※【ぼの】



  『 王子と従者 』



「王子様、王子様。朝でございます。起きてください」

ベッドの傍らから声を掛ける燕尾服を着た青年。
執事と言うか給仕、お世話役を仰せつかっている。

「ん…んん…」

その声に、白くそれでいて豪奢なベッドの布団がもぞもぞと動きそれがゆっくりと起き上る。
王子が目を覚ました。
ただ、起き上がるその影は、ベッドよりも少し高いところにいる青年の視線よりもずっとずっと高かった。

むくりと起き上った王子。
眠たげに眼をこすり、栗色のやわらかい髪を寝癖でハネさせ、クマ柄のパジャマに身を包む、身長140mの巨人。
それが、この国の王子である。

「おはようございます、王子様」
「ふわぁ~…おはよ~お兄ちゃん…」
「いや王子様、もう私を兄と呼んではいけませんと…。私はあなたの召使いですと何度も申し上げたではありませんか」

王子から見れば指先ほどの大きさしかない、兄と呼ばれた召使いの青年はため息をつきながらげんなりした表情で言った。

青年と王子は腹違いの兄弟である。
少し前まで二人は仲の良い兄弟同然に暮らしていたが、王位継承権第1位の男子が病死し、第2位のこの王子が現王子として正式に認められた。
生まれは青年の方が早いが、青年は妾の子なので継承順位が低く、正妻の子であるこの王子が選ばれたのだ。
選ばれると同時に王子は巨大化の儀を執り行い、青年は王子の召使いにされた。
それは国の執務機関が決めたことで、代々、妾の子は正妻の子の召使いになる伝統だからそれはよいのだが、問題は正式に王子になったはずの弟が、未だに召使いの俺を兄と呼ぶ事だ。

「私のような者を兄と呼んでは民に示しが尽きませぬ。お父上の御病気も悪化するばかりで…事実上、王子様はすでにこの国を治める方でございます。その王子様が民に不安を募らせるような事を…」
「でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」
「私は妾の子で王子様の実の兄というわけではございません。ただの召使いです」
「む~。お兄ちゃんのいじわる」

王子はむっと頬を膨らませて言うが、青年は素知らぬ顔をした。


  *


王室。
玉座に腰掛ける王子とその左横に置かれた丸テーブルの上に立つ召使いというか執事というか兄。
テーブルには階段が付いており、高さは100m近いのだが、自力で上り下りが可能である。
そして玉座に腰掛ける王子の足元にはたくさんの家臣が居並んでいた。
今は国興会議中である。

「…というわけでございます。王子様、いかがいたしましょう」

家臣の一人が恭しく頭を下げ、王子に意見を求めた。

「うーん…………どうしたらいいかな? お兄ちゃん」
「いやだから私を兄と呼んではなりませんと…。というか私に意見を求めてはいけません。私はただの召使いです」
「えーお兄ちゃん頭いいのにー」

玉座横のテーブルの上の執事に意見を求める王子。
執事は「いやいやダメだから」的なジェスチャーを返した。
執事の言葉に別の家臣が同意する。

「そうですぞ王子様。国の問題を卑しい召使いなぞに意見を求めるなど…」
「いいの! 僕がお兄ちゃんに訊いてるの!」

  ドゴオオオオオオオオオオオオオオン!!

王子は憤慨して握った右手の拳を肘掛に思い切りたたきつけた。
巨大な王子の力は人知を超えるものがある。
王子はまだ幼いが、巨大化し凄まじい力となった王子の拳は玉座の肘掛を破壊し、周辺に瓦礫を吹っ飛ばした。
城全体が揺れたような気がした。
足元にいた家臣たちは皆その揺れに足を取られ、敷き詰められた絨毯の上を転がった。

