無限にひろがる大宇宙、そこに青く輝く地球は狙われていた。
「これが、地球……」
 暗闇の中、静かに回る星を見つめながら彼女はつぶやいた。遠く離れた地球を、掴んで見えるように手を動かす。
「必ず手に入れてみせる……っと、その前にトイレ!」
 こうして地球の危機はいましばらく回避されたのであった!



 明日はテストだったので、わたしこと実相寺ヤプールは寄り道もせずまっすぐ帰ったのでした。
 着替えたら早速勉強……の前にまずはお茶にしてから……掃除もしよう。
 意気揚々と玄関を開ける。
 閉める。

 問.
 家に帰ったら知らない人が玄関先で三つ指ついて出迎えて来た際の、適切と思われる対応を記述しなさい。

 答.
 わかりません。

 採点.
 0点。

 赤点だぁ!

 模範解答.
 幻覚の可能性があります。もう一度確認するか、お医者様へ行きましょう(保険証は忘れずに!)。

 ありがとう先生。確認しよう。こっそりと、もう一度ドアを開け中を見る。
「おかえりなさいませヤプール様」
 様ときた。
 幻覚でなかった。さっきと変わらず、金髪を床に垂らし拡げて、女の人が座っている。
 しかもヤプールとこちらの名を呼んだ。
 さっぱり訳がわからない。わからないが、同じ学校の制服を着ているのはわかった。
 相手が顔をあげる。その顔は見覚えがあった。曰く帰国子女、曰くファンクラブ結成準備中、曰く本日の転校生。
 金髪。碧眼。国産品に真っ向から勝負を挑むような体型は、日本の制服に合っていないように思える。
 たしか朝黒板に書いた名前は……
「なんとかかんとかエースキラー、さん? なんで、わたしの家に?」
「はい。型式番号UKZ-A 異次元超人エースキラーです。ヤプール様。従者として、常に主人の近くへ控えるのが好ましいと判断を行いました」
 一つの台詞で形式番号と来てヤプール様と来て従者と来た。……電波さん?
 考えていると、エースキラーさんは、こちらの手を両手で握りしめてきた。青い眼が、真剣に、真っ正面から見つめてくる。
「さあヤプール様、我らがヤプール次元のため、早速地球侵攻を始めましょう!」
 間違いなく電波さんだぁ! どうにかして切り抜けなければ。
「今度こそ光の国の偽善者連中を打ち倒し、ここに我らの理想郷を完成させ」
 言葉の途中で割り込んだ。
「エースキラーさんは転校してきたばっかで知らないだろうけどさ、うちの学校て明日からテストだし。地球侵略も良いけど、帰って勉強した方がいいんじゃないかなーなどと思うわけですよ?」
「、成就の暁には奴らの四肢を切り離し家畜に与え飼料として食われるところを見せつけ積年の」
 淀みない口調。わたしの話は聞いてないし効いてない。瞳の奥が、ぐるぐる渦巻いてるように見える。
 ——駄目だ。強気でいかないと勝てない。
「ちょっと待って待って落ち着いて」
 さっきより大きい声で。身振りも大げさに。
「……ヤプール様?」
「さっきからなにをいってるのかよく……全然わからないんだけど、なにか勘違いがあるのではないかと」
 おずおずとエースキラーさんの手が伸びてきて、わたしの額に当てられる。額にふれる直前、手が青く光りだしたように見えた。エースキラーさんは眼を閉じる。
「失礼します、ヤプール様」
 頭から熱を奪われるような感覚に襲われる。
「…………記憶を失って——いえ、否定。これは、封印されてしまっているのですか、ヤプール様」
「いや、えっと、あのー……確かに忘れっぽい方ですけど。封印とかされた覚えはありませんが」
 エースキラーさんは手を離すと、視線を合わせ、確かな動きで頷いた。
「このようになっていようとは……沈痛という他ありません。こうなれば、最初からお話しさせて頂きます。長くなりますので、どうぞこちらへ」
 家の奥へ促される。
 わたしの家なんですけど。



