【B-1】配属初日

◯月×日 晴れ
新卒で就職してから早半年。研修期間もようやく終わり、今日はついに希望していた新薬研究部に配属される日です。少し緊張しているけれど、新しい職場がどんなところなのか気になります。
私が勤めているこの神嶺製薬は「働きたい企業ランキング」に常にトップ10入り、「女性が活躍する企業」としても有名な会社です。常に最先端の技術で人々の暮らしに役立つ薬を開発し続けています。私も早く一人前の研究者になれるように頑張りたいと思います!

午前中は研修で使っていた机の整理と清掃を行い、昼食の後はいよいよ新しい職場に配属となります。履き慣れたパンプスの足音を響かせて足早に研究室へと向かいます。
今日から私が配属される新薬研究部は、その名の通り新しい薬の研究と開発が日夜行われていて、その成果は世界中で注目されているんです。つい先日も、人体の傷んだ細胞を高速で治癒させてしまう実験が成功したことでニュースに取り上げられていました。他にも昨年発売した新薬「ファイン2ナ~ル」は、風邪薬の歴史を変えたと言われるほどの効果で、国内だけでなく欧米やアジア圏でも大きなシェアを獲得しました。そんな神嶺製薬の業績を支えている大黒柱がこの新薬研究部であり、もはやこの部署が会社を支えていると言っても過言では有りません。
また、ここはもっとも多くの女性社員が勤めている部署でもあります。バリバリ働く女性研究員って、何だかカッコいいですよね!私も今日は、いつものスーツの上に白衣を着て、既に気持ちは一流研究員です。しっかりと気を引き締めたら、もう一度身なりを整えて問題が無いことを確かめます。深呼吸をしてから、研究室のドアを開きます。

「失礼します!」と元気よく挨拶をしてから室内を見渡すと、沢山の先輩研究員たちが仕事をしています。そのほとんどが白衣に身を包んでいて、研究機関に配属されたという実感が徐々に湧いてきます。それから、やはりというか、評判の通り女性社員がとても多いようです。というより、男の人が一人も見当たりません。ここは女性専用フロアなのでしょうか?

「貴方が夜桜さんですね、待っていましたよ。私は新人教育担当の黒川です。宜しくお願い致します」

柔らかな物腰の先輩が話し掛けてくれました。

「ほ、本日からこちらに配属になります夜桜コヨミです!」
「あらあら、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。仕事に必要な事は私が教えますから、少しずつ慣れていってくださいね」
「はい、宜しくお願いします!」

これからお世話になる黒川先輩はおっとりしていて、とても上品な方のようです。清潔な黒のスーツに白衣を着こなし、端正な顔立ち。艶やかな黒髪は首の後ろで可愛らしい赤のリボンで束ねられ、清楚な女性を演出します。指先には薄桃色のネイルが施され、良く手入れされているのがわかります。化粧は抑え気味で、肌はとても若々しく見えます。私とそんなに歳は変わらないのかもしれません。それなのに表情はにこやかで落ち着いていて、大人の魅力に溢れています。緊張する私をさっそく気遣ってくれるなんて、優しい先輩で安心しました。

挨拶を軽く済ませた後、私は黒川先輩に連れられて部署内を案内して貰い、一通り研究施設の内部を見て回りました。どこも最先端の設備が整っているだけでなく、研究で使用する器具は清潔に保たれ、整理整頓されていました。また、女性社員が多いからか、所々に可愛いお花が置かれていたり、ぬいぐるみなどもありました。

「黒川先輩、私、薬品を作る施設って、何て言うか…もっと堅いイメージがあったんですけど、ここは凄く楽しそうな雰囲気ですね」
「そうですね。研究で結果を出している分、ここは自由が許されていますからね。皆さん活き活きとお仕事をされていますよ」
「ここの研究って色々と注目されてますからね!こういう自由な環境が成果に繋がっているんですね」
「ふふ、注目されすぎるのも苦労するんですよ」
「…そ、そういうものなんですか?」
「それから、皆さんが楽しく働ける理由は、自由なだけじゃなくて、もう一つあるんです」
「え?」
「着きました、ここです」

