リリーは宇宙船のコンソールに向かって航路を設定し始めた。
「あれ、地球に戻るんじゃないの?」
アキラはコンソールに表示されている航路を見てそう言った。
「これからルサーラの船を取りに行くの。レースは明後日だから」
ということらしい。場所は月面上。月はまだ人類によって開発されていない土地で資源も豊富、
重力も地球より少ないことから月にあるらしい。
リリーは、手際よく両手首に付けた物を使って船を月にあるルサーラの施設へと進める。
そして数十分後…
「あれね…、いっぱい船がある。どれにしようかな?」
リリーが月面上の基地にならんだ数々の船を見ながらアキラに向かって言う。
ほんとだいっぱい並んでいて、ここからでも良く見える。
アキラは宇宙船の窓から下を覗き込む。
「じゃあ着陸するわよ」
リリーがそういうので、手を伸ばしてきたリリーの手によって、再びリリーのポケットへと入り込む。
操縦席には地球人サイズの座席がないためだ。
さぁ着いたわよ。アキラ君行こう。
リリーは発着場の中に船を止めてから降りる。
発着場はガラス張りのような感じで上を見上げると、星が良く見える。
もちろんアキラはリリーの胸ポケットの中。
リリーの胸ポケットの位置は地上から十数メートルの位置にあるが、周りの物が全てエレーネ星人サイズなので、
そんなに高さを感じない。自分が小人になったような気分だ。
リリーはカウンターにある機械に、ルサーラのカードを入れてから宇宙船が置いてある場所を確認する。
そのカードは案内板も兼ねていて、リリーがそのカードを見ながら宇宙船が置いてある場所へと進んでいく。
リリーが歩くこと数分、やっと受付のカウンターが見えてきた。
「結構広いのね。こんにちわ。あたしはリリー、そしてこれがアキラ」
これってなんだよとアキラは思う。
「やぁ。ルサーラの開催するレースには初参加かい?」
「そうです。レースのたびに中継で見たことはあるんだけど、レースに出るのは初めてです」
リリーは受付の人に言う。受付の人は相変わらずアキラには気が付いていない。
まぁ、人気が高いので同じ人が何回もレースに参加はできないみたいだけど、
ここへ向かう途中、中にはルサーラへ資金援助をしている人もいるので
その人は優先的に参加させてもらえるということをリリーから聞いたことを思い出した。
「それではリリー様。宇宙船のタイプはどういったものをご希望でしょうか。
スピード重視。装甲重視。火力重視。それとも船内のナビゲートコンピューターの性能が高いほうが良いでしょうか。
お勧めは、このフラグシップモデル。いかがなさいますか?」
受付の人はパネルを操作していろいろな船のカタログデータを表示させる。
それぞれ、デザインも様々。
「このピンク色のかわいいんじゃない?
こっちの船もデザインがなんともかわいいんじゃない。
これに決めたわ。ピンク色の」
「ちょっと待って、これは船の性能を見ると、並じゃない?
こっちの最新型のほうが性能が良いよ」
アキラは宇宙船のカタログを見るのは初めてだがなんとなくわかる。
それにこの施設に着いたときに、リリーからめがねのような物を渡されたので、それを付けている。
それを付けていると、エレーネ星人達が使っている言葉も日本語に翻訳されて視覚と聴覚へと伝えられる。
それはここに来る前にリリーが持ってきたものだ。
「だってかわいくないんだもん。この船のほうがかわいいし…」
「リリーが気に入った船を選ぶのはいいんだけど、性能のことも考えないと…
ところで、レースは何を競うの? スピード、それとも何か目的があるの?」
リリーはああそうだったわね。と言ってアキラにはまだ詳しい内容を説明していなかったわと言ってきた。
時間はあるみたいなので、あとでまた来るからと言って、受付を離れて喫茶店のような場所へと移動する。
リリーは席に着いて、飲み物を注文する。
ただし、アキラは席がないので、テーブルの上だ。
ここには地球人がめったに来ないのでテーブルのサイズはエレーネ星人サイズ。
重要な人にはそれ用の場所が用意されているみたいだが、一般人はめったに訪れることはない。
リリーは地球で言う紅茶みたいなものを頼み、紅茶に入れる液体を入れるための小さい容器を空にすると、
アキラ用にスプーンでその容器に飲み物を何滴か入れて、テーブルに置く。
