タイトル:シスターの日記
作者  :他人(たにん)
章   :B章、異世界の女神
説   :3節、篭城
大きさ :☆☆☆ 20倍、30m程度
シリアス:☆☆☆
破壊度 :☆☆
☆5つで最高です

まだ時刻は昼を過ぎたころですが、祭りは一段楽したようです。あとは夜の部があるそ
うです。昼の部の最後の催し物は「女神像への願い」です。人々が女神像に願いを託し
ます。
「今年も後少しですが、平穏無事に終わりますように。」
「来年も豊作になりますように。」
「来年までに結婚できますように。」
「この街と世界が平和でありますように。」
いろいろな願いを女神像&女神様(リムト)に託します。リムトは豊作の神でも縁結び
の神でもありません。そんな願いをされても困るのですが、人々は女神様自身に願いを
託しているわけではありません。自分達の信じるトミラー神様や、信仰心のない人は誰
でもいいから神様へ願いを託しているのです。リムトもそれを承知なので、両手を胸に
合わせて一緒に願います。そうえいばリムトをここに呼び出したティア様は慈愛の神様
なのです。世界平和の願いくらいは聞いてくれるかもしれません。もっとも、あの見た
目10歳くらいの少女にそんな力があるのかは疑問ですが・・・。神様への願いがほと
んどですが、しかし中にはリムト自身への願いもあります。
「女神様、来年も来てくれますよね。」
この街が嫌いというわけではありませんが、何度も来たいとは思いません。自分が住ん
でいた世界で平和に暮らしたいのです。そういえば、この世界から元に戻ることはでき
るのでしょうか?
「来年こそは綱引きで勝つからな。まってるぜ!」
(・・・いや、それは絶対に無理です。)と内心で思いながら、本音は漏らさず、願い
を聞いています。そんな中、一人の老婆が女神像の前にやってきます。
「女神様にお願いがございます。」
そういってきたのは、最初に見張り塔であった老婆でした。
「実はこの街の周りに教会、遺跡、城があるのですが、最近賊が住みついているのです。
なんとか追い出せないかと思っていたのですが、街の警備兵だけでは手におえないので
す。女神様のお力で退治していただけないでしょうか?」
・・・リムトは迷いました。困っている人は助けたいですが、力の行使などはしたくな
いのです。先ほどティア様に言った「人間離れの力」という言葉が頭をよぎります。そ
れと同時に、ティア様が自分に何かをお願いしたことも思い出しました。そしてティア
様の要望がこの事案の解消であることも間違いないと思いました。リムトが目を開けて
周囲を見ると、女神様への期待のまなざしであふれていました。しょうがない、これも
試練だと思い覚悟を決めました。
「分かりました。これからその賊たちを説得してきます。」
女神様の言葉に、広場にいる全ての人が歓声を上げます。
「よかった、これで街は再び救われる。」
「100年前の奇跡がまた現実になるんですね。」
そんな歓声の中、2人の男が広場から立ち去り、1人は東へ、1人は北へ走り去ります
が、誰も気づいていませんでした。

「賊は3箇所にいます。東の教会、南の遺跡、北の古城です。北の古城は100年前に
女神様が解放された場所です。」
確かに以前北の古城へ説得しに行きました。また賊に占領されているとは・・・これも
運命のいたずらでしょうか?
「それではどちらへ行かれますか?賊達は互いの連携は取っていない別グループのよう
なので、どこから解放していただいてもよろしいのですが・・・。」
どこからでもいい、といわれるとリムトも迷ってしまいます。が、すぐに決断をします。
「では東の教会から解放してきます。」
見てのとおりリムトはシスターです。教会が占拠されている事態は見過ごすわけに行き
ません。
「東の教会ですね。では詳細はこの司祭からお聞き下さい。」
そういうと、20歳前半の若い司祭が前に出ます。祭りの最中だったはずなのに司祭服
を着ている、生真面目な人のようです。
「私は東のトルスマ教会の司祭を務めているキルスと申します。東の教会ですが、この
街をあちらの東側から出て10kmほどの場所で道が分岐しています。そこでわき道の
ほうへ500mほど行くとトルスマ教会があります。ちょっと遠いですが、女神様なら
すぐ着きますよね。」
確かに通常の20倍の大きさのリムトにとっては10kmは500mほどの距離に相当
します。10分もあればつく距離です。
「東の街道は道幅も広く、女神様でも道なりに進めます。実は東の街道は山向こうの街
につながっているのですが、この街から30kmほどもあるのです。そのため、月に一
度、キャラバンが通るくらいでほとんど人は通りません。トルスマ教会は街道の中継地
点としての役割も果たしているのです。」
それなりに大きい街でも、単独でその営みを維持することは非常に困難です。そのため、
他の街との街道は非常に重要な意味があるのです。
「はい、場所はわかりました。私にお任せ下さい。それで賊は何人くらいいるんですか?」
「確か10人程度だったと思います。」
「え、たった10人ですか?それなら街の警備兵でも勝てると思うのですが腕利きでも
いるんですか?」
「いえ、知っている限りではこそこそ腕が立つ程度です。街の警備兵がいかないのは教
会という神聖な場所だからです。いくら賊を追い出すためとはいえ教会で争いは起こせ
ません。とはいえずっとほおって置くわけにもいかず困っていたのです。」
「そういうことですか。分かりました。私にお任せ下さい。必ず平和的に解決をしてい
きます。」

リムトは街の中央の公園を出て、東の城門へ向かって歩き出します。街の人は協力的で、
リムトが通りために道を開けます。いや、踏まれないように道を開けているだけでしょ
うか?そして東の城門の前に立ちます。先に入ってきた南の城門より低くいですが、そ
れでも5mほどの高さがあります。その城壁でさえリムトの膝下程度の高さしかありま
せん。とはいえ多少足を上げないと城門を越えることはできず、覗きの心配もあります。
足を上げずに城門を蹴散らす、という方法もあるのですが、即座に却下します。兵士も
南の城門でのやりとりは見ていたため、全員下を向いているようです。リムトも周りを
確認してから、スカートの裾をちょっと持ち上げ、右足を上げます。街中を歩くときは
ゆっくり慎重に歩くリムトですが、城門は一気に乗り越えるために通常どおりの速度で
動作を行います。大質量の足が動くため、空気を切り裂く音、それにより発生する風、
着地時の轟音、振動、ホコリで下を向いていてもリムトの動作が分かります。この間た
ったの7秒ですが、7秒前まで目の前にいた女神様が城門の向こうにいる様子は、あた
かも瞬間移動したかのような速さに感じます。
「ではこれから東の教会へ行ってきます。しばらく待っていてください。」
街の人々は大きくてを振り女神様を送り出し、リムトも軽くてを振ってから街に別れを
告げます。

今日の街道は非常に静かでした。もともと人通りが少ない街道ですが、特に今日は祭り
あるためにみんな街に行っていました。周囲は民家と畑が連なっており、その畑もほと
んど収穫が終わっていました。街道を見つめているものといえばカカシとのら犬くらい
のものです。そんな中、一人の少女が街道を歩いています。広めの街道の半分くらいを
占領して歩く少女は誰もいない街道を注意深く見ながら歩いています。街道の幅は10
mもあり、しかも石畳となっている立派なつくりです。そう、幅10mの街道でも、リ
ムトにとっては半分ほど占拠してしまうのです。広い道路、周囲になるのは収穫の終わ
った畑という、大きさの比較対象がしずらい場所ですが、それでもリムトの大きさは際
立っています。ところどころ木が生えているのですが、リムトの膝ほどの高さもありま
せん。教会までの距離は10kmありますが、10km→リムトにとっては500m→
10分もあればたどり着く、というのは実は間違いです。まず巨大になることで俊敏性
が失われ通常よりも動作が鈍くなります。また街道に人がいないはずとはいえ絶対にい
ないという保証はありません。元の世界でもうっかり馬車を蹴飛ばしそうになったこと
もあり、それ以来街道でも街中と同程度の注意深さで歩くようにしています。とはいえ、
リムトが両足を並べても十分に余裕がある街道などというのは始めてみます。人が通ら
ない割にはきれいに整備された街道をリムトはゆっくりと歩いていきます。見とおしも
いいため、いつもより余裕を持って歩けるので、リムトも気が休まります。そのため、
後ろから付けてくる人がいるなどとは全く思っていませんでした。
年齢は20歳後半くらいでしょうか?背はふつうでやせ型、ラフな格好をしています。
腰に護身用の短剣をさしていますが街の警備兵ではありません。
「凄い、なんて速さなんだ。」
男はつぶやきます。リムトはゆっくり歩いているのですが、さすがに歩幅が20倍も違
えば人間が追いつくのは困難です。ほぼ全力で走っていますが、それでも放されないよ
うにするのがやっとです。

