タイトル
「恐ろしい天使様6」


二人の部屋をあとにしてリイと僕は元いた部屋に戻って来た。
僕はすぐにテーブルに降ろされ、今少しボーとしている。
なんせこの少しの間に僕の置かれている状況ががらりと変わり、頭の整理が追い付かない状態だ。
さっきまで僕は執事だったが、今では王様。
しかもただの王様ではない。巨人たちの上に立つ小さな王様それが僕ということだ。
僕の妻になったリイは今部屋の片づけをしている。
さっき僕が行方不明になった時、探し回りかなり散らかしってしまったので、片付けるのは結構大変そうである。
でも僕はただ見てるだけ。手伝いたくても手伝えない。だってあんな巨大な物をあっちこっち運べるわけがないから。
埃一つ持ち上げれない。そんな非力な王様が僕である。

「あともう一人会いたい人がいるんだけど・・・」

片づけが終わるタイミングを待ってリイに話しかけた。

「はい、構いませんがそれは誰ですか?」
「誰かはよくわからないけど、たしか隊長って言ってたから、その人と関係のある人だと思うんだけど・・・」
「アルト様、もしやさっきの二人以外にも誰かとお会いになられたのですか?」
「うん、そう。風に飛ばされて困っていたところ、その子に会ってね。彼女の足にしがみついてなんとか戻ってこれたんだ。
「しがみつく?・・・その者はアルト様にそんな無礼を働いたのですか!」

リイは怒ったような顔をしている。王である僕にそんなことする奴は許さない!そんな目をしている。

「いや、彼女だって悪気があったわけじゃないんだよ。僕に気づいてなかったし、
 それに彼女がいなかったら僕はリイの所に帰れなかったんだ。だからお礼が言いたい」
「その者がアルト様を粗末に扱ったと知ると落ち込むやもしれませんよ。それでもよろしいのですか?」 
「うーん・・・でも勝手に足触っちゃったし、どんな子なのか一目会ってみたいんだけど・・・ダメかな?」

あんな足の臭かった子がどんな子か気になるし、あんな目に遭うのはもうごめんだ。
だから僕が足に居たことを彼女に知ってもらいたい。
そうすれば、もうあんな目にあわずに済む。

「会うのは一回限りと言うのなら、問題ないと思います。多分その者は護衛隊の人でしょう。
 少々お持ちください。確か・・この辺に・・・」

ゴトゴトと音をさせ、押し入れの奥からなにか薄っぺらい機械のような物を取り出し僕の前に見せる。

「この写真の中にその者はいますか?」

天使様は絵を見せてきた。その絵はまるで生き写しのように精巧でまるで絵の中に本物の人がいるみたいだ。
こんなすごい絵を描ける絵氏がいるなんてすごいなあ。でも絵という次元を超えているような気もする。
それぐらい精巧に書かれている絵だった。

「この子、この子だ!」
「そうですか。わかりました。この者をすぐ連れてまいります」

少しするとリイは一人の女の子を部屋に連れてきた。
その子はさっきまでの元気な様子とは打って変わって、明らかに暗い表情でかなり緊張しているようにみえる。
王妃であるリイに突然呼び出されたら緊張するのも無理ないことかもしれない。

「ここに座りなさい」

僕の前後に二人が座る。だがまだ彼女は僕に気づいていない。さっきから一回も目が合っていないからだ。

「畳の上をよーく見て見なさい」
「はい」

髪を後ろに束ねた子は地面に向かって、キョロキョロと目を動かしている。

「なにもないように思いますが・・・」
「私の指先をよーく見てみて」

リイは畳の上に指を置いた。
髪を束ねた子はそのリイの指先をじっと見つめた。
大きな顔が覆いかぶさる。僕の頭上は彼女の顔しか見えない。
大きな目がキョロキョロと動き、ピタッ!と止まった。
僕と彼女の目が合う。最初はじーと真っすぐ僕のことを見ていたが、はっきり僕の姿がわかると彼女の顔全体に異変が起こる。
まず眉毛が動き始めた。そして口元も震え、瞬きも増える。
明らかに動揺している様子だ。だが、僕みたいなゴマ粒相手に恐れをなすなんて未だに信じられない。
彼女がちょっと息を吹きかければそれだけで吹き飛ばせそうなものなのに僕を見て恐れたような表情をするなんて・・・。

「・・・・っ!?」
「どう?わかった?」
「あのリイ様・・私の見間違いではなければ、こちらのお方は・・・」
「そうよ。こちらがアルト様よ」

大きな目がさらに大きく見開かれていく。

「アルト様!!」

状況が飲み込めたのか、慌てて土下座をした。

「ほらアルト様に早く名を伝えさい」
「初めまして、私ハンナと申します」

ハンナって名前かようやくこの子とまともに会話できた。
今までこの子の足の指から顔を見上げるばかりで、全然会話なんてできず、
もしかしたら僕は人間じゃなくて小さな虫になってしまったんじゃないか?と思ったぐらいなのに
この子と一人の人間として対等に話せて嬉しい。

「早速で悪いんだけど、君の足を見せて欲しいんだ。いいかな?」
「あ・・・足ですか!!・・・あ!・・うぅ・・・」
「どうしたの?アルト様はハンナの足が見たいとおっしゃってるのよ。ぐずぐずしないで早く見せなさい」
「あの・・・どうしても見せなければいけませんか?・・・私の足なんて見てもつまらないですよ・・・」
「これ!アルト様が直々に見せろとおっしゃってるのよ。早く見せなさい。
 それともあなたあの時のこと忘れたの?私たちは身も心も全てアルト様に捧げるって、みんなで約束したじゃない。
 だからアルト様が足を見せろとおしゃったら、喜んで笑顔で見せる。これが常識よ。」
「はい・・・」

ハンナは正座を崩し、足をゆっくり恐る恐る前へと突き出した。
その顔はギュッと目をつぶり、なにか怖がっているような顔だった。
糸くずや埃が所々ついた、蒸れた足が目の前に出される。
間近にまで足が近いてくると、あの時と同じようなきつい汗の匂いがまた僕の体を包み始めた。

「・・・??ちょっと足みせて」

突き出された足に違和感を感じたのか、リイはハンナの足首を手でつかみ、つま先に自分の鼻をつけ匂い始めた。

「ああ・・・うぅ・・・」

ハンナは突然足をつかまれ驚き、そして俯いてしまった。

「くんくん・・・臭い!!ちょっと・・もしかしてこの臭い足にアルト様をお乗せしたの!」
「お乗せした?リイ様、いったいそれはどういう意味でしょうか?」
「アルト様はねえ!ハンナの足に乗ったとおっしゃったのよ!」
「ええ!!そんな・・・いえ、そのようなことあり得ません。だって私、今日初めてアルト様にお会い致しました。
 きっと他の者と勘違いなさっているのでしょう」
「アルト様いががですか?本当にこの者で間違いありませんか?」
「ハンナがリイのサンダルを片付けたんだよね?ほら、出しっ放しになってたリイのサンダルだよ。覚えてない?
 それにハンナは僕に会いたいんじゃなかったの?隊長にリイの部屋に行きたいって言ったら、慌てて止められていたじゃない」
「・・・・!!、なぜそれをご存じなのですか!?」

ハンナは目を丸くして驚いている。
今のハンナは足の爪にいた時と比べると表情や態度はまるで別人のようだ。
てっきり、隊長と同じように気軽に話してくれると思ったがそうではなく予想以上に仰々しい言葉遣い。
少しやりにくい。

