[T.K.B.C.]_01

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   る可能性があります。18歳未満の者が以下の文章を認識することを禁止します。
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「ぷはぁ」

 よく晴れた夏休みの午後。俺は小さな公園の木陰にあるベンチに寄りかかり、カフェ・
オレで喉を鳴らしていた。十数分前までは近所のゲームセンターで見知らぬ人間と対戦を
楽しんでいたのだが、ゲームに敗北したのと喉が渇いたのを理由にゲーセンを出て、近く
にあるコンビニでこれを購入したのだ。カフェ・オレの形式は紙パックの容器に入ってい
る500mlタイプのもので、これは缶のものよりもコストパフォーマンスが高いので大
変気に入っている。同じ紙パックでも1リットルのものの方がコストパフォーマンスは高
いのだが、それは一度に飲み切れないので選択肢から外さざるを得なかった。

 喉が寂しくなって、またパックの中身を吸った。それとほぼ同時に風が吹いてきて、体
を撫ぜていった。涼しい。
 風はすぐに止み、また皮膚に汗がじわじわと染み出してくる。暑い。でも、嫌な暑さで
はない。そこら中で怒鳴り散らしているセミ共の声も心地良く感じられる。
 夏は冷房を効かせた部屋に閉じ篭りがちだが、こうやって木陰で涼むのも悪くないと思
う。雨が降った後は薮蚊が飛んでいたりもするので油断はできないが。

 空を見上げると、明るい白色の雲がゆっくりと流れていくのが見えた。眩しい太陽が視
界に入らないように首を傾け、少しの間空を眺めていた。夏の空は良い。海だ、山だと言
う前に、まずは空を楽しむべきだろう。
 かくいう自分も夏休みの間はバイトかゲームセンターに行くという目的でも無い限り、
家から出る必要が無く、こうして空を見上げる機会など殆ど無い。一つの目的に突っ走る
だけという暮らし方は、少し勿体無いのかも知れない。

 などと考えている内に紙パックの容器も大分軽くなってきた。戦地に戻るべく、容器の
中身を最後まで吸引した。すると、美しいとは言い難い音が辺りに響いた。ストローを使
って飲み残しを少なくしようとすると、ついついこういう下品な音を立ててしまう。幸い
近所に人はいないようだったが、次回から気をつけなければ恥ずかしい思いをしかねない。

 もはや空と言っても過言ではなくなった容器を捨てるべく、公園内のゴミ箱を目で探し
た。すると、意外なものが目に入った。制服姿の、二人の女子生徒だった。夏休み中だと
いうのに制服姿であることが意外だった。制服の作りからしておそらく高校生あたりだろ
う。部活動の帰りか何かで公園に寄っていたのだろうか。

 あちらさんは俺に見つけられたことを、明らかに察知していた。立ち尽くしたままこっ
ちを見続けている。俺は豪快な音を立てて紙パックをすすっていた事を思い出し、気恥ず
かしくなって別の方向へ顔を逸らした。

 数秒の時を経て気持ちが落ち着いたので、再び公園内のゴミ箱を探すべくベンチから立
ち上がった。その時突然、背後から声を掛けられた。

「ええと、すみません」

 若い女の声だった。俺は身を硬直させた。右手で持っていた紙パックが手から滑り落ち、
地面で軽い音を立ててバウンドした。

 その場で振り向くと、いつ近付いてきたのか分からないが、先ほど目に入った女子生徒
の一人が立っていた。美しい顔立ちの少女だった。西洋諸国の者達ほどではないが彫りが
深く、それと東洋人特有の丸みが調和している美人である。背は160cmほどで華奢な
体つきをしていたが、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいた。“モデ
ル体型”という言葉が頭に浮かんだ。長いストレートヘアーが風に揺れていて、木々から
落ちた光と影が、彼女を神秘的な雰囲気で包み込んでいた。

 おそらく連れであろう、ショートカットに髪を整えた少女は、10mほど離れた場所か
ら落ち着かない様子でこちらを見ている。

 これはいわゆる逆ナンパというやつだろうか。いや、そんなはずもない。馬鹿げた考え
だ。俺は異常に長身なだけでハンサムでもない。こんな美人が女に縁の無い俺を誘うはず
も無い。だとするとあのショートカットの子が俺に……というのも無さそうだ。

「はい?」

 不埒な事を考えながら返事をして後悔した。あまりにも間抜けな声だったためだ。友達
が聞いたら身内の間で延々とネタにされそうなくらい間の抜けた声だった。しかし、少女
は俺の返事にくすりとも笑わず、
「今、お暇でしょうか?」
と落ち着いた口調で尋ねてきた。心臓が飛び跳ねた。ちょっとした馬鹿な考えに、本格的
な期待をし始めていた。

「ええ、まあ、暇って言えば暇ですけど……」

 年下であろう少女に対して、バイトの時の癖でつい敬語で返事をしてしまった。気恥ず
かしくなって照れ笑いする俺に、少女はにっこりと微笑んだ。その微笑に、無毛の心臓が
ばくばくと激しく鳴り出した。まるで心臓破りの坂を駆け上がった時のように。