一本道の街道を歩きつづけるリムトですが、距離がわからなくなってきました。多分5
kmは過ぎたのでしょうが、問題の脇道の目印を聞いていませんでした。大きな街道な
ので脇道はたくさんあります。大抵は民家に通じる短い道なので教会へ通じる道でない
ことはわかりますが、これでは教会を見逃してしまうかもしれません。さらに街道を歩
き、そろそろ教会へのわき道がありそうな個所に着たのですが、やはり教会は見つかり
ません。さてどうやって探せばいいでしょうか?いったん街に戻って聞いてくるという
方法が確実ですがやや手間がかかります。仕方ないので近くの民家で尋ねることにしま
した。脇道に入りますが幅が2m程度なのでリムトの片足の幅ぎりぎりです。周囲は既
に収穫が終わった畑なので道を踏み外しても被害はないはずですが慎重に進みます。脇
道を10m(といっても3歩)進み民家の前にたどり着きます。民家は10m四方の平
屋建てですが、リムトの影にすっぽり覆われています。その場にそっとしゃがみこみノ
ックをしようとしますがやめました。ノックといっても片手ではなく指1本でドアを叩
く予定だったのですが、それでもドアが吹き飛びそうなのでやめました。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」
問いかけるリムトですが返事はありません。リムトにとっては普通の声の大きさでも、
かなりの轟音となります。聞こえていなかったり寝過ごすことは考えられません。とな
ると、誰もいないのか、それともリムトを恐れて出て来れないのでしょうか?
「道を尋ねたいんですけど。」
再び声をかけるリムトですがやはり返事はありません。きっと祭りに出かけているのだ
ろうと解釈し、他の民家を尋ねることにします。脇道を戻らなくてはならないのですが、
道幅が狭いため方向転換できません。たった3歩で街道まででれるので、向きを変えず
にバックすることにしました。まず立ちあがり、右足を後ろに進めますが
「うわ!」
いきなり足元から男の声が聞こえます。リムトはとっさに右足を元の場所に戻し、その
付近を見渡します。すると20歳くらいの男が座り込んでいました。
「あ、危ないじゃないですか!踏み潰すつもりですか!」
リムトに対して怒り出す男ですが、
「ごめんなさい。でも後ろに人がいるとは思わなかったので・・・。」
リムトは前方や横から飛び出してくる人には注意を払いますが、後ろはあまり注意して
いません。リムトのすぐ後ろを歩く、などという人などいないからです。細い脇道では
リムトがうまくバランスを保てずに転ぶ可能性もあるので、ひとまず2人とも街道に出
ます。
「あの、どなたでしょうか?この家の方でしょうか?」
「いや、俺はキト街の青年部隊のゼラトという者です。女神様のご活躍を見届けるため
に付いてきました。」
「・・・はあ、そう・・・だったんですか。でも賊との争いがあるので危ないですよ。
もちろん戦うつもりはありませんが相手もそうするという保証はありません。街に帰っ
ていただけませんか?きちんと詳細は報告いたしますので。」
「いえ大丈夫です。こう見えても剣術、体術には自信があります。賊ごときに遅れはと
りません。」
どうしたものか、とリムトは考え込みます。人1人がついてきても大勢に影響はありま
せんが不安要素は少ないほうがいいのです。
「女神様、先ほど民家で道を尋ねていらっしゃいましたよね。教会への道なら俺がよく
知っています。案内いたしますからご一緒させてください。」
・・・さてどうしたものでしょうか?道を知っているのはありがたいですがついてくる
のは困ります。とはいえ、道だけ尋ねてあなたは帰れ、というのはあまりにも失礼です。
はあ、とため息をひとつつくと
「では道案内をお願いします。でも危なくなったらすぐに逃げてくださいね。」
「はい、よろしくお願いします。それともうひとつお願いがあるのですが・・・」
「え、なんでしょうか?」
「ぜひとも女神様の肩に乗せていただけないでしょうか?俺の足では女神様に付いてい
くのがやっとですし、俺のペースで歩くのも嫌でしょう?」
またしてもリムトは困ってしまいました。男を肩に乗せるのが嫌、というわけではあり
ません。実は肩に人を乗せて歩くということは経験がないのです。以前肩に荷物を載せ
て歩いたことがあるのですが、すぐに滑り落ちて台無しにしたことがありました。つま
り、かなり揺れるのです。肩に乗せた人を気遣いながら足元に注意して歩く、というの
は自信がありません。
「ごめんなさい。私は体が大きいのでちょっとの揺れでもすごい振動になるんです。肩
に乗せるのはいいんですけど落っこちるかもしれないので乗せて歩くことはできません。」
「そうですか・・・。」
ゼラトは非常にがっかりとしますが、すぐに次の案を出します。
「では女神様の掌の上はダメですか?先ほど子供達をたくさん乗せていましたよね。」
確かに子供達を乗せて上空からの景色を見せて上げました。しかしそのときリムトは静
止をしていたので掌だけに集中していました。やはり足元に集中する必要がある以上、
掌から落っこちる可能性があります。
「ごめんなさい、やっぱり揺れると思うんです。危ないので了承できません。」
「大丈夫です。多少揺れても私は大人なのでこらえることができます。」
ゼラトは懸命に食い下がります。どこからこの自身が来るのでしょうか?どうやら上空
からの景気を見る、あるいは女神様に抱き上げられたいというのが目的のようです。あ
まりのんびりするわけにも行けないのでリムトが折れました。
「分かりました。注意はしますけどもしものときはしがみついてくださいね。」
そういうとリムトはゼラトの前に右手を降ろします。自分の体よりも巨大な掌が自分に
向かって降下してきますが、ゼラトに恐怖心はなく感激の気持ちで一杯でした。しかし
足を乗せようとしたところで動きが止まります。いまさらおじけずいたのか、と思ったら
「あの女神様の掌の上に土足で上がっていいのでしょうか?やっぱり靴は脱いだほうが
いいですよね。」
「えっと・・・そうですね。では脱いでもらえますか?」
ゼラトは靴を脱いで腰にぶら下げると、リムトの右手に乗ります。
「では持ち上げますね。しっかりしがみついて・・・ってしがみつくところなんてない
ですので、ふんばっていてくださいね。」
ゼラトは言われたとおりリムトの右手に体を密着させ振動に供えます。するといきなり
体が重くなります。周囲を見ると自分が持ち上げられているということが実感できます。
重圧は凄いですが、ほとんど揺れはありませんでした。リムトは座ったままで自分の胸
辺りまで、10m程度持ち上げます。既に見張り塔並みの高さですがこれでもまだ半分
くらいです。
「ではこれから立ちあがります。さきほどよりも揺れるので気をつけてください。」
そういうとリムトは折っていた右足を立て、さらに左足を伸ばします。そしてゆっくり
と立ちあがり、大体等速で男を持ち上げます。
「あの、大丈夫ですか?揺れませんでしたか?」
「いや、大丈夫です。重圧はありましたが揺れはほとんどありませんでした。」
ゼラトの言葉にリムトはほっとします。とはいえここまでは子供にしたことと同じです。
問題は足元に注意しながら歩くとき、ゼラトのことがおろそかにならないことです。
「では出発します。道案内をお願いします。」

