【さて今日のトランスシナイフォーマーは、ある市外の中心部から始めよう】
「はぁい皆さん。今日からこの街……国はデストロンのものになりましたあ」
 街の中心に降り立った巨人は、不敵に言い放った。
 白ワンピース。黒カーディガン。銀髪の長髪——デストロンの破壊大帝、メガトロンだ!
「逆らおうなんて考えるお馬鹿は……」
 腰の高さのビルへと手を伸ばすメガトロンは身長百七十メートル。
 手のひらに、すっぽり包まれるビルの屋上。壁面を這う指の先端は、三階下の窓ガラスにまで達している。
 指に押されガラスが割れる。壁に亀裂が走る。ビル全体が、軋みをあげる。
 悲痛な音をたてながら、ビルの背が弓なりに曲げられていく。
 涼しげな表情で足元の人間たちを見下ろすメガトロン。呼吸ひとつ乱れていない。その目に、うっすら笑みが宿る。
【見よ。その破壊力を!】
 荷重に耐え切れずにビルが砕け折れた。折れ目から舞い立つ土埃。もやの中から、人間にとっては岩といってもいい——メガトロンにとっては小指の先もない破片が降り注いでくる。
 騒然となる人間たち。
 人間の反応を満足げに見下ろすメガトロン。つみとったビルの上半分を手で弄びながら、足元の騒ぎを圧する音量でいった。
「おめでとう」
 笑顔。静まった街に拍手が響く。
「今日世界で一番ラッキーなあなた達は、デストロンのエネルギー鉱山で肉体労働してもらうことになりました。フフ、矮小なあなた達が偉大なデストロンの役に立てるのよ。光栄に思ってくれるわよねえ?」
 背を向け逃げようとする人々の前に——あるいは上に——巨大なコンクリート塊が立ちふさがった。
 メガトロンが放り投げたビルの半分だ。
 揺れる地面。無事な建物の窓ガラスが、衝撃に割れる。
 軽々と片手で扱われていたものなのに、横たわるビルは地球人にとってはあまりに巨大。どうすることもできず、人の流れがせきとめられる。
「あらあら、もう逃げないの?」
 メガトロンは服の揺れない速さで悠然と歩を進める。後ろを見下ろしながら、立ち尽くす人間たちごとビルをまたぐ。
「こうやればいいのに」
 ゆっくり地球人へ向き直り、膝に手をつく前かがみになった。
 背に太陽。メガトロン一人の影に、人々のほとんどが覆われる。見上げる視界なのに靴が見えた。
「チビで大した力も持たないあなた達が私から逃げようなんて考えないほうが身のためよ」
 子供を諭すような口調。巻き起こる恐慌。
 少しでもメガトロンから遠ざかろうと、好き勝手に走り出す地球人たち。
 少しも慌てず、メガトロンは指を鳴らす。
「逃がしちゃ駄目よ」
 逃げ回っていた人間たちが、空を見上げる。なにか、巨大なものが降ってくる。
 こびとたちを取り囲むように、二人の少女が降りてきた。メガトロンと同等の巨体。ふわりとした着地。地震のような震動。
「ハイ、メガトロンサマ」
 一人はゴシックロリータな衣装。アイマスクのような、赤いゴーグルをかけている。
【デストロンの情報参謀、サウンドウェーブだ!】
「お呼びでしょうかメガトロン様」
 一人は女子校のような制服。金髪。ツリ目。
【同じくデストロンの航空参謀、スタースクリームだ!】
 三つの顔の谷間から空が見える。憎々しいほどの青。
 メガトロン一人でさえ圧倒的だった存在感が倍増——いや、三乗した。ただいるだけの彼女たちから、地面へ押さえつけられるような重圧感を人間たちは感じる。
「サウンドウェーブ、スタースクリーム。奴隷たちを一人も逃がさず捕まえなさい」
 了解と仕草をする二人。しゃがみこみ手を伸ばす。
 デストロンにとっては一畳にも満たないスペースを逃げ回る人間たち。金魚すくいのようだった。
 自分たちの百倍も大きく、しかし見た目は華奢な少女の指先に、胴体を挟まれ摘ままれていく……
「手が止まりがちよスタースクリーム。サウンドウェーブを見習って真面目にやりなさい」
 黙々と作業を続けるサウンドウェーブに対し、スタースクリームは逃げる人間を手で追いかけ回したり、指と地面に挟んでもがかせたりするようなことばかりしていた。
「そうはいってもですねえメガトロン様、こんなチビスケどもが役にたつとは思えませんよ」
 スタースクリームは地球人を摘まみあげ、メガトロンに向けて振ってみせる。ビジネスマン風スーツを着ていた。
 顔が紅潮するほど力を込め、体を挟む指に抗おうとしている。スタースクリームは鼻で笑った。
「この非力なおチビめ。そんなに離して欲しいなら、ほうら!」
 ビジネススーツから指を離すスタースクリーム。ビジネスマンの体は一瞬浮遊し、落ち始める。
 数メートル落ちたところで、もう一方の手のひらが体を受け止めた。
 手を持ち上げ、ビジネスマンの顔色が蒼白になっているのを満足そうに見てから、スタースクリームは手のひらをすり鉢状に凹ませた。
 体に力が入らないのか、ビジネスマンは掌を無力に転がりすり鉢の底へ。
 目を細め、口元に笑みを浮かべるスタースクリーム。
「見てくださいよこの非力なこと」
 視線を地上の人間たちに移し、スタースクリームは得意そうにいった。
 目を険しくするメガトロン。
「ならばスタースクリーム。アナタが一日中発電自転車をこいでくれるのかしら? この非力なチビどもに代わって。大変な忠誠をありがとう」
「わ、わかりましたよメガトロン様。いわれたとおりやりますよやりますってば」
 頭上で交わされる蔑みの対象が自分たちであることを知りながら、地球人たちはなにもすることができない——故に蔑まれる。
 スタースクリームも作業をはじめ、地上の小人たちはどんどんその数を減らしていく。
【さあ、どうなってしまうのか!】