 どこかで犬が鳴いている。八時を過ぎた辺りで明日のテストは諦めた。
 わたしとエースキラーさんは、ちゃぶ台をはさんで座っていた。
 あらましを話し終えたエースキラーさんは、反応を伺うようにこちらを見ている。
「いきなりそんな事いわれても」
 他に言葉が出てこない。
 大雑把にまとめると、次のようになるらしい。
 十七年前、ヤプール次元のヤプール人たちは新天地を求め、この世界への侵略戦争を起こした。
 巨大生物兵器「超獣」を中心とした圧倒的戦力を持つヤプール人に、地球側は終始劣勢を強いられた。
 しかし、開戦から三ヶ月目に戦局を一変させる出来事が起こる。
 宇宙警備隊——通称ウルトラ戦士の参戦。
 光の国からぼくらのために来た人たち。彼らまたは彼女らによって予期せぬ形で背後を突かれたかたちになったヤプール人は大打撃を受けて元の次元へ逃げ出し地球には平和が戻りましたとさ。めでたしめでたし。
 と、ここまでは義務教育でやっている内容だ。その頃生まれていなかった小学生でも知っている。
 で、エースキラーさんがいうにはわたし、実相寺ヤプールと彼女、エースキラーさんはヤプールの生き残りなのだという。そんな馬鹿な。
「ゴルゴダ星の会戦において大破した私は、地球侵略の遂行が著しく困難となりました。十七年かかりましたが、無事だったパーツを使い再構築したのがこの身体です」
「はぁ。それは大変でしたねえ」
 お茶を啜る。エースキラーさんにも手で勧めたが、飲む様子はない。
 エースキラーさんは、振り下ろす勢いで頭をさげる。
「馳せ参じるのが遅くなって申し訳ありません。ヤプール様!」
 そんなこといわれても信じられないといったら、参考になれば幸いですといってエースキラーさんは手を振った。
 ……ウソ。
 確かに人の手だったそれは、かぎ爪付きで金色の、メタリックな肌をした仰々しいものに変わっていた。
「信じて、頂けましたか?」
 息を呑む。信じられない。
「恐るべし、ハリウッドの技術力……」
「……ハリウッド? こちらの世界では、隠蔽擬態技術をそう呼ぶのですか?」
 もう一度振ると、エースキラーさんの手は人間のそれに戻った。華奢な指に、切り揃えられた爪。
「おぉ……さすがハリウッド」
「そして再起を伺うべくこちらの世界に残された最後のヤプール人。それが貴方なのです。再びゲートを開き、同胞を招き寄せるべく!」
 ……沈黙が痛い。
 反応がないこちらを見て、エースキラーさんはうつむいた。
 へこんだのかなと思ったら、ブツブツ呟きが聞こえてくる。
「あの全能者気取りの無能どもが……ヤプール様の御身になんたる仕打ちをこの贖罪は首だけ生かしたまま怪獣墓場に放り込み怨嗟の声を永久に聞かせ続け」
 瞳の奥で、なにか赤いものがうなりをあげて回転している。
 エースキラーさんはそれから五分ほど独り言を続けた。こちらが話しかけても応じる気配がない。
 ……ごめんなさいこれよりは沈黙の方が痛くないです。
 突然、弾かれたように顔をあげるエースキラーさん。瞳の奥で回っていたものが消えていた。
 深々と頭を下げる。
「誠に申し訳ありません」
 どこまでも冷静な口調。どう扱って欲しいのですかアナタは。
 と、エースキラーさんは悔しそうにちゃぶ台を叩いた。
「現在の出力では、ヤプール様の記憶にかけられた封印を解くことができないことが悔やまれます」
「まあそれはともかくお茶をどうぞ。冷めますよ?」
「ご命令とあらば」
 そういったエースキラーさんは、湯飲みをじっと見つめる。触れたら逃げ出すような慎重さで手を伸ばし、うつわの淵を何度もチョンとつついては引き上げる。
 ……エースキラーさんに見えるように、一口お茶を飲んで見せた。
 緑茶。
 わたしとそっくり同じ動きで、エースキラーさんは湯飲みを口元へ運ぶ。
 喉がこくんと動く。一瞬だけ、瞳が見開かれた。
「水素と酸素、若干の有機物があれば私は過不足なく稼働可能です。この水溶液にはタンニン、カフェイン、タンニン、アミノ酸、ナイアシン、ビタミンA、B1、B2、C、Eの含有を確認しましたが、以上の成分は必要ありません」
「はぁ、そうですか」
 続いてもう一口、緑茶を口に運ぶエースキラーさん。
 ほぅっと息をつく。
「……ですが、非常に強力な嗜好性を認識します」
 置かれた湯飲みの水面が揺れた。
「——このようなことをしている場合ではありませんでした」
 その通りです。このままでは間違いなく補習です。
 エースキラーさんは力強く頷いた。
「エネルギーに若干の余裕ができました」
 ちゃぶ台を迂回して、這いつつこちらへ近づいてくるエースキラーさん。
 腕の届く距離。わたしの気持ちをうかがうように眼を覗きこんでくる。
「こちらで行う変身プロセスを、ヤプール様へ出力させて頂きます。記憶を取り戻す機縁となり得ると判断しました」
 瞳の中に、わたしが見えた。
 まぶたが、静かにおろされる。唇が照明を照り返していた。

