タイトル
「恐ろしい天使様9」


王妃の部屋に3人の女が向かい合っている
奥に王妃、手前側に四十代ぐらいの女と少しみすぼらしい格好をした小さな女の子が並んで正座していた

「この者が調理試験に合格したカレンというものです。王妃様」
「この子がそうなのね。まだ小さいけど・・・・あなた何歳?」

二十代半ばぐらいの綺麗な女の人がこっちをじっと真っすぐ向いて、聞いてきたが私はすぐには答えられなかった。
この時は色々と混乱していたし、緊張もしていたから、言葉がすぐに出てこない。
こんな綺麗で上品そうな人とどう接していいのか全然わからない。
母さんが死んでから、尼寺に預けられ料理を手伝っていたところ、
お寺参りに来た、料理長の目に留まり、そして宮殿の料理試験を受け試験に合格して今ここにいる。
料理長が私の前に現れてから、一日一日があっという間に過ぎ去り、生活環境も大きく変わった。
こんな大きくて綺麗な屋敷があるなんて知らなかったし、綺麗な着物を着た人が沢山いて正直驚いている。
この王妃様と呼ばれる人は今まで出会った人の中でも特に綺麗で、着ている服も美しくキラキラした金箔が眩しい。


「王妃様がお聞きなっておられる。早く答えぬか!」
「まあまあ料理長。そんなに怒ったらかわいそうじゃない。カレンだっけ?あなたのお母さんは?姉さんか妹がいるでしょ?その子たちは今何しているの?」

私は答えない。
ずっと俯いている。

「これ!カレン!王妃様に無礼だぞ!」

さっきよりも強く怒鳴られたので、重い口をようやく開いた。

「妹や姉はいません。母は死にました」

ボソボソと弱々しい声でそういった。
王妃様の綺麗な声と比べて私の声は汚く感じる。
こんな声、人に聞かれたくない。

「え!?あなたもしかして一人っ子?」

王妃様は目を丸くして驚いている。
私が一人っ子だと言うとみんなこうだ。
私の周りに一人っ子は誰もいなかった。ほとんどの子が5人から15人ぐらい同い年の姉妹がいる。
「お姉ちゃん~」とか言って甘える妹。妹を叱って大人ぶっている姉・・・。
みんな年は一緒なのに、生まれてくる順番が少し早いか遅いかだけで、えらく立場が変わる。
姉妹楽しそうに遊んでいるのを私は遠くから眺めているだけ・・・そんな日が長く続いた。
私は孤独だ。母もいないし姉妹もいない。天涯孤独だ・・・・。
しかし母や姉妹がいないということはどうすることもできないし、それも一種の運命だと思っている。
だが本心は寂しい。
わがままで少し意地悪。それが本当の私。
そんな本当の私で誰かに思いっきり甘えたい。よしよしと頭をなでて欲しい。という願望はあるが、そんな相手いない。
本当の母親や姉妹は偉大だ。
どんな悪いことをしても最終的には許してくれる。でも他人だとそうもいかない。他人はみんな冷たい。
人が幸せそうにしている風景を見て嫉妬し嫌気がさす。周りの家族がうらやましくもあり、妬ましい。
ああ~私って本当に悪い子だ。
こんな醜い嫉妬心を生む汚い心を抉り出したいぐらいだ。
そうしたら綺麗な心だけが残り、心も体も綺麗になれる。そう思うのに・・・。
だから、幸せそうな王妃様を見ていると自分とは別の世界の人間のように見え、どう接していいのかわからないのだ。

「そう・・・確かに珍しいけど、そうか・・リアと同じ一人っ子なのね。
 私もリア一人しか王様の子を産めなくて苦しんだけど、あなたの母も同じような思いをしたでしょうね・・・かわいそうに」
「王妃様、カレンは天涯孤独ではございますが、一人でも生きて行けるよう、天が料理の才能をカレンにお与えになったのでしょう」
「たしか、史上最年少で試験に受かったのよね?」
「はい、左様で」
「カレン、私の近くに来なさい」

王妃様が手招きをする。
隣を見ると料理長が首を少し動かしている。
「早く行け!」という意味なのだろう。
今にも噛みつきそうな犬に近づく思いで恐る恐る王妃様に近づいた。

