「早苗と神奈子だけずるいなぁ……」
守矢神社、本殿。その最奥部に、彼女はいた。最奥部とはいっても、そんな大層なものではなく、彼
女の寝室なのだが。
「はぁ……私も気持ちいいことしたいよぅ……。幻想郷の中だと体裁やらなんやらがあるし」
金髪の少女。いや、幼女だろうか。それでも胸は無いわけではないのでやはり少女。いつもかぶって
いる帽子はナイトテーブルの上。服装は、ピンク色のパジャマ。どうやらおやすみの時間のようだ。
 洩矢諏訪子。この神社に住まう二柱の神の内の一人。とてもそうは見えないのだが、そうなのであ
る。強いて言うなら少女の体より、さらにそれっぽく見えない帽子が本体だし。
「いいもん。私は大きくならなくてもひとりでできるもん!」
がばっ。彼女は布団を頭からかぶる。はみ出した黄金色の髪の毛が、ナイトスタンドの照らす柔らか
い灯りにキラキラと輝いた。
「ん……んっ……」
布団が、もぞもぞと動きその中から色っぽい喘ぎ声が漏れ聞こえてくる。
「たまっているのね……」
誰にも聞こえないような小さな声で、八雲紫はつぶやいた。覗きこむスキマの中から。それでも、神は
若干の違和感を感じたのか布団の中からのぼせ気味の顔をのぞかせた。
「だれかいる……?」
諏訪子が顔を出した時には紫の作った次元の狭間は閉じて既に跡型もなかった。諏訪子は怪訝そう
に顔をしかめ、気配を探る。部屋の隅々まで。しかし、彼女の6感に掴めたものは何もなかった。
「確かにそこらへんに何かの気配を感じたのに」
ナイトスタンドの明りが作る影、部屋の片隅の暗がりに誰かがいたような気がした。まぁ普通に考え
たらホラーだが、ここは幻想郷。幽霊よりもっととんでもない何かがいる可能性の方が高い。或いは
いた可能性が高い。
「……少なくとも今はいない、か。これだから幻想郷は油断がならなんだよね……」
諏訪子は神社の周辺にまで探知の範囲を広げたが、先程感じた気配は見当たらなかった。気のせ
いだろうと、そう自分に言い聞かせて布団にもぐり込み、さっきの続きをやる。
「ん……あっ……はぁ、はぁ」
色っぽい息遣いが、魔力を動力源とするスタンドの照らす暗がりに洩れる。その部屋に、先程の気配
がまた、忍び寄ることなく突然に現れた。けれど、今度はなるべく静かに、異変を気づかれないよう
に。快楽に身を委ねる少女は、それに気がつくことはなかった。
 スキマは少しだけ、ほんの少しだけ開いていた。部屋の隅、天井付近の暗がりに。そこから覗きこ
む妖怪の目。
「っ……ぁ……!!」
びくん。布団の中の彼女が震えて、そして立てていたらしい膝が崩れた。
「やっぱりなんか物足りないなぁ……。なんで早苗に処理してもらう方がいいのかしら」
諏訪子は布団から顔を出し、ひとりごちた。
「まぁ、いいや。もう寝よう」
スタンドの灯りが、ふっと消えた。一面を、真っ暗闇が覆う。時計が秒針を刻む音だけがしばらく続い
た。獣の類も、化生の類も祟り神の安眠を妨げようとは思わないのであろうか。妖が闊歩する幻想郷
の夜とは思えぬほど、彼女の周りは静けさに満ちていた。
「神も人肌を求めるのね」
ただし、この妖怪だけは別であった。先程から彼女の様子を観察していた少女、八雲紫。万物の創
造と破壊を自由に掌り、神にも匹敵する力を持ったこの少女にとっては祟り神の頂点とて八百万いる
神の一人に等しかった。
 闇の中に浮かび上がる影。少女のほっそりとした体つきは、それが妖怪の大賢者であると覚らせな
い。けれど闇に満ちた気配は。その只ならぬ妖の力は。神の感性すら鈍らせる濃密な魔性。
「ふふ……貴方の欲求……解放するがいいわ」
すぅすぅと寝息を立てる少女の額に手をあてがい、そして彼女の本体である帽子をそっとかぶせる。
「けどそのままの格好で出向くのはあれかしらね」
八雲紫は彼女の布団を剥いで服を着替えさせる。いつも着ているあのミニスカート。そして袖広の
服。眠りと覚醒の境界を操られた諏訪子は、それでも目覚めることはなかった。