 エースキラーさんは顔にかかった髪をかきあげると更に顔を近付けてくる。
 ……あ、緑茶の匂い……
 もうどうにでもなれと思った。やけくそ気味にこちらも目を閉じる。
 ——あれ、息って止めるんだっけ?
 さよならわたしのファースト、ファースト……
 ゴッツンコ。
 額に衝撃。
 ファーストゴッツンコ?
 なにごとかと眼を開ける。顔が近い。額と額が隙間なくくっついていた。くっついてる部分から赤い光が生まれて、部屋が包まれる。
 辺りが赤くどんより濁った世界になった。額からなにかが流れ込んでくる。応じるように自分の存在が大きくなっていくのを感じる……



 夜の街。
 空が割れた。奥に広がる赤くどんより濁った世界から、影が二つ降りてくる——人型をしていた。
 接地。震動。街路樹の葉が一斉にざわめく。梢の高さは影の半ばにも届いていない。
 身長は五十メートルに届くだろうか。膝より上を遮るものがない。
 巨大な影の一方が、もう一方に声をかけた。
「成功しましたヤプール様。どうぞ、ご自身の光輝溢れるお姿をご覧になってください」



 エースキラーさんが後ろでなにかいっているが、頭に全然入ってこない。
 陽の落ちた街。住んでいる街。見慣れているはずの街。なのにはじめてきた場所のように思えるのはきっと、道路の幅が狭かったから。
 それだけじゃない。それだけじゃない。世界が,
世界が……
「どこの模型ですか?」
 小さいんですけど。学校帰りに通る商店街が、足下に広がっている。ガラスケースに収まってるのが似合ってるくらいのサイズになっている。ケースに収まってないそれらは、掴めそうにないほど脆そうに見えた。
 家の一軒が、わたしの靴裏に収まりそうだ。
 窓から漏れる灯りが点々と、見渡す限りにうずくまって広がっている。
 ここで仮定を一つ思いつく。
「エエェ…………デュワ?」
 エエェェェーっ! と叫びかけそうになったが、力ずくで訂正する。
 教科書で、テレビで、写真で何度も何度も見たことがある。光の国から正義のためにきた人たち。時間限定のでっかい正義の味方。
 まさかそれですか? それなんですか?
 20階建て。全面ミラー張り。
 駅ビルが目にとまる。わたしと同じくらい大きいように思えた。自分の姿を映してみようと一歩を踏みだし、
「危ない……」
 危うく足下の建物を蹴りつけるところだった。
 すり足で。そーっと、道に沿って迂回しながら移動する。
「ダァッ」
「トゥッ」
「シュワァッ」
 一歩ごとに声を出してみた。
 ビルの前についた。ビルの前に立って、映る私の姿を見る。ちょっとだけワクワクしながら。
「エエェェェーっ!」
 一面のガラスが砕け散った!
 ——赤い肌! 角張った眼! ウロコ! 右手は鎌! 777777666666555554444123042! まるで怪獣!
「なんですかこれはぁ!」
 どこの秘密結社の怪人といっても通用しそうなのがいましたよ。イーッ!
 全身が小刻みに震えてるのが分かる。
「あぁ、宇宙の支配者に相応しい、光輝さすようなまばゆいお姿ですヤプール様」
「イーッ!?」
 エースキラーさんの声に振り向く。そういえば彼女はどんな姿になって——
 金髪。碧眼。国産品に真っ向から勝負を挑むような体型は、日本の制服に合っていないように思える。
 さっきの姿のまま、ただ大きさだけが違う。わたしと肩を並べるような背丈。
 どこのブランドのモデルといっても通用しそうなのがいる。
「シャルラリルラーン?」
 なんかとっても不公平な気がする。
 胸の前で手を合わせ、瞳に銀河を輝かせわたしを見るエースキラーさん。
 わたししか見ていないようでいてわたししか目に入ってないようなその足取りで、ととととこちらに駆け寄ってくる。どごどごどごと、商店街が蹴散らされていく。
 歩幅が一軒より大きい。三歩で五軒。足が上がるたび、靴から建材がこぼれ落ちて行く。足が降りるたび、新しく足型の陥没が作られる。
 バス停が震動に倒れる。自動販売機が踏み潰されスクラップになった。
 アワワと震えるわたしに構わず、エースキラーさんは歩み寄ってきた。
「どれだけ、どれだけこの日を待ち望んだことでしょうか……」
 ため息をつくと、私の胸を撫で回してきた。
「なんと逞しいお姿……見るほどに素敵ですヤプール様。やはり、貴方こそ……」
 思わず後ずさったわたしの背中にはすでに手がまわされていて、力強く引き寄せられた。
 引き寄せた身体にほお擦りをしてきた。柔らかいですよ? 背中にまわされた手は、背を伝いながら首筋へ登っていくのですがちょっと待ってくださいませんかまずは話し合いましょう。
「……ヒ!」
 手を振り払い、跳ねるように後ずさった。
「舐め……舐め!?」
 格納されていくエースキラーさんの舌先を眺めながら、後ずさったわたしの身体は駅ビルへ沈むように倒れこんでいった。
 後ろになにがあるか忘れていた。お尻の下で、次々となにかが壊れていく。
「痛……く、ない?」
「お手をどうぞ、ヤプール様」
 埃の煙に包まれるわたしに手を差し出してくれるエースキラーさん。右手で掴もうとしたが、そちらは鎌になっているのを思い出し左手で掴み直す。
 こちらを見定めるような真剣な瞳で、問いかけてきた。
「いかがでしょうヤプール様。なにか、過去を思い出されることはありませんか?」
「……いや、とくに——なにも」
 鎌をガッチョンガッチョンさせながらいった。
「別の人と間違えているのではないでしょうか?」
 そうですかとしばし沈黙するエースキラーさん。
「分かりました……それでは、さっそく地球侵攻を再開しましょうヤプール様」
 頭の中で、噴煙まき散らしロケットが発射されていく。
「なんでそうなるの!?」
「状況の再現性を高めることで、記憶がよみがえる可能性が存在します。——いや、大儀を思えば思い出して然るべきでしょう。さあヤプール様、地球侵攻の目的を思い出すべく地球侵攻を行ないましょう!」
 エースキラーさんの瞳では、銀河が高速で自転していた。どんどん近づいてくる顔。銀河の回転が、アクセルを踏んだみたいに速まっていく。
「さぁ! さぁ! さぁ!」
「誰か助けて!」



