タイトル
「恐ろしい天使様4」


「わっ!」と言って起き上がった。
さっきのは夢?
あんな恐ろしい夢を見るなんて・・・・
溜息をつくと、ものすごい倦怠感が襲ってくる。
起きたばかりなのになぜかヘトヘトで力が出ない。
熱が出てるわけでもないのにおかしい。
すこし体調が悪いとかそういうレベルじゃなくて、体が完全に疲れ切っており力が入らない。
それに眠い。十分睡眠は取ったはずなのに寝たりない。今すぐにでもまた眠れそうだ。

「アルト様、おはようございます。その・・・あの・・・」

目が覚めると、天使様が僕のことを覗き込んでいた。
その顔はなにか深刻そうな顔に見える。

「天使様おはようございます」
「お・・おはよう」

なんか表情が暗い。どうしたんだろう?

「天使様いかがなさいましたか?」
「ううん。なんでもない。それより体調はどう?」

天使様は僕に気を使っているのか、心配そうな表情で顔を覗かせている。

「申し訳ありません。今日はどうも体の調子が悪くて」
「初めてだったし、無理させちゃったみたいね・・・・いいわよ、好きなだけ休んで」
「ですが、それでは執事の仕事ができません」
「いいから・・・もう早く横になって。ちょっとでも動いたら怒るわよ!」

起きようと体を起こすと、天使様の指に押さえつけられた。
もちろん僕の体の何倍も太い指なので、その力には逆らえずまた横になるよう誘導される。

「わかりました。寝ます。寝ますから」
「本当?本当にちゃんと寝る?なんか怪しいわね。怪しいからあんたが寝るまでずっと見張っといてあげる。じー・・・・」

仕方ない。天使様の目線を気にせず目をつぶってみる。

「じー・・・・・。アルトの布団って小さくてかわいいわね。それに目をつぶっているアルトもかわいい。うふふふ♪」

顔が近いためか?やたら大きな声が聞こえてくる。耳元でしゃっべてるそんな感じだ。
天使様にとって普通の声でも、僕からしたら大きな声であって、これじゃあ、やかましくて眠れそうもない。
うるさくて目を開けてみると大きな目がパチパチと瞬きしながら近づいて来た。大きな目が僕の視線を埋め尽くす。
顔の全体像がわからないほど目は近い。今見えるのは天使様の目玉だけだ。
その目はなんとなくだが、笑っているような気がする。
天使様に優しく見つめられている。そんな気がした。
天使様の目をよく見てみるとその目の中に僕がいる。
大きな黒ダイヤのような目の中に僕自身が鏡のように反射して天使様の目の中に映っていた。


うぅー・・・やっぱり、大きな目に間近で見つめられると怖いな。

「やっぱり、眠れそうにありません・・・お願いです。一人にしてください。かならず眠りますから」
「ふーん・・・少し寂しいけど仕方ないわね。お休み。いいわね。ちゃんとゆっくり休むのよ。無理して働こうとしたら許さないから」
「はい、すいません。おやすみなさい」

そう言って天使様は部屋から出て行ったが、すぐに戻って来た。

「そうそう、忘れていたわ。これトイレね。それに冷蔵庫よ。
 冷たい奴から暖かい飲み物まで一通りそろっているから、好きな奴飲んでいいわよ。
 それに朝ごはん、まだ食べてなかったでしょ?
 食欲なくても、なにか食べないと体に毒だから、ちゃんと食べるのよ。
 それとあと薬。ほらここに水置いとくから、食後に必ず薬を飲んで。
 えっと・・・あと他に必要な物は・・・」

何から何まで必要な物を用意してくれる天使様。
なんて優しいんだ。まさに天使だ。それに引き換え僕は天使様の執事なのになんにもできていない。
今日から天使様の役に立とうと思っていたのに体調を崩してしまって情けない。

「あ~そうそう。一番大事なこと忘れていたわ。この冷蔵庫についている、この赤いボタン。
 このボタン押してみて」

言われた通り、真ん中の目立つ位置にある赤いボタンを押してみた。

ビービービー

「このボタンを押すとね。私の着物に埋め込まれてる、センサーが反応して音が鳴るのよ。
 あ~あ~聞こえますか?」

冷蔵庫と呼ばれる、冷気が出てくる不思議な箱の外側から天使様の声が聞こえてきた。

「ふふふ、びっくりした?なにかあったらこのボタンを押すのよ。すぐ駆け付けるから」
「す・・・すごい」

これまで天使様の巨大な体に驚くばかりだったが、見たこともない不思議な物をいっぱい持っている。
まるで魔法使いのようだ。天使なのか、魔女なのかわからなくなる。
いや、天使なのだから人間には到達できないような、力や知恵を持っていても不思議じゃないか。

「なにもなくても、寂しいって思ったらすぐ押しなさいよ。私がいるから、あんたには寂しい思いをさせないわ」
「天使様、何から何までありがとうございます。でも僕、天使様になにもお返しできません・・・・」
「気にしないで、あんたは私の大事なシツジなんだからこれぐらい当然よ。お休み・・・・あ、そうだ。
 何もなければお昼頃に戻ってくるから、じゃあね」

こんなに優しくしてもらったのはいつぶりだろう?
天使様と初めて会った時も体調を崩していたが、その時は誰も看病してくれず、とても孤独だった。
その時と比べ今の状況はどうだ。なんて恵まれているのだろう。
なにも気にせず、ゆっくり休める。こんな幸せなことはない。
今置かれている状況に感謝し、安心したら急に眠くなりそのまま眠ってしまったようだ