「さぁ、行きましょう。いえ、貴方の場合は一時帰省かしらね。外の世界へ」





「また神様かぁ……めんどくさいね」
風に棚引く蒼い髪。毎度おなじみの比名那居天子である。彼女の見上げるその空間には、巨大な少
女の寝顔があった。故に天子の髪を棚引かせているのはその少女の寝息である。
「大丈夫。今回は面倒なことをしないで済むように、神様と人間の境界を操って半人半神ぐらいに
なってもらったわ」
八雲紫。街の上に寝そべる超巨大少女を連れてきた張本人である。
「ホント、その能力チートよね……蓬莱人すら殺せる」
天子は半ば感心し、半ば呆れて彼女を振り返った。
「そう。他人の存在も、自分の存在も、能力も全て思うがまま。望みさえすれば何にでもなれる。けれ
どそれは同時に何者でもなくなるという事」
紫はそう言ってスキマの中に姿を消した。彼女も色々考えているのかな、と天子はその後ろ姿を見送
り思う。それと同時に、背後で巨大な気配が動いた。
「ん……」
彼女の桜色の唇がぴくと動き、そしてその隙間から暖かい吐息が漏れる。
「ふぁ……ぁ。よく寝た……」
ずん! 住宅街に降ろされる巨大な手。それは何のことなく市街地の一区画をその下に敷き潰し、代
わりに諏訪子の体を持ち上げた。上半身が地上を離れてパラパラと瓦礫を振りまく。その瓦礫の雨
は彼女の巨体が故に広範囲に及び、顔の前にいたはずの天子すら自分の身の丈の数倍はあろうか
という瓦礫を咄嗟に回避せねばならなくなった。
「あれ……? なんだか景色が変……」
寝起きの頭を左右に振って、まだとろりとしている眼で辺りの様子を確かめる。ここはどこか、そして
寝る前に自分が何をしていたのか。まだ覚めぬ意識をどうにか律して思い出し整理する。
「私は自分の部屋で寝ていたはず……よね」
耳をつんざく大音響が響き渡り、街中の窓ガラスを叩き割る。たかが少女のひとりごとなのだが、そ
の少女の大きさからして被害は食い止めようが無かった。
「ってことは……これも夢かな」
ずん! ずしん! 二本の肌色の巨塔が明け方の街に聳え立つ。朝日を受けて輝く肌は雪のように
透き通って白く、霊峰の峰のよう。そう、まさしく霊峰。今の彼女は山と見紛うほどの大きさなのだか
ら。
 寝起きが故かうっすらと紅潮した頬は白い肌に彩りを浮かべている。それは意図せずして、誰もが
そっと触れたくなるような、美しい、可愛い少女の頬を演出していた。黒曜石の瞳がぱちと瞬きをすれ
ば、眠さにとろけていた瞼は美麗なアーチを成す。
 見上げる白い塔の天辺は薄紫の天幕から覗いていた。オーロラを想起させるような天のカーテン
は、彼女のスカート。下から見上げれば塔と塔が繋がるその部分を望むことが出来た。たとえば彼女
の足から数百メートル離れていたとしても、その白絹の下着はしっかりと目視できるだろう。彼女はそ
のぐらい巨大なのだし、数百メートルは彼女の一歩に相当するから。
 視線を上にたどれば、そこには優しい膨らみが二つ。ちょっとした丘のようなある程度発達した……
そして多分万年この大きさであろう胸があった。胸に持ち上げられた衣服が作るスキマ。それを下か
ら覗きこめば彼女の柔らかそうな白い胸を見ることが出来る。無論就寝前だったが故にノーブラであ
る。
 顔つきは幼いながら、胸はないながら。その白く滑らかな肌と体の描く曲線は見る者の視線をくぎ
付けにする。ただ、そう。今この街の人々にそんな余裕はなかった。
「夢なら……いろんなことして遊んでもいいよね」
可憐な、巨大少女が呟いた。今に至るまでで、彼女は自分がとてつもなく巨大であることを認識して
いた。が、そもそも夢の中だとの考えにより、べつにそれに対する驚きや違和感はなかった。
「うん、いいよね。えい!」
ずずん! 彼女の足が容赦なく、住宅街に踏み下ろされる。かつて家だったものを巻き上げて、少女
の素足が地面にめり込む。
「なんかくすぐったい……」