「ひぃい!」
「うわぁあ!」

壁に亀裂が入り、天井からは瓦礫がパラパラと降り注いだ。

「おいやめろ!」

執事は敬語を忘れて叫んでいた。
それを聞いてハッと我を取り戻す王子。

「あ! ごめんねみんな…」

王子が足元を覗き込んでみれば無事に立っている者は一人もいなかった。
みなが転がり、落ちてきた瓦礫などを受けケガをしたものもいる。

思わずカッとなって叫んでいた執事だも、冷静になって慌てて王子に頭を下げた。

「も、申し訳ございません王子様! 王子様に対し無礼な言葉を…」
「え? 無礼?」

王子は首をかしげた。
実際、意味がわからなかった。
何が無礼で、なんで兄は頭を下げているのか。
むしろ昔の兄に戻ってくれた気がしてちょっとうれしかった。

が、転がり尻餅を着いていたあの家臣は起き上がり叫ぶ。

「貴様! 召使い無勢が王子様に対し何たる無礼を! 即刻牢に…」
「ねえキミ」

家臣の言葉を王子の言葉が遮った。
叫んでいた家臣の声を、かき消すほどに力強い声だった。
その威圧感に、家臣はビクリと体を震わせる。

「さっきお兄ちゃんに失礼な事言ってたよね」

王子は椅子から腰を浮かせその家臣を摘まみ上げるとまた座り直した。
王子の幼くも巨大な掌の上でガタガタと震えだす家臣。
掌の上で震える小さな家臣を見下ろす王子の目は冷ややかだった。

その手の指がゆっくりと握られ始める。
中に家臣を残したまま。
家臣を、巨大な指が作り出す影が覆ってゆく。
家臣は悲鳴を上げていた。

慌てて止めに入る執事。

「王子様いけません!」
「でもこの人酷い事言ったんだよ。処刑しちゃおうよ」
「いけません! 慈悲と深い御心を持つのも王の器量です!」
「んー…まぁお兄ちゃんがいいって言うならいいや」

王子はその家臣を床に戻した。
半ば、放り出すような形ではあったが。

「でも次酷い事言ったら処刑しちゃうからね」

言いながら王子は床を踏みしめる靴をぐりぐりと動かした。
あれに巻き込まれれば、例え屈強な兵士と言えどひとたまりもない。

家臣は悲鳴を上げ途中転びながら大慌てで部屋を出て行った。


「え~と…その問題はすぐに解決しなきゃだめなの?」
「そ、そうですね…。やはり民の生活に関わる事ですので」

最初に問題を報告した家臣が怯えながら答えた。
それを聞いて王子はにっこりと笑った。

「そっか。じゃあ後で考えておくね。他には何かあるかな?」
「い、いえ。今、他にこれといった問題はありませぬ」
「じゃあ会議はこれで終わりだね」

王子は玉座から立ち上がった。
座っていても巨大だが、立ち上がるとまた一段と大きく見える。

「それじゃ行こうよお兄ちゃん」

王子の巨大な手が執事に迫る。

「いえ私は自分の足で歩いていきますので…」

しかしそんな執事の言葉が最後まで発せられる前に、王子は執事を掌に乗せあげ、地響きを立てながら玉座の間を後にした。
その王子の姿を家臣たちは呆然と見送っていた。


  *


王子の私室。

「ふー。会議って疲れちゃうねー」

ベッドのに腰掛ける王子と、太ももの上に置かれた両手で作られるお椀の上の執事。

「しかし王子様、大事な家臣をあのように簡単に処刑してしまうような発言は…」
「えーでもあの人お兄ちゃんに酷い事言ったんだよ?」
「私が妾の子なのは事実です。王子様がお怒りになる事ではございません。私の事を想ってくださるのは大変嬉しいですが、あれでは家臣に不信感を募らせてしまいます」
「そうなの? うん、今度からは気を付ける」

王子は素直にうなずいた。
まだ年は10になるかならないかである。国の問題や人の心の機微というものにはどうしても疎い。
そういうのを助けてやるのも、世話役である俺の役目なのだが…その俺の存在が王子をあらぬ方向に導いている気がする。
執事は唸った。

と、そんな執事に王子が話しかけてくる。

「あ。そう言えばお兄ちゃん、さっき僕に普通に話しかけてくれたよね」
「あ! あれは私が愚かでございました! なにとぞ! なにとぞお許しください!」

執事は王子の掌の上で土下座し頭を下げた。

「え!? え!? やめてよお兄ちゃん! 僕、別に怒ってないよ。ちょっと嬉しかっただけなの。お兄ちゃんが昔みたいに普通に話しかけてくれて」
「ではお許しを? ありがとうございます!」
「だからそうゆうのやめてよ。ねぇお兄ちゃん、せめて二人っきりのときくらい普通に話してくれないかな?」
「う…し、しかしそれでは他の者に示しが…」
「他の人なんてどうでもいいよ、僕はお兄ちゃんには普通に話してもらいたいの。王子様になってみんな僕の事恐れるような敬うような目で見て…。これでお兄ちゃんまで普通じゃなくなっちゃったら僕寂しいよ…」
「…」