それからどれぐらい眠ったのだろう?ぐっすりと眠ったから多分3時間ぐらいは寝たと思う。
目が覚め体を起こしてみると朝とは比べ物にならないぐらい体が軽い。
朝に感じた重くだるい感じは消え失せ、すっかり体調も良くなっている。
辺りを見てみると誰もいない。
耳を澄ましてみても近くに人がいる気配がまったくしない。
一瞬、天使様を呼ぼうかと思ったがやめにした。
僕はこの楽園について何も知らない。
湯あみに行った時だけ、この家から出たが辺りが暗く外の様子がどうなっているかはわからなかった。
誰もいない今、この家を捜索し、あわよくば天使様が僕に隠していることや昨日いた他の天使のことを探ってみたい。
そう考えると誰もいない今がチャンスだ。
「ちょっとだけ、天使様が戻ってくるまで、辺りを少し見てみよう」そう決心すると布団から抜け出し部屋の外に出るため歩き出した。
少し歩くと、天使様が横になっていた所を横切っている。
地面である布団から天使様の匂いがする。甘酸っぱい若い女の人の匂い。
残り香とはいえ結構匂う。まるで天使様がすぐ横にいるみたいに鮮明な匂いだ。
僕は女の人の匂いを嗅ぐとどうも意識してしまう。
それに天使様の匂いはとてもいい匂いだ。どうしてもソワソワしてしまう。

横を見ると天使様の枕が聳え立っていた。
それに引き換え、さっき天使様の置いていった冷蔵庫という不思議な箱と比べると桁違いに大きな枕だ。
その枕の上、頭を乗せる所から黒い棒のようなものが伸びている。
黒い棒・・・あれは多分天使様の髪の毛。あの鉄棒のような物が天使様の髪の毛か・・・・。

「どうか落ちてきませんように」

鉄棒のような髪の毛の下を早歩きで通り抜ける。
まさか落ちてはこないと思うが、もしかしたら・・・って思うと少し緊張する。
ようやく枕を通り過ぎると布団の端っこまできた。
布団から地面まで高さはかなりあり、この布団から地面に降りるということはかなり難しそうに思えたが、
手で布団をつかむと簡単に布が伸びた。
この伸びる布を足場にしながら、降りればなんとかなりそうだ。
足場はなんとかなりそうなので、決心して布団から降りることにした。
真っ白な布団にしがみつきながら、ゆっくりゆっくりと慎重に降りる。
ちょっとの段差でも僕にとっては断崖絶壁であったが、天使様は昨日この布団をちょっと足を上げただけで簡単に一跨ぎしていた。
そう考えるとちょっとの距離を移動するだけでも予想以上に大変なことであり、虫の気持ちが少しわかったような気がした。

部屋の外に出てみると、やはり巨人の住む家だ。
どこまで行っても木でできた廊下が永遠と続いている。
この廊下はただ長いだけじゃなく、天井もあり得ないぐらい高い。
その規模に驚きながらも木の廊下を真っすぐひたすら歩く。いける所まで言ってみよう。そんな気持ちで歩いた。
もし万が一、天使様が戻って来た時に踏まれないようにするため廊下の端っこを歩くことにした。
この家のサイズに見合う者だけが、真ん中を歩く権利がある。
逆に僕みたいな小さな生き物は廊下の真ん中を歩いてはいけない。なぜなら巨人に踏まれる恐れがあるからだ。
二時間ぐらい歩くとようやく分かれ道が見えてきた。
さて、右か左かどっちだ。
右側を見ると遥か彼方に玄関が薄っすらと見える。

「右が出口か」

とりあえず右に行ってみることにした。
しかし2時間ぶっ通しで歩いてきたから、足が痛くなってきた。
靴も履かず裸足で歩き、しかも地面の木はつるつるして歩きづらい。
湯あみする時に天使様の爪の中にいた時は、この廊下を通り過ぎるのに一分もかからなかったと思う。
どんなにゆっくり歩いても2分もあれば、外に出れる距離。
そんなちょっとの距離を移動するのに2時間歩いても足らないということは、天使様の手助けがないと僕はどこにも行けない。
この家はまるで牢屋か要塞のようだ。僕みたいな小さな人間は外に出られないような仕組みになっている。
このままでは帰れなくなる。と思い屋敷の探検は諦めて引き返そうとした時、話し声が聞こえてきた。
すぐそこにふすまがあり、ちょっとだけふすまが開いていたので中の様子が遠目ながら見えた。
巨大な二人の女の子が深刻そうな顔で話をしている。
よく見ると今いる二人は昨日僕の前に現れた二人だ。
こんな偶然もあるもんだなあと感心しつつ、少し開いたふすまの外から二人の会話に耳を傾ける。

