さてと買い物に行かなくちゃ。
手に例の手帳が入っている小さな箱とトオルへ送るプレゼントを持ってエリィは家を出る。
「うふふっ」
と自動的に笑みがこぼれてしまう。
「よっ。エリィちゃん。今日は何にするんだい。
こっちのルネ星系から届いた野菜はどうだい。
甘みがあっておいしいよ。
それとも、こっちの干し肉はどうだい」
「うーん。どうしよう。
どれもおいしそうだし。じゃこれをおまけしてくれたら両方買っちゃう」
と横に置いてある、ルネ星系から入手したと思われる何かの卵を指で示す。
「エリィちゃんには負けた。じゃご希望どおりこれもつけちゃおう」
「やったーおじさんありがとう」
めずらしくその店の人は男の人だ。
エレーネでは男性の出生率が少ない。10分の1だ。
このお店の人はエリィが小さいころからのなじみだ。
「今日はいつもより、にこにこ顔だね。なんかいいことがあったの?」
とその人はエリィが持っている入れ物に野菜と干し肉、卵を入れているときに聞いてきた。
「ええ。まあそうなの。地球の人とメール友達になって、
あたしとその人で品物を交換することになったの。
この後にゲート間宇宙宅配便で発送するの」
「おっそうかい。ついにエリィちゃんもそんな子ができたんだ。
なんか娘が嫁に行っちゃうみたいな感じだ。
おじさんもうれしいというかさびしくなったというか...
じゃ。これもおまけしておいてやるよ。エリィちゃんのお祝いだ」
「あっそんな高価なものを…」
日持ちするが、高価なので今まで手がでなかった食材だ。
このお店でもあまり数はでない。
「いいってことよ。どうせこのまま置いておいても売れないし、
悪くなってしまうより、エリィちゃんにお祝いとしてあげることにしたのさ。
まあ、今回だけだからね。
おっそういえば、急がないと
宅配便に間に合わないんじゃないか」
とお店の人が言う。
たしかにこの時間だとぎりぎりだ。
「おじさんどうもありがとう」
とエリィはおじさんにお礼を言ってから、宅配便で送るために集荷場へといそいだ。
天井を見上げると、時間に合わせてだんだんと明るさが暗くなってくる。
空の端から月が2個昇ってくる(立体映像でそう見えるだけなんだけど)。
さて、いそがなくちゃ。
トオル君の住所も聞いたし、
地球の衛星軌道上にはエレーネの船が停泊している。
だから小さいものならゲート間転送ですぐに地球へ物資を届けることができる。
大型な宇宙船や船団はそれなりに大きなゲートが必要なので、
ところどころにしかゲートが設置されていない。
しかもそれらのゲート間は少し離れている。
エリィは集荷場にいた人にその荷物を手渡すと、次の地球からの荷物が到着する日を聞いてみた。
3日後ということだ。
この船団がゲートを通過するので、ゲートを通過した後になるためである。
やっぱり受け取ることができるのは遅くなるのねと思いながらエリィはこの場所を後にする。
そして次の日は約束どおりトオルと立体映像の回線をつないで3時間ぐらい話をすることができた。
そのときに、あたしは荷物を地球へと送ったから、あまり時間はかからないかもしれないということと
届くときには国際宅配便で届くからとトオルに教えておいた。
トオルのほうは、昨日のうちにめぼしいお花を見つけたので、今日の午前中に買ってきて、
エレーネの施設経由で発送の手続きをしたと言っていた。

