注:このお話はちょっぴり残酷風味です。あらかじめご注意ください。



東京タワーの麓に程近いK大学の、心地よく陽光差し込むカフェテリアにて
今マイは何時になく浮き足立っていた。
「ガチンコアイランド」でコビトたちを100人も残殺したことは
マイの良心に呵責を与えるどころか、むしろ抜群のストレス解消として
マイの外見的容貌がより明るく見えることに貢献していた。

「おまたせヒロユキ!」
マイには今付き合ってる恋人のヒロユキがいた。
ヒロユキは同じサークルで知り合った恋人で付き合い始めてもう1年半になる。
90年代風のロンゲがさまになるタイプの顔つきで、背はマイより10センチほど高い
学業優秀で容姿端麗、まさに自分の将来の夫にふさわしいとマイは思っていた。

ただ、ヒロユキの実家はお世辞にも毛並みがよいとは言い難く
それだけがお嬢様育ちのマイには気がかりな点だった。
そして今日マイが浮き足立っているのは彼のその唯一の難点を
埋め合わせて余りある方法を思いついてきたからであった。

「おう!なにやってたんだよマイ、ちょっと遅いよ」
コーヒーカップから視線を上げて、マイを睨むヒロユキ
「ゴメン、四限が長引いちゃって」
マイは軽く肩で息をしながら対面の席に腰掛ける
「おまえからここに来いっていったんだろ〜」
「だからゴメンってば、でね、今日話そうとしてたのは
実は『ガチンコアイランド』のことなんだけど」
「『ガチンコアイランド』ってあの怪しげな施設のことか?
まさか俺に金がないからってあそこで賞金とってこいなんて言うんじゃないだろうな」
「半分正解、半分不正解よ」
「どういうことだ?」
「実はね、あたしあそこのリピーターなのよ」

マイは広告から興味本位で施設に乗り込んでみたこと、そこでは
高額の賞金が掲げられているが、最高賞金は100倍の体格の相手と
格闘しなければならず、まともにやっては決して勝てないこと。
そして、マイは自分が悪逆の限りを尽くしたことには触れず、
しかし、賞金は相手が「ギブアップ」をすれば
即ちやられた「フリ」をすれば勝者に支払われるということを説明した。

「ってことは、俺たちのうちのどっちかが負けたフリをすれば30億を
手にすることもあながち不可能じゃないのか?」
ヒロユキは食いついてきた。
「まず一つ言っときたいんだけど、このアイディアを思いついたのはあたし、
それに体を張って実地調査してきたのもあたしよ、『どっちか』ておかしいんじゃないの?」
マイは妙に理屈っぽかった
「そ、そうか、じゃあ俺が小さくなるかお前が大きくなるかするんだな・・・」
「あと」とマイは付け足す「いくら演技とはいえ身長が2cmもない人間に
『負けたフリ』をする演技はいかにも臭いわ。それは2cmの相手を100人相手にしたことが
あるからよく分かるの。ここは念のため二等賞金の3億で様子を見るべき、
3億で上手く行ってからよ、30億を狙いにいくのは」
マイの眼は狐のようにしたたかな光を湛えていた。
「でも、レベル9対レベル2だとしても不自然であることに変わりはないんじゃ・・・」
「私もそれだとどれくらいの体格差になるのか分からない。でもさっき言ったとおり
最近のシステムでは賞金を前借りして武器が貸与されるのよ。ちょっと利子が暴利だけど
その武器を使ってすぐに私をK.Oする演技をするのよ。それなら説得力があると思うわ」

作戦会議はその後ヒロユキのボロアパートに場を移し夜半まで続いた。

次の日の昼、二人はお台場にいた。
「いい?なるべく関係のない間柄を装うのよ。ちょっとでも恋人同士だと思われたらアウトだと思って」
「分かった、じゃあ昨日決めた通りで行こう」

フジヤマテレビ前駅で二人は別行動を開始した。
先に中に入ったのはヒロユキだ。
作戦通りレベル9を選択する。
受付嬢は死刑台に登る囚人を見送るような
哀れみと残忍な好奇心が混じったような目でブースを案内した。

(上手くやってくれよ、マイ・・・)
祈るような気持ちでヒロユキは意識を失った。

次に気がついたときは、幽々白書に出てくる闘技場のような場所だった。
ヴァーチャル空間に入るのは、まるで今までの現実こそがむしろ夢だったかのような
夢から醒めてこれから本当の現実がはじまると錯覚させるようなリアリティーだった。

(なんだ、ヴァーチャル空間って言うからもっと夢みたいな不感無痛の浮遊感を想像してたんだけど
こんなところで踏み潰されたりしたらPTSDなんてもんじゃ済まないぞ。。。)

