みんなが喜べば、僕も嬉しい。逆もまた然り。
  だから、僕は自分から動くようになった。
  前みたいな気後れはなし。そんなこと、必要なかったのだもの。
  ブラッシングは僕の仕事になった。前と同じに、ミカゲの読書に付き合ったり、ちっちゃい体で、家具の奥の掃除をしたりもする。その度に微笑んで撫でてくれるのが、とても嬉しかった。
  下着をしまうのは、少し恥ずかしい。みんなの体を包む大きな布は上質で、魅力的で、いい匂いがした。洗った服を片付けたり、脱いだ服をカゴにしまったり。けれど、そんな中にちょっとした楽しみだって見つけたのだ。
  少し嗅覚が鋭くなったのかもしれない、服の中に飛び込めば馥郁とした香りが強く絡みついて、その花のような、石鹸のような空気が肌へと浸透していく。心拍数が上がる。気持ちが溶けていく。そのシャツやドレスに入り込めば体はすっぽり収まって、彼女たちの大きさを実感する。大きな体の中に入ったような気持ちになれるのだ。
  みんながいない間にする、ちょっといけないこと。でもそんなこと、バレないわけがない。
  ある時服から出てくると、みんな揃って部屋でくつろいでいたのだ。
「あ、出てきた」
  なんて言って、まるで気にもとめてない。
  ……よく考えたら、初めから気づかれていたのだ。彼女たちだって鼻は効くし、ミカゲに至ってはなにもかもお見通し、気づかないはずがない。
  そんなことも知らずにあたふたしている僕に、ムギはぽんぽんと膝を叩いて、
「こっちくる?  こっちの方がいいでしょ?」
  なんて言った。
  恥ずかしくて顔が真っ赤になる。みんなを直視できないくらいに。見られた、見られた、見られた、なんて頭がぐるぐるして。
  でも、俯きながら近寄って、結局その中に収まってしまうのが僕だ。
「……ごめん」
「?」
  雑誌から目を離して、ムギは不思議そうに頭を傾げる。
「遊んでたのかマーキングか知らないけど、今更そんなこと気にしないよ?」
  同じ屋根の下、そんなことがあれば普通間柄はぎこちなくなってしまう。けれど彼女たちは違うようだった。ミカゲは少し顔を赤らめたけれど、クスクス笑って頷いた。
「私たちの匂い、好き?」
「好き。大好き」
「そう」
  そして柔らかく抱いてくれる。
  我慢できず、振り返ってそのお腹に顔を埋めてしまう。深く埋もれて、思いっきり吸い込んで、温い空気で肺の底まで満たすのだ。
  ぽんぽん背中を叩いて、ムギは小人のしたいようにさせてくれた。僕は褐色の膝の間にすっぽり収まって、両腕いっぱいのお腹に抱きつき、その柔らかさ、温かさ、そして香りにクラクラしていた。
  僕の胴より太い腿の間は、とても安心できる場所だった。彼女の中にすっぽり入り込んでいるのがよくわかるのだ。
  男ではありえない柔らかさ、包容力。ふわふわな感触に苦しいくらい鼓動は早まるのに、何故だか眠くなってしまう。布一枚を隔てて、カフェオレ色の肌に密着しているのだ。当然だった。
  みんなの談笑が聞こえる。ほのかな笑い声も。みんなここにいて、僕もそこに溶けた。
  ムギはごろんと転がって、僕をお腹の上に乗せた。雑誌はパタンと閉じて、僕を撫でている。
  そうしているうちムギは、ウトウトし出して。
  気づいた頃には、僕を抱き枕に眠っていた。
  だらんと垂れた腕は力が抜けて、ずっしり僕の上にのしかかっていた。健やかな寝息に上下するお腹は、僕を揺らして揺りかごになる。
  でも、僕は眠れずムギにしがみついていた。ムギに酔い過ぎたみたいだ。目が回り始めた。
  僕がおかしくなってしまわないように、アキは僕を持ち上げる。
「ムギってほんと自由人だよねー」
  眠ってしまった彼女を微笑ましそうに見守る。スズが毛布をかけてあげると、その長身を丸めてくうくう寝息を立てた。