それは王子の本音だった。
見下ろしてくる巨大な顔には寂しさが漂う。

突然王位を継承して、巨大化させられて、それまで王子の周りで世話をしてくれていた人たちはみないなくなってしまった。王子には王子の、もっとふさわしい給仕などが用意されるという話でだ。
しかし、見知らぬ人間に世話をされるのを嫌った王子は、その新しい世話役達を、俺一人を残してみな辞めさせてしまった。
もう王子の周りに、昔から知っている人間は俺一人になってしまった。
その俺が変わってしまう事が、怖くて嫌なのだろう。
まだ子供だ。突然の環境の変化に対応できないのだ。
せめて一人前に王子として政治を執り行えるようになるまでは、俺は兄でいてやるべきなのかもしれない。

「……わかったよ。ただし、本当に二人だけのときだけだからな」
「わぁ! ありがとう、お兄ちゃん!」

王子はパァッと顔を輝かせると俺を手に乗せ頬ずりをした。
かつてと変わらぬ柔らかさを持つほっぺが今は俺を包み込む。


  *


「…にしても、面倒な事件が起きたものだな…」
「山賊さんかー…」

俺たちは先ほど家臣から伝えられた昨今の国内の問題について考えていた。
どうやらこの城下の近くで山賊が悪さを働いているらしく民の間に不安が募っているという。
民の不安は国への不信に繋がる。それ以前にこれは民の生活に直結する問題だ。
早急な解決が望まれるのはもちろんの事である。
問題は方法だ。

「根城を叩かん事にはモグラたたきのトカゲのしっぽだ。切り落とされて本体には雲隠れされちまう。アジトを叩いて一網打尽にしたいところだが…」

王子の太ももの上で座り込み腕を組んで唸る俺。
そんな俺を真似してか王子も腕を組んで唸る。
今更だが王子は短パンなので脚が出ている。足には膝下くらいまで届く革製のブーツを履いている。
頭の上の王冠は家よりも大きく金色に輝き至る所に宝石の散りばめられた至高の一品である。

「うーん、どうしたらいいかな?」
「とにかく場所だな。アジトの場所を掴まん事には常に後手だ。聞き込みで調べるか囮で誘い出すか…もしくは山狩りだな」
「うわぁ、大変だねー…」

俺がため息をつくと王子もため息をついた。
なんだかんだ長い事一緒にいるので癖など似通っているところもあるかもしれない。

「でもこれまでの被害状況を聞くとある程度場所も搾れるからその範囲に兵を配置すれば最悪山狩りも可能だ。聞き込み、囮は時間を使うから時間を考えるなら兵を動員して動くだけの山狩りが一番早いんだが…」

だが範囲は絞られるとは言えど山は山。相当数の人数を動員する事となる。そうなればやはり多少の時間を要するし、何よりも城や町などの警備に回せる兵がいなくなる。そうやって兵たちで山狩りをしている間に街を襲われては本末転倒だ。聞き込み、囮、山狩り以外に何か策は無いものか…。

「うーん…」

俺は更に首を捻った。折れるのではないのかというくらい捻った。組んだ腕もそのまま絡まってしまいそうだ。
そうやって悩んでいた俺の肩を王子の巨大な指が叩いた。

「うん?」

そのまま上を向くと王子が笑顔で見下ろしてきていた。

「えへへ、それなら簡単だよお兄ちゃん」
「お?」

俺は王子の顔を見上げたまま首を捻った。
王子は「えへっ」と笑ったあとこう言った。

「見に行ってみればいいんだよ」


  *


 ズドオオオン!

   ズドオオオン!!