再び街道を歩き始めたリムトですが、先ほどよりもゆっくりと歩きます。足元とゼラト
の双方に注意を払うためです。しかしそれでも普通の人が走るよりも相当速く、また思
ったよりも掌が揺れるために必死にふんばっていました。
「やっぱり揺れますか?降ろしましょうか?」
「い、いや、このままで大丈夫です。おかまいなく。」
男の声は先ほどよりも細く心配ですが、大丈夫といっている以上リムトは何もできませ
ん。ゼラトに注意を向けている分、やや足元への注意が散漫になります。街道をまっす
ぐに歩けずよろよろと蛇行しますが、街道の広さが幸いして踏み外さずにいます。街道
の周りから徐々に民家が減っていきます。街道沿いとはいえ、街から離れたところに住
む人は少ないようです。
「教会への脇道へですがなにか目印はありますか?」
「目印ですか?特に目印はないですが大きな脇道なのですぐに分かりますよ。」
「はあ、そうですか。」
こんなことを話しながら街道を歩いていると、ゼラトの話どおり大きな脇道が見えてき
ます。脇道とはいえ道幅は5mほどもあります。街道は道幅10m程度もあり、それに
比べると細いですが確かによく目立ちます。そういえばキャラバン隊も教会に立ち寄る
といっていました。それを考えればこの程度の道幅が必要になるも当然です。街道から
でも問題のトルマス教会が見えます。まだ500mほどもありますがリムトにとっては
ほんのちょっとの距離です。脇道に入る前にゼラトに声をかけます。
「あの教会ですね。そろそろ賊たちの縄張りに入ると思います。今からでも遅くありま
せんから街へ戻っていただけませんか?」
道案内してもらったことは感謝していますが、それでもゼラトと一緒にいくのはためら
いがあります。・・・なぜかゼラトからの返事がありません。街へ帰ることを渋ってい
るのでしょうか?リムトが掌の上のゼラトに目を向けると、なんとうずくまっていました。
「あのどうしましたか?気分でも悪いんですか?」
するとようやくゼラトは返事を返します。
「ううう・・・その・・・酔った・・・ようです。」
「やっぱり揺れましたか。ゆっくり降ろしますからあとちょっとだけ我慢してください
ね。」
リムトは細心の注意を払いながらしゃがみこみます。
ゼラトは落下するような間隔におそわれびっくとしますが、それはリムトの掌は感じ取
れませんでした。まずは左足を曲げ、それから右膝をつきます。さらにそこからゆっく
りと右手を降ろします。
「地面につきました。降りられますか?」
リムトの言葉に対し返事はなく、ゼラトはよろよろと這いながら地面に向かいます。そ
して掌から降りるとき段差を踏み外したように転げ落ちます。
「大丈夫ですか?」
ゼラトは体を起こしますがまだ立つことはできません。それでも平静を装いながら
「ええ、これくらいなんでも・・・」
まだ酔いが治らないらしくうつろな目でリムトを見上げます。酔ってしまったゼラトに
は悪いことをしたと思いましたが、別の問題が解決できそうと思いました。
「そんなに体調が悪いんでは一緒に教会へはいけませんね。ここで待っていてもらえま
すか?」
「え・・・はい・・・そうですね。しかたないですね。お役に立てなくて申し訳ないで
す。」
ようやく協会行きをあきらめたゼラトに、複雑な気持ちながらもほっとします。
「しばらくすれば体調は戻りますよね。ではこれから教会を解放してきます。もし戻っ
てくるまでに体長が戻らないようでしたら、街に戻ってから助けを呼んできます。なの
でしばらく待っていてください。」
そう言い残してリムトは一人教会へ向かいます。

教会の扉が荒っぽく開かれます。何事かと思い目を向けると、そこには使いっぱしりの
部下がいました。
「おいおいそんなに慌ててどうした。祭りは楽しかったか?」
賊の親分、バダイが声をかけます。
「大変だ。女神様が現れた。」
???バダイ以下他の部下達も首を傾げます。とりあえず水を一杯のみ落ち着いたとこ
ろで話しを再開します。
「俺は祭りに出ていたんですが、そこに巨大な女神様が現れたんです。あれは100年
前に現れた女神様に違いないです。」
「は?女神様だと?バカバカしい、何を言ってるんだ?」
実はこの賊達はみなキト街やその周辺の出身者です。もちろん女神様の逸話は知ってい
ますがただの作り話だと思っていたのです。
「いや本当なんですよ。信じてくださいよ。確かにこの目で見てきたんです。大きさは
・・・比べようがないんでよくわからないですが、逸話どおり30mくらいはありそう
です。」
「うーん。そうなのか・・・。お前が嘘をつくことなんてなかったからな。本当なんだ
な?で、女神様が現れたのが何か問題なのか?」
「それがこの教会へ向かっているんです!」
その言葉に一同が凍り付きます。
「何?本当なのか?」
「ええ、間違いないです。女神様はお祭りに参加していたんですが、その中でこの教会
が賊、というか俺達のことですが、占領されていることを知ったんです。それで解放す
るためにここに向かっているんです。俺はそれを伝えるために大急ぎで戻ってきたんで
す。」
「・・・信じられない話しだな。だがもし本当だったら大変だな。」
「親分、何言ってるんですが。そんな奴返り討ちにしてやればいいんですよ。どうせ逸
話なんてデタラメ。俺達が束になってかかれば勝てますって。」
「何言ってるんだ。無理に決まっている。俺は見たんだ。お祭りの中で女神様が100
人の男達と綱引きをしたんだ。それも指1本だぞ。それでも勝っていたんだ。あと丸太
割り競技は知っているよな。今年も成功者はいなかったんだが、女神様は片手で3本の
丸太をへし折ったんだぞ。そんな化け物相手に勝てるわけないじゃないか?」
その話しに一同は静まり返ります。もし今の話しが本当ならば勝てる見こみなどありま
せん。話半分と解釈しても恐るべき力の持ち主であることに変わりません。
「へ、それがどうした。ははあおじけづいたのか?情けない奴だな。」
「そうだぜ、俺達10人でたった1人に負けるわけないだろ。」
口々に弱腰姿勢の男に罵声を浴びせますが、
「いや、ここは退却すべきだろう。」
そう言い出したのは親分のバダイです。
「親分。こんなへなちょこ野郎の言うことを聞くんですか?なんなら俺達だけで倒して
きましょうか?」
そんなことを言う部下に対して
「いや、俺だって10人がかりで負けるとは思っていない。だがもし本当だったらどう
する?綱引き100人相手に指1本だぞ。そんなのに勝てるわけないじゃないか。それ
に女神様の目的は<教会の解放>だろ?一時的に撤退すればいいんだ。女神様が帰って
からあらためて戻ってくればいいんだ。」
「じゃあこいつの話しがデタラメだったらどうするんですか?みすみす開け渡すんです
か?」
「ああそうだ。あとで取り返せばいいだけの話しだ。この教会を占拠することはそれほ
ど大事なことじゃないんだ。ここで全員女神様に成敗されるというリスクを考慮すれば、
一時的に教会を開け渡すくらいなんでもないだろ。」
「はあ、親分がそういうなら従います。では撤退の準備でもしますか?」
部下達は嫌々撤退の準備を始めますが、またしても教会の扉が荒々しく開きます。こん
どは教会の屋根で見張りをしていた男です。
「親分、みんな、大変だ。この教会にばかでかいシスターが攻めてくるぞ!」
その報告に一同が驚きます。一瞬静まり返ったかと思うと、なにやら教会全体が振動を
し始めます。そう、既に女神様は教会の目の前まで来ていたのです。

窓から外を眺めると、確かにそこにはシスターがいました。黒い髪に薄い水色のシスタ
ー服、茶色のブーツを履いた10代のシスターです。どこからどうみてもシスターとい
った服装ですが唯一大きさだけが普通と異なります。教会の周囲の木々は比較的背が低
く5m程度の高さですが、シスターの膝ほどの高さもありません。周囲をキョロキョロ
しながら、しかし明らかにこの教会を目指して歩いてきます。よく見るとキト街にある
女神像に姿、形ともそっくりです。