「その様子だと間違いないようね。あなた!アルト様に臭い足を嗅がすなんて、どういうこと?
 各責任者にアルト様がいらっしたからいつもより足を綺麗にするよう念押ししたのにハンナは聞いてなかったの?」
「いえリイ様・・・そのことについては存じております・・・」
「じゃあなんで?理由は?」
「はい・・・少し疲れておりまして・・・その・・・」
「まあまあ、そのぐらいにして。ごめんね勝手にハンナの足に乗っちゃって。
 やっぱり嫌だよね。そういうのって。だからこの件について謝りたくてハンナを呼んだんだ」
「アルト様、申し訳ありません。私のせいでご気分を悪くされましたよね・・・」
「いやでもハンナのおかげで、リイのところまで帰ることができたからね。
 もしあの時ハンナがいなかったら多分、家の中で遭難してたと思うし、
 まあ匂いはちょっとあれだったけど、今は本当に助かったと思ってる。ありがとう」

若干いいムード?になるかけたところに横やりが入る。

「やはり、私は納得がいきません。私があれほど、足を綺麗にって言ったのに。この者は・・・・
 ほらこれ!これあげるからすぐに洗ってきなさい」

リイはハンナにフットクリームと呼ばれる物とボデイソープと小さな布を手渡した。

「なにやってるの!早く洗ってきなさい」
「はい!!」

飛び上がるようにしてハンナは慌てて部屋から出て行く。

「アルト様私の監督不行き届きです。あの子も悪いですが、もっときつく皆に伝えるべきでした。
 申し訳ありません。どうかお許しを・・・」

リイは本当に申し訳ないといった風な顔をしている。

「いやいや、大丈夫だよ」なんて言ってハンナが戻ってくるまでずっとリイやハンナは悪くないと言い続け、
 勝手に抜け出した僕にも非がある」といい、気にしてないことをリイに伝えると少し納得してくれた様子だった。

そして十五分ぐらい経つとハンナは戻って来た。
体を洗うならともかく足だけで十五分も洗うなんて、ハンナはよっぽど懲りたようで、かなり念入りに足を洗ったようだ。

「足を見せて」

と僕が言うとすぅーと畳の擦れる音がし、僕の前に足の親指と人差し指が現れた。
僕は迷わず、ハンナの人差し指に向かって走り始めた。

「あ・・アルト様・・・」

僕が突然走りだしたことに、リイが少し驚いている。
足を出したハンナも不安そうに僕のことを見下ろしている。
足に近づいてすぐにわかった。
ハンナの足は綺麗になっている。嫌な匂いはしない。
さっきまで足は汗でテカテカ光っていたのが、今度はクリームを付けたことにより綺麗にひかっている。
乱れた角質や足の指と爪の隙間に挟まっていた糸くずも完全に姿を消し、今は綺麗な爪と皮膚だけになり綺麗になっている。

「アルト様・・・まだ臭いますか?私汗っかきなので・・・」
「汗っかき!?それなら、なおさら念入りに足を綺麗にすべきじゃない?
 それなのになんで?・・・アルト様のこと無下に思ってるんじゃ・・・」

リイは文句を言っているが、きちんと綺麗にしたんだ。許してあげないと。

「うん、大丈夫。綺麗になったよ。これでいつでも僕を爪の上に乗せられるね。」
「滅相もありません!そのような無礼なこと・・・」

冗談半分で言ったのに真に受けられた。やはりどうも調子が狂う。
僕はハンナに冗談が通じるかどうか試してみることにした。

「ええー、でも結構楽しかったよ。ハンナの足の上にいると早いし、歩いてくれるとあっという間だからね。それにハンナの足の匂い嫌いじゃないよ。
 リイは臭いって言ったけど、結構いい匂いだと思ったし、ねえお願い。もう一回乗せてもらえる?」
「えっ・・・ええー!」

困ってる困ってる。ハンナの困った顔も面白いな。さてこれからどうするのかな?

「アルト様。そんなにこの者が気に入られたのなら、側室にされてはいかがです?」
「側室?いやそうじゃなくて・・・」
「では、ハンナをアルト様専属の馬に致しましょう。足の指を馬替わりにするのです。
 アルト様が行かれる所、いつでもどこでもハンナの足の指と一緒です。そうだ!いっそのことハンナの足指に手綱を付けましょう。
 手綱で足の指に指示をお出しするのです。これはよい考えです。早速そう致しましょう」
「アルト様、専属の馬・・・まさかこんな形でアルト様のお傍で仕えることができるなんて・・・(小声)」

おいおい冗談で言ったことが、ずいぶん大げさな話になってきたな。

「でもハンナは嫌だよね。そんな変なこと」
「いえ、とんでもございません。アルト様がお望みとあらば光栄なことです、不束者ですが私、身を粉にして頑張ります!」
「でも頑張るだけではダメよ。ほら、アルト様がお待ちよ。あなたの足に早く乗りたいってそんな顔してるわ。
 早くあなたの覚悟をアルト様に見せて差し上げなさい」
「はいリイ様、私の覚悟をこれからアルト様にお見せいたします。さあアルト様、早く私の足にお乗りください。
 どの足の指がお好みですか?ここはやはり一番大きな親指でしょうか?
 それとも一番小さな小指でしょうか?どの指でも結構です。お好きな指にお乗りください。
 これからはアルト様のために歩くのですから、どこへでもお好きな所へご案内いたします。これからどちらに行かれますか?」

ハンナは強い使命感を感じたのか、それとも僕に自分の足を褒められてうれしいのか、
わからないが、ものすごい張り切りようだ。
足をくねくねと動かしながら、僕が手で届くぐらいの至近距離まで近づいて来た。

「さあ、お乗りください。お急ぎとあらば走りますよ。私走るのだけは得意なんです」

これに乗るの?馬替わりってリイは言ったけど、親指の爪に関していえば、ちょっとしたスポーツができる広さはあるし、
この大きな親指は馬というより巨大クジラだ!
ハンナの親指の大きさは巨大クジラみたいな大きさで、高さは時計台に匹敵する。
時計台の高さもある、指の上に自力で登るなんて無理だから、ハンナの手の爪に運んでもらうしか足の爪に登る方法はないし、
それに匂いがしなくなったとはいえ、一度指が動き出すと激しい揺れで気分が悪くなり、
振り落とされないように常にしがみついてないといけない。
しかしそれは歩いている時の話。ハンナは走るとさっき言った。
普通に歩いているだけでも、ものすごい衝撃だったんだ。走るということは歩いている時の衝撃とは比べ物にならない。
ちょっと動くだけでも、ものすごい振動なのに走るということはこの足が本気になり、力一杯地面を蹴り上げる。
巨大な足の本気・・・・。
絶対に振り落とされると思うし、体が持たない。

自分から言い出しておきながら、えらいことになった。なんとかしてこの話、なかったことにしないと・・・

「クスクス・・うふふふー」
「なに、笑ってるの?リイ」

突然リイが笑い出した。
袖で口を隠し上品に笑っている。

「申し訳ありません。アルト様がおかしくて・・・うふふー」
「なにがそんなにおかしいの?」
「私が言ったこと対し困っておられる、アルト様がおかしくて可愛くて・・」
「もしかして冗談だったの?」
「はい、左様です。あんな臭い足になんかに乗りたがるような者はいませんよ~。
 もし、そのような方がいたとしてもそれはアルト様ではありません。
 アルト様は熱烈に足がお好きな方ではないはずです。
 私がずっと素足でいても足にそれほどご関心を示さなかったのに急に臭い足がお好きになるなんて、そんなの嘘に決まってます」

