小悪魔は悩んでいた。

主人から1日の休暇をもらい、
1冊の魔本を貸してもらったのだ。

貸してもらった魔本には2つの能力がある。
1つ目は異世界に移動できる能力。
2つ目はひとつだけ魔法が使える能力。

魔法を使って遊んでみたら?
という主人の計らいのようだ。

固有の名前がないほどの存在である彼女は
魔本を使えば魔法は使える、
言い方を変えれば、それ無しでは大したことはできない。


「とはいえ、使って楽しい魔法というのはなかなかありませんよね……」


魔法といえば、
炎や氷などのエネルギーを生成したり放出したりするものや、
何かを変身変形させるもの、何かを召喚するものや何かを強化するものなどなど。
種類自体はいくつかあるものの、
使って楽しい、というのはなかなか難しい。

魔法を使って何か遊べることはないか。

そんなことを考えていると、ふと1冊の本が目に入る。


「これは……もしかしたら、面白いかもしれません。」


そして休暇当日、
彼女は貸してもらった魔本を使うのだった。

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ここはたくさんの人間が住む世界。
昼過ぎの海沿いの地方都市。

ずずぅぅぅぅん……

そこに突然地響きが街に広がる。
その地響きの原因は街のはずれに居た。


「オモチャのような街が広がっていますね。
 これが巨大化魔法の力ですか。」


彼女が選んだのは巨大化魔法。
その名のとおり、巨大化することができる魔法だ。

それにより、今の彼女の身長は150メートル以上。
普段の100倍の大きさである。

もはや小悪魔というには大きすぎる存在だ。


「ちょうど怪獣のような大きさですからね。
 なので私も怪獣みたいに、がおーっ。」


どすぅぅぅぅん!

言い終わると同時に、右足を足元の住宅街へと踏み下ろす彼女。
不運にも足元に建っていたいくつかの民家は簡単に踏みつぶされ一瞬で瓦礫と化してしまった。
今の彼女の体重は数万トン。
そんな彼女の足が上から降ってくるのだから、屋根や外壁が耐えられないのも無理はない。

そう、彼女が目にした本とは怪獣が登場する本だったのだ。
巨大化魔法を使って怪獣ごっこで遊ぶことにした彼女。
異世界に飛べば後始末は考えなくてもいい。


「簡単に壊せちゃいますね?
 普段はできないような悪いことをするのもなかなかぞくぞくしますよ?」


ずしぃぃぃぃん! どしぃぃぃぃん!

一切ためらうことなく彼女は住宅街を踏み荒らしていく。
綺麗に縦横が整備されている道路には一切従わず、
彼女の思うがままに両足が交互に踏み下ろされていく。

踏み下ろされる足によってぺちゃんこになるだけでなく、
運よく直撃を免れても衝撃でヒビが入ったり陥没に巻き込まれて崩れたり。
さらには次の一歩のために持ち上げられた足によって
蹴り飛ばされてしまう家もたくさんある。


「大きい建物にはたくさんの人間が住んでいるそうですね。
 こんな狭いところに集まるだなんて、物好きが多いようで?」


彼女が目をつけたのは数階建てのマンション。
彼女の住んでいるところが大きな屋敷ということもあり、
ひとつの建物を複数の家族で分けて過ごしているというのが珍しいようだ。

とはいえマンションも今の彼女にとってはただのオモチャ。
興味深そうに見下ろしながらも平然と右足をマンションの屋上まで持ち上げる。

ずどぉぉぉぉん!

そのまま容赦なく屋上から地上までを一気に踏み抜いてしまう。
マンションは綺麗に抉れてしまい分断されてしまった。


「やはり大きな建物の方が手ごたえがあって楽しいです。
 人間たちは早く逃げないと、巻き込まれても知りませんよ?」


がしゃぁぁぁぁん! ばきばきばきっ!

口ではそう言いながらも人間たちが逃げるのを待つつもりは全くない様子。
残ったところも踏み抜いたり蹴り倒したり、あっという間にマンションは崩壊させられてしまった。
それだけには留まらず、今度は別のマンションにもどんどん襲い掛かる彼女。

軽くジャンプして両足でマンションに着地してみれば
全体重がマンションにのしかかり勢いよく踏み抜いていく。
別のマンションでは下層部を蹴りつけて抉り取ってしまえば
バランスを失ったマンションが勝手に倒れて崩れてしまう。

彼女の遊び場となった住宅街は
たった数分で半分以上が破壊されてしまった。


「このあたりはこんなところですかね。
 あちらの方がもっと遊びがいがありそうです。」


ずしぃぃぃぃん…… どしぃぃぃぃん……

踏み荒らした住宅街をあとに
彼女は数キロ先にある高層ビルが建ち並ぶ中心地へと向かい始める。
人間が敷いた道路に縛られることのない彼女は
中心地までまっすぐ最短距離で向かっていく。

