朝。
9:00。
昨日と同じ部屋に呼ばれる。
「困ったわね」
スタッフの人が言っている。
「ねえ。リカ。来てくれる?」
とリカを呼び出しているようだ。
……
「なによ。今日から休みでしょう?」
「それなんだけど、予定の子が風邪をひいて仕事できなくなったの。
今日は、その子の代わりにお願いできるかしら」
「えー。休みだって言ったじゃない?
だから、昨日は思いっきりデザートも食べてしまったのに…」
「どのぐらい食べたの?」
「2人前の夕食と、他にデザート3つ」
「そんなに食べたの?太るわよ」
「うっさいわね。余分なカロリーがお腹やお尻にいくあなたと違って、
あたしの場合は胸にいくのよ。
だからいいのよ」
「むかっ。なによ。年とってからその胸たれるわよ」
「ぐっ。この女。廊下を歩くとき、注意することね。
絶対いつか。間違ったふりして踏んでやるわよ」
「むー」
「きー」
仲が悪いようだ。
「あの。どうするの?」
僕は聞いた。
「しょうがないわね。特別よ。もし潰しちゃったらごめんね」
「潰しちゃだめだよ」
「大丈夫。調整してもらうから。ねえ」
「そうよまかせなさい。リカを厳しくチェックするわね。
さあ、乗ってリカ。体重絶対増えているわよ。ほらほら」
念のため量るらしい。
「くっ。むかつく。その言いかた」
とぶつぶつ言いながら体重計に乗るリカ。
「あー。10トン増えているぅ」
数字は412と見えた。
「ありえないわね。女の子なのに10トンも増えているとは。うしし。ざまーみろ」
「くっ。今にみてなさい。
そういえば。あなた。
昨日も夜9時ごろ食堂にいたわよね。ひょっとして隠れて甘いもの食べていたんじゃない?
テーブルに2つぐらい何か並んでいたけどぉ」
「くっ。見ていたのね。
悪い?
仕事の終わりに楽しみにしているデザート。
いつも夕食。少な目に食べているからいいの」
「ふーん?」
細い目で見るリカ。
「いいこと思いついた。ちょっと待っててね」
リカは出て行ってしまった。
「ちょっと。どこへ行くのよ」
何するんだろう。
……
リカが戻ってきた。
手にしているのは料理用の秤の巨大バージョン。
「ふっふっふ」
じーとリカはスタッフを見る。
「何よ。その手に持っているのは何?
まさか。それであたしを量るというんじゃないでしょうね。いやよ」
「ふっ。男の子の前で、あたしたちが料理で使う量りで、あなたの体重を量ってあげる。
遠慮しないでいいって。ほら」
「きゃー。逃げるが勝ち」
と走って逃げようとする。
けれどもリカの手によってつかまってしまう。
「こら。離しなさい」
「だめよ」
リカは僕の目の前に量りを置く。
そして、上にスタッフの人(じたばたしている)を乗せる。
「いやー」
どんどんと量りの上で暴れる。
「あばれているときちんと量れないじゃない。
あたしが手でぎゅっとしめて気絶させるわよ」
「くー」
それでおとなしくなった。
気絶させられたら、たまらないと思ったのだろう。
「どう?」
僕に聞いてきている。
「え。えーと53kg」
「53?そんなにないわよ。せいぜい50ぐらいよ」
「ほんとだよ」
「きちんとあっていないんじゃないの。
きっと重いほうに調整したのよ。リカが」
やっとスタッフの人を下ろすリカ。
「きちんと0になっているじゃない。じゃあなたも乗ってみる?」
「えっ。ちょ。ちょっと恥ずかしいよ」
料理用の量りで計測されるのは、僕でも恥ずかしい。
僕もリカにつかまってしまう。
じたばたするが、リカにとっては小動物が暴れているような感じになってしまう。
軽々と持ち上げられて、料理用の量りの上に乗せられる。
僕が乗ると量りが上下する。
「63kg。昨日より1kg減っているわね。じゃこの量りは正確ってこと?
うかつだった。先週より2kg増えているとは…
くっ」
「ふっふっふ。きっとその2kgはおなかとか、お尻とか、脚に脂肪として蓄積されているわね。ざまーみろ」
「10トンも増えた人に言われたくないわね。
そういうあなたも、おなか少し出たんじゃない?」
「むー」
「きー」
にらみ合う二人。
「時間がなくなるよ」
僕が言った。
「何?
