「ほんとですかい旦那。あの牛が欲しいって嘘じゃあねえでしょうね」

よく晴れた昼下がり、俺はとある牛小屋に来ていた。

「旦那ぁ。ですがあんまりおすすめはできませんぜぇ。あの牛は怠け者で働きもせず寝てばかり、しかもミルクも出さねえときてる。それでも買うんですかい?」
「ああ、そのつもりだ」
「そうですかい? まあわっちとしては殺処分が省けて助かるんですがぁね」

俺は牛を買いに来ていた。
その目当ての牛がここにいるというから来てみたのだが、まさかこんなことになっているとは知らなかった。
殺処分。目当ての牛は殺される一歩手前だった。

「殺処分ですか? それはちょっと可哀想な気もしますが・・」
「可哀想って言いますけど、こっちも商売ですからぁね~。働かざる者食うべからずって言葉がある通り、役に立たない牛はどんどん殺しちまうんですよ」
「それは脅しじゃなく、本当の意味で?」
「ええ。本気も本気、大マジでさあ」

・・・!?
やべえ! 殺処分だと!? このおやじは本気で牛を殺そうとしているのか!?
超やべえよ。ここに来るのがもう少し遅れていたら牛は殺されていたのか。そう思うとゾッとする。
平然を装っているつもりだが額から汗が、いっぱいにじみ出てくる。

「牛って言っても牛族の子ですよね? 牛族の娘をそんな簡単に殺していいんですかね?」
「牛族だろうと牛は牛、生かすも殺すも飼い主次第ですぜえ。なんですか? なにか問題でもぉ?」

やべえ、このおじさんマジだ。マジで牛族を殺処分しようとしているよ。
冷や汗が止まらない。自分の顔は笑って誤魔化しているが内心ひやひやしている。

「でも、その牛族。南大陸産の牛ですよね? 聞いた話によると、南大陸産の牛族は珍しい、滅多に取れない希少種だと聞きましたが、それでも殺しちゃうんですか?」
「希少種でもなんでも乳を出さない牛はゴミと一緒ですぜえ。利益にならねえ牛はどんどん殺ちまいますのよお」
「そうなんですか・・」

俺は買いに来たのは、ただの牛じゃない。牛族の娘なのだ。
牛族とは早い話、人間の姿をした牛で、尻尾が生えているのと、角が生えている以外は、ほとんど人間と変わらない。そんな存在だ。
牛とは言え、人間とほとんど変わらない生き物。そんな生き物を簡単に殺すなんて、そんなことあっていいのだろうか?

「でも旦那。本当にいいんですかい? 旦那が求めてる南大陸産の牛は旦那が想像している以上に大きい代物ですぜえ。本当に飼うんですかい?」
「ああ。そうするつもりだ」
「ですが乳も出さない牛を飼うと金にならねえし餌代が、バカになりませんぜえ」
「こっちの心配はいいから、それより牛族を早く見せてくれ」
「そうですかい? まあ旦那がそこまで言うなら見せますけど・・」

禿げ頭のおじさんに案内され牛小屋の前へやってきた。どうやらこの中に例の牛が飼われているらしい。

「中に入っても?」
「ええ。どうぞ。ですが一つだけ約束して下せえ」
「約束?」
「ええ。実はあの牛。過去に三人の飼育員を病院送りにしていますから気を付けてくだせえよ。ここから先は怪我してもわっちはノータッチ、旦那の自己責任で頼みますぜぇ」
「ああ、わかってるよ」

最初からそのつもりだ。怪我しようとなにが起ころうと俺は牛族の子と会いたい。会うためにわざわざここまで来たんだ。
電灯も付いていない薄暗い牛舎の中へと入る。

「こいつです。こいつが南大陸の牛ですぜえ」
「この匂いは・・・」

動物臭の匂いが鼻につく。なんというかこれ、かなりの悪臭だ。
動物園の匂いと言うか、クソの匂いが牛舎に充満している。

「こっちですぜえ、旦那」
「これか牛族・・・」

巨大な牛族の娘が丸まるように寝転がっていた。
薄暗くてよくわからないが、この牛。年はかなり若いように見える。性別は雌。体重と身長は不明。
パッと見でわからないほど、デカい牛族が横たわっている。
それにしてもデカい。ここからだと牛の全容がわからないが、相当に大きんだろう。肉の塊のような巨体が横たわっている。


「流石は南大陸産。かなりの大きさですね。大きさはどのぐらいですか?」
「さあ? どうなんでしょう? 少なくともクジラ並みのサイズはあると思うんですかねえ。たっく図体ばっかデカくなりやがってよお」

案内された牛舎は特大サイズの牛舎だった。牛を何百頭も収容できそうな超面積をたった一頭の牛族が占領している。そう考えたら、かなりのデカさを持っていると推測される。
流石は南大陸産の牛族だ。手、足、胴体、その全てがビックサイズで何もかもが普通の牛族の何倍、何十倍とデカい。

「それにしても大きいですね。話には聞いていましたが、実際見るとすごい迫力です」
「わっちもね。南大陸産の牛を見るのも飼うのはこれが初めてでしてねえ。こんなにデカい牛なら、乳をたんまり出すと思って期待して買ったのに、こいつときたら一滴も乳を出さねえんです」
「なので殺すと」
「ああ、そうですぜえ。乳の出さない牛はタダのゴミ。食費ばかりかかって商売あがったりでさあ」
「そうですか・・・」

俺は平然を装いながら話していたが心の中ではかなり焦っていた。やべえ。やべえよ。この牛。めっちゃガリガリじゃんか。
いかにも衰弱しているような感じ。ぐったりと寝転がって、ピクリとも動かない。
それにこの牛舎かなり汚い。トイレもほったらかしだから、クソやおしっこが藁に染み込んでいる。なによりこの匂い・・鼻が曲がりそうだ。
こんな不衛生な所に南大陸産の牛族が閉じ込めていたなんて、ほんとめちゃくちゃだ。

「失礼ですけど、この牛舎臭いですね。前に掃除したのはいつですか?」
「掃除なんてしませんぜえ。旦那」
「なぜです?」
「だって、こいつはいずれ殺処分されてしまうのですから、わざわざ掃除する必要もないのでさあ。死ぬ牛まで面倒見切れませんのよお」

やっべえ! どうせ殺処分だから牛舎の手入れはしないって言い始めたぞ。このおっさん。
やべえ! やべえよ。こんな不衛生な所に牛族を閉じ込めておいて大丈夫か? まさかとは思うけど死んでないよね?

「そうですか? でもこんな狭い所に閉じ込めている割には随分おとなしいですね。この牛ちゃんと食べていますか? 見たところかなり衰弱しているように見えますけど」
「衰弱も何も・・これから殺す牛に餌をやるバカはいませんぜぇ」
「なるほど。そういうことですか。どうせ殺すから餌はやっていないと?」
「当たり前ですぜえ。ミルクを出せねえ、クズ牛に餌なんてやる意味もありませんからねえ」
「そうですか。でもこんなおとなしそうな牛が三人も飼育員を怪我させたなんて信じられませんな」
「鎮静剤を撃っていますからねぇ。今はおとなしいですが、薬が切れたらまた暴れ出すかもしれませんねえ」
「そうですか・・」

やべえ。やべえよ。平然を装っているけど超焦る。
鎮静剤だって!? 普通牛族に鎮静剤なんて打ったりはしない。
牛族の性格は温厚。滅多に人を襲わないことで有名なのに、そんな牛族が鎮静剤を打つまで暴れるなんて本来だとあり得ない。
それなのに、このおっさんはさも当たり前のように言っている。
やべえ。俺が思っていた以上にヤバい状況だ。

「わかりました。ではこの牛を買います。いくらで譲ってくれますか?」
「ええ? 旦那。本当に買うんですかい? このくっさいゴミ牛を?」
「ええ。この牛。とても気に入りました。すぐに買いますから譲ってください」
「そうですか? じゃあ・・・」

禿げ頭のおじさんは牛小屋の奥へ行き、戻ってくると彼の手には鞭が握られていた。鞭? 鞭なんて取ってなにをするんだろう?

「おい! クズ牛さっさと起きろってんだよ!」

おじさんの怒声と共に甲高い音が響く。パチンパチンと高い音が連続して聞こえてくる。おじさんは牛に向かって鞭を振るっていた。

「きゃ!」

いきなり鞭で叩かれたので、今まで眠っていた牛が目を覚ました。

「おめえみたいなクズ牛を飼ってくださる。えれえ旦那様だ。おい! クズ牛。さっさと挨拶しねえかよ」

パチン。おじさんはまた牛に鞭を振る。

「きゃ」

鞭が振るわれるたびに牛は悲鳴を上げている、そして体を丸めてうずくまりだした。
よく見ると、この牛族。目は暗く、目にクマのような物が出来ている。顔色は青白く血の気が薄い。明らかに健康状態が悪いような感じだ。

「このクソ牛。この! さっさと挨拶しねえか!」
「もういいですよ。おじさん。もうその辺で」
「そうはいきませんぜえ。旦那。こいつは図体がデカいばっかりにわっちらのことを舐めていますので、こうして痛みでわからせないと、また暴れ出しますぜぇ」
「いやでも。もうその辺で」
「そうですかい? 旦那がそう言うなら・・・おい! クズ牛。よく聞け、今日からお前を引き取ってくれる、ありがてぇ旦那様だ。挨拶しねえか」
「・・・」

しかし、牛は何も言わなかった。おじさんと俺のことをチラリと一瞬見ただけでそっぽを向いている。

「このお! クズ牛。返事をしろ。なに無視してるんだ。ゴラア!」
「ほんと、もういいですから、鞭を振るうのやめてもらっていいですか?」
「ですが旦那。舐められたらいけませんぜえ」
「この牛は俺は飼うんですから、あんまり傷つけないで! じゃないと警察を呼びますよ」
「そうですかい? 旦那がそこまで言うなら」

・・・・やべえええええええええええええ! この飼い主。なに考えているんだ!
俺は平然を装っているが、額から汗が滝のように流れて来ている。
南大陸産の牛に鞭を振るうなんて、そんなのあり得ないよ。

「それより値段はいくらですか? いくらでなら譲ってくれます?」
「値段ですかい。そうすね。金貨三枚でどうですかい?」
「金貨三枚ね。はい。これでちょうど」
「へっへっへ。確かに。でも旦那。ほんとうにいいんですかい? この牛。ミルクも出さねえし言うことなんて、なに一つ聞きはしませんぜぇ」
「いいんです。南大陸の牛が欲しかったものですから」
「まあ確かに南大陸産は珍しいですけど。物好きな旦那もいたものだなー」

ふう、やれやれ。やっと売ってくれた。これでこの子は僕の物。いや物なんて言っちゃダメか。
ちゃんとした動物。いやちゃんとした人間だ。これでこの子は助かる。それだけでも良かったと思うことにしよう。

「おい! クズ牛。なにボケッとしてるんだ! さっさと出ろ! お前はもうわっちの牛じゃあねえんだよ。さっさと出るんだよ」
「きゃ!」

パチンパチン鞭を振るう音。おじさんはまだ鞭を振るっていた。

「やめてください。この牛は僕の物です。勝手に傷つけないでください」
「ですが旦那よー。こうでもしないとコイツ外に出ませんぜぇ」
「僕に任せてください。その鞭はもういりませんから、奥にしまっておいてください」
「そうですかい?」

ここにきてようやく俺は、この子と対話できるようになった。

「こんにちは~」

僕はその子の前に駆け寄った。

「今日から君の保有者になったジョンって言うんだ。こんにちは~。君、口は聞けるよね」
「・・・・」

牛は何も言わなかった。僕のことをチラリと見ただけで、そっぽを向き口を聞こうとしない。

「このクソ牛が! 旦那が優しくしてくれているのになんて態度だ! ゴラア!」

おじさんの怒声が勢いよく飛んでくる。てか、このおじさんまだいたのか。

「あのすみません、外で待っていてくれます? 俺はこの牛と二人っきりで話がしたいので」
「そうですかい? まあ旦那がそういうなら」
「ありがとうございます」
「ですがくれぐれも気を付けてくださいよお。ケガしてもわっちは知りませんぜぇ」