 チャーララーララーラ

【一方その頃サイバトロン基地では】
「デストロンの連中に動きがあったようですコンボイ司令官」
「説明してホイルジャック」
 メカニカルな室内。巨大なモニターを前に、何人かが佇んでいた。デストロンと同じくらい大きい。
 ホイルジャックと呼ばれた女性は、研究者然と白衣を着こなしていた。突起物のような耳あてがついている。
【ちなみに突起物の中には、賞味期限の切れたプリンが入っている!】
 ホイルジャックは手元の書類ボードに目を落とすと部屋の中心に立つ相手に報告をはじめる。
 報告を受けるのは燃えるような赤髪。白いマフラーに巨大バックルつきベルト——サイバトロンのコンボイ司令官だ!
「デストロンの連中は今週になってから四箇所を襲い、計千人以上の地球人を誘拐しています」
 ホイルジャックの説明に合わせ、いくつもの画面がモニターに映されていく。無造作な動作に壊されていく街、弄ばれる地球人、土埃、黒煙、悲鳴——
 コンボイは腕組みしながら画面を見ていたが、
「デストロンはまさか——地球人を招待してパーティでも開こうというのだろうか?」
 ホイルジャックは無表情に答える。
「それは違います司令官かわいいな畜生。もっと別の目的があるようです」
 新たに現われた画面の地図をホイルジャックは示した。
「連れ去られた地球人は、ここ——X55871,Y02110地点へ集められているようです。一見ただの洞窟ですが、調べてみたらデストロンのエネルギー鉱山ですねこれは。確認はとれませんでしたが——地球人たちはここで強制的な労働をさせられているようです」
「それはなんとかしなくては……連れ去られた地球人が心配だ」
 知ってたよという顔でコンボイはいう。
「ええ。それにこのままではデストロンだけでなく、我々サイバトロンへの風当たりまで強くなってしまいますよ司令官」
 横から言葉をつないだのは副官・マイスターだ。純白のブラウスに膝上の黒スカート。
「そうね。マイスターのいうとおり。地球人を傷つけず、取り戻す方法を考えなくては……」
 コンボイは、しばらくしてから腕組みを解いた。
「大丈夫。私にいい考えがあるわ。サイバトロン戦士、出撃!」