トルマス教会は平屋建てながら15m四方もの敷地を持つ大きな教会です。裏手には川
が流れており、また教会の周囲100m四方は一面の野原となっているので、大規模の
キャラバンが余裕を持って休める場所です。その教会の前についたリムとは教会を見下
ろします。そして左膝を付き右膝を立てて座り込みます。教会の中に数人の人がいるこ
とが気配から分かります。さてどうやって説得しようかと考えますがとりあえず声をか
けます。
「教会の中にいる皆さん、こんにちは。私はシスターのリムトと申します。今日はキト
街からの依頼でこの教会を解放しに来ました。」
その言葉に教会の中でざわついていることが気配でわかります。さらにリムトは続けま
す。
「教会を解放しにきたのですが皆さんを捕まえたり危害を加えたりするつもりはありま
せん。この教会から出ていって悪事をやめると誓っていただくだけで結構です。」
その言葉に教会ないがしんとなります。そしてリムトは教会の正面に座ったまま中の対
応を待つことにしました。

「お、親分、どうするんですか?」
「いくらでかいからとはいっても武装も何もしてないじゃないか。全員でかかれば倒せ
るんじゃないか?」
「何言ってるんだ。あんなでかいのに勝てるわけないじゃないか!」
「なんだてめえ、怖いのか?情けない奴だな。」
「じゃあお前行ってこいよ。もし倒せたら俺は一生お前のドレイでもいいぜ」
「お、いったな?約束だぞ。じゃあ親分、さっそく俺達3人で奴を倒してくるぜ」
部下の中でも特に好戦的な3人が女神様打倒を提案しますが、
「いや、だめだ。」
バダイはあっさりと拒否をします。
「親分、俺達を信用してくれないんですか?あんな奴に負けるとでも思っているんです
か?」
「ああ、そうだ。絶対に勝てないとは言わないが容易に勝てないはずだ」
他の6人もバダイと同意見なのかうなずいています。そして1分ほどの静寂の後
「親分、いやバダイ。俺達はもうお前に使えるのはやめだ」
「そうだな。こんな腰抜け野郎と組むのはうんざりだ」
「俺達は勝手にやらせてもらうぜ」
以前から確執があったバダイと3人の子分は対立を始めます。
「じゃあな腰抜け野郎ども。」
「おい待て。グループを抜けるのは勝ってだがあいつと戦うことは許さん!」
「うるせえ、チキン野郎。お前らとはもう縁は切ったんだ。勝手にやらせてもらうぜ」
「お前達があいつと戦って勝とうが負けようがそんなことはどうでもいい。だが負けた
ら俺達はどうなる?あいつに喧嘩を売った奴らということで敵視されるかもしれないん
だ。まきぞえはごめんだ。」
「まあに、俺達が勝つから問題なしさ」
「いいから考え直せ。あんなでかいのにどうやって勝つつもりなんだ?逸話によれば高
位魔法でも傷1つつかず、城壁を破壊するほどの力があるんだぞ」
「そんなのただの逸話、作り話さ。さてじゃあ行くか。先にお前達腰抜け野郎共をぶっ
飛ばしてやってもいいんだがまあ昔のよしみで見逃してやる」
そういうとグループを抜けた3人の部下達は教会の正面から出て行きます。

教会からの撤退を訴えたリムトがしばらく待っていると教会正面の戸が開きます。そし
て武装をした3人の男達が出てきます。3人の位置関係を見ると、中央の男がリーダー
で回りの2人が部下のようです。3人ともリムトを恐れる様子などなく見上げています。
「よう女神様、こんな辺境の教会までご苦労なこった」
いきなり挑発的な態度をとるリーダー格の男にリムトはややむっとします。
「教会を開け渡せだと?ここは俺達のアジトだ。女神様が人様の物を奪っていいのか?」
先に教会をのっとった自分達のことなど棚に上げリムトを非難し出します。
「この教会は共有の建物です。あなた達こそ勝手に占領しないで下さい。先ほども言い
ましたけど別に争うつもりはありません。明渡してくれればそれで結構です。」
「争うつもりはない、か。やはり俺達にはかなわないとみて交渉しようとしているんだ
な?」
「・・・はっ?」
賊達の見当違いの指摘にリムトの目が点になります。3人の人間と20倍サイズの巨人。
誰がどう見たってリムトのほうが有利です。そんなリムトの疑問を図星を付かれたと勘
違いした賊達は
「やはりそうか。お前こそとっととここを去りな。俺達は悪だが女に手を出すのは気が
引ける。立ち去るんなら見逃してやるぜ」
「あの、なにか勘違いをして・・・」
リムトが反論をしようとしますが、
「そうか立ち去るつもりはないんだな。じゃあ返り討ちにしてやる。やれ!」
リーダー格の男が命令を出すと2人の部下が突撃をしてきます。その様子を呆然と眺め
ているリムトは身動きせずにいます。2人の部下はそれぞれ短めの槍を持ち、リムトの
左足の膝めがけて突いてきます。スピードに乗った槍がリムトの左膝に突き刺さり・・
・ませんでした。水色のシスター服には穴は開かず、リムトの体にもダメージどころか
突つかれた感覚さえありません。リムトの予想通り、やはり勝負にもならないようです。
しかし全く手出しをしないリムトに賊達は攻撃の手を緩めません。何回も同じ場所を攻
撃します。しかも微妙にタイミングをずらし、より威力の高い攻撃をしかけます。ただ
の賊ではなくかなり訓練された技術を持っているようです。とはいえさすがに相手が悪
いようで、リムトに有効なダメージは与えられません。
「てめえらどけ。俺がやる!」
そういうとリーダー格の男が獲物の剣を抜き突撃してきます。そのままほおって置いて
もいいのですが、ずっと待っているだけでもしょうがないので剣が当たる瞬間に左膝を
立てて避けます。
「うぉっ」
必殺の一撃をかわされるとは思っていなかったため、標的を失った剣が空を裂き体勢を
崩して転びます。なさけなく転ぶ男を見届けると、立てた左膝を地面に下ろします。も
ちろん元の位置に戻すと男をつぶしてしまうので、少し左側へ降ろします。そのさい、
わざと力をいれて地面に叩き付けます。
・・・・・・
低い轟音が響き教会全体が揺れます。さらに地面が揺れ残り2人の男の体制が崩れます。
それほど力を入れたわけではないのですが、左足全体が30cmほど地面に沈んでいま
す。転んだ男が立ちあがるのを見てからリムトは声をかけます。
「皆さんの攻撃なんて利きませんよ。あきらめてくれませんか?」
自分の力を見せ付け、さらにやや挑発気味に声をかけます。これで大抵の相手は戦意を
喪失し降参をするのですが、
「攻撃が効かないだと?嘘つくんじゃねえ!俺様の攻撃をかわしたのがその証拠だ!」
「いや、そう言うわけでは・・・」
リムトがなにやら言おうとしますが今度は3人で攻撃してきます。
・・・・・
さてどうしたものでしょうか?このままではいつまでたっても勝負がつかないのですが、
力ずくで黙らせるわけにもいきません。ちょっとくらいならいいのでは、とも思います
が、それはリムトの信仰に反します。しかも"ちょっと"で済むのかわからないのも問題
です。自分の力がどのくらいなのか、今一つ分からないですが容易に致命傷になり得る
ことは分かります。
・・・・・
そして決断をします。なおも無駄な攻撃をしかける賊達に声をかけます。
「降参するつもりはないんですね。ではしかたありません。」
そういうと、賊達が攻撃を続ける左膝を再び上げます。今度は全員転倒することはない
ですが、攻撃対象を失い互いに顔を見合わせます。そして次は軸となっている右足に攻
撃を仕掛けようとしますが、1人の目の前に突然壁が現れます。それは高さ1.5mほ
どの肌色の壁です。そう、もちろんリムトの右手です。慌てて後ろに逃げようとします
がすぐもう1つの壁、リムトの左手が行く手をふさぎます。あっという間の1人の男は
リムトの両手に囲まれて閉じ込められます。すぐさま槍を構えて攻撃をしようとします
が、どこから攻撃をしたらいいものか迷います。そして上を見上げると自分1人を見つ
める女神様の顔がありました。男の周りをぐるりと囲む両手、じっと見つめる大きな瞳。
壁は越えられない高さではないですが足をかけた瞬間に攻撃をされる可能性があります。
数秒、男がキョロキョロしていましたが
「う、うわーーー!」
いきなり情けない悲鳴を上げてうずくまります。周囲を容易に超えられない壁でふさが
れ、さらに上空からその様子を観察される。閉所恐怖症でなくても狂いそうになるのは
当然です。その様子を見てリムトは手をどけて男を解放します。相手を傷つけることな
く戦意を喪失させることに成功したようです。唯一の問題はトラウマになりかねないこ
とですが、"巨大な女神様の掌に囲まれてじっとにらまれる"などというシチュエーショ
ンは一生ないでしょうから問題なしです。残りの2人は何が起きたか分かりません。
「なんだ、何をしたんだ?」
「これは何かの魔法か?」
状況を理解できない2人に説明する義理もなく、リムトは再び手を伸ばします。必死に
逃げ出す男ですが、すぐに目の前に肌色の壁が現れ、後ろを振り向いたときにはすでに
周囲は囲まれていました。またしてもリムトは声をかけずにじっと見つめます。下手に
声をかけるよりも、無言のプレッシャーというのはこたえるものです。しかし閉じ込め
られた男はひるまず槍を振り回そうとします。ですが両手でふさがれた空間は槍を振り
回すほど広くなく、すぐに柄がぶつかります。それでも機用に槍を動かし槍を突き刺し
ますがもちろんびくともしないし傷もつきません。すぐに戦意を喪失すると思っていた
のですがそうでもないようです。しばらく待ってから次の段階に移行します。次の段階
は男の周囲を狭めること、ではなく両手の親指を合わせて上の開いた部分をふさぎます。
これで男の周りは完全にリムトの両手に覆われ、外界から隔離されます。なおも槍を突
を刺す男ですがやがて意味がないことを悟ったのか攻撃を止めます。それでもリムトの
両手は開きません。
・・・・
「た、助けてくれ。俺の負けだ。許してくれ」
ついに閉鎖空間という絶望的な状況に男が折れました。しかしリムトの両手は男を解放
しません。
「お、おい、聞こえないのか?俺の負けだ。解放してくれよ」
泣き言をいう男ですがやはり両手はぴくりとも動きません。リムトにはもちろん聞こえ
ていました。ただ、多少おしおきをする必要があると思い、しばらく解放しなかったの
です。
「お願いだ、助けてくれ。俺を待っている家族がいるんだ・・・」
家族、という言葉に反応し慌てて両手を解放します。男の周囲は明るくなり、喉かな景
色が目に入ります。ようやく解放されたことにほっとします。
「あなたにも大切な家族がいるんですか?なのにこんなことをしているんですか?」
男の悪事を問いただすリムトですが、
「え、あ、いや・・・勘当されて飛び出てきたから家族なんてどうでもいいんだが・・・。」
リムトの両手から解放された男は、ほっとしたのか本音を漏らします。
・・・・・
リムトは無言で両手を伸ばし、再び男を閉じ込めます。
「ああ、許してくれ!もうこんなことはしない、本当だ!」

