某月某日。N国首都に突然現れた巨大少女は身長が500mあった。
「アハハハ、ちょっとあんたら小さすぎー。恥ずかしくないの?」
 見下した態度をとりながら街を蹂躙する侵略者。見た目は10代半ばといったところだ。
まだあどけなさを残した表情に、どこかの学校の制服を着ている。
 250mの高さを誇る都庁でさえ彼女の腰のあたりまですら届いていない状況で、
巨大少女——ナギサはかつてない優越感に浸っていた。
 靴幅が四車線道路の幅を大きく超えるナギサが普通に、むしろ静かに歩くだけでも、ほとんどの建物
の屋上よりも高い位置に足裏が振り上げる。その足が振り下ろされる度に、複数の建築物が踏み潰されていった。
 たまにある高層ビル——といっても彼女のすね程度の高さだが——も、ナギサが意識もせず、ただ歩いただけで
そのつま先に蹴り上げられ、崩壊していくのだった。ビルの破片はパラパラと靴に乗り、なにかの拍子で地面に落ち、
道路にめり込んでいく。


 突然の破壊者に対し、一応軍隊も頑張った。
 迎え撃つは急遽編成された大戦車隊。陣形を整え、進行してきたナギサの側面から波状攻撃を仕掛けた。
 ——ナギサははじめ、それが自分を攻撃しているのだと気付かなかった。
 確かに豆粒のような戦車からの一斉放火は、ナギサの体の至るところに命中した。しかし、数百発の戦車砲は
外見だけなら小娘といってもいい相手に、大きく触感を与えるさえことが出来なかったのだった。
 相手の服にほつれひとつも作ることの出来ない戦車隊は、それでも懸命に応戦を続ける。
 はじめはあっけにとられたものの、あまりにも一生懸命なその姿にナギサは微笑ましい気持ちが湧いてくるのを
抑えることが出来なかった。
 恐らく思い切り地面を踏むだけでもその振動でひっくり返り、大半が戦闘不能に陥るであろう。しかし、そんなちっぽけな
戦車隊を相手に、遊んであげようという気分になった。
「フンフフフーン」
 続けて一斉放火を浴びながらも鼻歌まじりに戦車隊のほうへ前進し、
「動かないでねー。潰れちゃうよー」
 ゆっくりとその場に腰を下ろした。振動を起こして戦車をひっくり返さないよう、なるべく穏やかに座ったつもり
ではあるが、それはその巨体の下敷きになる街のことは考慮していない動きだ。
 街はゆっくり下ろされる尻の下敷きにされ、圧倒的質量に対して派手に潰されていった。ナギサはそんな自分の尻で
圧し潰されていく街を、特に気にも留めない。
 振動を抑えるように座ったというのに、座ったときの振動で戦車隊の陣形は崩れ、砲撃は中止せざるをえない状況になっていた。
 現在ナギサの脚は体育すわりのようにアーチを作り、両膝の間と左右の靴の間は開かれている。
 かなりリラックスした座り方。そして戦車隊は、ナギサのかかとと尻の間の空間に存在していた。
 戦車隊の正面には、脚の生え際がある。押せば押し返してくるような、スベスベとしていそうな肌だ。
 二本の脚の生え際の中心には、白青ストライプの布地が見えた。一本一本の縞が、ビルの一階層よりも大きいスケールで。
 戦車の乗員が上を見上げたなら、ナギサの二本の脚が空にそびえていただろう。その脚の間からは彼らの非力をあざ笑うかの
ような表情のナギサの顔が、自身の脚によって作られた空間に閉じ込められた線車隊を見下ろしていた。
 座ってもなお、ナギサの顔の高さは都庁と同等の高さにあった。
 ナギサの身体に太陽光は遮られ、戦車のまわりは薄暗い。前後左右どこを見てもナギサの、小娘の身体が檻を作っている。
 絶望とは、こういう状況をいうのかもしれなかった。
 ナギサはあえてゆっくり手を伸ばし、一両の戦車を親指と人差し指でつまみ上げる。親指と人差し指の腹はくっつき、
その指先に戦車を摘むようなかたち。分かりきっていたことだが、なんの重さも感じなかった。
 また、戦車をつまみあげる際、摘んだ戦車の左右の戦車を親指と人差し指で潰してしまったが、それは彼女にとって
些細なことだった。ナギサは摘んだ戦車の砲塔を戦車隊に向け、一言。
「撃たなきゃ潰すよー」
 5秒だけ待って潰された。親指と人差し指の腹の間でのしいかになった、陸戦最強の兵器の残骸を見て、
