「実現」



二人は口を開いたまま、画面を見つめるしかできなかった。
女神の力によって、映像を映し続けるごく普通のテレビ。
そこには、蒸気した顔でビル街に覆いかぶさる雄大な女神の姿。
大地に置かれた両手は数え切れないほどの建物を押し潰し、指の間には運良く直撃を免れたビルが建っている。
ほんの少し女神が手を動かすと何の抵抗もなく崩れ、美しい手の下敷きになってしまった。
一キロ四方のビル街を不可視の壁が覆い、人々はそこに集められている。
大きな影を落として存在する女神の裸体。
重たそうに形を変えた大きすぎる双球が、まるで街を押し潰そうとしているようだ。
申し訳程度にローブの残骸の纏わり付く下半身を支える、白く長大な脚。
白くなめらかな太ももには程よく肉が付き、男なら誰もが触りたいと思うだろう。
手の平と共に凄まじい体重を支える膝下の部分には、これまた凄い数の建物がすり潰され、
街の外にはみ出た足の指は雑木林の木を何本も押し倒し、根っこから掘り返している。
そんな凄まじい光景が次々と画面に映し出され、もう何がなんだか分からなくなってきた。
信じ始めている自分がおかしい。なおさら画面から目が離せなかった。




「んふふ♪ホントに小さくて……脆いのですね…」
満足そうに眼下の街並みを眺める女神。
そばにあった高さ100mほどのビルは、軽く指でつつかれ崩れてしまった。
逃げることなど不可能、周辺の数十人が倒壊に巻き込まれ辺りから悲鳴があがる。
「さぁて…♪どうしましょうか…」
その光景を遥か高みから見下ろして、くすりと笑う女神。
このまますり潰してしまおうか、とも考えるがそれでは面白くない。
何か楽しめる方法は……
「んー……それじゃあゲームをしましょう♪」
そう言うと、慎重に一棟のビルをつまみ上げる女神。
街の人々は呆気にとられ、ただ距離を取るしかない。
その間にも何棟ものビルが上空に消えて行き、区切られた空間に広いスペースが出来る。
引っこ抜かれたビルは無造作に投げ捨てられ、数百メートルも遠い地面に激突した。
中には、しげしげと巨大な瞳に見つめられた後、くしゃりと握り潰されるものもあった。
そうして、残ったのはいくつかのビルの残骸と瓦礫だけの土地。
つい先程まで人々が働き、話し、暮らしていた場所とは思えない。
面積にしておよそ四分の一、200メートル四方ほどあるだろうか。
「少しでこぼこしてますわね…平らにしましょう♪」
そう言って、地面に人差し指を近づけていく。
さらに悲鳴が大きくなる。
凄まじい大きさの指が降りてきて、このまま潰されそうな錯覚に陥ってしまうのだ。
「もう…なにをそんなに怯えているのですか…ただの指ですよ……?」
怪訝そうな顔をして首を傾げている、悲鳴を生み出している張本人。
その、「ただの指」が地面に触れる。
ずずぅん、という音と共に大きな揺れ。
本人は本当に触れただけのつもりであるようだが、指の腹がアスファルトを押しのけてめりこんでしまっている。
そして、その大きな指に地面が均されてゆく。
ずごごごおぉ…と、指の腹が通った後にはなにも残っていない。
アスファルトもめくり上げられ、瓦礫と一緒に粉々にされてしまった。
街路樹も街灯も、その強靭な指に触れた瞬間にへし折られ、飲み込まれてゆく。
一分も経たないうちに空き地となった空間は更地に変えられてしまった。




「では…♪」
街を覆う巨大な女神の身体が、消えた。
突如のことにも関わらず、安堵の微笑が人々の間に広がろうとした、その時。
ずどおおぉぉ…ん…
轟音が鳴り響く。爆弾でも大量に爆発したような。
だが、それは一人の女神の着地の音。
身長600mほどに「小さく」なった、女神の足が大地を踏んだ音だった。
「やっぱりこのくらいがいいかもですねえ♪」
うふふ、と微笑む女神。
先程の更地は、着地のための下準備だったらしい。
せっかく均した地面には、早速その大きな素足がめり込んでしまっているが。
「あらら…もう、やわっこいですわねぇ…」
そう言って足の裏で均そうとするも、先程の指先のような細かい作業は出来ず。
柔らかいはずの女神の素足によってでこぼこになってしまう地面。
少し不満そうな顔をしつつも、目線を戻す。
あんぐりと口を開き、がたがたと震え、呆然としているビル街の住人達へ。
「そんなに怯えないでくださいませ….まるでわたくし、恐怖の女神みたいですわ…」
まったくもってその通りである。いつ潰されるかもわからない。
そんな中、なにか思いついたらしい風の女神様。
「そうですわ…うふふ♪知ってますわよ、わたくし♪」
にんまりと笑みを浮かべ、片方の腕で胸を持ち上げる女神。
凄まじい大きさでありつつも、綺麗な丸みを帯びたその双球。
むにゅん、と形を変え、深い谷間がより深くなる。
さらに形の良いお尻を突き上げ、一言。
「ほぉら♪せくしーぽーず、ですわよっ♪」