私は長い廊下を進んだ先の、とある個室に連れて来られました。それほど広くはないけれど、テーブルとソファ、それとお茶菓子が置かれています。ここは休憩室でしょうか。

「夜桜さん、さっそくですが、貴方に最初のお仕事です。今日はとあるお薬の実験を手伝って頂きますね」
「実験…ですか?」
「はい。これから、最近私たちが開発した新薬の治験を行うのです。治験といっても、勿論お薬を飲むのは貴方ではありませんよ。貴方には新薬を投与されたモルモットの管理をお願い致します。とっても簡単なお仕事ですよ」
「わ、わかりました」
「準備をしてきますから、ここで少し待っていて下さいね」

黒川先輩はニッコリと微笑むと、部屋を出ていってしまいました。言われた通り私は、ソファに腰掛けて待つことにします。
モルモットというのは、あの可愛らしいネズミのような動物のことですよね。動物は大好きですから、ちょっと楽しみです。それより、投与される新薬というのがどんなものなのか、そちらの方が気になります。
数分後、黒川先輩が何やら小さな木の箱を持って戻ってきました。

「夜桜さん、お待たせ致しました」

先輩は木の箱をテーブルに置くと、私の横に座って治験の内容を説明してくれました。
現在開発中の薬は、飲むだけで身体を構成する骨や筋肉の強度を増して、怪我や病気になりにくくなる効果があるそうです。極めて効果の高いドーピングといった感じでしょうか。これが、将来的には身体が不自由な方々の生活の助けになるそうです。
そこまで説明をした後、先輩は少し下を向いて「ただし…」と付け加えました。

「夜桜さん、今お話しした新薬の制作目的は、あくまで『表向きの理由』です。…ご存知の通り、ここのお薬は常に世間から注目されています。ですから私たちは、通常以上に情報管理に気を使わなければなりません。特に、今回のような特殊なお薬の開発については『表向きの理由』を用意しておく必要が有るのです。どんなことがあっても、お薬の情報が社外に漏れないようにしなければなりません」
「…は、はい」

先輩がとても真剣に話す様子を見て少し緊張していると、先輩は突然ニッコリと微笑んで、私の顔を横から覗き込んできました。

「…ですが、情報の扱いさえしっかりしていれば、このお仕事はとっても楽しいことばかりなんですよ!ですから、これから私が治験を通して貴方にその楽しさを教えてあげますね」
「は、はい、宜しくお願いします」

先輩はニコニコした表情で楽しそうに、テーブルに置かれた小さな木箱の蓋を開けました。

「夜桜さん、見てください。貴方がこれから管理するモルモットは、これです」
「…え!?な、何ですかこれ!?」

木箱の中を見た私は、自分の目を疑いました。モルモットと呼ばれる小さな生き物は、可愛らしいネズミのような動物ではなく、人の形をしていました。大きさはおそらく2~3センチくらいしかありませんが、ちゃんと服も着ていて、良く見ると私より年上くらいでしょうか?中年より少し手前といった雰囲気のおじさんのようです。何やら怯えた表情でこちらを見ています。

「こ、これ、人形…ですか?まるで生きた小人…とてもリアルというか、本当に生きてるみたいです」
「ふふ、夜桜さん、この方は人形ではありませんよ。今回の新薬を試飲されている、治験の参加者です。身体が小さくなっているのは、私たちが開発した縮小薬の影響です」
「縮小薬!?そんなものがあるんですか!?ということは、この小人って、まさか普通の人間なんですか!?…し、信じられないです…」
「はい、その通り、この方は私たちと同じ普通の人間です。つい最近ですが、物質を小さくする装置を開発中だと話題になったのを知っていますか?あれは『表向きには』物質を小さくすることで、将来的に物流の効率を大幅に改善することが期待できると報道されています」
「そのニュースなら知っています。でも、あれはまだ理論上可能っていうだけで、まだ実用段階には至っていないはずでは…」
「はい。『表向きには』そのように公表しています。ですが、実際には…」

黒川先輩は小人の被験者を指で摘むと、私の目の前に差し出しました。

「このように…新薬研究部では既に実用出来る段階まで来ていまして、飲むだけで生物を小さく出来る縮小薬が完成しているんですよ。ふふっ、驚きましたか?」
「…はい。とてもビックリしています。…でも、人を小さくして一体何をするんですか?」
「ふふっ、それはですね、夜桜さん。私たち自身が『色んなこと』に使うのが目的ですよ」
「…え?『色んなこと』?」
「これが…この会社で楽しく働ける理由の一つです。大きな声では言えませんけどね。うふふっ」

