4回目。
全部で7回。
最初の2回は、歩いてきて僕の横に足を踏み下ろすだけ。
残りの5回のうち3回はいつ踏まれるかわからない。
で、もう4回目。
次に踏まれるのか。
どん。
どん。
どん。
というふうにミミが歩くたびに振動が伝わってくる。
そして。
ごう。
どん。
というふうに僕の真上を足が通過していき、少し離れたところに足が踏み下ろされたようだ。
今回も踏まれなかった。
うう。
じらされているようだ。
さっさと踏んでくれたほうが楽かもしれない。
後のほうになるたびに恐怖感が増すようだ。
「5回目だよ」
ミミが言った。
次は絶対踏まれる。
ミミが歩くたびに"どん"という音がするのと、
ミミが踏んだ床がありえないほど沈み込むこと。
ミミの50トン以上の体重。
歩いてきたミミに、"どん"と踏まれて平気なのか。
大丈夫なのか。
踏まれたらぷちっといかないか。
非常に気になる。
頭が踏まれたらどうなるんだ。
とか考えてしまう。
白いもこもこの巨大うさぎが歩き出す。
どん。
どん。
残り数歩で踏まれる。
どん。
10メートルぐらい前方に足が踏み下ろされる。
うう。次か。
覚悟を決めた。
どん。
なぜか、僕の体をすぎたところで足音がした。
「あっ。踏めなかった」
というミミの声がした。
僕の体を見てもなんともない。
潰れていない。
「ごめんね。歩幅があわなかったよ。
またやり直しだね」
ふう。
息を吐き出した。
踏まれそうになる瞬間息を止めていたからだ。
「5回目やりなおしね」
ミミが歩きだす。
どん。
どん。
どん。
床に伝わってくる振動が強くなってくる。
どん。
次か。
そして、ミミの足が真上に見えた。
ウサギ着ぐるみ用の足の裏。
ところどころ、肉球のように膨らんでいる。
あれに踏まれるんだ。
と思ったとき。
どん。
真上にあった足が、僕の頭をとおりこしたところに着地する。
「ごめん。踏むのためらっちゃった」
ミミの声。
「ねえ。ミミ。次はちゃんと踏んでくれる?
いつ踏まれるかと、こっちはどきどきしているんだけど。
ひとおもいに踏んじゃっていいよ。今ならなんともないし」
「ご。ごめんね。
そうだよね。
踏まれる瞬間は怖いよね。
それが何回もやり直しになると回数が増えるよね。
次は、きちんと踏むから」
どすどす。ぺたぺた。
という感じで走って戻るミミ。
「5、5回目ね」
ミミが言う。
さてやり直し。
ふう。
すう。はー。
深呼吸をした。
よし。
踏まれる覚悟できた。
今回は踏んでくれるよな。
どす。
どす。
足音が近づいてくる。
どす。
近い。
もう次の歩幅で踏まれるはず。
僕の真上にミミの足がきた。
うう。今回は絶対踏まれる。
ごくり。
あっと思ったが、ミミの足は真上で止まっている。
踏むのためらったのか。
と思ったとき。
いきなり足が下ろされてきた。
ぎにゅうううう。
踏むのやめたか、と思った直後に踏まれてしまう。
フェイントみたいだ、だから今回も踏まれないと油断したのに。
ぎゅうっと踏まれたときと同じぐらいの力か?
「ごめんね。踏む直前にためらっちゃった。
もう1回、やり直すね」
げっ。
こっちは踏まれて、体がすでにぺっちゃんこなんだって。
言えない。
「5回目。やり直しだよ」
どん。
どん。
どん。
ミミが歩く振動が強くなってくる。
ぺったんこになっていても感じる。
そして。
真上にミミの足が見えたかと思った、次の瞬間。
ぎゅううううううううう。
さっき踏まれたとき、すでにぺったんこになっていたが、
ミミが歩いてきて、僕を踏んだのでさらにぎゅうううううと潰れてしまう。
うう。
さらに薄くなったぞ。
もう潰れないかと思ったのに。
床も50センチほど沈みこんだし。
普通に歩いてきて、ためらわずに僕を踏んでいったようだ。
だからさらに潰れてしまった。
「やっと6回目」
どん。
どん。
どん。
また、ミミが歩いてくる。
うう。
まだ、ミミに踏まれてぺったんこなんだけど。
幸い、頭だけは踏まれていない。
だから音も聞こえるし、ミミが歩いてくるのが見える。
また、真上にミミの足が見えた。
ぐちゅう。
さらに踏まれてしまう。
その音の後は、何も見えない、聞こえない状態になった。
どうしたんだ。
ひょっとしてやばい?
手は。どうだ。
うう。
手も動かせる感触がない。
頭は?
頭も動かない。
でも、ミミが歩く振動だけ、感じられる。
振動がだんだん遠ざかっていく。
何も見えない。
何がおきた?