そう言いながら、おじさんは牛小屋から出て行ってくれた。

「さあ、これで二人っきりだね。怖いおじさんはもう居ないから安心していいよ」

その子に話しかけると、その子は怖い目をしながらこんなことを言ってきた。

「どうせ殺すんでしょ?」

凛とした鈴のような声が響く。それが俺に対しての初めの言葉だった。

「殺さないよ」
「嘘。人間はみんな嘘つき。信用できない」

鈴のように透き通った声が牛小屋に反響する。だけどその声はとても綺麗なのに、低く悲しみがこもり、いわば絶望したような声だった。
死期が近いことを悟ったような、そんな諦めきった声が牛舎に反響する。

「信用できなくてもいい。だけど一つ教えてくれ。君はどこから来た? 聞いた話だと南大陸から来たって聞いたけど」
「わたしは向こうの海から来た・・・人間たちに無理やり連れてこられた」
「無理やり連れてこられた・・・。そうか。じゃあ君は人間のことが嫌いなの?」
「嫌い。大嫌い。人間なんてみんな死ねばいい。嫌がる私を捕まえてこんな狭い所に閉じ込めてた挙句に殺す? はっ! 人間なんて嫌い。大嫌いよ」

ビリビリと、ガラスが割れるほどの怒声だ。彼女が俺に向けて来たもの。それは憎悪と憎しみと絶望。
敵意むき出しの凶暴な牛族の娘が、俺に睨みつけてきている。これは思ったよりも重症だな。
こうなる前に、もっと早くに助けてあげるべきだったか。

「そうか。うん。そうだよね。平和に暮らしていた所に、急に人間なんかが来たらびっくりするよね・・・ごめん」
「なんでお前が謝る? まさかお前がやったのか?」
「いや、俺は関わってないけど、なんていうか人間の代表として謝る。ごめんなさい」
「・・・・」

牛族の娘の前に跪き謝罪した。心からの謝罪だ。本来、俺はここまで謝罪の意を表することはない。
だけど、その子は、俺の謝罪を冷たい氷のような顔で見届け、そのまま何も言わない。

「僕でよかったら罪を償わせてほしい。君を・・そうだな。君には幸せになってほしいんだ」
「幸せ? お前今、幸せって言った?」
「うん。そうさ。幸せさ。君が少しでも幸せになれるようにサポートしてあげたいんだ」
「・・・信用できない」
「どうして?」
「お前は人間。そうだ。人間は悪魔が産んだ子供。平気でうそをつく悪魔の手先。だから信用できない」
「そうだろうね。すぐには信用できないよね。だけど南大陸の牛なら嘘ついているか、ついてないかは目を見れば見抜けるはずだよ」
「・・・どうしてそれを? 知ってる人間は居なかったのに」
「実はね。俺の先祖が昔。南大陸の牛に世話になったらしくてね。うちの古い倉庫に行けば、そう言った資料がゴロゴロと眠っているんだ」
「そうなの」
「で、どうだい? 俺の言ってることは嘘? ホント? どっちなんだい」

俺がそういうと、なにか重い物が引きずったような音が響き始めた。
気づけば彼女は体を回転させ、俺の顔に近づいてきている。
臭い匂いが充満する、動物臭の匂いが一段ときつくなる。正直鼻が曲がりそうだ。
おしっことう○こが混ざったような吐き気がするほどの猛烈な匂い。
だけど、ここで動じたらダメだ。笑顔を突きとおす。ここで嫌な顔をすれば信用を無くしそうだから。

「どうだい? 嘘をついている顔じゃあないだろう?」
「・・・・・そう・・かもしれない」
「じゃ、じゃあ!」
「わかった。今は信用してもいい」
「ありがとう。ほんとありがとう。感謝する。だけど一つだけ約束してくれ」
「約束?」
「ああ、俺は君に危害を加えない、だから君も俺に危害を加えないでくれ。頼む。この通りだから約束してくれ」

俺は彼女に跪いて願い出る。

「君がもし暴れでもしたら、ひとたまりもないんだ。とても手が付けられない。君が暴れたら周りにも迷惑がかかるだろうし、そうなったら君を守れなくなる」

すると、彼女はこう俺に返してきた。

「牛族は争いを好まない種族」
「ってことはつまり」
「うん。そっちが危害を加えないなら約束する。暴れない」
「ありがとう。感謝するよ」
「じゃあ、出る。こんな汚い所はもう嫌」

そういうと、その彼女は四つん這いになりながら牛小屋を出て行こうとしていた。
彼女が動き出す。その姿はハイハイをする赤ちゃんのような感じ。それによりグラグラと牛舎が揺れ、天井がたわむほど揺れている。
そして、その後ろ姿。彼女のお尻から生えたしっぽが左右に揺れると、その尻尾が牛舎の窓ガラスに突き刺し、いとも簡単に貫通させていた。
窓が砕け散り、粉々になる窓ガラス。
腰から生えたしっぽだけでも、さっきおじさんが持ってきた鞭なんかよりもよくしなり、当たれたかなり痛そうに見える。
彼女のしっぽは鞭かそれ以上のしなりがある。俺は彼女のハイハイを後ろから眺めているだけで俺は腰が抜けそうになった。

「旦那ぁ。なにしてるんです? 早く出てく出せえよ」
「あ・・ああ」

おじさんが牛舎へ戻ってきていた。どうやら俺を呼びに来たらしい。
その声に反応して、俺も牛舎から出た。すると。

「ひえ!」

思わず情けない声を出してしまった。俺の前を遮る壁。巨大な塔のような存在が俺の前に聳え立っている。

「人間?? どうかしたか?」

凛とした鈴のような声が響いてくる。知ってるこの声。さっき牛舎で話していた牛族の娘の声だ。
だけど、俺はすぐにはその声の主が彼女だとは気づかなかった。なぜなら、その声の主は俺は想像している以上に巨大だったからである。

「こ・・これが君なの?」
「そうだけど?」
「そ・・そうなのかい・・・」
「なにか? 変?」
「いやあ、あまりにも大きかったので・・つい・・」

そうだ。南大陸産の牛は大きい。それは俺でも知っている。だけどそれがどのぐらい大きいのかは古文書を調べてもよくわからなかった。
古文書によると、南大陸の牛は塔のように巨大。そう書かれているに過ぎなかった。
それにさっきのおじさんも鯨並みの大きさと言っていたから、そのつもりでいた。だけど、この子。クジラなんかじゃない。もっともっと大きくて巨大だ。
正確に言えば俺の背丈と彼女のつま先の厚さが同じぐらいだ。まさに天を突くような大巨人が俺の前に聳え立っている。

「で・・・でけええええええええええ!!」
「だから、言ったでしょ。旦那。こんなデカ物を買うなんて物好きにもほどがありますよぉ」
「い・・・いや。想像以上に大きかったけど、いいです。この子を育てます」

と、まあ、またしても平然を装って言ったけど俺の額は冷や汗ダラダラ。想像の10倍以上でかかった。
ホルスタイン柄のビキニを身に着けた、若い娘、そんな娘が太陽を遮るように聳え立っているよぉ。
どうしよう。こんな子を飼うことになったけど、暴れたりはしないようね?
もし、暴れでもしたら・・・俺はもちろん街がそのものが崩壊する。
この牛族の娘一人だけで、街を壊滅させられることは、誰の目から見ても明らかだった。
ヤバいことになった。彼女にはとにかく穏やかに暮らしてもらう。今はもうそれしかない。


*****


牛族の特徴1

不潔を嫌い水浴びが好き 不潔のまま放置すると人間に不信感を抱き暴れることもある

牛族の特徴2

適度な運動が必要 運動させないと機嫌が悪くなり暴れることもある

牛族の特徴3

人間との信頼関係が必要 人間に不信感を与えれば暴れ出す危険性がある

牛族の特徴4

乳しぼりは必ず毎日行うこと 乳を搾らなければ胸が痛くなり暴れることもある 


*******

とりあえず上記さえ守っていれば牛族と良好な関係性を築けると、古文書には書いてあった。
まずはそうだな。水浴びかな? このままだと臭くて鼻がひん曲がりそうだし、なによりクソの匂いがするなんて牛娘自身も嫌だろう。
ここは早く体を清潔にさせてあげないとな。
じゃあ、どうしようか? 川で水浴びでもさせるか・・・。いやダメだ。そんなことしたら、川の水が汚染される。
なんせ、この牛族は全長100メートル超。つま先の厚みが人の体ほどもある大巨人なんだから、川で水浴びはさせれない。
となると・・・。

「君さ?」
「なに?」

俺が牛族に声をかける、すると牛族の娘はめんどくさそうに振り向いてくれた。
ここは山の上、俺の屋敷まであともう少しのところだけど、俺達はここで休憩している。

「君さ。名前はなんていうの?」
「もおー」
「もお?」
「そう、もおー」

・・・なるほど、もおーちゃんね。
これも牛族独独の文化らしく、古文書にも書いてあったが、牛族の名前は例外なくみんな「もおー」とか「うおー」とかになる。
人には聞き取れない微妙な発音の「もおー」があるらしく、その微妙な「もおー」の違いだけで個体を識別しているらしい。

「まあいっか。今は君一人しかいないし、もおーちゃんって呼ぶことにするね」
「勝手にすれば、フン!」

プイ!っとそっぽを向く、もおーちゃん。
まだ、俺のことを完全には信用していないって感じか。塩対応でそう返してきているよ。

「それより、もーちゃん、水浴びは好きかい?」
「水浴び?」
「そうだよ。水浴び。水に浸かるのは好きかな?」
「透き通るぐらい綺麗な水なら・・・好き」
「そう、じゃあ好きなんだね」

よしよし、いいぞ、もーちゃんの奴、俺の話に食らいついてきた。
今までは塩対応だったけど水浴びの話をした途端、もおーちゃんの目が一瞬光った。これは水浴びがしたいって顔をしているな。

「じゃあ、さっそく水浴びをしようか。カモン!」パチン

俺が指を鳴らすと、山の向こうから騎空挺が飛んできた。それも一つや二つだけじゃあない。
山の空を埋め尽くすほどの空飛ぶ騎空挺が襲来している。
その先頭を行く一隻が俺達がいる山の上に着陸して、中から人が出て来た。

「へい。旦那。お待ちどう。騎空挺直送の水をお届けに参りました」
「はい。確かに。ありがとう。」
「ドラム缶の中に水を入れればいいんですね」
「ああ。頼む」

山の向こうから飛来した騎空挺、その騎空挺に積まれていた荷物は水と一個のドラム缶だった。
と言ってもただのドラム缶じゃない、もおーちゃんが入れるほどの巨大なドラム缶だ。
騎空挺の腹に吊下げられた、ドラム缶が山の山頂に降ろされると、他の騎空挺がドラム缶に近づきドラム缶に水を注ぎこんでいく。
100隻200隻単位の空飛ぶ騎空挺がドラム缶の中に入れ代わり立ち代わりで、水を注ぎこんでいく。だけどなかなか満水にはならない。
それもそのはず、騎空挺が搭載できる水の量は、もおーちゃんからしてみれば洗面器一杯分ぐらいの僅かな水量しかなく、
つまり洗面器でドラム缶の水を一杯にしようとしているから、どうしても時間がかかってしまう。
そんな様子を俺と、もおーちゃんがしばらく眺めていた。
こうして遠くからドラム缶を眺めてみると、ドラム缶の上に鳥の群らがっているような感じだ。
ドラム缶と比べたら、空飛ぶ騎空挺は小鳥のように小さかった。


「はい。どうぞ。もう入れるよ」
「どうぞ?」
「水浴びがしたいんでしょ? ほらほら遠慮なんかしないで早く入ったら?」
「もしかしてわたしのために用意してくれたの?」
「そうだけど?」
「ほんとうに? 本当に入ってもいいの?」
「もちろんさ」
「や・・やったー! じゃあ、早速入っちゃおうっと!」

もおーちゃんは身に着けていたホルスタイン柄のビキニを取り払う。
胸を隠していた水着を取り払いボトムまで取り払っている。
彼女、よっぽど水浴びに飢えていたのだろうか。俺という男が居てもなんら構わず全裸になっている。

「はあ~気持ちい~~。水浴びなんていつぶりだろお~~。幸せ~~」

足を持ち上げドラム缶を跨いでいく。ドラム缶を跨ぐとき、彼女の胸が大きく魅惑的な揺れ方をしていたけど、今はそれどころじゃなかった。
津波が襲い掛かってきている。滝のような激流が俺に向かって流れ込んできている。
その元凶を引き起こしたのは間違いなく、もおーちゃんだ。彼女がドラム缶の中に入ったことで、その体重と同じ分の水がドラム缶から押し流される。
そして押し流された大量の水が行き場を失って、下へと押し流されているのだ。ちょうどその真下に虫けらのような俺が彷徨っていた。
や・・やべええええええええええ!!

