「神力」




「ん…..あたし……」
キレイな夕焼けから差し込む西日が眩しい。千鶴は目を覚ました。
「なぁに…..ココ….」
眠たい目をこすりながら状況を確認する。
遠くにはいつもの自分の部屋。
反対側を向くと白い壁。なだらかに上へと続いている。
自分がぺたんとお尻を着いて座っている床は一面真っ白。
なんだか温かいし、力を込めて押すと少しだけへこみ、すぐ元に戻る。
結構弾力性のあるもので出来ているらしい。
「あははっ♪……なにコレ….キモチイイかも….」
押しては押し返され。押しては押し返され。
(この感じ……夢…なのかな……)
なんか頭がぽわぽわしている。
(ちょっと遊んじゃっても……いーよね♪….)
そう決めて、まだおぼつかない足で立ち上がる。
踏みしめた「白」は自分の足を包みこむように僅かにへこむ。
その感触がこれまたキモチイイ。
「あははっ♪」
勢いをつけて、トランポリンのように跳ねてみる。
強弱をつけて感覚を楽しむ。
さっきよりも少し深くまで足が沈む。
「よっ……」
いままで一番強く跳んでみた。
もう完全に楽しんでいた。
ここが何処か、なんてどうでもよくなっていた。
だって、夢なんだから。
と、勢いよく着地したそのとき、
「やん♪……んもう、千鶴さんったら……」
上から声が聞こえた。




なんだろう。
血の気が引いてく、ってこういうことなんだ。


怖い。恐ろしい。怖い。
声の主はすぐにわかった。
植えつけられた恐怖はどうしようもなかった。
かといってこのまま背を向けているのは余計にまずい。
恐る恐る、顔を上げてみる。
そこには柔らかい笑みを湛えた、美しい女神の顔があった。





腰が抜け、すとん、と尻餅をついてしまう。
「ぁん….」
微かに喘ぐ女神。
「うふふ……おはようございます♪千鶴さん」
首の角度を少しだけ変え、小さくお辞儀をした。
それに合わせて、千鶴の座っている「白」も少し傾いて、平らに戻る。
「そんなに怖がらないでください……あなた達の害になることはいたしませんわ……」
あなた「達」……?
はっ、と気付いて辺りを見回す。
すると、ちょうど対称の位置だろうか、日向が仰向けに倒れている。
「….ひ….ヒナぁっ...!」
チカラの入りきらない、震える両足を引きずって、妹の元へ急ぐ。
しかし、途中に大きな谷があった。
飛び越せるような幅ではなく、ましてやこんな状態ではとても向こうへは行けない。
「…落ち着いてください….妹さんは大丈夫です…♪」
再び見下ろす巨人からの声。
「ごめんなさいね…わたくしのは….ニンゲンに比べるとかなり大きくて…..」
その言葉と同時に、「白」が揺れる。
「今、もう少し寄せますから….」
一際大きな揺れ。
谷の規模は小さくなっていた。




足をとられながら、なんとか日向の下へとたどり着く。
「ヒナっ!起きてぇ!!起きてよぉ!!」
涙ぐみながら、何度か強くカラダを揺する。
寝ている状態でもTシャツを盛り上げている、その胸も連動していた。
「う…..んん……お姉...ちゃん…?」
うっすらと目を開ける日向。
「ふええ……よかったぁ…..」
ぎゅっ、と日向を抱き締める。
「お、お姉ちゃん…」
普段はこんな姿は絶対に見せない姉の様子に若干驚きながらも、カラダを預ける。




「うふふふ……美しいです….♪愛が溢れていますわ….」
その様子を見守っていた女神の口から、詠嘆の溜め息がこぼれる。
「あーーーっ!?あの女の人だあ!!」
姉の肩越しに女神の顔を見た日向が声を上げる。
「先程はどうも、ウチのお姉ちゃんがお世話になりまして……」
立ち上がってぺこぺこと頭を下げる日向。
「いえいえ……こちらこそ、驚かせてしまいましたね……」
小さく返礼する女神。
そんな二人の会話風景をきょとん、としながら見あげる千鶴。
「え…..?何……?日向、知り合い….?」
アホな質問だ。言いながらそう思う。
「ほらほら!お姉ちゃんもお礼言わないと!
 この人はね、お姉ちゃんが具合悪いの看てくれてたんだよ!?」
「いや….でも….その前にさ、不法しんにゅ」
「そんなのいーよ!悪い人じゃないみたいだし!
 来る者は拒まず!神谷家のモットーでしょ!?」
「そりゃ普段のお客さんは嬉しいけどね、この人明らかに普通じゃ」
「いーからいーから!ほら!頭下げる!」
どっちが姉だか分かったモンじゃないやり取り。
日向に後頭部を掴まれ、一緒に頭を下げさせられた。