「救難信号をキャッチ!」
「ケースG!」
「各省庁に連絡と、報道管制を!」

——地球防衛軍極東地域不敗司令本部——

「夜の駅前に巨大な少女と怪獣が現われただと! しかも周囲の被害は甚大で、駅ビルも壊されたというのか!」
「よし、地球防衛軍幕僚幹部付実験航空隊所属極東防衛移動要塞ビートルXを出撃させよう!」
「そうだ、今こそ地球防衛軍幕僚幹部付実験航空隊所属極東防衛移動要塞ビートルXを出撃させる時!」
「地球防衛軍幕僚幹部付実験航空隊所属極東防衛移動要塞ビートルX、撃ちてしやまん!」
 全会一致で、地球防衛軍幕僚幹部付実験航空隊所属極東防衛移動要塞ビートルXの出撃が決議された。
 オペレーターが、秘密兵器の出撃を告げる。
「ビートルX、発進します」



「第二次地球侵攻作戦、状況を開始します」
「逃げろー。逃げるんだー」
「わー」
 街が散らかっていく。エースキラーさんが散らかしていく。
 腰まである髪が夜風になびく。ローファーに包まれた足は、ブルドーザー以上の破壊を巻き起こしながら新車のようにように傷一つついていない。
「フフフ、この程度の文明。奴らがいなければいか程のこともありません」
 つま先に蹴り上げられた自動車が、軽々と飛んでいく。追いかけて、自動車が突き刺さったビルを抱きしめるエースキラーさん。
 壁面にヒビが走る。締め付けられて、コンクリートの塊がくびれていく。砂時計みたいな形になっていく。剥がれ落ちた鉄筋が地面を狙う。
「やれやれ」
 緩やかに手を離すと、上部分がバランスを保てず崩れ落ちていく。
「どうしようもなく脆いですね。哀れみさえ感じます」