 チャーララーララーラ

【ここはデストロンのエネルギー鉱山】
「ほらほら、もっと早く逃げないとペッタンコだよー」
 逃げていく小人は、地面が揺れるせいでまっすぐ走ることができない。無様に転んだり、ひきつった顔でこちらを振り向き見上げながらも懸命に逃げていく。
 歩幅は小さく、踏み込みは強めに。
 地球人の見張り役を買って出たスタースクリームが、集められた地球人を追い掛け回していた。
【地球人を収容するため作られた、巨大地下室である!】
 足を上げる。影をこびとに重ねるが、あえて踏み潰さない。自身の脇に降ろされる、家より巨大な足をどんな気持ちで眺めているのかを考えると、口元が歪んだ。
「んー?」
 もう動こうとしないこびとが目に止まった。這いつくばり、肩で息をしている。スタースクリームはしゃがみ、こびとの下に爪を差し込み持ち上げて、顔を自分の方へと向けさせた。
「もう逃げないんだったら、つまんないからどうしよっかなー?」
 いいながら、小人を乗せた指の上へ、親指を持っていく。揺らす。一揺れ毎に距離を詰めていく。
 哀れな地球人は、姿勢もでたらめに走りもう一度逃げ始めた。
「フフフ、そうそう。まだ動けるうちは潰さないでいてあげる。地球人みたいな非力なおちびさんたちなんて、私たちを楽しませるしか使い道はないんだからもっと頑張ってくれなきゃ」
 その声は一方的に、部屋全体に響く。その耳に、足元からの声は届かない。
 続いてスタースクリームは横たわった。地球人千人を収容して尚余裕ある部屋の約半分が、スタースクリームの身体に占められてしまう。
 寝そべる少女の隣、残った半分に地球人千人が立ちつくしている。
 寝そべるスタースクリームは、目に付いた地球人たちの前へ通せんぼするように手のひらを立て置いた。
 一呼吸だけ間をおくと、こびとの方へ向かって手のひらがゆっくり倒れていく。
 ——接地。
 風圧で前のめりになるこびと。
 体勢を立て直したこびとの前に、今度は反対の手のひらが立ちふさがる。倒れてくる——
「アハハハハハハハ。デストロンのニューリーダーの私に遊んでもらえるなんて、名誉に思いなさいよね。ほらほら早く逃げて逃げて。次はホントに潰しちゃうよ?」
【一部始終を、隠れて見ているものがいた!】
 サウンドウェーブだ。サウンドウェーブは音ひとつたてず立ち去ると、メガトロンに通信をつないだ。
「メガトロン様、スタースクリームガ勝手ニ地球人ヲ使ッテ遊ンデイルヨウデス」
「放っておきなさい。問題ないから」
 メガトロンの返答はそっけない。
「シカシ、コノママデハ地球人ガ使イ物ニナラナクナリマス」
「地球人の労働力なんてものに本当に私が期待していると思っていたのサウンドウェーブ。大事なのは地球人をさらって強制労働させているという事実。それがサイバトロンに伝われば連中は間違いなく助けに来るでしょう。そこを待ち伏せて——というわけよ」
「……オ見事デス、メガトロン様」
「ほうら、話してるうちにサイバトロンがやってきたわよ。出迎えなきゃ。スタースクリームを連れてあがってきなさい」



【さあ、戦いだ!】
 コンボイ率いるサイバトロン戦士 × いっぱいと、メガトロン率いるデストロン戦士 × たくさんは岩山の谷間で対峙していた。
「今日こそお別れねえ、コンボイ?」
「いますぐ地球人を解放するなら、無益な戦いをしなくていいわよ。メガトロン」
 メガトロンは口端を吊り上げた。
「本気でいってるのなら、これ以上分かりあえることは絶対ないわよコンボイ」
「相変わらず聞く耳を持たないか……。仕方ない。サイバトロン戦士、アターック!」
 それぞれ武器を構えるサイバトロン戦士たち。
「ちょっと待ったコンボイ。これなーんだ?」
 メガトロンが、小箱をポケットから取り出した。赤い丸ボタンがついている。
「これはね、地球人を閉じ込めてる部屋の爆破装置だったりするんだけどぉ、そっちが逃げたり抵抗するようならぁ……」
 スイッチに、メガトロンの指がかぶせられる。
「クゥッ……サイバトロン戦士、撃ちかたやめーっ!」
 コンボイの命令に従い、苦渋の表情ながら得物をおろすサイバトロン。一方メガトロンは手を高く上げ、一息に振り下ろす。
「デストロン軍団、アターック!」
 意気揚々と武器を構えるデストロン。反撃できないサイバトロンに向け、ビームやミサイル攻撃が雨のように降り注ぐ。
 被弾した何人かがしりもちをつく。
「サイバトロン、遮蔽物を利用するんだ!」
 肩を借りなければ動けない者もいたが、サイバトロンたちは散らばり岩山を盾に身を隠す。デストロンの攻撃に耐える以上になにもできない。圧倒的に不利。
 デストロンの攻撃に、岩山が削り取られていく。銃声に混じり、メガトロンの声が聞こえてくる。
「苦しむのが長くなるだけよぉコンボイ……ひょっとして、少しずつ切り刻まれるのが好きなの? フフフ、御希望通りに」
【危うし、サイバトロン!】