「うああああああ。ブク・・ブク・・・」

あっという間に津波の中へと飲み込まれていく。
大蛇のように唸る津波になすすべがなかった、もおーちゃんも悪気があってやったことではないと思うが如何せん体格に違い過ぎた。
もおーちゃんにとっては単なる水浴び。ドラム缶の中に入る動作も俺からしてみれば自然災害とほぼ同じことになってしまう。

「はあ~気持ちい~~。やっぱ水浴びは気持ちいわ~~。心の中まで綺麗になっていく感じがするよー」

腕を持ち上げ「はあ~~」とくつろいているようだが、こっちは全然くつろげていない。むしろ逆で命の危険を感じている。
牛族は気持ちよさそうなのに、こっちはボロボロ、もう少しで溺れるところだった。
しかもこの津波。

「ぺっぺ。きたねえ。なんだ。この黒い石炭のような塊は・・・まさかこれがもおーちゃんの垢なのか?」

重い金属のようなものが津波と一緒に流れてきた。
両手じゃないと持てないような代物。これはもおーちゃんの垢!? へそゴマか、いやデカすぎてどこの垢かわかないけどとにかくデカい。
そんな黒い球体上の物が次々と流れてくる。

「ひえ! 木が黄色くなっていく・・・」

山の山頂は木が生い茂っていた。だけど、もおーちゃんが流した垢入りの汚染水? のせいで草や木が次々と枯れて行っているよ。
木の葉っぱが黄色く変色している、地面に生えた草はしおれている。それに俺の腕も赤くなっている。
まるで、日焼けでもしたように、腕が真っかだ。ヤバい。腕がヒリヒリしてきた。この津波? いや汚染水? に浸かっていいたら皮膚が破ける、
そう判断した俺は、木の上に登って、なるべく水に浸からないようにした。

「はあ~さっぱりした~~。何か月ぶりだろう。水浴びしたの~。ほんと幸せ~~・・・ってあれ? あのちっこい人間どこへいったの?」

ようやく満足したのか。ドラム缶を跨いで出てくる。
そのドラム缶の水は真っ黒に濁っており、さらにその足元にはドラム缶からこぼれて来た、鉄の塊のような汚れが浮きまくっていた。
垢や汗の塊と思われる汚れ。それが汚染水になって草木を枯らし、自然を根絶やしにしている。
だけど彼女はそのことに気づいていない。それより俺がどこへいったのか探している感じだ。

「おおーい。ここだよー」

木の上から合図を送る。なんというか、こうなると本当に虫になった気持ちだ。

「あ、いたいた、でもなんでそんな所に居るの?」

それはあなたのせいです。
あなたがドラム缶の中に入って、そこからあふれた水に流されてたんです。
なんて本当のことは言えななかった。
そんなことを言ったら怒るかもしれないし、もし怒らせでもしたら、一瞬で殺されそうな感じがする。

「それより、もおーちゃん、早く水着を着て。その・・なんてか・・・全裸だから・・目のやり場がないよ」

それに彼女は全裸だった。生まれたままの姿で俺の前に堂々と立っている。恥ずかしがる様子はない。
局部を堂々と前に晒している。生い茂った陰毛。その太さはかなりのものになり、まるで木の枝のようだ。
そして花のつぼみのような形の乳首。
そんな恥ずかしい所を晒しているというのに、彼女は恥ずかしがっていない。
だけど、これも古文書に書いてあった通りだ。牛族は人間を性の対象とは思っておらず、決して恥ずかしがることはない。
虫や岩に裸を見られても恥ずかしくないように、彼女たち牛族は人間を性の対象とは見ておらず、裸を見られることを恥だと思っていないらしい

「きゃああああああああ!! 見ないで。みないでえええええ!!」

あれ? もおーちゃん。急に叫び始めたぞ? 
それになんだか顔を赤いし、え? これってもしかして・・。

「こっち見るな。この変態!」
「ぎゃ!」

もおーちゃんの手が覆い被さってくる。手でバリケードを作っている。
人をも握りつぶせる手のひら。そんな壁のようん手が視界を遮り、俺の視界を奪っていた。そしてその手が退けられると元の、もおーちゃんに戻っていた。
ホルスタイン柄の水着を身に着けた、もおーちゃん。だけどその顔はめっちゃ赤い。
頭から湯気が出そうなほど顔を赤らめている。

「見た?」

冷え冷えとした声で、キッと睨んでくる、もおーちゃん。その顔は恐ろしく鬼のような顔立ちだ。

「見たって聞いているの!」
「見てない。見てない。もおーちゃんの裸なんて見てないからねー」

なんて嘘だが、ここは誤魔化しておくのが賢明だろう。
牛族も羞恥心があったなんて今初めて知ったが、本人が嫌がっている以上、見てないと言うのが正しい判断だと思う。

「・・・・嘘」
「え?」
「今、お前嘘ついた、目を見ればわかる」

・・・!? あれ? 
そうだ! しまったああああああああああ! 牛族には嘘が通用しないんだ。目を見れば嘘か本当か見抜く力がある。
てことは・・・。

「この変態。嘘つき!」
「ぎゃああああああああ!!」


その後俺は、もおーちゃんからキツイお仕置きを受けるのであった。



*******



「いててて・・まだ背中がズキズキするよぉ・・」
「自業自得。ふん!」

またそっぽ向かれちゃったよ。もおーちゃん。水浴びして機嫌がよくなったと思っていたのに、また機嫌が悪くなっちゃったよ。
どうするかなあ・・。まあいいや。もうすぐ俺の屋敷。そこでまた話ができれば機嫌がよくなる・・といいなあ。

「ついた。ここが俺の屋敷だよ。で、ここがもおーちゃんの牛小屋ね」

牛小屋、なんて大げさに言ってみたけど、やっぱり狭い。狭すぎるよな。
もおーちゃんは身長100メートル越え。
そんな大巨人が立つこともできないぐらい狭い牛小屋に閉じ込めることになる。
可哀想だけど、でも彼女の体格に合う牛小屋は今の人類の力では建てれないし、どうしたものか。

「え? これがわたしの家? こんな広い家に住んじゃっていいの?」

それは予想外の反応だった。狭い天井が低いと心配していた俺を脇目に、もおーちゃんは目をキラキラせている。

「中に入っていい? ねえ入っていい?」
「うん。いいけど」
「やったー」

一目散に入ってく彼女。その後を俺も一緒について行く。すると

「ああ~幸せ~。こうして足を伸ばして寝れるなんて、贅沢~~」

牛舎に入るなり、彼女は藁の上に大の字に寝転がっていた。だけどその天井は狭く四つん這いにならないと入れないほどに低い。
もし、ここで立ち上がろうものなら、天井を突き破ってしまうだろう。

「ごめんね。上が狭くて。でもこれ以上高くできないって言われてさ」
「ううん。全然気にならないよ。それより足が伸ばせるのが最高だよ~。寝返りも撃てるし、こんな広い牛小屋に一度住んでみたかったの―。わーい。わーい」

もおーちゃんは何度も何度も体を回転させていた。寝返りをしながらわーいわーいと喜んでいる。小さな子供みたいにはしゃいでいる。
だけど、そう言われれば、この牛舎は結構広いのかもしれない。うん、そうだ。少なくとも最初に住んでいたあの汚い牛舎よりも数倍横広い。
今までは体を丸めるようにしなければ入らなかった寝床が脚を伸ばし、さらには寝返りまで撃てるようになった。
今までの劣悪な環境を考えれば劇的な進歩なのかな? 

「綺麗な藁に、綺麗な牛舎。もしかしてこれ新品なの?」
「新品? ああ新築ってこと? もちろんそうだよ。君のために新しく用意しておいたんだ」
「じゃあ、じゃあ、藁も時々変えてくれる? 小屋の掃除はいつしてくれるの?」
「藁は毎日変えようと思ってる。放置すると汚いし病気の原因になるから。でも小屋の掃除は毎日はできないかな、でもまあ週に数回ならできると思う」
「ほんと? 本当に?」
「ああ。そうだけど」
「やったー。これからずっと綺麗な小屋で寝てるなんて嘘みたい。わーい。わーい」

なんというか、泣けてくる、こんな当たり前の生活を喜ぶなんて今までの、もおーちゃんはなんてひどい環境に居たんだろう。
平然を装っているつもりだけど、悲しくて涙が出て来そうだよ・・・。そうだ。いけない。ここで泣いたらいけない。
それよりも今がチャンスだ。大事なことは機嫌のいい今のうちに言っておこう。

「もおーちゃん。これだけは約束してね」
「うん? なにかな?」
「人前では俺のことを、ご主人と呼ぶように、あと俺を含め他の人間に暴力を振るうのは絶対にやめてほしい。それだけは絶対にどんなことがあっても守ってくれ」
「お前のことをご主人と呼べ? でもなんで?」
「誰も居ないときは、お前でも。貴様でも。クズ人間でも何でも好きに呼んでくれて構わないんだけど、ほら、人の目ってあるじゃん。
 一応、俺が飼い主だから。ご主人と呼ばないと、他の人から変に思われちゃうし、最悪反抗的な牛だって目つけられて、殺処分されるかもしれないから・・」
「わかった。じゃあご主人」
「よし。それでいい。あと絶対に暴力は振るわないように。わかったね」
「うん。わかった」
「よし、じゃあ、明日から働いてもらおうかな」

よしよし、今のところは順調だ。俺の呼び名を変えるように指導したし、これなら大丈夫だ。
牛族とその飼い主。世間ではそういう目で見てくれるだろう。

「じゃあ、早速明日から働いてくれ。場所は・・」

冷たい雫が、俺の頭に落下してくる。なんだこれ雨かな? でもおかしい。牛舎の中で雨が降ってくるなんて。

「うう・・ひっぐ・・ぐすん」

それは雨ではなかった。もおーちゃんの涙だった。もおーちゃんは目を真っ赤にさせながら、大粒の涙を目に溢れさせている。

「うわーん、うわーん!!」

ガタガタガタと、まるで台風のような突風が牛舎の窓に吹き付ける。
大きく揺れる窓。頑丈なはずの窓ガラスがパタパタと、まるで下敷を左右に振ったように、ブルブルとなびいている。
なんだ? なんで、もおーちゃん泣いているの?

