今になってつくづく思う。
ここはとんでもない職場だ。
暴力や理不尽がまかり通るパワハラ職場。
そんな職場に配属された俺は心身と共に参っている。
だけど、そんなことお構いなしに俺の雇い主であるお嬢様は無理難題を今日も押し付けようとしていた。

「イータあああ!!」
「ひいい!」

丸太のように、ぶっといお嬢様の指にグリグリと押さえつけられる。
俺という小さな人間は、木でできたテーブルとお嬢様の指に挟み込まれて身動きが取れなくなった。
まるで体育館に敷かれたマットを何重にも重ねたような重い指。
そんなものが上から覆いかぶさってくる。

「イータのバカ! へたくそ。なんでステップ一つできないの?」
「そんなこと言ってもダンスなんか踊ったからないから仕方ないだろう!」
「うるさい。口答えするな!」
「ぎゃああああああああ!!」

音楽が流れるお嬢様のお部屋。
俺はお嬢様とダンスの稽古をしていた。
しかし、急にダンスなんかやることになったのか。
それは今日のランチタイムにまで遡ることになる。


***


「イータ。手が汚れた」

ランチタイム。
お嬢様のお食事の時間に、お嬢様のデッカイ指が目の前に置かれた。
その指は自分と同じぐらいある、とんでもない巨人の指。
お嬢様の人差し指だった。
その指先にメインディッシュのソースがついており、お嬢様の指が少し汚れている。

「あっそ」

お嬢様の指先が汚れている。
だけど、それがどうしたっていうんだ。
手くらい自分で拭けよ。

「むっ!」

あら? お嬢様の指が持ち上がったぞ。
そして俺に向かって降ってくる。

「ぎゃああああああ!! 痛い痛い!」

お嬢様の指があろうことか、俺の背中にのしかかってきた。
重い。あまりの重さにうつ伏せに押し倒されてしまう。

「あらあらダメですよ。お嬢様。良太さんが潰れちゃいますよ」

はあ・・やっとお嬢様の指が退いてくれた。
それにしても重いなあ、お嬢様の指。
大きさを考えると熊よりも重いのか。
だって指の厚さだけで俺の身長ぐらいあるのだから、指の長さは優に6メートルぐらいはあるのだろう。

「だって・・良太が生意気言うから・・・」
「ですがお嬢様。良太さんがペシャンコになってはお嬢様もお困りになるでしょう」
「むう・・・」

お嬢様はプクーと顔を膨らませた。
フグみたいに、ぶっさいくなお嬢様の顔。
でもこういう時のお嬢様って、なんだかんだ言って許してくれるんだよなあ。
お嬢様、流石にやり過ぎたと反省してくれたのかな?

「お嬢様の指に良太さんの血が付いて汚れてしまいますよ。ですからもっと力を緩めて、死なない程度に痛めつけてください」

サラさんがそんなことを言ってるけど、それってつまり・・・。

「わかった。サラの言う通りにする」

へ? 俺の頭になにか巨大な物が・・・。

「イータ? なにか言い残すことはない?」

ギロリ。
蛇のように睨みつけてきた。
そして俺の頭上には、ぶっといお嬢様の指が空中で静止している。
文字通り俺は蛇に睨まれた蛙。
いやそれ以上に恐怖して体が動かない。

「イータああああああああああああ!!」
「ひい。ごめんなさい。ごめんなさい!」

・・・・・??
あれ? お嬢様の指が降ってこない。
指は頭上で停止したまま。
ピタリと止まってそれっきり何もしてこない。
どうしたんだ? てっきり押しつぶされるとばかり思っていたのに・・・。

「お嬢様。テレビ電話が入りましたよ」

サラさんがテレビ電話を持ってきた。それを見てお嬢様は指を引っ込めた。
なるほど電話が入ったからお仕置きされなかったっと、そういうことか。

「今、食事中」

ぼそっと、お嬢様は冷えた声でそうつぶやく。

「しかし相手はアルトワ家のお嬢様で・・・」
「アルトワが?」

お嬢様は食事を中断し、テーブルをサラさんに下げさせている。
どういうことだ? 
偉そうで高圧的なあのお嬢様が食事を中断するなんてこと今まで一度もなかったぞ。

「ではお嬢様。お繋ぎしますね」

テレビに電話が繋がる。すると綺麗な女の人が画面に映った。

「久しぶりね、ブロワ。元気してた?」
「・・・・アルトワ・・・」

相変わらず、お嬢様は不機嫌そうな顔でそのテレビ電話の主と話していた。電話相手に笑顔一つ見せていない。
でも誰だろう? アルトワ? アルトワお嬢様ってどこかで聞いたような名前だな。

「久しぶりね。サラ。それにそこの地球人も」
「え? 俺のこと知ってるの?」

意外だ。お嬢様以外のお嬢様に顔を覚えられるなんて機会、今までにあったっけ・・。

「ダメですよ。良太さん。ため口はダメです。相手はあのアルトワお嬢様なんですよ!」
「アルトワお嬢様?」

さあ・・誰だっけ?
どこかで聞いたことあるような名前だけど・・うーんそれ以上は覚えていない。
こんな人と会った記憶がない。

「ほら、この前水着買いに行きましたよね? その時にお会いしたお嬢様ですよ。良太さん覚えていないのですか?」

水着を買いに行った?
あ・・ああー!
確かこの人、俺に執事をやらないかってスカウトしてきたお嬢様だ(巨人の執事4を参照)
思い出した。そんなことも前にあったなあ。

「イータ久しぶりね」
「ああ。そうだね。久しぶり」

はははと俺は笑いながら、アルトワお嬢様に挨拶する。
しかし俺のご主人様。
つまりブロワお嬢様には、その挨拶の仕方がどうも気に入らなかったらしい。

「むっ!」

冷え冷えとしたお嬢様の視線が背中に突き刺さってくる。
こ・・怖いよ。お嬢様。そんな親の仇みたいな目で見ないで・・・。

「で、なんの用なの? アルトワ」

そうお嬢様が聞いた。

「もうすぐわたしの誕生日でしょ。だから今年も誕生日会を開くのよ。ブロワも来るでしょ? わたしの誕生日会」

へー、流石はお嬢様。
自分の誕生日会を開くなんて流石は金持ちだな。
俺の時なんか家族でケーキ食ってそれで終わりだったのに。

「・・・・・」

お嬢様は無言だった。
しかし、少し間を置いてからお嬢様は静かにこう答えた。

「・・・行く」

ポツリとそう答える。
しかし、お嬢様の顔は不機嫌そのものだった。
しょうがなく言わされている気がする。
なんだ? この雰囲気・・・。

「でね。ブロワ。そこに居るイータも」
「え? 俺?」

アルトワ家のお嬢様は俺のことを指さした。

「そこに居るイータもちゃんと連れて来てよね」
「え・・ええっと・・」

そんなこと急に言われても困る。
そもそも、お嬢様の誕生日会なんかに俺なんかが出てもいいのか?
女の誕生日会に俺なんかが出れば・・・場違いなんじゃないかと思う。
俺男だし。