沈黙。
「あ、あら…?わたくしなにか間違ったでしょうか…」
今更そんなことで人間達の恐怖が消えることはなく。
中には発狂するものも現れる。他の人間に危害を加え始める者も。
荒れ始めた人間たちを見て、不機嫌そうになる女神。
「いい加減にしないと…まとめて踏み潰しますわよ…?」
空気が変わる。腰を抜かす者も居た。誰もが動けなくなっていた。
「こっちへいらっしゃい…」
女神が呟くと、残っていた最後のビルの屋上に一人の男があらわれる。
さっき暴れていた男だった。すぐ近くに女神の身体。どうやら足元の、100メートルほどのビルのようだ。
女神の力でワープさせられ、本人もわけが分からないでいる。
ずずぅん、と四つんばいになり、ビルを覗き込む女神。
ようやく同じくらいの高さに目線がくる。
美しく、大きな顔が目の前に現れ、尻餅をつくようにへたりこむ男。
「おっぱい、お好きですわよね…?」
突然、話しかけられる。すごい音量。
「ぅ……」
あまりの事態と恐怖で何も言葉が出で来ない。
一度身体を起こし、胸を持ち上げる。
「このおっぱい…お好きですか…?」
もう一度身体を倒し、ビルの上の男まで数メートルというところまで胸を近づける。
その奥から、男を覗き込む少し切なげな顔の女神。
「ひぅ…」
あまりの大きさに恐怖の声を漏らしてしまう男。
胸だけでさえ人間の何百倍、何千倍の重量があるだろうか。
ちょっと押し付けられるだけで、何も抵抗できずに潰されてしまいかねないのだ。
怯えきった様子の男を見て、ますます悲しそうな顔をする女神。
今にも泣いてしまいそうなほどだ。
「うぅ…わたくしのおっぱいには何の魅力もないんですね…」
明らかに、しょぼんとなる女神。

その様子を見て、男は思う。
上手くすれば助かるのではないか。
どうせこのままでは見えない壁に遮られ逃げられない。
ここで、この巨人の機嫌をとれば、あるいは…
「…き、です」
俯きかけていた女神が顔を上げる。
「え…」
こちらを見つめる大きく潤んだ目。美しい顔。
こんな状況でも見惚れてしまいそうになる。
だからこそ、言うのにはあまり抵抗はなかった。
「好きです、あなたの…胸…」
それを聞いた瞬間、女神の表情がぱあっと顔が明るくなる。
「ホントですかぁ…?」
ぐしぐしと、半べそをかきながら男に問いかける。
「え、えぇ、ホントですよ!」
いい感じかもしれない、と男の表情もいくらか楽になる。
「で、でも、先程のぽーずには何の魅力も感じてなかったのでしょう…?
 うぅ…みなさん、わたくしの半裸姿じゃ興奮してくれませんのね…」
再び泣きべそを始めてしまった。
しかも、どすうぅんと女の子座りで。今更だが、威厳が、無い。
「ち、違います違います!みんな、その、びっくりしただけですから!」
揺れる足元にびくびくしながらも弁解し続ける。
「もぅ、いいです…小さくなって遊んであげようと思ってましたのに…酷いです…」
女神の放つオーラが、悲しみから怒りへと、徐々に変わってゆく。
「こ、こんな街っ!みんなまとめて踏み潰してあげますっ…!」
そう言い終えた瞬間、さらに巨大化し始める女神の身体。
地にぺたんとついたお尻と太もも、ふくらはぎが地面を削る。瓦礫を押し潰す。
それだけに留まらず、自ら作った見えない壁を無視し、周囲の建物も薙ぎ倒し、すり潰していく。
恐怖に震える男が居るビルを太ももの間におさめたまま、女神の身体は加速度的に大きくなっていく。
そのビルが、むっちりとした太ももと比べてだいぶ頼りない大きさになるまで大きくなった女神。
そこでようやく、自分の股の間にまだあの男が生きていることに気付いた。
「……もう知りませんわっ…」
太ももを一気に寄せる。
ぐしゃああああぁぁぁぁん……ごごごごおぉぉぉんん…
とてつもない大轟音と共に、一瞬でビルが粉砕される。
砕かれた瓦礫も、巨大化を続ける女神の脚に飲み込まれ潰されていった。