「私が救い出してあげなかったから、狂うまで抱かれて動けなかったよ?」
「そうみたい」
  名残惜しい気もするけれど、ムギの安眠を邪魔したくもなかった。マイペースな猫娘。その寝顔は安らかだ。
「ぐっすりだね」
「猫だからね。起きてる時間は増えたけど、昼寝はするもの」
「アキたちは眠くないの?」
「もう寝たもん」
  僕を床におろしてそんなことを言う。目前には可愛い膝。アキがちょっと屈みこむと、あどけなくも快活で、いたずら好きな顔が微笑んでいた。
  アキは四人の中だと一番小柄だ。ムギと比べるとちょこんとした印象を受ける。その耳はピョコンと大きくて、そのクリーム色の髪と相まって可愛らしい。一番猫娘らしい姿なのは、もしかしたらアキなのかも知れない。そんな彼女だから、膝の上でも顔が近く見えるのが嬉しい。
  それをみるとなんとなく安心して、途端に眠くなってくる。小さな体だと何をするにも大変で、その上あんなにドキドキしてしまったのなら、疲れてしまうのは仕方のないことだ。
  クッションを引っ張ってきて、四人の足元でそこにうずまる。そして丸くなると、三人の長い足が揺れるのを見ながらゆっくり眠った。

  ぐっすり眠れたようで、目がさめると気分は爽快だった。
  ぐぐっと伸びをする。指先に、しっかり詰まったクッションのようなものが触れた。
「ひゃっ!?」
「え?」
  アキの胸元のようだった。いつのまにか、膝に寝かされていたらしい。
「いきなり触ったらびっくりするじゃない」
「ごめん、気づかなかったんだ」
  寝起きは仕方ないよね、とアキは喉元を撫でてくれる。
  膝にはブランケットを敷いて、カーディガンを羽織っていた。その上で僕を膝に乗せてたのだから、もしかしたら寒かったのかも知れない。ポスッとアキのお腹に背を預けて、その尻尾を膝の上に抱く。
  スズが給仕服で紅茶を淹れていた。
「ふふ、可愛いね」
「喜んでくれるといいなって思って」
  ミカゲに褒められてスズの頬が緩んだ。スズは一度くるっと回ってみせ、その可憐な姿を飼い主に見てもらう。
「よく似合ってるよ」
  ミカゲはその頭を抱いて、軽く頰にキスをした。
「じゃあ、お茶にしよっか」
「ん、おやつー?」
  匂いにつられてムギが起きてくるものだから、みんなが笑う。
  しなやかに伸びをする褐色の四肢が、本当に綺麗だ。よれた服の隙間から、ちらりとお腹が見えて胸がちょっと苦しくなる。
「こらこら、そんなに見つめないの」
  アキがからかうように言って、カーテンのようなカーディガンで僕をふわっと包み込む。柑橘類を思わせる溌剌とした香りが、ベージュの布地にこもって暖かい。そのまま一つずつボタンをかけていくものだから、まるでお腹の中に入ったような気持ちで心が柔らかくなってしまう。
「クロはちっちゃいから、すっぽり入っちゃうんだね」
  そんなことを言って楽しげに僕を布の上から撫でると、ブランケットをお腹までかけてすっかり体の中に収めてしまう。いたずら好きなアキの中で、僕は柔らかいお腹の虜だ。くっつけた服越しに、くぷりとお腹の中が動く音がする。優しく撫でれば、ふよふよと柔らかいお腹は滑らかな感触を手のひらいっぱいに伝えてくれた。そんな小人の所作に、アキの嬉しそうな声が聞こえる。
「よっ、と」
  お菓子に手を伸ばしでもしたのか、身じろぎするとストンと僕はスカートの上に転がり落ちた。すっぽりはまるのは太ももの間、丸くたわむ布の上だ。
(ここにいるのはちょっとまずいかな)
  僕は少し胸の鼓動を早めながら、先へ進む。スカートとブランケットの間、天蓋を手繰り寄せれば、
「あ、生まれた」
  なんていうアキの顔があった。