「わかった・・・イータも連れて行く」
「ありがとうブロワ。じゃあ三日後。場所はアルトワ家の本邸でやるから楽しみに待ってるわ。じゃあね~」

そこでモニターが消えた。
しかし三日後か。厄介だな。
お嬢様一人相手にするだけでもめっちゃ大変なのに、また別の巨人族のお嬢様を相手しないといけないなんて・・・。
はあ・・・今から気が重い。

「イータ・・・」

うわ! びっくりした。
お嬢様の巨大な顔が背後に忍び寄ってきていた。
その顔は超巨大。
お嬢様の口の厚さだけでも俺の背丈ぐらいはありそうだ。

「アルトワと知り合いだったの? イータ」
「え? ああ。アルトワお嬢様とは水着売り場で・・・」
「水着?」

あれ? 急に影が・・・。なにこれ? 指の形の影?
上を見る。するとお嬢様の右手がまるで巨大な鷲のように飛んでいた。
あ・・・これヤバい奴だ・・・。

「イータ!」

ズウウウウウウウウウウウ!!

「ひいいいいいいいい!!」

お嬢様の右手がのしかかってきた。
俺という小さな人間を虫でも捕まえるように、お嬢様は右手でギュッと握りしめてきた。
お嬢様のぶっとい指。
それぞれの指の厚みが人一人ありそうなほど巨大な指
そんな指がそれぞれ独立した動きで襲ってくるのだ。
お嬢様の指は5本。それに対して俺は一人
戦力は5対1。いや、それ以上の戦力差に圧倒されている。
なすすべなど、あるはずもなかった。

「イータああああ!」
「やめろ・・・やめてくれええええ!!」

グリグリとお嬢様の指が押さえつけてにくる。
親指、人差し指、そんな順番で五本の指が連鎖的に攻撃してくる。

「はあ・・はあ・・はあ・・・」

ものの5秒でノックアウト!
指という化け物集団にリンチにされバタンキュー。
完全にやられてしまった。

「イータのバカ! 変態。アルトワにまで手を出すなんて・・・」 
「アルトワに手を出した? そんなことしてないよ」
「嘘。じゃあ水着売り場なんかに居るの?」
「ひい!」
「お嬢様。良太さんに変わって、わたくしサラが説明します」

そう言いだしたのはサラさんだった。

「この前、わたしと一緒に水着を買いに行ったことがあったんですよ。その時偶然アルトワお嬢様にお会いしたんです」
「偶然?」
「はい。ほんと偶然です。まさかあのような所にアルトワ家の御令嬢がいるとは思いませんでした」
「・・・・サラ。間違いない?」
「はい。間違いございません」
「でもなんでアルトワが居たの?」
「なにかの視察? もしくはビジネスの話ではないでしょうか? アルトワ家は最近、商業施設買収に積極的ですから、多分その関係と思われます」
「そう・・・ならいい」

指が引っ込んでいく。
ふう・・どうやらお仕置きは済んだみたいだ。
まったく・・それにしてもひどい。
こっちに非が全くないのに、いきなり暴力を振るわれる。
そんなことが日常的にあるなんて、ああ・・・不幸だ。

「そういえばお嬢様。良太さんのダンスの腕前っていかがなものでしたっけ? 誕生日会に出るならダンスの一つもできませんと・・・」
「・・・」
「やっぱりそうですよね。わかりませんよね? じゃあ一回躍らせてみますか? イータさん。お嬢様のお手をお取りになってください」

*

「イータのへたくそおおおお!!」
「ぎゃあああああああああ!!」

そして今に至る。
俺はアルトワ家の誕生日会に出席するために、ダンスをさせられていた。
しかし、庶民育ちの俺にダンス心絵なんかあるはずがなかった。
最近、踊ったといえば近所の盆踊り大会ぐらいだ。
そんな素人の俺が、いきなり巨人のお嬢様の指と回ったり、ステップを踏んだりできるはずなかった。

「しかし困りましたね。まさか良太さんがここまでダンスできないなんて夢にも思いませんでしたよ」
「・・・イータの役立たず」
「ダンスという物は紳士のたしなみです。良太さん。今までほんとに一度も踊ったことないんですか?」
「ああ残念ながらな」
「・・・・」
「・・・・」


二人とも黙ってしまう。
でもなあ。これだけは言わせてほしんだけど、教えてくれれば俺でも頑張って踊るよ?
でも巨人族の踊りは地球の踊りとはだいぶ違うんだ。
巨人族の踊りは、巨人の指を女の人に見立てて踊るんだ。
しかしそんなこと、できるはずないだろう。
なんだよ。指に抱き合ったり指の周りを回転したり。
俺はお嬢様の指人形じゃないっていうの!

「困りましたね。誕生日会はもう三日しかないのに」
「大丈夫。わたしがキッチリ指導するから」ニヤリ

お嬢様の不敵な笑みが光る。
そんな笑みに思わず、あとずさりしてしまう。
しかしお嬢様は容赦しない。逃げようとする背後から指が近づいてきて。

「イータ、逃げない。やる。はい。イチ、ニイ、サン・・・・」

リズムに合わせて、お嬢様の指に抱き着く。
そして、ある一定時間お嬢様の指にしがみつくとお嬢様の指から離れて、お嬢様の指の周りを一周。

「いてえええええええ!!」

しかし、その回り方が気に入らないようで重い丸太指が俺の体を押さえつけにきた。

「違う。全然ダメ」
「ぎゃああああああ!!」

ギシギシとしなる、骨。
やべえ・・・指が体に食い込んでくる・・・。死ぬ・・。

「お嬢様。そのあたりに・・・あとはわたしが指導しますから」

はあ・・ようやく解放された。
お嬢様の奴。ダンスを教えると言いながら暴力しか振るわないんだもん。
これじゃあ上達する物も上達しないよ。

「良太さん。わたしの指に抱き着いてください」

テーブルの上に、メイドサラさんの指が立てられる。
今から踊れという意味なんだろう。
サラさんの指に触れる。
すると暖かい、床暖房のような温もりが伝わってきた。

「はい、イチ、ニイ、サン」

サラさんの指に抱き着くと体が宙に浮かんだ。
空中ブランコのようにサラさんの指が左右に振られる。
それを俺は必死にしがみつき、サラさんの指から振り落とされないようにする。
そして音楽が変わると、ついに俺が躍る番だ。
サラさんの指から降りて、サラさんの指を一周する。