やられた。リイは僕の嘘を見抜いていたのか。どおりで変な言うと思った。

「え!?今までのことは全部嘘だったんですか?」

僕と同じくリイに騙された人が、ここにもう一人いるようだ。

「なあーんだーバレたか。リイにはかなわないな。」

ああ~よかった。これでハンナの足にしがみつくようなことはもう二度とない。
でも普通に考えたら、女の子の足を馬替わりにするなんておかしいよな。
そんなのあり得ない。

「そんな・・・私本気にしたのに・・・」

だがハンナだけが悲しんでいる。
さっきの話がなかったことになり、ショックを受けているようだ。

「ああ・・・ごめんね。ちょっとからかいすぎちゃったわねー」
「リイ様お願いです。私をアルト様のお傍で仕えさせてください。なんでも致しますのでどうかお願い致します」

リイに向かって必死に土下座している。

「でも、アルト様がお決めになられることだから・・・私からはね・・・決められないわ」
「では、アルト様にお願いいたします。私を馬として使ってください。」

クルリと向きを変え、今度は僕に向かって土下座をしてきた。
これには正直弱った。ハンナもかわいそうだと思うけど、足の指なんかに乗りたくないし、
あんな気持ち悪くなる乗り物は一度きりで勘弁してもらいたい。

「うーん、でもハンナの足なんかに乗りたくないしね・・・」
「そ・・そんな・・・」

ガーン!という音が聞こえてきそうなほどショックを受けている様子。
期待させておいて突き落とすなんて、あまりいい気はしないがそれでも足になんか乗りたくない。
でもな・・・こんなに必死にお願いしているんだし・・・。何とかならないかな・・・。

「実は来週、護衛隊総出で短距離走をやるんです。走ってる私の姿を見れば、きっと私のこと気に入るはずです。
 お願いします!!ぜひ見に来てください」

お!だんだん口調が隊長としゃっべてる時みたいになってきた。
これはハンナもかなり必死になっているみたいだ。

「ではこうしてはいかがでしょう?ハンナがその短距離走で一番になれば、褒美として馬にするというのはいかがでしょうか?」
「そうです!そうですよ!お願いします!!」
「アルト様、その短距離走、私たちも見学しましょう。「一番になった者は私が許可すれば、なんでも望みを叶える」
 とアルト様が直々に皆の前でおっしゃれば、護衛隊の士気も上がるでしょうし、
 ハンナがアルト様専属の馬になりたいという願いも叶います。
 いかがです?良い考えでしょう」

なんかまた話が変な方向に行きだしたな。
なんでハンナは僕の馬になりたいの?馬ってそんなにいいものだっけ?

「でも、足の指に乗るのはちょっと・・・」
「やはり、私の臭い足はお嫌いですか・・・」
「いや、そうじゃなくて、足に乗ると疲れるからさ・・・」
「では手はいかがですか?リイ様だって手でアルト様のことお持ちになられているではありませんか」
「うん、まあ手ならいいけど・・・」
「アルト様・・・この者の足は臭いのです。もしかしたら手も足のように臭いかもしれません。ここはご用心なさった方が・・・」
「私の手は臭くありません!!あの時は走ったから蒸れていたので臭かったのです。普段はあんなに臭くないんですー!」

顔を真っ赤にしながら怒っている。いや怒っているというより、恥ずかしがっているようだ。
目をギュッとつぶり、首をブンブン振って必死に否定している姿にハンナの可愛さを感じた。

「アルト様、私の手は綺麗なのでご安心ください。
 これからは手でアルト様をお運びいたしますので、何卒私をアルト様のお傍に置いてください。お願いします」
「でも、リイみたいに慎重にゆっくりしてもらわないと酔っちゃうんだけど、そこは大丈夫なの?」
「はい、アルト様が私の体に触れておられるときは、決して不快に思われるよう努力いたします」

「ふー・・・」これでなんとか足に乗ることはなくなった。
手ならリイの手に乗りなれているから大丈夫だ。とりあえずよかったよかった。

「でも、一番にならないと意味ないわよ。もしあなたが一番になり損ねて、他の物が「アルト様のお傍で仕えたいです」
 って言ったらあなたどうするの?」
「リイ様ご心配は及びません。私走ることだけは自信があるんです。見ていてください。必ず一番になりますから」




それから一週間後。

「この度はアルト様は直々にお越しいただきました。誠に光栄なことでございます。
 わざわざ足をお運びするほど、私たち護衛隊にご関心があり、そして私たちの責任の重大さを改めて実感いたしました。
 それにおきましては・・・・・」

護衛隊長が堅苦しい話を長々としている。あまりにも長いので最後の方は真剣に聞いてない。
こんなの、「アルト来てくれてありがとう。嬉しいよ」の一言で済みそうなのに。
それより、今気になるのは僕のこの格好だ。
僕はリイ達と同じような恰好をさせられている。
ただ、リイ達の格好が女性用だとしたら、僕のは男性用の服。
いやこっちの世界では着物もしくは浴衣と呼ばれる服だが、いかにも高そうな服を着せられている。
リイいわく、王である僕は安っぽい服は着てはいけないそうだ。
でもこんな高い服・・・初めて着た。
高そうな服を着ると本当に王様になったのだと少しは実感できたが、服だけが一人歩きしているような気もする。

「それでは、最後にアルト様より一言お言葉を頂戴したいと思います」
「え!?」

そんなの聞いてない。
突然の出来事に慌てて、あたふたしていると隣にいたリイがクスクス笑っている。

「アルト様、そんなに緊張なさらなくても大丈夫です。ここにいる全員アルト様の直属の部下ですよ。
 なにを慌てていらっしゃるのですか?」
「こんなの聞いてないし、それに何言ったらいいのか全然わからないよ」
「そうですね・・・何をおっしゃっても誰も気にしませんよ。
 お好きなように自分の思ったことをおっしゃればそれでよいのです。ささ、早く皆の前に立ってください。
 皆お待ちかねですよ」

渋々前に出る。
僕の背丈に合わせて作られた、マイクという声を大きくする機械の前に立った。
マイクは皆から見て、かなり高い位置にあり、ここからだと護衛隊のみんなを見下ろせる。
いつも見上げてばかりいたから、巨人たちを見下ろすと変な感じがする。
100人はいるだろうか?みんな咳ひとつせず、じっと真剣に真っすぐ僕の方を向いている。視線を逸らす者も一人もいない。
でもこうしてみると僕自身大きくなった気がして、彼女たち巨人も普通の女の子に見える。
みんな一人一人、僕と変わらない。みんな同じ人間だ。ただ唯一違うのはその体の大きさ。
その大きさだけは絶対に埋まらないほどの差がある。

「えー、王様になってほしいって言われた時は本当に驚いたけど、
 でも君たちのような大きい子に守られていると思うと心強いよ。これからもよろしく」

最後に一礼した。すると。

「いけません。私たちに頭を下げては・・・。私たちがアルト様をお守りするのは当然の義務です。
 お願いする必要なんてどこにありますか」

護衛隊長に怒られた。そしてかなり慌てている様子。
想像とは違った挨拶だったのか。辺りはなんかシーンとしている。
失敗した・・・思ったことを好きに言えってリイは言ったのに・・・このありさまだ。
恥ずかしい・・・早くここから降ろして・・・。

「護衛隊長!アルト様が礼までなさってお願いしているのにその態度は無礼であろう!」

どうしていいかわからず、あたふたしているとリイがそう声を上げた。

「申し訳ありません。失礼しました」

護衛隊長が深々とお辞儀をした。

「アルト様ってお優しいお方だわ」
「私たちに向かってお辞儀するなんて・・・ちょっとぴっくりしっちゃった。でも素敵なお方ね・・・」

など、周りからざわざわと声が聞こえる。
なんか・・・こんなちょっとしたことでも大騒ぎになるなんて・・・この先が思いやられる。




「位置についてよーい・・・ピー!」

笛が鳴ると一斉に走者がスタートした。
その中にはもちろんハンナの姿も見える。

だがハンナを含む走者の恰好は、僕の故郷では見たことない服装だ。
ショートパンツと呼ばれるズボンを履いて、上半身は脇やへそが見える薄着姿で上下は黒に統一されていた。
その黒の服は体にピッタリと密着しており、体のラインがよくわかる。
もはや服というより、ブラだけを付けて走っているようにも見える。
その服の下を見るとショートパンツも丈は短く、太ももが半分以上見えてしまっている。
体を動かしやすくするため、そのような恰好になったと
リイは言っていたが僕にとっては卑猥な格好にしか見えず、目のやり場に困ってしまった。

ドスウウウウウウウン、ドスウウウウウウウン!!

