僕はたまに屋上へ行くことにした。

また巨大な女の子と出会えるかもしれないからだ。

最初に屋上で会った日から2週間後、屋上へと続く扉を開ける。

屋上に座っている巨大な女の子の後姿。
お尻が見える。

僕はそっと扉を閉めて近づく。

壁のようにそびえたつ巨大なお尻に手を当ててみる。
けれども実体がないので触ることができない。

僕は、ふとこの中がどうなっているのか気になった。
体の中?
何も見えないんだろうか。

僕は首を突っ込んでみる。
うわぁ。何も見えない。
真っ暗だ。

さて。
どうしよう。
このまま戻るか。
先に進むか。

すごく迷う。
何か、取り返しのつかないことが起きそうな予感がする。

でも。
すごく気になる。

ようし。
このまま進んでみよう。

屋上の端にはフェンスもあるから、何も見えなくて手探りで進んでも、屋上から落っこちてしまうこともないだろうし。
危険はない。

僕は手を前に出しながら前へと進む。

そろり。

そろり。

何十歩か進んだとき。
急に明るくなった。

「うわ。なんだこれ」
左右にはとっても巨大な何か。

うーん。
僕は上を見上げてみる。

やっぱり。
左右にある巨大なものは彼女の足。
太もも。
上まで何メートルもある。
それが左右にあり、ものすごい重圧を感じる。
けれども実体はないので、下敷きになっても押しつぶされてしまうことはない。

ひょっとしてと思って後ろを見る。

うわぁ。

彼女の股間。

ものすごく恥ずかしくなって、前へ向き直る。

彼女は屋上に座っているが、僕は彼女の股の間から出てきたみたいだ。

ごくり。

そっと上を見る。

彼女はぼーと遠くを見つめている。

こっちには気がついていない。

どうしようか。
ここにいるのがばれる前に、帰ろうかなと思った。

けれども。
こんな場面はめったにない。

うーんどうしよう。

僕はよくないよなと思いながら、その場からちょっと後ろへ下がる。

そしてその場へと寝っころがり、仰向けになってみる。

うわぁ。
すごい。
けれども恥ずかしい。

移動しよう。
ごろごろ。

ごろごろ。

転がる。

転がった先は彼女の太ももの付け根の下。

ここから上を見上げることにする。

横に目を向ければ彼女の股間。

真上を見れば、彼女の太ももが、僕の身体の上にずっしりと乗っかっているように見える。
実体があれば、いまごろぺっちゃんこだ。
ぎゅうううううと押しつぶされてしまっているだろう。
この太もも。
ものすごい太さ。
鯨の胴体の何倍も太いんじゃないか。
実体があれば重さも相当なものだろう。

彼女の足が動く。

ちょっと持ち上がり、どすんというふうに落とされる。
実体がないからなんとも無い。
でもすごい。

僕は女子の太ももが好きだ。
まず太ももに目がいってしまう。
次に顔、胸。

太ももが細い子より、ちょっと肉付きがあるほうがいい。

ひざまくらとかされたいと思っていた。

今は、人の何十倍も巨大であろうと思う女の子の太ももの下敷きになっている。

うわぁ。
すごい。

見た目だけなんだけど、ものすごい。
ありえないほど巨大でものすごい重量感がある太もも。

肌は露出していないけど、体に密着するような服を着ているので体のラインが出ている。

もうちょっとこうしていよう。
ばれないよな。

……

ぼーと遠くを見ている彼女の顔を見ている。

すると、急に自身の腕へと目線を落とす。

そして。

目があった。

びくぅ。

僕と彼女は同時にびくっとする。

そして。
腕につけられた機器を見てもっとあせった顔をする。

もう片方の手でその機器を連打している。

彼女の口が開く。

何か言っているようだ。

けれども聞こえない。

その身振りは
ああ。どうしよう。

と言っているかのようだ。

あれ?

何かおかしい。

今まで聞こえていた、町の騒音。
車の音。

それらが何も聞こえなくなった。
空の色も変だ。

色がモノクロみたいになってきている。
そして真っ暗になった。

えっ。

……

「ちょっとねえ。君?
あたしの言葉が聞こえる?
通じる?
ねえったら。ねえ?」

という声が聞こえる。

ん?
一瞬だけぼーとしていた。

何か声が聞こえる。

頭に直接響いてくるような感じ。

うわ。

彼女がこっちを見下ろしている。

さっきの体制のまま。

僕は彼女の太ももの付け根付近で下敷きのままだ。

はるか上から彼女はこっちを見つめている。

「な。な。な」
声にならなかった。

「聞こえる?
ねえったら」

「う。う。う。うん」

口から声は出てこないが思考で考える。

「良かった。
通じるのね?
で、あなたは誰?」

「ぼ。ぼ。僕は」
名前を言った。

「そう。あたしはアリーナ。
ちょっと違うけど発音は近いから。
で。
あなたは何でそこにいるの?
いつからそこにいるの?」

ちょっと強めの口調が頭の中に響いてくる。

「そ。それは」

「それは?」

「そう。たまたま。
屋上をよつんばいで歩いて来たら、ここに出てきた」

「うそね。普通だったら来ないわよ。
やっぱり。
あなた。
そこからあたしの体を見ていたのね?」

「ごめん」
素直に謝る。

「今、ここからどくよ」

僕は体をどけようとする。

けれども全く動かない。

あれ?