……

エリィは病院に向かっている。
高齢のおばあちゃんのお見舞いのためだ。
「おや、エリィ、来てくれたのかい」
「こんにちわ。おばあちゃん。体のほうはどう?」
「今はちょっと咳がでるけど大丈夫よ、
あなたのほうはどうなの?
でも見たところ元気そうね」
あたしは大丈夫とエリィはおばあちゃんに言う。
そのとき、おばあちゃんはこんこんと咳をする。
「大丈夫? おばあちゃん。寝ていないとだめだよ」
「大丈夫よ。ちょっと喉がね…
あっそうだわ。ねえエリィ。
カードをちょっとだしてごらんなさい」
と突然おばあちゃんが言う。
エリィは何をするのか全然わからなかった。
エリィはカード(プラスティックみないなもので、情報を写し出したり、他の人との通話や、カードキーの機能も使えるもの)を取り出しておばあちゃんに渡す。
するとおばあちゃんも自分のカードを取り出して、
何か操作をするとエリィのカードに何か情報がコピーされた。
「これでいいわ。
あなたは今後、地球で暮らすんでしょう?
地球は広いんだから
宇宙船がないと移動に不便でしょう。
だから、エリィにあたしが若いときに使っていた
宇宙船をあげる。
エリィはもう大人だし、もう宇宙船の操縦ぐらいできるでしょう?」
エリィは目をまるくする。
「えっおばあちゃん。それ本当? でもいいの?
あたしが小さいころは操縦させてくれなかったのに…」
とエリィは小さかったころを思い出す。
「いいのよ。そのころはエリィもまだ子供でとっても危なかったから。
あなたおっちょこちょいでしょう。
それに何もないところでよくころんでいたじゃない。
だからおっかなくて、操縦はさせなかったの。
でももう大丈夫ね」
とおばあちゃんがエリィに聞く。
「うん。学校で宇宙船の操縦知識を学んだわ。
でも、もうちょっとで格納庫にぶつかるところだったけど…
でも安全装置があれば大丈夫よ」
「おやまぁ。それを聞くとエリィに宇宙船をあげるのをやめようかしら…」
「えーそんなぁ」
とエリィはあわてる。
「ふふっ冗談よ、でも操縦には十分注意してね」
とおばあちゃんはほほえむ。
よかった。
これで地球での移動にも困らない。
それに、トオルと一緒に宇宙船で移動もできるし…
「でもね。しばらく使っていなかったからメンテナンスが必要なの。
でも元がいい宇宙船だから、大きな故障はないはずよ」
「おばあちゃん。ありがとう」
エリィはうれしくておばあちゃんに抱きついてしまった。
「あらあら。よっぽどうれしかったのね」
と小さいころのようにおばあちゃんに頭をなでてもらう。
そういえば、子供のころはよく頭をなでてもらったっけ、
とエリィは思い出していた。

その後エリィは最近の出来事をおばあちゃんに話して聞かせた。
トオルと立体映像で通話したことや物を交換する約束をしたこと。
学校でテストがあって思ったより難しかったこと…
おばあちゃんはやさしく、うなづきながら聞いてくれている。
その後話題がなくなったとき、
エリィはおばあちゃんに会ったらぜひ聞いてみようと思っていた
ことがあったのを思い出した。
「ねえ。おばあちゃん?
前に資料室を整理していたら古い箱を見つけて、
その中にとっても古い小さな手帳を見つけたの。
その後で、さっき話したトオル君にその手帳を見せたら
そこに書いてあった字をすらすらと読んでしまったの。
何で読めるのと聞いたら、
その手帳には地球で使われている日本語という言葉で
字が書いてあると言っていたわ。