「す・・すごい・・迫力・・・」
「はい、アルト様思ったより面白いですね。みんな真剣ですし」

リイはそんきのんなこと言ってるが、僕にとっては恐ろしいことの連続だった。
巨人が歩くだけでも、自然災害みたいなのに、多くの巨人たちが全速力で走るのだ。
その様子は目にも止まらぬ速さで大きな山が並んで風のごとく動いているのだ。
その揺れは凄まじく、少し離れたここからでもよくわかる。
あまりにも早すぎて、どれぐらい早いのか見当もつかないが、
僕のいた世界で例えると集落から集落の距離を彼女たち巨人は僅か10秒足らずで走り抜けている。
「ハンナを馬役に」ということだが、馬なんかと比べ物にならず、風よりも早かったため、
もう何と例えたらいいのか、見当もつかなかった、

一歩一歩動くたびに大きな足跡が残され、
足が地面を蹴り上げると空を飛んでいるみたいにあっという間に遥か彼方へと行ってしまう。
彼女たちが横切ると風が発生する。それも結構強い風だ。
頑張っているハンナには悪いが、正直一着だろうがビリだろうが、僕にとっては大して変わらない。
恐ろしいほど早くて山のように高く長い脚をみんな持っていて、自由自在に動かしている。
それだけでも小さな僕からすればすごいことなのだ。

また走者が横切った。その揺れと風に驚いてリイの指に掴まると。

「アルト様、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。あの者たちはアルト様に願いを叶えても貰いたくて必死に頑張っているのです。
 みな全力を尽くすのは無理もありません。
「でも・・ちょっと怖いな・・・」

走っている人の顔は真剣で顔を歪ませながら走っている。その迫力と気迫に圧倒されていた。

「護衛隊の者はアルト様の剣や盾のような存在です。例え死んでもアルト様に危害を加えることはありません。
 恐ろしいと感じるということは、それだけ強い証拠。頼もしい限りではありませんか。
 それに私もここにいます。アルト様は何も心配することはありません。
 もし万が一、故意にアルト様を傷つける者が現れた場合、即刻死刑にしますのでご安心ください・・・・
 あ!一着が決まったようですよ」



「はあ、はあ、はあ~・・・・やったー!!私が一番、一番になったー!」

ハンナは息を切らせながら、ぴょんぴょんと飛び跳ね手を大きく上げ万歳をしている。
ジャンプするたびに、後ろで束ねた髪が体の動きに合わせて同じように飛び跳ねている。
ハンナは文字通り飛び上がって喜んでいるが、その後ろから遅れてきた子たちは下を向き暗い顔をしている。
なかには手で顔を覆い、泣いてる子もちらほらいる。
勝者には栄光と達成感が得られるが、敗者には悲しみと悔しさ、そして望みを叶えてもらう絶好のチャンスを逃すことになる。

「それでは、一着になったハンナさんはアルト様に願いを言う権利が与えられます。
 さあ前へ出てアルト様に願いを申してください。

司会役の人の声に促され、リイの横にポツンと座る僕に近づいてくる。
リイによって僕は地面に降ろされ、ハンナを見上げる。

「一着になったのは君か。おめでとう。望みはなにかな?」

リイに言われた通り、初対面のふりをする。
そうしないと最悪八百長疑惑が浮上するかもといった配慮からである。
もちろんハンナは八百長なんかしていない。実力で勝ち取った一着だ。
ハンナは白い歯を見せながら、僕を見下ろしている。
太陽の光に照らされ、汗がキラキラと綺麗に光っている。
おでこや首、脇などが特に汗が多く、ハンナの体全身汗で濡れていた。
するとハンナは運動靴を脱ぎ、さらに靴下も脱ぎ裸足になった。

「私の願いはアルト様専属の馬役になることです。
 馬役にはもっとも足の速い、私が適任だと思われます。見てください、これが一着になった足です。
 アルト様どうか私を・・・・・一番足の速い私をお傍で仕えさせてください。お願いいたします」
「う・・うぇぇぇー・・・ゆ・・許す・・そうしなさい・・・うっ!ゴホゴホ」
「やったーこれでアルト様のお傍にお仕えすることができる!!」

運動靴が脱がれるとムワっと熱気が辺りに立ち込め、空気はハンナの汗や体臭に包まれた。
ひんやりとした新鮮な空気は完全に消え失せ、生温かいジメジメした不快な空気・・・。
ハンナの足の匂いが充満する。
しかもこの前、足の爪の上にいた時よりもさらに数段強い匂い。
「ハンナの奴また足が臭くなったのか!」と一瞬幻滅したが、
冷静になって考えるとこの前はサッとだが一応足を軽く拭いていた。
軽く拭いたことにより埃や糸くずや砂粒など細かい汚れや汗が多少は拭かれ匂いもマシだったのだろう。
しかし今の状況はどうだ!
ハンナの足は本気になり、全速力で走ったばかりだ。
つまり本気になって走った、ハンナの足は今最高に蒸れている状態。
しかもこの前と違って、汗は一滴も拭かれていない。
悪条件が重なった今、ハンナの足は最強に汗臭い状態と言っても過言ではないはず。
いや・・・これ以上臭い足は無いと信じたい!もしこれ以上臭かったら気を失いそうだ。

「やったー、ほんとうれしー!!」

ドスウウウウウウウン、ドスウウウウウウウン!!
ザアアアアアアアア!!

喜んでぴょんぴょんと飛び上がって喜ぶハンナ。だが地面が土だったため土煙が発生した。
しかも僕の目の前で飛び上がったことにより、砂嵐みたいな砂の波が襲ってきた。
その砂嵐はハンナの足が引き起こした災害のため、砂嵐の砂はハンナの足汗を含んでおり、ジメジメとした暖かい砂嵐だった。
細かい砂粒が飛んでくると、その砂粒が僕の体に当る。
顔に砂が当たると痛いので、とっさに手で顔を覆いその嵐に耐えた。
砂粒が体に沢山当たる。その砂粒を触ると少しねっとりしており、その砂粒からはハンナの足の匂が強烈に匂ってくる。
体全身砂粒まみれになり、体全身からハンナの足の匂いがプンプン匂ってくる。
この前と状況は一緒。結局ハンナの足の匂いまみれになってしまった。
飛び上がるのをやめると砂嵐がやみ、ようやく静けさを取り戻した。
真っ白だった視界が開かれると目の前にはハンナの足が鎮座していた。
汗をたっぷり含んでいるためか?ハンナの足にはびっしりと土や砂がくっつき、足全体が白っぽくなっていた。
見上げるのも疲れるぐらい、高い位置にあるハンナの顔を見上げるとその顔は明らかにさっきとは様子が違った。