だから怖い。
死んだ?
それとも死ぬほどやばい?
元に戻らなかったらどうしようと思った。
ずっとこのまま?
ずん。
ずん。
ずん。
また振動が近くなってくる。
そして。
ぐにゅううううううううう。
また。踏まれた。
今度は全身?
何も見えない。
ど。どうしよう。
変だ。
何も見えないし、聞こえない。
手も動かせない。
足もとっくの昔に踏まれてぺっちゃんこだ。
どうしよう。
と考えていたとき。
どたどたどた。
と床を伝わってくる振動が大きくなってくる。
そうだ。
息ができるか。
すー。はー。
としようとしたが、わからない。
息が出来ていないんじゃないか?
うわぁ。
半分パニックになった。
だめだ。
もうだめ。
気がだんだん遠くなってくる。
そのとき、僕の体がなにか、あたたかいもので、床の上からすくわれる。
でも、見えないし聞こえないのでわからない。
そのまま意識が……
……
目を開けた。
「ああ。気がついた?
良かった。
あたしとっても心配したんだよ」
上にはミミの顔。
「えっ。あ。そういえばどうしたんだろ」
僕は左右を見た。
ミミの手。
でも正面には白くてもこもこのもの。
ああ、そうだ。
これはミミのうさぎ着ぐるみ。
手袋だけ脱いでいるんだ。
そして。思い出した。
ミミに踏まれた後、気を失ったのか。
「あっ。元に戻っている」
僕は胸に手を当てたり、顔をさわったりする。
なんともない。
「そういえばあの後どうなったの?
何も見えなくなって、聞こえなくなって。
きっと、その後気を失ってしまったんだ」
「ごめんね。ほんとにあたしったら。
歩いていて、頭を踏んじゃったのね。
資料にも特に何も書いてなかったから。
ごめんね。本当に」
「うん」
でも良かった。
元に戻って。
何も見えなくて、聞こえなくて。
でもどういう風になったんだろう。
ミミに踏まれてから。
「ねえ。僕の外見どうなったのかな。
やっぱりぺったんこ?」
「えっ。
ああ。
そ。
そうね。
そう。
ぺちゃんこ。
頭もぐにーと広がっていたから、
あたし、それを見てパニックになっちゃって。
あ。
でも7回目に踏んだときまで、気がついてなくて。
見たらひどいことになっていたから、
死んじゃったかと思って…」
そうなんだ。
「もう大丈夫だよ。
なんともない」
「そう。良かった。
あたし、着替えてくるね」
そっとやさしく僕を下ろして、ミミは歩いていった。
後姿。うさぎのまるい尻尾がお尻の動きにあわせて、ぴょこぴょこ動いている。
……
「大変だったわね」
とスタッフが入ってくる。
「そりゃもう。見えなくて、聞こえなくなっちゃうから。
びっくりした。
息も出来なくなったかと思ったらパニックになったし」
「今日は予定の項目がすべて出来なかったんだけど。
どうする?
続ける?
それとも、契約を破棄して帰る?」
「それってどういうこと?」
「大変な目にあわせちゃったから、一応聞いているの。
このまま続けるか、やめるか。
で。
やめた場合は規約で報酬はすべてなしになるんだけど。
あたしが交渉して半分だけはもらえるようにするから。
でも。この後続けるなら明後日から開始。
明日は薬品の影響が残っていないかを検査する必要があるから、
どっちみち、明日はここに残ることになるけどね」
うーんどうしよう。
確か残っているのは、お尻の下敷きとか。
胸に押しつぶされたり。
添い寝とかだったっけ。
うーん。
それだったらいいかぁ。
むしろされたいものばかり。
今日踏まれるのが一番きつかったんだろう。
「じゃ最後までやるよ。
でも頭を踏まれるのはごめんだね」
「そうね。資料のほうにも書いておかなくちゃ。
今まで頭を踏まれた人いないのよ。
一応踏まれてもなんともないんだけど。
あなたの言うとおり、見えなくて、聞こえなくなるみたいだから。
以後、頭を踏まないように注意書きをしておくわね」
「うん」
「じゃあね」
とスタッフの人は出ていってしまった。
……
「おまたせ」
しばらくしてからミミが入ってきた。
普通の格好。
「さっき、聞いたんだけど。残りも続けるんだって?」
「えっ。うん。そう。
せっかくだし。
今日みたいに頭を踏まれることもなさそうだし」
「そのことはあやまるよ。ごめんね」
「いや。いいって。こうして元に戻ったんだし」
ミミは僕を手でそっとすくいあげる。
「わ」
「びっくりした?