「違いますよ。こうやって、ステップを踏むんです」
「なるほど、こう?」

サラさんの指が二足でステップする。
人差し指と中指が、まるで両足のようにステップを踏んでいた。

「そうです。そうです。最初よりだいぶうまくなりましたね」

サラさんの指が足のマネをしてくれたので、なんとなくコツがつかめてきた。
よし、これなら踊れる。

「むう・・・」

しかしお嬢様と言うと、すごく不機嫌そうな顔をしていた。
眉が寄っている。それに目も少しだけ釣りあがっている。
これはかなり機嫌が悪い時の顔だ。

「サラはいい。あっち行って」

サラさんの指が跳ね除けられ、お嬢様の指に変わった。

「う・・・冷たい」

お嬢様の指はサラさんのと比べたら少し冷たかった。
お嬢様は冷え性なんだろうか?
サラさんの指と比べて抱き心地が悪い。
抱き着いたら、こっちまで体が冷えそうだ。

「イータ。早く!」
「はい!」

有無を言わさずダンスがスタートされた。

「うわ・・っとっとと」

急激な遠心力に手が離れそうになる。
お嬢様の奴、明らかにペースを上げてきているな。
サラさんの時と比べて指の動く速度が速かった。
振り落とされでもしたら大変だ。力いっぱいお嬢様の指に抱き着いた。
って・・これじゃあまるで母サルに抱き着く子ザル。
あまりかっこうのいいものじゃあないよな。
おっといけない。そうしている間に指から離れるタイミングが来たぞ。

「よ・・よ・・よっと」

ステップを踏みながら、お嬢様の指を回って、はい。お辞儀。
どうだ! 完璧。今まで一番うまく行ったぞ!

「・・・・今日は寝る」

あら? お嬢様の奴。何も言わないで行っちゃったぞ。

「なんだよ。一言ぐらい褒めてくれてもいいのに・・・」
「それにしても急にうまくなりましたね。感心しましたよ。良太さん」

褒めてくれるのはサラさんだけか。
まあいいやダンスはうまく行った。
面倒なダンスもこれで、おさらばできる。

「では明日から第二章の稽古ですね。良太さん。覚悟してください。二章から難易度がアップしますからね」
「・・・・え! さっきの全部なんじゃあ・・」
「とんでもない。さっきのは第一章。ダンスは全部で第五章まであるんですから、まだまだたくさん。覚えることは山のようにありますよ」
「ひえー勘弁してくれよー」

それから俺はお嬢様に散々しごかれ続け、ついに誕生日会前日になった。
その日のお昼。
そのぐらいの時間から、お嬢様とサラさんの動きが慌ただしくなった。

「サラ。持っていく服はこれでいい」
「いけませんよ。ドレスはちゃんと新着のにしませんと」
「そう。なら任せる」
「良太さんの着るタキシードも用意して、わたしの着替えと・・お嬢様の着替え・・・それに食事の手配と誕生日会に誘ってくれたお礼のお手紙と・・・あとお土産も用意して・・・」

メイドのサラさんはあっち行ったりこっち行ったり、さっきから小走りで屋敷を走り回っている。
大変そうだな。
でもまあ巨人の服の用意なんて俺にできるわけないし、その点楽でいい。
こうして立っているだけで、誰にも怒られないんだから気楽でいいもんだ。

「用意できました。ではそろそろ行きましょうか」
「え?」

サラさんの格好を見て俺は目を白黒させた。
サラさんの両手。そこには大型のキャリーバッグが二つも引きずられており、さらにサラさんの背中にはリュックが背負われている。
とてもじゃないが、これから誕生日会に行くような格好とは思えない。
これじゃあ、まるで昔の行商人。
大荷物抱えて商売でも、やりに行く格好だ。

「申し訳ありませんが良太さんはお嬢様の手の中に入ってください。お嬢様お願いしますね」
「うん」

サラさんは荷物でいっぱい。だから必然的に俺の運搬はお嬢様が引き受けることになる。
それはわかる・・・。うん、わかるよ。でも一つだけわからないことがある。

「なんでそんな大荷物なの?」

俺はサラさんにそう聞いた。

「なぜって・・・・長旅だからですよ」
「長旅? いやでもアルトワお嬢様の誕生日会に行くだけでしょ? なのに長旅って・・」
「良太さん。知らないんですか? アルトワ家は首都ニューバリーにあるんですよ。ですから前日から移動しないと間に合わないんです」
「・・・はあ? 首都ニューバリー?」

え? 普通誕生日会って普通、近所でやるもんじゃないの?
それなのに、わざわざ首都でやるってことは。

「今から遠くへ行くってこと?」
「そうですよ。さあお嬢様。早く良太さんを連れてください」

ぎゅ!
俺はお嬢様の手の中に握りしめられた。

「じゃあ今からバスか飛行機に乗るって・・そういうこと?」
「違いますよ。今から駅に行くんです」
「ああ。電車で行くの」

それから、サラさんは黒塗りの車に大荷物を運び入れ、それが終わると自らの手で運転し始めた。
荷物持ち兼運転手か。
サラさんもこう見えて結構大変だな。
まあ俺はお嬢様の手の中で胡坐かいていればいいんだから、その点苦労は少ない。

「さあ駅に着きましたよ。えっと31番線の発車だからこっちです。お嬢様」

しかしまあ、なんというか。
たかが誕生日会に出るだけで大荷物抱えて、そのうえ電車にまで乗るなんて何と手のかかったことか。
お嬢様たちの心境が知れないよ。

「こっちですよー。お嬢様」

先にホームに上がっていた、サラさんが手を振っている。
そしてお嬢様が階段を上がり、ホームにまで来るとそこには。

「なにこの電車? ベッドが並んでいる・・・」
「さあ。さあこっち。こっちです」

ベッドが並んでいる電車の中に二人の巨人が入って行った。
当然、お嬢様の手の中に居た俺も一緒に中に入らされる。

「ふう。やっと着きましたねー」

先に入っていたサラさんは電車のデッキに大荷物を降ろしている最中だったようで少し疲れたような顔をしていた。
一方お嬢様はというと、そんなサラさんの前を素通りして、さっさと客室内に入って行っている。