  ニッと笑って、悪戯っぽい表情を僕に向ける。可愛らしくて、気まぐれで、少しあどけない猫娘。今日はいつも以上に、僕で遊びたいらしい。
  立ち上がって僕はチョコレートを手に取る。そして、アキの口元に持っていくと、アキは頭を撫でて受け取ってくれた。そしてちょっと噛み割ると、
「はいどーぞ」
  歯型の残るそれを僕に分け与えた。なんとなく嬉しい。アキと、もっと自然に仲良くなれた気がしたからだ。
  僕はアキの膝の上に座ってそれを頬張った。みんなは談笑しながらそんな僕を笑ったり、小動物と評してみたり、放っておかない。椅子の上、アキの上から逃げられない僕は、ちょっと恥ずかしげに隠れるだけだ。
  そんな僕をウリウリとアキはつついて弄ぶ。腿のように大きな指、それにくすぐられるものだから、僕はたまらずケラケラ笑ってしまう。大きな指に翻弄される小人は、だんだんおかしくなってその力強い手が好きになり、思わず頰を擦り寄せてしまった。思い切り指に抱きつき、スリスリ猫のようにその感触を堪能する。
「わ!  ね、見てみて!  クロがすっごく可愛いの!」
  思わぬ反応にアキは歓声を上げる。
  そして、
「決めた、今日はずっとこの子離さないんだから!」
  なんて言って、ギュゥッと僕を抱きしめたのだった。

  大きな少女に抱擁されて、ふわふわした気持ちのまま僕は一日を終えた。アキは本当に僕を離さなくて、ご飯を食べてる時も、夜の団欒の時も僕をその胸に抱いたままだった。いたずら好きのアキのこと、からかったり弄ったりするのは欠かさなくても、まるで僕を懐かせるように甘く優しくしてくれるのが、本当に本当に嬉しかった。アキの匂いは僕に染み付いて、まるでアキの子供のようだ。なんだかソワソワしてしまって、でも、気持ちはとろけてしまう。そんな僕らを、ミカゲは時折ニヤニヤ見守っていた。
  だからアキの手を離れたのは、ベッドに就いた時だった。
「おやすみ、クロ」
  アキは最後に僕の頰を撫でて、布団をかぶる。いつも眠り方や場所は気まぐれに変わるけれど、今日はみんなで同じベッドに寝るようだった。
  スズとアキはミカゲに寄り添うように身を丸める。そんなアキの背中のそばで、僕はムギと挟まれるように小さく毛布に包まるのだ。
  やがて巨大な少女たちの寝息は密やかに響き始めた。
  僕を除いて。
(……どうしよう)
  そこは、ムギの香りとアキの香りが混ざる、色香の坩堝だった。とりわけ、ムギの香りはなんとなく僕をおかしくさせる。お昼に、それは体験済みだった。
  そもそも、今日はなんとなく変だった。
  なんだか自分で愛玩されに行ってるような、無意識に誰かを求めているような……。
  それが全て、ムギの抱擁から始まっているのに、僕は気づいている。
  その、丘のようなムギを見やる。仰向けですうすうと気持ち良さげに寝ていて、他の子達の体温のおかげで毛布はいらない。お腹にタオルケットをかけてるだけで、その手脚を月明かりに煌めかせていた。
  ふと、最初にお風呂に入ったことを思い出す。僕を最初に可愛がってくれたのは、ムギなのだ。あの時みた、女神のような肢体。それがいま、惜しげも無く投げ出されている。そう思うともっと落ち着かなくなって、いけない。
  ただでさえ大好きな香りだ。思わず服の中に潜ってしまうほど。その源が近くにあって、しかもとりわけ惹かれるムギの香りに浸されている。なんだか沸騰しそうだった。
  脳髄がだんだん痺れてくる。その褐色の肌が綺麗で綺麗で、目がぼうっとなってしまう。健康的に日焼けしたような肌。滑らかで、柔らかで、まるで明るい色のティラミスみたいだ。触れば、きっとすべすべに違いない。いい匂いが、その手にうつってしまうかもしれない。綺麗な色で、綺麗な形の脚。見れば見るほど目に毒だった。