「アルト様、申し訳ありません。私・・・・」

辺りが静かになる。みんな僕の方を向いている。
みんな僕を心配しているような顔・・・

「ハハハー、砂まみれになっちゃったね~。こんなに汚れちゃったら僕も走りたくなってきたよ。
 もし僕に勝ったらハンナを馬役にしてあげる。勝負は100メートル走でやらない?」

辺りがざわつき始める。

「え?アルト様直々に走るの?」「そんなこと今まで前例にあったっけ?」「アルト様とご一緒に走れるなんていいなー」
「アルト様の走っておられる姿・・・夜のお供にできるわ・・・ゴクリ」

などいろいろな声が聞こえた・・・うん?なんか最後変な声が聞こえたような・・・

「やるの?やらないの?どっち?」
「はい、もちろんやります!」

そんなことを勝手に決めてしまったので、リイは反対するんじゃないかと思ったが。

「いえアルト様がお望みとあらば、なにも問題はありません。
 アルト様直々に走られるとなると護衛隊全体の士気も上がりますし、
 アルト様もお体を動かされて、いい気分転換になるのではありませんか」

というわけで、ハンナと急遽競争することになった。
しかし突然決まったことなので、準備に少し時間がかかった。
審判役の人が定規を持って来て、正確にそして間違いないよう慎重に白線を引いている。
こんな細かい白線は初めて引くようで何回かやり直して、ようやく納得のいく線が引けたようである。
公平を期すため二人とも裸足で走ることになった。
ハンナの靴の厚さだけでも結構厚く、靴を履くことによってハンナの方が有利とならないよう二人とも裸足で走ることになった。

「いい?本気で走ってよ。手加減したら、この話は無かったことにするからね」
「わかりました。アルト様といえども全力を尽くします」

ハンナの大きな足小指の隣に並ぶ。
その大きさは、丸い巨大建造物のようであり、その屋根にはガラスでできた笠がしてある。
あれは足の爪だろう。

「ハンナさん。指は白線の外側ですが、爪が白線より中に入っています。もう少し後ろです・・・そこです」

審判が念入りにスタート位置を調整する。不正は許されない。公平なレースをするため、審判は必死であった。

「それでは位置についてよーい・・・ピー」

ドスウウウウウウウン!!

「ふぅーふぅー・・・ハンナ早いね。笛が鳴ると同時に走りきるなんて」

ハンナはたった一歩で100メートルを走り抜けた。
しかも勢い余って、ゴール地点の100メートルを大きく通り過ぎたところで足は着地している。
まあ無理もない。100メートルはハンナにとって自分の足の半分ぐらいのサイズだ。

「足の半分ぐらいの距離ということは、100メートルは10センチか・・・まあ一瞬だよな・・・」

彼女にとっては100メートルの距離を走るというより、足を少し動かすと言った方が正しい。
改めて間近でハンナの走ってる姿を見ると、やはりすごい迫力だ。
これなら、どこへ行くのもあっという間だろう。

「これがハンナの足だね。早くてかっこいい足だね。どおりで速いわけだ。」
「ありがとうございます。アルト様」
「それにしてもでっかい足だな~」
「アルト様、私の足はこれでも230メートルですよ。平均的な大きさなので、特別大きいわけではありません」

それでも僕からしたら大きい。大きいものは大きいのだ。
僕は試しにハンナの足の親指の底辺をポンポンと叩いた。
叩くとべっとりと汗や砂粒が手についたが、元々僕はハンナの汗まみれになっているから、今さら汚れが増えても気にならない。
それにここ最近ハンナの足の匂いをずっと嗅いでいるような気がして、このきつい匂いにも慣れつつある。

「ハンナちょっといい?」
「はい、なんでしょう?」
「かかとはそのままで、指だけ持ち上げてくれる?」
「はい、こうでしょうか?」

指が持ち上がったことにより、指の腹についた砂が大きなひょうのように落ちてくる。
そして指が動いたことにより汗の匂いの風が吹く。

「今度は下げてもらえる?」
「はい」

重い指が地面に着地したことにより、砂煙が発生した。
その砂煙も汗の匂いつきの砂煙だった。

「こんな意味もないこと指示されたら、嫌な気分になったりする?」
「いえ、そんなことありません。アルト様の指示に従うのは護衛隊として当然のことです」

そこまで言ってもらうと、なんか悪い気もするが、でもこの前みたいに気づいてもらえず、足にしがみつくこともなさそうだ。
今のハンナの様子から考えると僕がハンナの手の上にいる時はゆっくり静かに歩いてくれると思う。
僕のすぐ横にある、ハンナの大きな足が僕を支え歩いてくれるだろう。
そう考えると敵だった人が急に味方になったみたいだ。
風よりも速い足、そしてリイよりも力がありそうだし、そう考えると頼りになりそうだ。
ただ、リイよりも力があるのは間違いないが、
僕と比べると二人とも、ものすごい怪力の持ち主なので、比べる意味はあまりないのかもしれない。

「ただいまの記録。ハンナさん0.22秒。アルト様の記録13.3秒です」

圧倒的だ!圧倒的な差がある。
自分の足を見つめてみる。
僕の足は大体0.2メートルだが、隣のハンナの足を見てみると230メートルはある。
この大きさの差が物語っているように100メートル走のタイムにも圧倒的差が生じた。

「僕の完敗だね。じゃあ明日からよろしくね。ハンナ」
「はい、私身を粉にして頑張ります」

ハンナは白い歯を見せ微笑んだ。



「アルト様があんな臭い足を触って喜んでいらっしゃるわ・・・。
 そんな・・・絶対汚いのに・・・あ!・・ハンナの足を上げ下げして
 笑顔になっていらっしゃる・・・もしや・・・私も着替えるから早く持って来て」

リイの後ろで控えていた世話係にそう命じ、少しすると走者が着ていた服と同じ服を世話係が持ってきている。
リイはその服を勢いよくつかむと、その場で着替え始めた。
もちろん何人かの世話係にリイの周りに囲ませ、外から着替えを見られないようにはしている。
着替え終わると慌てるようにして走り出した。
最初は僕が走ってる姿を見て自分も走りたくなったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
リイの走ってる顔は真剣そのもので、護衛隊の人たちがハンナと競い合っていた時と同じ顔だ。
ただ・・・なんというか・・・リイが走ると大きな胸プルンプルンと揺れ、太ももも同じようにプルンプルンと揺る。
服越しとはいえ目のやり場がない。

「リイ、なんでそんな必死に走ってるの?」

なるべくリイの体を見ないようにしながら、全速力で走るリイを一旦引き止め、その理由を聞いてみた。

「アルト様、申し訳ありません。少し前にアルト様は熱烈に足がお好きな方ではないと申しましたが、
 私の目が節穴だったようです。アルト様は綺麗な足より汗が染み込んで汚くて臭い足がお好みなのですね。
 ですから、ハンナの足を触ってお喜びになられていたのですよね」
「リイ様それは誠ですか?」

その言葉を聞いて護衛隊の人たちが興味津々に聞いてきた。
気づくとリイの周りにチラホラ人が集まってきている。

「ええ、そうよ。私の足を見てもご興味を示さなかったのに、どうやらハンナの足はお好きみたいなのよー。
 だってあんな臭い足にお体を砂まみれにされたのに、お怒りにならないし、さっきハンナの足を直接お手で触っておられたわ。
 きっとそうよ。アルト様は汚い足がお好きということで絶対間違いないわ。」

その言葉を引き金に大勢の人が一斉に走り始めた。
また短距離走が再開されたみたいにみんな一斉に真剣な目つきで走っている。
気づくとリイも僕の前から姿を消し、走るのを再開していた。

