第一章
巨人に保護された俺


「ごっめーん♪遅くなっちゃったー。今から帰るからちょっと待ってて」

はきはきとした声が電話越しに聞こえてくる。
その声の主は、今年17歳になる女子生徒からの声であった。
彼女の通う高校は県内でもそこそこ有名な、いわゆる偏差値の高い高校に通っており、頭の回転が早い、物わかりの良い子であった。
それを示すかのように、俺と言う人種。
女子高生から見たら宇宙人に当たる俺と言う存在にも、別段驚きもせず当たり前のように受け入れてくれた。
文明が遅れている辺境の地、地球。
そんな原住民しかいないこの星に、ここまで、ものわかりの良い生命に出会えたことは幸運なことであった。
もし、この女子高生に保護されなかったら今の俺はない。
今頃どこかで野垂れ死んでいたことだろう。

地球の環境は非常に劣悪であり、人が住むには適していない。
生きるか死ぬかギリギリの、恐ろしいほどの極寒の地だった。
その寒さは伊達ではなく、沸騰した熱湯が一瞬で凍り付き、人の血液は5分で凍ってしまうほどだった。
そんな豪雪地帯よりも過酷な状況で活動できるはずもなかった。
もし外に一歩でも出たれば、一瞬で全身が氷漬けになってしまうだろう。
しかし、そんな極寒の地であっても地球人にとってはなんてことないらしく、
今日の温度差はなんと10度にも上がったが、地球人にはなんことはないらしく、女子高生曰くいつものことらしい。
しかし地球人にとってはいつものことでも、俺たちからしてみれば前代未聞の異常気象で気温差10度とは、俺達が持つ肉体限界の2倍にも達した。
屋外に出れば一瞬で凍り付く、地球とはそのような恐ろしい環境であった。

「これからどうすっかな?」

女子高生に保護され、安全は保障されているが、ここから脱出する方法がない。
ロケットを飛ばそうにも地球の重力は重く、脱出するのは不可能であった。
そんな危機的状況であるため、俺はSOS信号を出して救援を求めた。
その返答はこうである。

(明日まで待たれよ)

救援は明日、やって来ることになっているが、果たしてここまで無事にやってこれるか、それが一番の不安だった。
なぜなら、それは


カタカタカタ

ズズズ・・ズズズ・・・


揺れている。地面が振動し始めた。
その次の瞬間。


ギィィィィィィィィイイイイイイ!!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・!!


戦争でも起こったのかのような爆発が辺り一帯を襲う。
俺自身、その爆風で吹っ飛び壁に撃ちつけられていた。
しかし、本当の揺れはまだまだこれからだったのである。

ズウウウウウウウ!! ズウウウウウウウン

あまりにも重いソレが地面との衝突を繰り返し、こっちに向かってきている。
自分の身に危機が迫っていることは、誰の目から見ても明らかだった。

ズウウウウウウウ!! ズウウウウウウウン

地震とは違う、その揺れ。
まるで生き物が鼓動しているような、一定のリズムのある大揺れ。
その正体が今明らかになる。


ゴゴゴゴゴゴゴ・・・。

上空から光が差し込み、熱気が流れ込んでくる、
その流れ込んできた熱気は非常に高い湿度を持っており、まるで熱帯雨林のように蒸し暑い。
俺の背中はびしょびしょに濡れ上り、急激な気温の変化に体がついていけない。
しかし、今のこの現状を考えれば、気温の変化など些細な問題に過ぎなかった。
暑さよりも、もっと重要なことは。

ドドドドドドドドド・・・

ものすごい圧が上空から降ってきた。俺は吹っ飛ばされ、その圧に押さえつけられる。
立てない。立ち上がることすらできない。急激な重力の変化に完全に打ちのめされている。
唯一動かすことができる、首を持ち上げ、その巨大な物を見上げた。

ねちゃぁぁぁ・・・・。

空いっぱいを覆う巨大なソレ。
ソレはあまりにも遠く、靄がかかっているような状態であった。
遠くにあるソレ。しかし遠いにもかかわらず、かなり近い。
巨大な物を遠くから見ている。
まるで山を見ているような、そんな不思議な気持ちになっていた。
そんな山のような物が突如形を変え始めた。
山だったソレが二つに割れ始め、渓谷のような形に姿を変えた。
なんということだ。山のように動かない思っていたソレが、いとも簡単に姿を変えるだなんて。

キィィィィィィイイイイイ!!