 チャーララーララーラ

 その頃、サイバトロンのホイルジャックとマイスターはデストロンのエネルギー鉱山内に潜入していた。
「思ってたより楽に入れましたね、マイスター」
「デストロンは揃って司令官たちの迎撃に向かったんでしょう……こんなに上手くいくなんて、向こうが酷いことになってなければいいけど」
 コンボイのいい考えとは、デストロンを引きつける陽動隊と地球人を救出する別働隊に分かれて行なう作戦だった。
 別働隊ホイルジャックとマイスターは、地球人を探して歩きまわる。地球人より百倍も大きい彼女たちが楽に並んで歩けるほど広い。
「あっ、ちょっと待ってホイルジャック。足元、足元!」
【靴から半径三十メートルは足元である!】
 マイスターに呼び止められたホイルジャックが足元を見ると、十代半ばに見える少年が腰を抜かしていた。
「ヒィッ、つ、潰さないで!」
 マイスターとホイルジャックは、少年にかがみこんだ。
「落ち着いて。君はここに連れてこられた地球人? 話を聞かせて」
「…………」
 かがみこんでさえビルより巨大な女性二人に見下ろされ詰め寄られ、少年はただ口をぱくぱくさせる。
「落ち着いて。大丈夫だから。私たちはあいつらの仲間じゃないの。ここに誘拐されたって人たちを助けに来たのよ」
「ほ、本当かい? 本当に奴らの仲間じゃないのかい?」
 半信半疑の少年に、不安を持たせないよう自信を込めて返事をする。
「ええ。勿論」
「あんな連中と一緒にされちゃ困るわね」
 少年はしばらく二人を見上げていたが、深く頷いた。
「それなら早く来てくれよ。皆こっちに捕まってるんだ」
 少年は、洞窟の奥へ向かって駆け出した。
「ようし。しっかり案内して頂戴ね……少年。名前はなんていうの? 自分はホイルジャック。向こうのカマトトがマイスター」
 笑みを浮かべるマイスター。
「よろしくね……カ、カマトトォ!?」
 台詞の途中で顔が強張った。
【しかし無視された!】
「あ、ああ。マイケル。マイケルっていうんだ」
「オーケーマイケル。サイバトロンをよろしくね」
 尚も「カマトト……」と呟くマイスターを後ろに、ホイルジャックは身をしゃがみ指を伸ばす。指先は先を行っていたマイケルに追いつき、優しく摘まみあげていた。そのまま白衣の胸ポケットへ運ばれるマイケル。
 腕をポケットのへりにかけ滑り止めにしつつ、マイケルは戸惑っていた。
 摘ままれ運ばれる途中の浮遊感、高くなっていくに合わせて髪の香が漂ってきた。いま、白衣越しに伝わる感触がとても柔らかい。胸ポケットから見上げても、五階より高い場所から巨大な瞳が自分を見下ろしている——頭をいきおいよく降るマイケル。そこで思考を断ち切った。
「それより早く、急いで皆を助けなきゃ!」
 マイケルは進むべき方向を指差した。
「それじゃ急ぎますか。ほら行きますよマイスター副官殿」
「カマトト……」
 呆けていた。
「置いていきますよマイスター副官殿!」
「え、ええホイルジャック。あと、この任務が終わったら問い詰めたいことがあるわ」
【しかし聞いていなかった!】
 遠くなりつつあるホイルジャックの背中を、慌てて追いかけるマイスター。
「そういえばマイケル。デストロンは地球人をさらってなにをやらせていたの?」
「無理矢理に、無理矢理に働かされていたんだよ。みんなもうヘトヘトなんだ」
【マイケルは、その過酷な労働を語り始めた!】