「ねえ、本当にリイ様の言うとおりにして大丈夫かな?」
「リイ様は大丈夫だって言ってたから、大丈夫だと思うけど、それがどうかしたの?」
「私は大丈夫だと思えない。だってリイ様は自分が天使だって嘘ついて、しかもアルト様を力ずくで脅しているのよ。そんなこと許されるはずがないわ」
「それは・・・・」
「それにアルト様は私たちよりも圧倒的な力を持っていらっしゃるし、とても高貴なお方。もし逆鱗に触れたら、私たち最悪処刑されるかもしれないわ」
「処刑!?」
「そう処刑、処刑されたって私たち文句は言えない。だって王であるアルト様を騙したんだから」
「騙したのはリイ様でしょ。私たちと関係ないんじゃないの?」
「だけど、リイ様の時ははっきりと意識がある中で子作りをしていたから、不問になると思うけど、私たちの時は意識がなかったじゃない。
 だからリイ様の時とは状況が全然違う・・・私たちはもう終わりよ・・・私死んじゃうんだわ・・・っ!」
「過ぎたことはもう仕方ないじゃない。ほらほら泣かないで・・・。泣かない泣かない。
 処刑されるってまだ決まったわけじゃないし、もし処刑されることになってもあなただけじゃない。
 私もいるから・・ね。それにもし処刑されてもしょうがないじゃない。掟にもあるでしょ。上の者からの命令は絶対だっていう掟が・・・
 だから、私たちがどうあがいたって、どうにもならないわ・・・」
「どうにもならないことない!!私今からアルト様に謝りに行く。許してもらえるかどうかわからないけど、このままじゃ不安でおかしくなりそう!」
「待ちなさい。リイ様にバレたらどうするの?アルト様の部屋には近づいてはならないってきつく言われたでしょ。忘れたの?」
「じゃあ、どうすれば・・・」
「幸い命令じゃなかったから、近づこうと思えば近づけるわ。だから真夜中にこっそりアルト様のお部屋に忍び込んで
 私たちの部屋にお連れするのよ。お連れしたらその場ですぐ謝りましょ。
 もしアルト様が私たちをお許しにならなかったら、
 その場で即刻処刑されるだろうし・・・でも黙っていても処刑されるなら、アルト様の前で処刑されましょ。どうせ死ぬならその方がいいんじゃない・・・」


話を一通り聞いていたが、謎が深まるばかりだ。
まずはっきりしたことは、昨日の出来事は夢ではないということ。
天使様以外にも同じ大きさの天使が複数いること。
これだけははっきりしたが、僕に処刑されるとか、僕が圧倒的力を持っているとか、子作りしたとかは謎のままである。
確かに天使様の膣内で射精をしたことはしたが、あの大きさの膣を考えると子供ができるとはとても思えない。
あと天使様の名前ってリイて言うのかな?二人の天使たちの話の流れを考えるとリイ様と呼ばれる人は天使様の可能性が高い。
そんなことを考えていると、遠くから声が聞こえてきた。

「ちょっと誰か来て。手の空いている人いない?」

この声を聞くと二人の巨大な天使は立ち上がり、4本の足が地響きをたてながら僕のいる反対側のふすまから出て行った。
二人の天使は立ち上がる時、正座から膝立ちになった時足の指が黄色く変色し少し形が潰れていた。
あの巨大な足の指の形が変わるということは足に想像を絶するような体重が加わっているのだろう。
力が加わっている足の指はどんな硬い鉱物さえも簡単に砕けそうな力と重さを兼ね備えている。

二人の天使は完全に立ち上がると、山のようにデカい。山のようにというより、山そのものだ!山が歩いている。
しかもあっという間に巨大な部屋から姿を消した。
僕の一歩と比べると天使たちの一歩は桁が違う。
普通なら百歩?いや千歩かかる距離を天使達はたった一歩で到達していた。
その天使の一連の動作を見て確信した。天使様を怒らせれば僕の住んでいた町はもちろん国自体滅ぼされる。
あの天使の足指と戦うとなるとどんな精鋭の騎兵隊でも相手にならない。
足指を少しもじもじさせるだけで、多くの兵士が吹っ飛ばされたり、踏みつぶされたりするだろう。
しかも天使は最低四人はいる。
どう考えても僕の住んでいた国の軍隊が束になっても天使一人ですら勝つことは不可能だと思う。
あの大きな足が町中くまなく破壊し尽くし、町は大きな足跡だらけになる。
しかも天使たちを止められるものはなにもない
そう考えると天使様を絶対に怒らしてはならない。なんとしても天使との戦だけは避けないといけない。


天使の歩いた時の振動は少し離れた僕のいる所まで響いて来た。踏ん張っていないと転倒しそうなぐらいの揺れだった。
天使たちは僕のいた方向と逆方向に歩いて行ったが、もしこっちに足が向かってきたらどうなっていただろう?
もしかしたら、僕は踏みつぶされていたかもしれない。
僕の大きさは天使から見るとアリ以下の大きさ、地面に落ちている点のような粒にしか見えない。
歩きながら、僕を発見するのは困難だろう。
立ち上がった二人の天使は巨大すぎて顔がよく見えなくなった。
地面から見上げても天使の顔が見えないのだから、天使側から僕のことを見ても見えないだろう。
この家を探検しているということはいつ天使達に踏みつぶされても不思議じゃない、
ものすごく危険な行為であることに気づかされた。
アリ以下の虫が地面をウロウロしていて、誤って踏みつぶされても虫は文句を言えない。
足元をうろついていた虫の方が悪いのだ。少なくとも僕の故郷のみんなはそんな風に考えている人がほとんどだ。
そして今の僕はその小さな虫以下の存在・・・。
早く元居た部屋に戻った方がいい。早く安全を確保しないと天使に踏みつぶされる。
そう思い駆け足で布団が敷かれている部屋に戻ろうとしたその時。

ヒュウウウウウウウ。

ものすごい突風が吹いた。
ハリケーン?いや、こんなすごい風あり得ない。
今まで経験してきた中で一番ずば抜けてすごい突風。
その風に巻き込まれ体が簡単に浮き上がり、吹き飛ばされた。

「うん・・・ここは?」

滑空時間を考えるとだいぶ飛ばされたようだが、ここはどこだ?
地面は真っ黒だ。さっきまで木の床が広がっていたのに今度は黒色の地面。
なにか上の方に存在感を感じ上を見上げてみると、赤い柱が上空を覆っている。