巨大化している彼女にとって、数キロの距離は数十メートル程度。
中心地に着くまで2分もかからなかった。

巨大な悪魔が遠くで暴れていると思っていたら、突然中心地へと向かってくる。
それに気づいた住人たちが避難するためにはあまりにも時間は足りない。

そもそもどこに逃げれば安全なのか、誰にも分からないのだ。


「ふむ、思ったより大きな建物です。
 これだけ大きなものを建てられるとは思わず感心してしまいますね。」


中心地に着いて周囲を見渡す彼女。
中心地の高層ビルは100メートル超のものもいくつか建っている。
その高さは彼女の胸元に届くほどだ。

特に駅周辺には高層ビルが集まっているが、
そこから少し離れたところでもマンションよりはるかに大きな建物が
たくさん建ち並んでいる。

住宅街に居たときの彼女は唯一無二の巨大な存在であったが、
中心地では高層ビルより少しだけ大きな存在程度になってしまっている。


「このまま全身を使って遊んでも楽しいとは思いますが……
 せっかくなら、もっと見せつけてあげましょう。」


そう言うと、彼女は胸元に手をあてて目を閉じる。

ゴゴゴゴゴゴ……

直後、彼女の体は淡く光り、そのまま巨大化し始めた。
巨大化魔法を再び使ったのだ。

巨大化に巻き込まれて周囲の建物はなぎ倒されていき、
高層ビルを置き去りにして再び唯一無二の大きさになっていく。


「ふう、このくらいでよろしいですか?
 どうです、恐ろしいでしょう?」


巨大化が止まったのは彼女の身長が750メートル以上になったところだった。
普段の500倍の大きさである。
世界一大きな建造物に匹敵する大きさだ。
数十キロ離れたところからでもその姿は確認できるだろう。

先ほどまで彼女の胸元ほどの高さのあった高層ビルも
今となっては膝にさえ届かない。


「さてと、見ているだけではきっと分からないでしょう。
 全身で分からせてあげますよ?」


ずどぉぉぉぉん!

ゆっくりと足を上げた彼女は、そこまで力を入れることなく足元を踏みつける。

足元にあった建物や線路の高架、大通りなどは当然のように一瞬で踏みつぶされるだけでなく、
踏みつけた衝撃で周囲のガラスが一斉に割れたりヒビが広がったり、
さらには揺れで地上の自動車などが小さく宙を舞ったり。

先ほどまでの5倍ほどに巨大化した彼女の体重は100倍以上。
今までのひと踏みとは桁違いの威力であることを見せつけていく。


「この感覚、とてもいいですね。
 魔神になった気分です。」


ずしぃぃぃぃん! どしぃぃぃぃん!

中心地をどんどん踏み荒らし始める彼女。
高層ビルを屋上から地上まで簡単に踏み抜いてみせれば、あっという間に瓦礫へと変えていく。
横から蹴りつければビルをなぎ倒し、大通りに瓦礫を散らばらせれば、
逃げようとする自動車たちを飲み込んで逃げ場をふさいでいく。
街の地下を通る地下鉄や地下通りも彼女の重みにより簡単に踏み抜かれてしまう。

巨大な悪魔の体、踏みつけの衝撃、建物の崩壊音や爆発音など。
住人たちは五感で彼女の存在感と恐怖を分からされ続ける。


「そういえば、逃げようとして逃げられなかったかわいそうな人間たちが
 ここにたくさん居るんですよね?」


ふと彼女は屈んで地上に手を伸ばす。
そこにあったのは電車の駅である。
彼女の踏みつけにより線路がつぶされ、身動きの取れない電車が停まっていたのだ。

遠くに逃げるためには乗り物を使うのが速いと考えるのは当然のことである。
そのため駅は人で大混雑であった。
残念ながら、線路が破壊されて電車が動かないと考えるほどの余裕はなかったらしい。