ついでに茶菓子をリリーが割って、エレーネ星人用のスプーンの上に置く。
「ありがとう」
アキラはリリーに言って、飲み物と茶菓子に手を伸ばす。
「それでね。レースの内容を説明してあげましょう。まずはこれを見て」
リリーはアキラの目の前に例のルサーラのカードを差し出す。
「ちょっとリリー近すぎるよ。もうちょっと離して」
ああ、ごめんごめんと言って、リリーはカードをアキラから離す。
そのカードはアキラから見ると100インチくらいのスクリーンサイズに見える。
それを目の前に突きつけられたから大きすぎて見えない。
ちょうど良い位置までリリーが手を移動したので、アキラはやっと見ることが出来る。
「レースの目的はランダムに決定されるのよ。その目的は様々。
無数の小惑星体の間を潜り抜けて、ゴールのゲートを目指して進むもの。
小惑星が惑星にぶつかるのを回避するようなミッションや、
数個の重力が不安定な天体の間をどうやって、抜け出すかなどのものがあるの。
そして、それらの目的を解決させた後ゲートに入って、ゲートから出てきたら、
ゴールに向けてスピード勝負ね。そしてミッションの達成率と、一番早くゴールできたタイムを
照らし合わせて、得点の高いチームが勝ちというわけ。
だから、一番早くゴールできてもミッションの達成率が低ければ入賞できないわけ」
リリーは説明をしながら、飲み物と茶菓子を食べている。
アキラも聞きながら喉を潤す。なかなかおいしい飲み物だ。地球にはない。
「で、僕たちが出ることになるミッションはどういうものになるの?」
とアキラは聞いてみたが、レースが開催されて、地球に近いところに開けられたゲートをくぐらないとミッションはわからないらしい。
「じゃあ、ミッションの目的によって、船の性能が影響してくるんだね。でも、ミッションに合わせて船を事前に選んでおくことはできない」
「そう。物わかりがいいんじゃない? そういうことね。わからないんだったら、どんな船を選んでもいいんじゃないとあたしは思うの」
うーんでもなぁ、トータルバランスで船を選ぶほうがいいんじゃないかとアキラは言うが、
リリーはせっかく自分の船になるんだから気に入った船がいいんじゃないと言う。
アキラは自分にも選ばせてほしいけどと粘ったが、最後の決定権はリリーになってしまった。
あたしの応募したレースよと言われて反撃できなかったからだ。
その後、再びカウンターで船を選ぶことにした。
「やっぱり、このピンクのかわいいじゃない。ほらっ最新のユニットバス付きよ」
「んー。だめだって、やっぱりこっちの性能がいいほうが…」
なかなかリリーはアキラの意見を聞いてくれない。
アキラはレースに入賞できなければ、僕の船がもらえないじゃないかとリリーに言うが…
「でもぉ。あたしはかわいい船のほうがいいわ。アキラ君は自分で船を購入すればいいじゃない?」
そんなの無理。アキラはリリーに言うがなかなか応じてくれそうもない。
アキラは最新型で、火力や装甲もそこそこで、スピード性能が従来の2倍になったモデルのカタログを指さして、
これがいいとリリーに言う。値段も他の船から見ると一番高価だ。
うーん。リリーを説得できないや。どうしようとアキラは考えていると、ふとアキラがほしいと思っている船の値段と
リリーがほしいと思ってる船の値段を見比べてみた。
そして、入賞(2位まで)すればもう一隻アキラ用の船がもらえる。もらえるのはレースで使用したものと同型。
地球人用にカスタマイズもしてくれる。
アキラはどうしてもカタログで表示されている船がほしいと思った。かっこいいし。どうすれば…。
アキラはふと思いつきこう言った。
「ねぇ。リリー。リリーはそのピンク色の宇宙船がほしいんだよね。
そして、僕はレースに勝つためにはこっちの宇宙船のほうがいいと思っている」
「なによぉ。ゆずらないわよ。アキラに決定権はないんだから」
「ん。まぁそうなんだけど、こうしてみてはどうかな」
とアキラは、レースに参加して宇宙船を手に入れた後は、その宇宙船は参加者の物。あとはどうしてもかまわないということになるよね。と
なら、カタログに表示されている宇宙船の値段を見て、一番高価なこの船を売ったら、相当な金額になるんじゃない?
とリリーに言う。
リリーのほしい宇宙船も売ったお金で手に入るし、余ったお金で装備も増やせるし…、どう?