残るはリーダー格の男1人です。2人の男達があっけなく降参した様子を情けなく思い
ながらリムトに声をかけます。
「俺様をその2人と一緒にするんじゃねぞ」
どうやら1人なってもまだ戦いを続けるようです。リムトははあっとため息をつき、他
の2人と同様に手を伸ばします。さすがに閉じ込められるのはまずいと思ったのか必死
に逃げますが教会の脇の川原まで追い詰められます。そしてリムトの右手が迫ってくる
様子を見て右足を下げますが、そこに川原はなく川に転落します。川は透き通っていて
飲み水としてつかます。水深は2m、幅は5m程度の川なのですが、いきなり男はもが
き出します。
「た、助けてくれ。俺は泳げないんだ!」
なんと男はかなずちのようです。緩やかな川に流されていく様子を見ていたリムトです
が、このままでは危ないと思い手を出します。川の下流に左手をさし入れ男を受け止め
ると、上流側から右手を添えてすくいあげます。地面から5mくらいの高さに持ち上げ
男の回復を待ちます。やがて水を吐き出したかと思ったらすぐに剣を構えて立ちあがり
ます。
「ここは掌の上か。ちょうどいい、くらえ!」
男は何回もリムトの左掌を突き刺しますが、やはり傷ひとつつけられません。せっかく
助けたのにこの仕打ちとは・・・・。別に恩を売りつけるつもりはないですがあんまり
です。男の乗った左手はそのままにして、右手で男を覆います。無論男に逃げ場などな
く、リムトの両手に挟まれる形で閉じ込められます。地面の上で閉じ込められるよりも
さらに窮屈な場所に閉じ込められてしまいました。身動きができないほど狭いわけでは
ないですが、剣を振るうには狭すぎます。とはいえ、剣を突き刺す攻撃はやめず、足元
の左手や上部の右手を何回も突き刺します。無駄な攻撃を繰り返すうちに疲れたのか、
攻撃のペースは落ちますがなかなかあきらめません。
「さっきも言いましたけどそんな攻撃は効きませんよ。あきらめてくれませんか?」
そんなリムトの提案に
「うるせえ、俺様の本気はこれからだ!」
「なら早く本気を出してください。そんな弱っちい攻撃なんて痛くも痒くもありませ
んよ。」
事実ながら挑発的なリムトの言葉に男はカッとなりますが、やはり有効なダメージは与
えられません。さてずっと待っていてもしょうがないので他の手を考えます。まず右手
を上げ男は両手の牢から解放されます。しかし安堵したのもつかの間、リムトは右手の
親指と人差し指で男の剣とつまみます。男は必死に抵抗しますがもちろんリムトの力に
かなうはずもなく剣を奪われます。その剣をどうするのかと思ったら地面に投げ捨てて
しまいました。
「これでもう武器はありませんね。どうします?まだ戦いますか?」
「あたりまえだ。男の武器は剣じゃねえ、拳だ!」
男はリムトの左掌にパンチを繰り出しますがもちろん効くわけがありません。やはり説
得は無理のようなので再び左手に右手をかぶせ男を閉じ込めます。
「これからひっくり返しますから注意してくださいね。」
リムトの言葉に男は?となります。そうかと思うといきなり地面がひっくり返ります。
先ほどまで上部であった右手の掌が地面となり叩きつけられますが、掌には十分な弾力
があり怪我などはしません。そう、リムトは右手と左手をひっくり返したのです。その
際、男の持っている剣で傷つかないように取り上げておいたのです。今度は上部となっ
た左手を上げ男に問い掛けます。
「上下逆さまになる気分はどうですか?」
「へ、それがどうした。俺様は傷ひとつ受けてないぜ」
もちろん傷をつけないようにしたのですがどうやらリムトの真意を理解していないよう
です。
「そうですか。それじゃあ仕方ないですね。」
いくら傷つけないとはこれはしたくなかったのですがもう他に手はありません。再び左
手をかぶせて男を閉じ込めると、今度は上下に振り出しました。地面が動き、壁が動き、
男はリムトの両手の中であちこちに叩きつけられます。もちろんリムトの掌の弾力のお
かげで怪我をすることはないのですが、
「どうですか?もう懲りましたか?」
20秒くらいたって揺れは収まり、再び男が解放されますが、
「ううう、気持ち悪い・・・」
相当激しく揺さぶられた男はもうフラフラで、戦う気力などないようです。
「じゃあ降参しますね。じゃないともう一度・・・」
「分かった分かった、降参だ。俺の負けだ」

