「ねえねえ」
 彼女はしゃがんでいる。立ってる俺を見下ろし、声をかけてきた。
 俺は彼女の——幼馴染みの落とす影の中へ完全に呑まれている。身長が300メートルを越えている彼女の影は、しゃがんでなお周辺一帯を覆っていた。
 彼女の顔を見上げていた視線を下に、彼女の足元に移してみる。俺の身長では、彼女の靴のへりにも届くことはないだろう。
 なにしろ町並みを著しく踏みにじっている彼女の靴は、高さだけでも二階よりも高いのだから。
 靴がじりと動いただけでも、建造物が軒並み押し潰され、消えて行く。
「耕一の身長って何センチだっけ?」
 近所の子供に対して年齢を聞くときのような、お姉さんお姉さんした口調。
「……175だよ」
 それは幾度も繰り返された問いかけ。俺はなるべく感情を込めないようにして答える。俺の身長は、学校全体で見た場合でも決して小さい方ではない。しかし。
 クスリ。幼馴染みの——美樹は口元に手を持っていった。目が細まる。
「じゃあ、私の身長は?」
 身長というより全長だなと心の中で思う。
「……330メートル」
「ブッブ——!」
 唇をとがらせての子供じみた否定はとんでもない大音量。街は振動。俺は思わず手のひらで耳をふさいだ。
「340メートルになれたんだ! 東京タワーより大きくなっちゃった」
 言いながら美樹はゆっくり立ち上がった。足に重量がかかり、地面が軋みをあげていく。
 直立した340メートルの幼馴染みの存在感は異様だった。
 東京タワーのように先細りしていない。逆に腰から肩にかけて体型は拡がっている。構成しているものも鉄筋の網ではなく、弾力を備えた肉だ。
 足元にいる俺が見上げると、美樹の膝を見た当たりで首が痛くなる。逆光で目が痛くなる。片脚だけでも東京タワークラスの存在感があるように見える。
 空から——もはや見えない顔から声が届いた。
「ん〜? じゃあ、私と耕一ってどっちが大きいのかな? 分かる?」
 そんな分かりきってることを
「……お前の方が大きいよ」
「聞こえなーい」
 俺の口からハッキリさせたいらしい。
 美樹の右足がわずかに浮き、ゆらゆらと俺の上に移動してきた。美樹にとっては数センチの高さは俺にとっては数メートル。
 美樹が少し力を入れるだけで——いや、力を入れる必要もなく、右足を重力に従わせるだけで、俺は横幅が四車線の道路よりも大きい靴の裏でひき肉になるだろう。
「で、175センチの耕一と340メートルの私って、どっちが大きい?」
 現在美樹がどんな表情をしているのか、想像に難くない。絶対ニヤけている。
「お前の方が大きいよ!」
 声を振り絞って叫んだ。
 間。
 俺の上空を覆っていた、美樹の右足が引っ込み、離れた場所に接地した。その下にあった建物なんて、まったく考慮していないだろう。
 今の彼女にとって、住宅街はじゃり道程度の感覚しかないはずだ。じゃり道を歩くのに、いちいち足元を確認はしない。
「……………………」
 美樹の体が、340メートルの体が震えている。笑いを、押し殺している。
 唐突に美樹が、空き缶でも拾うようにかがんだ。俺にとっては、ビルが1ダースくらいまとめて降ってくる程の重圧に、思わず腰がひける。
 後ずさりをしようとしたが、その前に背中の側に美樹の指が降ってきていた。ドン。



 小指でさえ俺の胴体より太い。俺を摘みあげるのに人差し指と中指が使われるのは力が入りすぎないようにという配慮。
 2本の指の横腹に挟まれながら俺は上へ上へと上昇させられていく。地面に足がついてないと妙に不安になる。
 内臓にくる違和感。指は俺を潰さないしかし落とさないよう震え、挟まれている俺に緩急をつけて押し付けられる。
 ……全身を挟まれ揉まれる感覚は、悪くないかもしれないと思った。
 美樹の膝の辺りを越えると、ビルを見下ろせた。腰の辺りで遠くの海がはっきり見えた。だが、美樹の視界はもっとずっと高い。
 そして目の前に顔。目眩のするほど高い。半径200メートルの空間には、美樹の体しか存在していない。
 俺を挟んでいた指が開いた。浮遊感。長く感じる1秒——落ちる!?