ヒロユキはふと、生暖かい風が吹いてくるのを感じた。
何か巨大な発熱体が風上に控えているようなそんな予感がする
すると

ゴゴゴゴ・・・・

場外にマイが、巨大なマイが立ち上がるのを彼は見た。
ちょうど40メートルくらいだろうか、ウルトラマンと同じくらいである。
などと冷静に観察できるのはこれもシナリオのうちとヒロユキが考えているからである。
もし自分が賞金に釣られた素人の参加者で初めてこんな光景をみたら
すでに立っていられない位の動揺を感じているはずである。
しかし、ここで冷静なのはかえっておかしい、ヒロユキは勤めて
哀れな餌食と化した小人を演じた。

「ひっひぃいい、助けて、助けてくれぇ」
ヒロユキは腰を抜かした演技をし、なす術もなく後ずさるフリをした。

マイも残忍なリピーターのフリをして、両手を腰にあて、挑戦的に見下すような目つきをした。
今回のマイの姿はチアリーダーのようなスコート姿である。
(もう、ヒロユキが相手じゃなかったらわざわざコビト相手にスコートなんて履かないんだからね、
これは一瞬でも怖い思いをしてくれるヒロユキへのサービスよ♪)
マイはその大理石の柱のような巨魁な脚で場外から闘技場への第一歩を踏み出した。

ドドーーーン!

ヴァーチャル空間とはいえ観客席にはまるで本物のような観客が映し出されていた。
その観客たちには今マイのスコートの中身が丸見えである。
もっとも、もし彼らヴァーチャル観客たちにもう少しリアルな感情を搭載されていたら
いつ躓いて自分たちの上に座り込んでくるか分からない股の下にいることは
巨大な戦闘機が低空飛行で頭上を通り過ぎるような圧迫感を感じていただろう。

ドドドーーーーン!

両の脚が場内狭しと闘技場に入場した。
「さぁ〜て、どうやってこらしめてやろうかしら♪」
両手を腰にすえ、ヒロユキを跨いでスコートの中身をあえて見せ付けるように
マイは言ってみせた。恋人のヒロユキには演技と分かるように
しかし恐らくこの試合を静かに監視している運営側にはそれと悟られないように。
「こんな小さな体でどうやって私と戦うつもりだったの?ねえ?」
ヒロユキの上にしゃがみこみヒロユキの頭を丸太のような一指し指でグリグリする。
マイにとってはグリグリでもヒロユキにとってはガタイのいい不良に胸倉をつかまれ
グラグラ揺すられてるような衝撃と恐怖だった。
(おいおい、やりすぎじゃないのかマイ!!)
これは帰ったら賞金の取り分を多めに貰わないとな、とヒロユキは思った。

ここでヒロユキは予定通りギブアップを叫ぶ。
しかし、マイも予定通りそれを退ける。
そうすると、あざとい運営側は武器を貸与してさらなる地獄絵図を描こうとするはずだった。
はたしてそれは実現した。

「ヒロユキさま、賞金を前借りすることで武器の貸与が可能です、貸与を受けますか?」

「た、たのむ、買う!買わせてくれ!」ヒロユキは追い詰められた哀れな小人のフリをして叫んだ!


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一方その頃、ガチンコカンパニー・コンピュータールームでは・・・
「ふふふ、猿知恵にしてはよく考えたわね、でも、そろそろ茶番も幕にしないと・・・」
ギシッ
プレジデントチェアーを軋ませ、レッドワインを舐めながら
モニターで仮想空間の様子を見ていたのはガチンコカンパニー
ガチンコアイランド管理部部長のナカライだった。
ナカライは旧ナチスドイツ軍風のミリタリーファッションだったが
そのギリシャ彫刻のように、豊満なボディーは隠しきれて居なかった。

ガチンコカンパニーは仮想空間発生装置に搭載されているバイオモニターを通じて
プレイヤーの発汗、心拍数、恐怖中枢の活動レベルなどをモニタリングしていた。
その情報を見れば、プレイヤーの演じる演技などは簡単に見透かせてしまう。

「ハヤシ!私に仮想空間発生装置の準備を、空間座標をこのモニターに合わせて」

コンピューター技術者のハヤシは忠実に装置を設定した。


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ヒロユキは二億円でミサイルを買った。
あとは一分以内にこれを発射ボタンを押し、それにわざと当たったマイが負けを認めれば
1億円を二人で山分けと言うシナリオだった。

「く、くらえバケモノ!」
シュボー!ミサイルが遠くから飛んでくる。
フリスビー程度の速度で飛んでくるそれをよけるのはマイにとっていとも簡単なことだったが
ワザと当たった。

ちゅどーん!