再び3人そろってリムトの足元にそろった賊に告げます。
「じゃあもうこんな悪さはしないで下さいね。いままでの悪事を悔いあらためると誓っ
ていただけますね。」
「ああ、誓う誓う。だから許してくれ」
「俺達が悪かった。もう懲りた」
2人は素直にわびますが、
「ふん、貴様に負けたことは認めるが悪事をやめる気などないね」
フラフラな状態から回復したリーダー格の男は悪態を付きます。
「さっきあんなにされたことを忘れたのですか?もう一度フラフラになりたいのですか?」
「ならそうすればいいだろ。力ずくで従わせればいいだろ。力のあるものが力のないも
のを支配する。これが世界の理だろ。」
・・・確かに現実世界では力のあるものが力のないものを支配するというのはよくあり
ます。しかしそれはリムトの信仰に反するものです。
「私は力で人を従わせるのは間違いだと思いますしそのつもりもありません。」
「ならさっきの戦いはなんだ?しょせん力で従わせただけじゃないか?」
・・・リムトは黙り込みます。説得する、などといって街をでて、賊達に告げたとはい
え、実際は力で従わせただけです。
「そうですね。私が間違えていました。力で従わせるなんてことは許されませんね。」
なぜか謝り出すリムトを不思議な様子で見ていましたが、
「まあ女神様に免じてしばらくはおとなしくしておいてやるよ。この教会にはもう手を
出さないと誓おう」
リーダー格の男がいきなり謝罪らしきことを言います。
「女神様がどう思おうと俺は力のあるものが支配するというのが正しいと思っている。
そして俺は女神様に負けた。なら俺は女神様に従うさ。だが俺はよく約束を破るんでね。
いつまで守れるかはわかんねえ。さあどうする?ここでさっさと成敗するのか?それと
も見逃すのか?」
しばらく考え込むリムトですが、すぐに答えを出します。
「今はそれでもかまいません。私はあなたを信じています。これからは悪いことはやめ
てくれることを祈っています。」
「そうか・・・じゃあな女神様。もう二度と合わないことを願っているぜ」
そう言い残し、3人の賊達は去っていきました。

その様子を教会内で見ていたバダイと6人の部下達が慌てます。戦闘の様子はずっと見
ていましたが会話までは聞こえませんでした。ただ女神様はあまり手を出さずに説得に
当たっていたことは分かります。
「やっぱりあいつらでも勝てなかったか」
「まあ予想通りだな」
バダイは冷静に分析しますが、
「親分、どうするんですか?あいつらが勝てないのはしょうがないとして女神様と戦っ
てましたよ。となると俺達も敵意を見せるかもしれませんよ。」
リムトの前から3人が去ってから既に5分程度立っています。リムトは再び教会の前に
座り込み、一度だけ
「私は争うつもりはありません。ここを出ていって、もう悪事を働かないと約束してい
ただければそれで結構です。」
といってじっとしています。
「あいつ、じゃなくて女神様は危害は加えないって言ってますぜ。それならさっさと出
て行けばいいんじゃないですか?その後、可能ならここに戻ってくればいいですし、無
理なら他を探せばいいじゃないですか?」
「そうですぜ。親分だってこの教会にそれほどこだわっているわけじゃないんでしょ?」
撤退を提案する部下達にバダイは
「いや、撤退後の話しはどうでもいい。問題はどうやってここから生還するかだ」
生還、という言葉に一同がしんとなります。そう、無事この窮地を脱することができる
のかが一番の問題です。
「だから素直に謝って出て行けば許してくれるんじゃないですか?女神様の逸話でも、
"誰1人傷つくことなく城を解放した"といわれてますし」
「それが真実という保証などない。それを実際見た人間はいないんだからな」
「じゃあどうしろと・・・・」
再び沈黙が支配しますが、外からは
「あの教会の中に行くことはわかっています。早く出てきてくれませんか?」
どうやら女神様はこれ以上待てないらしいです。とはいえ強行突入する気もないようで
す。その気になれば教会ごと破壊することも可能でしょうし、目的は教会の解放なので
すから教会を破壊することは考えにくいです。
「そうだ。この手はどうだ?」
なにやらバダイに名案がひらめいたようです。
・・・・
「おお、なるほど。その手なら助かりそうですね」
「問題は誰がやるか、だな。全員で行くのはリスクが高すぎる」
自分から生死を賭けた実験台になろうなどという人がいるわけもなくまたしても沈黙し
ます。
「・・・しかたない。お前、行け」
「!!!」
突然指をさされた部下が飛び上がるほど驚きます。
「誰かがやらなきゃいけないんだ。なら新入りのお前がやるのが常識だろう」
「そんな、親分。俺を見捨てるんですか?」
「なんだと。俺の作戦が失敗するとでも思っているのか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど・・・」
「あいつに決まりだ。おい、お前達、正面からつまみ出してやれ」
他の部下達が新入りを取り押さえます。仲間をいけにえにするのは気が引けますが、か
といって自分が賭けの犠牲になるわけにもいかず、バダイの命令どおりにします。
「親分、親分、俺を見捨てないでくれ」
「なあに、うまくいったらお前を昇格させてやるよ。なに、俺の作戦が失敗するわけな
い。大丈夫だ」
「なら親分が自らいってくださいよ」
「うるせえ、新入りのくせにガタガタいうな」
そして教会の正面扉が開かれると、勢いよく投げ出されました。着地にしくじり背中を
強打しますが痛がっているひまはありません。あわてて教会の扉に駆け寄りますが、わ
ずかに遅く扉は硬く閉ざされます。扉を必死に叩きながら
「お願いだ。開けてくれ。頼む」
もちろん扉が開くことはありませんでした。
「あの、どうしたんですか?」
上空から聞こえる少女の声。上空を見ると、そこには巨大な女神様が自分だけをじっと
見つめていました。

いきなり教会の扉が開いたかと思うと人が投げ出されて扉に駆け寄る。どういう状況で
こうなったのは全く分からないリムトですが、とりあえず声をかけます。賊にしては武
装をしてないことがひっかかります。一方男はそんなリムトを呆然と見上げることしか
できませんでした。近くで見るとよりその大きさが分かります。掌だけで自分の体より
も大きく、折っている足の長さは教会の敷地ほどの長さがあります。そして上空から見
つめる2つの目にすいこまれそうな感覚となり、逃げ場のない絶望感が漂います。立ち
あがることもできず、ただ教会の扉に背をつけているだけです。
「えーとあなたも賊の方ですよね。もしかして・・・戦うつもりなのでしょうか?」
もし戦いになったら困るな、という意味で質問したりムトですが、男は相手が戦う気マ
ンマンでいると勘違いをしてしまいます。このままでは一方的に攻撃をくらいかねませ
ん。かといって反撃は無駄です。先ほどは3対1で、しかもグループ内の腕利きが戦っ
たのに相手は無傷です。自分もおもちゃのようにあしらわれるのかと思うと気が狂いそ
うになります。ここは覚悟を決めて親分の策を使います。これが失敗すれば全てが終わ
り、生涯最大の賭けです。
「ああ、女神様。助けてください。」
???一体何を言い出すのかと思いましたが、
「俺、じゃなくて私は賊達に捕らえられていた人質なのです。女神様がきて内部は混乱
しています。その隙に脱出したのです。最後に追いつかれそうになりましたがなんとか
逃げ切りました」
そう、これがバダイの考えた作戦です。敵ではなく、敵につかまった被害者を演じるこ
とでこの場を立ち去るという作戦です。うまくいけば全員無事で逃げ切れます。このさ
い教会のことはあきらめ、命を優先することにしたのです。とはいえ、もし嘘がばれた
らどうなるのか?怒り狂った女神様が裁きを下す、などということが起こりかねません。
策はこうじた。あとは結果だけだ。そう思って女神様を見上げると、
「え、人質ですか?街の人はそんなことを言っていませんでしたが・・・」
やはりばれた、そう思いましたが後には引けません。必死に言い訳を考えます。
「実は昼前に街道を歩いていたら突然つかまったのです。今日は祭りですから街の人は
この教会のことをまだ分かっていないんです。」
そういうとリムトは数秒考え込みます。ほんの数秒なのですが、男にとっては永遠とも
言えるほどの時間に感じました。これでだめなら逃げるしかありません。ここから森ま
で50m。森までたどり着ければ逃げ切れることはできるでしょう。そんなことを考え
ていると。
「ああ、そうだったんですね。大丈夫でしたか?お怪我はありませんか?」
なんと信用してくれたようです。
「あ、はい。無事で済んだのもきっと女神様のご加護のおかげです。ではこれで」
早々に立ち去ろうとしますが、
「あの、ちょっと待ってください」
既に生還を果たしたと思っていましたが、またしても生死の境界線に引き戻されたかと
思いました。
「人質って他にもいるんですか?それともあなただけですか?」
こんな質問を受けるなんて思っていなかったので、とっさに答えます。
「えーと、確か5人くらいいたでしょうか?そうそう確か私以外に5人です。」
「5人ですか。わかりました。情報をありがとうございます。
本来なら街までお送りするべきなのですが、まだここでやることがあるので一緒にいけ
ません。」
「ええ、別にかまいません。1人で大丈夫です。」
(一緒に来られても困るけどな)という本音は隠し、男は立ち去っていきます。

