物体拡大縮小技術――『物体の体積・質量を自在に変化させる』というお伽話の魔法さながらの新技術は、数人の無名女性研究者グループによって突如世に発表された。
 声明や実証実験などを収めた映像がインターネットで公開されるや否や、SNSを中心に世間の耳目を大いに集め、テレビ・ネットニュース等で繰り返し放送されるに至った。
 初めは「売名だろ」「まさにフェイクニュース」「いつロードショー?」「めっちゃよくできてる」などと、研究者グループを世紀のペテン師扱いする者、新コンテンツのプロモーションだと予想する者が大多数であったが、映像のクオリティの高さと女性達の美貌から話題が話題を呼び、世界的な映画監督、有名CGデザイナー、映像編集者達が名を連ねて真偽を明らかにしようと競い合う事態に発展した。
 この時点では、誰もがこの新技術を本気では信じてはいなかった。

 そして数か月。彼女達によって齎される更なる実証実験という名の新技術のプロモーションビデオ群。
 
・女性達の一人が親指ほどの小人となって、皿に盛られたデザートの山に飛び込み食べまくり、途中同僚にスプーンで掬われ食べられそうになる。(打ち合わせになかったのか、元の大きさに戻った後に怒っていた)
 
・『引っ越し』という体で、大きな屋敷を丸ごと縮めてスーツケースの中に移し、移動した後に再び元の大きさに戻す(拡大前のセッティング大詰めでアクシデントがあり、邸宅の大部分を一人がお尻で潰してしまって意気消沈していた)
 
・溜まって面倒だからと、人の背丈を超えるゴミの山を、カメラが見失ってしまうほどの大きさに縮めた後、「分別するの忘れてた」と今度は元の大きさの5倍以上のゴミ山にしてしまう。(ゴミ山に貨幣が紛れ込んでいるのが見つかり、動画越しにも重量感が伝わる貨幣が回収された)

 etc.

 中にはライブ配信で視聴者のリクエストに答えて、指名されたメンバーが自ら手のひらサイズの小人になったり、サプライズで一人がカメラの画角に収まりきらない巨人になる、といったものさえあった。当の彼女達も同僚による突然のスペース占領に姦しい大騒ぎをして、視聴者コメントを含めて大変な盛り上がりとなった。

 これらには映像のプロ達も頭を抱えた。
 結局、数か月にわたる映像解析も『フェイクではない』というシンプルな鑑定結果に終わり――。
 彼女達は一躍時の人となり、グループにはあらゆるメディアから取材の申し込みが殺到した。
 しかし、彼女達は表舞台に出てくることはなく、あくまでも動画や記事といった形で世の中へレスポンスを帰すばかりだった。
 世界は喝采と混乱の坩堝と化し、それに拍車をかけたのが世界主要各国の首脳陣による共同声明だ

「私たちは人類史のターニングポイントに立っている」

 その一文で始まった声明は、物体拡大縮小技術の存在を肯定し、これから研究者グループと世界で連携して研究、開発、普及させていくというものであった。
 彼女達は既に、水面下で世界主要各国のトップ達に根回しを終えていたのだった。
 一躍世界を席巻し、もはや無名でなくなった彼女達は自らを、STO(Size Technology Organization)と名乗り、世界のあらゆる国・団体がこれに参画することで、世界はイノベーションを本当の意味で理解していくこととなった。

 紆余曲折あったものの、世界中の資本・人材が集約したSTOの存在は絶大なものとなり、その大きな手が初めに取り掛かったのは資源問題だった。
 段階的に世界各地の資源採掘現場や農地に巨大工業・農業プラントが建設されるという計画は、将来的に莫大な資源の創出が予測され、その流通にすらSTOの手が入るという。
 電気やガス、穀物といった人々の生活に欠かせないエネルギーは、21世紀にもかかわらず恒久的に充足し、以前から心配されていた地球温暖化等の環境問題でさえ、解決に向かっていく見込みが立った。
 世界は激変し、Size Technologyに依存していく。
 技術の普及が途上にもかかわらず、人々は既にSize Technologyが必要不可欠なものであると強く実感していた。

[newpage]