先輩はずっと柔らかく落ち着いた口調なのですが、今、一瞬だけその瞳の奥にドス黒い何かが垣間見えたような気がしました。

「…と、少し怖いことを言いましたけれど、勿論『使う』といっても、それは被験者の身の安全を第一に考えながら行うのが基本ですよ。そのためにこの方には、今回の新薬が投与されているのです。新薬がもたらす耐久性能を確認することが、今回の治験の一番の目的です。縮小薬を同時に投与しているのは、あくまで治験を進めやすくするためですよ」
「そ、そうなんですか…」

まさか、物質を小さくする技術が既に完成しているとは思いませんでした。というより、実際に小さくされた人が目の前にいるのに、まだ信じられないくらいです。

「そ、それで…これから私は何をすればいいんですか?」
「ふふ、準備はすぐ出来ますから、あと少しだけ待って下さいね」

すると先輩は小人の被験者の身体を小さな白い布でくるくると巻き始めました。被験者は頭だけが出ている『簀巻き』の状態になっています。治験とは、被験者の身体をあんな風に動けなくして行うものなんですね、初めて知りました。被験者が何か叫んでいるようですが、先輩が優しい声で応えます。

「大丈夫ですよ、少し窮屈かと思いますが、我慢して下さい。すぐに慣れると思いますから。ふふっ」

先ほど少しだけ先輩の表情が恐ろしく感じましたが、それは気のせいだったかもしれません。小人となった被験者にも優しい言葉で接しているようですし、改めて見たら、ニコニコしたいつもの黒川先輩でした。
被験者が大人しくなったのを見届けると、先輩は私の前にしゃがみこんで再び説明を始めました。

「この神嶺製薬はとても自由な職場で楽しく働ける環境ではありますが…一日中研究をしていたら疲れることもありますし、ストレスだって溜まります。研究所内をあちこち動き回れば汗もかきますし、当然身体も汚れてきます。それなのに、薬品の開発実験は長時間デスクから離れられないことも多くあります。中には何日も会社に泊まり込んで作業するなんてことも珍しくありません。そうなれば女子にとっては身だしなみが気になってしまうものですよね。そんなとき、この小人が役に立つんです。今回は、そんな働く女性のための実験です」

そう言うと、先輩は「簀巻きの小人」を私に見せつけながらニッコリと微笑みました。

「治験の内容についてですが、貴方には、今からこれを『使って』新薬の効果を体験して欲しいんです」
「…え?『使う』って、その小人をどうするんですか?」
「夜桜さん、貴方は今日…午前中はほとんど休まず清掃作業で身体を動かし…その後も、午後は私と部署内をずっと歩き回っていましたよね。それでしたら…かなり蒸れているんじゃないですか?そこ…」

先輩は私の足元を指差して意地悪そうにこちらを見てきます。私が恥ずかしそうにうつむいていると、突然「ちょっと失礼しますね」と一言断りを入れてから、ニコニコしながら私のパンプスを脱がしてきました。

「な…何してるんですか先輩!」
「あらあら…これは予想以上に蒸れていますね。それもじっとりと…ストッキングがこんなに湿るほど…」
「み…見ないで下さいぃ…私…凄く汗をかきやすくて…足は特に…それに、臭いも凄いですから…」
「それでしたら…なおさら丁度良いですね。では、これはここで『使う』ことにしましょう」

そう言うと、先輩は手に持っていた小人を今脱いだばかりの私のパンプスの中にポイッと放り込んでしまいました。

「…え!?」
「さあ夜桜さん、履いてください」

突然、先輩が信じられないことを言ってきました。被験者を入れたパンプスを履くなんて…小人とはいえ、男の人に足の臭いを嗅がれるなんて恥ずかしすぎます!それに、パンプスを履いてしまったら、中で被験者を踏み潰してしまうかもしれません。大丈夫なんでしょうか?