「嬉しいです」

 そう言って少女は胸ポケットに右手を忍ばせた。そこから引き出された物体は、とても
小さな、しかし鈍く光る銀色の銃のような物体  ——物体を構成しているパーツの一つ
一つが丸みを帯びていて、ところどころに赤や青のラインが入った、まるで80年代のS
F映画に登場する光線銃のような形——  だった。先端には銃口が無く、代わりにパラ
ボラを幾重にも重ねた形をしたものが付いていた。

「へ? それは?」

「少しお相手して下さいね」

 問いかけはスルーされた。少女は笑顔のまま手元の得物を俺に向けて構え、引き金に指
を這わせた。

「ちょ、ちょっと!」

 指の動きに危険を感じてすぐに身をかわそうとしたが、時既に遅く、物体の先端がぱっ
ときらめいた。俺の視界は彼女の得物の先端から放たれた、太陽光線の数倍は明るい強烈
な光でいっぱいになった。

「うわっ!」

 腕で目を庇おうとしたが、既に放たれていた光によって網膜を焼かれてしまった。その
驚きと視力の喪失のダブルパンチでよろめいた俺は、足をもつらせて地面へ倒れこんだ。
すぐに立ち上がろうとしたが、視力が殺されているのと体を襲う震えのためにうまく動く
ことができなかった。

 戦慄していた。
 この状態では彼女達の思うが侭だろう。甘い考えで判断を鈍らせたことを後悔した。

「な、何をするんだよっ!」

 威勢良く叫んでも無駄なことなのは分かっていた。しかし、今の俺にできることは、這
いながら少しずつ移動する事と、声で相手を威嚇することだけだった。

「金なら持っていないからな!」

 情けないことを大声で叫びながら這い続けている内に、なにやら壁のようなものに突き
当たった。未だ目の前は殆ど見えない。壁の表面はひやりとしていて冷たく、結露してい
るのか僅かに濡れていた。壁の幅は広いらしく、這えども這えどもその触感が途切れるこ
とはない。果たして、この公園の敷地内にこんな壁があっただろうか。少し考えて、そん
なことよりも今は身の安全を確保するべきだということを思い出した。

 相手には俺が怯えていることが手に取るように分かるはずだ。目さえ見えれば……。

「一体何が目的で……おい、聞いているのか!?」

 少女がいると思われる方向を振り向いて問い掛けた。しかし返事は無い。この場に自分
以外の誰かがいるという気配さえ感じられない。もしかしたら、もういないのかも知れな
い。俺は単に悪戯をされただけなのではないだろうか。単なる悪戯に慌てているのだとし
たら、今の俺は相当格好悪い。

 時が経つにつれ、徐々に視力が戻ってきた。膝をさすりながら立ち上がると、未だ終わ
らない壁に何か、大きな文字が書いてあることに気が付いた。目を凝らして見ると、
(熱、量、カ、ル、シ、ウ、ム、た、ん、ぱ……)
 漢字やカタカナなどが左側に90度寝た状態で羅列されていた。この壁は一体なんなの
だろう。つい最近、どこかで見かけたはずなのだが、うまく思い出せない。

 混乱している俺の背後で突如、何かが爆発した。爆風で吹き飛ばされ、目の前の壁に激
突した。壁にぶつかっただけでは済まず、背中にはどこからか飛んできた細かい礫がいく
つもあたり、激痛に思わず悲鳴をあげた。

「ぐあっ!」

「あはは、何をぼーっとしているんですか?」

 後方の、とても高いところから、あの長髪の少女の声が聞こえてきた。

 声がした方に注目して、俺は言葉を失った。

「あ、あ、あああ」

 目に映ったのは、地元にあるどんな高いビルよりも高くそびえ立つ、長髪の少女の姿だ
った。超巨大な少女は先ほどと変わらぬ笑顔を浮かべながら、こちらを見下ろしていた。

「軽く足をおろしただけで、吹き飛んじゃうなんて思いませんでしたよ。カフェ・オレの
パックよりも軽いんですね」

 信じられない発言だった。背後で何かが爆発したわけではなく、この少女が足を下ろし
ただけだというのだ。

「何が起こったかまだわかっていないみたいですね。まぁ、その内理解できると思います
けど」

 俺を見下ろしながら少女はくすくすと笑い、後方を振り向いて、

「成功したよ。おいで」

 と誰かに合図を送った。すると、遠くの方で何かが地面にぶつかる音がした。炸裂音と
もとれるそれは連続し始め、だんだんと大きくなり、ついには地面に揺れを感じるまでに
なった。爆音と激しい揺れを伴いながら、それはやってきた。長髪の少女と同じような大
きさをした、ショートカットの少女だった。

 頭がおかしくなりそうだった。


01. —— 口にできない甘いものは、遠慮しておくべきだった。 ——     了


                                   02に続く