 巨大な柱が無数に並んでいた。柱の直径は巨大なタイヤほどもある。柱の横からは、何本も棒が伸びていた。
 地球人の仕事は、棒を掴み柱を回転させることだった。
 柱は重く、歩く半分のスピードでしか回せない。
 部屋には何人か見張りのデストロンが立っている。あくびや雑談をするその足元では、地球人千人が労働を強いられていた。
 汗と咳、うめき声が満ちる地面。だが、それらは涼しげに立つデストロンの耳に届くことはない。注意をはらおうともしない。同じ部屋とは思えない空間。
「ねえねえ。本当に真剣にやってるんですか? それでこんなに遅いんですか?」
 一本の柱に、スタースクリームがしゃがみこんでいた。
「前から思ってたけど、こんなに非力で生きてて恥ずかしくないんですか?」
 わざとなのか、丁寧な言葉遣い。
 汗一つかいていない少女の顔が、汗まみれになって棒を回している地球人を見下ろしていた。足元の数人は、もう一時間以上に渡って嘲りの言葉を浴びせられ続けていた。
「こんなの回すのに、力を入れる必要なんてないんじゃないですか?」
 人差し指を伸ばすスタースクリーム。柱よりさらに太い指が、人間の間に割り込んでくる。
「ほーら」
 くるりくるり。
 二回転。スタースクリームが指を動かすと、油でも塗っているのかという滑らかさで柱は回った。
 棒を掴んでいた地球人のうち、ある者は回転に引きずられ、ある者は後ろから迫る棒に打たれその場に倒れた。遠心力で外側へ飛ばされる者もいた。
 数人がかりの作業を指一本で行なったスタースクリーム。それぞれ自分を見上げてくる十余の瞳を受け止め、見下すような笑いを口の端に表した。
「こんなに簡単に回るのに、それで力を出してるなんてウソでしょ? もっとしっかり働いてくださいよー。こ・び・と・さん」
 ウインク。
「ほら、さっさと作業に戻らないとエネルギーが作れないじゃないですか。わたしもさっき柱を回してエネルギー使っちゃったし、がんばってくださいね」
 地球人たちは、芋虫の這うような速さで動き出し、作業を再開した。明らかにさっきより遅い。
 もう、限界だった。



 話し終えたマイケルの顔は苦渋に満ちていた。
「…………それであいつが……スタースクリームっていってた。部屋から出てった後、鍵をかけ忘れたみたいで隙間が空いてたから、外の様子を見にオイラが出てきたんだ」
「デストロンめ、なんてことを」
 マイスターの顔が険しくなった。
 話している間に、一行は洞窟のかなり奥へ達していた。
「着いた着いた。ここの奥にみんな捕まってるんだ。早く助けてくれよ」
 マイケルの指差す先、洞窟の壁に金属製のドアが埋め込まれている。マイケルが逃げただろう隙間から、明かりが漏れている。
「よし。一刻も早く助けなくっちゃ」
 マイスターはドアを開け放った。中に向かって呼びかける。
「地球の皆さん、助けに来ました! 一緒に脱出しましょう」
 部屋には、誘拐されてきた地球人が残されていた。呆然と入り口のほうを見ている。
 もう一度、同じ言葉を繰り返すマイスター。
 一呼吸、二呼吸。間が空いて、地球人が一斉に出口へと走り出す。歓声めいたものをあげながら。密集し、怪我人が出そうな勢い。
「お、落ち着いてください。まず子供やお年寄り、女性を先に……お、落ち着いてー!」
 場を鎮めようとするマイスターだったが、群集の勢いは止まらない。マイスターの足を縫うように地球人が走っていくので、下手に動くこともできない。
【その時である!】
「ったくこれだから優等生は……」
 ホイルジャックが頭を掻きながらいった。いつの間にか、マイスターの後ろに立っていた。ホイルジャックは、マイスターのブラウスを一息に引きずりさげる。下着ごと。