「ちょっと立ってみて。ふーん、よく見ると結構可愛いじゃない。足も綺麗だし・・・わ!ほっぺプニプニね。あなた歳は?」

立っている私の周りをグルグル回り、ほっぺを指で優しくつままれた。
突然体を触られたので、少し驚いたが、王妃様の手は暖かく少し心地がよかった。

「はい、七つになります」
「へえ、リアと同い年じゃない。ふーん・・・もしかしたら・・・」
「ねえ、カレン?将来偉くなってみる気はない?」
「はあ」
「そうね。まずは料理の腕を磨かないとね。それで一番になったら私が後ろ盾になってあげる」
「はあ」

この時、私は曖昧な返事しかしなかった。
「偉くなってみないか」と急に言われても全然実感がわかないし、そもそも偉くなるとどうなるのか、この時の私には見当もつかなかった。

それから料理長に連れられ、自分の持ち場である調理場に案内された。
その料理場は尼寺とは比べ物にならないほど、大きな調理場だった。
見たこともない高級食材がずらりと並び、かと思えば身近な野菜や魚も一通り揃っている。
ここの調理場にはなんでも揃っている。そんな風に思えた。
そして寝床に案内された。

「カレンはそうね・・・1300メートルぐらいじゃない?試しに着てみて」
「料理長、少し大きいです」
「ちょっと大きいみたいね。少しだぶついてるし。じゃあ一つ小さい1200メートルを着てみて」
「はい、これなら丁度いいです」

今まで着ていた着物、下着までも全部脱がされ、新調された綺麗な割烹着に着替えさせられた。
そして布団の敷き方、片付け方を教えられた。
「布団ぐらい簡単」と思っていたが、布団の敷き方や直し方にもいろいろ決まりがあり、私は驚いてしまった。
なんでも、王様と一緒にお休みする可能性がゼロではないため、
万が一のため、この宮殿で働く者は一応きちんと布団を敷けるようにして、王様に失礼のないようにしなければいけないそうだ。

「あの・・・料理長?」
「ん・・なに?」
「このお布団は誰のものですか?」
「なにって・・・あんたの布団に決まってるじゃないの」
「このお布団で毎日寝てもいいんですか?」
「なに言ってるの?当たり前じゃない。変な子ね」

こんなフカフカで触り心地のいい、布団は初めてだ。
こんな布団で寝られるなんて、宮殿暮らしも悪くないのかもしれない。
その後、料理長に連れられ、宮殿を一通り一周し、ようやく一日が終わった。
宮殿は迷路みたいに広く慣れるまで大変そうだ。
こんな広い宮殿、「みんなよく覚えているなあ」と私は感心する。
しかし、宮殿の内部は少し重々しい。
別の持ち場の人で自分よりも偉い人に会うと、必ず横に寄り道を開け、その人が通り過ぎるまでお辞儀をしなくてはならない。
これには弱った。私は今日は入ったばかりの見習いだから、ずっと頭を下げっぱなし。
首が疲れるし、人とすれ違う度に、いちいち止まらなくてはならないため、中々思うように歩けず大変だった。
こうなっては、なるべく人とは会いたくない。そう思ったが一つだけ例外がある。
今日の昼頃王様の世話係が、偶然王妃様とすれ違った時、なんと王妃様が身分の低い世話係に道を譲ったのだ。
あの偉い王妃様が廊下の端っこに寄り、邪魔にならないよう小さくなっている。
私は驚いてしまって、目を丸くしながら料理長に聞いたら、

「あれは王様のご昼食よ。だから特別。いくら身分の高い王妃様とはいえ、この宮殿は王様のためにあるのよ。
 だから、王様に直接関わることは、身分なんて関係ないわ。王様が最優先なの。わかった?」

と料理長は言っていた。
そう考えると王様は偉いお方だ。
王妃様ですら、王様のためなら道を譲る。そんな偉いお方はどんな人か、この頃から少しずつ興味が出てきたのだと思う。

「そうそう王様の話をしていて思い出したけど、王妃様のお部屋の隣にある、奥の部屋は絶対に近づいたらダメよ。わかった?」
「なぜですか?」
「あの、お部屋は王様のお部屋。王様のお部屋のお掃除は王妃様や側室様が直々にされるから、私たちが近づく用なんてないし、
 近づいたらいけない決まりになっているのよ」
「それは命令ですか?」
「命令ではないわ。もし賊かなんかが入ってきて、王様に危険が迫った時は皆で王様をお守りするっていう掟があるの。
 だから命令じゃないわ。でもねカレンそれは緊急の時だけよ。意味もなく王様のお部屋に近づいたら、わかっているでしょうね」
「はい、わかりました・・・ところで王様はどんなお方なのですか?会ってみたいですね。」

