「ほーん、えろうこんな山の中に、大きい街を作りはったなぁ」
 身長1500メートルの超巨大怪獣としてとある盆地の都市に降り立った小早川紗枝。
 若芽色の着物を纏い、端正な美顔の中に埋め込まれた瞳が、自分の足指にも満たない極小な建物群を見下ろす。
 山中とはいえこの辺りの街では最も栄えている場所であり、街の中心部には鉄道や高速道路も通っていて、住宅街やオフィス街が駅やランプウェイから広がっている。
 そんな街に突如として現れた大怪獣紗枝。一体彼女はこの街に何をするつもりなのか、いや何もせずにこのまま立ち去ってくれ。街の住民は皆そう願った。


「ふふ、うちが十から順番にゆ~っくり数えたるさかい、その間、精一杯逃げておくれやす♪」
 そんな住民の薄っぺらい願いは、紗枝のたった一言で踏み躙られることとなる。
 紗枝は満面な笑みを浮かべ、眼下に広がる都市の上に巨大な素足を翳す。標準的な大きさの可愛らしい女の子の足だが、この都市を丸ごと踏み潰すのには十分すぎる大きさを誇っている。
 澄み渡る蒼天だった空は大巨人の足裏に取って代わり、太陽の光が一瞬にして遮られた。逆光に照らされた大怪獣の微笑みが、どこまでも末恐ろしく感じる。


「じゅーう、きゅーう……」
 運命のカウントダウンが幕を開けた。生き残るために住民らに与えられた時間は、たった10秒間。
 全住民が逃げ切るにはあまりにも短すぎる。しかし、紗枝はそんなことは全くお構いなしとばかりに、カウントダウンを続ける。


「はーち、なーな……」
 遙か天空で微笑む紗枝は優しく、たおやかに、残酷に残された時を告げる。
 ゆっくりと、ゆっくりと、空に浮かばせた殺戮兵器を降下させていく。紗枝の足があまりにも巨大が故、地上からでは正確な距離感が掴めないが、その大きさが残り時間が減っていくごとに大きくなっていくことだけははっきりと見えた。
 全てを等しく踏み潰す足裏は徐々に地面との距離を狭めていき、街の上に落とされる影も黒く濃くなってゆく。恐怖へのカウントダウンは、一刻も止まらない。


「ろーく、ごーぉ……」
 あっという間に残り時間が半分に達してしまった。一斉に逃げ出した住民達の車によって幹線道路は瞬く間に使い物にならなくなり、抜け道という抜け道もやがて車で埋め尽くされてしまう。
 駅のホームでは、発車時刻を過ぎた列車が乗客の乗りすぎでドアが閉まらない事態が発生。この次に来る列車は15分後。ここで乗れなければ、確実に死が待っている。
 早く乗せろ、何をしているんだ、と命懸けの生存競争が繰り広げられ、何としてでも乗り込もうとする乗客でホームは溢れかえり、パニック状態に陥ってしまっていた。


「よーん、さーん、にーぃ……」
 どんどん薄麦色の天井が差し迫ってくる。物理的な死の壁がもうすぐそこにまで迫り、住民のパニックは頂点に達する。街には悲鳴が谺し、もう誰も正気を保っている者など存在しなかった。
 少しでも頑丈なビルに逃げ込もうとする者、車を乗り捨て走って逃げ出そうとする者、建物の地下室へ潜り込む者。それぞれが選択した場所で、最期の時を待つ。


「いーち……」
 ついに紗枝の足裏が、この街の最も高いビルの屋上すれすれまで達した。足裏の表面から伝わる熱気が都市を包み込み、酸味のある独特な臭気が一挙に街の隅々にまで行き渡る。街は夜を迎えたように一気に暗くなり、光を失った都市に市民の悲鳴が爆発する。世界の終わりのような暗闇が、街を覆った。


「ぜーろっ♪」
 そして、運命の審判が下される。
 紗枝の素足は、躊躇うことなく街の中に沈み込んでゆく。住宅街、高層マンション群、官公庁街、全てが紗枝の巨大な足裏に踏み潰され、激しい轟音をあげて崩れ去ってゆく。
 体重数百万トンをも超える破壊力を持つ紗枝の足の下では、人間の造り上げた全てが無力だった。頑丈な鉄筋コンクリートや耐震構造などは全く役に立たず、皮膚の表面に触れた瞬間に崩壊し、踏み潰される。木造家屋などは、直接触れずとも着地の際に生み出される振動だけで次々と容易く倒壊してしまった。
 
「はんぅ、あんっ……」
 小さきものを足の裏で大量に踏み潰す感覚に、艶っぽい吐息を漏らす紗枝。快感を貪る欲望が身体を突き動かし、意のままに右足首を捻り始める。すんでの所で破壊を免れたと思われた建物群が、みるみるうちに妖艶な生足の餌食にされてゆく。九死に一生で助かったと思ったのも束の間、恐怖を感じる時間も与えられず、猛スピードで擦り寄ってきた足に丸ごと潰されてしまった。
 さらにはしなやかに動かされる足指の動きで地面が抉り取られ、地下室に逃げ込んだ住民も激しい轟音と共に迫り来る壁に挟み潰され、死んでいった。
 超巨大紗枝のほんのお遊びで蹂躙されていく都市。街の中心部は爆心地と化し、怪獣の生足の下敷きにされた跡に動く物は、何一つとして残らない。
 
「あらぁ……、すぐに潰れてしまいはりました。いけずやなぁ……もう」
 紗枝はわざとらしく呟くと、街の上に振りかざした足指を折り曲げ、爪先を立てるようにしてグリグリと建物の残骸を踏み躙る。ちょうどそこは、さっきまで怒号が飛び交っていた中央駅のホームと広場。我先にと無理に列車に乗り込もうとした結果、列車はホームに停まったまま中身の乗客ごとスクラップと化してしまう。千人を超える命が、紗枝の爪先で無残に散っていった。
「くすくす……、みんなこんな姿になってもうて、み・じ・め、どすなぁ♪」
 圧し潰した建物の瓦礫の黒い汚れと無慈悲に踏み殺した小人の赤い血が、可憐な少女の片足をグロテスクに染め上げる。
 たった一瞬のうちに、可愛らしい和装少女の生足であっけなく壊滅してしまった都市。かつて賑わいを見せていたその中心部には、紗枝の巨大な素足による爪痕がくっきりと刻まれていた。