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 出張から戻り執務室のドアを握った時、異変に気付いた。
 ノブがあったかい。
 そして扉を開けば、すぐさま私は短く叫んで飛び退いた。
 恐ろしく大きく美しいルビー色が、ドアいっぱいにこちらをじっと見ていたのだ。
 キョロキョロとこちらを伺う大きな瞳は、不意に不安げな表情になると、弱々しく言った。
「提督さん、ごめんなさいぃ……」
 その声にやっと私は理解する。
 そして、そっとドアを閉じた。
 見なかったことにしたのだ。
 途端。
「提督さん、行かないで、出して~!!」
 助けを呼ぶ夕立の声が、壁を突き抜け轟いた。
 こうなると壁を破壊されかねない。仕方なく私は踵を返した。
 そして巨大化した夕立でいっぱいに占拠された部屋へ、私は渋々入っていったのだ。

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 人と違って、彼女らの心身のバランスは一対一ではない。人なら心身は基本的に別の実体だ。けれど艦娘は違う。精神的な存在ゆえ、その感情で肉体も左右されるのだ。怪我をしない分の対価といったところだった。
 だから、感情が高ぶると体もつられる。

 部屋にぱんっぱんに詰まっている夕立を、私は呆然と見上げた。
「夕立、またか……」
 ぽい~と、頭上からは気弱な返事。巨大な体を小さくしているが、体の厚みでさえ私の背を超えている。
 訳を聞いたら、こうだ。
「構って欲しかったから待ってたっぽい。でもなかなか帰ってこなくて、そしたらこうなったっぽい……」
 ぽいぽい言っているが夕立は心底反省している。
 どうも私の不在で心がいっぱいになってしまったようだ。行き場をなくした気持ちで体もいっぱい。そうなると、懐かせすぎた私の落ち度かもしれない。
 この口調も、元はと言えば私が気に入ったのが悪い。喜んで口ずさむうち口癖になり語尾になり、改二になる頃にはもう戻せなくなっていた。
 ……この娘、前はもう少し理性があったはずなのだが改装で頭のネジをB型砲と魚雷の改装に使ったと見える。いや、前からこうだったか? 

「早く助けてほしいっぽい……」
 夕立は、天井と壁を両手で押して、窮屈な姿勢を支えていた。天井にぶつかり首を曲げ、脚は折り畳むことも伸ばすことも出来ず部屋の中でつっかえている。靴は何かの拍子で片方脱げたらしい。不思議の国のアリスのようだが、重厚な机を荒々しく蹴飛ばしている足をみる限り、そんな可愛らしい表現は似合いそうもなかった。
 本棚は夕立の足裏の形にひしゃげているし、長い髪は床を覆って足の踏み場もない。カーテンのような幅のマフラーも部屋の中で渋滞を起こしている始末だ。
 焦った夕立の体温で部屋はうだるほどに暑かった。発散されるいい香りも相まって、まるで夕立の服の中にいるみたいだ。

 狭い箱の中でなんとか楽な姿生を見つけたのか、仰向けに体を倒して夕立はホッと一息つく。
 対処法はただ一つ。私は早速取り掛かった。
「じゃあやるぞ?」
「お願いっぽい!」
 期待していたのか嬉々として答える。こうなると完全にわんこだ。
「ったく、デカすぎるだろ……!」
 腹に登ろうと思ったが、丸い胴の側面は壁同然だった。夕立はいまや、寝そべっていても高い執務室の天井に頭をぶつける巨人だ。その体の厚みでさえ私の背をはるかに凌駕していた。
 渋々私は腕をよじ登って肩に座り込む。苦しそうに首を曲げた夕立と、やっと顔を合わせることができた。
「悪いぽいぬだな」
 マフラーに包まれた喉にまたがって、その頰を叩いてやる。そんなところに座れば苦しそうなものだがなんともないらしい。こくんっと鳴らした喉は波のように私を揺らして、少しも重みを感じさせない。それもそのはずで、夕立にとり私など高々苺一つ程度の重さでしかないのだ。
 頰をウリウリ揉んでやった。しば犬にするのと同じだ。年頃の娘にするものでもないが、夕立に限りこれが正解だった。
 柔軟に小さな手を受け入れる赤い頬。笑えばキラリと光る歯が鋭くて、手の感触を際立たせる。私の手なんて彼女の頬のほんの一部を撫でるだけのもの。みずみずしい肌は、弾力で私の手に答えていた。
「で、どうする? お腹か?」
「ぽい!」
 尻尾も振らんばかりの元気な返事に、私は苦笑した。私のされるがままのようでいて、手綱を握っているのは彼女らしい。犬娘の大好きなスキンシップに、どうも私は駆り出されたようだった。