「あ、あなた達が悪いんですわよっ……泣いても許してあげませんからっ」
まだ、ぐすぐすべそをかきながら、足元の街に向かって言う。
もはや、女神からは街並は確認できないだろう。
街の横に置かれた左の素足は1000メートル級の山を踏み潰し、逆に窪みにしてしまっている。
右の素足はもじもじと暴れまわり、山を蹴散らし、地盤をめくり上げ、大災害を巻き起こしていた。
身長200キロメートルの女神にとっては、何気なく足を動かしただけであろうが…



「ちょっ、なによこの地震!」
「お姉ちゃん!やっぱり女神様だよ!ものすごい大きかったし!」
家の柱にしがみつき揺れに耐える。家の中はめちゃくちゃになっている。
女神の右足が引き起こす大揺れは、完全に地震以上のものであった。
「た、たしかに大きかったけど!あんなんあり得るわけないでしょ!」
「で、でも!女神様の足が動くたびにすっごい揺れるよ?」
こんな大揺れにもかかわらず微動だにしないテレビ。
とんでもない大きさ。右足で大地をいじくり続ける女神が映っている。
ぐりっ、ぐりっ、と二度、大地に足指を押し付けるように動かす女神様。
山がまた一つ、抉られすり潰された。
「きゃあっ!!」「ひゃあん!」
ごうん、ぐわぁん、と二度揺さぶられる大地。
「や、やっぱり!タイミングもおんなじだもん!」
揺れが小さくなると、日向が得意げに駆け寄ってくる。
「女神様ってすっごいんだね〜…なんでもできちゃうね!」
「え、あ…うん…そだね…」
千鶴はまだ半分信じられなかった。
「あ、おねえちゃん!女神様が!」
テレビに目を向ける。
女神の巨大な右足が持ち上げられ、街の上空を覆っていた。



「うぅっ…ビーナスさんやアテネさんも羨む私の身体を見て何も感じないなんて……」
涙目になりながら、ぷるぷると怒りに震える女神の身体。
「ふ、不届きですわっ!」
ぶぅん、と右足を街の上にかざす。
足を上げる際の気流で、足元のすべてが吹き飛ばされた。
「も、もうっ…女神を怒らせると、怖いんですからねっ!」
足を降ろす。強く踏みつけるわけでもなく、街に乗せるように。
ずごごごごごごおおおおおおおぉぉぉぉんんんん…………
すさまじい揺れ。半径数百キロが激しく揺さぶられ、何万という建物が倒壊した。
当然、街並みが足の重さに耐えられるわけもなく。
岩盤をも軽く踏み砕き、地下数キロメートルまでめり込む素足。
「こう、なっちゃうん、ですからねっ!」
何度も何度も、ぐりぐりと踏みにじる女神。本意はこちらにあったようだ。
もう街の輪郭すら残っておらず、深さ十数キロの窪みができてしまっていた。
足を戻し、腰に手を当て、ふくれっ面で見下ろす女神。
「……ふんっ」
荒い息を整え、ここで我に返る。
「そういえばこれ…千鶴さんと日向さんが見ているんでした…」
今までの行い、半べそ等を思い出して顔を赤らめる女神。
うっかりにもほどがある。口に出して言う辺り、うっかり過ぎる。



ごごごごごごおおおおぉぉぉんん……
「きゃあああああぁぁぁーーーっ!!」
女神が足を降ろした瞬間、とてつもない縦揺れが二人を襲った。
「あうっ!」「いたーい…」
身体のいろいろなところを壁や床にぶつけてしまう。
それでも、先ほどからの大地震で特に大きな怪我をしていないのは奇跡に近い。
二人がいる家も崩れていない。
窓から外を見ると、電柱は倒れ、他の家は崩れて燃え上がり大変なことになっている。
おそらく、女神が守ってくれているのだろう。
相変わらずテレビは健在で、地面をぐりぐり踏みにじる女神が映し出されている。
ごごおおぉぉん…ずごごおおぉぉん…
「いやぁっ……」
床に伏せ、互いに抱きしめあう。
まず立ってはいられないほどの揺れなのだ。
怒った顔の女神が映って、少し経って。
「そういえばこれ…千鶴さんと日向さんが見ているんでした…」
そんなことを呟いて、頬を赤らめる女神。
千鶴と日向は顔を見合わせ、
「言っちゃったら…余計だめだよね…」「そ、そうだね…」
「威厳、ないね…」「えらそーには、見えないかもねぇ…」
街一つ消し去ったはずの女神様だが、威厳の無さはどうしたものか。