「真っ黒の地面・・・赤い柱・・・これどこかで見たような・・・」

これはなにかと考えているとツンと鼻につく匂い・・・
汗っぽいような・・・少し甘酸っぱいような・・・でもどこかで嗅いだことのある匂い・・・・
もう一回上を見上げて見てみると赤い柱は二本あり、左右に分かれて伸びている。
この黒い地面の先端付近は二本ある柱が交わり、一本になっている。
柱が交わっている部分は地面から伸びているため、その交わっている所に行くとその柱に触ることができそうだ。
この柱の正体がなんなのか、調べるため柱が交わっている所に行ってみることにした。
歩き出すとすくに気づいたが、今向かっている所に近づくにつれて匂いが強くなる。

「やっぱりこの匂いどこかで・・・」

黒い地面の先端部分、柱の付け根についた。
その交わった柱の部分を調べてみると所々細くなったり太くなったりして、柱の太さがやや不揃いだ。
そして柱の色、その交わった先端部分だけ若干変色している。
二本に別れた部分には変色は見られない。先端部分だけ変色している。

「なにか大きなものが擦れたような・・・うーん・・・」

不思議に思って、柱を触ろうとすると汗っぽい匂いがより一層きつくなる。
どうやら、この柱部分から匂いがあふれ出しているようだ。

「くんくん・・・・あ!わかった。この匂い・・・天使様の匂いだ。じゃあ、これは天使様のサンダルだ!」

このサンダルは天使様と湯あみに行く時、履いていたサンダルで間違いなさそうだ。
こんな形のサンダルは僕の故郷にはない。楽園に来て初めて見る形のサンダルだ。
天使様の履くサンダルは素足で履くタイプのサンダルで、赤い紐みたいなところに指を挟んで歩く。
この紐は僕から見たら太すぎて柱に見えるが、その柱を見るとやはり擦れてそこだけ変色している。
これは天使様が歩く時に足指がギュッと握りしめたから、こうなったのだろう。。
ということは、この柱から匂ってくる、汗っぽい匂いはもしかして天使様の足の匂い!?
なるほど、これが天使様の足の匂いか・・・・天使様も汗をかくのか?
しかもこの匂いは若く健康的な女の汗の匂いだ。 
もしこの匂いが天使様の匂いだとする、天使様は普通の人間と変わらない。天使様はいったい何者?本当に天使?

試しに擦れた柱の部分を触ってみるととても頑丈にできていた。
体全体を使って押してみても柱はビクともしない。何度力を入れなおしても状況は変わらない。本当にビクともしない。
それなのに天使様の足の指だけでこの頑丈な紐を摩耗させ変色させるだけの力を持っている。
天使様の足の持つ力はすごい。まあ手の力だけで町を簡単に破壊できるのだから、
足の力がすごくても不思議なことではないが、
天使様の持つ体のパーツ一つ一つが、僕では対抗できない圧倒的力を持っているということをこのサンダルが証明してくれている。
そもそも僕はこのサンダルを持ち上げることもできない。
だが天使様はこのサンダルを軽々と持ち上げていた。しかも二つ同時に。
足の指がギュっと紐を挟み込み、見たこともない信じられない速度で歩く・・・。

「もし踏まれたらひとたまりもないのだろうな・・・・」

後ろを見てみると黒い地面がずっと続いている。
黒い地面はとても広く、庭付きの家を建てれるほどの面積はありそうだ。
だがこの黒い地面は天使様のサンダルに過ぎない。つまりこの黒い地面全てに天使様の足が乗っかる。
つまり庭付きの豪邸が天使様の足の裏と同じ大きさということになり、サンダルの上に豪邸を建てることさえできる。

上を見てみると赤い柱が二本アーチ状になっている。
その高さは僕の生まれ故郷の時計台よりも遥かに高い。
だがその高い位置にある赤い柱も天使様の足の高さでしかない。
足全体の高さですら、どんな建物よりも大きい。下手したら、天使様の足の高さは城に匹敵する。
大きな肌色の城が二つ高速で動き、全ての建物を平等に踏みつぶす。
それが天使様の足・・・何度も言うが信じられないような大きさだ。

「・・・・この状況マズいんじゃないか・・・」

サンダルの大きさに驚くばかりであったが、よく考えるとこのサンダルからどうやって降りる?
サンダルの土台は時計台よりも高い。このサンダルから飛び降りたらまず命はない。
それに元いた部屋にどうやって戻る?
さっき歩いていた木の廊下はサンダルの赤い紐よりもはるかに高い位置にある。
このサンダルは廊下よりも一段低い所に置かれているようで、サンダルの置かれている地面は灰色に変わっていた。
その灰色の地面に降りる方法もないし、かと言って廊下に戻る方法もない。
僕は完全に天使様のサンダルの上で孤立していた。

このサンダルの上に僕がいることなんて知らず、天使様がこのサンダルを履いたらどうなる?
サンダルを何気なく履き、僕という小さな粒に気づかず無意識に踏みつぶすかもしれない。

「ど・・・どうしよう・・・とにかく一番安全なところはどこだ?そこで身を隠すしかない」

大きなサンダルの上をウロウロして安全な場所を探したが、どこもかしこも危険な気がする。
天使様と湯あみに行った時を思い出しても、このサンダルが踏まれていないところなんてなかった。
つまりサンダルの上にいる以上、どこにいても天使様の大きな足から逃げることはできない。
そのことを知って絶望しかけたが一つ閃いた。

「土踏まずなら・・・もしかして」

そう土踏まずだ。土踏まずなら地面に足が触れない。
僕は土踏まずと思われる所に急いで移動した。でもこれは気休めかもしれない。
例え、土踏まずにいても天使様が足を滑らすようにサンダルを履けば意味がない。
その巨大なつま先が津波のように押し寄せて、その丸い足指に潰され一瞬でペシャンコだ。
しかし、生きるため藁をもすがる思いで土踏まずの部分で座り込み、天使様がやってくるのをじっと待った。

「今はこうする他あるまい」

じっと待つ・・・。一分一分が何時間もの長い時間に感じ、自分の命がこれからどうなるかを考え、来るべき時を待った。

ドスン

ものすごく遠くから重いものが降ってくる音がする。

ドスウウウン

音が大きくなった・・・また大きくなる・・・。
なにかがこっちに近づいてくる音。
一瞬天使様かな?と思ったがそうじゃないみたいだ。
木の廊下の方角からではない。この音は木の廊下と反対側から聞こえてくる。
なんだ?なにが起こる?