ナギサは優越感が湧き上がるのを抑えることが出来ない。ゴミでも払うように潰れた戦車を地面に落とし、
次の戦車をつまみ挙げる。
「今度は撃ってくれるよね?」
 2秒で撃った。
 逃げ回る戦車を摘んだ戦車の主砲で破壊して、摘んでいる戦車が弾を撃たなくなったら交換する。
 稀にナギサの脚の包囲から逃れそうになる戦車もいたが、空いているほうの手の、指先一本で地面にめり込むことになった。
 30分を待たず、大戦車隊は壊滅してしまった。この間座りこんだナギサは、手しか動かしていなかった。

 次にナギサが目をつけたのは学校。身長数ミリの小人達が次々と学校へ避難していくのを遠目で見つつも見ぬ
振りを続けていたのも、このためだった。
 とるにたらない、幅も高さも自分の親指より小さいような校舎の中から、多くの視線を感じる。
 こちらを窺うような、脅えた視線——なんだかゾクゾクしてきた。
 ナギサは校舎を見下ろせるように、四つんばいになる。学校の敷地の数十倍の面積が、ナギサの手足に
よって押しつぶされた。
 四つんばいになってもなお眼下にある校舎に対し、驚かせる意味も込めてググッと顔を近づけた。それに伴い、
形のいい尻が惜しげもなく空高く突き上げられる。
 校舎の中から、手に取るように恐怖が感じられた。
 校舎の中からなるべく見える位置で、人差し指の爪を親指の腹で押さえる。俗に言うデコピンの形だ。
 そして親指の爪を学校の校庭につけ、デコピンの射程に校舎が入るようにした。
 デコピンの構えが校舎より大きいことに満足してから、ナギサは言った。
「もうちょっとしたら建物吹き飛ばしますよー。ちゃんと逃げてくださいねー」
 校舎の中のざわめきが聞こえてくるようだ。実に気分がいい。今すぐにでもデコピンを放ちたい衝動を抑える。
 ナギサの視線は下駄箱の近く。昇降口に注がれていた。
 そこから最初の一人が出てこようとした瞬間、
 ぺちん。
 待ちかねていたようにデコピンが炸裂した。
 校舎は、土台も残らなかった。
「アハハハハハハ!」
 地上数百メートルから声が響き渡る。



 だが、そんなお国の危機に対抗しようという動きがあった。
 国定 珠美は宇宙人と地球人とのハーフである。
 宇宙人である母が亡き今、地球の平和を守るのは彼女の役目であった。
 母の遺した立体映像を元に、珠美は生涯初となる変身をした。
「お母さん、私……頑張るから!」
 身体が閃光に包まれ、ボディラインに沿って、顔を覗いた部分にバトルスーツが装着される。
 はじめはゆっくりと、次第に大きく全身の至るところが360度に拡がっていく。拡がっていく。
 視界が、どんどん高く……高く……さらに高く……


「エ、エェ——!」
 戸惑った声は遥か上空から。変身してみるまでは誰にも分からなかった珠美の能力。
それは、「変身後の大きさが対象の10倍」という実にシンプルな物だった。
 今回の場合、対象は身長500mのナギサとなる。
 現在珠美の身長は5000mに達していた。ただ、それに気付いていない。もはや足元に広がっているのは街ではなく、平面である。
 何も遮るもののない視界が、地平線まで広がっている。
 サイズ700mの靴が二足。力強く地面を踏みしめていた。
 この時、身長が富士山の1,5倍となった少女の姿は100キロ先からでも確認された。
 珠美は自分になにが起ったのか理解できない。混乱しながらも、必死に状況を探ろうとする。
「ちょ、ちょっと、なんなのよアンター!」
 足元の方から声がした。顔を下に向けると漂う雲が視界を遮っていた。雲は膝の辺りから漂っている。
 よく見えないのでしゃがむことにした——しゃがむ際、その身体にぶつかって潰されるような高い建物はない。
 見下ろす雲の間から、こっちを見上げている顔がある。それがさっきまで圧倒的力で街を破壊していた少女だ
と理解するには数分かかった。
 あらゆるものを見下ろしていた少女が、手を伸ばしても自分の膝にすら届かないような大きさになっている。
 足元に広がる平面が街の地図だとするなら、あの線にしか見えない部分は四車線道路だったはずだ。
 状況を考える。考える。次第に考えが形を持ってきた。自分が……大きくなっている?
