれと違って暖かく優しい光で世界を照らしていた。

「もう12月か、早いもんだ…」
「そうだねぇ…」

秋斗に習って太陽を見上げた小春はそのまぶしさに目を細めた。

「いったいいつになったらお前は元に戻るんだろうなぁ」
「うん…でも僕は今のままでもいいよ? お兄ちゃんと一緒にいられれば」
「でもやっぱり普通じゃないからな。いつなにがあるかもわからないし」
「…」

小さいため息と大きいため息が同時に漏れる。
二人の間を冷たい風が吹きぬけていった。
ぶんぶんと頭を振って秋斗は言った。

「悪い、変な空気になっちゃったな。こんな事言ったってどうにもならないのに」
「お兄ちゃん…いつも僕の事心配してくれてありがとうね」
「いいんだよ、兄なんだから当然だろ。…そういえば今日はクリスマスだな」
「あ、もうそんな季節なんだ」

バルコニーから部屋に戻った秋斗はテレビをつけた。
何度かチャンネルを変えるとやがてクリスマス特集を映し出す。
どんなケーキが売れているだのデートスポットはどこだの幸せな情報が満載だった。
そのまま秋斗はソファーに腰を降ろし、小春は窓からテレビを覗き込んだ。
画面の中では赤い服を着て白い髭を蓄えた格好をした人が通りすがりの人にケーキの宣伝をしている。

「サンタさんかぁ…」

覗き込む小春の目はキラキラと輝いていた。
秋斗は小春の目の方を振り返り言う。

「そうだ、今年はサンタに何をお願いするんだ?」
「え? お願い? う〜ん…」

頬の人差し指を当てて考える小春。
だが数秒後に首を振った。

「ううん、今年は何もお願いしないよ」
「へ? プレゼントいらないのか?」
「うん、僕はもう欲しいものないの」

顔を赤らめながら言う小春だった。
その小春の仕草には秋斗も苦笑してしまう。

「はは、やれやれまったく…」

笑いながら向き直ったテレビでは今度はクリスマスツリーの話題を展開していた。
商店街などではいたるところにツリーが設置されているとのことだ。
映し出されたツリーはどれもキレイに飾り付けられキラキラと輝いている。

「キレイ…」

秋斗にも聞こえない位に小さな声で呟く。
画面は次々と色々なツリーを映し出していく。
そして最後、画面に特大のツリーが映し出された。
ビルの間に聳え立つ超巨大なツリー。
キャスターの話に寄れば30m近くの高さがあるそうだ。

「30mか。そりゃでかいな」
「30mってどのくらいなの?」
「ん? んー…今のお前の胸くらいの高さかな……こういうとあまり大きくないかも」
「そっかー」
「へぇ、このツリー近くの街にあるのか。こりゃ込むな、早めに買い物行かないと」
「近くの街?」
「駅二つ三つってところだ。今日の買い物するつもりだったのに、別のとこに買出し行くか」
「そっか…」

そのときテレビの画面を見ていた秋斗は小春の瞳に小さな覚悟が宿ったことに気付かなかった。

「じゃあ行って来るよ。早く帰ってくるつもりだけど、何か欲しいものあるか?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そっか」







夕刻。
小春はいつもの様に腰巻一枚で家を背もたれにして眠っていた。
真冬の寒空の下であっても寒くは無い。快適な昼寝だった。
そのときである。

 プルルルル

電話が鳴り小春は目を覚ました。
例の洞窟内にあった小春専用の電話は親機。そして屋敷の横に立てられた特大の小屋(小屋?)の中には子機が仕舞われてる。
その小屋の中で電話がなっている。
小春は小屋の屋根をひょいと持ち上げ、中にあった電話の通話のボダンを押す。

「もしもし、お兄ちゃん?」
『ああ。スマン小春、早めに帰るはずだったんだけど学校の連中に見つかっちゃって…』
『おい次の店行くぞ秋斗! ひとりもんはこういうときに親友のありがたさを噛み締め合うのだ!』
『やかましい! …そういうわけだからさ、もう少しだけ帰るの遅くなるよ。本当にスマン』

電話の向こうで謝る兄の顔が浮かぶ。
残念だ、と思いかけたところで閃く。

「…ううん、僕は大丈夫だよ。お兄ちゃんはお友達と楽しんできて」
『小春…』
「ぼくもね、ちょっとやりたいことがあるの。だから大丈夫、気にしないで」
『……そっか、ありがとうな。色々お土産買って帰るからな』
「うん、楽しみにしてるよ」

 プツ

そして兄との電話は切れた。

「…よし」

子機を小屋の中に仕舞った小春は立ち上がって夕闇の中を歩き出した。







はやる気持ちを抑えつつも急ぎ足で歩く小春。
兄が帰ってくる前には戻らないと。
その気持ちに後押しされてか小春の身体は大きくなってゆく。
ズン! 地面に大きな足跡が残される。
約23m。
つまりは100倍の大きさだ。

 ズシン! ズシン!