ガラガラガラ

世界が動いた!いや違う・・・扉が横に開いただけだが、あんな巨大な扉が開くなんて予想もしていなかった。
でもまあ、よく考えてみると天使様と一緒に湯あみに行った時もこの扉を開けていったっけ・・・
サンダルがあるということはその先は外。当たり前だと言えば、当たり前だが大きさが違いすぎて、
そんな簡単なこともすぐにはわからなかった。

「隊長・・・訓練が厳しいです・・・もう少し休憩をくださいよぉ・・・」
「黙りなさい。これぐらいで根をどうするの?こんなことで宮殿の警備ができるとでも?」
「ですけど・・・隊長・・・」
「気持ちが弱いあなたには、もっともっと厳しい訓練が必要なようね。皆でもう一回、同じ訓練やる?」
「ちょっとハンナ、早く謝ってよ。私たちまで巻き込まれるのはごめんよ」

巨大な扉が横に開くと二十代から三十代ぐらいの女が一人入って来た。
目が少し吊り上がり、女剣士みたいな凛々しい女の巨人。
さらにその後ろからゾロゾロと計十人ぐらいの女達が入って来た。
その十人は十代前半から半ばぐらいの女の子達で、天使様より少し若い巨人だった。

「デ・・・デカい・・・なんてデカさだ・・・」

改めて間近で天使たちを見ると腰が抜けそうになるぐらい大きい。
しかもそんな巨人が十人もいる。世界が巨人たちに包まれたかと錯覚するぐらい、
この天使達が辺り一帯の存在感を支配していた。

「いえ、隊長。さっきのは聞かなかったことにしてください。私は元気です」
「それならよろしい。その調子で頑張りなさい。明日の訓練は今日より厳しいわよ」

この天使様のサンダルの周りに十人の女の子が入って来たことにより、天使様のサンダルがポツンと小さく置かれているように思えた。
それぐらいこの女の子たちは大勢で天使様と同じように大きい。

「まだこんなに天使がいたのか・・・これでさっきの三人と合わせて十三人・・・天使様を入れて十四人・・・」

少なくとも巨人は十四人いる。やはりこれだけの天使を相手にするとなると、絶対に太刀打ちできない・・・
でも変だな。今まで見た天使は全員女だ。男は一人も見ていない。

「ほら、みんな早くブーツを脱いで。足袋も脱いで汗を拭くのよ。
 それに今新しい王であるアルト様がいらっしているから、いつもより念入りにね」
「隊長、宮殿の中は裸足という掟がなぜあるのですか?ここで足袋を脱ぐのは面倒ですね」
「それは、私たちの足は第二の顔だからよ。殿方である歴代の王様は皆小さいでしょ、となると必然的に足を見る機会が多くなるし、
 それに歴代の王様は私たちの足を見て、誰が来たか判断するらしいわ。
 王様にとって足は顔と同じような役目があるってことね。それに足が綺麗だと側室になれるかもってみんな噂してるわよ。
 ほら、あんたもいつアルト様に見せてもいいようにさっさと足を綺麗にしなさい」
「はーい、ちぇ・・・綺麗にしろって言ったって私がアルト様に会えるわけないじゃない。めんどくさいし適当でいいや(小声)」

天使様のサンダルの横にそのサンダルと同じぐらい大きな肌色の城が現れた。
それは天使達の足であり、その足のサイズに見合う巨大な白い布で足を磨き上げられていく。
それもあっという間に・・・。
それはともかく、この天使も僕のこと王って言っていた。
この巨人たちは僕の敵なのか?それとも味方か?全然見当もつかない・・・。
まさか小さすぎるから、からかっているのか?それとも皮肉?とはいえ、
今はサンダルの上でじっと天使達の様子をうかがうことしかできない。

「待って!ここの窓が開いてる・・・。誰が開けたの?」
「知らないです」「私も」「私も」「私も知りません」
「みんな風の強い日は窓を全開にしないように。そうしないとアルト様が吹き飛ばされてしまうわ」
「隊長ですが、ここにアルト様はいらっしゃらないでしょう。今はリイ様と楽しいことをなさっている最中でしょうしね。クスクス」
「こら笑わない。リイ様とアルト様はこの星のため働いていらっしゃるのよ。それをバカにしたような口ぶりね。
 あなた罰を受けたいの!」
「いえ、決してそのような・・・・」

大きな窓が閉められていく。なにはともわれ、これで風で吹き飛ばされる心配はなさそうだ。

「私たちの役目を忘れかけている。たるんでいる者がいる。
 いい機会だから、みんなで七つの鉄則を暗唱するわよ。はい、一つ!!」
「我々の第一の目的は王様をお守りすること!!」

キイイイイイインン!ゴオオオオオオ!!


