VR世界で1億倍の大きさになったまゆは、ワンピースを靡かせながら宇宙空間を進んでいた。
ときどき地球よりも小さな星がまゆの体のあちこちにぶつかっているが、まゆに痒みすら与えられずに砕け散る。
ぱたぱたと服をはたけば星が存在したという痕跡すら残らないだろう。
「見渡す限りきらきらの星の海…お星様が祝福してるみたいで、なんだかロマンチック♪」
まゆはその星々が消えていっていることなど露知らず、ハネムーンのことばかり考えていた。
「…あら?」
そんなまゆの前に一際美しく輝く、青い星が目の前に現れた。
「綺麗…」
地球にも似たその星はまゆにとってはつまめるほどの大きさだったが、まゆは思わず目を引かれ、立ち止まった。
顔を近づけてしばらく見入った後、はたと何かを思いついたように手を合わせた。
「プロデューサーさんへのプレゼントにしましょう♪ペンダントにすればずっと離れずに居られますし…うふふ♪」
上機嫌になりながら、そっと指を近づけていく。
しかし想像以上に星が脆く、軽く指で挟んだだけでぐしゃっと潰れてしまった。
「きゃっ…失敗しちゃった…。プロデューサーさんに見せてあげたかったのに…。」
一瞬しょんぼりと肩を落としたもののすぐに気を取り直し、
「…いえ、きっとまだどこかに綺麗な星があるはず…!」
そう思い、プロデューサーの喜ぶ顔を夢想しながら宇宙の旅を続けるのだった。
✳︎
まゆが潰した惑星には知的生命体が住んでいた。彼らは平穏に暮らしていたが、惑星の100倍ほどの大きさのまゆが近づいたことで、恒星からの光は遮られ、急に夜が訪れた。
空は星を見つめるまゆの瞳に覆われ、宇宙へと逃げ出そうとするもの、パニックを起こすもの、迎撃しようとするものなど様々だった。
まゆが瞬きをするたびに大気が揺れ、この世の終わりかと思われたが、少し経つと巨大な瞳が離れていき、住民は助かったのかと喜んだ。
その直後、星の10倍はあるまゆの手が現れ、まるで天が落ちてくるように指が全てを押しつぶした。
その星の住人はその存在をまゆに気づかれることなく、データの海に消えてしまった。
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「…この世界って、どこまで広がっているのかしら…」
しばらく綺麗な星を探して宇宙を彷徨っていたまゆは、ふとそんなことが気になりはじめた。
結構な距離を進んだはずだが、一向に世界の果てが見えてこない。
「せっかく誰にも邪魔されない、プロデューサーさんとふたりだけの場所なんだから、ちゃんと確認しておいた方が…」
「思いっきり大きくなれば見えるかな…?」
そう思い、自分の体をぐんぐんと大きくしていく。
途方もなく大きくなっていくまゆは銀河の大きさを超え、銀河系の外へとたどり着いた。
人類が夢見た隣の銀河も手を伸ばせば届く距離にある。
もはや光ですらまゆの体を縦断するのに100万年以上かかってしまう。
「わぁ…」
たくさんの銀河が渦巻く幻想的な光景に思わず声を漏らす。
ただそれだけでさっきまでまゆがいた銀河系は砂つぶのように散って消えてしまった。
「うふふ…ごめんなさい♪」
そのあっけなさに、楽しげにくすくすと笑うまゆ。
辺りを見回すためにくるりと回ると、ふわふわ動くワンピースにぶつかり、いくつもの銀河が跡形も残らず消えた。
まゆの動きに合わせて揺れる髪にも銀河やその中の無数の星たちが巻き込まれていた。
星が数百万と束になろうともまゆの髪の毛一本の太さにも届かず、キューティクルに傷をつけることすらできなかった。
それだけの大きさを持つ髪の毛が、まゆの意識の外で何万本と動いており、ただまゆが動くだけで銀河はどんどんと数を減らしていった。
しかしこの大きさでも世界の果ては見えなかった。
「もっと大きくならなきゃ…もっと…もっと…何よりも…」
まゆの体が爆発的なスピードで大きくなっていく。
銀河団も、銀河フィラメントも超え、ついには宇宙を飛び出した。
それでもなお巨大化は止まらず、宇宙が豆粒ほどの大きさにまでなったところでようやく落ち着いた。
まゆよりも大きいものは存在せず、あたりは真っ白な世界が広がっていた。
「ここがこの世界の果て…」
まゆにとってギリギリ肉眼で見えるほどの宇宙に人差し指を近づけながら呟く。
「…というよりも、もうまゆが世界みたい…」
まゆの気まぐれで指を動かせば宇宙は一瞬で消えてしまうほどに儚く、まゆが世界そのものと言っても過言ではなかった。
…でも、それならプロデューサーさんと離れることなく、ずっと、ずーっと一緒にいられる。
現実では叶わぬ夢であっても、VR世界だけでもそうでいられるのならば、幸せに感じるまゆだった。