「やっぱり、中は寝台なんだ・・・」

電車の中には二段ベッドが通路を挟んで左右に並んでいた。
床は赤いカーペットが敷かれており、乗客は誰もいない。
俺とお嬢様とサラさん以外誰も乗っていないようだ。

「もしかして、これで首都ニューバリーにまで行くの?」
「ええ・・そうですよ。ゴク」

水を飲みながら客室に入ってきたサラさん。
その額にはキラリと汗が光っている。

「ベッドが並んであるけど、もしかしてこの電車。朝まで走るとかそういうんじゃあ・・・」
「あら? 良太さん。夜汽車は初めてですか?」
「うん。まあそうだけど」
「なら、いい経験になりますよ。汽車に19時間も乗るなんて、なかなかできるもんじゃありませんから」
「え? これに19時間も乗るの!?」

驚いた。まさかこんな長距離を走る電車があるなんて知らなかった。
いやでも待てよ?
でもなんでわざわざ、こんな長時間をかけて首都にまで行くんだ?
普通こういう時って・・・。

「普通こういう時って飛行機で行くもんじゃないの? なんでわざわざ時間のかかる電車なんかで行くんだよ?」

そうだ。日本にも夜行バスという物はある。
だけど、それはあくまでもホテル代や飛行機代を節約したいと言う人が乗る物であって金持ちが乗るイメージはない。
だってそうだろ? 総理大臣や政治家、一軍の野球選手なんかの金持ちは、みんな飛行機か新幹線で移動している。
わざわざ夜間に、それも時間のかかる電車で移動する金持ちなんかいないだろう。

「誕生日会は朝早いんです。ですから汽車で行くしかないんですよ」
「それなら夜行バスでいいんじゃない?」
「バスは狭いし疲れる。それに酔う」

そう、つぶやいたのはお嬢様だった。
バスは狭いくて酔いやすい。
なるほど確かにそうだろう。
でも。

「それなら前日に飛行機で行って、それからホテルに泊まればいいじゃん」
「うーん・・・それでもいいんですが・・お嬢様が・・・」
「飛行機は嫌い。うるさいし」
「お嬢様。飛行機が嫌いなの? ははあん。わかったぞ、お嬢様飛行機が怖いんだ。だから・・・あッ!」

どうやら調子に乗り過ぎてしまったらしい。
鬼のようなお嬢様の顔が視界いっぱいに広がっている。

「うるさい」
「ぎゃああああああああああああ!!」

やっぱこうなるのね?
体育マットを何重にも重ねたような重々しいお嬢様の指が降ってくる。

「うふふふふ良太さんいけませんよ。それ以上は禁句です。お嬢様が飛行機嫌いなのは筋金入りなんですから・・うふふ。
 去年お嬢様が飛行機に乗られた時お嬢様なんて言われたと思います? お嬢様ったらこんな顔怖い顔して震えだして・・・」
「サラ。ダメ。それ以上言ったら・・・・怒る」
「あらあら。すみません。それよりお嬢様。お腹空きません? ちょうど隣の号車に食堂車がありますから、そこでお昼を頂きましょうか?」

こうして俺とお嬢様とサラさん乗せた夜行列車は走って行った。
別に行きたくもない。
誕生日会に参加させられるために列車は走り続けている。


「やっと着いた・・・」

屋敷を出てから約20時間。やっとアルトワ家の屋敷に着くことができた。
疲れた・・でも考えてみりゃ、それも当然だ。
出発したのは昨日の昼前。そして今は朝の8時。
その間ずっと電車の中でダンスの稽古をしていたんだから疲れるはずだ。
しかもお嬢様は早々と寝てしまうし、でもお嬢様が寝た後もサラさんとの特訓が続き、昨日はほとんど寝ていない。
はあ・・・もう今の段階で帰りたいよ・・・今すぐ寝たい。とほほ。

「ここがアルトワ家・・・」

ドーン! そんな音が聞こえてきそうなデッカイ屋敷が聳え立っていた。
巨人族は300メートルもあるんだから、でっかい屋敷に住んでいるのは当然なんだが、それでもかなりの大きさ。
屋敷の前には噴水まで流れているし、巨人基準で考えてもかなりの豪邸と言えるだろう。
なんか大正時代の帝×ホテルみたいな外観の屋敷だ。

「ようこそブロワ。さあ、あがってあがって!」

屋敷に着くや否やアルトワお嬢様が屋敷の中から出て来た、
そして有無を言わさず、うちのお嬢様の背中を押しながら屋敷の中へ招き入れている。
なんというかこのお嬢様、かなり積極的だ。
うちのお嬢様と違って、すごく社交的に見える。

「見てブロワ。この日のために内装を改めてみたの。どう? なかなかのものでしょ」

アルトワ家お嬢様がそう言っているように屋敷の中は目を見張るものがあった。
中央玄関から入った俺たちをまず出迎えてくれたのは、ホテルのロビーのように大きな部屋だった。
白いテーブルクロスがかかったラウンドテーブルには高そうな食材が所狭しと並べられており、そんなものが10や20置かれている。
部屋の奥を見ると中央階段が控えており天井は大きな吹き抜けの構造になっている。

「どう? すごいでしょ。でも内装もすごいけど来賓の方ももっとすごいわよ。
 ほらあのお方はブロワでもわかるでしょ? 都知事よ。都知事。それに大手鉄道会社の会長、銀行の頭取。あと海外からは大使までお見えになられたのよ。
 いくらブロワ家が凄いって言ってもここまで盛大にできないんじゃなくて? ねえ? ブロワ」
「・・・・・」

うわあアルトワ家のお嬢様。めっちゃうちのお嬢様に自慢してきている。
いや待てよ。もしかしてこれも文化なのか? 
自慢することを悪いこととは思わない。確か前にタイ人がそう言っていた気がする。
タイ人は日本人と違って金持ちアピールが露骨らしいし、もしかしてお嬢様もそのたぐい? 自慢されてもなんとも思わない。
それが巨人の文化なのかな?