その一言で料理長は眉を吊り上げ、目つきがきつくなる。

「あなた、なに言ってるの!?私だってそんなに頻繁に会える身分じゃないのよ。
 今日来たばかりの見習いがすぐに王様に会えるわけないでしょ!身分をわきまえなさい!」
「ご・・・ごめんなさい・・・ですが、どんな人か気になって・・・」
「王様は小さくても一目見れば王様だってすぐわかるわ。王様にはオーラみたいなものを感じるし、
 匂いや声も私たちとはだいぶ違うし、それに殿方は王様一人しかいないから、会えばすぐにわかるはずよ」

料理長の言った「小さくて」という意味は物理的にという意味だったがカレンにはわからなかった。
遠くから王様を見たから、小さくてよく見えなかったと言う意味にカレンは勘違いをした。

「あの時のことは今でも忘れられないわ。私のような者に「君が料理長か?いつも美味しいご飯をありがとう」なんて王様がおほめになったのよ~。
 もう~あの時はうれしくて~うれしくて~、でもね、なんで王様が私なんかをおほめになったのかというと・・・・・・」

それから、料理長の自慢話を長いこと聞かされた。あまりにも長かったため、最後の方は何を言っていたのか記憶してない。
しかし、王様ってどんな人なんだろう?
殿方なんて生まれてこの方、一度も会ったことがない。
女と殿方ってなにが違うの?会って直接確かめてみたいなあ。

それから数日後。
意外と早くそのチャンスは訪れた。

「カレン、今日は王妃様のお部屋をお掃除するわよ。料理人っていっても料理だけじゃなくて、掃除洗濯とか他の雑用もするのよ。それは知っているわよね?」
「はい、知っています」
「じゃあ、仕事を教えるから私についてきて、でも一回しか教えないわよ。次からはきちんと自分がやるべきことをできるようにするのよ。わかった?」
「はい」

王妃様の部屋に行き、ホウキで畳を掃いたり雑巾がけしたりしていると慌てた様子で先輩が入って来た。


「料理長様、大変です。お米がありません」
「なんですって!?毎日きちんとお米の量を確認するように言ってたのに、あなたはなにしてたの!?」
「申し訳ありません・・・」
「起きてしまったことは仕方ないわ。それより今からお米を使わなくてもいいような献立に変えないと・・・
 カレン、ちょっと手が離せない用ができたから、ここの掃除はあなた一人でやっておいて。あと雑巾がけだけだから、一人でもできるでしょ」
「はい、大丈夫です。あとは一人でもできます」
「悪いけど頼んだわよ」

そういうと料理長は早歩きで、調理場へと戻っていた。
私は料理長に言われた通り雑巾がけをした。
意外と早くに終わってしまったが、料理長はまだ帰って来ない。
手持ち無沙汰になったので、部屋から出て廊下を左右見回しても物音ひとつせず、とても静かだ。
私はふと思い出したかのように右側を見た。
この王妃様の部屋の右側、廊下の突き当りが王様のお部屋だ。
ここからだと王様のお部屋が見えるが、王様のお部屋はいつも閉まっており、ふすまが開いているところを見たこともない。
ちょっとだけ、ふすまを開けて覗いてみよう。幸い誰も来る気配はないし今がチャンスだ。
私はそう思い足音を立てないようにしながら、廊下の突き当りを目指し始めた。

王様の部屋のふすまの前までやってくるとふすまはピッタリと密着しており、外からは中の様子が全く分からない。
ふすまに手をかけ、目をつぶって深呼吸してから指に力を入れる。
ふすまがちょっとだけ動き隙間ができた。
その隙間から目を覗かせる。