すでに街の郊外付近まで来ているので周辺には民家がちらほら見える。
だが時は夜なので出歩いている者は少ない。
姿を見られる心配もそこまでないはずだ。
夜目の利く小春はどこに何があるかも分かるから踏んだり蹴ったりすることも無いだろう。
と言いつつも1度見落としてうっかり民家の真横に足を踏み下ろしてしまいその民家のすべての窓ガラスとそこに止まっていた車を壊してしまったのは失敗だった。

「えーっと…駅を二つ三つ…」

テテテテと夜の郊外を駆け抜けながら兄の言っていた事を思い出す。
そろそろだろうか。
見れば前の方の空が明るい。
街の明かりだ。

街に近づいてよく見てみる。
あの時テレビに映った街並みと似ている気もする。
きっとここだろう。
小春は街の中に踏み入った。

郊外は道もそれなりに広いが街中は家や車でごちゃごちゃしていて歩きづらい。
特に小春の存在に気付いて逃げ出した人々が道の上にごった返しているのが一番面倒だ。

「邪魔だなぁ…」

だがかつてとは違い今は平静を保っているので彼等を踏み潰しながら歩こうとは思わない。
足を上げ、彼等の上にかざす。
するとそこにいた人々は大慌てでそこからいなくなりそこに空間が出来るのでそこに足を踏み降ろす。
これなら彼等を踏んでしまう事はないだろう。
降ろされた足はメリメリとアスファルトに沈んでゆく。
人々は目の前に下ろされた巨大な足と彼等の身長ほどもある巨大な指に恐怖した。

それを繰り返し一歩一歩前に進んでゆく小春。
ゆっくりとしか進めないがそれはしょうがない。
やっと商店街らしきところを抜けて道も少しは広くなった。
同時に周囲には低層のビルが現れ始める。
跨ぐのは簡単だがビルの中からいつまでも人が逃げ出してくるのが嫌だ。

車や人々を跨ぎながら歩いているとなんと車が渋滞していた。
車で逃げようとする人々が交差点でぶつかり合い4車線それぞれの道が機能停止してしまったのだ。
流石にこの大量の車を跨ぐ事は出来ない。
更に運転手は車を乗り捨てて逃げてしまうのでもう車は動かない。

「もう」

小春は乗り捨てられた車を持ち上げて反対車線へと移す。
もう持ち主もいないのだからこのまま踏み潰してしまってもいいかもとも思うがそれも躊躇われた。
一台一台すべての車を移してゆく。
何台かは力を込めすぎて変形してしまったり窓ガラスがバリッと割れてしまったりしたがそれはもう乗り捨てたのが悪いと割り切ってもらうしかない。
車をどけ終えた小春は更に街の奥へと進んでゆく。

段々と乱立するビルも背の高いものになってきた。
小春の身長140mに匹敵するものもあった。
テレビだとツリーの周りには大きなビルがいくつか映っていた気がする。
そろそろかな。
と、そのときだった。

 パン! パン!

胸の当たりで何かが爆ぜた。
その閃光が一瞬街の明かりを塗りつぶして周囲を紅く染め上げる。

「?」

キョロキョロと辺りを見渡してみると近くの道路に数両の戦車が見えた。
それぞれの砲門がこちらを向いている。
気付けば後ろにも戦車が来ていた。
囲まれているということになる。
でも実際、今砲弾を食らったのだろうが痛くは無かったし足の踏み場が無いほどの数がいるわけでも無いので無視しても良いだろう。
小春は前方に展開していた戦車達を跨いで通り越した。
それからというもの小春の背中には砲弾が命中し続けていたが小春は気にしなかった。

次の大きなビルの交差点を横に曲がったところで、あの高さ30mのツリーが目に入った。

「あ。あった!」

無数のイルミネーションに彩られキラキラと輝いている。
まるで宝石で飾り付けられているように。
そしてそれを見つけた瞬間小春の目も同じ様に輝きだした。
嬉しさのあまりツリー目指して走り出す。

 ズン! ズン! ズン! ズン!