  もぞっと、そちらの方に向いてしまう。そうなったら止まれない。少しずつ体はその肌に近づいてしまう。その足先が目の前にくる。僕に裸足を向けて、その綺麗な造形がよく見えて仕方ない。
  無意識に手が伸びる。
(でも、起こしちゃダメだ、絶対)
  だってあんなに気持ち良さげに寝ている。それを破るのは良くない。
  僕は慌てて手を引っ込める。危ないところだった。
(見るだけ、見るだけ……)
  僕は回り込んで、綺麗な線を描くそのふくらはぎを見た。脛を見た。膝を見た。まるで陶器のようにすべらかで、綺麗に日焼けしたような表面。柔らかそうなその奥。言葉にできない。白いタオルケットから伸びているせいで、余計にその美しさが際立ってしまうのだ。
  その太ももは布団を丸めたように大きくて、さらにずっとムギの体は伸びていく。膝の長さもない僕から見れば、少女の体でさえ何メートルもある巨躯で、寝転んでいる分その存在感は抜群だ。そしてかすかに上下するお腹や暖かさ、香りがその生命感を思い知らせる。自分の小ささも。
  触りたい。そうすれば、どんなに暖かくて、すべすべしてて、気持ちいいだろう。自分でもおかしいのはわかってる。でも止められそうもなかった。
  ひた、と手に吸い付く太ももの触感に、心の中が沸騰しそうになる。聳えているのは、ベッドに沈み込むムギの脚、そして、その後ろにもう一本。その手前の方に、指を、手のひらを当て、表面を撫でれば、それはまさにビロードのような極上の手触りだ。ダメだと思うたびに気持ちが昂ぶり、腕を回し、気づけば僕は抱きついていた。
  抱えきれないほどの膨大な温かみが、僕の腕やお腹、頬を熱していた。ムギの華やかな香りは濃くて熱くて、体全体が火照ってしまう。この巨人の肌の中には、腕に収まらないほどのお肉が中までぴっちり詰まってるんだ。僕に抱きしめられてちょっと盛り上がり、そのむっちりした柔らかさで僕を包み込む。女の子の太もも同士はぴっちりくっついて、隙間に入り込んだ僕の腕を飲み込んだ。ももの上に腹ばいになれば、脚と脚の谷間にすっぽり入り込んでしまう。もう、後戻りはできなかった。
  僕は頭を埋めて、すりすりそこに頰を寄せる。念願のムギの肌、その滑らかな褐色に溺れて、抑制が効かなくなる。息がだんだん切なくなって、大量の媚薬を吸い込んで。頭の上にはふわふわとしたショートパンツに包まれた股や尻。そこに顔を埋めてしまった時、もうたがが外れたように僕はムギを求めていた。
  体温の高いムギの肌。ふんわり広がるその気配。程よい弾力。若々しい張りは僕の体を押し返して、太ももの付け根辺りから脈拍の音がとくとくと僕を叩く。薄手のストッキングみたいな褐色肌が瞳に触れて広がって、密着した全身がジンジン気持ちよくなる。
  僕はムギの脚にくっつく一匹の虫になって、その表面を這い回った。内股の柔らかさを堪能した。いけないと思うほどに気持ちが昂った。大好きな人を勝手に汚してる。股間の膨らみに頭を突っ込んでる。怒られる。でも、怒ってほしい。やめさせてほしい。助けてほしい。
  すがりつくようにムギに抱きついた。求めれば求めるほど遠のく気がして、肌の奥のムギを求めるようにもっときつく抱きしめる。どこにいるのか。いろんなとこをまさぐって探す。ひかがみのくぼみに指を這わせて、太ももの丸みに思い知って。
  そして服の隙間から、手を滑り込ませようとした時……。
  不意に現れた腕は僕を捉えて連れ去る。いつから起きてたのか、ムギはゆっくり物音立てずにベッドをすり抜け、狼藉を働いた小人を腕に部屋を後にした。
  血相を変えて謝る小人なんて気にも留めず、あまり使ってない自分の部屋に向かっているらしい、大きな歩みですたすた進む。
(まずいよね、流石にまずい……!)