 地球侵攻中のエースキラーさんを横目で見ながら、わたしこと実相寺ヤプールは葛藤していた。
 足下には凸型の建物——学校。
 ・明日はテスト。
 ・状況は絶望的。
 ・注意はエースキラーさんが一身に集めている。
 考えよう。考える…………考えた。
 よし!
 ……歩きながら、ふと夜空を見上げた。
 夜空を彩る星と雲。ほぼ満月。こんな夜は、宇宙へ想いを馳ながら上を向いて歩きたくなる。歌いたくなっても歌ってはいけない。後ろから自転車に追い越された時の被害が大きすぎるから、ただ空を見上げて歩こう。
 そんな時、足下への注意がおろそかになるのはよくあることだ。だから、うっかり学校を踏みつけてしまってもやむを得ない。
 半壊した校舎を見ながら、わたしはそんなことを考えるのでした。視界の隅をなにかが横切る。
 ——流れ星?
 テストがなくなりますようにテストがなくなりますようにテストがなくなりますように。
 三回いえたと思ったら、いつまでも消えない。
 エースキラーさんのいる方向へと近付いてくる。形がはっきりしてきた。
 流れ星と思ったのは、空飛ぶ金属の帽子みたいな形をしている。正面をライトが照らしていた。
 ——UFO?
 更に近付いてくる。細かい部分もよく見えた。
 ——地球防衛軍のマークがついたUFO?
 未確認飛行物体は、エースキラーさんへ光るものを飛ばしてきた。ひょっとしてこれは攻撃というものでしょうか。
 エースキラーさんに命中したものが爆発した……明らかに攻撃ですよ! というか防衛軍ですよ!
 泣きたくなった。
「や、やっちまっただ……」
 防衛軍の鉄帽子からは次々と光を曳いて攻撃が飛んでいき、立ちつくすエースキラーさんへ続々命中していく。
 一つの爆発が消える前に新たな爆発が起こって、より大きな一つの爆発になる。重なり合う爆発に、身体が包まれていく。
 一際大きな轟音。エースキラーさんの身体が、一際巨大な爆発の中に包まれた。
 空飛ぶ鉄帽子は、そして私に頭を向ける。弾が発射されるだろう穴が、鉄色に輝いた。 
 ——アワワワワ、エラいことになっちまっただ。
「が、学校の件はつい出来心だったんです。駅ビルもわざとじゃなかったんです。だから、だからミサイルはやめて」
 手を合わせて拝んだら、器用に首を振られた。凄い技術力!
 もう駄目だと思った。攻撃されて爆発してばらばらになってこれが最後の一匹とは思えないとかいわれるんだとか思いながら目を閉じる。発射までの時間が一番怖い。いっそのこと早くお願いします。
 …………こない?
「ミサイルとは弾頭に誘導装置のついたものを主に指します。ヤプール様、この機体についているものはロケット弾と呼称するのがより正確です」
 こわごわ眼を開けると、エースキラーさんが立っていて鉄の帽子は鷲づかみされていた。切り揃えられた爪が、装甲に食い込んでいる。
 全身から煙をのぼらせながら、しかし焦げ跡ひとつなく。服にさえ異変なく、エースキラーさんは、何事もなかったようにそこに在った。
 鉄帽子は、わたしに狙いがつけられないよう押さえつけられている。
「いったでしょう? この程度の文明、奴らがいなければいか程のこともないと」
 五本の指が、粘土を掴むみたいに鋼鉄へと沈んでいく。家で見せた、かぎ爪がついた付の手を思い出した。
「……こんなものが最新技術とは」
 一息に拳を握ると、胴体の後ろ半分がなくなった。
 残った前半分は落ちて地面に突き刺さった。手に残った後ろ半分を、つまらなそうに放り捨てるエースキラーさん。紙クズみたいに丸められていた。



——地球防衛軍極東地域不敗司令本部兼第一種状況下巨大目標暫定対策室——
 オペレーターが告げる。
「ビートルX、沈黙しました」
「いかなる熱線も跳ね返す反射ミラーがまったく役に立たず、地球防衛軍幕僚幹部付実験航空隊所属極東防衛移動要塞ビートルXが真っ二つになってやられたというのか!」
「地球防衛軍幕僚幹部付実験航空隊所属極東防衛移動要塞ビートルXがこうも簡単に!」
「地球防衛軍幕僚幹部付実験航空隊所属極東防衛移動要塞ビートルXが、地球防衛軍幕僚幹部付実験航空隊所属極東防衛移動要塞ビートルXがぁ!」
 オペレーターが呟く。
「転職しよう」