間延びした音が鳴り響いて止む気配がない。
地獄の底から響き渡る、不気味な音が大地を震動させる。

「ボウ」

ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!

渓谷のワレメから、空気の波が吹き出した。
僅かその数秒後。

「う・・・うわああああああああああああああ!!」

渓谷から恐ろしいほどの突風が吹き付けてきた。
その風の威力はすさまじく、まるで車が衝突したような凹みがコンクリートの壁に出来ていた。
風が吹きつけ舞い上がる、
凹んだコンクリートは宙を舞い、そして落下してくる。

「う・わあああ!!」

ドカンドカンと、コンクリートが落下。
それはまるで流星群のように降り注ぎ、地面に小さなクレーターを作っていた。

「アッツ!!」

隕石の一部が、俺の袖をかすった。
その熱のせいか、服が真っ赤に燃えている。

「あちあちあち・・・」

手で服を叩き、火を消そうとした。
しかし、その消火の暇を与えない。
山の渓谷が形を変えて、今度は閉じようとしていた。

キィィィィィィイイイイイ!!

不気味な響きが辺りを揺らす。
すると。またあの間延びした音が響いた。

「フゥゥオ、フゥゥオォォォオオ!! フォオ、フォオオオオオオ!!」

激しく揺れ動く渓谷。
渓谷は開いたり閉じたりを繰り返し、そこから空気の波が次々と発射されていた。
やばい。また突風が来る!!

ゴオオオオオオオオオ!!

「うわああああああああああ!!」

体が吹っ飛び、地面に叩きつけられた。
その圧力はすさまじく、レスリング世界チャンピンに技をかけられているような、そんな凄まじい圧力だった。

キィィィィィィイイイイイ!!

「うえ・・・」

レスリングの次は強烈なパンチ。
プロボクシング顔負けの凄まじいストレートパンチが俺の体に炸裂する!
全身を一度に殴られたようなすさまじい圧力。
その圧力に俺の体は耐えきれず、地面に押さえつけらてしまう。

「く・・・くぅ・・」

身動きがとれない。どんなに頑張っても指一つ動かせなかった。
人間が抗えない機械的な力に翻弄されていた。

「フゥゥオオォォォオオ!! フォオフォ!!」

間延びした音がまた響き始めた。
それに伴い圧力が高まり、空気の波が激しく振動をしている。
やばい! このままでは、また同じ目に。第三波は押し寄せてしまう!
身の危険を感じ慌ててスマホを取り出した。

「頼む・・つながってくれ・・・」

神に祈るような気持ちで、通話ボタンを押した。

ブォォォォォォォンン!! ブォォォォォォォンン!!

ものすごい振動が襲い掛かってきた。
その振動はまるで大型トラックが猛スピードで加速しているような、ものすごい地響きであった。

「もっしもーし♪なに?どうかした?」

命の危機が迫っている。
そんな危機的状況にもかかわらず、その電話の主は明るく、のほほんとした声で話していた。

「頼む。助けてくれ!!」
「助けるってなにを?」
「お前だよ。お前。お前の声がかかって、吹っ飛ばされそうなんだ」

スマホに向かって俺は怒鳴った。すると急激に圧力が弱まった。

「山が消えた」

今まで俺の頭上を覆っていた山の渓谷は消え、爆音もなりをひそめている。
どうやら危機一髪のところで助かったらしい。

「大げさだな♪ちょっと鼻で笑っただけなのに♪」
「その「ちょっと」が問題なんだよ。こっちは死にそうだったんだぞ!!