いいわね。あなたは体重が減っていて」
とちょっと不機嫌そうに言うスタッフの人。
リカも僕だけ体重が減ったので、むーとしている。
機嫌悪そう。
「じゃさっさと終わらせるわよ。
早くバルーンの中に入ってよね」
「わかったよ」
明らかに機嫌悪く言うスタッフの人。
僕はバルーンの中に入る。
そして首だけ出す。
「いいよ」
そして、スタッフの人によって、呼吸をサポートするものをくわえさせられる。
「じゃ。ちゃっちゃと終わらせるわよ。
10トンも体重が増えたリカちゃん?
バルーンの上にそっと乗ってね。
あなたが勢いよくどーんと乗ると、バルーン破裂しちゃうからね」
「なによ。破裂しないのわかっているくせに。
普通に乗るわよ」
ぎゅう。
バルーンの上にのる。
ぐえ。
なんだこれ。
急に苦しくなる。
やばいんじゃない?
僕は床を見た。
えっ。
なんで。
壁はX6を通り越して、Dの位置にある。
なんで?
操作をミスったとしか思えない。
「むーむー」
僕は声を出そうとする。
けれども声は出ない。
呼吸をサポートするものをくわえているからだ。
ばしばし。
キーパッドを押しまくる。
「むーむーむー」
ばしばしばし。
「むーむーむー」
ばしばし。
「何よ。ちょっと暴れすぎ。
静かにしなさい」
スタッフの人は言うけど。
壁がDの位置にあるんだって。
それを伝えたかった。
その間も、リカは立ち上がり、再びバルーンの上にリカが座ろうとしている。
さっきは軽く乗っただけみたいだ。
普通に座って体重をかけられたら危険。
デザートと夕食の食べすぎで10トン増えているし。
壁の位置がDだととっても危険じゃないか。
ちょっと増えただけで、モニターの人を潰しちゃうとか言っていたし。
「むーむーむー」
僕は精一杯抵抗する。
ばしばしばし。
「むーむーむー」
ばしばしばし。
「ちょっと嫌がらせ?
もーむかつく。
体重が増えて機嫌が悪いのに」
そんなのどうでもいいって。
こっちは命の危険にさらされているんだって。
ほら。壁の位置が違うよ。
リカもバルーンの上に乗らないで。
「むーむーむー」
ばしばしばし。
「むーむーむー」
「うるさいわね。あなたも10トン体重増えたからっていって、
あたしをからかっているの?
大丈夫だって。きちんと調整すれば潰れないって」
「むーむーむー」
首を壁のほうに向ける。
壁だって。
気がついて。
「むーむーむー」
「なによぉ。そんなにいや?
10トン増えたぐらいでそんなにいやがらないの。
あたしの体のサイズだったら10トンぐらい。すぐ増えるわよ」
「むーむーむー」
「いいわよ。そんなにいやなの?
なら、おもいっきり、どすんとバルーンの上に乗ってやるわよ」
「むーむーむーむー」
首をいやいやとふる。
思いっきりふる。
「何よ。むかつく。
あたしがデブって言うんでしょう。
10トンも増えた女の子に乗られたくないって、
乗ったらペッたんこだって。
ふーんだ。
むかついた。
ぎゅっといつもより勢いをかけてバルーンの上に乗ってやるんだから。
それに今日は、圧力0から、いっきに圧力をかけられたときのデータをとるんでしょう?
次は思いっきりのるわよ」
「むーむーむーむー」
「いちにのさん。でバルーンに全体重かけるわね。
覚悟しなさい。たぶん気絶しちゃうと思うけど。嫌がった罰よ」
「むーむーむ」
……
どん。
ピー。
音が鳴る。
危険な負荷がかかったときのアラームが鳴った。
なんで。
リカはいったん立ち上がって、再びバルーンの上に軽く座る。
ピー。
あたし、そんなに体重増えていないよ。
「あたしが軽く座っただけで、何で鳴るのよ」
最初はかわいそうだから、軽く乗っただけだった。
けれどブザーが鳴った。
「えっ。そんなはずはないんだけど、
あなたが太ったから?」
「確認しなさいよ」
あたしはバルーンの上に体重をかけていたが、立ち上がる。
いやな予感がする。
「げっ。なんで壁がDの位置にあるのよ…
リカ。バルーンに座っちゃだめ。
壁の位置がDにあるの」
「D?