で、これはお詫びの気持ち」
と言われ、ミミの胸のところまで持ち上げられ。
そして、胸にちょっと。ぎゅっと押し付けられる。
でも痛くない。
ほんの軽く。
ミミの体温と、彼女が使っていると思うボディシャンプーのにおいが感じられた。
そして。
僕の頭にミミの手がちょこんとあたる。
「あたしは帰る時間になっちゃった。
明日休み。明後日にまた会おうね」
と言われ。
床の上に下ろされる。
「じゃあね」
「うん。また明後日」
ミミは出て行ってしまった。
さっき。胸に押し付けられたとき。
ミミの体温を感じたし、
ほわっとした感じになった。
ぐおぉ。
いいなぁ。
明後日か。
僕はスタッフの人に会いに行った。
「はい。お疲れ様。今日は普通に食事をしていいわ。
時間も制限はないんだけど。食べ過ぎないようにね」
「うん。わかった」
おなかぺこぺこ。
おなかぺったんこだ。
踏まれたからでなくて、食べていないからだ。
……
次の日。
今日は検査だけ。
薬の効き目がきちんと切れているか、でっかいペンチみたいなもので、ほんの軽く腕をつねられた。
痛かった。
ねえ、リカ。
「何よ」
リカもいる。
ひまなのでいるみたいだ。
「あなた。ちょっと。この腕を指でつまんで、力入れてくれない?
薬品の効き目が切れているか試すから」
「やだよ。リカにそんなことされたら折れるよ」
「あたしもやだ。そもそも、あなたの言うことなんか、聞かないわよ」
「なに。ちょっとした冗談よ」
「本気にしたらどうするんだよ。リカの力なら簡単に折れちゃうよ」
「まあ。そうだけどね」
「もー。このおばさんはひどいこと言うなぁ」
僕はじと目でにらむ。
「むー。おばさんとは何よ。
それなら。この検査で異常が見つかったことにするわよ。
そして、この巨大注射で、薬を投入っと」
「げっ。そのでかさ。なんなのさ」
ものすごくでっかくて、針の太さがものすごい注射器を取り出す。
「それ、あたしたち用の大きさの注射器。
人に刺したら死ぬよ」
リカが言う。
「げっ。なんだよ。もともと悪いのはあんたじゃないか。
それに、昨日は大変な思いをしたのに。
一度頭を踏まれてみるといいよ。
そうだな。
リカにでも踏んでもらったら?
きっと喜んで踏むと思うけど。
どう?
リカ」
僕は真上を見上げてリカに聞いた。
「そうねえ。
以前からそう思っていたのよね。
こき使われているし。
悪口も言われたし。
だったら、今試しに踏んでみてもいいわよ。
ものすごく軽く踏んであげるから」
「あんたのものすごく軽くは、何十トンもあるんじゃない。
ひとたまりもないわよ。
薬品を使って、踏まれて大丈夫でも、リカに踏まれるのはごめんよ。
面白がって、いっぱい踏みそうだし…」
「ちっ。
面白がって何度も踏もうと思っていたのに。
踏まれて、ぐにーんとなった、あんたを見てみたいわね」
「あたしはここの職員だから、薬品には手を出さなくてもいいの。
こうしてモニターの人を募集すればいいんだし。
あたしは高みで見物」
「ねえ。リカ。
これ終わってから、背後からこの人を踏んでもいいよ。
僕が許可するよ。
足を下ろしたら、スタッフの人が運悪く、真下にいたってことにすればいいし。
事故なら、罪にならないよね」
「まあ。そうね」
「2人とも。あとで覚えておくことね。
いつか仕返ししてやるから」
こんなことをしている場合ではないというか。
今日の検査は終わったのか気になった。
「で。僕のほうは終わったの?
この後は自由?」
「そう。自由。
明日は、ミミとモニターだから。
今日の夕方4時までに夕食をとること」
「ほい」
ううーんと、僕はのびをする。
「じゃもう行っていいわよ。
リカを連れて行ってくれる?
このまま2人にされたら、あたし、リカに踏み潰されそう」
「じゃリカを置いていくよ」
僕はすたすたとドアに向かって歩いていく。
「くぅ。あたしの言うこと聞きなさいよ。
ああ。行っちゃった。
リカもとっとと、出て行ってくれる?
気になってしょうがないんだから」
「わかったわよ。
出て行くわよ。
そして、あなたがドアから出てくるかどうかを、あたしは監視しているわね。
あなたが出てきたら、あなたの真上にあたしの足を踏み下ろすの」
「変なこと言わない。
ほらしっし」
「ちぇっ」
僕はこんなやりとりをドアから見ていた。
うーん。
確かに怖いな。
ドアを出たとたんに、真上から降ってくる巨大な足。
ひとたまりもないだろう。
くっくっく。
あのスタッフの人。
きっとドアから外に出るたびに上を見上げるだろう。
ぷぷっ面白い。
噴出しそう。
さて。
僕はどうしようと思った。
ミミは休みだし。
この中を見学していようかなと思った。