「でも、私アルト様に汚い足を見せるなんて恥ずかしいし・・・・」
「なに言ってんの!アルト様はそういうのがお好きなの、恥ずかしがる必要ないし、足を見せるときっとお喜びになるわ。
 それにハンナに負けちゃったから、側室になる望みはもう叶わないし・・・。
 だから、私の足をアルト様にお見せして気に入られたいの。気に入られて側室にしてもらうのよ。
 そんな絶好の機会、次いつあると思う?もうこれが最後のチャンスかもしれないわ」
「うん、そうね。たしかにそう。恥ずかしいけど私も走る!走ってアルト様のお好きな臭い足を見せなきゃ!」
「「「ねえ、さっきの話本当?足を見せると本当に側室になれるの?」」」
「ええ、そうよ。リイ様から直接聞いたから間違いないわ」

時間が経つにつれ、走る人はどんどん増えるばかりだ。
護衛隊のほとんどの人がリイと一緒に走り汗を流している。
リイは十五分ぐらい走ると膝に手をついて、息を切らせている。

「はあ・・はあ・・はあ・・アルト様、今私の足は蒸れてます。汚くて臭いはずです」

というと靴を脱ぎ裸足になって、自分の足に砂をかけ、わざと汚している。
リイのマネをして、他のみんなも素足になって砂をかけている。

「アルト様、臭くて蒸れて砂まみれの足がアルト様の元へと参ります。さあ、私の足を抱きしめてください」
「「「アルト様、私の足も抱きしめてください」」」

リイを先頭にして裸足になった護衛隊の人たちが横並びになってこっちに向かって来ている。
地面から直にその様子を見ていた僕は震えあがった。
一歩一歩、歩くたびに砂煙が発生し、砂で白く汚れた足がどんどん近づいてきている。
地べたから見ていた僕はその遠くにある足が、砂煙の影響で白っぽくかすんで見えた。
足の出す衝撃で土や砂が舞い上がっている証拠だ。
その巻き上げられた砂は彼女たちのひざ下あたりまで、舞い上がっている。
どれぐらいの高さまで砂が上がっているのか見当もつかない。
ただ一つだけ確かなのは、大きなひょうのような砂粒がとてつもない高さまで簡単に舞い上がっているということ。
まさに嵐と共にやってくる。巨人の足たち。
遠くからでもわかるぐらい、しんなりと蒸れていて、いかにも臭そうな足たち・・・・。
そんな人たちが約100人。こっちに向かって来ている。
100人ということは、200本の脚に1000本の足指。
山のような巨人100人が1000本の指をズラリと並べて、まっすぐ超高速でこっちに向かって来ている。
足が降ろされると足跡ができるが、その後から来た人にすぐ踏まれ形が変わる。
もしもあそこに家があったと思うと寒気がする。
足跡の大きさや深さを考えるとその足の持つ重さをとてつもない。
家なんか簡単に踏みつぶされ、細かくされ砂粒と一緒に残骸が舞い上がるだろう。
結構離れたここからでも徐々に汗臭い匂いがふんわりと匂ってきて、一歩一歩近づくにつれ、その匂いが強くなってきている。

「抱きしめるのがお嫌なら、アルト様の大好きな臭い足指でギュッて抱きしめて差し上げます。
 ハンナの足よりも正妻である、私の足の方が気に入るはずです。
 アルトさまぁー正妻であるぅー。私よりもぉーお好きな方なんてぇーいらっしゃるはずがありませんよねぇー・・ふふふふー・・・」

リイはハンナと仲良くしていた僕に嫉妬でもしているのか?
なんか、やけに対抗意識を燃やしているようにも見える。
いやよく見ると・・・なんか怖い。
あの目つき・・・いつものリイじゃない・・・。

「「「アルト様!!、私の足も触ってくださいー。ハンナだけが馬役になるなんてくやしいです」」」

ひっ!!リイも怖いが他のみんなも十分怖い。
このままじゃ、あの臭い1000本の巨大足指たちになにされるかわからないし、考えたくもない。
それにさっきリイは足で抱きしめると言っていたような・・・。
思い出してみるとリイの履くサンダルは紐が変色するほど擦れていた。
しかもその紐は僕が押してもビクともしないぐらい頑丈な柱のような紐であり、
そんな紐を色が変色するほどの力を親指と人差し指は持っている。
柱のように頑丈な紐でさせ敵わない、ものすごい力を持つ足指。そんな足に挟まれたらどうなる?
確かにリイの足指は白っぽくて綺麗だし、すべすべできめ細かい肌をしているけど、
一旦足に力が込められると筋肉の塊のように硬くなり、ものすごい力を発揮する。
それはハンナが歩いている時に嫌というほど見せつけられから、よくわかる。
なのでリイの足指に挟まれたら絶対に痛いはずだ。
死なないとはいえ、汗臭い足指に挟まれ、想像を絶するような痛みが体全体を襲う・・・・。
あれ?もしかして、今僕の置かれてる状況ってまずくないか?

リイがこっちに向かい始めた頃は、体全体像がよく見えたが一歩一歩、進むごとにリイの体は巨大化していく。
これは遠近感の影響だが、徐々に顔が見えなくなり、そして上半身が見えなくなり、今は膝ぐらいまでしか見えなくなっている。
さらに匂いがきつくなってきた。ハンナと同じような汗の匂いがリイからもする。やはりリイも汗はかくみたいだ。
その他の巨人たちの汗の匂いも混じり始め、まだ距離があるにもかかわらず、我慢できないぐらい臭い。
この状況は本当にまずい!このままでは汗臭い100人の巨人たちの臭い匂いと足の力に殺される!

「ハンナ頼みがある!!」

隣にいたハンナに訴えた。

「はい、アルト様そんなに慌てていかがなさいましたか?」
「今すぐ僕を乗せて走ってくれる?」
「はい・・・それは構いませんが、リイ様がこちらにお見えですよ?それなのに走るのですか?」
「そのリイから逃げて欲しいんだ。お願い頼むよ!」
「なぜ逃げるのかよくわかりませんが、私はアルト様の馬役なのですから、主であるアルト様に従います」

ハンナは手の指で器用に僕をつかむと水平にした手のひらに乗せ、ゆっくり歩き始めた。
一歩一歩、振動がないように慎重にそっとそっと歩いている。
その手のひらもしっとりと汗ばんでおり、手のしわの溝に汗が溜まっており、小さな水たまりみたいになっていた。
顔や脇も汗で光っており、汗の匂いがきつくしたが今は我慢しないといけない。
この匂いよりももっと強力な匂いを持った100人の女たちが僕を狙っているのだから。

「あ、アルト様!ハンナと一緒にどこへ行かれるのですかー?お待ちくださいー」

リイが走り出した。それにつられて護衛隊のみんなも走ってくる。
100人同時に走り出すと地面が裂けて割れるのではないかと思うぐらいのすごい振動と音。
ゆっくり歩いていた、ハンナとの差がぐんぐん縮まっている。

「まずい・・・このままじゃ追いつかれる!」

ゆっくり歩いているっといっても、僕からすると、ものすごい速度で進んでいたがそれでも走ってくるリイ達に比べるとだいぶ遅かった。

「ハンナ走って!!リイ達から逃げて!」
「ですが、そのようなことをすれば、アルト様が・・・」
「いいから走って!僕を握りしめて走れば振り落とされないから大丈夫。さあ早く!」
「わかりました。私はアルト様の馬役なのですからアルト様に従います。
 少し揺れます。しっかりつかまっていてくださいよー・・・それ!!」