「わたしにはできない。働くことなんてできないよー。うわーん。うわーん」
「働けないってどういうこと? 訳を言ってくれ訳を」
「わたし・・・乳が出ないのよ・・牛族のくせに・・・メスのくせに・・・お乳が一滴も出ないのよー。うわーん。うわーん。役立たずわたしは殺されるんだー」

そうか。もおーちゃんの奴。乳を出せって勘違いしているんだな。
働く=乳しぼり
まあ、それが牛族の本業なんだし、勘違いされても仕方ないか。

「いや、乳しぼりじゃなくて力仕事を頼みたいんだよ」
「ひっぐ・・・ひっぐ・・・力仕事?」
「そうだよ。力仕事だよ。ほら、もおーちゃんって体大きいし力も強いでしょ?」
「そんなことない。最近体動かしてないから、体が硬くなってるし、なまってるもん」

いや、なまってるもん。って言わてれもなあ。あんまり説得力がない。
もおーちゃんの体は大きく、そのつま先の厚みだけでも人の身長並みはある。
なんなら街にある教会よりも一回りも二回りも、もおーちゃんの背丈の方が大きい。
まさに天を突くような巨人なのだ。そんな巨人が力がないって言われても信憑性がない。

「まあ、とにかく行ってみよう。仕事ができるかできないかは現場に行ってから決めよう。それからでも遅くないから」
「う・・うん」

それから俺達は現場へと向かった。

「では、この辺りの住宅を全部更地にすればいいんですね?」
「ああ、頼むよ。あとできれば瓦礫も全部ゴミ捨て場に運んでくれたら謝礼も弾むから」
「わかりました。おまかせください」
「ああ、頼んだよ」

そう言いながら依頼主が去って行く。
依頼された内容は聞いての通り、この辺りの住宅を全部更地にすること。
古くなった家を全部撤去するのが、今回の依頼内容だった。

「聞いての通りさ、ここにある家を全部壊してほしい」
「・・・・」

あれ? もおーちゃんの顔がなんだか暗い。とても難しそうな顔をしている。

「できない」
「え? できない? なんで?」

できない? できないとはどういうことだろう? もおーちゃんからすれば、ドールハウスよりも小さいな家のはずなのに、できないってどういう意味だ?

「ご主人、さっき言った、暴れたらダメ。暴力ダメって」
「ああ言ったけど。それがなにか?」
「家を壊したら・・・人が死んじゃう」

ああ、そういうことか。もおーちゃんの奴、俺の言ったことを勘違いしているな。
暴れる、暴力はダメと言ったけど、それはそれ、これはこれだ。

「大丈夫。今は暴れてもいいから、これは暴れるじゃなくてお仕事だから」
「お仕事?」
「そう、お仕事。ここの家はね。今は誰も住んでいない空き家なんだよ。古くなった家を壊してほしいっていう依頼だから今は暴れてもいいの」
「ほんと? 嘘ついていない?」
「それは、もおーちゃんが一番わかっていることだろ思うけど?」

俺がそう言うと、もおーちゃんはしゃがんで、俺の顔を覗き込んできた。すると

「嘘は・・・ついていない。多分ほんとのこと言ってる」
「そうでしょ。嘘は言っていないよ。だからこの家をみんな壊してよ」
「家ってどの家?」
「俺の居る、ここから外側は全部撤去するように言われているから、みんな壊して。それがもおーちゃんのお仕事」
「お仕事・・・」
「そう、お仕事。もおーちゃんが家を壊すことで大勢の人が喜んでくれるんだよ、ほら俺達人間って小さいから家を壊すのも結構大変だから、でももおーちゃんなら簡単に壊せるよね」
「うん。簡単に壊せる」
「でしょ。だから早く壊して。壊してくれたら、きっとみんな喜んでくれるから」
「喜んでくれる? あの人間が?」
「うん。大勢の人が喜んでくれるから。だから家を壊してくれないかな」
「わかった。やってみる」

ふう、やれやれだ。最初はどうなるかと思ったけど、やってくれることになった。
もおーちゃんが立ち上がり「今からやるぞ」っとストレッチをしている。
そうだ。牛族の仕事はなにも乳しぼりだけじゃない。
乳以外にも、土木や運送関係の仕事をやらせれば立派に動いてくれる。
それなのに、前の飼い主のおっさんはわからず、乳が出ないだけでクズ牛なんて言って罵っていたのだ。
これだけ大きいと家を壊すぐらい容易なことだろうし力が強い分、色んなことで役に立つ。
まあいいや、それはこれからわかる。今はとにかく実力拝見といきましょうか。
依頼された家は10軒。もおーちゃんの体を考えれば一時間もあれば終わる予定だ。

「ご主人。終わったよー」
「ああ、ご苦労さん。一軒目の家が終わったんだね。じゃあ、次の家もどんどん解体していって」
「ううん。全部終わったよー」
「そうか、もう終わったのか、もおーちゃんは偉いなー」
「えへへへ~☆」
「・・・って、もう!? 全部終わったの?」

グチャグチャに押しつぶされた瓦礫の山が広がっていた。
さっきまでそこに建っていたレンガの家が、まるで馬車に押しつぶされたバッタのように地面にめり込んでいる。
屋根があった、その上に、もおーちゃんの足跡がくっきりと刻み込まれている。
こんな凄まじい破壊をしたというのに、当の本人は、ただ歩いただけだった。歩いただけで家の屋根をペシャンコにし、家を丸ごと押しつぶしている。
片足につき、1軒の家がペシャンコになっている。つまりもおーちゃんが10歩歩くだけで10軒家が押しつぶされたということか。

「すげえ。家がみんなペシャンコになっている。それにこの足跡・・・」

地面にくっきりと刻まれた足跡、それは50センチばかり地面にめり込んでおり、もおーちゃんの体重のすさまじさを物語っている。
もおーちゃんに踏まれれば、ただでは済まない。片足を置くだけで家さえも簡単に押しつぶす。
そんな凄まじい怪力を見せつけられ、俺はただ茫然と立ち尽くしていた。

「ご主人、次はなにしたらいいのー」

凄まじい力を行使しておきながら、平然とそんなことを言ってくる、もおーちゃん。

「ああ・・ああ。じゃあ瓦礫をあそこのゴミ捨て場まで運んでくれ」
「うん。あそこだねー。わかったー」

バギバギバギと、木がへし折られていく。そんな不気味な音を立てながら、もおーちゃんは家を掬い上げて行った。
砂浜の砂を両手で抱える小さな子供のように、もおーちゃんは家の瓦礫をどんどん運んで行く。

「おわったよー」
「もう終わったの?」
「うん」

この間僅か5分弱。1時間はかかると思った作業を、たったの5分で終わらせていた。

「ご主人~。次はなにしをしたらいいの―」
「次は・・もうないよ」
「ええ! もう終わりなのー。あっけない。もっとやりたかったなー」

うーんと背伸びして体をほぐしている、もおーちゃん。彼女の顔はとても退屈そうで、なんというかエネルギーが有り余っている感じだ。

「ねえ、ご主人。こっちの家も壊しちゃっていい? 大きい家の方が踏み応えがあるからさー」

もおーちゃんは片足を上げ、新しく建ったばかりの家に足をかざしていた。

「だめだめ。それはまだ人が住んでいる家だから、やめて。足を引っ込めて。もおーちゃん」
「そうなの? 残念」

ひえー! 恐ろしい。もおーちゃんの奴、人が住んでいる新しい家を踏み潰そうとしていたぞ。
危ない危ない。もし、あの家を踏んでいたら、もおーちゃんの評判がガタ落ちになるところだった。

「か・・帰ろう。もおーちゃん。今日のお仕事は終わり。今日は家でゆっくり休んでいいから」
「うん。でももうちょっと壊してみたいな・・」
「いいから、今日はいいから。今日のお仕事終わり、帰ろう。ねえ?」
「うん。ご主人がそういうなら・・」

怖かった! まさかとは思うが、あの新築の家を壊すのかと思ったよ。でもよかった。もおーちゃん俺の言うことをちゃんと聞いてくれている。
これなら安心・・だと思いたい。

「もっと・・・壊したかったな。もっと暴れてみたかったな・・・」

安心・・安心なのかな? もおーちゃんの独り言は物騒で怖いな。

「それより、もーちゃん。一つ聞きたいんだけど?」
「なあに?」
「さっきの、もおーちゃんの力を見てさ。ちょっと思ったんだけどさ。あんなに強いなら・・・」
「え? わたし強い? 強いの? わたし」
「そりゃ強いよ。一踏みで家を押し潰せるんだから、どんな軍隊も、もおーちゃんには敵わないよ」
「やったー。わたし、強いんだー」

もおーちゃんは上機嫌にはしゃいでいた。小さな子供がお菓子を買ってもらって喜ぶように、ぴょん、ぴょんと飛び跳ねて喜びを表現している。可愛い。
だけど、そうじゃない。俺の言いたいことはそうじゃなくてだな。

「ふしぎなんだ。なんで、もおーちゃん人間なんかに捕まったの? あんなに強いなら人間なんて簡単に振り払えたでしょ?」

もおーちゃんは、人間に捕まって無理やり、ここに連れてこられたと言っていた。
だけど家を一瞬で踏みつぶせるぐらい強いなら、むしろ返り討ちにあって、もおーちゃんに踏み潰されそうなのに、なんでだ?

「なんで人間なんかに捕まっちゃったの?」
「それは自分の身を守るため」
「自分の身を守る? 人間に捕まることが自分の身を守るって、一体どういうこと?」
「うん。人間は仲間意識が強い。だから一人でも殺せば、仲間を連れてきて、勝てなくなるかもしれない。だから抵抗しないの」
「つまり、一人や二人なら、どうにでもなるけど、集団で来られたら怖いから、抵抗しなかったってこと?」
「そう。あと人間の怒った顔が怖いから抵抗する気が失せる。牛族は臆病な性格だから」

なるほど。一対一なら勝てるけど、それが100や1000単位の集団で来られたら、いくら体の大きな、もおーちゃんでも勝てないかもしれない・・か。
それで、前の飼い主に、鞭で打たれても抵抗しなかったし、おっさんの怒った顔にビビッて抵抗しなかったってことか。

「でも、ご主人のおかげで自信がついた。わたしは強い。もしかしたら・・・人間にも勝てるかもしれない」
「え?」

その瞬間、僕の背中が凍り付く。もおーちゃんの真剣な視線が、俺の体を突き刺す。

「ねえ。ご主人。わたしが街で大暴れしたら、どうなると思う?」
「どうなるって・・それは・・」
「きっと大勢の人が死んでいくと思うよ。なにもできず人間たちが一方的に蹂躙されていくの」
「そ・・それは・・」
「ねえ。ご主人。止めてみてよ」
「止めてって・・なにを」
「わたしの足? ほら、ご主人ならわたしの足ぐらい簡単に止められるよね?」

もおーちゃんは、俺の頭上に片足をかざした。
それにより、さっき踏んづけた、レンガの瓦礫がもおーちゃんの足の裏からバラバラとこぼれ落ちている。
レンガは砕け散り粉のようになっている。もおーちゃんに踏まれれば硬いレンガも木端微塵になってしまう。

「この足でね。王都を踏み潰そうと思うの」
「お・・・王都って・・・王様が住む人間たちの首都。人間の都を攻めるつもりなのか?」
「うん。そうだよ。今のわたしならね。できる気がするんだ。人間の作ったお城もね、こうやって足で・・・・」

もおーちゃんは足を前に出し、蹴り上げるポーズを取っている。まるでフットボクシングの技の一種のようだ。
その蹴りによって風が起こり草が舞い上がっている。

「こうやってね。思いっきり城を蹴ってやろうと思うんだ。そうしたら、いくら頑丈な王都城も木端微塵になるよね」
「そ・・それは・・」
「わたしが王都で暴れればね。王様も王妃様もみんな、わたしの足で踏み潰されると思うんだ。こんな大きくて強い足には誰も逆らえないよね?」
「や・・やめろよ。もおーちゃん。そんなことしたらダメだ」
「いいじゃん。別に。弱い人間の方が悪いんだからさ。そうだ。ご主人にはお世話になったし、特別にこの国一番の大臣にしてあげる」
「この国一番の大臣?」
「そうだよ。王様を殺して王権を奪還したら、次期王は当然わたしになるよねー」
「なにを言っているんだ。もおーちゃん。王様を殺すなんて、そんなこと言っちゃダメだ」
「王様になったわたしの家来になってよご主人~~。でも、ただの家来にはしないから。ご主人にはこの国一番の大臣になってほしいの~」
「そんなこと言うな。もうやめろよ。もおーちゃん!」
「でもね。ご主人。わたしが王様になれば、この国一番の大臣になれるんだよ。こんなチャンス滅多にないと思うんだけどなあ」
「ダメだ。もおーちゃん。そんなことしたらいけない」
「じゃあ。止めてみせてよ」
「と・・止める・・止めるって何を?」
「わたしの足を止めてみせてよ。わたしの足を止めれれば、わたしの負けってことで王都を攻めないであげる。はい。どうぞ」

もおーちゃんの足の裏がプラプラと揺れている。いつでも踏み潰せると、いつでも殺せると、もおーちゃんの足が言っているような仕草だ。

「じゃあ。いくよ。それどーん!」

もおーちゃんの足が俺の頭上に被せられる! なんことだ。おーちゃんの右足に踏み潰されるなんて・・・。死ぬ。このままでは死んでしまう。

「はい。終わりね」
「終わり?」

死んだ。そう思った瞬間。もおーちゃんの足が退かされる。太陽を遮った足の裏が消え太陽の光が再び入ってくる。
どういうこと? 終わりって?