「むう・・・」

いや違った。お嬢様の奴。顔には出さないけどめっちゃ怒ってる。

「わたしって顔だけは広いし、まあこれくらい当然かしら。おっほっほっほー」
「・・・・」

うわ最悪。アルトワ家のお嬢様めっちゃ笑ってる。

「ひどいですよね。いくらアメリカの統治権を持っているアルトワ家とはいえ、ブロワ家をあそこまでないがしろにするなんて・・・ひどすぎです」

サラさんが後ろから声をかけてくる。
流石のサラさんも今回ばかりは顔が真剣だ。

「別に顔は狭くたっていい。イータが居るから・・・イータ!」

お嬢様が俺に小走りで近づいてくる
珍しい。お嬢様の方からこんな積極的に寄ってくるなんて、今日は雨でも降るんじゃないか?

「イータが居るからいい。イータ。挨拶」
「ご・・ごきげんよう・・・」

上流階級ではごきげんようと言うのが、あいさつするのがマナーらしい。
少し前にサラさんに習った。

「あら? イータも来てくれたのね。ありがとう」
「ああ・・いや・・」

なんというか二人の巨人のお嬢様に挟まれて緊張する。
しかも二人とも女の匂いがプンプンするし、そんな匂いをさせられると居心地が悪いし、なんだかそわそわしてしまう。
あと、うちのお嬢様と違って、アルトワ家のお嬢様は胸がデカかった。
ドレス越しからでもわかるぐらいの豊満な胸が激しい自己主張を繰り返している。

「うれしいわ。ちゃんとイータも来てくれたのね」
「は・・はい・」

その動作でまたぶるんとアルトワ家のお嬢様の胸が揺れた。
ほんとさっきから目のやり場がない。
うちのお嬢様は胸が控えめだから、そうは思わないけど、巨乳のお嬢様を前にしたらどこを見て話せばいいのか迷わってしまう。

「それよりもブロワ。イータを躍らせてみて。イータが躍っているところを見たいわ」

来た。ついに踊りを披露する時が来る。

「うん。躍らせる。イータ」
「はい。お嬢様」
「お手並み拝見ね」

お嬢様の丸太のような指に抱き着く、
その様子をアルトワ家のお嬢様とサラさんが見守っていた。
そして音楽開始。
俺はサラさんに習った通り、リズムに合わせて踊った。
回転。ステップ。回転。
お嬢様の指の周りを一周してお辞儀。

パチパチ

来賓の人達が拍手してくれた。
ダンスは成功。ミスなく踊ることができた。
よかった。無事に踊りきれた。
心の中でガッツポーズ!

「ふーん。ブロワの執事も思ったりやるわね。じゃあうちも」パンパン

アルトワ家のお嬢様が手を叩くと10人ばかりのコビト。俺と同じ地球人の男たちがお嬢様の手の周りに集まってきた。

「「「ごきげんよう。お嬢様」」」

アルトワ家のお嬢様の前に小さな執事がわらわらと集まっている
そして音楽がかけられると、その小さな執事たちはいっせいに踊り始めた。

「すげえ」

そのダンスは俺の踊りとは次元が違っていた。
10人もいるから華やかに見えるのもそうだが、そもそも体の切れが全然違った。
しかも執事たちはみんなイケメン。
さわやか系とはまさにこのことで俺とはタイプの違う、イケメンの執事たちが男性アイドルグループ顔負けの踊りを披露している。

ドーーーー! パチパチパチパチ!!!!


拍手喝采。
物凄い拍手が会場内に響き渡る。

「やっぱり執事は10人ぐらい欲しいわよね。で? ブロワはイータ以外に何人雇っているの? まさか一人しか雇っていないとかじゃあないでしょうね?」
「・・・イータ一人」
「あら? そうなの? 可哀そうなねー。執事一人しか雇えないなんてねぇ・・・」
「・・・・」
「ブロワ。あなたの家って本当は貧乏なんじゃない? コビトの執事一人しか雇えないなんて可哀そうねえ・・・」
「・・・・そんなことない・・・」
「じゃあ、なんで一人しか雇わないの? うちみたいにいっぱい雇えばいいじゃないの? あなたの家はお金持ちなんだからねえ」
「・・・ッ!」

テーブルの上に俺は降ろされると、そのままお嬢様は走って行ってしまった。

「お嬢様! どこ行くの!」

その様子にサラさんも目を丸くしていた。
普段のお嬢様は感情を表に出さないのに、今日ばかりは感情をむき出しにしている。

「良太さんはここに居てください。お嬢様ー。お嬢様お待ちくださいー」

お嬢様に続きサラさんも後を追って屋敷から出て行く。
一人ポツンと取り残される俺。
小さなコビトだけが巨大なラウンドテーブルに取り残されている。

「ふふふ。作戦成功。行ったようね」

そんな二人の様子をアルトワ家のお嬢様は勝ち誇ったように眺めていた。
ニヤリと口元が笑っている。

「あら、急にめまいが・・・もうしわけありませんが少し席を外しますね」

・・・・
・・・・

「なんでこんなところに連れてきたんだ? アルトワ家のお嬢様!」

控室。
アルトワ家のお嬢様と俺は二人になっていた。
うちのお嬢様もメイドサラさんも姿が見えない。
しかも彼女、めまいがするなんて言っていたが元気そうに見える。
仮病だろうか? そうならば、なにか意図があってここに連れてきたと、そう推測される。

「うわっと・・・」

ひょいっと指で摘まみ上げられる。
巨人が持つ怪力はブロワ家もアルトワ家も関係ないらしい。
そして静かにテーブルから床へと降ろされた。

「なにをする気だ」
「ふふふふふ・・・」

不敵な笑みで笑うアルトワ家のお嬢様。
椅子に腰かけ、足元を見下ろす様子はまるで女王様のよう。
女王が愚民を見下ろす、そんな風防に見える。

「ふふふふ・・・」
「なんだよ・・・なにがそんなにおかしんだよ?」

足を組ながら不敵な笑みを浮かべる。
うちのお嬢様とは違う、別の不気味さに思わず腰が引ける。

「イータ。会場ではあんなこと言ってしまったけど、あなたの踊りもなかなかのものだったわ。褒めてあげる」
「そ・・そうかよ」
「ふふふ。だからプレゼント。受け取って」

彼女は静かにそう言うと、ハイヒールに手をかけ靴を脱ぎだした。

「ふふふふ・・・」

裸足になった彼女は俺の居る前に素足を差し出し、くねくねとまるで蛇のように指を動かす。

「なんだよ・・」

宙を舞い蠢く巨人の素足。
その素足が俺の頭に向けられている。

「あら? ここまでやって無反応だなんて・・・男のくせに甲斐性がないのね。しょうがないわ。今日は特別サービスよ」

そう彼女が言うと、ゆっくりと足が降ってきた。
デカい・・・なんてデカい足なんだ。
これが、あの金持ちのお嬢様の足だなんて信じられない。
人間とは違った、まったく別の生き物のような気がする。
蛇の怪物のような五本の指
指の根元から分かれた五匹の怪獣の影に俺は覆いつくされていく。