 この眺めはひょっとしてとんでもない高さからの長めなのではないかと思った瞬間、高さによる恐怖
からクラリと目眩がした。倒れる身体を支えようと足が無意識に一歩後ろに出る。
 轟音。半歩分の移動で、街の区画が四つ平らになった。珠美はどうにか倒れず、意識を保つ。
 足元では、その間もナギサがギャーギャー喚き続けている。
「なんなのよその大きさは! ズ、ズルいと思わないの!?」
「エ、エット……ごめんなさい」
 謝ってどうする。
 ちなみにナギサはじだんだ踏みながら喧々囂々の抗議である。その足元では建物が粉微塵に粉砕され、
多くのビルが振動によって倒壊していく。二人の巨人にとっては気にとめることでもないのだが。
 珠美は必死に頭を働かす。どうやら今の自分はとんでもない大きさになっているらしい。
 下手に動くのは不味い。とりあえず自分が踏みしめている部分の避難が済んでいることをただ祈る。
「あ、あの、よければ街を壊すのはやめてくれませんか?」
 これはナギサへの問いかけだ。まずは話し合いで。
 自分が動けばどうなるか、考えただけでも恐ろしくなってくる。
 ヒステリック気味にごちゃごちゃ言っていたナギサにとっては、この一言が引き金になった。
「な、なんでアンタにそんなこと言われなきゃなんないのよー!」
 命令されるのが気に入らないと表情に出し、ナギサが言う。頭には血管が十字に浮き上がっていた。
 激情のままに、ナギサはそびえる珠美の脚のすねに思い切りキックを打ち込んだ。珠美の脚は微動だにしない。
 ——キックの反動で、ナギサがしりもちをついた。
 マグニチュード。地響きを立てながら、500mの少女の身体が街を圧し潰す。
 身体を支えるため出された手が、地面に巨大な手形を残す。
「キィィィィィ!」
 ナギサはヒステリック状態。しりもちをついたまま、なにやら超音波スレスレの声で喚きつつ手近にあるビルをむしり
とっては珠美の脚に投げつけるが、コンクリートの巨塊を投げつけられても珠美はなにも感じない。
 自分の身体ながら、ナギサからの攻撃に全く影響を受けないのが信じられない。
 都庁よりはるかに大きい少女は、いまや珠美にとって人形の大きさだった。大きさ相応の力しか持っていない。
 珠美の膝にむしられたビルが当たる。ナギサを見るとどうやら珠美の顔を狙っているらしいが、放物線の頂点はしゃがんだ
珠美の胸にも届いていない。しかし、珠美の身体に当たって砕けたビルの破片は地面に勢いよく降り注いでいる。
 珠美はこのままでは街が大変なことになる気がした。
 力を入れすぎないように、珠美はナギサのわきの下に指をいれ、500mの身長を軽々とすくい上げる。
 すくい上げる際、珠美の指とナギサの身体——超重量の衝突によって、珠美にとっては凹にも凸にも感じられない街の建造物
が擦れて粉々になっていく。
 ナギサは珠美の手から逃れようと必死にもがくが、力を込めてもいない珠美の手から脱出することができない。
 先刻まで圧倒的な力を誇っていた少女の攻撃が自分には全く通じず、自分の指は楽々と相手の自由を封じることが出来る
——心に無意識的に湧く快感を、珠美は意識的に押さえつける。
 珠美はナギサを自分の顔の前まで持ってくると、更に問いかける。
「なんでこんなことをするんですか!?」
「ウ〜〜」
 骨をとられた犬のような顔でナギサが睨みつけてくる。
 それ以上なにを言っても答えらしい答えが返ってこないので、珠美は困ってしまった。
 硬直状態。ちなみにその間に首都の方ではでは避難が済み、通常時で上から87・58・84の3サイズの珠美のボディラインは、
各メディアによって全国に報道されることとなる。
 珠美が一体ナギサをどうしたものかと考えていると、ナギサの顔がガクンと下を向き、なにかを呟く。
「……までか」
「え? なに?」
「ここまでか」
 珠美の手の中でナギサが脱力し、その口からなにか黒いモヤのようなものがでてきた。
 モヤは次第に人の形を取り始める。ほどなく全長50m程の影ができあがった。
「……貴様を、新しい宿主にする……」
 口もついているように見えない影が、どうやってか意思を伝えてくる。
「……我が名はダーク1024、寄生種族ダークが一つ……」
 モヤが名のりをあげた瞬間、強風が吹いた。
 地上数千メートルの高度に起る強風をなめてはいけない。
 遮蔽物もなく、モヤは一気に拡散してゆく。