天使たちが一斉に大声を出し始めたことにより、ものすごい爆音が響き始めた。

「うわあああ」

思いっきり耳を塞いでもガンガン頭に響く。
うるさすぎて、天使たちは何言ってるのか全然わからない。ただ轟音が鳴り響いている。
しかし本当にうるさい。早くこの轟音が止んでくれ。今はそう願うだけだ。

「二つ!!」
「「王様が安心して子作りに励める環境を作ること!!」」
「三つ!!」
「「王様のためなら、命を惜しまないこと!!」」
「四つ!!」
「「裏切者が出た場合、誰であろうと容赦しないこと!!」」
「五つ!!」
「「王様をお守りするため、訓練し向上心を忘れないこと!!」」 
「六つ!!」
「「王様を故意に傷つけた者には、死が待っていること!!」」
「七つ!!」
「「王様のいうことに逆らわないこと!!」」

「よろしい、今言ったことを肝に銘じるように。わかったわね」
「「はい!!」」

ようやく轟音が止んだ。
なんで?なんでみんな一斉に叫び出す?
上を見上げてみるとみんな胸を張って、気をつけまでしてる。


「あれ?この草履ってリイ様のよね・・・」
「はい、そうみたいですね」
「片付けるのを忘れていたみたいね。しまっておいてくれる?」

大きな指がグワーと高速で向かってきた。
慌てて、指から逃げようと走ったが、全然勝負にもならず、あっという間に頭上を指が通り過ぎていった。
赤い紐を二本の指が挟み込んだと思ったら、ものすごい衝撃が走り、大きな指はサンダルを上へと持ち上げ始めた。
やはりこの天使もものすごい怪力の持ち主だ。
僕がどんなに力を入れてもビクともしなかったサンダルをたった二本の指で軽々と持ち上げている。
その様子を間近で見ていたからよくわかる。この指はサンダルの重さなどほとんど感じていない。
なにも持っていない指とサンダルを持ち上げる指に大して力の差があるとは思えなかった。

その時の衝撃でサンダルから振り下ろされた。サンダルの地面はつるっつるで何もつかめる所がなく、
指が引き起こす、振動になすすべなどなかった。
恐ろしいほど高い所から振り落とされたので、もう僕は諦めてしまった。

「天使様、申し訳ありません。勝手に抜け出したバチが当たったようです。さようなら・・・・」

こんな高い所から落ちたら絶対に助からない・・
地面がどんどん近づいてくる・・・・僕は目をつぶり最後の時を・・・・・??
あれ?死んでない。どういうことだ?
あんな高い所から振り落とされたら生きているはずないのに・・・

「う・・・・うぇええ・・なに・・この匂い・・・」

ムワっとした熱気に包まれ、ジメジメした暖かい空気が流れてくる。地獄に落ちたのかと思うほど不快だ。
そのジメジメした熱気の影響で急に温度が上がり、僕のおでこから汗が出始める。
熱くなるのは我慢ができるから・・まあいい。
だが問題なのは匂いだ。その匂いは天使様のサンダルの紐付近の匂いを、強く強烈にしたような匂い・・・・。
それにさっきからキッラ、キッラと地面が反射している。
気になったので地面を見るとピカピカと光沢を放つ薄ピンク色のいびつなガラスの地面に僕は立っていた。

「まさか・・・・」

そう、この地面の正体は足の爪だ。
しかも右人差し指の上。爪と皮膚の間位置し左横側いる。
隣には人差し指より一回り大きい親指が鎮座している。爪の中から強烈な匂いがするし、汗の匂いも強烈だ。
これが本当の足の匂い・・・蒸れた足の匂いを直接嗅ぐとこんなに臭いの?初めて知った・・・。
後ろを振り向くと、ちょっとした平原のような傾斜付きの足の甲があり、その足の甲や指はしんなりとしている。
しんなりとして柔らかそうな足・・・だがしんなりしている原因は汗であり、その汗が原因で強烈な匂いを発しているのだ。
地面からはもちろん左右からもきつい匂いがするため逃げ場がない。
あまりにも臭いので、足から飛び降りようかと思ったが、二階のベランダから飛び降りるような高さがある。
足の指ですら高い位置にあったため、足がすくんで飛び降りることができなかった。
彼女の足の上にいる限り、その強烈な匂いから逃げれそうもなかった。
試しに爪を少し降りて足の皮膚を手で触ってみるとしっとりと少し濡れている。その手についた匂いを嗅いでみると・・・

「うええ・・ゴッホゴッホ・・・うっ・・・」

やはり強烈な刺激臭がした。「嗅ぐんじゃなかった」と後悔しても後の祭り。その汗の付いた手の匂いは簡単には落ちなさそうである。
その証拠に僕の手は彼女の足になったみたいに強烈な匂いを放っている。

「これが僕の手・・・なんか気持ち悪いなあ・・・」

臭い汗の匂いだが若干女の子の匂いも混ざっているから、この足の持ち主は若い女の子で間違いなさそうだ。
こんな臭い足の持ち主はどんな人だろうと思い上を向いて確かめてみる。
かなり低い位置から見上げたので、鼻の穴がくっきりと見え、若干分かりにくかったが若い女の顔。
本人がこんな顔を見たって知ったらどうなるだろ?嫌な気持ちになるかも・・・。
彼女が偶然真下を向いた。
一瞬僕の存在がバレたのかと思ったがそうではなく、彼女は足元を少し確認しただけだった。
真下を向いたことにより、彼女の顔をよく観察できた。
こんな汚い足の持ち主なのだから、顔も汚くジャガイモみたいな顔をした人だろうと勝手に想像していたがその結果は裏切られた。
彼女の顔は・・・髪を後ろで束ねられており、活発そうな女の子・・・。

「え!?結構かわいい・・・」

じっとこっちを見つめられると彼女の美貌にドキッとする。こんな綺麗な人に見つめられると、恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまう。
天使様の美貌と比べると少し落ちるが、それでもかなりの美人さんだった。
遥か上空では女の顔が見えるが、僕の位置からは強烈な汗の匂い。
その涼しい顔をした彼女の様子から察するに彼女自身この強烈な足の匂いに気づいていないようだ。
こんな可愛い子なのに足はこんなにも臭い。こんなこともあるんだ。