あたしはとっても不思議なの。
その資料室にあった箱はエレーネの母星から持ってきたものだと言うの。
おばあちゃんはどう思う?」
そうねえ。とおばあちゃんは考え込んでから
「それは不思議ね。
でもね。なんかおばあちゃんは、ずっとむかし、
おばあちゃんのおばあちゃんから聞いたことがあったの。
今は思い出せないんだけど何だったかしら、
えーとね。ちょっと待ってね」
と考え込むおばあちゃんをエリィは見て、
「いいよ。おばあちゃん。無理に思い出そうとしなくても。
あたしは思うんだけど、
地球には恒星間航行をするような技術もなかったし、
エレーネ星人も最近まで地球のことはわからなかった。
ということは
偶然、地球とエレーネの母星がゲートみたいなものの力で
空間がつながって、たまたま地球から訪れた人がその手帳を残していったのか?
あるいは別の宇宙人が地球を訪れてその宇宙人が地球から持ってきた手帳を、
エレーネの母星に置いていったのかなとあたしは思うの」
「地球から訪れた人がその手帳を…
……
そう。そうだわ。思い出した」
と両手をぽんとたたきながらそう言った。
「たしか、あたしのおばあちゃんは
ご先祖様からあずかった物があるって
言っていたわ。それをあたしが小さいころに見せてくれたの。
記憶が正しければそれは箱だったと思うの。
箱の中には見たことがない
透明な物がはめ込まれたとっても小さな四角いものが入っていたわ。
今思うと何かの通信機みたいなものね。
それととっても小さな服。あたしはその服が気に入って、
その服をこっそり借りてお人形さんに着せて遊んでいたわ。
その後しばらくすると、その箱はどこかにしまわれてしまった。
おばあちゃんは、そのころ子供だったから
そのことで怒られるんじゃないかと思って、
その服を机の中にしまっちゃったの…
その後はきっと服のことも箱のことも忘れちゃったようね。
懐かしいわね。何十年も前のことなのよね…
きっとエリィが見つけたのも同じ箱」
とおばあちゃんが言った。
「へーそうなんだ。
あっじゃあ、そのときに見つけたのはこんな服だった?」
とエリィは病院に行く前に立ち寄った宅配便のセンターから荷物を受け取っていた。
トオルからもらった品物の中にトオルのお古の服が入っているのを見つけると
自分であみこんだ人形に着せたのだった。
エリィはその人形をおばあちゃんに見せた。
「ええとどうだったかしらね。
でも。エレーネの服とはぜんぜん違っていたのは記憶にあるわね。
でも。この手触りはなんかなつかしいわね。そう。こんな感じだったわ」
やっぱり間違いない、
その箱は地球に関連がある人が持っていた物が入っていたに違いない。
でもなんでだろう。
エレーネの母星と地球まではものすごく離れている。
ゲートを使わなければ、世代を重ねても
たどり着けないぐらいの彼方に地球はある。
でも地球人はゲートを使えない。
ゲートはそのころは地球にはなかったはず。
うーん。
わかんない。
手帳はトオルの元に送ってあるからきっと何かかいてあればわかるはず。
「おばあちゃん。ありがとう。
だいぶわからなかったことも聞けたし、
それにあの箱の中身をおばあちゃんも見ていたなんて思わなかった。
それにおばあちゃんも昔はお人形さんで遊んでいたのね」
おばあちゃんは、エリィから手渡された人形を
しばらく手でなでていたがエリィにお人形を返すと、
「なんか、人形をなでていたら昔のことを思い出したわ。
おばあちゃんの心は人形で遊んでいた子供のころにもどったようね。とってもなつかしいわ。
でも、もうこんな時間、あと少しで検査の時間ね」
と壁にかけられた時計を見ながら言う。
「そうなんだ。じゃああたしは帰るわね。
お店で食材も購入しないといけないし…」
「ごめんなさいね。追い出すみたいで…」
「いいのよ。検査だったら仕方がないし。じゃねおばあちゃん」
とにこにこ顔のおばあちゃんに手を振る。
エリィは部屋を出てから廊下を外に向かって歩きだした。
「今日の夕食は何にしよっかな…」
と上機嫌でエリィは道を歩く。

トオルは今頃何をしているのだろうか。
ひょっとして地球はもう夜で寝ているとか、
それとも学校で授業を受けているのか。
エリィは胸ポケットに入れた人形に手をふれる。
エリィは人形に服を着せるときに、服のにおいをかいでみたのを思い出した。
洗ったばかりのようでなにかほのかな香りがするんだけど、
トオルは実際にこの服を着ていたことがあるのだ。
ジーンズという下半身に身につける服の膝の部分はちょっと擦り切れている。
上着はボタンというもので止めるらしいんだけど、
そのボタンはとっても小さくて、エリィの指の上に何十個も乗せることができそうだ。
そのボタンは服にとっても細い糸で縫いつけられている。
非常にこまかい。
ボタンがとれてしまったらエリィは服にボタンを縫いつけることは無理だろう。
地球っていいなぁ。
それにトオルと早く会いたい。
エリィは人形をなでながらそんなことを考えていた。
エリィはるんるん気分で買い物をすませて家へと向かった。
エリィは家の中に入ると、トオルからもらった物をあらためて見直す。
受け取ったのは
地球のものと思われる植物。
かわいらしいつぼみをつけたとっても小さな鉢植えだ。
エレーネでは見たことがない種類。
それとエリィはもう人形に着せてしまったがトオルが使っていたお古の衣服。
エリィはトオルからもらった物を見て、
あたしの送ったものももうトオルの元へと届いているのかなと考えていた。
トオルへメールを出して受け取ったのかどうかを聞きたかったんだけど、
もうすでにゲートをくぐってしまって、
この地域からは地球への回線をつなぐことができなかった。
次のゲートをくぐれば地球との回線をつなぐことができる。
エリィは夕食をすませてから、
地球のことを学ぶために勉強をしようと思い立ち
机に向かうことにした。