「ご主人の顔。おもしろー。どうだった? びっくりしっちゃった?」
「え? なにがあったの?」
「冗談だよ」
「冗談?」
「うん。牛族の冗談。いわゆるcow jokeだよ」
「ジョーク?」
「うん。牛族にはね。相手をびっくりさせて笑わす文化があるんだよ。今それをやってみたの」
「つまり、今のは全部嘘ってこと?」
「あったりまえじゃん。王都を攻めるなんて、そんな怖いこと牛族の私がするわけないじゃん。はっはっはー!」

はっはっはーだって・・。ジョークかよ。今の・・でも言ってることがリアル過ぎてジョークには聞こえなかった。
もおーちゃんの目が本気だったから、本当に王都を攻めるのかと思った。
でも、ジョークでよかった。本気だったら、もし、もおーちゃんが本気で王都を攻めようと思ったら・・・やめよう。
そんなこと予想するだけ無駄だし考えたくもない。

「はあ・・なんとか家に帰ってこれたな」

もおーちゃんを牛小屋に戻し、俺はベットにダイブする。
疲れた。まさか牛を飼うのがこんなに大変だとは知らなかった。
緊張感がほぐれたのか、ドッと疲れが出て来る。
だけど俺には、まだやることが残っていた。それは、もおーちゃんの食事だった。
これから、もおーちゃんの夕食を用意しないといけない。

「これで足りるのかな?」

自分の部屋から出て倉庫に行くと、山のように積まれた干し草があった。
倉庫の高さは5メートル。その倉庫がはち切れんばかりに、干し草が積み上げられている。
倉庫の中を埋め尽くすほどの大量の干し草。
流石にこれだけあれば、足りると思うが、さてさて、どうなるのか。
とにかく、もおーちゃんを呼んでくるか。

「おっとなんだ?」

突然、グラグラと、地震のような揺れが襲い掛かってくる。何だこの揺れ?

「おなかーすいたーよ。餌食べたい―」

その揺れはどうやら牛小屋の方から聞こえてきているようだ。
もおーちゃんお腹減ったのかな?

「どうしたの? もおーちゃん」

倉庫から牛小屋に出向き、もおーちゃんに話しかけてみる。

「おなかすいたー。ねえ、お腹空いたんだけど―。お腹減って死んじゃうよー」

バタバタと赤ん坊のように手足をバタつかせる。もおーちゃん。
その暴れが地震となって地面を揺らしているのか。
おいおいおい、とんでもないパワーだなおい。
お腹が空いたと駄々をこねるだけで地面が揺れ、地震まで起こすなんて、この子には一体どんだけのパワーがあるんだよ。おい。

「なにか食べさせて。ねえ。なにか食べせてよー」
「うん。わかった。じゃあ・・」
「ご主人? くんくん・・・。いい匂いがする。草の匂いだー」
「え? え? ちょっと、もおーちゃん!?」

丸太のような指が俺の体を挟み込んできた。俺はいとも簡単に摘み上げられる。
その姿は、指人形で遊ぶ、子供のような姿に見えたに違いない。重さを感じさせずに、大の大人を軽々と持ち上げるもおーちゃん。
一方の俺は足が宙から離れ、ちょっとしたパニックに陥っていた。

「くんくん・・やっぱりそうだ。ご主人から草のいい匂いがする。だべちゃおうっとー」

おいおいおい、なんだよこれ? 人を丸呑みできそうな巨大な口がぬらぬらと光っている。
俺は、もおーちゃんに文字通り喰われそうになっていた。直径8メートルがあろうかという、巨大な口がぽっかりと開いている。
そうか。そうだったのか。さっき俺が倉庫の中で干し草に触っていたから。だからもおーちゃんは俺のことをいい匂いがするって言っていたんだ。
草の匂いが俺に移った。だから俺を草かなんかと勘違いしている・・のか?

「やめろ! もおーちゃん。俺を食っても美味しくないよ!」
「嘘。ご主人から草のいい匂いがするもん」
「で・・・でも、俺を食ったら、もおーちゃんは・・」
「大丈夫食べないよ。ちょっと舐めるだけ。舐めるだけでも、美味しそうだから・・・べー」
「やめろおおおおおお!」

ダメだ。俺の話に耳を傾けない。完全に自分の世界に入って、舌まで出してきているよ。
人を10人まとめて、舐め止めるほどの長い舌。あんな舌に舐め取られたらどうなるのか・・・。想像するだけでも恐ろしい
なにか対策を取らないと、本当に喰らわるかもしれないぞ。

「そ・・そうだ。もおーちゃん。あっちにもっと美味しい干し草があるから」
「干し草?」
「そう。干し草。倉庫に行けば、いっぱいあるからねー」
「嘘。そんな干し草、なかったよ」
「ほんと、ほんとだって! ほら、俺の目を見て、嘘ついてないでしょ」
「・・・ほんとだ」
「だから、ね? ね? あっちに行こう・・・あっち」
「わかった」

よかった。やっと降ろしてもらえたよ。あとちょっとで舐められるところだった。
牛に喰われて死ぬのを、なんとか回避したぞ。

「ここ。ここだよ。ほら干し草。干し草が山のようにあるでしょ」
「ほんとだ。いっぱいある! すごーい」

目をキラキラさせながら、倉庫の中の干し草を見る、もおーちゃん。
彼女の口からぽたぽたと、よだれが出ている。

「好きなだけ食べていいよ」
「え? 本当に? 本当に好きなだけ食べていいの?」
「うん。ほんと、ほんと、思う存分食べてよ」
「そんなこと初めて言われた―。ご主人って・・・もしかしていい人?」
「いい人? そうかな?」
「だって、前の毛無し人間は・・」
「毛無し? ああ前の飼い主さんのことね」
「あの人間は、あんまり餌くれなかったし、餌を催促したらね「うるせえ」って言って鞭で叩いてきたから・・・」

なるほど。そういうことか。好きなだけ食べて言いなんて、言われたことが無かったのか。
可哀想に、お腹いっぱいご飯を食べられないなんて、もおーちゃん可哀そうだな。

「好きなだけ食べていいよ。今日はもおーちゃんが初めて来た日だし、どーんと食べて」
「本当にいいの? ご主人。そんなこと言ったら、わたし遠慮しないよ。いっぱい食べちゃうよ」
「ああ。遠慮は無用だ。好きなだけ食べてくれ」
「やったー! ご主人。いい人―! いただきます―」はふはふ

やれやれだ。やっと落ち着けた。だけど、もおーちゃん幸せそうな顔してるな。
よっぽど腹が空いていたのか、ハムスターのように頬を膨らませながら干し草を食べている。
こうして遠くから見ると、可愛いんだけど、近くから見ると。

「すげえ音」

バギバギバギという鈍い音を響かせながら荒々しく草を食っている。

「木が混ざってた。ぺっ!」

人の胴体ほどのある木の幹が地面に突き刺さる。その幹は、もおーちゃんの唾液でベトベトだった。
遠くから見ると、ハムスターのように可愛い小動物でも、近くで見れば山のような草の塊を荒々しく食っている。
胡坐をかいた水着の巨人が両手に草を持ちながら、おっさんのように汚く食っている。そうにしか見えなかった。

「げっぷ! ふう。お腹いっぱいだよー」

もおーちゃんのげっぷ。その風が倉庫の扉を激しく揺らす。嵐でも来たように、扉をガタガタと激しく振動させていた。

「げ! 全部食べたの?」
「うん。ご主人が好きなだけ食べていいって言ったから。ふう~満足、満足~」

そう言って仰向けに寝っ転がる、もおーちゃん。その顔はとても幸せそうで可愛い。
だけど、俺の財布は火の車だった。
あんなにあると思っていた大量の干し草が、わずか一食で消えてなくなっている。
あれは、一週間分のつもりでため込んだのに、それがもうなくなった。
倉庫の天井まで覆いつくす山のような干し草。
でも、もおーちゃんからしてみれば、たった一食分の食事らしい。

「はあ・・また補充しておかないとな・・」

これでも牛族のことは詳しいつもりだったけど、この食欲は予想外と言うか、まさかここまで食うとは思ってもみなかった。
明日朝いちばんで干し草を注文しておこう。そうしないと、もおーちゃんが腹を空かせて暴れ出すかもしれないからな。

「じゃあ、俺寝るから、おやすみ」
「うん。ご主人。おやすみ」


そういって、もおーちゃんは地響きを立てながら牛小屋に戻って行った。
その後、俺は古文書を開き牛族の勉強をすることにする。
牛族の習性、性格、NG行為、あと食欲について、事細かく勉強する。

「えっと、なになに。牛族は寂しがり屋な性格です。特に夜は人間より目が見えないので闇夜を怖がります・・か。
 あと、飼い主との信頼関係が深まり、リーダーとして認められると、夜、飼い主を呼ぶことがあります。その場合は拒否せず牛族のそばにいましょう。
 もし、それを拒否すれば牛がパニックを起こして暴れ出し、街を滅ぼす可能性があります・・か」

なるほど。信頼関係が深くなると、そういうこともあるんだな。
へー、牛族も結構可愛いところあるじゃんか、体がデカいくせに闇夜を怖がるなんて、ちいさな子供みたいだ。
でもこの知識、今はいらないかな。もおーちゃんとは今朝、会ったばかりだから、そこまでの信頼関係はできていない。
次の項目を読む。

(牛が暴走した時に起こる災害)

赤文字で書かれた、いかにもな文字。
なんだろう? 牛が暴走した時に起こる災害って・・・。
そのページをめくる・・・。すると・・・





「わああああああああああああ!! ご主人~~~。暗いよーーーーーー。怖いよオオオオオオオオオ。助けてええええええええええ!!」

うわ、うるせえ、なんだこの悲鳴。赤ちゃんが泣いているような大声が牛小屋の方から聞こえてくるぞ。

「助けてええええええええ。ご主人~~。うわあああああああああん。うわああああああああん。暗いのこわいよおおおおおおお。早くきてええええええええ!!」

え? ええ! まさか俺を呼んでいるのか? でも何度聞いても来てって言っているし、とにかく行ってみるか。
駆け足で牛小屋へと向かった。

「どうしたの? もおーちゃん? なにがあったの?」
「やっと来てくれた。ご主人。遅いよぉ!」

牛舎小屋の前に、メソメソと泣く、巨人が胡坐をかきながら、俺の到着を待っていた。
彼女のつま先が俺の前に向けられる。そして意地悪でもするかのように、そのつま先が俺の胴体に激突してきた。

「ぐえ! いててて・・何するんだよ!」
「うるさいよ・・。早く来てくれない。ご主人が悪いんだからね」
「で? 何なんだよ? 何か用なの?」
「いて」
「痛て? 痛いってどこが痛いの」
「痛て、じゃなくて居てだよ。はわたしのそばに居て」
「・・・はあ?」
「お月さま出てないから。真っ暗で怖いの」

驚いた。古文書に書いてあった通りだ。牛族って本当に闇夜を怖がるんだな。

「一緒に寝て。お願い!」

手を合わせてお願いしてくる、もおーちゃん(可愛い)
だけどなあ。こんな巨大な牛族と一緒に寝ていいものだろうか?