ハンナの脚の筋肉に鞭が入る。ハンナの脚が本気になり走り出した。
ハンナが本気で走り出すと自分の体が急激に持ち上がる。
その衝撃は顔と首が引きちぎられそうになるぐらいすごいもので、さらに信じられないほどの風が吹き、
体が潰されると思うほどの突風だった。
さらに持ち上がった体が上がりきると今度は一気に急降下し始める。
ハンナの足が地面に着地すると大地震が起こった。
僕はあまりの衝撃に耐えることができず、気を失ってしまった。
なのでここから先の出来事は後から聞いた話なのだが、走るハンナに追いつける者は一人もおらず、リイたちを完全に振り切ったらしい。
リイ達を振り切り、一人になったハンナはてっきり足の速い自分を褒めてもらえると思っていたらしいが、
手を開いてみると気を失った僕がいた。
自分のせいで死んだと本気で思っていたらしく、
わんわん泣き叫び、「自分も責任を取って死ぬ!」とまで言って色々と大変だったようだ。

あの時はリイ達が怖かったから、ハンナに走るよう慌てて頼んだが、今から思い返すと軽率なことをしたと思う。
そもそも歩いている時だって、振り落とされないようにしがみつくのに必死だったのに、
全速力で走るハンナは、歩いている時の衝撃とは比べ物にならず気を失うのも頷ける。

そして今に至る。


気を失って目を覚ました後、リイは汚れた足を僕に向けてきた。

「アルト様が気が付かれましたね。さあアルト様の大好きな汚れた足ですよ。好きなだけ触ってください。
 そして早くお元気になられてください」

汚れた足が近づいてくる。
匂いも結構する。このままじゃハンナの時の二の舞だと思い。とっさにこう言った。


「リイの綺麗な足が一番好きだよ」
「え!?・・・・もうアルト様たら・・・では足を洗って参りますね」

もじもじと顔を赤らめ恥ずかしがっていた。
赤くなった顔を見られるのが恥ずかしいからか?逃げるようにして部屋を後にする。
リイと入れ替わりにハンナが部屋に入ってきた。

「アルト様、お目覚めになられましたか?・・・ああ~よかった~・・・。
 申し訳ありません。私アルト様に大変ご迷惑をおかけしました・・・」

僕の無事を確認するとすぐに土下座し始めた。それからずっと土下座をしている。

「表を上げよ」
「はい・・・」

そう言うとようやく顔を上げてくれた。
だが顔は涙ぐみ、表情はかなり暗い。

「ちょっと、庭を歩いてくれない?」
「ですが・・・私・・・」
「いや、ゆっくり歩けば大丈夫だよ。それともまた全速力で走る気?」
「もうあんなこと、こりごり・・・いや、もうあのようなこと致しません」

一瞬ハンナの素が出た。ハンナは僕に対し丁寧にしゃべろうと無理しているように思える。
もっと気楽に話して欲しいと思うけど、僕と彼女は立場が違う。
僕の故郷でも貴族と平民との格差はすごかった。
でも平民の気持ちはよくわかる。なぜならついさっきまで僕自身平民だったから。

「もっと気楽にしていいよ。ほら力抜いて」
「いえ、決してそのようなこと・・・」

緊張した様子のハンナと一緒に庭を歩いている。
と言っても僕はハンナの手の上で座っているだけだから、厳密に言うと一緒に歩いてはいないのだが。

「でもさ、肩に力が入ると乗り心地が悪くなるしなあ・・・」
「私、そんなに力入っていますか?」
「うん、そうだよ」
「走らなければ大丈夫。それにあれは僕が悪いんだ。走るように言った僕がいけなかったんだ」
「いえ、走ったのは私なのですから私が悪いのです」
「でもあの時、ハンナが走らなかったら、僕が気絶するなんてわからなかったでしょ?
 走ったら気絶する。それがわかったからいいじゃない。もし緊急事態が起こった時に気づいても遅いしさ」
「それは・・・」
「もう、いいって言っているだから、ハンナも気にしちゃダメ。わかった?」
「はい・・・」

まだ納得がしてない様子。

その後、庭の手入れは誰がしているの?とかこれ初めて見る木だね。なんて木?とか聞いていたら、
いつの間にか暗い雰囲気がなくなり、明るいハンナに戻っていた。
切り替えが早い子でよかった~。これで一安心。

「アルト様~どちらにおられるのですか~。お願いです。返事をしてください~」

リイの声が聞こえてきた。
そういえば、リイは足を洗いに行ったきり、ほったらかしだ。
この前みたいに心配されても困る。

「ハンナ。早く部屋に戻って」

そう言うと部屋に向かって足を向けてくれた。
ハンナには悪いが、今のハンナは本物の馬みたいだ。指示したところに僕を運んでくれる。
でもただの馬ではない。可愛くて馬なんかと比べ物にならないぐらい早い巨大な女の子だ。
しかも馬なんかよりも僕に忠実。でも忠実過ぎてなんか申し訳ない。

「ハンナ!アルト様をこの辺で見なかった?どこにもいないのよ。そうだ。足元に気をつけて、
 もしかしたら、足元にいらっしゃるかも・・・」
「リイ様、アルト様はこちらです」

手のひらをリイに見せる。
僕はリイに向かって手を振り、無事たったことをアピールした。

「ああ、アルト様ご無事でしたか・・・・」

ハンナの手からリイの手に移った。
リイの指になでなでされ、僕が無事だったことを喜んでいる。

「ちょっとハンナ!アルト様を勝手に連れ出すなんて、どういうこと!」
「も・・・申し訳ありません」

せっかくいい雰囲気になっていたのに、またシュンと小さくなり落ち込んでいる。

「馬役になったからって言って、アルト様を勝手に連れ出したりしたら私許さないから!」
「リイ違うんだ。僕が庭に連れて行ってってハンナに言ったの。だからハンナは悪くないよ」
「ですが・・急にアルト様がいなくなると心配します」
「わかったよ。これからは黙ってどこか行ったりしないよ。でもね、
 それならハンナじゃなくて僕に怒ってよ。僕が悪いんだからさ」
「アルト様を叱りつけるなんてそんな・・・恐れ多くてできませんよ・・・。バチが当たります」

やっぱり、やりにくい。どこの世界の貴族や王族もそれに仕えている下の者が苦労するんだよな。
リイはともかく、ハンナはここ最近落ち込むことが多いんだ。気を使ってあげないと。

「じゃあ、ハンナと二人で庭を散歩したいんだ。いいよね?」
「それはいけません」
「え、なんで?」
「ハンナ一人にアルト様をお任せするのはあぶのうございます。私もご一緒します」
「いや、庭は誰もいないし大丈夫だよ」

と軽く言う。

「いえ、いけません。私もご一緒します。それに私の方がこの庭のこと詳しいですよ。案内して差し上げます」
「庭のことならハンナも詳しそうだったし、そこは問題ないよ。ハンナと一緒に歩きたいんだけどダメかな?」

その時のリイの表情はガーーン!!といった音が聞こえてきそうなぐらいショックな顔をしていた。
軽く言う僕に対しリイは真剣だ。どうしても一緒に行きたいという熱意すら感じる。

「そんな・・・私はもう古い女なのですね・・・。考えてみると私・・・もうすぐハタチだ・・・ははは・・・
 やっぱりアルト様は若くて、ピチピチの若い女がお好きなのですね・・・・」

こ・・・怖い!!天使様・・・いやリイその顔怖いよ。
もうなんなんだ!さっきからめんどくさいことばかり起こっているな!

