ある晴れた日のお昼、多くの人が昼食を食べている頃、突如として日本中に大規模な地震が発生した。
政府が対応に追われる中、ある街から衝撃的な光景が目撃された。

「巨大な…女の子…?」


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「…道に迷っちゃった…」

キョロキョロとあたりを見渡しながら困惑する少女は高森藍子。
そのゆるふわな雰囲気で周りの人々を癒す346プロのアイドルだ。
今日は近くの路地裏にできたという新しいカフェでお昼ご飯を食べようと外へ出たのだが、場所が分からなくなってしまったようだ。

「なんだか開けた場所に出たけど…ここどこだろう…」

とりあえず来た道を戻ろうと振り返っても、さっきまであったはずの路地は見当たらない。

「このまま帰れなかったらプロデューサーさんに迷惑かけちゃう…。早く帰る道を探さなくっちゃ!」


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その街はパニックに陥っていた。
普段テレビで見ることもあるアイドルがとんでもない大きさで街の近くに現れたのだ。
だが近く、というのは間違いであった。それはあまりの大きさの差からくる錯覚であった。
藍子の大きさは街の人々から見て10000倍、相対的な身長は15500mにもなる。
街からは10kmも先に立っていたのだが、街のどこからでもその姿を見ることができた。

人々は「どうしてアイドルが?」「どうしてあんな大きさに?」と考えていると、街の向こうに見えていた足が大気を揺らしながら持ち上がった。周辺の雲を蹴散らしながら足が近づいてくる。
その足が踏み下ろされると先程と同じかそれ以上の地震が街を襲った。一部の家屋は崩れ、人々は皆地面へと倒れ伏した。
そして街と藍子の距離が半分以下まで縮まった。


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「多分こっちの方だと思うんだけど…」

不安を紛らわすために独り言を言いながら歩き始めた藍子。
すぐそばにあった街に気付くはずもなく、街へと踏み入った。
超高層ビルですら藍子にとっては1cm程度にしかならないのに、気付けという方が無理な話であった。
2400mの足がビルをなぎ倒しながら地面へと沈んでいく。
指にも満たないほど小さなビルは、靴に包まれた足に感触を与えられはしなかった。


地震の原因が藍子だと理解するやいなや、住民は全速力で反対方向へと逃げ出し始めた。
少女が一歩歩いただけであれほどの地震が起こったのだ。もしあの少女がこの街に入ったらどれほどの被害が出るのか想像もつかない。
車で逃げる者、電車で逃げる者、飛行機で逃げる者など様々であったが、時速5万km以上のスピードで歩く藍子から逃げられる者は皆無だった。
一瞬で街まで迫り、大気を鳴動させながら靴が降りてくる。それはさながら隕石の直撃のようであった。

ズウウウウウン…

周囲10kmの建物は衝撃と風圧でバラバラに砕け散り、数十万人が逃げる間も無く殺された。
そのような大破壊を行なったお散歩用の可愛らしい靴は傷ひとつ付くことはなく、瓦礫の中にそびえ立つ様子は神々しさすらも感じさせた。
そして街中に藍子の声が響き渡る。

「あれ?何だろう…この灰色の…」

ただ小さな声で呟いただけであったが、近くにいたものは鼓膜が破れ、遠くには衝撃波で吹き飛ばされてしまう人もいた。
1万倍のアイドルに独り言は人を殺すには十分すぎる破壊力であった。

そして独り言の後には突然大気が大きく揺れ、ゴゴゴゴ…という重低音が街を襲った。
藍子がしゃがみこんできたのだ。ただでさえ大きい藍子がさらに巨大化してるかのように感じるほどに地面に近づいた。
しゃがみこんだことによって周囲の雲は晴れ、より藍子の姿が鮮明に見えるようになったことが街の人々の恐怖を煽った。

「これって…街?ミニチュアかなぁ?」

距離が縮まった分だけ先の言葉とは比べものにならない突風と爆音が街を揺らす。
普段の愛らしい顔から発せられる可愛い声だけで街は壊滅的な状況へと陥った。
しかも彼女は足元にいる人々には一切気づかずこの街を作り物だと勘違いしているらしい。