「・・・・・」

なにもない。畳だけがあるだけの部屋。

なあんだーと思って、おもいっきりふすまを開けた。
なにもない部屋があるだけだと思っていたが、さらに奥にもふすまがある。
そのふすまは他の部屋にはない豪華な装飾がされていた。
黄金でできたふすまであり、こんな綺麗なふすまは見たことがない。
間違いない。ここが王様のお部屋だ。
黄金のふすまもピッタリと閉まっており、外から中の様子が見えない。
私はそーとそーとゆっくり、黄金のふすまを少し開いた。
ふすまの隙間からそっと中を覗いてみる。
中はどんな豪華な部屋なんだろう?と思い左右を見渡す。
豪華な部屋を期待したけど、王妃様のお部屋となんら変わりない。
だいたい八畳ぐらい部屋にテーブルと座布団とタンスがあるだけの少し殺風景な部屋だった。
中には誰もいない。せめて王様のお背中だけでも拝見できたらいいなあと思っていたのにがっかりだ。
誰もいないことを念入りに確認してから、ふすまを開け恐る恐る中に入ってみる。

「なあんだー王様のお部屋に近づくなって言われたから、どんな部屋かと思ったけどたいしたことないなー」

部屋の壁には掛け軸がかかっており、その下には生け花が飾られている。
この生け花は宮殿の庭で咲いていた花を王妃様がいけたもの。
王様のために生け花をお作りしたって小耳に挟んだような気がする。
反対側の壁には・・・・へったくそな絵が、その絵にふさわしくないほど豪華な額縁に飾られている。
まるでおばあさんが、七五三の格好をしているようで絵と額縁が不釣り合いで全然合っていない。
せっかく素敵な和風の部屋なのに、この絵のせいで部屋の雰囲気が台無しだ。
それに描かれている絵の題材がわからない。
こんな変な人間いるのか?
もしかして想像上の人間?
首を傾げながら、振り返るとテーブルがあった。
??テーブルの上になにかある。
テーブルの上に目を近づけてみると、赤くて四角い小さな箱がぎっしり並んでいる。
こんなところにこんな変な物がぎっしり並んでいるのが分からず、
首をひねりながら視線ずらすとそこには綺麗な赤い色の巾着が置いてあった。
もう一回辺りを見回して、誰もいないことを確認してから巾着を開けてみると中には光り輝く宝石が沢山入っていた。
赤黄緑青などさまざまな色の宝石が巾着の中一杯に溢れんばかりに入っていた。

「綺麗・・・」

思わずため息をついた。
こんな綺麗な光の玉が世の中に存在していたなんて、今まで知らなかった。
王様の所有物を勝手に漁っていたなんて誰かに知られると、即刻この宮殿から追い出されるが、
それでもこの美しい宝石の魅力に魅了され、我を忘れて夢中で宝石を眺めていた。
手のひらに宝石を溢れんばかり乗せて横から眺めたり、上から眺めたりした。
さらに手で宝石を握りしめて、宝石の感触を指で楽しんだりした。
短い時間ではあったが、この宝石が自分の物になったように思えて、とても気分がいい。
まるでお姫様にでもなった気分だ。
こんなに楽しいと思えたのはいつぶりだろう?いつまでもこうして宝石を握っていたい。
多分今の私は、にやついている。
王室のお方はいいなあ・・。こんな綺麗な宝石や欲しい物が自由に手に入るのだから・・・

しかし、手のひらに宝石を乗せ過ぎたのか、バラバラバラという音を立てて宝石がこぼれ落ちた。
しかも運の悪いことに宝石は小さな箱の上に散らばるようにして落ちてしまった。
この時、私は我に返った。
私はなんてことをしたのだ!
王様の部屋に無断で入り、王様の所有物を勝手にあさったのだ。このことを王様が知ったらどうなるんだろう?
もしかしたら死刑?運が良ければ宮殿から追い出されるだけで済むかもしれないが、それでも誰かに見つかればどうなるかわからない。

「と・・とにかく早く片付けないと・・・」

散らばった宝石を慌てて一つ一つ集める。

「これってもしかしてお家?」

細かくてよくわからなかったがテーブルに近づいてよーく見てみると、
四角い赤の箱は家の屋根でその家の横には指の太さにも満たない細かい道路みたいなものがある。
真ん中には噴水?みたいなものがあり、その噴水の横に一直線に細長い建物が並んで建っている。
あまりにも精巧に作られていたため驚いてしまったが、今はそれより早く宝石を片付けないといけない。
宝石を持ち上げるとその下から家が二軒まとめて潰れていた。宝石が家を押しつぶしたようだ。
よく見てみると落ちている宝石はあっちこっち家を押しつぶしている。
この宝石に比べるとこの家はとても脆いらしい。
宝石をつかむつもりが、少し目測を誤って、細長い建物に自分の指が触れた。