「……ぎゃあぁぁぁぁぁ……」
 自称寄生種族は名乗って4行で風に吹かれ、世界中に散っていってしまった。
「……????」
 珠美は事情を理解できていない。ナギサから変なモヤが出てきてしゃべったと思ったらあっという間に消えていったと
言う程度の認識しかない。
 間。
「……もう大丈夫です。下ろしてください」
 珠美を正気に戻したのは、手に持ちっぱなしだったナギサの声。
 その口調に違和感を覚えつつ、そっとナギサを地面に下ろした。その表情からは生意気そうな感じがとれ、
繊細に足元を気にしつつ着地場所を選ぶ動作はさっきまでのナギサと同一人物とは思えない。
 珠美にはますますもって意味が分からない。
 そんな珠美にナギサは、自身の事情を順序だて分かりやすく話した。
 自分の名前から始まり、自分が別の星から宇宙船で来たこと。その星では星間飛行を可能とするほど科学が進んでいるが、
全ての物が大きい以外は地球と特別大きな違いがないこと。
 ナギサの故郷の衛星には寄生種族ダークというガス生命体が潜んでおり、ダークに寄生されると昏い衝動を抑えられなくなり、
自身の黒い部分の欲望に従った行動をとってしまうこと。そしてそこから生まれる破壊がダークの養分になり、寄生された宿主は
より大きな破壊を求めて宇宙を渡り歩くようになること。
 宿主が破壊されたら、破壊した相手を新たな宿主にすればいいだけ。善悪の区別なく、自身が生き延びるためだけに
ただ純粋な破壊を求める——
 常に争いの中心にいる存在。それが寄生種族ダークとのことだった。
 その話を、珠美はしゃがんだまま聞いていた。山脈にちょうど腰をおろせそうなのだが、それによってどれだけの被害が
出るのかを考えたくなかった。
 ……ナギサの言うことを信じるなら、さっき訳も分からない内に風に吹かれて消えていった奴はとんでもない奴だったのだと
今さらながら戦慄する珠美。もし自分が寄生されていたら——
 そんな珠美は、ダークの恐ろしさについて力説するにつれ、ナギサの珠美を見上げる視線に熱がこもってくるのに気付かない。
 話が一段楽したところでナギサは一呼吸。胸の前で手を組んで、
「こんなにも恐ろしいダークから私を解放してくれるなんて……お姉さまと呼ばせてください!」
「は?」
「私……お姉さまにならはじめてをさしあげても……」
「……は?」
 これはまずい。なんだか知らないがとてもまずい。そんな気がして、珠美は変身解除を決断する。
 ゆっくりと、5000mの体躯の縮小が始まった。
 陶酔しきった顔のナギサはずいっと一歩前へ踏み出し、
「恥を……かかせないで下さいね」
 ボタンを外し始めた。
 自分より遥かに小さい相手に気圧され、珠美はいつの間にか立ち上がり、僅かに後ずさっていた。
 距離を、距離をとらねば。
「行かないでっ、お姉さま!」
 後ずさる珠美の足を、ナギサがタックルして抱きしめた。
 及び腰な状態に思い切り体当たりを食らい、珠美の身体が傾いていく。
「わ、わ、わ、わーーっ!」
「お姉さま〜〜〜〜っ」
 大轟音。縮小が始まり身長4000mまで縮んでいた珠美と、その足にしがみついたナギサの身体が地球の大地に倒れ込む。
 避難は終了していたので人的被害はなかったものの、その転倒の物的被害は今回の事件で最大の物となったのは後日談。



 珠美が意識を取り戻すと、地面が肌色だった。上を見ると、ナギサの顔が自分を見下ろしている。
 ……どうやらここは、ナギサの手の平の上らしい。しかしナギサは自分を見ていないようだった。
 なんかあらぬところを見つめ、一心不乱になにかを呟いている。
「お姉さまがこんなに小さくなってしまわれるなんて……こうなった以上、予定とは逆になるけど私が
攻めてもらったほうがいいのかしら……お姉さまをブラジャーの中で飼うっていうのも
……ウフフフフフフ」
「……」
 珠美は、ゆっくりと倒れ込み、もうしばらくの間寝た振りをすることにした。
 それは問題の解決にはつながる行動ではない。しかし、彼女の行為を責められる者は近くにいない。
「ああ、お姉さま早くお目覚めになられないかしら……それにしても愛があれば性別も生まれた星も関係ないというのは
名言ですわね……ああ、早く指先にお姉さまを頬擦りさせたいもしくはしたい……ハァハァ……いっそ意識のないお姉さまを
弄ぶというのも………………」