俺を保護してくれた女子高生の地球人。
その女子高生はなんと10万倍にも及ぶ、全長158kmの大巨人だった。
電話で通話すると普通に話ができるが、耳から電話を外すと・・・。

「フゥゥオオォォォオオ!! フォオフォ!!」

こういう風に聞こえる。
これでも巨人は「ちょっと」鼻で笑っただけ、それがこのありさまだ。
しかし、それも無理もない。相手は恐ろしいほどの大巨人。
天変地異を平気で起こせるほどの大生命体。
俺はその恐ろしさを再認識するため、スマホを地球人にかざす。
こうすれば、地球人の詳細なデータが得られる仕組みになっていた。


**********


危険度SS
文明レベルE-
肉体SS
体重SS
食事量SS
排泄量SS


推定身長158Km
推定体重43兆t


**********

そしてこれが地球人に関する詳細なデータだ。
上の図を見てもらえばわかるように、文明レベル以外はオールSSで表示されている。
これはどんな宇宙怪獣よりも高いランクとなり、世界の軍をかき集めても決して敵わない、ものすごい戦闘力を現していた。
地球人を前にしたら我々の軍など埃も同然だ。
さっきやって見せたように、埃のように吹き飛ばされてしまうだろう。
それほどの威力。それほどの破壊力がこの女子高生に備わっていった。

「それよりさ。お腹空いちゃったから。先に食べておくね」

巨人はコンビニで買い物でもしてきたのだろうか?
巨大な袋を開き、パンを取り出していた。

「で・・でかい!!」

巨大なパンの影が頭上に迫りくる。

ゴゴゴゴゴゴゴ・・・!!

「うわああああああああ!!」


スマホのアラームが鳴りだす。
その警画面には全長20kmと表示されており、重さは500億tと表示されていた。
500tと言えば、もはや比べるものは少なく、一年で生産されるトウモロコシの世界生産量が約10億tということを考えれば、
この500tがどれだけ重いかわかるだろう。
巨人が片手で持ち上げているこのパンは、全世界のトウモロコシを約50年分の重さがあったのだ。

バリ・・バリ・・・バリ・・・

硬い岩が砕けるがする
これは巨人がパンをかじっている音であったが、その音はあまりにも鈍くまるでコンクリートを砕いているような
硬いものが砕かれているような音だった。
巨人の歯はそんな硬いパンをいとも簡単い砕き、むしろその硬さが心地のよい、適度な歯ごたえを与えてくれる。そんな風に見える。

巨人はパンを食べるのを中断し、俺の体をじっと見つめた。

すぅぅぅぅ・・・・。

その轟音と共に突き飛ばされるような突風が吹き上がる。
ヤバい、吹き飛ばされる!! と思ったときにはもう手遅れ。
パンの匂いのする、有象無象の台風が襲ってきた。

「うわあああああ!!」

レスリング選手が降ってきたような、強烈な重み。
俺はその痛みを必死に耐えて、よろめきながらスマホのタップした。

「やめろ! これ以上しゃべるな!」
「あは♪ごめんごめん。ついね♪」

巨人が背を向けた。
それによって急激に圧が下がり命拾いをする。
風が止んだので、辺りを確認すると壁のコンクリートがところどころ剥がれ落ていた。
ひどいことでは、骨組みがむき出しになっているところもある。
もし、あのままパンを食ったまま、俺に向かってしゃべっていたら、一体どうなっていたかと考えただけでぞっとする。

「お前はな。10万倍の大巨人なんだよ。もっと気を使って話をしてくれ」

率直な意見をぶつけた。
すると巨人は眉をひそめ、巨大な物体を差し向けた。

びーびーび!

危険を知らせるアラームがスマホから鳴り響く、
画面をみると、全長7kmの指と表示されていた。

ズウウウウウウウウウウウウウウ!!

今までに経験したことのない大揺れが一面を襲う。
地面が悲鳴を上げるように振動し、コンクリートの壁がすべて剥がれて落ちている。
骨だけなった枠組み。
その枠組みもひしゃげて、いつ崩れてもおかしくないほど歪んでいた。
まるで爆弾でも降ってきたような衝撃だった。
自分が未だに生きていること自体奇跡だった。