「ああ、倒れちゃった・・・ちょっと触っただけなのに・・・」

私の指よりもだいぶ小さく細長い建物は私の指がちょっと触れると簡単に崩れてしまった。
その様子を目で見ていたから、崩れたのがわかったようなもので、
もし目隠しをしていたら、触ったかどうかなんてわからない。そんな程度だった。

それから大急ぎで宝石を回収し、
最後の一つをつまもうとした時、家の裏側にゴマ粒のように小さいものが動いている。
一瞬しか見えなかったため、あいまいだがなにかいる。

「むし・・・?」

小さな虫でもいるのかと思い、邪魔な家を指で潰して虫を捕まえようとしたが、なにもいない・・・。

「気のせい・・・?」

結局、虫の正体はわからなかった。
集めた宝石を巾着の中にしまい大急ぎで王様の部屋から出た。
そして王妃様のお部屋に戻ってくると、慌てた様子で料理長がこっちに向かってきた。
もしかしてバレた?とすれば私は終わりだ。なんであんなバカなことをしたんだろう。
後悔!後悔!でももう時間は元には戻らない。
もしこの時、料理長が少しでも声をあげていたら、私は泣きだしていたかもしれない。

「カレン、ご飯を釜で炊ける?なんとかお米が手に入ったのよ。でも人手が足りないから、頼めるのはあなただけなの。できる?

頭が真っ白になり、なにも言えない。私はどうなるんだろう?近いうちに追い出される!そんなことばかりが頭に浮かんだ。

「カレン、ちょっと聞いてる?」
「料理長。申し訳ありません・・・・」
「それはできないってこと?しょうがないわね。誰か他の者に・・・」
「料理長。すいません。何言ってるのかわかりません。もう一回言ってください」
「ちょっと!こっちは大事な話してるのに聞いてないってどういうこと?ああーもう!しょうがないわね!
 要するにカレンはお米が炊けるかどうかって聞いてるの」

料理長は若干乱暴に早口でそう言った。

ご飯ぐらい毎日尼寺で炊いていた。なのでもちろんできる。

「はい、できます」
「そう、よかったわ。でもできるならもっと早く行って頂戴。もう時間がないんだから」

そう言いながら私と料理長は早歩きで調理場に戻った。

「じゃあ、早速頼むわね」
「あの料理長?このご飯は誰に出すのですか?」
「誰ってもちろん王様よ」
「え!?王様ですか!」
「王様にお出しする物なのだから。いい加減な物は出せない。
 だから、あなたのご飯の出来が悪かったら別の献立を考えないといけなくなるからしっかりやってよ」
「はい、あの料理長?・・・王様は硬めのご飯がお好みですか?それとも柔らかめですか?あとおかずの相性も考えませんと・・・」
「そういえば言い忘れていたわ。少し硬めにしといてくれる」

それから私はいつも通り、お米を研いで、水加減をきちんとし釜に火を入れた。
こんなに楽しい飯炊きは初めてだ。私の作ったご飯を王様が召し上がってくれる。
今日王様には会えなかったが、私の作ったご飯を召し上がるということは、それだけで王様と私が繋がっているような気がする。
そんなことを考えながら、釜の湯気をずっと見ていた。

「できました。料理長どうですか?」

料理長は炊きあがった、ごはんを味見している。
味見が終わると釜の中のご飯をしゃもじでひっくり返し、ご飯の柔らかさを確かめたり形などをじっくりと眺めている。

「うーん、まあ合格でしょう。いつもより、味は少し落ちるけど、まあ今日は仕方がないわ。私から王様に謝っておくから」
「そうですか・・・すいません」
「いや、カレンは悪くないわよ。むしろ初めて炊いたにしては上出来よ。でもいつもより少し味が落ちるって意味。カレンは気にしなくてもいいのよ」
「よかった。ありがとうございます!ではすぐご飯をよそいますね」

出来立てのご飯を茶碗によそうと料理長が目を丸くして驚いている。

「確かに王妃様や姫様のならその量でいいけど、王様がそんなに沢山召し上がるわけないじゃない・・・」

慌てて私を止める料理長。でもなんで止めるの?
私と同い年のリア様よりご飯を食べないなんて・・・王様は食がとても細いお方なのかな?