「ふふふふ。ショータイムの始まりよ」

彼女がそういうと俺の脇に二本の肌色の柱が挟み込んできた。

「ぐぐぐぐ・・・」

丸太のようにぶっとい柱。それは言うまでもなくアルトワ家のお嬢様の素足。
その親指と人差し指だった。
俺はお嬢様の親指と人差し指に挟まれ宙へと浮かされてしまう。

「どう? イータ。お嬢様のおみ足に挟まれて気持ちいい?」
「ぐ・・ぐぐぐ」

人の胴体の倍ぐらいある丸太のようにぶっといお嬢様の足。
そんな指がギシギシと、俺の胴体を締め上げてくる。
俺はもう地に足が付いていない。
体を支えているのは、お嬢様の足なんだ。
お嬢様の足に摘まみ上げられて、その指に挟み込まれている状況。
凄まじい力だった。とてもかなう相手ではない。
それはメイドサラさんや俺の使えるブロワお嬢様でもそうだが、やはり巨人の力は桁違いに強い。
足の指だけでも敵う気がしない。しかも相手は若いお嬢様。
俺と同じぐらいの若い女。その足指にさえ敵うことができない。

「は・・・離せ・・・」
「ふふふ。ダメよ。離さない」

足の締め付けが一層きつくなってきた。
何とかしようと思っても指の皮膚が体に食い込んできて全くビクともしない。
機械的な力に支配されているような気分だ。
体が固定されている。
女の指というごくわずかな筋肉さえ敵うことができない。
もう俺の体は精神と共にボロボロ。
こんな若いお嬢様の、その足指にさえ敵わないんだ。

「どう? イータ。気持ちい? 気持ち良くて昇天しちゃった?」

足の指が開くとようやく解放された。

「どう? わたしの足。気に入りそうかしら?」

足の指が蠢くと、指だけがグワーと持ち上がった。

「や・・やめ・・・」

指に踏み潰される!
そう思って走り出した。
だが、お嬢様の指はとんでもなく速い。
車よりも電車よりもはるかに速い速度で追っかけてくる。

「逃げても無駄よ。小さな小さな執事さん♪~~」
「むぎゅう・・・」

あっという間に追いつかれ指がのしかかってきた。
今や俺は猫に駆られた小さなネズミ。
猫の前足に押さえつけられたネズミのような存在だ。
親指という指の中でも最強の指に押さえつけられると、もうどうにもできなかった。

「あら? ほんとに苦しそうね? 大丈夫? お医者さん呼んであげようか?」

足指に摘ままれると、そのまま指が持ち上がっていき、そして足から手に受け渡される。
気づけばお嬢様の手に摘まみ上げられ、お嬢様の顔の前にまで持って来られていた。

「だらーんと伸びてるけど大丈夫? イータ?」

ぱっちりと開いた、お嬢様の瞳。
人の身長ぐらいはありそうな巨大な眼が俺の体をジロジロと眺めてくる。
綺麗な瞳。吸い込まれそうな瞳だが、もうそれすら見る元気がない。
お嬢様の足と戦ったせいでボロボロ。もう力が入らないのだから。

「誰か! 誰かいない!」
「はい。お嬢様。いかがされましたか?」
「この地球人。急に元気が無くて困っているのよ」
「あ・・・これは・・圧迫されて参っているようですね。大丈夫です。少し寝かせておけばよくなりますよ」
「そう・・・ならいいわ。寝かせておいて」



*****


忍び寄る巨大な足。人や物を踏みつぶしながら歩く怪獣。
人が踏まれていく。そしてビルさえもなぎ倒されていく。
そして大陸そのものが足に積み潰され、地球さえも足に踏みつぶされて・・・。

「うあああああああああああああああ!!」

布団を跳ね除け体を起こした。

「ここはどこだ?」

見慣れない天井。それに巨大なこの部屋は? 医務室か?
棚の中には薬が置かれ複数の白いベッドが横一列に並んでいる。

「よかった。気づいたのね」

巨大な声が響く。
その声の主は俺を締め付け、気まで失わせた、あのアルトワ家のお嬢様だった。

「ひっ!」
「そんなに驚かないでよ。もう何もしないから」
「そ・・そうなの?」
「ええ。神に誓って」

お嬢様の足元を見れば、ちゃんとハイヒールを履いていた。
俺を締め上げる気はないようだ。

「イータ・・それより今日のあなたどうしちゃったの? サラから聞いていた話と全然違うんだけど」
「・・・・なんなのこと?」

アルトワ家のお嬢様から、サラさんの名前が出てくるなんて意外だ。
どういう意味だ?

「あなたって足フェチなんでしょ?」
「あ・・・足フェチだって!!」

身に覚えのない言葉に、俺はピクリと肩を震わせる。

「デパートで会った時サラが言っていたじゃない? イータって足フェチなんでしょ。しかも重度の足フェチで嫌がるメイドの汗の味が一番美味しいって言いながら、サラの足の股を毎日舐めているんでしょ?」
「いや・・そんなこと・・」
「だから、わたしも・・その・・イータののことを喜ばせようと・・思って・・・」

なんだ? このお嬢様。
肩を小さくさせながら、体を揺らしてきたぞ。
いわゆるモジモジている感じ?
どういうことだ・・・。

「そりゃ最初は引いたわよ、サラの足を舐めるなんて普通じゃない。だけど後から聞いたら、お・・・おおお男の人にはそういう人もいるってててて!!」

なんだ?
モジモジの次は急に慌てだしちゃって・・・。
なんか最初会った時と印象が違う。
最初会った時は典型的な高飛車タイプお嬢様かと思っていたけど、へー・・結構可愛い顔するんじゃんか。

「でね。サラと同じように足を差し出せば、わたしのことを好きになってくれるかな・・・って? きゃー! 言っちゃったーーー!」

今度は顔を隠して、ブンブンと左右に首を振っているよ。
しかも俺のことが好きなんだって。はははは・・・・はあ? 
なんだって!?