「大巨人だなんて、ひどーい! こんなにか弱くて貧弱なJK。他にはいないと思うけど?」

聳え立つ女子高生の指、その指は全長7kmに達し、エベレストと肩を並べるほど大きい。
この指。エベレスト指を登ろうと思ったら大変なことになる。
この指を登るには少なくとも二か月はかかる、しかも命懸けの大冒険だ。
しかし、今のこの女子高生はどうだ?
姿形こそ女性らしい、すらっとした白い指だが、その実情はエベレストよりも遥かに過酷だ。
女子高生が「ピン」とデコピンするだけで、登山者をすべて振り下ろしてしまう。
頂上に居る登山者も、麓に居る一般人も女子高生の指の前では関係がない。
全てが平等に吹っ飛び、地上7000mから真っ逆さまになる。
それほどまでに巨大な恐ろしい力も持った指が「か弱いJKです」なんて言われても説得力がない。
むしろ超が付くほど強いハイパー兵器だった。

「あんまりひどいことを言うと、指を動かしちゃうぞ。ほれほれ♪」

指がくねくねと動き出す。
そんな何気ない、動きでも。

グオン! グオン!!

「うわあああ!!」

人工的な竜巻が起こせてしまうのだ。
巨人の指の周りには、つねに水蒸気が発生していて、その熱気と指が起こした遠心力。
それらが重なり合って、熱帯の竜巻となった。
圧倒的力。圧倒的影響力。
指が持つ、熱、圧力、風、その全てが桁違いだったのだ。

「反省してくれたかな?」

スマホ越しから聞こえる、のほほんとした声。悪気のない、いたずらっ子のような声だった。
瓦礫が散乱する大竜巻を起こしても巨人にとってはなんてことはない。
ちょっとした、いたずらに過ぎないのである。

「ほおら♪立って。いつまでの寝てないの。寝てばっかだと・・・」

グオングオンと不気味な音を鳴らしながら、巨大な飛行物体が現れた。
その正体は指。巨大な手のひら。
その指たちが悠々と空飛び越え、俺の居るこの場所へと降下してきている。

「今度は10本、同時に動かしちゃうぞ♪」

くねくねと同時に動く10本の指。
その圧倒的パワーに俺は圧倒された。
指一本ですら、体が吹っ飛ばされるほどの大竜巻だったのに、それが9本も加わるとなると、それはまさに天変地異だろう。
大型トラックや、鉄道ですら、吹き飛ばされる有象無象の大災害になってしまう。
それほどまでに恐ろしい動く天災が巨大な影を作り、俺を覆いつくそうとしている。

「や・・やめてくれ! 立つ。今すぐ立つから」

すくっと、俺は立ち上がる。

「よろしい。じゃあご褒美にあたしの食べかけ食べる? といっても今はこれしかないんだけど」
「ああ。なんでもいい」

指が引っ込むと、竜巻は消えた。
よかった。この際食べ物などどうでもよく、竜巻が起こらないことの方が断然嬉しかった。

「うん♪素直でよろしい」

女子高生は口の周りを指で拭い、そのパンくずを地面に降ろした。
つまり、これを食べろという意味なんだろう。

「なに?不満なの?」

不機嫌そうな巨人の顔。
その顔の横には、握りこぶしが待機していた。

「不満だ・・と言ったら? お前はどうするつもりだ?」
「そんなの決まっているじゃない。もちろん」

巨大な女子高生の口が影を作り、徐々にその影が濃くなっていく。
水平線のような口が変形し、すぼめられていく。
巨大な口に大きな皺が寄り、それが大砲に。
生きた不気味な大砲に姿を変えていた。

「その気になったら、いつでも君を吹き飛ばせるんだよ? わかっている?」

すぅぅぅぅ・・・・。

巨大な口が振動し始める。
これは息を吸うため動き出したものと推測されるが、その動きは常軌を逸した激しい動きとなった。
まず口の周りに巨大な渦が発生し、その渦が口の内部に吸い込まれていく。
まるで台風そのものを飲み込んでいくような、ものすごい吸引力。
巨人の口に逆らえる空気など、この世に存在せず、辺りに漂う空気を片っ端から吸い込んでいた。
渦が巻き、その渦が口の中へと吸い込まれていく。
その急激な風の影響を受け、俺の服はバタバタバタと大きくなびき、俺自身巨大な口に吸い込まれる、その一歩手前であった。
しかし、この竜巻のような突風もまだまだ序の口。
今のこの状況は、息を吐き出すためのエネルギー充填でしかなく、
本番は空気を吐き出す時(ふー)と息を吐いたときが本番なのである。