一応ひと段落したところで、千鶴が口を開いた。
「えーと……あなた……なんなの?」
「お、お姉ちゃん!失礼でしょ!?」
上手い聞き方の出来なかった千鶴を日向が正す。
「いえいえ♪お気遣いなく……どのように喋って頂いても結構ですわ….」
にっこり微笑む女神。
「えー……今の状況から説明してくれる….?」
「あら♪普通に話してくれるのですね…?
 なんにも…怖がらなくてよいのですよ…」
「まだ心臓ばっくんばっくんだってば…..」
まだ恐怖と安心の間で揺れている千鶴。
「んー……そうですわね……
 あなた達が今座っているところがありますでしょう?」
頷く二人。
「そこはわたくしの胸……おっぱいの上ですわ♪」


・・・・・・・・


「へ??」


「後ろを向いて頂ければ分かるかと思いますが……
 ここは….千鶴さん、あなたのお部屋です」


「「・・・・」」


「つまり、私が大きいのではなく……あなた達が小さいのです♪百分の一ですわね♪」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・ええーーーーーーっ!!??」」



「あらあら♪そんなに驚かなくても♪」
くすくすと笑う女神。
「は、は、ははやく、元に戻し、な、さいよぉっ……」
素早く日向の腕にしがみ付き、女神の顔をにらみつける。
今、あの人が言ったことが本当だとすると、全てつじつまが合ってしまう。
認めざるを得なかった。
「そうですわねぇ……小さなあなた達も存分に眺めましたし……♪」
その言葉を聞き終わった瞬間、自分達のいる場所、女神のおっぱいが大きく傾く。
どうやら胸を寄せていた腕を外したらしい。
「きゃっ!?・・・いやあーーーーっ!!」」
柔らかい乳房の上から投げ出される二人。
何十メートルもしたにフローリングが見える。
ぎゅっ、と目をつむった時、千鶴の肩、日向の胸が床に触れた。
「・・・・・?」
なんともない。
見慣れた千鶴の部屋だった。
床の木の、硬い感触が懐かしい。
「自己紹介が……まだでしたわね……」
もとの大きさに戻った二人に、女神が優しく声を掛けた。




千鶴と日向が隣り合い、テーブルを挟んで反対に女神が座る。
日向が急いで淹れたお茶がいい匂いを漂わせている。
女神の、長く細い二本の指が湯飲みを摘む。
つ、と微かに音がして湯飲みは空になっていた。
「おいしい……♪」
唇を舐めるその動作すら色っぽくある。
「……で、あなたは何者?なんであたしのところに来たの?」
お茶の余韻に浸っている女神に、千鶴が話を切り出す。
「わたくしですか……?女神です……♪」





「は??」





「ですからぁ、おーるぱわふるな女神サマなのですわよ…♪うふふっ♪」



ウインクして見せる女神に二人の白い目が向けられる。
「むぅ…なんですかその目は…」
ぷうっ、と頬を膨らませつつ自称女神が言う。
その動作は女神とか、そういう威厳とはかけ離れていた。
「いや、だって…ねぇ….?」
そう言いつつ振り返ると、さすがの日向も苦笑い。
「うー…!信じてくれないんですね…」
またもまったく威厳を感じさせない口調でしゅん、となる自称女神様。
脚を崩して座っていてなお、自分たちより1メートル近く高いところに頭があるのだが…
その巨体からも、迫力とかそういった物はまったく感じられない。
千鶴か軽くため息をついた時、自称女神様がこちらを見つめていることに気づいた。
その双瞳には涙が滲んでいる。うるうると。
うっすらと頬を赤らめ、訴えかけるようにこちらを見つめている。
その仕草たるや若干百合気味の神谷姉妹を刺激するには十分すぎるものであった。


(うっ…!胸の奥が締め付けられるようだわ…!
わたしとしたことが…ヒナ以外にこんな感情をっ…!くぅっ…!)