足の下で家が潰れていく感触に、諏訪子はクスリと笑みを漏らす。そのあまりの無力さに、小ささに。
人間がどうにかして立てたものが、自分の足の裏に微かな刺激を与えて潰れる、その圧倒的なまで
の力の差に、自分でも笑ってしまったのである。
「あぁ……私の足の周りは今頃恐怖のどん底なのかなぁ……」
諏訪子はそう言って足をぐりぐりと動かした。周りにあった無傷な家も、それに巻き込まれて彼女の
足の下に消え去る。
「えへへ、どうしたのかなぁ、人間さん。私はただ歩いただけだよ? それも、たった一歩。それなのに
君たちはどうしてそんなに慌てるの?」
ずしん! さらに踏みだされるのは次の左足。沢山の住宅街をその影の内に収めると、それは上空
200メートルほどでぴたりと止まる。
「どこにしようかな~」
彼女の足はそこで突然、動きを変えた。それに引きずられた空気が竜巻を起こして街に爪でひっか
いたような跡を残す。
「ここがいいかな……ふふ。あ、やっぱりこっちかも……」
諏訪子は害のなさそうな笑顔で、足を踏み下ろす場所を選んでいた。足を動かす度に、地上からの
恐怖の念が伝わってくる。残酷な躊躇い。まだ、もう少し楽しんでみたい。けれど、踏みつぶす場所は
まだ沢山ある。だから彼女はある程度足を動かすと、そこに足をゆっくりと踏み下ろした。
「えへっ……ここに決めちゃった! バイバイ、小人さん達」
一帯を覆う影。それはどんどん小さくなり、逆に影を造る彼女の足はどんどん大きくなって迫りくる。
その影の中に、天子はいた。見上げる足の裏はもうすぐ視界を覆い尽くさんというところ。かろうじて
覆われていない部分から空を見上げれば、彼女の白いパンツと、下乳。そして見下ろす笑顔が垣間
見れた。
「諏訪子さんが楽しそうでなによりです」
天子は足の裏と、街が接触する間際でその下を抜け出た。その刹那、諏訪湖の巨大な足がマンショ
ンと接触した。マンションは触れただけで簡単に崩れてしまう。遠目に見ると、あんなに薄い板きれで
出来ているのかと言いたくなるような細かな破片を撒き散らして。
 そしてさらにその一瞬後には、その区画が無くなっていた。天子の視界を遮るのは肌色の壁。
「あ~あ、潰れちゃったね。あ、言っておくけど私は歩いてるだけだよ?」
くすくす、諏訪子は圧倒的な力の差から来る優越感に浸る。いつ以来だろう、こんなにたくさんの恐
怖を感じるのは。
「たとえばそう……ちょっと座ってみようかな」
諏訪子はずしんずしんと足を僅かに動かして、そしてゆっくりと座り込む。膝を抱えて見下ろす街はや
はりあまりにも小さく、人間はさらに取るに足らなかった。けれど諏訪子の優れた視力は、道を逃げて
いく人間を確かに視認した。
「あれれ? こんなに可愛い女の子が遊びに来てるのに逃げるって言うの? 失礼ね」
諏訪子はそう言って重心を後ろに傾けて、わざと尻もちをついた。おそらくそこには、深さ300メートル
近い、彼女のお尻をかたどったクレーターのみが残ることになるだろう。
 どずうううぅぅん! 地震の衝撃波が大地を伝わる。たったそれだけで、強度の足りない住宅は崩れ
去り、逃げている人々は投げ出されて身動きを封じられる。そして、彼女のスタイルのいい白い脚が
街に投げ出され、そしてその下にやはり住宅街を敷く。太腿のあたりでプチプチと潰れる住宅の感触
に彼女は微かに身もだえし、そして逃げている人々に微笑みかけた。
「逃げ場なんて、無いのに」
一言そう言うと、彼女はハの字に開いた足を閉じて行く。それも、かなりの速さで。逃がす気がない。
殺しに掛っている。街は太腿やふくらはぎの下に……まさに消えていく、という表現が近いかもしれな
い。崩れる間もなく、巻き込まれるようにしてその下に消える。ある程度の高さがあるものは、そのま
ま彼女の太腿に押されてさらに内側へ運ばれ。
「ほらほら、女の子の太腿だよ? 嬉しくないの?」
ごりごり。諏訪子は太腿同士をすり合わせた。瓦礫は、さらに小さな破片となって彼女歩太腿の間か