山中に重々しい音が響き渡り、同時に地面もグラグラと揺れる。
地面を覆う木々の間に下ろされる巨大なブーツがその正体である。

王子と俺は実際に現場を見に来ていた。
王子は俺を掌に乗せ山中をてくてく歩いている。ただし、そのブーツは足元の木々を踏み潰し、蹴り倒している。
王子の足は全長20m幅8mと家よりも巨大だ。そしてそんな王子の履くブーツは更に巨大である。高さ10mの木も王子にとっては10cm程度の高さであり足首よりもちょっと高い程度のもの。当然、膝下まで届くブーツのその高さにも届かない。
ズシン! ズシン! 足元の木をメキメキと踏み潰しながら王子と兄はきょろきょろと辺りを見回した。

「うーん、見つからないねー」
「そう簡単には見つからないさ。もしかしたら洞窟の中とかに作ってるかもしれないしな」
「えー本当にそうだったらどうしよー」
「それは見つけてから考えればいいさ。とりあえず人工物っぽいものを探せ。洞窟を根城にしてたって入り口付近には人の痕跡は残るし、もしかしたら物見櫓とかも建ってるかもしれない」
「うん、わかった」

王子は了解し注意深く周囲を観察し始めた。


  *


突然の大揺れに晒されて、とある山賊のアジトは大混乱に陥っていた。

「なんだこりゃあ!? 地震か!?」

ひげを蓄えた山賊の頭がアジトである小屋の中で叫んだ。
するとそこに慌てた様子の部下が走ってくる。

「かっかっかっ頭っ! たたたた大変だ!」
「落ち着け馬鹿野郎! いったい何が大変だって!?」
「そ、そ、そ、そ、そ、外! 外に!!」
「あぁん?」

頭は部下を怒鳴り散らしたが、それでも部下は全く落ち着かない。
要領を得ない部下を捨て置き立ち上がった頭は部下のやってきた方に向かって歩き出そうとした。
だが直後、アジトが潰れるように崩れ始めた。


  *


「あ、お兄ちゃん。これじゃないかな?」

王子の指さした先には、渓谷に開いた大穴の中に隠れるようにして家が建っていた。

「んー……だな。それっぽい連中もうろついてる」

王子の手の上から望遠鏡で見ていた俺も言う。

「さて、どうするか…」
「捕まえちゃおうよ」
「へ? でも大丈夫か?」
「えへへ、平気だよ。こんなに小っちゃいおうちだもん」

言うと王子は俺を肩に移し、その渓谷に歩み寄ると両手を伸ばし、穴の中の小屋を掴んで取り出した。

「よいしょっと」

小屋そのものは王子からすれば15cmほどのものだった。ただその王子の巨大な指で掴むには脆すぎたらしく、小屋は王子の手の中でほとんど潰れてしまっていた。

「壊れちゃった」
「まぁいいさ。中に人はいるか?」
「えーっと…」

王子は手の中で潰れかけている小屋に顔を近づけた。
半ば瓦礫と化しているその崩れた小屋の中で転がりまわっていた山賊たちは、自分たちに近づいてくる巨大な顔を見て悲鳴を上げた。

「いるみたいだよ」
「なら捕まえてー……あ! しまった! 連中を捕まえておくものがない」
「あ」

二人は固まった。

「しまったー…。偵察だけのつもりだったから何も用意してきてない…。せめて檻かカゴでも持って来るべきだった…」
「ふぇ? このまま処刑しちゃおうよ」

ぐしゃっ! 王子の手の中で瓦礫と化していた小屋が更に小さく握り潰される。王子の手の中の小屋の瓦礫から悲鳴が聞こえてきた。

「それじゃあお前のためにならない。この先王子として国を守っていくなら慈悲と酌量も学ばなきゃ。なんでも処刑じゃ誰も着いてこないぞ」
「ん、そっか。じゃあ山賊さんたちはこのままみんな連れて帰らなきゃいけないんだね」
「ああ。でも肝心の入れ物が…」
「んー………あ、これでいいよね?」

言うと王子はその瓦礫を一度山の上に下した。
王子の手から下された家はその瞬間ガラガラと崩れ落ちただの瓦礫になってしまった。
そこから瓦礫などを押しのけて頭以下山賊たちがひいひい息を切らしながら顔を出してくる。

ズシン!