 続いて戦車が一杯やってきた。スポンジを投げつけられたみたいな不快感を砲撃に感じたので、やむを得ず裏返しになってもらっている。
「抵抗は無意味と理解して頂けたようですね。幸いです」
 エースキラーさんが告げた。
 彼女を中心にした一帯が、マッドマックスになっている。巨大化して30分も経っていないのに。
 少しでも外側へ。車で、徒歩で逃げようとする人たち。ちなみにわたしは校庭に経っているけど、誰もこっちには逃げてこない。
 ごめんなさい。
「抵抗と同様に、逃亡も無意味と知りなさい」
 エースキラーさんが手を振り上げると、地平線へ向かって亀裂が走った。底が見えなく飛び越えることもできない隔たりを前に立ちすくむ街の人たち。
「そろそろ頃合いですね」
 エースキラーさんはゆっくり歩み、こびとの前に立ちはだかった。
「矮小なあなた方に触れるためだけに片膝をついてあげます。感謝しなさい」
 と、エースキラーさんは身を低くする。そのまま手が地面へ伸びる。
 前に亀裂。後ろに手のひらで囲いを作る。
「どうしました? 逃げないでいいんですか?」
 逃げ道のない相手にいった。
「さあ、ここから解放して欲しければ、地球をあげますといいなさい」
 ……なに? それでいいの?
 指を立て、こびとの顎を持ち上げると自分を向かせる。
「大丈夫。優しく統治してさしあげます」
 むしろ、ぽつぽつとこびとが集まっていくように見えた。
「そうはさせないんだから!」
 一喝が響く。
「この星は我々バルタン星人のものって決まってるの! 余所へ行きなさい!」
 若い——幼ささえ残す声。そちらを見る。
 黒目がかった、意志の強そうな瞳がこちらを見据えていた。全身を黒装束に包んでいた。
 こちらに向けた袖からは、クチバシのようなハサミがのぞいている。
 ——えっと、忍者? むしろ、誰?



★怪獣図鑑★
 宇宙忍者バルタン星人。
身長:ミクロ〜50メートル
体重:最大2万トン
 宇宙織田信長の忍者狩りによって故郷を失った彼らは新天地を求め宇宙をさまよう。