ら零れ落ちて行く。
「あ~あ、派手にやるねぇこの神様も」
天子は彼女の太腿の上でその様子を眺めていた。ちょうど、ミニスカートの際あたりである。もっと
も、その先に見える脛と足が見えなければここが太腿の上であるということなど分かりはしないのだ
が。
「あれ? わたしの太腿の上に誰かいる……えっち」
諏訪子はその存在にしっかり気がついた。そして右手の人差指でそれを突っつこうとした。
「やば、みっかった!」
天子は素早く飛翔し、危ういところでその指をかわす。さすがに諏訪子もその回避には気がつかな
かったか、そのまま太腿に指を当ててぐりぐりとやった。
「さて、こんどはどうしようかな~。そうだ、そこの君!」
ずん、ずん! ゆっくりと彼女は立ち上がって、そして一歩踏み出す。と、彼女は器用に足の親指だ
けを持ち上げていた。
「今私の親指の下にいるあなた。私と力比べしようよ」
にやり、と諏訪子は笑う。天子は慌ててそちらに飛翔すると、確かにそこには一人の人間がその威圧
感に負けて座り込んでいた。神の第6感は恐ろしいものである。神様はなんでも知っていると言うが、
つまりはそういうことなのだろう。
「返事が無いね。ほら、潰しちゃうよ?」
ぐぐぐ……親指が徐々に地上に近づいてくる。それでもまだ、地上からは数十メートルの距離があ
り、とてもではないが力を加えられるわけが無い。むしろ、おせる距離まで彼女の指が下りてきたら
……力加減を間違えただけでおそらく。
 ぷちっ。
「あ」
諏訪子はつい力を緩めてしまった。親指の下で、何かが潰れた感触が微かにする。
「いけない。勝負にならなかったね、てへっ」
諏訪子はゆっくりと親指を上げた。そこには血しぶきどころかあまりの圧力に圧搾された石灰岩がこ
びりついていた。
「あ~あ、なんか足の裏で感じる感触って限度があるのよね~。せっかく君達コビトさんがいるんだか
ら、もっと貴方達を……感じたいな。なんちゃって!」
そう言って彼女は屈みこんで足元の街並みに手を伸ばした。広がった袖が先に地面につき、そこの
部分は一足先に破滅を迎える。ただの、布の重みでである。
「よいしょっと」
彼女の手は、何のことなく大地にずぶずぶとめり込んでいく。そしてそのまま持ち上げる。街を、区画
ごと。
「あ、ここまで近くに来ればさすがに見えるね」
諏訪子は持ち上げた街を覗き込んでにっこりと笑う。空いっぱいの、少女の笑顔。こんな状況にあっ
ても、男性なら魅力を感じずにはいられないような完璧な頬笑み。
「ふふ……どうされたい?」
諏訪子は掌の上の街に向かって聞いた。もちろん返事はただ一つ、助けてほしいの一択である。
「そうだよね、助かりたいよね。でも、だーめ。それ以外!」
諏訪子は首を横に振ってそれを拒否した。彼女の髪の毛が街に当たって、運のない家を吹き飛ば
す。
「え……おっぱい? ははぁ……これは参った。こんな状態でもそんなことを言える男がいるんだね」
諏訪子はその中から聞こえてきた答えの一つを拾い、そして目を丸くした。死を覚悟して、ならばせ
めてとのことなのだろう。なかなかに潔い。
「う~ん、わかった。ちょっと恥ずかしいけど……けどそう、夢だもんね!」
諏訪子が服をまくしあげると、山のような乳房が二つ現れた。真っ白な、柔らかそうな少女の胸。先
端の乳首は、興奮が故か勃起し、その大きさは家屋も超えるほどのものだった。そこに、そーっと街
が近付き、そして。
「えい!」
遠心力をつかって手から落ちないように、素早く胸にあてた。
「あぁっ……」
思いの外それが気持ちよく、彼女は小さく喘ぎ声を洩らす。そしてそのまま、街を手の中に収めたま
ま、胸を揉みしだいた。瓦礫が、上空1キロからばらばらと降り注ぎ、彼女の足元の街に突き刺さる。
「うん……エッチな気分になっちゃったじゃない」
頬を赤らめ、諏訪子は言った。神とて、快楽からは逃れられないようである。
「けど……」
彼女は辺りを見回す。彼女の性欲を満たすことが出来そうなものは周囲には何もない。それを確か
