大海原を行く大型船。
そのクルーが突然騒ぎ出した。

「か、艦長! きょ、巨大な何かが接近してきます!」
「鯨か何かではないのか?」
「違います! もっと大きな…うわぁぁぁああ!」

飛沫を上げながら何かが迫ってくる。
それはこの大型船を持ってても比べ物にならぬ高さの波を引き起こし凄まじい速度で航行している。
波の高さは1000mを超え、大型船は波の中に楽々呑まれてしまった。
波を起こしている主は、大型船が巻き込まれたことなど気づかずにそのまま海を進んでいった。



「ぷはぁ!」

水面から顔を出した愛美。
結構泳いだだろうか。水が冷たくてとても気持ちが良かった。
ただそろそろ少し休憩しよう。足がつってしまってはたまらない。
で、辺りを見回してみたわけだが周囲の景色にまるで見覚えが無かった。
流されてしまったのだろうか。
どうしよう…。
突然知らないところに放り出された様で心細くなる。
こうなると大好きな海も怖い。水の中に何か恐ろしいものがいるのではないかと思ってしまう。とにかく陸に上がりたかった。
見れば少し遠くだが前方に陸がある。
早く上がってここがどこだか訊かなくては。
愛美は再び泳ぎだした。


  *


人々は大慌てだった。
突然の巨大な影の出現と、その影の起こした波による大型客船の沈没。
そして、その影の一部が海面に姿を現したかと思うと、それは人間の顔だったのだ。
人間? 何かの間違いか?
だが衛星からのデータにも、目視のデータにも間違いは無く、そこにあるのは先ほどの巨大な影と同一の存在でありそれが人間の顔をしているのも見間違いではない。
比較するものが無く目視での計算は難しいが、先刻の大型客船の大きさを考えるとあの主の大きさは現存するあらゆる生物の大きさを超えているという。
それが人間の顔をしている? 人類に酷似した巨大生物、または侵略の宇宙人か。
憶測が飛び交う中、とにかくは防衛と最寄の陸の街は海軍を配備、襲撃に備えた。
街からはまだその存在を目視出来ないので町民などは情報を信用できず避難勧告に従う住民は少なかった。
その時、巨大生物が再び海中に姿を消し進行を開始したとの情報が入った。
それは真っ直ぐにこの街へ向かっているという。
海軍に緊張が走った。

やがて水平線の向こうに水飛沫が見え始める。
あれが巨大生物に間違いない。
高台に上っていた住民達もそれを見ることができた。
真っ直ぐにこちらに向かってくる水飛沫。
ところが突然それが止み、そこからあの巨大な人間の顔が現れた。
水平線の上にだ。この距離で顔がはっきりと見えるとは。
人間の少女の顔の様だ。眉を寄せ不安そうな顔でこちらを見つめている。
ザバァン! 少女の顔が浮上し始めた。
顔の下に続く首、肩。次々と人間の身体が海面へと現れる。いずれも桁違いの大きさだ。
大量の水飛沫を上げ海面から現れた胸はビキニによって覆われそこから無限の海水を滴らせている。
腕、手、腹。上半身があらわになった。
…待て。
どういうことだ?
巨大生物はまだ水平線の上にいる。なのに何故、上半身を海上に見ることが出来る。
海底に足が着いているとでも言うのか。馬鹿な。沖合いに何十㎞進んだところにいると思っているのだ。
だが巨大な少女の身体は浮上し続けていた。
水着に覆われた腰が現れ、それに続き太腿、膝と、下半身が現れてゆく。
配備されていた無数の軍艦の船員達も目の前の光景に唖然とし作戦行動をとることができなかった。
どんどん視界に大きくなる巨大少女を見上げて行く事しかできなかった。
波がザブザブと押し寄せて軍艦を揺らす。
街の埠頭は波によって押し流され、民間の漁船は皆消え去っていた。
海面が足首を濡らす程度の深さになった。それでも、距離はまだある。
にもかかわらず、人々はその少女の足元にいるかのような感覚に襲われていた。

「う、撃てぇ!」

司令が指示を出したときには、すでに目の前に巨大な足の裏が展開されていた。


  ズシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


街は踏み潰された。


  *


「ふぅ、やっと着いた…」

陸へと上がり額に掛かる髪を掻き揚げて愛美は息を吐いた。
が、辺りを見回してみるとそこには何も無い平野。地平線まで見ることができていた。

「うそ…」

どこを見ても特徴的なものは見当たらない。家の一軒、看板、樹木の一本すら見当たらなかった。
薄ら寒いものを感じ胸をきゅっと抱える愛美。

その時もじもじと動いた足の下では先ほど踏み潰した街がごりごりと踏みにじられ完全に壊滅した。
今の愛美の足は長さが2400m、幅が800mあり、足の指ですら100m以上の高さがある。
かかとは湾に降り、港付近は足の中ほど、土踏まずの下で。そしてつま先は街の中心部分へと下ろされていた。
今、この足がどけられればそこに足跡がくっきり残っているのが見え、そしてそこに海水が流れ込んでとてもユニークな入り江が出来るのが見られるだろう。
中心部に立っていたビルなどは皆そのつま先や指の下になり潰された。
家など住宅街まるごとその下に収められてしまった。
今の愛美は10000倍。高さ6mの家など相対的には0.6㎜になってしまうのだ。
踏み潰したからと言って気付きもしない。
まして今愛美は街を踏みしめていることにすら気付いていないのだ。
キョロキョロと辺りを見渡し、その度に足が少し動いてその振動で周囲は大地震のような被害を被る。
人々も海軍も愛美の巨大な足で踏み潰されてしまった。
唯一生き残っている街の後ろの山に避難していた人々からは、巨大な足が自分達の街をぐりぐりと踏みにじる様を見ることができていた。


「どうしよう…」

愛美は考える。
この島は異常だ。長居はしたくない。が、そんな島を囲む海をまた泳いで戻るのも嫌だ。
…。
もう少しここの中を調べてみよう。そうすれば何か、いい方法が見つかるかもしれない。
うん。そうしよう。
愛美は内陸に向かって歩き出した。
その時、一歩のために前に出した足が盛り上がっていた地面に触れたが愛美は気にしなかった。
山に登っていた人々は、街の上に鎮座していた足が突然動き出し自分達のいる山をけり砕いたときどう思っただろう。
人々が最後に見たのは迫り来る巨大な指だった。