「無駄よ。今転送中だから。
それに、今のあなたとあたしは通常の時間の100倍の速さで意思の疎通を行っているからね。
10秒は1000秒ぐらいに相当するの。
だから体は動かないわよ。意識で動かそうとしても体はその1/100の早さでしか動かないから…」

そうなんだ。
確かに体は動かない。

でも意思の疎通はできている。
しばらくこのままだ。

こんなところから見上げているのが彼女にばれてしまった。
ばれてしまった後だから、すごく恥ずかしくなる。
かといって、目を閉じることもできない。

「ごめん。このとおり謝るよ。
わるかったです。転送が終わったらここからどくよ」

彼女へその意思を伝える。

「言いにくいんだけど。それもきっと無理ね」

「えっ。なんで?」

そういえば転送中って言っていたな。

「ねえ。転送中って。どこへ転送されるの?」

「それはね。あたしがいる宇宙船。
普通なら、あたしは誰にも見つからないから、あの屋上からぼっと外を見た後に
転送される時間が来て、地球でいう10秒後に元の宇宙船へと戻されるはずだったんだけどね。
君があたしの体の下にいたから、あなたも一緒に転送されちゃったのよ。
あなた。
もう地球へは戻ることできないわね」

「えー。また地球へ来るんじゃないの?
そのときに連れて行ってよ」

「だめ。無理なの。
今回の転送が最後。
理由はあたしのいる宇宙船と、地球の位置がずれすぎたから。
地球には用はないしね。
移住不可だとわかったから。次の惑星を調査するの」

「えー。
そんなぁ」

がっくし。
本当なんだろうか。

これも含めて夢なんじゃないかと思った。

「それと言いにくいんだけど。
あなたはあと10秒後には死ぬのよ。
おそらくね」
今の感覚だと1000秒後ぐらいに感じると思うけど。
と彼女は付け加えた。

「な。なんだよそれ。
もしかして転送が終わったら何かあるの?
僕だけきちんと転送されないとか…」

僕だけ宇宙へと放り出されるのか。
それとも彼女の住んでいるところは違う。
地球でいうと猛毒の気体があるとか?
重力がすごく強いとか?
その思考をさえぎって彼女の声があたまに響く。

「今。あなたはどこにいるの?」

「そ。それは君の体の下。
あ。もしかして…」

僕の体の上には彼女の太ももが乗っかっている。
今は彼女の体には実体がないけど。
転送が終わったらどうなるんだろう。

彼女の体は普通に戻る。
ということは?

「そう。
転送が終わったら、あたしの体は実体化する。
あなたはあたしの体の下にいるから、
きっと潰れちゃうわね。
転送が終わったらいそいで立ち上がるようにするけど。
たぶん無理。
一瞬でもあたしの体の重さがあなたの上にかかってしまう。
あなたの体だったら、あたしの太ももの重さでも耐えることはできないわね」

「そ。そんな…
でも。君がすぐにどいてくれれば。その間だけでも耐えてみるよ」

「きっと無理。
あなたとあたしの体の大きさがどれぐらい違うかわかっている?
あたしから見たら君の体はものすごく小さいの。
もちろん、あたしの体の重さもあなたから見たら相当なものになるはず。
きっと一瞬で潰れちゃう。
でも。できるかぎり実体化した瞬間にあなたの上から体をどけるようにするからね」

とは言うものの。
完全に僕の胸の上に乗っている彼女の体。

これが実体化したらどうなるか。

上に乗っている物体はものすごく重そうだ。
何十トンか何百トンか。
百まではいかないだろう。
けれどもそんな重さには耐えることができない。
それは確か。

「ねえ。あとどのぐらい?」

僕は聞いた。

「あと、感覚で5分ぐらいね」

5分か。
5分しかない。

僕は胸の上に乗っている太ももを見る。

この太ももに押しつぶされて死ぬのか。
実態化したら、この太ももはやわらかいのか。
とかも考えてしまう。
でもものすごい重さなんだろう。
柔らかいとか感じないのか。