 しかし、高さ300メートルからの落下は成らなかった。
 数メートル落ちたところ(それでも十分な高さだったが)で俺はバウンド。なぜか地面は暖かく、柔らかい。美樹の手のひらが落ちる俺の下に展開されていたのだった。
 俺の体重を乗せた落下を受け止めて、美樹の手は微動だにしない。
——浮遊大陸のようだとなんとなく思った。
 不覚にも腰に力が入らない。ぺたんと座ったまま、手のひらの上から美樹の顔を見上げる。ほら、やっぱりニヤけていた。
 からかうような口調で語りかけてくる。
「そう、175センチの耕一より340メートルの方が大きいの。じゃあ私のほうがどのくらい大きいの?」
 無性にうつむきたくなった。
「美樹の方が俺より338メートル大きいよ!」
「それって何倍? 私は耕一の何倍大きいの? 175と340だから……2倍?」
 握り締めた拳が痛い。
「200倍だよ畜生!」
「じゃあ、私の200分の1の大きさしかない耕一は私になにをしてくれるの?」
「……嫌って言ってもやらせるんだろ?」
「ええ、もちろん」
 微笑み、俺を乗せた手のひらは動かさないよう気をつけながら、美樹は上着を脱いだ。少し手間取りながらも片腕で下着も外す。露わになる乳房。
 脱ぎ捨てられた上着とブラジャーは、盛大に空気を受けながら広がり、眼下の街を覆い尽くす。それを俺は呆然と見ていた。
 外気に晒され、美樹の上半身はわずかに赤みを帯びているように見えた。
 急激に視界が下がっていく、眼下のビルが近づいてくるが、見下ろせることに変わりはない。
 そして衝撃。美樹が地面に腰を下ろしたのだった。その尻の下には工業団地が、地面についた左手の下には公園があったはずなのだが、全く意に介していない。
 ——もう少しそれらが頑丈であったのなら、いくらかは気にとめられたのであろうけど。
 鉄筋で作られた5階建ての団地群も、錆びの浮き始めている遊具たちもまとめて美樹が意識せずに腰を下ろしただけで潰されてしまっただろう。
 放射状に拡がるスカートの布地にほころびひとつつけることができず、コンクリートが、木が、鉄が粗大ゴミになっていく。
 体育すわりの形になっている両足のアーチは、太ももとかかとの間に大小様々な無数の建物をまたいでいた。
「じゃあ、お願いね」
 つままれ、俺は美樹の乳首の上に落とされた。落ちないように必死にしがみつく。両手を回しても一周に届かないが、腕が食い込むほど乳首の根元を抱きしめた。
「アッ……」
 艶っぽい声。美樹の上半身のわずかな震えは、俺を振り回す。体が翻弄される。美樹の無意識の震えに対して、俺は全力で抵抗しなければならない。
 美樹は少しだけ呼吸を早め、自分の右乳首にしがみついている俺を見下ろす。その顔は、こぼれそうなほどの優越感に満ちていた。
 美樹は口をすぼめ、俺に息を吹きかけてきた。強風。俺はますます力を込めてしがみつく。目をあけていられない。息に冷やされた乳首は、さらに硬くなりはじめる。
 俺に向かってのひと吹きが終わると、美樹はゆっくりと、一糸まとわぬ上半身を後ろに倒していく。あお向けの体勢に。
「ン……ヒンヤリしてて、気持ちいい」
 それが、背中で街を押しつぶした感想だった。
 多くの建物の断末魔のように、大量の砂ぼこりが空高く舞い上がる。
 美樹は体をよじらせた。背中の下で、大小に破壊された建物がグシャグシャに、より細かくすり潰されてゆく。
「…………」
 美樹の表情は、恍惚としている。自分の背中の下でもろくもすり潰されていく街の感触を楽しんでいる。
 その間、俺は直径1メートルはありそうな美樹の乳首にしがみつくことが精一杯だった。自分はこの巨人に比べれば虫のような存在なのだと力ずくで自覚させられた。
 もうすり潰すべき対象が存在しなくなったのか、美樹の動きが止まった。水平になった地面——仰向けになった美樹の上で俺は立ち上がり、辺りを見回す。
 視界いっぱいに広がる肌色の地面——美樹の体が、一人の少女の物だとはとても思えない。
 遥か彼方にある足が、自分をまたいで反対側にある頭からの指示で動くのだとはとても信じられない。
 頭の方を見ると、美樹と目が合った。
「頑張ってね。耕一ちゃん」
 明るく無邪気に言い放つ。それは依頼ではなく強制だ。俺は覚悟を決めた。そびえる乳首に対して愛撫を始める。
 拳で叩き、掌で押し、つま先を根元へとメリ込ませる。押せば押した分だけ押し返された。口を使い噛み、なめた。