自分がその街を踏みつけて大災害を起こしていることなど全く気づかず、呑気にゆるふわな考えをしながら、地面に顔を近づけて観察する。
精巧に作られたジオラマのような1/10000サイズの街に興味が出てきたようだ。

「ちょっとだけ触ってもいいかな…あっ。」

天から山も一掴みにする大きさの手が降りてきた。
そして100mほどの超高層ビルをその数倍はある指が摘んだ。
藍子自身はそっと摘んだつもりであったが、ビルは簡単に根元から折れてしまった。
それだけでガラスは全て割れ、ビルはボロボロと崩れ、ズゴォという音を立てて空高く持ち上げられた。
中にいた人は壁に叩きつけられ、大きく揺れるビルの中でどうすることもできなかった。

「ごめんなさいっ。…それにしても良くできてるなぁ。」

藍子はビルを瞳の前まで持っていく。
人類史上類を見ない大量殺戮をしているにも関わらず、本人は全く罪悪感を感じてないように謝った。目に見えないほどに小さい人が死んだところで藍子にとっては最初から存在していなかったも同然であったのだ。
パーツひとつひとつが数百mに及ぶ巨大な藍子の顔が迫り、ビルと同じ大きさの瞳がじーっと見つめてくる。そのあまりの恐怖に発狂する住民も出た。
しかしその視線はビルの中の人々に向けられたものではなく、外装ぐらいしか見えていなかった。0.1mmしかない埃と同等の存在に気付くはずもないのだ。




政府は地震の原因が1人の少女だと分かると、すぐさま軍を出撃させた。
たとえ1万倍といえども、か弱い女の子。
ありとあらゆる兵器を使い、全兵力で攻撃をすれば倒すことができるかもしれないと考えたのだ。
もっともそんな一縷の望みはすぐに潰えることとなるのだが。

まず攻撃を仕掛けたのは戦闘機であった。半分ほどは少女がしゃがみこんだ時の風圧で操縦不能に陥り、錐揉みになって落下したが、しゃがみこんだことは幸運であった。
この戦闘機はマッハ2.5ほどのスピードが出せるのだが、1万倍の少女は普通に歩くだけでその10倍以上の速さが出る。その場に止まってくれないと到底ミサイルを当てることなどできない。

最初は少女の周りを旋回しながら服へとミサイルを撃ち込んでいったが、傷ひとつ付く様子が無かったので、肌の露出している顔へと矛先を向けた。
ビルをつまみ、じっと見つめている少女の鼻先で数十本のミサイルが炸裂した。

「きゃっ!」

ズドオオオオオオン…

突然目の前で何かがはじけ、バランスを崩し後方に転倒してしまう藍子。
ビルも地面に落ち、バラバラになってしまった。
少女が後方に倒れこんだだけで大地は大きく揺らいだ。被害は拡大したが、初めて少女がこちらの攻撃に反応を示した。パイロットは歓喜し、続けざまに攻撃を仕掛けようとしたが、少女の口からはあっけない言葉が発せられた。

「いたたた…びっくりしたぁ…」

戦闘機たちの一斉攻撃は少女を驚かせる程度にしかならず、皮膚にはまったく傷のついた跡はなかった。藍子にとっては尻餅をついて臀部を軽く打ったことの方がよっぽど重要なようだ。

お尻をさすりながら爆風の正体を探していると、あたりに目を凝らさないと見えないぐらい小さな虫のようなものが飛んでいるのが見えた。

「もうっ!急にびっくりさせるなんて悪い虫さん!」

藍子が虫の飛んでいたあたりをパチンっと両手で叩いたことで虫は潰れてしまった。
パイロットにとっては左右から1000mを超える肌色の壁がマッハ100以上のスピードで襲いかかってくるように見えた。
住民の鼓膜を破壊しながら鋭い破裂音が街中に鳴り響く。そして航空隊は認識する間も無く全滅した。

航空隊に遅れて少女のもとへとたどり着いた戦車隊は、倒れこんだ少女の柔らかそうなふとももに砲撃を繰り返す。
柔らかそうに見えても10000倍の大きさ。
その皮膚の厚さは表皮だけでも10mもある。
とても貫通させることはできず、表面に爆風が起こるばかりだった。