とアキラはリリーに言ってみる。
「あっ」
リリーはアキラの顔を見てにやりと微笑む。
「アキラ君もなかなか頭がいいんじゃない? そうだ。それがいいわね。このピンクの船でレースに参加できないけど、傷が付いたら困るし…、
そうだわ。じゃあアキラ君の言うとおりにするわね。でも入賞できなかったらあとでわかっているわよね?」
リリーは手で、自分の首を切るようなまねをする。
アキラはごくりと喉をならした。
うへぇ入賞しなかったら後で相当怒られるなとアキラはリリーの顔を見て思った。
どうやら、アキラが気に入った船でレースに参加することになったようだ。
リリーは早速手続きをする。
「ねぇ。地球人用の席も用意してくれるように頼んでよ」
とすかさずアキラは言う。
ごめん忘れていたとリリーは言う。危ない危ない。
「それではどうなさいますか、このまま新しい宇宙船をお使いになられますか?」
と受付の人が聞いてくるので、それでいいわとリリーが言う。
今までの宇宙船はずっと前にリリーが借りたものなのでそのまま返却するということだ。
古い宇宙船はリプレースして、他の人達に安くゆずるらしい。
「これが新しい宇宙船のアクセスキーになりますので、こちらで搭乗員の登録をしてください」
と言われて、リリーとアキラは登録をする。
これで準備は完了だ。
じゃぁ帰るわよとリリーが言うのでその場を後にする。
リリーとアキラは新しい宇宙船が停泊してある場所へと向かった。
リリーがアクセスキーを使用して宇宙船の扉を開く。
うわぁ。新品のようだ。製造されてからまだあまり動かされていないような感じ。
宇宙船も新車も同じだなとアキラは思う。
アキラの両親も新しい車を購入したあと、アキラを乗せてぴかぴかの車でドライブに連れて行ってもらったことを思い出した。
「ねぇ。これからアキラ君の操縦訓練の時間とするわね。このままちょっと地球と月を離れるわ。時間あるわよね?」
とリリーがアキラに聞いてくる。絶対優勝するんだからという意気込みだ。
アキラは操縦経験が少ないからということらしい。
「じゃぁ、目的地は土星ね。土星の輪を見てから一周して地球に戻ってくるの、一応あたしは手伝わないけど、
最新の船ならきちんとナビゲートしてくれるし、大丈夫よね」
とリリーは言う。操縦方法はリリーの宇宙船と同じ、両手首に付けた腕輪で、宇宙船の航路を設定して、ゼスチャーで宇宙船を動かす。
最初に腕輪の動きを登録をする必要がある。
アキラは、片手ずつ、上に上げたり、手を振り回したりする。
エラーです。登録できませんでしたとコンソールに表示される。
何回やってもだめだ。
「あっそうか」
とリリーは言って、コンソールの設定を開き、地球人用の設定を有効にする処理をした。
どうやら、設定がエレーネ星人用になっていて、ゼスチャーの動きが小さすぎるのでエラーとなっていたようだ。
今度は大丈夫のようだ。
アキラは登録を済ませると、エレーネ星人用の席に取り付けられた地球人用の席へと座る。
それはチャイルドシートのような物だとアキラは思った。席が地球人用の物に交換されるのかと思ったが、
エレーネ星人用の席に取り付けるだけで地球人も座れるという物があるのでそれにしておいたようだ。
でも、席の高さはアキラの背よりはるかに高い位置にあるので、上り下りにはエレーネ星人の助けがあったほうが良い。
船の大きさも地球人と比べて十倍サイズだ。まぁいいかとアキラは思った。リリーがいつもそばにいるし…。
リリーは土星の輪のところまでの航路を設定してとアキラに言うので、リリーの言うとおり設定した。
あとは発進するだけだ。
「じゃ、アキラ君。出発ー」
リリーの言われるままゼスチャーをする。
リリーはせっかくだからと言って、スピードを上げるゼスチャーをアキラに教える。
「2000、2400、3000、4000すごいわこれ。最速の宇宙船でも3000までなのに…」
6000まで表示が上がる。でもまどから見える景色はあまり変わらない。
最初は月がどんどん小さくなっていくのでスピードを感じたが…。
これなら土星までは140分ぐらいねとリリーは言う。
うへぇ早い。探査船が土星まで行くにも時間がかかるのにとアキラは思った。
これならちょっとしたドライブ気分でも同じ太陽系内の惑星に行ける。
「そんなに速いんだ。でも加速度をあまり感じない」
「そう。一応そのシステムはあるから」
とリリーは言う。船が急に加速しても。停止してもその動きは感じない。
船内の重力設定もできるぐらいだ。船内の重力は地球の1/3。
あと、リリーはこの船内の床は普通の床だから、あまりちょこちょこと下を動き回らないでねと言った。
「注意するよ」
とアキラは言った。もし踏まれたらぺったんこだ。
そして、土星が見えてきた。だんだんと土星の輪も大きく見えてくる。