 私はマフラーの白波を渡って、目前に控える双子の山に向き合った。流石に若い娘の胸を踏むのは気がひける。とはいえ、ここを通らないとこんな巨大な少女の体など移動できはしない。
 私は意を決してそこに手をついた。ふにっと独特の手の沈み込み。女の子らしい感触に思わず胸が跳ねてしまう。夕立はけれど鼻歌交じりで私を待つだけだ。犬っ娘は待たせると後が怖い。
 私はこんもり膨らんだ乳房の山を越えて、肋骨の上に立った。
 そして前景に一気に広がったのは、撫で回したくなる可愛らしいお腹の丘陵と、その先で部屋の壁に押し付けられた長い長い二本の脚。窓が足の形にひび割れているのを見て、思わず頭を抱える。そしてそこから背けるように目を転じれば、しっとり柔らかなお腹に和まされる。伸縮性ある服はしっかりお腹に巻きついて、おへその凹みまで浮き出ていた。お腹を丸く縁取る、女性的な腹筋のラインが輪郭を引き締めている。
「よっと!」
「きゃっ!?」
 思いっきりそこにダイブすれば、夕立の可愛らしい声が響いた。そのまま私は、夕立のお腹という気持ちの良い海へと潜り込んで行く。
 さっぱりしたベッドシーツに飛び込むような感覚だった。すべすべと滑らかで、その上柔らかい。締まった腹にうっすら脂肪が乗って、とても暖かいのだ。
 肌に巨大なお腹の肌が重なる。夕立の体はメリハリがあって頼もしい。腹横筋と作るお腹の周りのへこみもささやかに主張して、何よりおへそがとても可愛らしかった。
 夕立のくすぐったそうな声が聞こえる。服はぴったり肌にくっついていて、私の感触もダイレクトに伝わっていることだろう。それは私も同じだ。薄布隔てて肌同士がくっつくのがよくわかる。すべすべで起伏なめらかなお腹は、まん丸に優しい丘っぱらだった。
 腕でなぞりあげてやれば、肌は手をしっかり押し返してくれる。少女のお腹の起伏は、胸の奥をくすぐる曲線美を描いた。ふっくらと膨らみおへそでキュッとすぼまる。黒い服には腹筋やおへそのラインが浮き出て光沢を放ち、長い脚や大きな胸が私を囲んでは私の小ささ、お腹の上に乗っている気恥ずかしさを教えていた。
 スカートが股間の三角形に合わせてへこんでいること、巨体に合わせて巨乳の揺れるゆさゆさという音が、ややもすると私の鼓動を早くした。長い脚だって綺麗で、こんな夕立でもとんでもない美少女であることに変わりはないのだ。
 けれど、時折お腹がくるくると鳴くたび唯この可愛らしい腹を撫でてやりたいとの衝動にかられる。くびれてぽんっと膨らむ愛しいお腹だ。サテンのような肌触りを愛でてやらないわけにはいかない。