「いや、やめとくよ。一緒に寝たら。潰されそうだから」
「わたし、寝相はいいよ。寝返りでご主人を踏み潰したりしないから」
「・・・いや、ゴメン。これから片付けなきゃいけない仕事が残ってるから。じゃあね」
「・・・うわーん。うわーん! ご主人の意地悪。もういい。こうなったらヤケ。暴れてやる。不良牛族になって、暴れてやるんだからね」
「暴れるって、なにを?」
「暴れてやるんだよ。街中暴れまわって廃墟にしてやるんだから。
「やめろよ、もおーちゃん。そんなことしたらいけない」
「でも・・怖くて・・悲しくて・・気が狂いそう。だから暴れないと気が収まらない」
「冗談? だよね?」
「ううん。冗談じゃない。そんな余裕はない。こうなったらヤケを起こして、人間たちを皆殺しにしてやるんだからー」
「わかった。わかったから。暴れないで」
「じゃあ、ご主人。一緒に寝てくれる?」
「わかった。一緒に寝よう」

というわけで、一緒に寝ることになりました。だけど大丈夫なのか? もおーちゃんは寝相がいいなんて言ってるけど、踏み潰さないか不安だ。

「で? 俺はどこで寝るの? まさか隣で寝るわけにはいかないよね?」

もおーちゃんの隣では眠れない。もしそこで寝れることになれば「寝返りを撃って殺してください」と自殺をするようなものだ。

「ここで寝て」

体が急に持ち上がる、もおーちゃんは指が降りてきて、俺の胴体を持ち上げていた。
そして胸の谷間に降ろされる。え? 胸の谷間?

「ここなら温かくてクッションにもなるし、いい所でしょ? ニシシ~」

いたずらっ子のように、白い歯を見せる、もおーちゃん。
まさか、こんなところに閉じ込められるとは思ってもみなかった。
早く出ないと。

「くっそ出られねえ」

柔らかい乳肉が俺の体をミチミチと挟み込んでくる、動けば動くほど肉が食い込んでくるようだ。

「あははは。ダメだよ。ご主人。くすぐったいよー」

もおーちゃんが体を震わせると、俺の体がズブズブと下に沈んでいった。
もがけばもがくほど、乳の谷間に入って行く。今のもおーちゃんの胸の谷間は底なし沼のようだ。

「朝日が出るまで、そこでおとなしくしてて。約束だよ」
「・・いや、でも流石に胸の谷間は・・・」
「じゃあ。人間皆殺しだね」

満面の笑みで笑っている彼女。だけど目は笑っていない。彼女の背後にどす黒いオーラのような物が漂っている。
マジだ。彼女はマジだ。マジで人間を皆殺しにするつもりなんだ。

「わかったよ。今日はここに居るから、皆殺しはやめてくれ」
「うん」

ふう。やれやれ。まさか牛族の胸の谷間で寝ることになるとは思わなかった。
だけど、まあここなら寝返りで踏み潰されることもないし、隣で寝るよりはマシなのかな。一応。
まあいい。俺もさっさと寝よう。寝ないと明日の業務に差支えが出るからな。

「すうーすうー」

もおーちゃん。もう寝たのか。早いな。まあいい、俺もさっさと寝てしまおう。

「ううーん」

体が急に浮き上がった。
違う、もおーちゃんが体を浮かしているんだ。ということは寝返りを撃ったのかな?
なあんだ。もおーちゃん、嘘をついたな。寝相がいいなんて言っていたくせに、もう寝返りを撃っているよ。
体をゆっくりと回転させ体を横にさせている。
ズンという音が鳴ると、もおーちゃんの体が止まった。すると右の乳がミチミチと音を立てながら、俺の体にのしかかってくる?
え? 右の乳が俺の上側にあるってことは・・まさか!

「ぎゃああああああああああああ! いてええええええええ!! いてええええええええよおおおおおおおおおおお!!」

なんてことだ。あんなに柔らかいと思っていた、もおーちゃんの乳が鉄のような重りとなって襲い掛かってきているよお。
今までは俺を挟みつけていた、いわばシートベルトのような役割を果たしていた乳の肉が体を横にした途端、重りへと変化している。
死ぬ。窒息死する。このままだと息ができない。

「ううーん」

また体が宙に浮いた。すると今度は、うつ伏せになっていた。胸の谷間から解放されポトリと地面に叩きつけられる。

「よかった。脱出できたぞ・・・いや良くない。良くないな・・」

うつ伏せになったことで、胸の締め付けから解放された。だけど、そこは、もおーちゃんの胸と胴体の隙間だった。
下乳にできた僅かな隙間に閉じ込められている。前の後ろの右も左も、もおーちゃんの肉が壁になって、どこにもいけない。
脱出しようにも胸の肉が壁になっているし、力いっぱい押して見ても柔らかなん肉に、はじき返されるだけだった。

「はあ・・・しょうがない。また寝返りするまで。ここで待つか」

こうして俺は、前にも後ろにも行けず、もおーちゃんが体勢を変えてくれるのを待つしかなかった。
そして、ようやく体勢が変わり、下乳から脱出できたころには、もう朝日が昇り始めていた。


******


「へー、そんなことがあったの。新しい牛に振り回されて、坊ちゃんも大変ですね」
「その坊ちゃんってのやめてくれよ。そんな仰々しいもんじゃないし」
「いえ、いえ、坊ちゃんは坊ちゃんですよー。親方も言っていましたよ」
「親方が? なんて言ったの?」
「あんなに干し草を買ってくれる人は初めてだから、これからは坊ちゃんって呼ばないと罰が当たるって、だから、わたしも親方に習って坊ちゃんって呼ぶことにしたんです」

この坊ちゃんと言ってくる若い娘は、まあ幼馴染というか、近くに住んでいたこともあって、昔よく二人で遊んで間柄だ。
だけど、彼女が干し草屋さんになった途端、坊ちゃん。坊ちゃんと呼ぶようになってきた。
子供の頃はそんな呼び方しなかったのに、最近妙に仰々しい。それが少しだけ不満だ。

「坊ちゃん。ところで今日はどれぐらい買ってくれるんですか?」
「ああ、前と同じ量を至急、運んでほしい」
「ええ? 嬉しい! 一昨日卸したばかりなのに、またそんなに買ってくれるの?」
「ああ、うちの牛、思ったより大食いらしくて、昨日の時点で全部食べちゃったんだ」
「ありがとうございます。ではすぐに届けますね」
「ああ、頼むよ」

そんなやり取りをしていると、地響きが響き出す。
どうやら、もおーちゃんが起きてきたようだ。

「ご主人~。おはよー・・」

いかにも寝起きと言った感じの、もおーちゃん。
髪はボサボサ、目も虚ろだし、そんな恰好で俺に会いに来て、いいのかと思ってしまうほど無防備な姿。
いくら牛族の娘とはいえ、しっぽと角が生えている以外、人間と変わらないから、流石にドッキとしてしまう。

「あれが坊ちゃんの新しい牛? それにしては随分眠そうな格好ね」
「今のは、確かにちょっとだらしなさ過ぎるな・・」
「まあいいわ。それより仕事、仕事。すぐに干し草を届けるからちょっと待ってて。今馬車を回してくるから」
「ああ、頼むよ」
「では失礼します。坊ちゃん。そこの大きな牛さんもじゃあーねー。いっぱい食べていいお乳を出すんだよー」

そう言いながら干し草屋さんが帰って行く。すると背後から黒影が俺の屋敷全体を覆い隠し始めた。

「さっきのは誰?」

冷え冷えとした声が響く。
魔王を思わせるような黒いオーラを放つ巨人。それは誰でもない牛族の、もおーちゃんだった。

「ご主人。さっきの人間は誰って聞いてるの」
「え? さっきの人? さっきの人はあれだよ。干し草屋さんだよ」
「干し草?」
「うん。干し草屋さん。もおーちゃんのご飯をね。これから届けてくれるってさ。だから怪しい人じゃないよ」
「・・・・そう」

どこか冷めたような視線を送り、もおーちゃんは顔を洗いに川に歩いて行った。



*******

「わたしというものがありながら、くそ! くそ! くそ! ご主人のばか」

ズンズンズンと、もおーちゃんが足踏みすると、家が簡単に踏みつぶされていった
今日も家の解体の依頼があったので、もおーちゃんに頼んだんだけど彼女、なんだか機嫌が悪い。
家を壊すことで憂さでも晴らしているようだ。

「ご主人。終わったよ。次行こう次」
「もうないよ。今日の仕事はこれで終わりだよ」

もおーちゃんの破壊は凄まじく、昨日にも増して勢いが強かった。
乱暴に、そして力任せに家を踏みつけたため、あっという間に作業が終わってしまった。

「これで終わりなんて全然物足りないよ。もっともっと壊したいよ。ご主人」
「そんなこと言われてもなあ・・もう依頼はないし・・・」
「じゃあさ。街に行こう。街へ」
「街?」
「うん。街に行って、いろんなものを見てみたいよ」
「街ね・・・」

人間の街へ行ってみたいという、もおーちゃん。
その気持ちはわからなくもない。彼女なりに好奇心があるのだろう。
だけどなあ。こんな巨人を街へ連れて行って大丈夫なのかな? 街の人達が驚いてパニックにならないか心配だ。

「うわー。牛族がいるぞー」
「牛族の娘だー」

ふと振り返ると、二人組の小僧が、もおーちゃんの足元をうろついていた。
この子たち。この辺に住む近所の子かな? 
近所の子供たちが、もおーちゃんのことを珍しそうに眺めている。

「牛族は怪物だって、母ちゃん言ってたぞ」
「怪物だー。怪物だー」

なんだ。こいつら? もおーちゃんを指しながら、体を揺らして、挑発みたいなことをやっている。

「怪物は出て行け―」
「出てけー」
「いた」

子供たちが石を投げ始める。その石がもおーちゃんのつま先にヒットする。

「あははは。怪物。怪物」
「怪物は南の島に帰れー」

指を差し石を投げ続ける、子供たち。
それを見て、もおーちゃんは。

「いい加減にしてよ。人間が勝手につれて来たくせに、無理やり連れて来たくせに、怪物はあんたたちの方じゃないの!」
「うあああああああ!」
「やめてえええええ!!」

しかし、いくら威勢のよい子供とはいえ、相手は子供だ。
もおーちゃんが、手を伸ばし、二人の子供をひょいっと摘み上げていた。
すると、子供たちは急に青ざめ始める。
もおーちゃんの両手に摘まみ上げられる二人の子供。二人の足は宙に浮き、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「ごめんなさいー」
「ゆるしてー」

ああ、とうとう泣いちゃった。さっきまであんなに高圧的だったのに、もう泣いてるよ。

「もおーちゃん、もういいよ。その辺にしておいてあげたら」
「いいや。ご主人。許せない。今からこいつらを握りつぶして、土の中に埋めてやるんだからー」
「うああああ」
「ごめんなさいいいい」

子供たちは顔をぐしゃぐしゃにさせながら、ピーピ―泣いていた。
まさか牛族がこんなに強いとは、夢にも思ってもなかったのだろう。

「暴力はダメだよ。もおーちゃん。ほら子供たちを放してあげて」
「でもこいつら、わたしのこと怪物って言った。許せない」
「ひいい。ごめんなさいー」
「ゆるしてえええ」
「ほら、子供たちも謝ってるから、許してあげて。ほら、ここで子供を殺したら、もう人間の街にはいけなくなるよ」
「人間の街に行けなくなる? なんで?」
「そんなの決まってるだろ。牛族は子供を殺す怖い種族だって思われるから。ね? ここは穏便に二人を許してあげて」
「わかった。ご主人がそういうなら」