ロードローラーよりも重いものに乗っかられて押し潰されるのかと考えた。
うう。考えなきゃよかった。

後悔した。
彼女の体の下にもぐりこまなけりゃ良かった。

「ねえ。もしあなたが助かったらどうする?
あたしと一緒に暮らす?
そうよね。地球へはもう行けないんだもんね」

と話かけてくる。

うん。
やめよう。
ネガティブな思考はやめてこれからのことを話そう。

「そうだな。
だとするとお願いされようかな。
そういえば、君日本語うまいよね」

僕も君たちが使っている言葉を覚えなきゃと考える。

「言葉はテレビ放送の日本語講座で覚えたの。
テレビの電波をだいぶ前に、あたしたちの技術者が解析して受信機を作ったの。
それでいろいろ覚えたと。
言葉とか、地球にはまだ異星の人が訪れていないとか…
しばらくこの地球のことを調べていたんだけど。
あたしは日本という国が好きだったの。
他の国も見てきたけどね…」

と話す彼女。

「そうなんだ。
じゃ。やっぱり異星の人はいっぱいいるの?」
これは興味ある。

「生命なら結構いろいろな惑星に生息しているわよ。
もちろん。生命がいない星のほうが多いけど。
中には知的生命体もいるし。
とっくに滅んでしまった知的生命もいるし…」

といろいろなことを話す。
とっても長い5分。
残された時間。

……

言葉がつきてしまう。

再び僕の体の上にある彼女の体を見る。

「あと10秒。9秒。8秒。
きっと助かるからね。
実態化したらすぐにどくからね。
きっと大丈夫。
大丈夫」

と彼女は言う。
とってもつらそう。
涙目になっている彼女。

お父さん。
お母さん。
ごめん。

それと友達。
もう会うことはできない。
きっと失踪したことになるんだろう。

最後に彼女の太ももを見る。
何度見てもずっしりしている。
一瞬でもこれが乗ったら、ぎゅううと潰れちゃうんだろうか。
そうだよな。
こんな大きいもの。

「3秒。2秒。1秒」

次だ。

ぎゅうううううう。
と押し潰されるのを感じた。

……

「あ。気がついた」

僕は目を開けた。

さっきのは夢?
全部夢?

でも
天井まではものすごく遠い。

横を見る。

「うわぁ」

巨大な丸いもの。

ものすごくでっかい瞳。

僕の身長の倍はあるんじゃないかと思った。

僕は左右を見る。

彼女だ。

屋上で見た彼女。

ということは…

「あなた。良かったわ。
とっても運が良かった。
助かったのよ」

「ほ。本当?」

ここは宇宙船のようだ。
あたりを見回すが、いろいろな物が違う。

それにそばにいる人が巨大。

マンションの屋上で見た彼女。
そのままのサイズだ。

僕自身がものすごくちっぽけだ。

「でも。
なんで助かったの?」

僕はぎゅうと押しつぶされちゃったはず。

「あたしが実態化したときに、衝撃があってあたしの体の位置が少しずれたの。
だから、あなたの胸を押し潰すことはなかったの…
でもね。
先に謝っておくわね。
あなたの足。下半身のほとんどは、あたしが足をどけるのが間に合わなくて
あたしが押し潰しちゃったの。
でも大丈夫。
急いで手術してなんとかしてもらったから。
一応動かせるはずよ」

「そ。そんな」

僕は自分の足を見る。

ちゃんと足はある。
足を動かす。
きちんと動く。

僕は寝巻きみたいなもの(見たことも無い素材でできている)をめくってみる。

「ああ」
足が違っている。

色が違う。
肌色ではない。
白い。
白いもので覆われている。

僕は彼女を見る。

「もう歩けるはず」
と彼女は言う。

僕はその場で立ち上がる。

普通に動くようだ。

「大変だったのよそれ。君みたいに小さい人間の体を手術の大変だったって言っていたわよ」

「ねえ。これ。夢じゃないよね?
現実だよね」

夢を見ているんだと思った。

「現実よ。
そうね。
はっきり言っておくけど。
地球へは戻ることできないからね。
あたしがあなたの面倒を見てあげるから安心して…」
と人の20から30倍は大きい彼女に言われる。

「そうか。無理なんだ…」

ここと地球の距離はどのぐらい離れているんだろうか。
きっと途方も無い距離なんだろうな。

「じゃこれからよろしく」
と彼女は指一本を出してくる。

すごく大きい。
指でも一抱えほどの太さがある。

「こちらこそよろしく…」
僕はその指を抱きかかえるようにする。

もう戻れないのか。
地球へは。

でもこの非日常と思う世界。
これが日常になるのか。
慣れることができるんだろうか。

この世界では自分は小人だ。
ものすごく小さい。

でも彼女がいるから大丈夫だよな。

僕は思った。