一歩一歩が小春の全体重を乗せて地面へと踏み降ろされるとアスファルトをぶち抜き周囲にコンクリート片をばら撒く。
衝撃で近くのビルの1階部分は粉砕。
振動は窓ガラスを吹き飛ばした。
ツリー周辺は公園になっていて多くの人々が避難していたが彼等は小春の起こした振動で何度も地面から放り出されていた。
そしてもう少しでツリーにたどり着くというときだった。
手前の交差点でビルの陰から飛び出してきた車に小春はとっさに足を止めることが出来なかった。
右から飛び出してきた車の横っ面を思い切り蹴飛ばしてしまったのだ。
長さ23m幅7mがぶつかればたかだが5mの車などひとたまりも無い。
車は左から突っ込んできた太さ1mほどもある巨大な足の小指にフロント部分を蹴飛ばされ駒の様に回転しながら近くのビルに突っ込んだ。

「わわ、大変だ!」

小春は慌ててビルから車を拾い上げる。
車のフロント部分、エンジン部分は大きく拉げそこはもう車としての形を成していなかった。
既にフロントガラスの無くなった窓から中を覗き込んで見るも良く見えなかったので、手の指の爪を窓に引っ掛け車の屋根をぺろりと剥がし中を覗き見た。
運転席では男性がエアバックと座席の間で鼻血を流して目を回していた。
小さくて良く見えないが鼻血以外に流血は見られ無い。
骨折などもしているかもしれないが、それは小春には判別できなかった。
車を手に乗せオロオロしていると再び背中に戦車の弾幕が浴びせられた。

「もう、車の人に当たったらどうするの!」

振り返って戦車との間合いを詰めた小春はそれに向かって車を乗せていない方の手を伸ばす。
巨大な手の接近に後退する戦車だが間に合わず捕まってしまった。
小春はちょっと手を乗せると戦車は動けなくなった。
キャタピラだけが甲高い音を立ててアスファルトを削っている。

 ぎゅ

ちょっとだけ乗せている手に力を入れてみた。
すると戦車は煙を噴いて動かなくなってしまった。
潰してしまったかと思って暫く待ってみるとやがて中から乗員が現れて慌てて逃げていった。

「よかった」

ほっと一息。
だが砲弾は次々と先程よりも大量に飛んでくる。
少し力を込めるだけでも変形してしまうか弱い戦車だ。
下手な事をすれば中の人を潰してしまうかもしれない。
なので小春は次の戦車には指を伸ばしその砲身をくにゅっと曲げてしまった。
これでもう戦車は弾を撃てない。
砲身を曲げられてしまった戦車は他になすすべがないのか悪あがきなのか後退しながらその砲身を左右に振っていた。
戦車無力化の答えを得られた小春の行動は素早く、あっという間にすべての戦車の砲身が曲げられた。
これで戦車からの攻撃はもう無いと思ったときの事だった。
なんとひとりの兵が小春の足元からアサルトライフルを撃ってきたのだ。
今の小春は膝を折り曲げてしゃがみこんでおり、小春からは自分の膝の間から小さな小さな小人が銃を乱射しているのが見えた。

「まだわかってくれないの?」

小春は空いている手の人差し指を伸ばしその兵士をアスファルトに押し倒す。
ほとんど身長と同じ太さの指に押し倒されては人間などどうする事も出来ない。

「当たったらあぶないでしょ」

グリグリと指を押し付ける。
小人の兵は苦悶の表情を浮かべていた。
するとまた何人もの小人の兵が現れ小春を撃ち始めたのだ。

「もう! わからずやなんだから!」

立ち上がった小春は片足を持ち上げるとかたまっていた数人の上に踏み降ろした。
小人たちは指の下に捕らえられる。
身長よりも長い指だ。
それが物凄い力でのしかかってくる。
が、それでもどうやら手加減しているらしい。
もしも本気なら我々の命がとうに失せている事は考えるまでもなかった。
小人達は指の関節の下に捕らえられていた。
なので外からは指の下に捕らえられた小人達の姿は見えない。

「もうわかったでしょ! おじさんたちじゃ僕には勝てないの! わかってくれなかったら…」

 バコッ!

突如、自分達に覆いかぶさっている巨大な指の先がアスファルトにめり込んだ。
指に体重がかけられたのだ。
これ以上かけられたら…。
小人達はガタガタ震えた。

だがそれ以上指に力が込められる事はなく、逆にすぐに彼等を解放した。
自由になった小人達は慌ててその場から逃げ出した。
そんな小人達を小春が呼び止めた。

「あ、待って!」

 ビク!