藍子は他に虫がいないかと見回すと太ももの方でも同じような爆風がポンポンと何度も弾けていることに気づいた。
藍子はぐっと顔を近づけてよーく見てみると、そこには1mm程度のゴマ粒のような戦車がずらっと並んでいた。

「もしかして…本物の戦車?…ということはこれって本当の街!?」

少女のその声と吐息で砲弾ははじき返され、戦車隊は数十m吹き飛ばされた。少女の一言の前に軍隊は無力であった。

初めて巨大化していることに気づいた藍子は、自分が立ち入ったことで崩壊した街並みを見てとんでもないことをしてしまったと、急に罪悪感が湧いてきた。

「ごごごっ、ごめんなさい!わっ、悪気があったわけじゃないんです!」

足元にいる戦車隊にぺこぺこと謝る藍子。
それでも戦車は砲撃を止める様子を見せず、ずっと藍子の健康的な足へと砲弾を撃ち込み続けている。
すでに数十万の人々を殺すという極刑でも済まされないような大罪は、ごめんなさいで許されるものではなかった。
軍人は祖国を守るためにこの怪物を倒さなければならない。
無駄かもしれないと思いつつも残っている戦車隊は攻撃を続けるしかなかった。

「むぅ〜…。謝っているのに頑固な人たちですね…。そんなちっちゃい弾じゃ痛くもかゆくもないんですから、大人しく諦めてください!」

決死の攻撃は少女の頬を膨らませることしかできなかった。
藍子はそう言いながら指を伸ばし、戦車隊の最前列へと下ろす。
力を込めたつもりは一切無かったが、十数台の戦車が何の抵抗もなくプチっ…と潰れてしまった。
そのあまりのあっけなさに藍子は今までに感じたことの無い優越感に襲われた。

「ふふっ…♡みなさんこんなによわっちいのに私に攻撃してきたんですね…♡」

藍子は自分と相手の圧倒的な大きさの違いに興奮を覚え、今度は手を大きく広げてゆっくりと戦車隊へと下ろしていく。

「えいっ♡」

ズウウウウウン…

数百台はいたはずの戦車はたった1人の少女の手のひらの影に収まり、逃げる間も無く押し潰され全滅してしまった。戦車隊はその少女に微塵も刺激を与えることはできなかったが、その僅かな感触が快感となって全身を駆け巡った。

「なんだか体が火照ってきちゃった…♡」

藍子は頰を赤らめ、お尻についた汚れを払いながら立ち上がった。
藍子にとっては小さな埃でも、小人にとっては10mにもなる瓦礫の雨が降るようであった。
そして、少し大きめの声で言い放った。

「ちょっとお散歩、しちゃおうかな…♡」

少女の大蹂躙が始まった。
一歩踏み出しただけで数万人単位で人が死ぬ藍子の足が遠慮なく何度も何度も踏み下ろされる。
断続的に世界が崩れるほどの地震が各地を襲う。

「ふふっ、まるで雪の道を歩いてるみたい♡」

衝撃に対してはかなり頑丈に作られている建築物だろうと2400mの足の前には霜と同等だった。
足の下の微細な感覚が人々の長い年月をかけて作り上げてきたものだと思うだけで、一歩ごとに昂って、自然と歩みも強くなっていった。
そうしてビルを蹴散らしながら歩いているうちに一際高い塔が目についた。

「これが日本一高い塔…。ちっちゃくてかわいい…♡」

藍子は街の一角を押し潰しながら女の子座りになった。
藍子にとってわずか6cmほどにしかならない塔の横に人差し指を立てて並べてみると、塔は指の陰に隠れてしまった。

「小人の皆さん…よーく見ててくださいね♡」

そう言って塔を人差し指と親指で摘み、口元へ持っていき、大きく口を開け、見せつけるようにゆっくりと指を下ろしていく。

「あー…んっ…♡」

わざとらしく声を上げ、ぱくんっと塔を丸呑みにした。

ボリッ…ボリッ…ボリッ…

藍子は強めに音を立てながら、日本一の塔を軽々と歯で砕いて食べてしまった。

「ふう…お菓子にもならないですね…♡」

人類の叡智の結晶は一瞬にして少女のお腹へと消えてしまった。どんなに小人が技術を持って立ち向かってきても自分には敵わないと実感したことで藍子の興奮は頂点に達した。
そしてそれに呼応するように体がさらに大きくなっていく。