  僕は心臓が裏返ったような気持ちになって、物言わぬ巨人の腕で震えてる。初めてムギが怖いと思った。同時に、とてつもなく申し訳なく思う。
  でも。
  おかしいな、歩くたびに揺れる豊満な乳房の気配に、気を取られて仕方ない。
  自分に失望するのも忘れて、僕は心臓を高鳴らせていた。
  やがて自室に入ると、ムギはベッドに座って僕を膝に乗せた。
「……」
  すっと腕をあげる。
(叱られる……!)
  僕は慌てて頭を守った。
  けれど、衝撃は訪れず、変わって額に手のひらの感触が広がる。
「……ムギ?」
  熱を測るみたいなそぶりをした後、その両手で頰を挟んで、それから僕を足元に下ろした。
  むぅ、と唸っている。
「あの、ごめんなさいっ!  なんか止められなくて、うん、どんなに叱られても耐えるから、なんでもするから、えっと、ごめんなさい!」
  なんだかへんなことを言って陳謝する。でもムギはゆらゆら脚を揺らした後、ポツリと、
「発情期だねぇ」
  と呟いた。
「ま、そんな時期かな?  すっかり猫になっちゃったな」
  発情期?  なんだかムギの言ってることが飲み込めなくて困惑する。
  人は万年発情期、そう言ったのは確かにムギだった。見下ろすムギの顔を見れなくて、たらたら汗を流しながらその足先を見つめる。そうすると余計におかしくなりそうで、ぎゅっと目を瞑った。
「……あれ?  そんなに不思議?」
「……怒らないの?」
「いや、ちょっと怒ってるけど」
  起こさないでよ、と珍しく不機嫌そうな声に怯える。怖い。ドキドキする。もっと叱ってほしいとも思う。
「まあね、怒っても仕方ないし。発情期ならそうなるんだよね」
「でも……。人は万年発情期って言ってたよね、だったら堪えないと……」
  しょんぼりと言う。
「ん?  ヒトじゃないよ?」
「え?」
  もしかして気づいてないの?  とムギは呆れた。
「ほら、頭」
  そう言われて頭を触る。
  柔らかな突起。筍の皮みたいに薄く毛が生えてて、暖かくて、中にふわふわと綿毛のようなものが詰まってる。指を入れた瞬間、大音量のノイズにゾワっと背筋が寒くなった。
「え、あ、あれ?」
「クロ、私たちのものになったでしょ?  みんなのもの、飲んだでしょ?  猫にならないわけないじゃん」
  目を白黒させる僕を可笑しそうに見下ろして、ムギは言った。
「普段は引っ込んでるけど、気が抜けるとさ、出ちゃってるの、みんな知ってるよ」
  裸足で僕の尻尾を引っ張る。足指でぎゅっとそれを握る。慣れない場所に新鮮な刺激が走って、体の力が抜ける。尻尾を握られると立てなくなるらしい、力なく倒れてしまった。
「いつまで人間のつもりでいるのさ。とっくに私たちのものになったんだから、よくてペットだよ?」
  ふふ、お馬鹿さんだね?  そんな風にのんびりと僕を嘲る。倒れた僕を踏んで、すっかり素足の下に敷いてしまった。
「まあ、きつーく叱ってもいいんだけどね。私たちがそうなった時付き合ってもらった方が面白いかなって。ね?  死んじゃわない程度に抑えるけど、ま、覚悟しとこ?」
  にこにこ言いながら僕をぎゅうぎゅう踏みつける。やっぱりちょっと怒ってる。でも、不機嫌なのは起こされたせいのようで、もともとそっちにはおおらかだからか、人と違う倫理に従っているのか、さっきのこと自体は不問のようだった。