「リイも一緒に来る?」
「・・・はい?」
「いや、だからさ、リイも一緒に散歩する?」
「よろしいのですか!?もちろん喜んでお供いたします」

暗い空に一筋の光が差し込んだようにパアーと明るくなるリイ。
その様子から、よっぽど僕と一緒に散歩したかったんだとわかったが、なぜそこまで散歩に執着するのかわからない。
それから、しばらく宮殿の広い庭を見て回った。

「アルト様、あれが松です。あちらが桜です。今は葉っぱですが春になると綺麗なんですよ。それにあれは・・・・」

リイはやけにテンション高く、あれこれ指さしながら解説してくれている。
なんでもこの庭の配置の一部はリイが考えたらしく、花や木のことに異様に詳しかった。

あれこれ楽しそうに花や木の種類を説明してくれるのはありがたいが、それよりも気になることがある。
それは庭に生えてる木や草や花が異様なほど巨大だということ。
リイ達の背丈に合ったサイズの植物なので、僕は小人になった気分になる。
ちょっとした雑草でも大木のように大きい。そんな雑草が至る所に生えてる。
今はハンナの手の上にいるから、安心だけど単独であそこに入ったら二度と出てこれないと思う。
そんな雑草の森が永遠と続いている。
リイやハンナは大木みたいな雑草をいとも簡単に踏みつけ歩き、踏みつけた雑草は曲がり地面に横たわっている。
足元にある雑草をどんどん踏みつぶしながら、歩くリイとハンナ。
しかし、サンダルの土台部分より高い雑草はなく、
綺麗に手入れされている庭なので、雑草といっても彼女たちにとってはあってもなくても大して変わらないのだろう。
木なんかはリイ達よりもさらに巨大で、もはやなんて言ったらいいか、わからないぐらい巨大だった。
木の葉がひらひらと落ちてくるとその葉の面積だけでも家が何軒も建つほどの面積で、
そんな巨大な木が庭に数え切れないほど何本も生えている。

そんなこんなで部屋に戻って来た。
いやーすごい。すごい庭だ。規模もすごいがスケールもすごい。こんな光景絶対に僕のいた世界では見れないのだろうな。

「ちょっとハンナ。アルト様を降ろして」
「はい、ここでよろしいですか?」

畳の上に着くとすぐ畳の上に降ろされ、リイの足指が近づいて来た。
畳の上を足指がスライドしてくる。
そして目の前で足指が止まりクニクニと足指たちが暴れだした。

「忘れておりましたが、私の足です。綺麗になったでしょ?いかがですか?」
「・・・・??リイ様なにをなさっておられるのですか?」
「うふふふー。アルト様はね。「リイの綺麗な足が一番好きだよ」っておっしゃってくれたのよ。
 だから喜んでもらおうと思って」
「本当なのですか?本当にそのようなことおっしゃったのですか?」

ハンナが目を丸くして驚いている。
まあ無理もないけど・・・とっさに言ったことだし・・・。

「リイ様の足よりも私の足の方がお好きなはずです。
 だって「早くてかっこいい足だね」と言って、お喜びくださったではありませんか?」
「それは本当なのですか?本当にそのようなことをハンナにおっしゃったのですか?」

今度はリイが目を丸くして驚いている。

「うん、そうだけど・・・でも・・・」
「ひどい!私の足が一番お好きではなかったのですね!私、アルト様に褒めていただき嬉しかったのに・・・」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「アルト様!!私の足が速くてかっこいいのでしょ?それなのになぜ?・・・なぜリイ様にあのようなことを・・・
 全部嘘だったのですか?」

これはハンナが言っている。二人ともお互いの足を褒められ、嬉しかったようだが、
お互い自分だけにしか言ってもらってないと思っていたらしく、なんだか話がややこしくなってきた。

「いや、嘘じゃないよ。だからさ・・・」

「「ではどちらの足がお好きなのですか!はっきりしてください!」」

リイの足が置かれた反対側からハンナの足が近づいてきた。
前にはリイの足の親指。後ろからはハンナの足の中指が近づいてくる。
二人の足指がスレスレで止まり、今にもくっつきそうなぐらい接近している。
もちろんその足指と足指の間に僕が挟まれている。
足指の山に挟まれ、その谷間にいるため身動きができない。
左右はもちろん前後にも二人の足指が鎮座しており、逃げ道なんてなかった。
今見える景色は二人の足指だけ。肌色の丸い球体上の山が僕のことを支配している。
上を見上げると二人と目が合った。この足指の山を持つ二人は僕を見下ろしながらこう言った。

「「私の足を選んでください。私の足がアルト様に一番ふさわしい足です」」

二人は強い口調で言ったため、まるで天からの雷鳴のように響く。

「ひ!!」

二人は怒っている。
僕が王だと言ってもやはり、巨大な女の子を怒らすとすごく怖い。
しかも二人の足に挟まれている。いつでも僕を踏みつぶせるということだ。
僕を殺せないと言ってもまだ実感はないし、それより恐怖心の方が勝っている。

「二人ともちょっと足を放してよ。命令だからさ」

二人は少し足を放してくれたので、隙間ができた。
その隙間から抜け出すと僕は全速力で走った。二人の足から逃げる。
走って走って逃げる逃げる。
もちろん二人に見下ろされているので、僕が逃げてるのは分かっている。
でも二人はなにもせず、じっと見下ろし観察しているだけ。
やった。このまま見逃してくれたら、二人の足から逃げきれる。
とりあえず、あの巨大なタンスの下に潜り込んでやり過ごそう。

「アルト様?どうやら体を鍛えるために走っているようではなさそうですね」

とリイが言う。

「そうですよ。そんなに走りたいのなら馬役である私を使えばよろしいのに・・・・」

これはハンナ。

「「アルト様!まだ話は終わっていませんよ!!」」

ドスウウウウウウウン!
ドスウウウウウウウン!

二つの足が同時に降ろされる。前側にリイの足。後ろ側にハンナの足。
そして足が降ろされると、見上げるほどの巨大な足指がもじもじと動き、僕に向かって迫って来た。
その様子は芋虫の化け物みたいだ。その足指がもじっと少し動くだけで、かなりの距離が詰められている。
気づくとまた身動きが取れないほど近い位置に足が鎮座していた。
足指に抱きつかれたみたいにほぼゼロ距離に二人の足がある。
二人を見上げて確認してみると、彼女たち二人は座ったまま一歩も動いていない
必死に全速力で走っても、彼女たちが足をちょっと前に出すだけで、その距離をあっという間に凌駕している。
この様子から彼女たちから逃げきることは絶対にできない・・・・。
その後僕は降参した。

「アルト様、楽しいですね~。やはり正妻である私の足が一番でしょ~」
「いえ馬役である。足の早い私の方がお好きですよね~」

二人は僕を喜ばそうと足指で交互に挟んだり、軽く踏まれ、じゃれつかれたり、足指でにぎにぎと握られ二人に弄ばれた。


****

その後ハンナは馬役を五年間も役割を果たし、その後は宇宙艦隊の乗組員になった。
ハンナは僕を乗せて走ることができないので、ハンナの速い足を全く生かせていない。
しかし、護衛隊の成績はとてもよく、護衛隊と馬役だけでは才能がもったいないということで、
護衛隊長が宇宙艦隊乗組員になることをハンナに進め、試験を受けさせ、そして見事合格した。
ハンナは泣きながら、僕から離れたくないとお願いしてきたが、馬役だけではハンナの才能は潰されてしまう。
そう何回も説得し、ようやく僕から離れてくれる決心をしてくれた。
たが、それで僕とハンナの縁が完全に切れたかというとそうではなく、休暇を利用して僕の馬役を年に何回か引き受けてくれている。
そんなハンナも無邪気な少女から一人前の女性になり、今では部下も大勢いる。
その部下たちにハンナはいつもこう命令している。

「足は常に清潔にしておくこと!清潔じゃない者は私の下につく資格はないよ。そのつもりでいなさい!」