 なんですかこの解説は——ありがとうございます先生。
「トイレに行ってる隙に出遅れるなんて——とにかく、ここはバルタン忍群再興の礎にするんだから、手出し無用之事!」
 バルタン星人の人がいって、
「ヤプール十七年の悲願、何人たりとも邪魔はさせません」
 エースキラーさんが応じて、
「「勝負!」」
 わたしが置いていかれた。
 宇宙忍者少女——バルタンちゃんはハサミの先端で器用に街の人をつまむと顔まで運んだ。口元の黒頭巾をおろす。
 舐めた。はじめはおずおずと、次第に確かな動きに。腕の抵抗を気にした様子もなく動く舌。隙間裏側問わず全身を舐めまわし、嬲っていく。
 宙に固定されたハサミとこびとが、唾液にまみれていく。脱水前の服を着ちゃいましたといわれても説得力がある。
 マッサージするような繊細な動きで、挟んだ相手の体を扱うハサミ。空中に固定され、巨大な舌に翻弄される体。
 時たま顔を離し、相手の顔を見ながらえへーと笑った。手足を一本ずつ口に含み、丹念にしゃぶっていく。
 糸をひかせて舌を離す。
 そんな中、こびとはどこか嫌がってないようにも見えた。そういえばはじめは迫る舌に抵抗していたけど、だんだんされるがままになっている。
 そんな反応を見て取ったのか、濡れそぼったこびとに話しかけるバルタンちゃん。
「さあ、地球を渡すといいなさい」
 ——なに? それがスタンダードなの?
「なかなかやりますねバルタン星人」
 腕組みしながら見ていたエースキラーさんは短く鼻を鳴らし、しゃがみこんだ。地面に刺さったままだった鉄帽子の前半分を払いのける。
 無造作に払いのけられ、鉄の塊はでんぐり返る。
「気づいていないとでも思っていましたか?」
 地面には、防衛軍の制服を着た人たちが固まっていた。パイロットの人たちだろうか。
 エースキラーさんのスカートが、意味ありげに翻る。
「さっきからこんなところばかり見て……そんなに気になりますか?」
 数人を一度に手のひらですくいあげると、太ももへ塗りこむようにこすり付けた。ニーソックスの上、直肌に手のひらで押し付けられるパイロットの人たち。
「モノのように扱って欲しいんでしょう? こんな風に」
 エースキラーさんは手のひらを更に強く押し付ける。手のひらに全身を覆われ、指に胴体を押さえられ、指先に頭を弄ばれ、どうすることもできない。
 はみ出した体が苦しそうに動く。見ているだけでくぐもった悲鳴が聞こえてきそうで、宙で溺れているようだった。掌中の苦痛に構わず、力を弱める気配は見られない。
 一瞬硬直し、脱力するように垂れ下がる体。そうなってから締め付けを少し緩め、手の中へと語りかける。
「さあ、地球をあげますといいなさい」
 わたしはもうツッコまないと心に誓った。
 と、エースキラーさんが地に倒れた。四つん這い。手が地面へ沈む。
 ツ、ツッコまなかったからですか?
「クッ……ヤプール、様……」
 エースキラーさんの顎先から汗が落ちる。
 内側へ内側へ、手が小さくなっていく。
 手だけじゃなく、身体そのものが縮んでいく。