(あぁっ…!なにこれぇ…きゅんってしちゃったぁ…
お姉ちゃん以外にこんなのなかったなぁ………どきどきしちゃう…!)


結果二人の感情は一致することとなり。





(可愛すぎるっっ…!)







「と、とにかくっ!…証拠を見せてみなさいよっ」
自然に頬が赤く蒸気するのを感じながら助け舟を出してやると、
途端に自称女神様の顔がぱあっ、と明るくなる。
「ち、千鶴さぁん…」
嬉しいですありがとうございますオーラをフル放出しながら千鶴を見つめる。
「う……い、いいからっ!しょ、証拠!早く見せてよねっ!」
ぷい、と横を向く千鶴を見て、安心したらしい。
落ち着いた様子で話し始める。
「証拠…ですかぁ……では、わたくしを見てください♪」
ローブ一枚のその巨体に注目する神谷姉妹。
ん…?巨体…?
「あら、千鶴さん♪何か気付きました?」
微笑みかけてくるその女性。
そうだ。初めてこの人を見たとき、ビルの何倍も大きかったんだ。
今だって…あの時の大きさから見たら指先程度だろうけど、それでも人類の大きさをはるかに超えている。
座っていてさえ、頭の高さには1メートル近い差があった。
「うふふ…♪今のわたくし…どのくらいの身長だと思います…?」
自分の二倍はある。
うっすらとしか覚えていないが、自分はあの爆乳に乗っけられてしまったのだ。
バストだってそーとーなものに違いない。見れば分かる。
「ね?明らかに人間じゃないでしょう♪」
こっちの心を見透かしたように語り掛けてくる女神。
「ま、まだよっ…!もっと決定的な証拠を見せなさいっ!」
もう十分決定的だっだような気もするが。





退屈な毎日。
頭もよく運動もでき、顔もスタイルもいい二人にとって学校や社会は嫌なものでしかなかった。
近づいてくるうっとおしい男子はいても、女友達は一人もいない。
明らかな嫉妬だった。
それでもこの辺り一番の進学校だったのでいじめはなかった。
学校に行きたくない日なんてほぼ毎日だ。
それでも、通わせてくれている伯父や伯母のため、毎朝登校する。
正直それももううんざりだった。



幾度となく思った。
この世界を自由にできたなら。
ヒナと(お姉ちゃんと)好きなようにこの世を変えられたら。
もちろんそんな神様みたいな力があるわけでもない。
いくら優秀で美人だとはいえ、ただの人間だ。
そんな思いは、互いに口に出さなくとも分かっていた。
どうにもならないことが分かっているから、辛かった。





そんな時、急に現れた女性が、自分は女神だという。
全知全能の神様なのだと。
そんなアホな話があるわけがない。
神様なんて、どこかの国の神話やらなんやらの話だ。
この現代、そんなことを真顔でいったら精神科へ直行である。
しかし、こんな状況で女神の存在を望んでいる自分も確かにいた。
こんな毎日からは脱出できる。
それを望む自分もいたのだった。






「も、もっとおおざっぱな証拠を見せてっ!」
そんな気持ちもあってか、ついつい前のめりな口調になってしまう。
「そうですかぁ?じゃあ…たとえば…?」
「あなた女神なんでしょっ!?
地球丸ごと真っ二つにするとかそのくらいのことやってみなさいよっ!」
そんな恐ろしいことを言い終えてから、日向に問う。
「ヒ、ヒナはなんかないのっ!?」
「そ、そうだよねっ!せめて街一つ廃墟にするとかねっ!」
「あ、それ賛成です♪」
冗談交じりに言った日向の言葉をまともに受け取る女神。
「「へ?」」
「やっぱりそのくらいしないと納得してもらえませんものね…
あ、ホントは千鶴さんのでもよかったのですけど♪」
うふふ、と微笑んで女神が付け足す。
「あなた達まで巻き込んじゃいますから♪」
姉妹二人はしばし沈黙。
「それでは♪行って参りますわね♪」
次の瞬間、女神の身体は掻き消えていた。
「「あっ…!!」」
驚きを隠せない二人。
突然テレビの電源がひとりでに入った。