「あー、餌付けしすぎてすっかり私の虜かな?  そんな小ちゃな体で襲ったって何もできないくせにさ。おっきな図体だったらそりゃもう全力で懲らしめたけどさ、クロの貧相な姿じゃ怒る気にもなんないかな」
  多分オスとしても見てくれてはいないのだろう、ペットがじゃれついたくらいの声音。怒ってもらえると思ったの?  なんていって、ペシペシ僕の頰を蹴った。
  のしかかるムギの素足はズンと重くて、完全に僕は屈服させられていた。その指が首に乗っかって顎をつつき、踵は股間の上に跨って僕を離さない。
  収まりがついてなんかない僕の体は、それだけで反応していた。もう人間性も体も奪われて、身も心もムギに征服されている。踏まれるとそのことを肌で実感できて、どうしようもなく高揚した。厚くて重たい足は、それだけで僕には性的だった。生々しい足指の曲がり方や肉厚な起伏、ストッキングのような肌触りと色、全部が全部目眩がしそうなくらい愛おしくて切ない。
  早く動かしてほしい。全身踏み潰されて微塵も動けないせいで、ムギに何かしてもらわないと切なさに破裂しそうだ。でもムギは眠たげで、今にも布団の中に丸まってしまいそうだった。
「ムギ、ねえ、ムギ?」
「なーに?  一緒に寝る?」
「えっと……」
「えー、眠いんだけど」
  気まぐれなムギは、乗り気じゃさそうに呟く。
「何して欲しいの?  ちゃんと言って」
「……おさめてほしい」
「よくわかんない」
「……足でしてよ。お願い」
「うーん、仕方ないなぁ」
  もうっ、とムギは僕を踏んだまま言う。
「まあ、また起こされるのもやだし、付き合ってあげる」
  足先で僕の頭を撫でた。広大な足裏がまつげに触れるほど接近して、その肌の匂いを漂わす。
  頰を撫で、脇腹にそらし、太ももを踏む。そして内腿を撫で、撫で、撫でて、僕を焦らした。
  堪え難く足を抱きしめる。そんな僕をムギはぼんやり見下ろして、それから少しずつ足を動かし始めた。
  たまらず声が漏れる。
  ずっと濡れていたそこに指紋が擦れ、息が荒くなった。巨大な猫娘の足に踏まれ、足で擦られて、感じている。褐色の塊に押しつぶされるたびに出てしまいそうで、でも先ばかりに柔らかな凹凸が当たるものだから疼く一方だ。
  もっと欲しい。もっと、もっと!  みっともなく足裏に体を密着させようとする。でもその足は僕の力じゃ動かなくて、僕はムギに踏まれて自力で動けない。
  なんで足裏なんかで気持ちよくなってるんだろうと、眠そうな目でムギは不思議そうな顔をする。ムギから見れば僕はきっと踏まれた人形のようで、踏まれて喜ぶ虫けらだ。小ちゃい体をよじらせて恥ずかしいことをし、機械的に動かすだけでビクビクと震える。快感に耐えられないで頭を指の間に埋めて、よだれを垂らして、もう人間とは思えないよがりよう。行き場のない悶えにカプカプと足指を噛んで、汚いとか思わないのかな、恥ずかしいとか、惨めだとか、思えないのかな、と、そんなことを考えているようだった。
  僕は足裏のゆるいカーブで嬲られて、眠りかけの危うい動きに翻弄されて、どうしようもない。正気を保とうと足指を噛んだり吸ったり、嗅いだり大きな爪を噛んだりとするけれど、とっくに正気なんて失せていた。ぐりぐりと指の間に顔を潜らせる。大きな指の間に挟まれて、屈服感が僕はもっと気持ちよくさせる。
(出ちゃう……!)