ひゃあああ。
ひ。ひょっとして、つ、潰しちゃった?」
「ねえ。大丈夫?
ねえ」
気絶してしまっている僕は返答できなかった。
「とっくに気絶しているわね。
って。
あああ、
脈拍がない。
ち、ちょっと。
救護班。早くきて」
スタッフの人は顔が青くなる。
「げっ。血圧。脈拍低下」
あわわ。
蘇生処理をしないと」
ピー。
この音は心肺停止の警告。
……
あれ?
僕、何しているんだろう。
上から見ている。
そして鏡で見慣れた顔。
あれは僕?
で、あわただしい。
救護班みたいな人がまわりにたかっている。
ばふっ。
ばふっ。
心臓マッサージをする。
ばふっ。
ばふっ。
電気ショックもする。
トクン。
トクン。
ピー。
「ど。どうやら手遅れのようです。
われわれでは、蘇生できないかと」
「もう一回やってみて」
「危ないから下がっていてください」
ばふ。
ばふ。
電気ショックのようだ。
ピー。
相変わらず脈がないことを知らせるアラームが鳴っている。
「もうだめですね」
「そ。そんな…」
がくっとくずれ落ちるスタッフの人。
あれ?
ひょっとして死んだってこと?
と考えていたとき。
ぴー。ぴー。ぴ、ぴっ。ぴー。
なんか音が変だ。
それに体がゆさゆさゆれる。
……
「んあ?」
目を開けた。
「ああ。やっと気がついた。
あなた長い間、寝ていたのよ。もう夕食の時間終わっちゃったから、夕食は抜きね」
「夕食?
それどころじゃなかったしょ?
心肺停止とか、
ピー
と脈がないとか。
電気ショックとか、
なかった?」
「いや。
ないわね。
そこまでひどくないよ。
あなたは、あたしの操作ミスで、圧力かけたら気絶しちゃったの。
壁の位置をちょっとミスっただけ」
「ちょっとどころじゃないよ。Dの位置だったでしょう?」
「うん。でね。念のため、胸の骨が折れていないかと、
手足に異常がないかを検査して、問題がなかったから、
そのまま寝かせておくことにしたの。
あたしのミスだし」
「じゃあ。心肺停止して、ご臨終とかいうイベントは、本当になかったんだね?」
「ないわよ。
幸いリカは手加減して、バルーンの上に座ってくれたからね。
思いっきり座っていたら、その可能性も考えられたけど。
変な夢見ていたんじゃない?
リカが太ったとか言っていたから」
「むー。太っていないわよ。
ちょっと増えただけ。
明日には戻るわよ。
さっき外で走ってきたし」
と隣の窓の外からリカが言う。
ぐー。
おなかが鳴った。
「そういえば、おなかすいた。
今日はなにも食べていないよ」
「あなた。寝ていたからね。
午前のモニターで、即効気絶しちゃったから、お昼も、夕食も抜きだったしね」
「その原因はあんたでしょう?
リカにもあるかもしれないけど」
「なによぉ。あたしは悪くないわよ」
「でも規則だからね。飲み物だったらいいわよ」
「うーん。じゃ。ホットチョコレートとかある?
甘いもの」
「いいわよ」
「ねえ。ホットチョコレート1つお願い。
ぐつぐつ煮えたぎるぐらいの熱さにしてね」
「ちょっと熱すぎるよ。普通でいい」
「ちっ。普通の熱さでお願い」
意地悪。
じっとにらむ。
「冗談だって。そういえば明日から、薬を飲んでモニターするの。
夜の9時になったら、薬品を飲んでから寝てね」
「うん。わかった。ということはバルーンは終わり?」
「終わり。いちおう一発で気絶するぐらいの圧力をかけたときのデータが取れたし」
「あのときのデータも取っていたの?」
「うん」
「ひどっ。心配はしなかったの?」
「そりゃ。栄養ドリンクに入っているタウリンの量ぐらいは心配したわよ」
「たった1000mg分かよ」
「さてと。あたしは残りの仕事を片付けるかな。明日もよろしく」
と言ってスタッフの人は出て行ってしまった。
ふう。
ため息をついてベッドの上に横になった。