全員が緊張したまま振り返った。
すると目の前にボロボロになった車が下ろされた。

「さっき僕が蹴っちゃったの。怪我してるかも知れないから病院に連れて行ってあげて」

小人達は顔を見合わせたが自分達を見下ろす巨大な笑顔を見て慌てて運転手の救助にあたった。
またさっきのような目に合うのはゴメンだったからだ。

「ありがとう。じゃあお願いね」

救助を開始した小人達を見た小春は彼等に背を向けツリーに向かって歩き出した。



ようやくツリーの近くまで来ることができた小春。
まだ公園は人でごった返していたが小春が進入すると慌てて逃げ出していった。
ツリーの目の前まで行きそれを見下ろす。
高さ30mだが100倍の今の小春からすれば30㎝ほどの小さな木だ。

「やっぱりキレイ…。うん、これをお兄ちゃんへのクリスマスプレゼントにしよう」

ツリーの前に跪いた小春はツリーから伸びる電飾を指で絡め取っていった。
その所為でツリーの明りは消えてしまうがコンセントを指しなおせばまた光ることは分かってる。
ついでとばかりに公園中のイルミネーションも巻き取った。
そしてツリーは根元の地面ごとごっそりと掘り起こす。
それらを抱え上げた小春は足元に転がる人々に笑顔で言った。

「じゃあね。キレイなツリーをありがとう。メリークリスマス♪」

そして小春は来た道を引き返していった。
あとに残されたのはクリスマスムードから一転、明り一つ無い寒々しい公園と呆けた人々だった。







家にて。

「「かんぱ〜い」」

バルコニーの上で秋斗はシャンパンの入ったグラスを、小春はミルクの入ったコップを掲げた。
月明かりが二人を照らし出す。

「ぷはぁ! しかしお前もよくこんな凄いの用意できたな」

秋斗の視線の先にはキラキラと輝く巨大なツリー。
かつてよりもピカピカと明滅する電飾がはるかに増えているが。

「えへへ、お兄ちゃん嬉しい?」
「ああ、最高のプレゼントだよ」
「あは、喜んでもらえてよかった」
「ふぅ…、こりゃ俺のプレゼントは位負けしちゃうかな」
「え? プレゼントあるの?」

小春の瞳が横にあるツリーにも負けないくらいキラキラと輝く。
秋斗は苦笑してしまった。

「ああ。でもお前のプレゼントみたいにすごいものじゃないぞ」
「ううん、嬉しいよ!」
「そっか。じゃあ今から取りに行くか。森の端に置いてあるんだ」

それを聞くや否や小春は秋斗を抱えて走り出していた。

 ズドドドドド!

夜の闇を失踪する小春。
木をなぎ払おうが岩を蹴飛ばそうが物ともしない。

「お、あれだ」

秋斗が指を指した先、森の木々の向こうにデンと大きなものが鎮座していた。
包装されている。しかしその大きさは木よりも大きい。
小春から見ても一抱えはある大きさだ。

「これ? お兄ちゃん」
「ああ、戻って開けてみろ」
「うん!」

再び森を失踪して屋敷へと戻った小春は電飾とキャンプファイヤーの照らす地面へと座り込んだ。

「あけるよ?」
「ああ。気に入るといいな」

包装の封をしているリボンを取りカサカサと中身を取り出す。
すると中から出てきたのはクマの人形だった。
ただしその大きさは小春用サイズ。

「わぁ! クマのお人形だ〜!」
「うん。ぬいぐるみは無理だったけどこれなら手に入ったからさ」

小春の抱きしめるクマの人形。
実際は人形ではなく、遊園地などにある子どもが中に入って遊べる小さなアトラクションなのだが。

「ありがとうお兄ちゃん!」
「ははは、気に入ってもらえてよかったよ」

秋斗はどかっとバルコニーの椅子にもたれかかる。
そしてシャンパンの入ったグラスを呷ったあと小春を見る。
クマの人形をぎゅっと抱きしめとても嬉しそうだ。
ふふ。そんな小春を見てるとこっちも嬉しくなる。
見上げると空には大輪の満月。その光には温もりさえ感じそうだ。

「お兄ちゃん…」
「ん?」

再び小春に視線を戻すと小春は頬を赤らめていた。

「僕、とっても幸せだよ」
「…そっか、メリークリスマス、小春」
「うん、メリークリスマス、お兄ちゃん」

二人は笑いあった。
満月の咲く空には雲ひとつないので雪は降りそうに無い。
ホワイトクリスマスにはならないだろう。
だがそれも仕方が無い。



なぜなら今日は「小春日和」だから。




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 〜 クリスマスは小春日和 〜



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