(やっぱり・・・)マイは思った(この火薬、爆発はハデだけど威力は殆どないわね。)

「ぐぁー!」マイは客席に向かってそのウルトラマン級の体躯で倒れこむ
ヴァーチャル観客とはいえリアルな感触と悲鳴だった。
そのまま目を瞑り動かないマイ。

「か、勝ったぞー!俺は勝ったんだ!」大げさによろこぶヒロユキ。

が・・・いつまで経っても、ゲーム終了を告げる音声は鳴り響かない。
代わりに鳴り響いてきたのは、不吉な地響きである。
ぅうううん・・・
っううううううん・・・
ずっううううううううん・・・
マイとは桁違いの質量がどこかからここに接近してくるのをヒロユキは感じた。

(バカな、どういうことだ!試合は終わったはず、そしてマイは今そこで倒れている
他に誰か居るはずなどないのに!)

ずっうううううううううううううん・・・・
あまりに大きすぎてその全容を仰ぎ見るには首をほぼ直角に曲げなければならなかった。
それは400mはあろうかという巨大なミリタリーファッションの女だった。
(そんな!このゲームの上限は100倍のはず、ってことはただのプレイヤーじゃないな)

「はじめまして、運営のナカライと申します」とミリタリーファッションの女は
あくまで慇懃に脚をそろえやや屈み込むようにして挨拶をした。
「この度、当会場で不正な試合が行われましたので様子を伺いに参りました」
女の声はデパートガールのような発声だったが、背後に有無を言わさない迫力をそなえていた。

ヒロユキと気絶したフリをしているマイは狼狽した。
「マイ様、ヒロユキ様・・・入場の際に署名していただいた契約書にも記載してありましたとおり
デキ試合をしたお客様に関しましては、デキ試合に関与した全員で賞金の10倍を弁償していただくか
もしくは最高賞金の3倍相当のハンデをつけて運営の係員と対決していただく規定となっております」
しばらく間があり
「どういたしますか?」

マイが目を開けるとそこには自分の10倍サイズのミリタリーファッションの女が
満面の営業スマイルと中腰の姿勢で自分を覗き込んでいた。
虫けらの気分を、マイは初めて味わった。

「そ、そんなのどっちもムリに決まってるじゃない!」マイは叫んだ。
10倍以上の体格差が素手の格闘において何を意味するかマイ自身が一番よく知っていた。
おそらく運営は見せしめのためこの上もなく陰惨なやりかたで私たち二人を「処刑」するに違いない

しかし、かといって賞金の10倍つまり10億円の借金とて娑婆で返せるはずもない。利息だって悪魔的なものだろう。

ナカライは二匹の虫けらに最悪の決断をさせることに決めた。

「では・・・マイ様とヒロユキ様お二人の試合続行、ということでよろしいですね?」

「うっ・・・」マイは背中に冷水をかけられたような心地がした。

いっぽう、巨大なマイとさらに巨大なナカライの足元でそのやりとりを聞いていたヒロユキこそ
一番生きた心地がしなかった。
(どういうことだ「試合続行」ってつまり、俺とマイが本気で殺しあえってことかよ・・・そうなったら俺は・・・)

一方マイは
(ヒロユキにはどのみち借金が残されている・・・ヒロユキと私が仮にこのナカライを倒したとしても
その頃には一分三割の利息はどう考えても3億をゆうに超えてるわ、つまり二人仲良く破滅・・・
でも、私が本気でヒロユキを倒せば・・・私だけは30円の黒字で助かる・・・
ヒロユキだけが闇に沈む・・・そしてそれは私一人の意思があれば可能・・・
合意は必要ない・・・合意は・・・)

「ごめんね・・・」

マイが呟いた

「ごめんね、こんなことになるなんて・・・」

「なんだよ、マイ、謝るなよ、なんで謝るんだよ」

「でも、私まだ生きたいんだ、借金なんてまっぴらよ」

「なんだよ、マイ、冗談はよせよ、二人でいっしょに十億円また返していけばいいだろ
愛さえあれば生きていけるって、おい、マイ聞いてるのか!」

いつの間にかマイは立ち上がっていた。

「試合続行ね」

「ま、おれは・・・」

ズゥウウウウウウウン・・・

言い終わる前にヒロユキはマイの靴の下に消えていた。

「見事な勝利です。マイ様」とナカライが言うと辺りが暗くなった。

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目が醒めるとマイはすぐにヒロユキのブースへ行った。
「もう助からないでしょう。脳波がめちゃくちゃです。」
「そう、でもいいの、その人は一生目覚めない方が・・・」

賞金の30円を貰うとマイは午後のお台場へ消えていった。