「親分、どうやら成功のようですぜ」
「そうだろ、俺の作戦に間違いなどないのさ」
「じゃあみんなで一斉に出ますか?全員人質でした、で済ませてとっととトンズラしま
しょう」
「そうするか。おい、お前達、武器は持つなよ。怪しまれるからな。そうだ、3人くら
いは後ろ手を縛っておけ。凶悪な賊達に捕らえられていたように見せかけるんだ」
そういうと早速3人の手を縛ります。じゃあ準備はいいな。絶対にばれないようにする
んだぞ。大丈夫、俺が説得して見せる。お前らはボロを出さないように黙っていろよ」

再び教会の扉が開いたかと思うと、今度は沢山に男達が飛び出してきました。1、2、
3、・・・6人います。数人が後ろ手に縛られています。
「女神様、助けてください」
そういったのは6人の中で一番ごつい男です。その風貌はかたぎの感じではなくゴロツ
キそのものですが、リムトに助けを求めています。
「俺達も賊達に捕らえられていたんだ。混乱のドサクサにまぎれて逃げてきたんだ」
さあこの嘘が通用するか、と思っていましたが
「そうだったのですか。見た感じ皆さん無事のようですね。何人か縛られているようで
すが大丈夫ですか?」
リムトはバダイ言葉をあっさりと信じます。わざと拘束するという小技も見事に効いた
様です。
「ええ、大丈夫です。ちょっと痛いですけどすぐに解けますよ」
ちょっと痛いというのは事実で、かなりきつく縛られいます。周囲の男達が解こうとし
ますがなかなか解けません。
「解けないんですか?なら私が解きましょうか?」
自分の力なら縄なんてかんたんにちぎれる。そう思ったりムトは男に右手を伸ばします。
周囲の男達は自分の体よりもはるかに大きい巨大な右手の襲来をおそれ、一斉に離れま
す。縛られている男は逃げるわけにもいかず、このまま襲われないかおびえながら後ろ
を向きます。そして右手の人差し指が男の背中に当たります。その感触は木に寄りかか
るような感じがし、とても指が背中に当たっているとは思えません。数秒してなぜか縄
は切れません。女神様はそんなに力はないのか、と思いましたがすぐに背中から指が離
れていくのが分かります。
「あの、ごめんなさい。小さすぎて縄に指がかからないです。申し訳ありませんが皆さ
んで解いてください。」
申し訳なさそうに言うリムトを一同は呆然と見上げていました。

ほどなくして縄は解け全員が解放されます。そのときリムトはふと疑問に気づき質問し
ます。
「1人先に解放されたのはご存知ですよね。その方は人質はあと"5人"といっていたの
ですが・・・」
あの馬鹿、と役立たずの新入りを罵ろうとしますがそれはぐっとこらえます。
「あ、えっと私は1人だけ別に奥で捕らえられていたんです。だから数え間違えたんで
しょう。」
「そ、そうですそうです。それに目隠しもされていましたし、正確な人数はわからなか
ったんです。」
ここはなんとかごまかします。
「ああ、そうだったんですね。ではまだ人質がいる、ということですか?」
さらに続く質問に対し
「多分俺達で最後だと思います。絶対とは言えませんが、あいつ以外は1ヶ所に集めら
れていたんで他にはいないと思います」
「そうですか。じゃあこれで全員無事に解放されましたね。」
どうやらこの質問も乗りきったようです。
「じゃ、じゃあ俺達はもう行きます。女神様、ありがとうございました。」
「いえ、別に私は何もしていないです。皆さんが無事で何よりです。」
ようやく解放された。その気持ちを表には出さず、しかし早足でその場を立ち去ります。
これでこの教会とはおさらばだ。教会は惜しいが命には代えられないからな。そんな気
持ちでしたが、ここで最後の質問がきます。
「そうだ。この教会にはあと何人くらいの賊達がいるか分かりますか?」
またしても足止めをくらいますが、ここで文句を言うわけにもいきません。
「えーと3人くらいだったかな?」
「そうそう、ちょうど3人です。」
あと3人。教会を解放するまでもう少しかかりそうだなと思いますが、あることに気が
付きます。人質ばかりに気を取られていたリムトが教会へ注意を向けると、教会から人
の気配がしないのです。1人くらいの気配ではわからないのですが、3人もいれば多少
の気配はします。それとも相当な使い手がいて気配を殺しているのでしょうか?そんな
疑問をつゆしらず、男達が立ち去ろうとすると
「女神様。大丈夫ですか?」
街道から1人の男が走ってきます。リムトと一緒に近くまできていたゼラトです。よう
やく体調が回復したようで、軽やかな足取りで向かってきます。
「女神様。もう教会の解放は終わりましたか?」
そう問いかけると、リムトの右足の側にいる男達に視線を向けます。
「あ、お前はバダイじゃないか!」
なんと、ゼラトはバダイの事を知っていたようです。バダイはDランクの小物ながら手
配されているので、ゼラトは人相を知っていたのです。バダイ以下部下達はやばい、と
思います。すると1人状況を理解していないリムトがバダイ達に声をかけます。
「ああ、バダイさんとおっしゃるんですね。ゼラトさんとはお知り合いですか?そうそ
う、この方達人質にされていたそうですが、知り合いがいればもう安心ですよね。」
「知り合い?人質?・・・何言ってるんですか女神様?バダイは賊達の親分じゃないで
すか?」
ついにゼラトが衝撃的なことを言います。バダイ達は顔面蒼白となり、ゆっくりとリム
トを見上げます。ようやくリムトも自分が騙されていることに気がつきます。
「あの・・・本当にあなた達が賊達なのですか?バダイさんが親分なのですか?」
全員で顔を見合わせ言い訳を考えますが、突然バダイが1人で逃げ出します。
「あ、親分、待ってください!」
部下達のことなどほおって起き、一目散に森へ向かいます。森に逃げ込めば女神様だっ
て追って来れないとの考えですが、突然目の前に肌色の壁が現れます。壁に激突しそし
て上空を見上げるとそれはリムトの右腕でした。そしてリムトがじっとバダイを見つめ
ていました。