「・・・・俺のことが好きなの」
「そうよ。なんか文句ある?」

何だよ。恥ずかしがってると思っていたら今度は開き直ってきたぞ。

「いやでもさ。うちのお嬢様と違ってアルトワ家には10人も執事がいるんでしょ? そんなに執事が居るんなら俺なんかいらんでしょ」
「あら? 他に執事がいるなら気に入らないって言うの? ミア。ちょっときて」
「はい。お嬢様」

なんだ? このメイド。あ・・そっか。このメイドアルトワ家のメイドさんか。
すごいな。呼べばすぐにメイドが来るなんて、やっぱり金持ちは違う。
うちのお嬢様もそうだけど、当たり前のようにメイドが居るんだもんな。

「地球人の執事。全員クビにして」
「畏まりました。お嬢様」

は? なに? 全員クビ?

「これで地球の執事はあなただけになったわ、これでいいでしょ?」
「いやちょっと待って。俺にはブロワお嬢様が・・」
「あんな奴どうだっていいでしょ。それよりうちに来て働いてみない?」
「アルトワ家に?」
「そうよ。うちはブロワ家と違って使用人には優しいの。地球の言葉でホワイト企業って言うのかしら」
「ホワイト企業?」

その言葉に思わず反応してしまう。
うちの仕事。休み皆無で12時間の労働だから。ホワイトとは程遠い超ブラック。

「そうね。週5日勤務で労働時間は9時間でどうかしら?」
「週5日勤務!?」

すげえ。今まで休みなしで働いてきたから嘘のような環境だ。
休みがあるだけでも魅力的に感じてしまう。

「わかった。今の仕事を辞めてアルトワ家の世話になるよ」
「そう。よかった! じゃあ早速。この書類にサインを」
「ちょっと! 待ってください!」

突然大声が響く。
その声の主はメイド。ブロワ家に仕える腹黒メイドこと、サラさんだった。
その後ろにはうちのお嬢様。ブロワお嬢様も控えている。

「待ってください。その書類無効です」
「なによ? サラ。メイドが口出ししないで。さあ~イータ。書類にサインして~~~」
「ダメ」

うちのお嬢様がそういうと書類を取り上げた。
当然。アルトワ家のお嬢様はカンカンだ。

「ちょっとブロワ。なにするのよ!」
「ダメ」

うちのお嬢様が静かにそういう。
しかし、その瞳に奥には炎のように熱い物が煮えたぎっていた。

「イータはわたしの物。誰にも渡さない」
「おっとっとと・・・」

うちのお嬢様に摘ままれ右手の中に握られてしまう。
大切な何かを守るように俺の体を包み込んでいる。

「ちょっと! ブロワ! イータを返して」
「ダメ。返さない!」

うわわわ・・・。
巨人のお嬢様の喧嘩だ!
手の中をこじ開けようとするアルトワ家のお嬢様と、そうさせまいとするうちのお嬢様の一騎討ちが開始される。
しかし、二人の喧嘩がヒートアップするにつれて、お嬢様の握力が段々と強くなっていった。

「ぎゃああああああああ! 潰される。潰されるよーーー」

お嬢様の指が迫ってきた。
さっきまであった隙間がなくなりつつある。
指の天井が下がり俺の背中を押しつけ、このままじゃあ握り潰される!

「二人ともおやめください、このままでは良太さんが潰れちゃいますよ?」

サラさんが仲裁に入ってくれたおかげで助かった。
じゃないと、今ごろお嬢様の手の中でペシャンコだっただろうな・・・。

「とにかくイータはダメ。誰にも渡さない」

そう主張する、うちのお嬢様。
それ見て、アルトワ家のお嬢様は

「・・・・イータはそれでいいの?」

目を潤ませながらそう言ってきた。
可愛い。やっぱりこのお嬢様。巨乳だし見た目もいい。
ちょっと変なところはあるけど、うちのお嬢様よりも全然こっちの方が好みだ。

「・・・えへへへ。どうしようかな?」デレデレ~。
「むっ」

ヒヤッとした視線が突き刺さる。
お嬢様の氷のように冷たい眼が俺の目を突き刺してくる。

「良太さん。アルトワ家だけは止めといたほうがいいですよ」

サラさんがそう忠告してきた。
なんだ? どういう意味?

「見ての通りアルトワ家のお嬢様は男たらしで有名なんです。水着を買いに行ったときにも見たでしょう。多くの男に綺麗だよって言わせてたじゃあありませんか?」
「そういえば確かに・・・」
「それにアルトワ家のお嬢様は簡単に人をクビするような冷酷な女なんです。良太さんもそうなりますよ。飽きられたらポイ! 今にクビになります」
「・・・・・サラ。あなたメイドのくせに言いたい放題ね」
「さあー何のことですかねー」 

うわ、女の争いって怖い。
サラさんの奴、わざと聞こえるような声で言ったんだな。

「イータ聞いて違うの。地球人は小さいから一人じゃあ満足できないの。だから執事を沢山雇っているだけ。それだけだから」
「それが男たらしって言うんじゃないですかーー」
「サラは黙っていて! そうじゃないのよ。イータ。あなたのことは大事にするから、クビになんか絶対しないから。 だから・・・わたしの執事になってよ」
「ダメ。イータは渡さない」
「ちょっとブロワ。イータを寄越しなさい」
「ダメ!」
「ブロワ!」

どうすりゃいいんだ?
うちのお嬢様は超ブラックだし、このアルトワ家のお嬢様も男たらしと言われている。
本人は違うと否定しているが、それが真実だという証拠はない。
うーん一体どうすればいいか?

「じゃあこうしましょう。良太さんを半分こにするってのはどうですか?」

サラさんがそんな提案をしてくる。
なんだ? 半分こって?

「まず良太さんの胴体を上下に切り離します。それで・・」
「待て待て待て!」
「なんですか? 良太さん」
「あほか! そんなことしたら死ぬわ」
「うふふ。冗談ですよ」

何を言い出すのかと思えば、とんでもない。
体を切断するなんて冗談でも笑えないぞ。

「じゃあこうしましょう。良太さんを執事にしたい理由をそれぞれのお嬢様に言ってもらいましょうか。最終的な判断は良太さんに決めてもらう。それならいいでしょう」

なるほど最終的な決定権は俺に委ねられているってわけね。
それなら公平な判断ができるし、サラさんの提案にしてはものすごくまともに思えるな。

「ではまずブロワお嬢様から言ってもらいましょうか? お嬢様どうぞ」
「・・・・・」

うちのお嬢様。何を言うのかな?
今まで俺のことを散々いじめて来たから何を言うのか楽しみだ。
さあ。何を言って俺を引き留める。

「・・・・・」

あれ? 何も言わないぞ?
いや違う。ぼそっと何か言った。

「サラ・・はずかしい・・・」
「お嬢様」

恥ずかしいだって? あのお嬢様が? そんなこと言うんだ。

「恥ずかしがっていてはダメです。アルトワ家に取られちゃいますよ」
「・・・・」
「恥ずかしがらず。勇気を持って、良太さんを取り戻してください。さあ行って!」
「・・・・」