「そういえば厳しいとか、訓練とか言っていたな・・・」

激しい運動でもしたのか?この脱ぎたての足は蒸れてテカテカ光っている。蒸れてほっかほっかだ。
しかもこの足の持ち主は足をちゃんと拭いてない。
ちゃんと足を拭いてくれよぉ。これじゃあ臭くてたまらない・・・・。

ゴゴゴゴゴゴ

突然反対側のかかとが持ち上がった。
片足だけ、つま先立ちになりつま先をグリグリと左右に動かしている。
動かし終ると勢いよくかかとが地面に着地した。
足が動かされたことにより、足の匂いは拡散され、反対側の足の匂いもこっちまで匂ってきた。
その匂いは今いる足の匂いと全く一緒。つまり反対側の足もかなりの匂いを放っているということになる。
彼女の足が少し疲れたので、少しストレッチしたに過ぎない。だがその軽いストレッチですら大きな揺れが起こった。
その大きな揺れが反対側で起こったということは、こっちの足も同じような揺れが起きるということだ。
それに反対側の足が疲れているということは、こっちの足も同じように疲れているはず。
もしかしたら、かかとを持ち上げたくて、うずうずしてるかもしれない。
そうなっては絶対に振り落とされる。それだけはなんとしても避けなければ。

「おーい。助けてくれ!」

上を向き、天使の顔を見ながら叫んだ。
なんとか彼女に僕の存在を知らせなくてはいけない。
天使様は僕に対して殺意は感じられないが、他の天使もそうだとは限らない。
もしかしたら最悪殺されるかもしれない。
彼女の足の上にいる以上、生かすも殺すも彼女しだいだ。
しかも殺すのは簡単。片足を持ち上げ、指の上をポリポリとかけばいいだけ。
それだけで、一瞬でミンチになり、足指に取るに足らない小さな赤い粒がつく。ただそれだけだ。
天使に自分の存在が知られるとどうなるがわからないが、このまま足が動き出すと振り落とされて結局死ぬ。
だから彼女に僕の存在を知らせないといけない。

「みんな拭いたね。部屋に一旦戻って十分休憩」

僕の叫んだ声よりも遥かに大きな声が響いた。
残念ながら、僕の叫んだ声は、この足の持ち主には聞こえなかったようだ。

ドスウウウン、ドスウウウン、ドスウウウン。

「わああああ」

体が突然上へと持ち上がる。
持ち上がりきるとあり得ない速度で前へと進む。
そのあまりにも早い速度で目が回る。
命の危険を感じるほど、恐ろしく乗り心地が悪い。足の匂いも相まって、ものすごく気持ち悪い。
気持ち悪くて吐きそうになるが、そこは必死に我慢する。
今度は足が落下し始める。
体がどんどん浮き始め、このままでは振り落とされる!
とっさにつかまれそうなものをつかんだ。

ドスウウウン

地面に足が着地してもなんとか僕は足にしがみつくことができた。
ふーやれやれやれと思い、ふと両手の手を見てみると白い塊がある。
その白い塊をつかみ、なんとか振り落とされずにすんだが、この白い塊から足の匂いが強烈に匂ってくる。
この塊は多分さっき彼女が履いていた靴下の糸くずだと思う。
その糸くずが彼女の足の爪と皮膚の隙間に付着し、僕がその糸くずをつかんだことで振り落とされずにすんだということ。
糸くずと言ってもそれは彼女のサイズから見た話しで、僕らから見ると樽ぐらいの大きさのある糸くずだった。
細かい糸くずが皮膚と爪の隙間に所々点在し、さらに彼女の足の汗をたっぷりと含んでおり、その強烈な汗の匂いを強めている。
知らず知らずのうちに女の子の足を勝手に触り、
足の汗を手に付けて嗅ぐなんて、この足の持ち主が知ったらどう思うだろう?やっぱり怒るだろうな・・・
風を切る轟音が聞こえたので横を向いてみると大きな足が高速で通過していく。

「あれはもう片方の足・・・それが横切ったということは・・・」

動いている足を改めて間近で見ると、あんなデカい足が動いているなんて信じられないし、
よく振り落とされなかったとつくづく思う。
自分の乗っている足に視線を戻すと、かかとが持ち上がり始めている。
かかとが持ち上がるとつま先が黄色ぽい色に変色し始めた。
これはつま先に体重がかかっている証拠・・・。
つまり足が持ち上がる前触れだ!これから大揺れが起こる。僕は樽のような糸くずに必死にしがみついた。
もう気持ち悪いとか言ってられない!今は振り落とされないようにしないと。そうしないと死んでしまう!!