再び地面が揺れ山賊たちは悲鳴を上げた。
そのとき、王子は一度上げた足を再び下していたのだ。
ただ今度は、その足に何も履いていなかったが。

王子は右足のブーツを脱いで素足となった足を下ろした。
そして再び山賊のアジトに手を伸ばす。
巨大な手が迫ってくるのを見て山賊たちは悲鳴を上げながら逃げようとしたが王子の手はあっという間に追いつき彼らをぎゅっと鷲掴みにした。
巨大な手の中で悲鳴を上げる山賊たち。
次に手が開かれたとき、彼らは巨大な王子の顔の前に持ち上げられていた。

「これが山賊さんかー。みんなおじさんなんだね」

そう言う幼く巨大な王子を、王子の数倍の年月を生きている山賊たちは震えながら見上げていた。
彼らのいるその温かく柔らかな地面がすでに王子の掌の上なのだ。
立った王子のそこは100m近い高さがある。宙に浮いているかのような感覚だ。

その手が突如動いたかと思うと山賊たちはポイと宙に放り出された。
悲鳴を上げる山賊たちはそのままその暗い洞窟に飛び込んで行った。
たった今まで王子が履いていた右足のブーツだ。
家さえも入る巨大なブーツは、大の男十数人が入っても更に余裕がある。
放り込まれた山賊たちはブーツの中をゴロゴロと転がり踵の部分にたまった。
そのブーツを上下に振って中で転がる山賊たちの感触を確かめる王子。

「うん、みんな入ってる♪」

王子は嬉しそうに言った。

「ほう、よく考えたもんだ。これなら別に俺がそばにいる必要はないな」
「えぇーっ!? それはやだよう!」

ビックリする王子に俺は苦笑しながら謝った。

「あーすまんすまん。さて、それじゃまだそこらに残ってる連中も捕まえるとするか」
「あ、うん。そうだね」

そして王子は足元だったり山影だったりに隠れていた山賊たちを一人残らず摘まみ上げブーツの中に放り込んだ。最終的には総勢30名ほどがブーツの中に放り込まれた。ブーツの口に耳を近づけると山賊たちの悲鳴が聞こえてくる。

「あはは。山賊さんたち驚いてる。ちょっと足入れてみちゃおうかな」

王子はブーツを地面に下し右足をブーツの口に差し入れた。
上の方にいた山賊たちからは彼らの入るこの巨大な牢獄の唯一の入り口から恐ろしく巨大な素足のつま先が迫ってくるのが見えた。その巨大な指の一本一本が屈強な男である彼らの体よりも大きい。新入してきたつま先が上の方にいた山賊たちの体に触れ、その山賊たちは悲鳴を上げながら暴れた。

「くすくす、おじさんたちくすぐったいよ」
「こらこらあんまり遊ぶな」
「えへ、ごめんなさい。でもお兄ちゃんのおかげで山賊さん捕まえられたよ」
「俺は何もやっちゃいないよ。偵察を言いだしたのも、山賊のアジトを見つけたのも、そして捕まえたのもみんなお前なんだから。お前一人の実力さ」
「ううん、お兄ちゃんがいてくれるからだよ。お兄ちゃんがいてくれるなら僕 なんでもできるよ」

王子は輝くような笑顔で言った。
ほとんど物心ついた頃から知る弟の笑顔だ。

それを見て俺は思う。
…なんだ、簡単な事だった。
王子とか従者とかそういうんじゃない。
兄が弟を想うのは当然の事
俺はこれからもこいつを守って行こう。従者だからじゃなく、兄として。

「……そうだな。俺もお前がいてくれるからいろいろできるよ。じゃ、帰るか」
「うん!」

そして王子は山賊たちの詰まったブーツを手に持って歩き始めた。
山の中には、巨大な左脚のブーツの跡と巨大な右足の足跡が残されていた。


  *


城へと戻った王子は山賊討伐の功勲をすべて俺のおかげと大々的に発表した。
結果、俺の王子に対する無礼は帳消しとなり、その功勲を讃えられそれまでの世話役+教師役まで仰せつかった。
俺たちはより一緒にいられる時間が増え王子もその案には大満足だった。
兄であり世話役であり執事であり教師役である俺と、弟であり王子であり巨人であり生徒でもある王子。

一国の王とその従者。
俺たちは今日も兄弟だった。