そんな電車を彼女はゆっくりと摘まみ上げる。
先頭車両を摘まみ上げれば後ろの車両も宙ぶらりんでくっついてくる。
彼女にとっては鉛筆の太さ程度しかないのである。


「これひとつに200人くらいは乗るらしいですね?
 こんな狭いところに詰め込まれて、大変そうです。」


屈んだ彼女の目線の高さまで持ち上げられてしまった電車。
まさか高層ビルよりも高いところまで移動させられるとは思わなかっただろう。

電車を軽く覗き込む彼女は楽しそうに笑みを浮かべている。


「せっかく捕まえたのですし、
 ちょっとだけ凝ったことをしてあげましょうか。」


そう言うと彼女は電車を摘まみ上げていない手を使って
上着に小さく隙間を開けると、彼女の豊満な胸元を出してみせる。

そしてその隙間に電車をゆっくりと下ろしていくと、
なんと電車を谷間に閉じ込めてしまった。


「少しは自信がありますので、特別に楽しんでくださいね?」


ミシミシミシ……

胸元を開いていた手を離すと、電車は胸に挟まれて軋み始める。
つぶれてしまうのも時間の問題だろう。

その様子を外から知ることはできないが、
彼女は胸元の感触で楽しんでいる様子。


「さて、改めてこのあたりで遊びましょうか……っと?」


ゆっくり立ち上がった彼女は周囲に飛び回る何かが居ることに気づく。
戦闘機である。

街を襲う脅威を排除しようと数機やってきたのだ。
早速彼女に向けて攻撃を始めている。


「そうですねぇ……
 私を止めたかったら、頑張ってください?」


どしぃぃぃぃん! ずがぁぁぁぁん!
彼女は攻撃を無視して足元の中心地を再び蹴散らし始める。

残念というべきか、当然というべきか。
戦闘機の攻撃は彼女に一切のダメージを与えられていないのだ。

この大きさでも既に手を付けられないほどの力の差。
住人たちは絶望し、攻撃する戦士たちに無力感を与えていく。

そんなことを想像して彼女は楽しんでいるのだ。


「痛くはありませんが、目障りではありますね……
 どうせ反撃するのでしたら、あそこを攻撃しましょうか。」


戦闘機たちの反撃もむなしく、
中心地はあっという間に壊滅状態になっていた。

そんな彼女は攻撃対象を変えて街はずれへと向かう。
そこにあったのは基地だった。
戦闘機たちはそこからやってきたようだ。


「ここをつぶしてしまえば、
 人間程度では敵わないということを分かってもらえるでしょう。
 とはいえ踏み荒らすばかりでは少し工夫が足りませんね。
 それでしたら……」


中心地から十数歩でたどり着いた基地。
不意に彼女はその基地に背中を向ける。

そしてちらりと基地を振り返って……


「よい、しょっと。」


どごぉぉぉぉんん!!

ひざを曲げて、そのまま基地の上にお尻をついて座り込んだのだ。
その衝撃は基地を中心にクレーターができてしまうほどで、
滑走路や格納庫、倉庫などを一瞬で滅ぼしてしまった。


「お尻に敷かれて倒されちゃうなんて、とっても屈辱的でしょう?
 かわいそうですね?」


くすくすと微笑みながらゆっくりと立ち上がりお尻の砂を払う彼女。
そのついでに彼女につきまとっていた戦闘機たちを手で軽く払って撃墜していけば、
あっという間に防衛隊を全滅させてしまった。

今更ながら、先ほど胸元に挟んでいた電車も一連の動作のどこかでつぶされてしまっていたらしい。


「このあたりはひととおりやっちゃいましたし……
 もっと贅沢に遊んでしまいましょうか。」


そう言うと、彼女は胸元に手をあてて目を閉じる。
ただでさえ絶望と恐怖を充分に与えられた住人たちであったが、
彼女のその動作を見てさらに絶望してしまう。

ゴゴゴゴゴゴ……

彼女の体は淡く光り、そのまま巨大化し始めた。
巨大化魔法である。

その体は雲の高さを超え、飛行機の飛ぶ高さを超え、
もはや地上から顔が見えないほどになってしまった。


「はぁ、たまりません。
 これだけ大きければ、世界をも支配できそうです。
 この魔法ひとつで本当に事足りますね?」


彼女の巨大化が止まったとき、身長は15000メートルを超えていた。
普段の1万倍である。

その大きさは高層ビルが足指の爪がある高さにさえ届かないほど。
もはや絶望さえ感じられないかもしれない。


「この街の壊しそびれたところもまとめて綺麗にしてあげますね。
 それでは、さようなら。」


どっしぃぃぃぃんん!!

ゆっくりと踏み下ろされた右足により、
長さ2キロ以上、幅1キロ近くの範囲が一瞬にしてつぶされてしまった。
彼女が先ほどまで遊んでいた街はたったひと踏みで全滅してしまったのだ。
足跡には海水が流れ込み、そこに街があったことさえ分からなくなってしまう。

数百億トンの踏みつけによる衝撃は
周囲に巨大地震となって広がり、周辺の街の住人たちに恐怖を与えていく。


「感触が物足りないのは仕方のないことですが、
 地上の様子を想像するだけで興奮が止まりません。
 さてさて、もっと楽しませてくださいね?」


ずしぃぃぃぃんん!!
ずどぉぉぉぉんん!!

そう言うと彼女は近隣の街へと移動して踏み荒らし始める。
隣町では数歩でたどり着いてしまい、その街も1・2歩で全滅してしまう。

想像を絶する存在にパニックが収まらない住人や、
助からないと悟ってひたすら祈り続ける住人など。
もはや人類にはどうしようもない状態である。

どれだけの街が消えてしまうか、どれだけの人間が犠牲になるか、
世界の命運は小悪魔の手のひらの上である。

それを彼女は意識して楽しんでいるのか、
あるいはもはや世界の命運など気にしていないのか。
満足するまでたっぷりと遊び続け、この世界を消費していくのだった。

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おしまい。