「迂闊でした……どうやらわたしのエネルギーは、現状では変身後30分しか維持できないようです」
「なんでそういうところが微妙に似てるの!」
 ツッコまないと決めたのに。
「ヤプール様、あとは、よろしくお願い致します……」
 更に縮んでいくエースキラーさん。
「勝機!」
 バルタンちゃんの瞳が光った。
「ここで一気に引き離す! 宇宙忍法分身の術! はぁ!」
 まばたき一つで、バルタンちゃんが数十人に増えていた。取り囲まれる。全員が同時に口を開く。
「「「フォフォフォフォ。これこそ驚異の超高速移動が可能とさせる必殺忍法! 一気に数を稼いで地球を侵略させてもらうわ」」」
 足元にビル。
「「「フォーッ!」」」
 一人が転ぶと同時に全員が転んだ。凄い人数のバルタンちゃんが凄い勢いで地面へ突っ込み、凄い勢いで地面が耕されていく。
 凄い勢いでおいてきぼりにされていたわたし。エースキラーさんの苦しげな声で我にかえる。
「ヤプール様……今です。ヤプールショットを」
「やぷーるしょっと?」
「はい……右手を目標に向け、念じながら、唱えてください」
 ——目標といわれても。辺りは、バルタンちゃんが石を投げれば当たる密度で転がっている。
「ふ、不覚……」
 倒れたバルタンちゃんの分身が次々と消えていく。最後に一人だけ、ビルにつまずいたバルタンちゃんが残っていた。
「今です、ヤプール様!」
「は、はい! ヤプールショット!」
 強い口調に、つい弾かれるように動いてしまう。
 右手から適当な照準で放たれた赤い光線は奥の山に吸い込まれ、山のかたちが変わった。
 22222244444466668896574!?
 爆発が夜を照らす。溶けるように炎が薄れていくと、山が丸く抉られ消えてなくなっていた。
 腰を抜かすわたし。座り込む。
「ヒュカッていった……ヒュカッて」
「素晴らしい……これこそ、ヤプール復活の狼煙に相応しい。最高です、ヤプール様」
 エースキラーさんがすぐ近くにいた。すっかり縮みきっていて、わたしの手に寄り添ってくると指に腕を絡ませてくる。
「おおお、覚えてなさい! バルタンは決して諦めないんだから!」
 バルタンちゃんのいた所にはさっきまでなかったビルが置きっぱなしになっていて、どこか分からないところから声が聞こえてくる。
「次こそは、次こそは宇宙科学忍法火の鳥で!」
 声は段々遠ざかっていく。
 バルタンちゃんの声が途絶えると、急に静けさが意識される。
 ぐるりを見回す。ボロボロになった街。目立つものはもうわたししか残っていない。
 問.
 ……どうしよう。どうすればいいんだろう。

 答.
 とりあえず、逃げた。

 本日の侵略スコア
異次元人ヤプール………………00
異次元超人エースキラー………12
宇宙忍者バルタン星人…………03



「外国から転校してきました金城バルタンです。趣味は宇宙白土三平。宇宙山田風太郎は嫌いです。よろしくお願いします」
 シャーペンを落とした。仮設校舎。テスト二日目の転校生。



 ……問.