めると、彼女は足の下に沢山の家を踏みつぶしながら、時には山を跨いだり蹴り崩しながら、都会と
思われる方に進んだ。50メートル程度の低い山は、そのまま彼女に踏まれ、そして踏んだことすら気
がつかれなかった。
 山を跨ぐ。彼女はその行為に優越感を感じた。山々には、それぞれ土地神が憑いているいるもの
なのだ。その土地神が大事に守っている山をひょいと跨ぎ越す。人間であれば確かに登山に1時間
以上を要するような500メートル級の山を、裾野を踏み荒らしたった一歩でその頂を跨ぎ越す。跨げ
ばその先にある、山が擁する集落をそのまままるごと、足の下に踏みつぶす。気持ちいい。背徳行
為と知って、その背徳感が彼女を興奮へと追いやる。
「あれ? もうついちゃった。いやぁ、大きくなると速いね」
胸を露出したままの状態で歩き続け数分。興奮冷めやらぬ彼女を迎えたのは東京の摩天楼。
「えっへへ~。こんなにたくさんあると迷っちゃうね」
諏訪子はそう言いながらパンツを脱ぎ捨てる。もちろん、あれをするつもりで。
「さて……いきなり突っ込むのもあれだしね」
諏訪子はその中から適当な大きさの……100メートル級のビルを丁寧に引っこ抜いて、口にくわえ
た。と、その途端。
「ん! ん~」
ビルは彼女の口の中で脆くも崩れ去ったのだった。桜色の唇が、鉄筋コンクリートで出来ているはず
のビルを容易く切断する。パンよりも脆く、柔らかい。彼女の舌は、それをそう感じた。
「!」
口内に、動くものを感じる。間違いなく、人間であろう。小さいながらも必死でもがき、逃げ場を探して
いる。それが諏訪子の舌の上だなんて思いもせずに。
「んふふ」
諏訪子はおかしくて思わず笑ってしまった。沢山の人間が、それも1000人以上の人間達が。私の舌
の上で、口の中で逃げ回っている。もしかすると、唾液で溺れそうになってるのもいるんじゃないか
な、と。そう考えるだけで、笑けてくるのである。
 歯を噛みあわせたら潰れるだろう。それは明白。諏訪子の歯はコンテナ級の大きさなのだから。そ
れではつまらない。なら舌では? 彼女はそう思い、自分の舌を前歯に押しつけた。すると、舌と歯の
両方で、人間が潰れる感触が得られたのだ。
「ん……えへっ。やっとまともに小人さんを感じる方法が分かったよ」
残った人間たちを口腔に退避させて、彼女はつぶやいた。そしてまた、舌で彼らを弄ぶ。頬の内側に
押し当ててみたり、口蓋に押し付けてみたり。そのことごとくが、同じ結果を生む。微かに香る血の香
りが祟り神である彼女の鼻をつき、そしてさらなる興奮へと彼女を誘った。
「んはぁ……美味しかった」
ぺろり。彼女は舌舐めずりをひとつした。顔立ちは幼いのに、なんだか色っぽい。そしてなにより、
たった今ビルが食われたところを見たもの達にはこれ以上ない恐怖を与えた。
「これは食べちゃおう」
彼女は手に残った半分を口の中に放り込むと、やっぱり同じように崩して、そしてコビトが口の中を転
がる感触を楽しむ。ころころ、じたばた。必死の抵抗も空しく、彼女の舌に、それこそ学校の校庭ほど
の広さがある舌に押しつぶされたり、そうでないものは唾液の海でおぼれ死んだりした後に、食道へ
と押し流される。中には生きたまま胃に送りこまれた者もいるだろう。
「さて……次は壊さないように神通力をかけようかな」
諏訪子はそう言って次のビルを引き抜いた。傍目には何にも変わっていないように見えるが、彼女の
手が震えていないあたり力加減をしなくても済んでいるようではある。
「あ、どっちの口で食べようか……。う~ん。今は、興奮が欲しいな」
彼女はスカートをめくり、そしてビルを股間に持って行く。そして人差し指と中指であそこをそっと開
き、その中に。
「あっ……思ってたよりいい!」
彼女はそこで、寝る前に自分がしていたことを思い出した。寝る前も、これをしていた。けれどなんだ
か、満たされなかったのである。