リリーは少しずつスピードを下げるゼスチャーをして、とアキラに言うのでスピードが遅くなる。
「2200、1800、1400、100、80、30、0.1」
土星の輪へと近づいてみると小さい氷の塊のようなものが無数にあるようだ。
「じゃあアキラ君。手動操縦になっているから、あの大きな氷の塊をよけながら、あたしの言うとおり進むのね」
とリリーは言う。
一応、土星に到着する前に一通りのゼスチャーは教わっている。
アキラはリリーの言うとおりゼスチャーをしてみるが、なかなかうまくいかない。
「そんなんじゃだめよ」
とリリーは言って、アキラの操縦席をぐーでたたく。そのたびに震度4ぐらいのゆれがアキラを襲う。
「そんなこと言っても、むずかしいよ。あの間を抜けて行くなんて…」
アキラはゲームとかなら宇宙船を操ってみたこともあるがそれは2次元のスクロールゲームや、
最近のワイヤレスのコントローラーを振り回して宇宙船を操縦する物だ。ゲームだから難易度はそんなに高くない。
でもそれよりも難しい。
「いちおう。この船には自動衝突回避の機能も付いているから、大きい氷の塊につっこんでも回避されるから大丈夫よ」
とリリーは言うが、目の前に巨大な塊が迫ってくるのを見るとやっぱり怖い。
リリーの気迫も怖いし、失敗するたびに操縦席をぐーでなぐるけど…。
そのあと土星の輪の中での訓練は2時間ぐらい続いた。
「じゃあ。もういいわ。これで十分ね」
とリリーが言うので、やっとこれで帰ることができるとアキラは言うと、
最後にと言って、船内の自動危険回避装置をOFFにし始めた。
「えっリリー何をするの? そんなにOFFにしていいの?」
「これから、この船はあの土星に突っ込むの。そしてぎりぎりの所で反転して離脱するの」
とリリーは言う。
危険はないの?とアキラは言うが、回避が遅ければこの船は損傷を受けて、土星の表面から脱出できなくなるわねと言う。
「そんなむちゃなことできないよ」
とアキラは言うが、リリーはだめっ。これぐらいの技量がないと優勝できないんだからと言う。
それにアキラを信じているしとリリーは言う。
リリーは勝手に宇宙船を動かして、土星の表面へと船を向けてじわりじわりと加速のゼスチャーをする。
「さぁ。反転するときは、なるべくゆっくり、両手を下から上に上げるの。
でもゆっくり過ぎてもだめよ、反転する力が足りなくてそのまま突っ込んじゃうから…」
アキラはだめだよと言って船を止めようとするが、今はリリーの操作が優先されているらしく、
アキラは止めることはできない。
さてもうそろそろね。
コンソールには土星に近すぎることを示す警告が出ている。
コンソールには数字がカウントダウンされている。
この数字が0になると反転できない。
もう10000を切ったところだ。
9200、8700、8100...
「なにやっているのよ。もう一度。それじゃゼスチャーが速すぎるわ」
とリリーは言う。船はゼスチャーの通りに動くが、速すぎるゼスチャーだと安全装置が働いてうまく動かない。
かと言ってゆっくりだと船の動きは遅い。
「もう5000を切ったわ。早くしてアキラ君」
「わかっているよ。もう一度やってみるよ」
もう一度アキラはゼスチャーをする。
やっと船は衝突回避のコースへと船首を向ける。
「まだ、だめよ。足りない。あと4分で反転不可能領域に達するわ。アキラ君落ち着いて」
「うん」
アキラは深呼吸をしてから、両手を下から上に上げるゼスチャーをする。
「3000、2700、2300。あともうちょっとほらっ」
とリリーが言う。アキラは再度ゼスチャーをする。2100、1900、2000、2200、2500。
やっと離脱コースへと船の方向は向いたようだ。
窓から外を見ても何も見えない。星も見えない。
「やったわね。これで大丈夫ね。今の感覚を覚えておきなさい」
アキラはくたっと席に倒れこむ。寿命が数年縮まったかのようだ。白髪が増えそうだ。
「これはご褒美」
とリリーが言って、リリーがアキラを手でつかむと、アキラをリリーの胸の谷間へと押し込んだ。
ぼよよーんという弾力がアキラの体を押し返すが、あったかくてやわらかくて気持ちいい。
リリーは体を左右に動かすこともなく、両手を使って胸で挟み込むこともしないので、体全体で、
リリーの胸のちょうどいい感触に包まれながらアキラはリリーの顔を見る。
リリーはうれしそうだ。この後はあたしが操縦するからと言って、アキラはそのままあたしの胸の
間で寝てていいよと言う。
アキラはさっきまでの操縦訓練と、土星につっこみそうになったことの疲れ、
リリーの胸に挟まれている心地よさと暖かさに包まれて、うとうとと眠りに落ちていった。
リリーは微笑みながらそんなアキラを見つめているのだった。