巨大な女子高生の口は、確実に俺と言う的を捉え、いつでも発射できる体制に入っていた。
こんな巨大な相手と戦うには、あまりにも不利。口を止める手段はない。
今のこの状況はまるで全世界の軍隊を残らず、敵に回しているようなそんな気分だった。

「や・・やめてくれ!食べる食べるから」

荒れ狂う嵐の中を進み、パンの麓へと向う。

「で・・でかい・・・」

山のように巨大なパンがそこに鎮座していた。
しかし、このパンは巨人の口の周りについた、食べかすでしかない。
それなのに、このパンは見上げるほど巨大なのだ。
パンの全長厚さ共に数百mはくだらない。
正方形の超高層ビル。
それが巨人の食べかす、この巨大なパンくずなのだ。
重々しい食べかすのパンは巨人の息吹にも煽られず、どっしりとそこに構えていた。
ただのパンくずと言えども、それはビルよりも重く、ビルが立ち並ぶオフィス街の上に叩きつければ、その全てが吹っ飛ぶであろう。
隕石と肩を並べるぐらい、このパンくずは重かった。

「うわ・・なんだこの匂い・・」

パンに近づくと、表面がヌメヌメと光っていることに気づかされる。
そしてこの匂い。パン表面は生臭い生物的が感じ取られ、それがこの女子高生の唾液だと気づかされるまで、それほど多くの時間はかからなかった。
しかし、よく考えてもみれば、この唾液の匂いも充分納得できてしまう。
巨人の口の周りについたパンのカスなら、唾液がついてもおかしくない。むしろ普通のことのように思える。

「食うしかないのか・・・」

女子高生の唾液がついたパン。
本来なら汚くて食べられない。そう、普段の俺なら思ったことだろう。
しかし、この汚いパンを食べなかったら殺される。
巨人の機嫌を損ねたら大変だ。
息を吸っている今なら、なんとか生きていられるが、もし息を吐き出せばすべてが終わり。
骨すら残らない強烈な圧力に、押しつぶされてしまう。
俺は生き残るため、巨人に息を吐き出させないため、必死にパンにかぶりついた。

「おいしい?食べられる?」

スマホより聞こえてくる、のほほんとした声。
こっちは死にかけていると言うのに、なんて言い草だ。

「硬くて食べれない」

与えられたパンは鉛のように固く、かみ切れる代物ではなかった。
巨人とコビトでは、食べられる硬さが全然違うのだ。

「そう? こんなに柔らかいのにね?」

ボギボギ・・・ボギボギ・・・

工場で聞くような鈍い音が、大音量となって降り注ぐ。
何かと思って上を見てると、巨人がパンを引きちぎっている最中だった。
それは何気ない普通の行動であったが、しかし俺からしてみればビルを真っ二つに砕くような恐ろしい光景だった。
何気ない指の動きで、背筋が凍る。

「これなら食べれるでしょ?」

女子高生はそう言いながら、パンを丸めて潰す。それを何回か繰り返し、パンをほぐしていく。
こうすれば柔らかくなって食べられるようになる。
巨人にはそう言った考えがあった。
新しいパンが降ってきたので、早速かじりつく。
すると、なんとか歯が通り飲み込むことができた。

「ふう・・なんとか食べれた・・・」

と言いつつも、俺の目の前には巨大なパンの巨塔が聳え立っている。
一つは唾液で濡れた鉛のパン。
そしてもう一つが、俺が今さっき食べた、比較的柔らかいパンだ。
そのどちらのパンも全長数百mとは優にあり、パンが作る影にすっぽりと覆われている。
まるで双子山を見上げているような気分だった。
しかし、そのほぐれた繊維一本ですら、全長50mは軽くあり、それすらも持ち上げることは難しい。
パンの繊維一本持ち上げるのは、巨大な重機が必要となる。