「あん! うっ……なんで……どうして」
恍惚の表情で彼女は股間のビルを出したり入れたりする。そのたびに大地は揺るぎ、喘ぎ声に窓ガ
ラスは飛散する。
「そっか……このビルには人間がたくさん詰まってるんだよね。きっと……一人じゃないからなんだ」
早苗にやってもらう時は、早苗のぬくもりを感じる。今は、人々の恐怖を感じるけれど、つまり自分以
外のものを求める生殖行為において、他の人間がそこにいると言うのは大きいのだろう。背徳感も手
伝って、快感はさらに加速する。
「ああぁっ、イィ、イィっ!!」
布団にもぐってやっていた時よりも激しく、彼女はそれを続ける。
「ん……んっ! あっ……はぁ、はぁ、きもちいいよぉ……止まらないっ!」
神の威厳は何処やら。うっとりとした表情を浮かべ、快感に溺れる諏訪子は、見た目相応の少女にし
か見えなかった。ビル街に投げ出された真っ白な足は、時折快感にびくんと震えてビルをなぎ倒す。
「あん……っ! やぁっ……こんなにたくさんの人が見てる中で……私……イっつちゃうううぅっ!」
恥ずかしさも興奮の内。もう止めようにもとまらない、止めようとも思えない。手の動きはどんどん速く
なり、そして快感が彼女を追い詰めていく。
「なにこれぇっ……らめええぇぇ!」
ぷっしゃあぁぁぁ! 長らく感じていなかった快感に脳を貫かれ、そして彼女の水門が決壊した。ビル
と膣壁の隙間から迸る愛液は、ものすごい水圧を持って飛び出しビル群に降りかかった。それはまさ
にケロちゃん風に負けずの弾幕を再現したかのような複数Wayショット。降り注ぐ愛液の弾幕は情け
容赦なくビルに叩きつけ壁を砕き屋上を突き破った。この弾幕に回避方法などない。多分。
 果てた彼女は神通力のコントロールを失い、膣内のビルを砕いてしまった。けれどもう、そんなこと
すらどうでもよくなる快楽の渦に彼女は身を委ね、大音響と振動を伴って後ろに倒れ込んだのだっ
た。




「えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!? 夢じゃなかったんかああぁぁぁぁぁいい!!!」
太陽の昇る午前の東京。現在10時。誰もいなくなった新宿のビル街に少女の絶叫がこだました。
「だからネタばらししないで返してあげた方が幸せだって言ったのに」
天子があきれ返って紫に言う。
「あとから現実ですよ……なんて。汚い、さすが八雲汚い」
諏訪子は真っ赤になって座り込んだ。顔全体が沸騰しそうで、髪の隙間から覗く耳ですら赤く染まっ
ていた。
「あら、どうせ無かったことになるんだから夢と同じじゃないかしらね?」
紫はしれっと言ってのける。
「ちがうもん! 貴方達が見てたでしょ!」
諏訪子は帽子のつばで顔を隠して言う。よっぽど恥ずかしいらしい。
「まぁ、大丈夫ですよ、諏訪子さん。いろんな人たちがここに連れて来られてあんなことやこんなことを
しているので」
天子はしゃがみこんで彼女の顔を覗き込む。
「そうそう、天子ちゃんなんてね、ビルじゃ物足りなくて……」
「私の話は良いから!」
「あーうー、みんなやってるならいいか」
諏訪子はそれを聞いて、そっと顔を上げた。泣いている。よっぽどショックだったらしい。
「日本人の魂その1。皆がやるならおk。素晴らしい開き直りですね」
天子は彼女の手をとって立ち上がらせる。等倍になってみると、彼女の身長は140そこそこしかない
ことが覗い知れた。
「うん、まぁそう。溜っていたのは事実だしね、そこの所は感謝するよ」
諏訪子は紫を見て、けれど目は合わせずに言った。やっぱりまだ恥ずかしさが後を引く。
「どういたしまして」
紫は扇を一打ちし、空間を裂く。
「さぁ、帰りましょ」
天子が諏訪子の背中をそっと押し、諏訪子は黙って頷く。2人が姿を消すと、スキマは閉じ、そして世
界にはいつも通りの日常が戻っていた。
「さて。次は……ちょっと楽が出来そうね」
紫はさっと踵を返し、そしてどこへともなく消えてしまった。