なんだよ? お嬢様の奴。俺の前に立ってきたぞ?
巨大なお嬢様の上半身が手を伸ばせば届きそうな距離になる。
あまり盛り上がっていない小さな控えめな胸のふくらみ。
その向こう側に不機嫌そうなお嬢様の顔が見える。
何を言う気だ? お嬢様。

「・・・わ・・わたしのワガママに付き合ってくれるのはイータだけ。イータ・・・行かないで・・・」
「お・・・おう」

おいおいおい、何だよこの可愛さ。
あれが凶暴なお嬢様なのか? これじゃあまるで恋する乙女じゃないか。
いつものお嬢様とは想像もつかない。弱弱しいお嬢様のふるまいとみて、胸がドキドキする。
こんなお嬢様初めて見た。

「では次はアルトワお嬢様に言ってもらいましょうか? どうぞ」
「へへん。ようやく私の番ってわけね」

うちのお嬢様が引っ込み、アルトワ家のお嬢様が俺の前に立つ。
巨大な二つの胸がぶるんと震えながら、俺のことを見下ろしてきた。
デカい。やっぱデカいよ。アルトワ家のお嬢様の胸。

「ズバリ言うわ。イータ。あなたの魅力は何と言っても顔よ」
「・・・・はあ?」

シーン・・・・
部屋は静まり返った。
なに? 俺の魅力は顔だって?

「正直言ってあなたのことは顔以外よく知らないわ。だけどその顔と声はわたしが持つにふさわしい素晴らしい物だと思うの」
「・・・・それだけ?」
「ええ。それよ。イータのことはよく知らない。だってイータとまともに話すのは今日が初めてですもの。顔と声ぐらいしか知らなくても当然でしょ」

・・・・やばい! やばいぞ!
人を雇うのに顔と声だけで判断するのはヤバいだろ。
サラさんの言っていることが現実になってきた。
この人。アルトワ家のお嬢様は男たらしだ。
男好きのお嬢様。


「それではイータさん。発表してください、どっちのお嬢様の執事になるのですか?」
「それは・・・」
「「「「それは?」」」」

二人のお嬢様とサラさんが同時に近づてくる。
でも答えはもう決まっている。俺は

「今まで通り、ブロワお嬢様の執事をやるよ」
「やった。良太さん。いい判断だと思いますよ」
「・・・・うん」

サラさんは飛び上がって喜んでくれた。
お嬢様は相変わらずクールだけど、少しだけ口が上に上がったから多分喜んでいるのだろう。

「ちょっと待ってイータ。週5よ。労働時間は9時間よ。なんでこんないい条件を蹴るのよ。理由を言って理由を」
「いや、顔と声だけで判断されるのはちょっと・・・」
「ふふん。アルトワの負け」
「きーーー! 悔しい。また負けた。覚えていらっしゃい。ブロワ。次こそは・・次こそは勝って見せるからー。きーーーー!」

あらら、アルトワ家のお嬢様が走って行っちゃった。
やれやれ、男好きのお嬢様にも参ったものだな。
それにしても、うちのお嬢様アルトワ家のお嬢様に負けって言ってたよな。
なんだ? また負けたって。

「アルトワ家のお嬢様にも困りましたね。いっつもああやって張り合ってくるんですもの」
「サラさん。張り合うってどういうこと?」
「アルトワ家とブロワ家は先祖代々ライバル関係にあるんですよ。ですから少しでもブロワ家の優位に立とうとあれこれ見栄を張ってくるんです。
 今日の誕生日会もそうですよ。あんな豪勢にしなくてもいいのに・・・」
「アルトワは見栄っ張り。あとすぐ人の物を欲しがる。小学生の時からそう」

表情を変えずに静かにお嬢様はそう言っているが、どことなく呆れているような口ぶりだ。

「ですが良太さん安心してください。アルトワ家よりもブロワ家の方がちょっとだけ規模が大きいんですよ。少しだけうちが勝っているんです。わたしたち」
「あ・・・そう」

そんなこと言われても別に興味はない。
どっちの家が大きいかなんて庶民の俺からすれば関係のない話だ。

「さあ、誕生日会も終わりましたし、そろそろ私たちも帰りましょうか」

気が付けば、もう夕方の6時を回っていた。
てか、もうそんなに時間が経ったのか?
気絶していたから時間の感覚がないから早く感じる。

「あら大変! 帰りの汽車。あと30分で発車しますよ。お嬢様急ぎます。寝台券を無駄にするわけにはいきませんから」
「うん」

帰りの寝台券?
そっか。帰りも電車で帰るんだな。19時間かけて屋敷に帰る・・・・。
はあ、しんどい。今から19時間かけて帰ると想像するだけで力が抜けてくる。
いっそのことアルトワ家の世話に成るのも悪くなかったと、今更ながらそう思ってしまう。

「お嬢様走ってください。汽車出ちゃいますよ」
「うん」

は・・・やれやれ・・慌ただしいな。
うん?
体に浮遊感が・・なんだこれ?

ズウウウウウウウウウウウウウ!!

「ひいいい」

なんだこれ。なんで体が宙に浮かぶ?

「走って! 急いでくださいお嬢様」

そっか。お嬢様の奴、今走っているんだ。
だから、お嬢様の手の中にものすごい衝撃が伝わってくるんだ。
お嬢様は地面を蹴り上げトビウオのように走っている。
だから、凄まじい振動が手の中にまで・・・。

「お嬢様。やめて。もっと静かに走って」
「・・・・無理・・・汽車に乗り遅れる」
「そんなああああああああ!!」

たったったと走る二人の巨人。
その手の中には、小さな小さな1センチにも満たない小さな俺が握りしめられていた。
巨人は地球人の200倍の体格を持っている。その駆け足は時速3000キロにも達した。
俺からすればマッハを超えたとんでもない速度。
またもや俺はお嬢様の手の中で目を回し、それからの記憶がない。
お嬢様の駆け足もサラさんの駆け足もマラソンランナーのように速く、地球人の俺からすれば飛行機よりもずっと速かった。







あとがき


韓国の読者の方に
同じような話を前に見た。
そろそろ新キャラが出てもいいのにと、そんなコメントを韓国語で書かれていたので今回は自分なりにそこを意識して書きました。