「隊長。この奥の部屋にアルト様はいらっしゃるのですよね?」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「ちょっと覗いてみてもいいですか?」
「な・・・なに言ってるの!リイ様がその言葉をお聞きになるとなんておっしゃるか・・・」
「隊長、お願いです。ちょっとだけ・・・ちょっとだけならいいでしょ?
 アルト様のお顔を一度だけでいいから、どうしても拝見したいんです」

彼女たちがなにやら話をしているようだが、こっちはそれどころではない。
足の方向が急に変わり振り落とされそうになる。
糸くずに必死にしがみついて、その振動に耐えていた。

「待ちなさい!そっちに行っては絶対にダメ!ほら、ぼやぼやしないでこっちに来る!」
「ちえ、いいじゃん。ちょっとぐらい(小声)・・・・はあーい、わかりました。隊長ー」

隊長と呼ばれる女に腕をつかまれ、足が歩行時とは違う揺れ方をした。

「わああああ」

とうとう振り落とされてしまった。
足が地面に着地していてもかなり高い位置にあるのに、運悪く足が持ち上がった状態で振り落とされてしまった。
この高さから落ちたのでは絶対に助からない・・・・。

「あれ?やっぱり死んでない。」

気づくと僕を乗せていた彼女の姿はなく。廊下に残された彼女の汗の足跡が薄っすらと残っているだけだった。

「これが足跡なのか。こんな大きな足にさっきまで乗っていたんだな・・・」

試しに足跡を踏んでみると地面が少し濡れている。
ただ、足跡はすぐに消えた。蒸発したのだろうか。だが足跡は消えても足の匂いはしばらく残っていた。

とにかくこれで臭い足の匂いから解放された。
思いっきり息を吸う。ああ~空気ってなんて美味しいんだろう。
いつもなにげなく吸っている空気がこんなにうまいと思うのは初めてだ。
ひんやりとしていて、息を吸っても不快感がない。こんな当たり前のことがこんなに素晴らしいなんて・・・。
改めて木の廊下を見ると僕が歩いて来た分かれ道の場所までいつの間にか戻ってきている。
出入り口からここまでの距離を考えると僕一人では到底歩けない。
と考えると彼女の足は臭かったが、それでもここまで運んできてくれたことには感謝しないといけない。
感謝はするが僕の体は全身、彼女の足の汗や汚れまみれだ。
手なんか、思いっきり彼女の足にしがみついていたから特に臭い。
木の床に手を擦って、匂いを取ろうと試してみたが大して変わらない。
この匂い、なかなか取れそうにない。
体や手の匂いも気になるが、ずっと彼女の足に振り落とされないようしがみついていたのでフラフラだ。
思わず木の地面に大の字で寝っ転がった。

横になりながら、ふと天使様の顔が思い浮かぶ。
今天使様は何をしていらっしゃるだろうか?
足の匂いのする女の子と短い時間、一緒に過ごしてみて分かったが天使様はお優しい方だ。
湯あみに行くときだって、僕に気を使って静かにゆっくり歩いてくれたし、手のひらに乗せている時もなるべく水平を保って動かし、
僕の気分が悪くならないよういつも気を使ってくれている。
言葉にこそしないが、その気遣いだけでも大変なことだろう。
今から思い返してみると、湯あみの時念入りに体を洗っていたのも不快な匂いを匂わせたくないという気遣いから生まれたものだと思う。
時には怖いことを言ったりするけど、僕に対し危害を一切加えていない。
天使様との体格差を考えると危害を加えない方が難しいのに怪我はおろか、かすり傷さえない。
改めて天使様の優しさを思い出すと天使様が恋しくなってきた。早く天使様に会いたい。
早く自分の安全を確保したい。それに部屋を勝手に抜け出したことを謝らないと・・・。
許しくれるかどうか、わからないが今はとにかく天使様に会いたい。ただそれだけだ。
そう思い布団の敷かれた部屋に走って向かった。



だが一時間も走り続ければ息が上がる。あんなに頑張って走ったのに木の廊下は続いている。
走るのに疲れたので歩きながら進んでいると遠くから天使様の声が聞こえてきた。

「アルト様・・・お願いです。お姿をお見せください。
 私が悪うございました・・っ・・・!お願いです・・・どちらにいらっしゃるのですか・・っ!」

今にも泣き出しそうな、いや姿が見えないためはっきりとはわからないが泣いているような気がする。
泣くほどのことかどうかはともかく天使様は僕が部屋からいなくなって、心配しているらしい。
早く姿を見せて安心させなくては天使様がかわいそうだ。
だが焦るばかりで距離があまり縮まらない。やはり僕の小さな足ではこの廊下は大きすぎる。

「私は今までアルト様に対し数々のご無礼を働きました。そのことでお怒りなのですよね?
 どうか・・どうか・・お許しを・・・お願いです・・っ・・!
 お姿をお見せください・・っ!アルト様がいなくなれば、私たちはもう終わりなのです。皆で死を待つだけになってしまいます。
 二度とあのような無礼なことを致さないと誓います。誓いますから・・・どうかお許しを・・・・一度だけお許しを・・っ・・」

部屋に近づくにつれて確信に変わった。やはり天使様は泣いている。
僕は長い廊下の上で力一杯叫んだ。

「おーい!おーい!天使様、僕はここです!」
「・・・っ!?アルト様・・・?」
「こっちー!こっちですー!」
「その声はアルト様ですよね!?どちらにいらっしゃるのですか?お姿をお見せください」
「廊下ですー!廊下にいますー!」

地面がグラングラン上下に揺れだし、硬い木の床がまるでトランポリンのように波打つ。
僕はその振動で体が飛び上がり、体を強打した。
突然発生した大地震発生に驚き、痛くて頭を押さえていると、突然スコールが襲ってきた。
屋根のあるところで、なんで大雨が降るのかと思い、首を上げるとそこには顔を真っ赤にさせながら、
涙でぐしゃぐしゃになった天使様の顔が埋め尽くしている
瞬きをするとそのまつ毛の動きで涙がこぼれ、僕のすぐ横に着弾する。
一粒落ちると二粒三粒と涙が地面にどんどん落ちてきた。

ザブン、ザブン、ザブン。

地面にぶつかった衝撃で涙の粒が爆発し、その雫の一部が飛んできた。
涙の雫が体に思いっきりかかり、口にしょっぱい涙が入ってくる。
足の匂いは消え失せ、今度は天使様の涙で服の中までびしょびしょになった。