「あの…先輩、ホントに良いんですか?いくら何でも…人が入った靴を履くなんて…」
「夜桜さん、今回の治験はこういうものなんです。被験者も了承の上ですから、気にせず履いてください。貴方の仕事は、新薬の効果を調べるためにこの小人を『消臭剤』として使うことです。問題は有りませんから、安心して履いてください」
「わ…わかりました…」

新薬の治験のためとはいえ、小人にされた上に女の子のパンプスの中に入れられた被験者。しかもそのパンプスは、朝から私が一日中履いていて相当蒸れているはずです。この方は今、どんな気持ちなのでしょうか?どんな臭いがしているのでしょうか?でも、これが『了承済み』だなんて…この方はどうしてこんな治験に参加したのでしょうか。治験のアルバイトは高額報酬が魅力らしいですが、それでもさすがにこれは、私にはちょっと理解が出来ません…

「あ、あの…被験者の方…今から履きますけど…臭かったらごめんなさい…」

何となくパンプスの中に声を掛けてみましたが、返事は聞こえませんでした。仕方なく、ストッキングに包まれた右足をゆっくりとパンプスに入れていきます。なるべく被験者の方を怖がらせないように、ゆっくりと、ゆっくりと。
ただ靴を履くという動作がこんなに緊張するのは初めてです。パンプスの中、たった二十数センチの距離を、私の足は慎重に慎重に進んでいきます。やがて奥まで足が入っていくと、つま先に何か触れた感触が有りました。被験者に間違いありません。逃げ場の無い窮屈なパンプスの中、彼は今どんな気持ちで私の足を眺めているのでしょうか?
そのまま私はなるべく足指を上げ、パンプス内で天井を擦るようにして足を入れていきます。被験者が指の下に入るようにするためです。こうしないと、被験者がパンプスと指の間で潰れてしまうからです。これが、わたしに出来る最大限の配慮でした。そしてようやくかかとまでスッポリとパンプスに足が収まり、履き終わりました。

「あ、あの…履けました…」
「ふふっ、どうですか?初めて小人を『使う』気分は…」
「えっと…まだ、よくわかりません…靴の中がヘンな感じです…」

右足のパンプスの中、被験者の感触を確かめようとクニクニと指を動かしてみます。すると、指の下にはストッキング越しに小さな異物の存在が感じられます。布で簀巻きにされ、唯一露出していた被験者の頭が、親指と人差し指の付け根くらいにあるのがわかります。その小さな頭がちょこちょこと動いています。
就職活動を始めた一年以上前からずっと履き込んでいる黒のプレーンパンプス。今日も朝から一日中履き続けて、中はとっても汚れて蒸れています。そのパンプスの中に放り込まれ、そのまま履かれた被験者。汗がじっとり染み込んで、きっとすっごく臭いであろうストッキングのつま先の下敷きとなり、強制的に臭いを嗅がされている。元々は普通の人間だったはずなのに、その彼を今、私はパンプスの中に監禁して消臭剤として使っている…足指で踏みつけ、強制的に足の臭いを嗅がせている。恥ずかしさだけじゃなくて、何かよく分からないヘンな気持ちになってきます。

「靴の中が気になりますか?でも大丈夫ですよ、異物の感触なんて履いているうちにすぐ慣れますから。それより、その被験者が蒸れた足の臭いを全て吸い取ってくれると思えば、有り難いと思いませんか?」
「は…はい。もともと私、足の臭いが結構キツくて気にしていたので…」
「ふふっ、初めのうちだけは、なるべく踏み潰さないようにしてあげて下さいね。彼は一応、大切なモルモットですから。勿論、なるべく…で構いませんが」
「はい、わかりました…」

被験者の方をモルモットだなんて。ここではそう呼ぶのが普通なのでしょうか?不思議がる私をよそに、先輩は被験者を入れていた木の箱を手際よく片付けました。

「では、次の仕事場に向かいますから、ついてきてください」

そう言うと足早に部屋を出ていってしまう先輩。私もすぐ後に続きます。ただし、右足のパンプスの中にいる被験者を踏み潰さないよう気を遣いながら。これは何だか不思議な感覚です。右足を踏み下ろす時は指は地面に着けないようにしてあげるのです。そうすることで、その下にいる被験者が潰れないようにしてあげます。少し歩きづらいですけど仕方がありません。大切な被験者…モルモットを、治験が始まって早々に踏み潰すわけにはいきませんから。
先輩に続いてしばらく廊下を歩いていくと、今度は階段を上るようです。ここでもまた、右足には細心の注意が必要になります。階段に差し掛かると、まずは被験者が入っている右足を上げ、一段上ります。そして次は左足。この時、必然的に右足のつま先に体重が掛かりそうになります。気を付けないと、うっかり被験者を踏み潰してしまいそうになります。慎重に慎重に。一段一段、階段を上っていきます。
そして階段を上りきった先の廊下をしばらく歩くと、『薬品保管庫』と書かれた部屋に通されました。部屋の中には沢山の段ボールが乱雑に置かれています。