「まったく、デカいわんこめ」
  クスクス言って夕立は笑うだけだ。
「もっと撫でて撫でて〜♪」
 そして服の裾を開くと、素肌を私に見せつける。影の中でしっとり輝く白い肌。フレグランスのように夕立の良い香りが膨らんで、柔らかな女の子の体温に包まれる。
 もう無意識の行動だった。
 私は思いっきりそこに滑り込む。どんなに思いっきり飛び込んだって、夕立にとっては消しゴムが跳ねた程度のこと。ぽんっと私は飛び跳ねてから、極上のお腹の上に潜り込んだ。
 夕立が私を服の中に閉じ込める。さっきと打って変わってしっとりとした大地に暖かな毛布。焦ったり喜んだりと忙しい体はほんのり汗ばみ、容赦ない濃度で私を夕立漬けにしてしまう。そんな幸福をかき集めるように、私は彼女のお腹を撫でくりまわした。
「きゃははっ! 提督さんも楽しんでるっぽい♪」
 はしゃぐでっかい少女のさえずり。お腹を抱えて笑えば、しっかり私はふにふにとした大地に飲み込まれ、くぐもった笑い声にくすぐられる。薄暗い中、手に触れたのはブラを縁取るレースの糸。急に恥ずかしくなって、私はおへその中に顔を埋めた。
 この多幸感は他にない。おっきな少女のお腹に、思う存分張り付き素肌に手を這わせるのだ。どこもかしこも夕立でいっぱいだった。たまらなく柔らかでしっとりとした肌。奥に感じる、詰まった内臓や筋肉の心強さ。そして霧がかるほどに濃密な夕立の芳香。笑顔に熱に香りに包まれて、骨の中まで夕立が染み込み躾けられている気分だ。

 調子に乗って私はくすぐってやった。ブラが見える気恥ずかしさも手伝って、散々夕立と遊んでやるつもりだったのだ。
 その途端、ぐらりと揺れる大地。滑らかで丸いお腹の頂点にしがみつくところなどなく、私は彼女の服の中で振り落とされる。
 落ちたのは薄暗い腋の影。すぐそばを走る布はあばらのアーチを縛り、凶暴な乳房を包もうと苦闘するブラの一部だろう。
 夕立は私の滑落にも気付かず愉快そうに笑っていた。身をよじって笑いを堪える。
 グラッと横倒しになる体。そして女性的な膨らみが胸板からとろりとこぼれ出すのが見えた時には、もう逃げる暇などない。たぱんっと柔らかな音とともに、私はミルクの詰まった乳房で叩きつけられていた。
 ぐえっと叫ぶ。夕立の胸に下敷きにされたのだ。巨乳のとんでもない質量に押しつぶされ、同時に柔らかさで守られる。あばらであったら圧死、お腹であれば窒息していたはずな分僥倖だけれど、重いことに変わりはない。一瞬感じたのはムニムニとした柔らかさ、けれどそれが全力でのしかかってくればもうたまらない。パンパンに詰まった豊胸で私は破裂しそうで、這い出さんと無我夢中で暴れ出した。
 そんな感触すらも夕立にとっては楽しいらしい。
「くすぐったいっぽい~!」
 そんなことを叫んでキャッキャとはしゃいぐばかり。一番敏感な場所を触れられて、ついに巨大娘は羽目を外した。

そして突如舞い込む破壊的な音。
「「あ」」
 同時に悟ったのはいうまでもない。

 はしゃいでしまった巨大娘の足は、壁を蹴破り粉々にしていた。無意識に突き出すだけで、強靭な足が蹴り砕いたのだ。彼女の靴下は傷一つつかない。けれど、まるで爆弾でも飛んできたような状態だった。
 サッと私たちの顔が青くなった。


§
「全く、何をしてるんだい?!」
 正座しこうべを垂れる私たちに、ぴしゃりと叩きつけられる声があった。大きな体をちんまり縮めて反省する夕立。そのスカートの上に人形サイズの私の姿。

 それすら覆い尽くす、巨大な巨大な影があった。

「夕立はこれで何度目かな? 提督が潰れたらどうするつもりだったんだい? それに提督も提督だよ。なにさあのはしゃぎっぷりは。外まで丸聞こえだったんだよ?」
 腰に手を当て仁王立ちの大巨人。ド怒り状態の時雨に他ならなかった。その大きさが怒りを現している。怒りと心配とがないまぜになって、優しくも厳しく私たちを叱っていたのだ。
 足元で縮こまる小さな妹、その膝に乗る小さな小さな私。そんな小人たちを見てフンっと時雨が鼻を鳴らす。
 けれど最後に。
「でも、あれさ、ボクにもやって欲しいな」
 そんなことを時雨は私に呟く。
 見上げれば、夕立と時雨がふふっと笑みを零していた。