「少しも私を満足させることのできない小人さんなんてもういりませんよね…♡」

女の子座りのまま巨大化していく藍子。膨張する体に周りのビルはなぎ倒され、地面もさらに沈み込んでいく。

「一歩も動いてないのに…♡みなさん弱すぎます♡」

だんだんと日本全土に藍子の体が広がり、ついには座っているだけで本州が藍子の下に隠れてしまった。
およそ100万倍、約1550kmへと超巨大化した。
体には多くの人工衛星がぶつかって墜落していったが、藍子はそんな塵よりも小さな塊が当たったところで気にも留めなかった。

「これが日本…今までここに住んでたなんてちっぽけすぎて信じられない…♡」

今や指一本だけで県より大きくなった藍子にとって富士山は数mmのでっぱりであり、地面にへばりつく苔ぐらいにしかならなかった。

藍子は地面に手をつき、立ち上がる。
それだけで日本は跡形もなく沈み、全世界には未曾有の大地震が起こり、10kmを越える津波が沿岸部を沈めた。
海は靴の底しか濡らすことができず、雲はくるぶしより下を漂っていた。

「あはっ♡女の子1人も収まらないなんて地球ってこんなに小さかったんですね♡…でもおもちゃぐらいにはなるかもしれないから最後のチャンスを上げます♡」

もはやかつての繁栄は見る影もなくなってしまった人類の生き残りは世界を震わすその声に望みをかけるしかなかった。

「どんな手段でもいいですから…私に感じさせられたら見逃してあげますっ♡」

その言葉を聞いて全世界から1人の少女に向けられるとは思えない無数の攻撃が飛んでいった。
しかし足首より上はすでに大気圏外であり、必然的に靴へと攻撃が打ち込まれる。
靴の厚みは数kmにもなり、その奥にある肌に
は少しの衝撃も届いていなかった。
100万倍になった少女の靴は、人類のあらゆる攻撃を寄せ付けない鉄壁の要塞へと変わったのだ。
数分の間に全ての兵器は靴へと消えたが、そこには無傷の靴が居座っていた。

「ふふっ、もう終わりですか?やっぱり小人さんは存在する意味なんてありませんでしたね♡」

人類はその言葉を聞いて、絶望した。
もともと結果など見えていたが、人類の存続をかけた最後のチャンスを逃したのだ。
少女が身じろぎするだけで世界は混乱に陥るというのに、もはやこれ以上何をされるのか想像もつかない。

「お仕置きです…♡」

そういうとただでさえ巨大であった藍子の体がさらに超巨大化を始めた。
地球に収まり切らず、宇宙に飛び出しても大きくなってなおその勢いは止まらず、空が藍子に支配されていく。
その大きさは10億倍、155万km。
もはや地球からは藍子の口元しか見えなくなった。

「わあっ…♡まるでビー玉みたい…♡」

地球より大きな唇から発せられたその一言だけで地球上の多くの生物は死滅し、大気は全て藍子の吐き出した息へと変わった。

「あはっ♡脆すぎます♡」

死の星となった地球は太陽系の軌道から外れゆっくりと藍子へと落ちていく。
そしてお世辞にも大きいとは言えない胸へとぶつかり、砕け散った。

「生き残った小人さんは私の胸に住んでも良いですよ♡みなさんにとっては地球以上の大きさの胸に…♡」

そうして人類は藍子の胸への移住を強制されることとなった。















「…ううん…あれ…?」

気がつくと藍子は元の裏路地に戻っていた。

「夢…だったのかな…」

しかし胸の高鳴りは収まらず、様々なものを潰した感触が全身に残っていた。

「ってもうこんな時間!早く帰らないとプロデューサーさんに怒られちゃう!」

足早に事務所へと帰っていく藍子。
それを確認すると隅から二つの人影が現れた。

「フフフ…実験は成功だな…。この天才科学者、池袋晶葉に不可能は無いのだ!ハーハッハッハ!」

「ん〜聞き捨てならないね〜。この天才化学者、志希ちゃんを忘れないでほしいな〜。にゃははは〜!」

独特の笑い声が裏路地に響いた。