「王様の料理の盛り付けは全部私がするから。カレンはあっちで皿洗いをしてて。
 まったく・・・あんなに沢山召し上がれるわけないのに・・・細かくご飯を切るのって結構目が疲れるのよね・・・」

ブツブツと文句を言いながら、ご飯が入った釜を奥へと持っていく料理長。
料理長の機嫌がなぜ悪くなったのかよくわからないが
何はともわれ、私の炊いたご飯を王様が召し上がってくれるみたいだ。本当に良かった。
奥の部屋へと運ばれていく釜を見ながら、誰にも聞こえない小さな声でそっと釜に語り掛けた。

「あなたたち、王様に美味しく召し上がってもらうのよ。頑張ってね」



そして次の日早朝。

「カレン、今日からこの訓練をやって」

料理長が見せたのは、小さなゴマ粒。
これで料理でもするのかと思ったがそうではないらしい。
そのゴマ粒を一粒、地面に落とした。

「踏んでみて」

食べ物を粗末にするなんてちょっと気が引けるが、料理長の命令なので仕方なくやってみる。
足の裏にプッチって感触がした。
足の裏を見るとゴマ粒が潰れ、赤くなっている

「今日からこれを踏まないようにしなさい。ゴミと混ざってこれが落ちているから、絶対にこれを踏まないようにするのよ」
「なぜ、こんなことするのですか?」
「宮殿にいる者はゴミとこれの区別がつくのよ。それにこれができないと宮殿にはいられないわよ。
 そういう決まりを王妃様が最近お作りになられたのよ。」

変な決まりだ。こんな変な決まりを作った王妃様に一言文句を言ってやりたい。
しかし、そんな軽い気持ちで考えていたのは大間違いだった。

「カレン!踏んだ!」「カレン!また踏んだわよ。もっとよく下を見なさい。こら!また踏んだ!もうー何回言ったらわかるの!」

角を曲がるとプチ!段差を跨ぐとかかとでプチ!草履を履こうと思うと草履の上でプチ!
もう嫌だ。なんでこんな無意味なことしなくちゃいけないの?
料理長に怒られてばかりで嫌になる。

涙目になりながら、トボトボ歩いていると王妃様があくびをしながら歩いている。
王妃様は今起きたところなんだろう。いいなあ王室の方は朝が遅くて。
王妃様を遠めから眺めていた私は一つひらめいた。
宮殿にいるものは、誰でもできるって料理長は言っていたから王妃様でもできるはずだ。
それにこの決まりは王妃様がお決めになったこと。

「王妃様ですらお踏みになるので私にはできません」

もしもできなかったら後で料理長にこう言ってやるつもりだ。
王妃様は今起きたばかりで半分寝ているようなもの。
そんな状態であんな細かい粒を踏まないのか?
いいや!王妃様は私と同じように粒を踏む。絶対そうだ。絶対に踏むはず。

私は王妃様の入ったトイレの前にゴマ粒を置いた。
これでトイレから出た瞬間プチリだ。
さてさてどうなるかな。

水の流れる音がすると扉が開いた。
開いた扉から右足が出てきてゴマ粒の上に影を落とす。
よし、このままいくと王妃様の足がゴマ粒を踏みつぶす。
親指がゴマ粒に触れる直前、王妃様の右足が大きく右に逸れた。

「な!?」

私は驚いて思わず声を出してしまった。
結果的に王妃様はゴマ粒を踏まなかった。
起きたばかりで目も開き切っていない状態で、しかも扉から出て一歩目という悪条件が重なっているのに王妃様はゴマ粒を踏まなかった。
そんな・・・信じられない。

「おっとっと・・・王様いけませんよ~。いくら夫婦の仲でもおしっこしている姿を見られるのは恥ずかしいです~。
 ですが王様がどうしてもとおっしゃるなら・・うん?・・・王様??・・・・」

王妃様はトイレの前で正座をし、地面に顔を近づけて、ゴマ粒を覗き込んでいる。
その姿を見て、私は慌てて王妃様の前に飛び出した。

「すいません王妃様。それは料理長に言われて・・その・・・あの・・・」
「ああ~踏まないように練習してたのね。でも、ここでされたら紛らわしいからあっちでしてくれる?ごめんね」
「はい、すいません」

それから少し経つといつの間にかゴマ粒は踏まなくなった。
ゴマ粒が足元にあると自然にわかるようになり、踏む直前で足を逸らせられるようになった。
今では一度もゴマ粒を踏んでいない。
ゴマ粒をなぜ急に踏まなくなったのかは私自身にもよくわからない。