もう逃げ切れないと観念したのか、全員黙って教会の前に並びます。リムトは声をかけ
ずにじっと見つめています。これからどのような運命が待ち受けているのか。あまり考
えたくないことを考えながらそのときを待ちますが、
「これからの質問に正直に答えてください。あなた達が教会を占拠していた賊達なので
すね」
一瞬考えますがもう言い逃れはしません。
「はいそうです」
「バダイさん。あなたがこの賊達の親分なのですね」
「ああ、そうだ」
もう既に全てをあきらめたのか。投げやりな返事を返します。その後、いくつかの質問
に淡々と答えていると、最後に
「ではあなた達は今までの罪を悔い改めるつもりがありますか。もう悪事はしないと誓
っていただけますか?」
「誓う、誓う誓う」
全員がこぞって返事をします。本当に誓うつもりがあるのか、リムトには分かりません
でしたが、ここは良心を信じることにしました。
「ではこれから懺悔を行います。」
懺悔をする、というとこは罪を許してくれるのでしょうか?賊達の目に希望に光が宿り
ます。
「ああ、懺悔でもなんでもする。だから許してください。」
適当なことをいう賊達ですがそれ以上追及もできず、懺悔を始めることにしました。リ
ムトは立ててた片足を地面につけ教会に向かって正座をします。教会とリムトのちょう
ど間にいる賊達も正座をして懺悔に参加します。
「創生神ラウデル様。この者たちの罪の告白をお聞き下さい。・・・では皆さん、いま
までの罪をラウデル様に告白してください。正直に話せばお許しを得ることができるで
しょう」
「ああ、わかった。畑でかぼちゃを3個盗んでしまいました。近所の地蔵にヒゲを書き
ました。きれいなお姉さんのスカートをめくりました。むかつく親父の家に石を投げま
した。無線飲食はこれまで5回はしました」
「親分、5回じゃなくて7回ですぜ」
「え、そうだったか?あとお供え物を盗みました。スリは30回ほどしました」
「米倉襲撃が抜けてますぜ」
「ああ、そんなのもあったな。あとは・・・・」
「・・・ちょっとちょっと、一体いくつの悪事をしたんですか?」
「いくつって・・・これでもここ1年くらいのものに限定しているんですが・・・」
・・・個々の悪事はたいした事はないですが、よくもこれほどの回数の悪事を働いたも
のです。懺悔の途中ですがあきれ返ってしまいます。あきれかえっているリムトを見て、
部下の1人が思い出します。
「あの、女神様・・・。もしかして・・・"神罰の儀式"も行うのですか・・・?」
その言葉に賊達がびくりとします。
"神罰の儀式"
これは神様に代わって悪人に裁きを与える、すなわち体罰の儀式です。通常人を傷つけ
ることは固く禁止されていますが、重罪を犯したものには"神罰"を下すことがあるので
す。リムトは懺悔は何度もしたことがありますが"神罰の儀式"はしたことがありません。
とはいえ、この悪事なら通常どれくらいの罰になるかは分かります。
「えーそうですね。個別の悪事は"神罰"には値しませんがこれほどの件数ですからね。
・・・ビンタ3発程度でしょうか?」
その言葉に一同が凍り付きます。これほどの悪事でたったビンタ3発程度と思うかもし
れませんが、人を傷つけることが"神罰の儀式"の目的ではないのです。この裁量はごく
自然な判断なのです。
「も、もしかして、女神様が・・・ビンタを・・・」
そう、最大の問題はリムトがビンタをする、ということです。か弱い少女シスターのビ
ンタではなく、身長30m越えの巨人が放つビンタです。指1本で100人との綱引き
に勝ち、丸太をすりつぶすほどの力を持つ掌のビンタが襲いかかってきたら・・・。そ
の結果は考えるまでもなく明らかです。全員で見を寄せ合いおびえていますが、
「でも私がビンタをしたらきっと痛いですよね。なのでやめておきます。」
痛いどころではすまないのは明白ですが、だれも(怖くて)ツッコミなど要れず、その
一言で賊達はほっと安堵をします。
「では懺悔の続きを行います。えーともう悪事の告白はいいです。ではこれから1分間
の瞑想をします」

リムトはそっと目を閉じ、賊達も、そしてついでにゼラトも目を閉じます。
(これでいいのでしょうか。ここで裁きを下したほうが・・・いやだめです。それは教
えに反します。)
リムトは理想と現実の狭間で迷いますが、理想を信じることにしました。そう、この世
に悪人なんていない、ちょっと魔が差しただけなんだ。そう自分に言い聞かせて瞑想を
行います。30秒を経過したころ、なにやら足元がむずむずします。足元で何かが動く
ような感触があります。そうかと思うと、足元で誰かが声をあげています。瞑想の途中
なのに、と思いますが途中で止めるわけにもいかず無視して瞑想を続けます。すると今
度は右膝が何かに当たります。そう、右膝"に"当たるではなく右膝"が"当たる感触です。
微妙な感覚の違いですが、確かに右膝が当たる感触です。とはいえ身動きしていないリ
ムトの右膝が何かに当たるわけもありません。・・・きっと瞑想しているリムトに向か
って何かやっているに違いない、そう思いました。仕方なくリムトは瞑想を中断して目
を開けます。そして足元を見下ろし賊達に声をかけようとしますが誰もいません。逃げ
られたか、とも思いましたがもっと重大なことに気が付きます。リムトの右膝が何に当
たっていたかというと、教会に当たっていたのです。さきほどまで教会から10mほど
離れた位置にいたのに、なぜか右膝は教会に触れ少しめり込んでいます。とっさに右膝
を引きます。多少屋根が壊れた程度の損害で済んだのですが、それよりも重大なことが
あります。なんと、教会が小さくなっていたのです。確か15m四方ほどあった教会が
今では6mほどの敷地に縮んでいるのです。あわてて周囲を見渡すと、先ほどよりもか
なり視線が高いことに気が付きます。教会だけでなく、木も川も小さくなっています。
そして左足当たりに賊達がいたいのですがみんな小さくなっているのです。そしてリム
トは現実を理解していました。周りが縮んだのではなく自分が大きくなっていたのです。
以前の2倍、いや2.5倍ほどでしょうか?なんと身長80mほど、通常の50倍サイ
ズの大きさになっていたのです。先ほど足元がむずむずする感触は、大きくなるときに
地面にすれたため。教会に右膝が突っ込んでいたのは元の位置で大きくなったためだっ
たため。瞑想途中で騒ぎだしたのも突然大きくなりだして驚いたためだったのです。
「め、女神様?これは何かの儀式・・・ですか?」
恐る恐るゼラトが尋ねてきます。
「え、いや、そうじゃないんですけど・・・」
リムトは答えに困ってしまいます。
「あの・・・バダイさんに仕業・・・ではないですよね?」
突然名指しされるバダイですが、
「そんなわけないでしょう?」
当然とも言える答えが返ってきます。

「女神様、もう懺悔は終わりですか?」
しばらく呆然としていた一同ですが、バダイが口を開きます。
「あ、そう言えば懺悔の途中でしたね。もう結構です。」
「じゃ、じゃあ俺達はこれで立ち去っていいんだな?」
「ええ、これ以上悪事を働かない、と約束してくれますよね。」
「ああ、もちろん約束する。女神様との約束だ。絶対に守って見せる」
ちょうしのいいことをいうバダイたちですが、今はそんなことよりリムト自身のほうが
大変なのです。しかしゼラトが
「女神様。こいつらの言うことなんか信用できないです。とっつかまえて牢にぶち込み
ます。」
当然とも言える反論ですが、
「いえ、それではこの人達が悔い改めるのが遅れてしまいます。ここは私を信じていた
だけませんか?きっと先ほどの約束を守っていただけると思います。」
「そ、そうだそうだ。俺達が女神様との約束を破ると思っているのか?」
「だれがお前なんか信じるか!俺は絶対にお前を信じたりはしない。・・・だが女神様
が信じるというならしかたない。俺はお前達ではなく女神様を信じる。女神様、それで
よろしいですね。」
「ええ、そうですね。では約束ですよ。」
そしてバダイ達は去っていき、ようやく教会は解放されたのでした。

教会は解放しましたが新たな問題が浮上します。教会の解放でリムトはダメージなどは
受けていません。それどころか大幅なパワーアップをしてしまったのです。本来なら喜
ぶべきことなのでしょうが、それは人としての力の範囲内での話です。人の限界、いや
世界のあらゆる生物の限界をはるかに超える力を持っていたのに、今ではそれをも凌駕
するほどの力を手にしたのです。別に力試しをしたわけではないですが、単純に体が
2.5倍の大きさになったわけなのでそれ相応の力の増強があると予想されます。小指
だけですでに大人の人間よりも遥かに大きく、低めの木と同じくらいの大きさがありま
す。掌は普通の民家1件ほどの大きさがあり、足は1歩で教会を楽々と跨げます。キャ
ラバンがキャンプをする広大な広場も、リムトが寝そべると半分以上は占拠されてしま
います。
さて、これからどうすればいいのでしょうか?

(続く)