もおーちゃんの手が降りて行く。二人の子供が地面に解放された。

「うわー、逃げろー」
「逃げろー」

ふう、やれやれ。一時はどうなるかと思ったよ。
でも子供たちは走って逃げて行ったし、それを、もおーちゃんが追いかける様子も見せないし、ひとまず安心か。

「ねえ? ご主人。さっきの子供の言った通り、わたしって怪物なのかな?」
「そんなことないよ。もおーちゃんはもおーちゃんだから、怪物なんかじゃないよ」
「そう・・・ありがとう・・・それよりご主人。街行きたい。街」
「わかったよ。でも暴力はいけないからね。あと人を驚かせるのもいけない。わかった?」
「うん!」

こうして、俺達は街に向かうことに決めた。

「すごいー。ご主人。大陸が浮かんでいるよー」
「あれは浮遊大陸だよ。この辺りじゃあ珍しくないけど、騎空挺を使って大陸の行き来をしているんだ」
「騎空挺って、あの空飛ぶ船のこと?」
「そうそう、あれを使ってね、地上と浮遊大陸とを結んでいるんだよ」
「へー。そうなんだー」
「と言っていたら、街に着いたよ」
「あの丘の向こうに見えるのが街?」
「うん。そうだけど、もおーちゃんはここに居て。ちょっと門番に牛族が通れるか聞いてくるから」
「うん。待ってる」

もおーちゃんの肩から降りて、城壁まで走って行く。
すると、なんだか街の様子が騒がしい。

「おい、大変なことになったぞ」
「逃げろ。この街はもう終わりだー」

そう言いながら、大勢の人が城壁に集まってくる。みんなリュックや手荷物を引き下げており、大荷物を抱えながらどこかへ出かけようとしていた。
中には馬の背中に荷物を背負わせて歩く、上流階級の人までいた。これはただ事ではない。なにか事件でも起こったのか。

「もしもし、門番の兵隊さん。彼らどこへ行くんですかね?」
「どこへ行くもなにもねえよ。逃げれるなら、どこへでもだ」
「逃げるって・・・なにかあったのですか?」
「ドラゴンだよ」
「ドラゴン?」
「そうだ。昨日ドラゴンが街の上空に飛んできて、火炎弾を撃ち込んできたんだ。そしたらこのありさまよ」

門番が指差したところに目をやると、巨大なクレータが開けられていた。
まるで隕石でも落下したような大きなクレーター。
街の大通りを中心に、範囲一キロ範囲の周辺が消し炭になっている。
レンガの家は煤だらけで真っ黒。大通りも陥没して黒焦げになって、そこだけ道が無くなっている。

「占い師によれば、今日もドラゴンはやってくるそうだ。だから、その前にこの街からおさらばしようって連中で、ごった返しているのよ」
「軍は? 軍隊は一体なにをやってるんですか?」
「軍なんか役に立たねえよ。あんなの初日で全滅だよ。ドラゴンの翼の突風にみんなやられちまったのさ」
「・・・?? どこへ行くんです? あなた門番ですよね? 持ち場を離れたらいけないはずでは?」
「逃げるだよ。ここで門番を続けていたら、ドラゴンに焼き殺られるからな。じゃあな。あばよ」

市民に続き門番まで逃げ出している。これは大変なことになった。
街を守るはずの軍もやられ、門番まで逃げ出す始末だ。このままだといけない。
このままだと逃げ出した市民は難民となって、貧困生活を歩むだろう。
なんとかしてあげたい。なんとか。
そうだ! 一つだけ、ドラゴンに戦える、心強い味方がいる。 

「みなさん。逃げないでください。ちょうど今、ドラゴンと戦う戦力をお連れしました。牛族のもおーちゃんです」

俺は丘の向こうを指さした。するとそこには堂々とした姿で俺らを見下ろす、天を突くように巨大な牛族が・・・あれ? いない。もおーちゃんの奴いないぞ? どこいった?
あ、いたいた。でもおかしいな? もおーちゃんの奴、丘の影に入って、その隙間の中にうずくまっている。

「もおーちゃんなにやってるの? 具合でも悪いの?」
「ご主人。ドラゴンだって。ドラゴン。怖いよー。早く逃げよー。早く―」

・・・はあ? こいつ何言ってるんだ? そんな巨大な体を持っていながら、ドラゴンが怖いの?

「それが、お前さんの牛っこかえ?」

ふいに、歯の抜けた爺さんに話しかけられた。

「はい。そうですが」
「そいつじゃ、ダメだ。ドラゴンとは戦えない」
「なぜです? これだけ大きかったら充分でしょう」
「いいんや。その牛っこでは小さすぎる、ドラゴンの方が数倍大きかったかえ」
「え? ドラゴンってそんなに大きいんですか?」

え? そうなの? ということはドラゴンは200メートルか300メートルの体ってこと?
もおーちゃんよりも大きな生き物がいるなんて知らなかった。

「だから、悪いことはいえんねえ。その牛っこを連れて、お前さんも逃げなさいや」
「そうだよ、ご主人。早く逃げよー」

そうなのか。知らなかった。ドラゴンって、もおーちゃんよりも大きんだ。だったら危険な目には合わせられないか。
俺達も逃げるか。

「ひええええ! ドラゴンだ」
「ドラゴンが来たぞー」

ライオンの遠吠えような声が大空から聞こえる。
それがドラゴンの鳴き声。翼を広げた、ドラゴンが悠々とした姿で飛んできている。

「逃げろー」
「早く逃げないと、殺されるぞー」

街の城壁辺りが騒がしくなってきた。街の市民たちは、わらわらと逃げ始め、蜘蛛が子を散らすように逃げている。

「あれが、ドラゴン・・・なんてデカさだ・・・」

平然を装っているつもりだけど、なんだあれ! 超でけえええええ!!
さっきの爺さんの言う通り、もおーちゃんよりも数倍デカいじゃないか。
真っ黒な羽を羽ばたかせながら、悠々と空を飛ぶドラゴン。
その身長は爺さんの言う通り200メートル以上はありそうだ。まるで大陸そのものが動いているようだ。


「おい! 大変だ。ドラゴンが火を噴いたぞ」

市民の一人が叫び始めた。何事かと思って後ろを振り返れば、ドラゴンが大きく口を開けていた。
その方角は街の中心部。街に向かって火を噴く。

「うああああああ」
「きゃあああああ」

飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ、吹き飛ばされる。街の人達はタンポポの綿毛のように吹き飛ばされている。
人も家も、道路も全部、粉々になって飛んでいる。

「もおーちゃん。俺達も逃げるよ・・・もおーちゃん?」

さっきまで丘の影で震えていた、もおーちゃん。
だけど今は影から出て来て、ドラゴンに向かって歩いている。

「もおーちゃんそっちは危ないよ。早く逃げるんだよ」
「ご主人。わたしね。あいつと戦ってくるよ」
「もおーちゃん!?」

意外な言葉に俺は茫然となる。さっきまであんなに怖がっていた。もおーちゃんがドラゴンに戦うだって!?

「わたしね。わかったんだ。ここでドラゴンと戦わなきゃ、人間たちに認めてもらえない。わたしだって、できるってところみんなに見せてあげたいんだ」
「もおーちゃん。やめろ。勝てるわけない。早く逃げるんだー」
「ううん。ご主人。わたしね。やるよ。あんな化け物にこれ以上好き勝手はされないから。てやあああああああああ!!」

もおーちゃんは走っていた。地面を蹴り上げ、その土砂が数メートルぐらいにまで舞い上がる。
凄まじい、蹴りと瞬発力だ。もおーちゃんはあっという間に時速500キロに達し、ドラゴンに目掛けて突進をする。

「ギャオオオオ!!」

ドラゴンは不意を打たれる形になった。まさか後ろから、100メートルの牛族にタックルされるとは思ってもみなかったらしい。
山のようなドラゴンが、これまた山のように巨大な牛族に娘に突進され吹っ飛ばされている。

「いいぞ! 牛っこ」
「やれやれ!」

気が付けば、街のみんなも、もおーちゃんを応援していた。
軍隊が全滅した今、街を守ってくれるのは、もおーちゃんだけ。もおーちゃんだけが頼りなんだ。

「あれ、あんたの牛族かい? ドラゴンを吹っ飛ばすなんて、すげえ強さじゃあねえか。これなら、あのドラゴンにも勝てるかもしれねえな」
「そうだよ。今のもおーちゃんなら、絶対に勝てるよ。いけえ! ドラゴンをやっつけろー」

市民と一緒に俺も応援だ。ドラゴンと比べたら、もおーちゃんは小さくて、大人と赤ちゃんぐらいの体格差があるが、それでも人間の軍よりははるかに強いだろう。
その証拠にドラゴンに突進して吹き飛ばした。もしかしたら勝てるかもしれない。

「え?」

しかし、その予想は見事に外れることになる。ドラゴンが飛び上がる。

「え? うそ? きゃ・・きゃああああ!」

ズシンという地面が割れるような轟音が丘の上にまで響いてくる。ドラゴンは翼を羽ばたかせて空を飛び、空から、もおーちゃんの背中を蹴り上げたのである。
ドラゴンに蹴られ宙を舞う、もおーちゃん。全長150メートルの巨人が宙を舞っている、そして放物線を描いて地面に叩きつけられた。

「いたたた・・・」

ドラゴンに蹴られ顔面から地面に着地する、もおーちゃん。その体は痛々しく全身傷まみれ、顔も泥だらけになっている。

「ぎゃおおおおおお!」
「いたい。いたい。やめてーー!

とどめ! と言わんばかりに、ドラゴンが、もおーちゃんの背中にのしかかってきた。
ズシン、ズシンと、もおーちゃんの背中を踏みつけ、動けないようにしている。

「いたたた・・・」

勝負は残念ながら決してしまった。最初こそよかったが、今のもおーちゃんはボロボロだ。
ドラゴンに踏みつけられ、こんな(><)顔をしながら地面に伸びている。
そしてドラゴンが再び飛び立つ。
ドラゴンはもう、もおーちゃんのことなど見ていない。勝ったと言わんばかりに無視して、人が逃げ込んだ丘へと向かって来ている。

「ぎゃおおおおおお!」

ドラゴンが口を開いた。そして赤黒い火炎が発射される。
その炎は、なんとなく、俺に向けられている気がする。

「ぐは!」

火炎弾が、俺の頭上を通過して行く。その瞬間、体が燃えるように痛くなってきた。 ヒリヒリと全身が痛む。なんだこれ。

「ご主人ーーー! 大丈夫? ご主人。ご主人!」
「おい。大変だ。牛使いがやられたぞ。誰か、担架だ。担架で運んでやれ」
「ご主人。しっかりしてー。ご主人―!!」

そんな声が聞こえる。だけど何も見えない。
俺の視界は真っ暗だった。なんに見ない。首も動かない。当然体も動かせなかった。
視界はない、音だけが聞こえてくる。力が出ない。だるい。眠い。そんな感覚で胸がいっぱいになる。

「牛使いのやつ。ほんとやべえぞ。水だー。早く体を冷やさねえとやべえことになるぞー」

怒鳴るような大声が耳に響いてくる。それになんだか辺りが騒がしい。
あれを持ってこい。あれはまだか、なんて声が聞こえてくるけど、うるせえな。
こっちはだるくて眠いから、静かにしてほしいんだよ。
あれ? でもなんで俺は今、眠いんだろう? 確か、もおーちゃんがドラゴンと戦って、・・・あれ? そういや、もおーちゃんはあれからどうなったんだろう?
それになんで俺の体は、だるいんだ? わからない。けど寝たい。それに力が入らない。あとめんどくさい。そんな感情しか沸いてこない・・・。

「よくも・・・よくも・・ご主人に・・・怪我をさせたな!」

その時、もおーちゃんの怒りは頂点に達していた。
ご主人をケガさせ、街を破壊し、悪気もなく悠々と飛ぶドラゴン。
許せない。憎い。一矢報いたい。
そんな感情が、もおーちゃんの怒りを爆発させていた。
そのエネルギーが彼女の体を膨張させ、彼女の体を巨大化させていく。
体が膨張し、水着がはちきれ破けて行く。グングンと体が巨大化していく。
もおーちゃの怒りのパワーにより、彼女は雲よりも高い存在になっていた。