 世界的な法整備もようやく落ち着いた頃。
 日本でも世界基準のSize Technology資格【物体拡大縮小技術主任者】が創設されると、難関試験にも怯まず多くの志望者が殺到し、志望者に比較すれば極々僅かな合格者が生まれていった。
 それに併せてST振興のための、研究・教育機関が併設された巨大複合施設【物体拡大縮小技術振興センター】通称サイズセンターが、STOの主導によって北海道、仙台、東京、金沢、名古屋、大阪、福岡、沖縄の8か所に建立されるという。
 全てが完成するまでに七年を要したが、それらの規模を考えるとむしろ驚くべき早さだった。STOの潤沢な資金、高い技術力、豊富な人材の賜物だ。各地は特需に沸き、センター周辺の地価も鰻登りだった。
 そして、待ちに待ってセンターがオープンすると、国内外から人々が押し寄せて、連日凄まじい人気を博した。

 古今東西のあらゆる題材をモチーフにした各種テーマパーク。
 既存の遊園地など比較にもならない独自のアトラクション。
 高級ホテルに劣らぬ品質の安価な宿泊施設と各種遊興施設群。
 ショッピングモールには国内のみならず、全世界の商品が溢れ、金に糸目をつけなければ買えない物はないほどだ。勿論ご当地限定商品、流行りのコンテンツとのコラボレーションなども充実し、実に抜け目がない。
 
 これらを来場者自身が"様々なスタイル"で楽しめる、まさに夢の巨大リゾートで、オープン間もない時期からST振興の本分を十分に果たし、老若男女の壁を超えて多くの人々に親しまれていった。


 優斗もまた、Size Technologyに魅了された一人だった。
 初めてセンターに来場した時の感動は、とても忘れられるものではない。

 こちらを見下ろしにこやかに手を振ってくる、自分より五倍は大きい巨人と化した、若く美しい女性職員の肢体。
 最初のテーマパークの中から見上げた、来場者通路からつぶらな瞳で自分に向かって指をさす、ビルのように大きい十歳ぐらいの女の子。
 レトロモダンな街並みの地平線、遥か彼方に聳え立つ、こちらを街ごと俯瞰する制服姿の女子高校生の集団。

 いずれも本来の大きさであれば、ただ普通の感性で『かわいいな』と思ったには違いなかった。
 けれども、相対的に巨大になった彼女達は、その魅力もまさに桁違いだった。
 もう自分は元には戻れない。小さな体でそう実感してしまった。
 Size Technologyが魅せる、巨大な女性達に囚われてしまったのだ。

 それからというもの。
 自分は努力した。
 STにより深く関われないかと、特に不満もなかった会社を辞めてまで、ST資格の勉強に専念した。
 生活費を減らしてもST関連の投資は欠かさずに、朝起きてから寝るまで、少しの息抜きを除いては机に向かう毎日は、文字通り一生懸命だったと思う。

 しかし、何度挑戦しても報われることはなかった。
 その道を諦めきれず、試験勉強の傍ら、魅力的なST関連の求人情報があれば飛びついて。
 念願叶わずとも挫けず、それでも時には腐って、慰めに最寄りのサイズセンターで癒しを求める。
 目減りする貯金から目を背け、用意された刺激に満足し、そして飢える。それを繰り返す。
 日々は緩やかに流れているようでいて、その実残酷な急流となって自分を苦しめた。

 そんな中、ネットのとある匿名SNSで流れる一つの噂を知った。

 ≪一般人では入手も使用も不可能なはずのSTデバイスの売人がいる。
  加えてそのデバイスは、登録もなしに誰でも使用でき、物体や他者の拡大・縮小はできないものの、
  使用者自身だけはかなりの倍率で自在に縮小・復元ができる。≫

 普通なら眉唾と一蹴するものである。
 というのも、STデバイスをはじめとしたST関連機器・技術は、世界的な法整備の前から今日に至るまで、STOによって秘匿・独占されており、STによる直接的な恩恵も、STO関連組織や施設を通さないと、受けられないからだ。
 STOに対する人々からの不満の声、旧来の独占禁止法を唱える知識人からの問題提起などは殆どなかった。
 それは『STという有用で偉大な技術は、使い道を誤れば甚大な被害も起こし得る』と人々が気付き始めていたからでもある。
 未だ短いST産業史に幾ばくか残る血の跡。莫大なメリットを享受するために許容した、尊い犠牲。
 STOによるしかるべき救済があったとしても、それらは世間の記憶に新しい。
 STOが技術を独占・保護することで、世界が受け取る利益・不利益の天秤の傾きは明らかだった。
 世界が諸刃の剣を振るい続けるように、優斗も例の噂が真実であるようにと、淡い希望を抱き続けた。




 続きはPIXIV R18で読めます。(2P目の途中から) 全部で5万字越えですが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18674765