そこに映っているのは夕日に照らされた町並み。
遊びに行った友達の家から帰る子供たち。
少し疲れた顔のサラリーマン。
ちょっと遅め、夕飯おかずを吟味するおばさん達。
学校帰りのカップル等等…
「な、なによ…なんで勝手にテレビが…」
そう言いつつも、二人は感づいている。
あの女神様の仕業に違いないと。
そう思っていると、変化はすぐに表れた。





今まで平和だった夕暮れの町。
道行く人々の表情が変わる。
数秒後にはその表情は確かな恐怖を感じるものとなっていた。
『うわ…なんだアレはぁっ!』
次の瞬間、どぉんと爆発音。
『こっ…殺されるっ…!』
いまだ画面に映らない恐怖に怯え、逃げ惑う人々。
その様子を、最適なアングル、角度、距離で映し続けるテレビ。
「千鶴さぁ〜ん!日向さぁ〜ん!聞こえてますかぁ〜?」
画面外からおっとりした甘い声。女神様の声。
次の瞬間、通りに立つ女神が映る。
その背後には必死で距離を取る人々。
そして黒煙を上げる車が一台。
「お二人とも、見えてますわよね♪」
にこやかに手を振ってきた。
「ちょっとっ!何してんのよっ!?」
意味の分からない状況に声を荒げてしまう。
「何って…日向さんの提案を実行するところですのよ♪
ちゃんと見ててくださいね♪証明して見せますから…♪」
そう言うと、もはやスクラップ同然の車に歩み寄っていく。
「先程ですね、どれほどの強度かと思って少し踏んでみましたら…こんなになってしまいまして」
車に手を掛けて、顔色一つ変えずに持ち上げる。
「もう使えませんね♪処分しなくては…この街ごと…少しずつ……うふ♪」
金属音と共に車がだんだんとひしゃげていく。
アルミホイルでできているかのように、ぐしゃり、と抱き潰す。
「やん♪」
どおぉぉん…。激しい爆発音。ガソリンに引火したらしい。
女神の4メートル近い巨体が煙に包まれる。
「「あぁっ…!」」
画面を見つめる二人。
煙が晴れる。
女神の身体には傷一つ付いていなかった。
ローブは燃えてしまったらしく、腰の辺りに巻き付くだけになってしまっているが。
「んもう♪ちょっぴり気持ちよかったですわ♪」
露わになった胸を撫でながら、半裸の女神が頬をピンク色に染めていた。
「あ、ちなみにノンフィクションですから♪」
にこやかにそう言った。








「「………」」
言葉も出ない二人。
その間も女神様の理不尽な行動は続く。
「逃がしませんよっ♪」
女神様がそう言うと逃げ惑う人々が一斉に固まる。
街全体の人間の動きが止まってしまった。
『おいっ!どうなってんだよっ!』
ありえない現状に声を上げるも、相手は神様なんだから仕方ない。
「みなさぁ〜ん!集まってくださぁ〜い!」
女神が両手を高く上げたその途端、街中の人間が一キロ四方のビル街に集められていた。
『な、なんだぁ!?』
『あら?ご飯作ってたはず…』
混乱が高まっていく。
『お、おい!出られねぇぞ!?』
不可視の壁に阻まれどうすることもできない。
「あらあら♪こんなにうじゃうじゃと♪」
あの化け物の声。どこだ。どこにもいない。
「どうしましたぁ?上ですよぅ、上♪」
上を見ると確かに居た。
神谷家のテレビには上空からの映像が映る。
高層ビル群を完全に眼下に納めた女神様。
千鶴と接触したときよりずっと大きい。
四つん這いの状態で町並みを見下ろしている。
あの時とは違い、圧倒的な質量ですべてを押し潰しながら。
その雄大な裸体に息を呑む千鶴と日向。
「あぁん♪なんだか…ぞくぞくしてしまいます…♪」
女神様の熱っぽいため息がビル街を覆う。
「このまま倒れ込めば…わたくしのおっぱいが…全てを…♪やぁん…♪」
一キロ四方に隔離された街。
その上空には一糸纏わぬ巨大な乳房。
微かに火照ったそれは、しっとりと汗ばんでいる。
「さぁ…どうやって遊びましょうか…♪」