「夜桜さん、ちょっと力仕事になってしまうのですが、少しここを片付けるのを手伝って頂けますか?」
「はい、わかりました」

先輩の指示のもと、段ボールに入った薬品を取り出して、次々と棚に並べていきます。一つの箱が終わったら、また次の箱へ。軽いものから重いものまで、沢山の荷物を運びます。重い物を運ぶときは、つま先の被験者が潰れてしまわないか心配になります。それでも、右足の指は絶対に地面に着けないようにひたすら我慢し続けました。





あれからどれくらい作業を続けたでしょうか。被験者を気遣って右の足指を地面に着けないようにしていましたが、徐々に疲れてきました。また、忙しなく働いている内にパンプスの中の事なんか考える余裕が無くなってきてしまいます。

「その箱は、棚の一番上に置いてください」
「はい、わかりました」

先輩に指示され、棚の上に箱を持ち上げようとしたときでした。箱を持ち上げると同時に私は少しバランスを崩してしまい、そのとき無意識につま先で踏ん張ってしまったのです。おかげで転倒は免れましたが、普通につま先立ちをしてしまいました。当然、パンプスの中にいる被験者は足指の下敷きです。とうとう、踏み潰してしまいました…

「あっ!」
「夜桜さん、どうしましたか?」
「あ、あの…ちょっと今、つま先に体重を掛けてしまって…被験者が潰れていたらどうしよう…」
「あらあら、まさかあれからずっと体重を掛けないように気遣ってくれていたんですか?…夜桜さん、貴方は優しいですね。もし気になるのでしたら、パンプスを脱いで確認してみてはいかがでしょう?」

そう言われて、私は恐る恐る右足のパンプスを脱いでみました。パンプスを手に取り逆さにしてみると、中から『簀巻きの小人』がコロコロと落ちてきました。それを手のひらで受け止めてみると、小人はグッタリとしていました。それもそのはずです。あれから一時間近く、忙しく動き回る私のパンプスの中にずっと入っていたんですから。それに先ほど、無意識のうちに全体重を掛けて踏み潰してしまいましたから…幸い身体は潰れていないようですが、先輩に見せて問題がないか確認してもらいます。

「あの…先輩。だ、大丈夫でしょうか?」
「ふふっ、新薬の効果が出ているみたいですね。大丈夫です、少し疲れているようですけれど、ちゃんと生きていますよ。これならまだ十分使えます」
「ホントですか!?良かった~」
「それより、臭いの方はどうですか?まだ臭いですか?」

先輩にそう言われると、私は少し恥じらいながらパンプスの中の臭いを嗅いでみました。すると驚くことに臭いが少し改善されていました。

「え!?凄い、少しですけど、臭いが取れてます!まだ完全ではありませんけど、何も使ってない時よりは全然マシです!良いですね、コレ!」
「そうですか。やはりこれは、思った以上に使えますね」
「これがあれば、足の臭いを気にしなくて良くなるかもしれませんね!」
「ふふっ、そうですね。それでは、今度は左足に入れてみて下さい」
「はい、わかりました!」

僅かとはいえ、昔から気にしていた足の臭いが取れたことで、私は上機嫌になっていました。すぐさま左足のパンプスを脱ぐと、小人を中に入れました。靴の中から疲れた表情でこちらを見上げている被験者。何か訴えているようですが、声が小さすぎて聴こえません。そもそもこれは治験ですし、被験者も了承しているわけですから、我慢してもらうしかありません。私はパンプスを縦にして、小人を先端に転がしました。奥に入ったことを確認すると、何となく、中の臭いを嗅いでみました。

「うぅ…酷いニオイ…」

その様子を見ていた先輩が、楽しそうに微笑みます。

「うふふ、夜桜さんって面白い娘ですね」
「わ、笑わないで下さいよぅ…私は真剣に悩んでるんですから…」
「ふふっ、でも今は優秀な消臭剤がありますから、悩みは解消したも同然ですね」
「はい…パンプスの中の小人さん、今度は左足の消臭、頑張って下さいね。では、履きますね!」

パンプスを床に置くと、左足をゆっくりと中に入れていきます。また小人が足指の下になるように丁寧に、しっかりと履きます。

「これで良しっと!じゃあ先輩、片付けの続き、やっちゃいましょう!」
「はい。…そういえば夜桜さん、先ほどはつま先に体重がかからないようにされていたみたいですけれど、今度は普通にしてみて下さい。これは治験ですから、何度も体重が掛かっても問題が無いか、その耐久性も確認したいので」
「…あ、はい、わかりました!」