「大変だがや、さっきの牛っこが巨大化してべえ」
「ほんとだ。牛族が巨大化している!?」

雲を突き抜け、その上から顔を出す大巨人。
足は地面についている、それなのに、雲よりも高い存在だ。
今のもおーちゃんは雲さえも、見下ろす存在になっている。

牛族の怒りが頂点に達すると、自らの体を巨大化させる能力があった。
今の、もおーちゃんもその能力が解放されて巨大化している。
その倍率は約10万倍、10万倍とは全長150キロ、ちょっとした国のような大きさになっていたのである。

「なんだ。あれ?」
「そんなバカな。浮遊大陸よりもデカい・・だと?」

その姿は、浮遊大陸からもよく見えたそうである。
地上100キロ地点を浮遊する浮遊大陸。
その大陸の地平線の向こうに、もおーちゃんの乳首が聳え立っていた。

「なんだ。あれ?」
「あれは牛族の乳首だ!」
「あれが乳首だと! そんなバカな! ダンジョンタワーの標高が800メートル。それと同じぐらいあの乳首は大きいじゃないか」
「つまり、800メートルの乳首ってことか?」

果てしなく巨大な肉体の壁が、もおーちゃんの乳首が、浮遊大陸の上からもよく見えたそうである。
今の乳首の大きさは、なんとダンジョンタワーにも匹敵した。
そんな超巨大乳首。
全長800メートル乳首の出現に、浮遊大陸の人間たちは、皆、唖然となっている。
浮遊大陸の人間もそうだが、その下に住む街の人達も、もおーちゃんの動きを不安そうに注視していた。
山よりも、巨大なもおーちゃんのつま先。くるぶしから先は雲に遮られて見えない。
地平線の向こうに、くるぶしから下だけが見える、異様な光景。
足だけが雲の下に見える異様な、もおーちゃんのつま先に、地面に住む人たちも唖然となりながら、見上げている。
この巨人は何なんだ? これから何をするつもりなのかと。みんな不安そうに見上げている。

「邪魔!」

もおーちゃんが初めてとった行動。それは手を左右に振ることだった。顔の前に漂う邪魔な雲を追い払っている。
だが、それはまさに自然災害と言って程の突風だった。
彼女は、まるで虫でも追い払うかのように、雲を右手で払いのけただけだが、それだけでドラゴンが風に煽られ、右往左往している。
そして、もおーちゃんは一歩前進する。それにより全長800メートルの乳首が、浮遊大陸を串刺しにした。

「逃げろ! 大陸が砕けるぞ!」

全長800メートルの二つの乳首が、二つの浮遊大陸を同時に串刺しにする。それによって、大陸そのものが崩れ始めた。
粉々になる浮遊大陸。そこに住んでいた浮遊大陸の住人たちはありったけの騎空挺を飛ばして逃げている。
その様子は凄まじく、乳首の周りを飛び回る、コバエのように騎空挺が見えたそうである。
二つの浮遊大陸を串刺しに大陸を崩壊させた、もおーちゃんはさらに前進を続けた。
そしてドラゴンが居るところまでやってくると、もおーちゃんは脚を曲げ、ご主人が居る丘の上にしゃがみ込んできた。

「これか・・・」

雲が払いのけられたことで視界がクリアになる街。
その雲があった所よりも高い上空から、もおーちゃんの巨大な目玉が覆い被さってきた。
街を覆いつくすほどの巨大な目玉。あと数メートル近づけば、まつ毛が触れるところまで、もおーちゃんは目を近づけていた。

「きゃーーー」
「うああああああ!!」

ドラゴンの比じゃないぐらい、恐ろし怪物の出現に、市民たちは右往左往していた。
街の全てを飲み込めるほどの、巨大な片目の出現にパニックになっている。
街の人はみんな逃げ出し、もおーちゃんの目玉から逃げていた。
しかし、それは無駄な抵抗だった。
街の直径と同じ目と言うことは、もおーちゃんの片目は1000メートル。
1キロも走らないと、もおーちゃんの目玉から逃げられない。
どこまで走っても、もおーちゃんの目がずっと広がり、逃げれたとしても黒目から白目までだ。
それ以上先に、逃げるとなると相当な時間を要することになる。

「これが・・・ご主人を傷つけた。ドラゴンか・・・」

魔王のような低い声が、街全体を揺るがす。
もおーちゃんの声は巨大化したことで、野太い間延びした声に変わっていた。
そんな魔王のような声に、ドラゴンもビビっていた。まさか牛族が巨大化して雲の向こう側から見下ろしてくるとは思ってもみなかったのである。
雲をも払いのける、浮遊大陸よりも巨大な存在に勝てるわけない。ドラゴンは本能的にそれを察し、一目散に逃げている。
しかし、もおーちゃんの目玉は直径1キロ。ドラゴンの体の5倍ほどもある目玉だ。ドラゴンがどこまで逃げようとも、もおーちゃんは一歩も動いていいない。
まるでちいさな子供が足元を這いつくばる、アリを観察するように、一歩も動かず、ドラゴンの動きを、しゃがみながら観察していた。

「死ね」

それが攻撃の合図となった。もおーちゃんの人差し指が地面に差し向けられる。

「なんだ。あの柱!」
「あれが、牛っこの人差し指だって言うのかよ・・」

雲を押しのけながら巨柱が出現する。それは全長7000メートルにも匹敵する、もおーちゃんの人差し指だった。
指一本だけで富士山二つ分に匹敵する、一本の塔だったのである。
指がドラゴン目掛けて振り下ろされる。神の一撃にも等しい、攻撃がドラゴン一匹に向けられたのだ。
ズン! 間一髪で攻撃を避けるドラゴン。流石はドラゴン、機動力は世界ナンバーワンである。
しかし、さっきの攻撃はほんの小手調べ。もおーちゃんからしてみれば、障子に穴をあけるような、緩慢な動作でしかない。
ズンズン! 今度は激しく、そして素早く指を降ろしてみた。ピアノを弾くように、パソコンのキーボードを叩くような速さで指で突っついてみた。
すると、今度は捉えた! ドラゴンの翼に指が激突し、翼をもぎ取っている。

「ぎゃおおおおおおおお!」

ドラゴンの断末魔が響き渡る。まさか、ドラゴンも自分の翼をもぎ取られるとは思ってもみなかったのだろう。
しかし、これはまだまだ序の口だった。もおーちゃんは、まだ指一本しか使っていない。使ったのは人差し指一本だけで、親指も、中指も、薬指も、小指もまだ使っていない。
他の四本の指は、折り曲げられた状態で空中に待機しており、まだ降りて来ていない。未だに待機状態である。

「さっきの仕返しをしてあげるわ。ドラゴン。あなたを足で踏んづけてあげる」

手が引っ込み、今度は右足が雲の向こうから姿を現わした。
その大きさは10万倍。長さ23キロの足だ。街の大きさ23個分の片足がドラゴンの真上に振り下ろされた

「ぎゃおおおお!」

ドラゴンの体はたったの200メートルしかない。それはもおーちゃんからすれば、たった2ミリ程度の大きさだ。
こんなに小さいなら、アリを踏むのと大して変わらない。
丁度、もおーちゃんの爪先に生えた、爪先の白い部分にドラゴンが乗ってしまえるぐらいの大きさである。
小指の長さよりも、いや幅よりも、遥かに小さなドラゴン。
そんなドラゴンの頭上に大きな大きな足の形をした影が迫ってきた。
ドラゴンの体に、もおーちゃんの足の裏が触れる。するとドラゴンの体が「くの字に」曲がり始めた。
背骨が曲がる、首が折れる、内臓が破裂する、頭蓋骨が砕けて行く。
さらに圧縮が続けられ、地面に埋もれり、とうどうドラゴンは絶命、地面の中にペシャンコに押しつぶされた。

「勝った!」

ドラゴンに勝利した、もおーちゃんは足の裏にへばりついた、ドラゴンの死骸を剥がしとり、街の隣に置いていた。
そして、その街の城壁の前で仁王立ちのポーズをとる。腕を組みながら、皆の前で勝利のポーズを披露している。
しゅるるるる、そんな音と共に、もおーちゃんの体が小さくなった。
もおーちゃんの怒りは収まり元のサイズ。100倍の大きさに戻ったのである。

「ご主人! 勝ったよ。ドラゴンに勝ったよ」

150メートルサイズにまで戻り、ご主人の元へと駆け寄ってくる、もおーちゃん。
すると、そのつま先の下に、ご主人が寝転がっており、手当を受けている真っ最中だった。

「おい、牛っこ。あんまり地面を揺らすな。もっと静かに歩け。お前のご主人は今、怪我しているんだよ」
「そうか。そうだったね。治りそう?」
「ああ心配するな。かすり傷だ。薬でもつけとけば、すぐに治る・・・それよりお前さん。裸だな、目のやり場がねえからこれでも羽織っていてくれ」

もおーちゃんは、自分体を見た。するとぶるんと突き出た、乳房が一糸まとわぬ姿でそこにある、
皆の前に突き出された乳房。それを見た、もおーちゃんは・・・

「きゃああああああ!!」

その悲鳴は隣の街まで聞こえるぐらい大きな悲鳴だったそうである。



******


「よかったー。ご主人。目が覚めたんだねー」

それから数時間後。ようやくご主人が目を覚ました。

「おい。起きな。牛使いの旦那よ。こいつをお前さんの牛っこがやっつけんだよ」
「え? やっつけた? やっつけたって何を? す・・すげええええええ!! これ本当にもおーちゃんがやっつけたの?」

ドラゴンの死骸が真っ逆さまに寝転がっていた。
地面にめり込むドラゴンの死体。
その死体には、もう原型が残っていない。本当にペシャンコ。馬車に踏み潰されたカエルのように地面に同化した、ドラゴンの死骸が地面に埋まっている。

「ほんとうに、もおーちゃんがやったの?」
「えへへへ~~。そうだよ~」
「うちの、もおーちゃんがこんなに強かったなんて知らなかった」
「そんなことないよ。あの時は無我夢中で戦っただけだから」

それにしても信じられない。
今の、もおーちゃんもかなりの大きさなのに、これ以上に巨大化するなんて。

「でもご主人~。わたし失敗しちゃった~。浮遊大陸があることを忘れてて、その・・・大陸を壊しちゃった」
「いいよいいよ。浮遊大陸の人達もドラゴンには困っていたようだし、許してくれるって。そうだろ。みんな」
「ああ。いいよ」
「俺たちの住むかが無くなったのはちょっといてえが、ドラゴンが居なくなったから、まあいいさな」
「だってさ。もおーちゃん。だから気にしないで」
「うん」

それよりも・・・これ、どうしようか・・・。

街のど真ん中に開けられた、ドラゴンの火炎弾。
ドラゴンは死んだが被害はゼロではない。
大勢の人が怪我したり、家を失っている。ドラゴンは倒せたが、街の被害は甚大だ。

「街は壊されちまったが、まあいいさ。その分。お前さんの牛っこにうんと働いてもらえばいいさね」
「うんだ。その牛っこに、木を切らせて、ここまで運べば、すぐに街は復興するだよ」
「そうか、もおーちゃんに手伝ってもらえば、すぐに復興できるかもしれないね」
「そうさね。あと街の穴埋めも手伝ってもらうぞ。牛っこの力を使えば、道路も一日ぐらいで元に戻るよ」
「だってさ。街の復興には、もおーちゃんの力が必要なんだってさ。もおーちゃん。もちろん手伝ってくれるよね?」
「もちろんだよ。手伝うー」

こうして俺たちは、徹夜で、街の復興に従事することになった。
もおーちゃんは皆から、頼もしい存在として受け入れられ、俺もその頼もしい牛族の飼い主として重宝されている。
牛族と人間が共存共栄できる未来も、この調子なら、すぐにやってくるかもしれない。