 胸ボタンが、飛んでいく。

 ブラウスをおろされたマイスターの身体は、へそ上まで露出していた。小さいが、形のいい膨らみが、揺れた。突起が、ピンク色の軌跡を描く。
 引きずりおろされた服の襟が、腕ごと身体を絞めつけていた。マイスターは肘より上を動かすことができない。
「あっ……なっ……」
「こういう場はこうやって治めるんですよ。副官殿はせっかくいいモン持ってんだから活用しなきゃ」
【見よ! その威力を!】
 さっきまで我先にと走っていた地球人のほとんどが歩みを止め、マイスターを見上げていた。さっきまでの歓声と相まって、より静けさが際立つ。
「はいはい。まずは女子供と年寄りが先頭ね。他の人は一旦脇にどいてください。どうしてもツラいって人は、当方のポケットにまだ余裕がありますので申告すること」
「い……嫌ァ——!」
 ホイルジャックが仕切り、マイスターがしゃがみこむと胸を隠し絶叫した。
 地球人たちは、キビキビ動き出す。

 チャーララーララーラ

【その頃、反撃のできないコンボイ達は大ピンチに陥っていた!】
「今日でサイバトロンも終わりみたいねえ、コンボイ?」
 デストロンの包囲の輪は、徐々に狭まってきている。
【危うし、サイバトロン!】
「……危険デス、メガトロン様」
 勝利を確信していたメガトロンの後ろに、突然サウンドウェーブが割り込んだ。
「なにをするのサウンドウェーブ!」
 しかし、サウンドウェーブの身体は衝撃に倒れこんだ。視線は後ろに向けられている。
 視線の先を見るメガトロン。
「クゥッ、あれは!」
 サイバトロンを包囲するデストロンの後方には、武器を構えたホイルジャックとマイスターの姿があった。
「お待たせしましたコンボイ司令。人質となっていた地球人の救出が終了しました」
 なぜかブラウスの前を安全ピンで止めたマイスターが、手を振りながら大声を上げる。
 デストロンには動揺が、サイバトロンには歓喜が広がった。
 コンボイは銃を握り締めた。
「ご苦労さまホイルジャック、マイスター。サイバトロン戦士、反撃開始ィ!」
 サイバトロン側から、反撃の火線が次々に放たれる。
「なぜ地球人たちがこうも簡単に……あの鍵は、一度閉めれば核でも壊せないはず……」
 飛び交う放火の中、爪を噛むメガトロン。
 ……なにを閃いたか、錆びた歯車の速さで首を回した。スタースクリームを見る目が、ヘッドライトのように光っているように見えた。
「スタースクリーム。貴方、出てくる時にちゃんと鍵はかけたんでしょうねえ?」
 目が泳ぐ。スタースクリームは、滝のように汗をかきはじめる。
「いや、その、えっと、あの……」
 スタースクリームの瞳の中、恐ろしい顔をしていたメガトロンがふっと優しく微笑んだ。カノン砲を構えつつ。
「お・馬・鹿」
 爆発。スタースクリームは、五百メートルも吹っ飛んだ。
 吹っ飛んだ先は鉱山の中だ。メガトロンは躊躇わず赤い丸ボタンを押した。
 巻き起こる大爆発に混じって、スタースクリームの悲鳴が聞こえてきた気がした。
「デストロン軍団、退却!」
 メガトロンが叫び飛び立つと、他のデストロンが後を追い去っていった。
「ま、待ってください。お許しくださいメガトロン様ー」
 ヨロヨロと鉱山から這いでてきたスタースクリームがなんとか後をついていく。ぼろぼろの服からは煙があがっていた。
 サイバトロンが、勝ちどきをあげる。



【それからしばらく経ち、ここはサイバトロン基地である】
「今回の戦いはマイスターとホイルジャックのおかげで乗り切ることができたわ。ありがとう」
 司令室。コンボイ司令官とホイルジャック、マイスターが話していた。
「ありがとうございます司令官」
「いえいえ司令官。すべてはマイスター副官殿のお力ですよ。私はたいしたことやっていません」
 マイスターの肩を叩くホイルジャック。不機嫌になるマイスターと、楽しそうなホイルジャックと、訳が分からないコンボイだった。


おわる。