「そうなんだ。もういいんだ。じゃあ余った奴もらうね♪」

繊維を持ち上げるには重機が必要となる。
そう思っていた矢先に、パンが持ち上がった。
なんてことだ。ほつれた毛糸のような、パン繊維ですら、持ち上げるのに苦労するのに、巨人はそれを丸ごと楽々と持ち上げている。
いくらパンの欠片と言っても、その重さはビルが持つ鉄筋の重量よりも遥かに重いだろう。
俺からしてみれば、パンという巨大な高層ビルよりも、さらに巨大な二つのツインタワーが突如として現れた。
その指と言う名のツインタワーは、そのパンくずをしっかりとつかみ、遥か彼方先にある巨人の口の中まで持ち上げている。
それは俺が今まで見てきた、どんな重厚な重機よりも重々しく、世界のどんな重い物でも楽に持ち上げてしまう。
そう思えるほど指は分厚く、巨大であった。

「でもいいよねー。小さいって。食費がほとんどかかわらなくて、めっちゃ楽じゃん」

ボギボギとパンを砕きながら、そう話す女子高生。
しかし、俺の目線から言わせてもらうと、その逆で。

(大きいって大変だ。こんなにたくさん食べないと生きていけないなんて。あのパンだけでも巨人からしてみればおやつみたいなもんだろ・・・)

これが率直な意見だった。
しかし、こんな失礼なことをはっきり言ったら、何されるかわからないので、一応黙っておく。

「どころでさ。いつまでここに居るつもりなの?」

俺がここに来たのはちょうど二日前。
女子高生が通う高校の教室で俺は保護された。
保護されたといっても、それは本来想定されたものではなく、まさか地球人に見つかってしまうとは思ってもみなかった。
俺が乗る宇宙船は小さく1mmもない。
それはお弁当に乗っているフリカケの粒の方が大きいぐらいだ。
だから本来の計画では、地球人に見つからず、ひそかに地球のデータを集める。
そういった目論見があったものの、その計画は早々と破綻し、計画倒れになってしまっている。
それに地球環境を調査しようにも、その環境はあまりにも過酷で、宇宙船のエンジンが凍り付いてしまったから、ほとんど調査は進んでいない。
完全に計画倒れになっている。

「ま・・まあ、食費もかかんないし、べ・・別に居ても邪魔になんないから・・・なんなら、ずーとあたしが保護してあげてもいいだからね。/////っ!」

この女子高生は、まだ若いにもかかわらずに、俺のことをちゃんと理解してくれていた。
寒さに弱い人種だと理解すると、どこからか段ボールを持ってきて、そこに宇宙船を入れこんだ。
それにとどまらず、段ボールの上からジャンバーを何重にも重ね、寒がる俺を考慮し気遣ってくれている。
ありがたい。こうすればこの極寒の地。地球でも幾分か快適に少なくとも凍死する危険性はない。
しかし、巨人の足音やなにげない物音で体が参るので、宇宙船の外側に建屋を作って凌ごうと思っていたのだが、
それはさっき巨人に壊されてしまった。
巨人の前では建屋程度、埃のように簡単に吹っ飛ぶのである。

「しゃあ。またね。次は晩御飯の時だね」
「ああ。それだな」

巨人と長くは居られない。
こうしている間にも地球の外気が俺の体を蝕み、負担をかけている。
女子高生は平気でも俺にとっては極寒の地。
段ボールのフタを長く開けていると、体が凍り付く恐れがあった。

「じゃあ。またね」

名残惜しそうにフタを占める女子高生。
フタの上からドスン。ドスン。と重いジャンバーが乗せられ段ボールの天井が大きく「くの字」に歪みだす。
すると

キィィィィィィイイイイイ!!

不気味な振動と同時に、またあの間延びした声。

「フゥゥオ、フゥゥオォォォオオ!! フォオ、フォオオオオオオ!!」

不気味な低重音が世界を揺るがす。
さっきまであんなに可愛らしく笑っていたのに、電話を外すとこうも変わるのか?
「電話越し」で聞く高い女の声と「生で聞く」邪神のような不気味な声にギャップを感じながら、俺は座り込んだ。

「フゥゥオ、フゥゥオォォォオオ!! フォオ、フォオオオオオオ!!」
「やめろーー! 耳が壊れる!!」

そんな悲痛な叫び声も、巨人の笑い声にかき消され、彼女の耳に入ることはなかった。
女子高生が「クスクス」と笑うだけで大地を揺るがす、有象無象の大爆音となったのである。