  そして痙攣しだした時、不意にムギの動きは途絶えて、ギュッと僕を踏み潰した。
「ぐゅ!?」
  うたた寝したムギに体重をかけられ、小さな僕は完全に囚われてしまう。
「ムギ?」
「あ、ごめん、ダメっぽい」
  そう言って足を退けると、そのまま寝てしまう。
  置いてかれた。不完全燃焼のまま。
「ムギ、ムギ……」
  足を揺すってみるけれど、もうスヤスヤ眠ってしまって起きそうにもない。マイペースなムギに放り投げられた形だった。
  満たされない気持ちで僕はムギの足に寄り付く。そのココア色の肌をなぞる。接吻する。そして甲に抱きついて。自然とそこに擦り付け始めてしまった。
  いけないことなのはわかってる。でも、もう抑制が効くわけがなかった。ぬるっと指と指の間に入る。腰を動かすたび、挟まれたそれに密着してきて、とてつもなく気持ちいい。実質は一人で遊んでいるのだけれど、ムギの甘やかな匂いに抱かれて、その肌のしっとりとした感触、暖かさに興奮を禁じ得なかった。人の体に差し込んでいるという生々しい感覚に酔ってしまったのだ。
  足首にしがみつく。細いくびれに腕を回し、その足へ沈んでいく。その茶色の大地に体を打ち付け、引けそうになる腰をそこへねじ込み、快感に視界を潤ませた。
  そんな僕の動きにムギが少し寝言を言って、指をすらせた。
  僕のペニスを巻き込んで。
「っ……!?」
  思い切り締め付けられたそれは、一瞬射精を無理やり止められる。けれどぐりぐりとあらゆる角度から先端を擦りあげられ。
  鋭い絶頂が腰を痺れさせた。
  深く息を吐き、絶頂にこもった息を吐く。
  そうしてしばらく、僕は足にくっついたままだった。
  鼓動をおさめ、快感の余韻を一通り味わい、最後に一度、足の甲に頰を擦り付けて。
  そして僕は起き上がった。
  ムギの足を洗わなくちゃいけない。
  自分の服を一枚脱いで、ミルクティー色の肌から白い液を拭う。綺麗にした後、仕方ないからそこに頭を埋め、漏らさず全てなめとった。しっかり拭き取ったためか、微かな汗のほかに残っているものはないようだ。念のために、与えられた水筒から水を含ませて、最後に丁寧に洗った。
  冷静になってくると、跪いてムギの足を洗っているのがなんとなく恥ずかしくて、でも少し高揚する。褐色娘の滑らかな肌、それが愛しくて、指先に唇をつけて。そしてムギの脚にしがみつき、登った。たっぷりとしたふくらはぎに張り付き、なんとか膝まで手を伸ばすと、よじ登ることに成功する。
  ムギはおへそをのぞかせながら、健やかに寝息を立てていた。横たわっているせいで余計に大きく見えるその体が、力強く上下するのがわかる。毛布を引きずって来て、かけてあげた。
「おやすみ、ムギ」
  その額を撫でる。
  安らかな顔、緩んだまつげに心が柔らかくなる。
  僕も毛布に潜り込む。お腹を守るように丸まった。体温の高いムギの肌から直接体熱を注ぎ込まれる。僕を軽々と持ち上げる、お腹の膨らみを感じる。
  そのあと暖かさ、柔らかさ、心音と吐息に包まれると、僕も寝ようと瞼を閉じた。どこまでも広がるお腹の上で。