左の足指の下にあるわずかな異物感。それが人間だとわかっていながらも、今度は躊躇せず普通に体重を掛けてみます。先ほどつま先立ちで踏みつけてしまったのに潰れなかったので、おそらく普通に踏んだくらいでは問題無いのかもしれません。新薬の効果って凄いですね。
そして、またしばらく先輩の指示に従いながら片付け作業を進めていきました。今度は普通に、つま先にもしっかりと体重を掛けて。左足が地面を踏みしめるときは足指の下に多少の異物感が有りましたが、それは最初だけで、徐々に慣れていきました。
薬品保管庫の片付けが終わる頃には、私はすっかり左足の被験者の存在など意識することは無くなっていました。





あれから数時間、散らかっていた薬品保管庫が随分と綺麗に片付いて来ました。

「…後はそれをそこに仕舞えば、終了です」
「…はい、これで全部、ですね。…はぁ~、久しぶりに身体をたくさん動かして、良い運動になりました」
「ふふっ、そろそろ定時になりますから、今日のお仕事はここまでですね。お疲れ様でした」
「はい、お疲れさまでした!」
「それで夜桜さん、この後のご予定ですが…今日の新人歓迎会は来られますか?」
「はい、もちろん行かせていただきます!」
「そうですか、では少し休憩したらすぐに出発しましょうか。あ、でもその前に…」
「その前に…何でしょうか?」
「『それ』がどうなったか、見せていただけますか?」

そう言うと先輩は私の左足を指差してきました。

「あ、被験者の方ですね?…あはは、すっかり靴に入れたこと忘れてしまってました」
「まぁ、夜桜さん、先程はあんなに靴の中を気にされていたのに、もう慣れてしまったんですか?中々見所がありますね、うふふふふ」

楽しそうに笑う先輩に私も笑顔を返しながら、左足のパンプスを脱ぎます。そして手のひらの上に被験者を出してみました。驚いたことに被験者は全く潰れておらず、ちゃんと生きているようでした。配属初日から大切な被験者にケガでもさせてしまったらどうしようかと少しだけ不安がありましたが、それは完全に払拭されました。
しかし、その小さな身体に巻き付けられた白い布は、私の足指から出た汗や汚れで薄黒く湿っていました。ぜいぜいと苦しそうにこちらを見上げる小人の顔は怯えており、かなり衰弱しているみたいでした。それも仕方の無いことです。いくら身体の耐久性を向上させる新薬を服用しているからといって、パンプス内の環境は私の想像も及ばないほど過酷だったはずです。たくさん汗をかいて蒸れてて…汚れたストッキングに包まれた私の足指。その下で、踏み潰されていたのですから。それも、私が忙しく動き回っている間じゅうずっと…何時間も。むしろそんな環境で生きていられることに驚きを隠せません。やっぱり神領製薬の薬は凄いですね!

「あの…先輩、これ…」
「あらあら、あれだけ長時間使ったのに、しっかり生きていますね、上出来です」
「私、その人を左足のパンプスに移してからは、ずっと普通に踏んでいました。本当に大丈夫なんでしょうか?」
「夜桜さん…貴方が『それ』を踏んだのは私の指示に従っただけです。何も気にすることはありませんよ?それに先程も言いましたが、これは新薬の治験なんです。この通り、被験者も無事みたいですし」
「そうですか…では、治験はこれで終了ですか?」
「…いいえ、薬の効果は数週間は持続しますから、まだまだこれからです。ですから夜桜さん、『それ』はもうしばらく『使って』あげてください」
「…は、はい!わかりました」
「うふふ、それより…臭いの方はどうですか?しっかり消臭出来ていますか?」

先輩に促されると、私は今脱いだばかりのパンプスの臭いを恐る恐る嗅いでみました。

「…わぁ、凄いです!さっきはあんなに臭かったのに、臭いがかなり取れてます!」

私が嬉しそうに報告すると、先輩も優しく微笑んでくれました。

「あの…先輩、この被験者はこの後も『使って』良いんですよね?今度はまた右足に入れたいです」
「勿論、構いませんよ。右足はあれから臭いが溜まっているかもしれませんからね」
「あっ!酷いです先輩!いくらなんでも、そんなにすぐは臭くなりませんよぅ!」