 美樹は視線は俺から外さない。一対の、俺より巨大な眼が俺の一挙一動を逃さずに見ている。圧迫感。
「くすぐったいけど……気持ちいい」
 かゆみを我慢しているような表情で美樹は言う。しかしそれは我慢してもらわなければならない。かゆいからと言って、いま掻かれたら俺は肉片になってしまう。
 乳首の硬さが増してきた。いつの間にか、左の膨らみは美樹の左手によって揉みしだかれ始めている。
 少女の膨らみは、自身の手の平に収まりきっていない大きさだった。
 一本一本の指が重機以上の力をもって、自身の膨らみを、突起を嬲っている。
 丘といっても過言ではない体積が、柱のような指によってぐにぐにと変形するのは壮観だ。
 右手は股間へと——スカートの中へと伸びていた。仮にビルを投げつけても揺るがない布地の中、蠢いている。
 美樹の体にはわずかに汗が浮き始め、辺りの空気は湿ってきていた。
 呆っとしている美樹の目は、半分俺を見ていない。
「ハア、フ、ウ………………」
「…………」
 マズいと思った。少しでも強く俺の存在を意識させなくてはいつうっかり潰されるか分かった物ではない。
 俺は少し焦りながら、地面(美樹の体)を思い切り蹴り上げ、乳首の上に登った。
 赤ん坊のように四つんばいになり、美樹の突起の先——分かれている部分に、乳腺の中に手を挿し込んだ——肘まで。中は暖かい。
「ヒァッ」
 敏感な場所への異物の挿入に、美樹の目が見開かれた。虚ろだった目が、しっかりと俺を写す。
 それには構わず腕を引き抜き、手首まで引いたところでもう一度挿し込む。手の形は拳。
「ン……イ、ア」
 今度は肘よりも深く入った。美樹の乳首の中で、拳の形を変える。
 開手し、それぞれの指を勝手に好き勝手に動かす。それを肉壁が絞めつけてくる。ヌルヌルした感覚が手を包む。
 引き抜いた腕は、艶かしくてらてらと光っていた。もう一度差しこむ。抜く。
 ピストン運動を繰り返すうちに、俺の股間に血が集まってきていた。腕の出し入れは続けながら、怒張したそれを、おもいきりピンク色の肉壁に押し付ける。
 体を動かすたびに、互いの敏感な部分がこすれ合い、快感が伝わってくる。
「ああぁ……ちっちゃい手が……おっぱいの中で動いてる……いいぃ……」
 駐車場サイズもある美樹の左手が、俺の乗っている乳房の方に移動してきた。
 中指と人差し指が俺の乗っている乳首を間に挟み、他の三指が汗ばんだ肌をもみしごく。大地がぐにぐにと蠢動する感覚。
 軟性の地面が揺れ動く中で、俺はピストン運動を休まない。
 お互いの呼吸のリズムはとっくの昔に合っている。あとは高まったものを噴き出すだけだった。



 達したのは同時。俺は美樹の突起に白濁液を余さずかけ、達した美樹の白濁液は広く深く町を蹂躙した。意識が、ゆっくりと遠のいていく。



 視界は黒。バイザーと一体化している形のヘルメットを外し、イスから身を起こした。
 室内は薄暗く、さっきまで嬌声を大音量で聞いていた身からすると、耳鳴りがするほど静かだ。
 専用のスーツを脱ぎ、部屋の隅にあるカゴに投げ込むとシャワーを浴びて汗を流し、普段着に着替える。
 ドアを押して開け個室を出ると、隣の部屋から美樹が出てきた。身長156センチが彼女の正式なプロフィール。
 20XX年に開発された仮想現実体感機は、発表後一年を待たずに爆発的に普及していた。
 もっとも個人で使用するには高価すぎるため、カラオケのような形での使用が主流である。
 精神病患者がデパートの広告の裏に設計図を殴り書きしていたとも、テレビの画面から出てきた存在が伝えたとも言われる技術。
 腕にからみついて来た美樹のつむじを見下ろす。なでる。
「恥ずかしかった……」
 頬を赤らめ、美樹が言った。小柄な少女は、俺と目を合わせようとしない。
「その割にはノリノリだったじゃないか」
 俺が答える。さっきの行為での大方の筋書きは、事前に俺が書いたものだった。
 美樹はそれを演じてくれていたのだった——多分にアドリブも入っていたが。
 仮想現実の世界の中で圧倒的な力を行使しつつも、美樹の心の底では羞恥が渦巻いていたのだろう。
 しかし、声や表情ににじみ出た優越感も嘘ではない。
 確かに美樹も楽しんでいた。だがそれは言わないでおこうと思った。
 美樹の頭を撫でながら、次の利用はいつにしようか俺は考えていた。
 窓から見える外は、すっかり暗くなっていた。