などと言いながら、私は左足のパンプスを履き直した後に右足の方を脱ぎ、臭いを嗅いでみました。

「う、うぅ…」
「あらあら、そんな涙ぐんで…まさか夜桜さん…」
「私…足はホントに臭いんです…たった数時間でこんなに…先輩、誰にも言わないで下さいよ?」
「勿論誰にも言いませんよ。というより、足が臭くない女の子なんていませんから、気にしなくて良いと思いますよ?問題はその対策をどうするか…です」

先輩は、黒く艶やかなハイヒールの右足をプラプラと揺らしてみせました。

「…あの、黒川先輩、つかぬことをお訊きしますが、もしかして先輩も…臭いんですか?足…」
「ふふっ、気になりますか?…実は私も、足の臭いは相当酷いですよ。…ですが、しっかりケアしていますら問題は有りません」
「ケアって、もしかして先輩も小人を使ってるんですか?」
「勿論です。実は治験を受けている小人は他にも大勢いらっしゃいまして、私も昨日から『新品』を使っています」

そう言うと、先輩は上品に椅子に腰掛けると、両足のハイヒールを脱いで足裏を見せてきました。肌色のストッキングの足裏をこちらに向けると、クニクニと指先を動かしています。

「やはり靴を脱ぐと気持ちいいですね、うふふ」

先輩も私と同じように靴の中で小人を『使って』いるのかと思い、脱がれたハイヒールの中を覗き込んで見ましたが、中には何もいないようでした。でも先ほど先輩は確かに『新品』を使っていると言っていました。ということは、つまり…

「まさか黒川先輩…小人を、ストッキングの中に…?」
「ふふっ、察しが良いですね。臭いが気になる両足のつま先で、それぞれ一匹ずつ使用中です」
「そんな使い方もあるんですね!それに…私だけじゃなかったんですね、足の臭いを気にしていたのは…」
「うふふ、ご覧の通り、私のストッキングも汗でじっとりと汚れています。臭いは働く女性の敵ですからね。ここで働く女の子は皆、『どこかしら』で小人を使っていますよ」

そう言われて先輩の足裏をよく見てみると、先輩のストッキングも私と同じように汗でじっとりと湿っており、薄黒く汚れていました。それと、肌色のストッキング越しにうっすらと…足指の辺りに小人のようなものが透けて見えました。

「小人の替わりなんていくらでもいますからね。貴方もそのうち、もっと沢山のモルモットを使うことになると思いますよ」

そう言うと先輩は、脱いでいたハイヒールを優雅に履き直しました。もちろん、両足のストッキングのつま先に小人を入れたまま。『彼ら』は為すすべなく、先輩のハイヒールの中へと消えていきました。治験のためとはいえ、小さな命を当たり前のようにストッキングの中で使う先輩のその美しい姿に、私は少し見とれてしまいました。

「…さあ、この後は貴方の歓迎会です。準備をしてお店に向かいましょう」
「…は、はい!」





私には『足の臭い』というコンプレックスが有りましたが、この職場であれば気にしなくても大丈夫そうだとわかり、正直安心しました。先輩も優しい人ですし、早く一人前になれるよう頑張ろうと思いました。
私はくたびれた被験者を右足のパンプスに放り込むと、再びしっかりと履き直しました。ストッキング越しに感じる小さな命。それは親指と人差し指の間くらいの『一番臭いが気になるところ』でまた頑張ってくれるでしょう。本当に、被験者の方には頭が下がりますね。
こうして私は配属初日の仕事を無事に終え、その後、沢山の先輩たちに歓迎されました。金曜日だったこともあり、美味しいゴハンを食べた後はカラオケに行きました。皆で歌って踊って…大いに盛り上がり、気付くと朝になっていたことはヒミツです。その間パンプスはずっと履きっぱなしだったのですが、臭いの方は最小限に抑えられたような気がします。右足と左足、数時間おきに優秀な『消臭剤』を入れ替えて使いましたから。小人さん、本日の治験、ご苦労様でした。
ただ…少しハードなスケジュールにはなりますが、実は今日はこの後、お昼過ぎからお友達と遊びに行く予定があるんです。オール明けで眠いけど、少し仮眠を取れば私は大丈夫です!ですから小人さん、もう少しだけ、パンプスの中で頑張ってくださいね!黒川先輩のお話では、治験は最低でも一週間は続くそうですから、これからも、宜しくお願いしますね!