鉄ちゃんのスパルタ教育



 首都圏の通勤・通学を支え、また時に行楽客を遠くにも運ぶJR各線。今朝も満員の通勤客を乗せひっきりなしに電車が動いている。ところが今朝は抜き打ちで行われる『あの日』であった。

『おはようございます、今日は特別監査の日です。皆さん宜しくお願いしますね♪』

 可愛らしい声の持ち主は特別監査員と称して鉄道が安全に、そして正確に運行されているかを不意打ちで確かめる業務を担い、「鉄ちゃん」と呼ばれている。JRの物とは違う制帽、制服。そして何より丈が膝よりずっと上のミニスカート。一見するとコスプレにしか見えないが誰も彼女の業務?にケチをつけることなど出来ない。何故なら彼女の身長は50メートル程もあり、少しでも彼女の機嫌を損ねようものならたちまち「指導」が入るからだ。なので鉄ちゃんが業務を行う日には乗客も駆け込んだり駅構内で歩きスマホなどせずマナーよく電車に乗るのだった。

『午前7時、特別監査開始します♪』

 東京駅の赤煉瓦に腰をかけ、次々到着しては発車していく電車を眺める鉄ちゃん。このまま何もなければ…と言いたいところだが早速トラブルが発生してしまった。

午前7時15分、寝台特急サンライズ号が5分以上も遅れて東京駅に到着しようとしていた。当然鉄ちゃんが見逃すはずもない。

『そこの電車、遅れていますよ!』

 ドスンッ、と巨大なパンプスを線路に置き、サンライズ号を強制停車させる。入線に向けて減速していたとはいえ先頭車両は横転してしまった。その先頭車両を持ち上げ、運転士に尋問を始める。

『どうして遅れたんですか?』
「よ、夜の近畿地方でのダイヤ乱れを回復しきれず……」

 運転士が必死に弁解を行う。そもそもこの運転士は近畿地方から乗務している訳ではないので無実のはずなのだが鉄ちゃんに言い訳は通用しない。

『遅れるとお客さんが困っちゃいますよ?ダイヤは守ってくださいね♪』

 そう言うと手に持っていた先頭車をグシャッと握りしめてしまった。そして残りの車両も次々と踏み潰していく……しかしその横をまるで何事もなかったかのように通過する山手線と京浜東北線。もし彼女に気を取られて東京到着が遅れようものなら自分達も同じ運命を辿ってしまう。乗務員も乗客も真横の惨状に目を背けながら定着をただただ祈るしかなかった。

『上野東京ライン、運転終了です♪』

 早くも失格の烙印を押された上野東京ラインはこれ以上の運行できないようにホームや止まっていた普通電車も全て踏み壊されてしまった。そして再び他線のチェックが始まる。

 次にトラブルを起こしてしまったのは中央線快速電車だ。神田を少々遅れて発車したオレンジの電車は東京定着を気にし過ぎたあまりに安全装置、ATS-Pのパターンに引っかかってしまい止まってしまった。

『おやおや、安全を怠るのが一番良くないんですよ?』

 自分が安全意識を阻害している最大の障害だというのを棚に上げてまたしても叱責が入る。

『信号は守ってください。中央快速線、運転終了です♪』

 上野東京ラインに続いて中央快速線まで彼女に終了宣告を受け、電車やホームは無惨にも踏み潰されてしまった。

 直接目の届かない地下ホームはノートパソコンに映されたモニターによって監視している。すると思わぬハプニングが発生した。総武横須賀線の地下ホームにて、駅に入線した電車の速度が速すぎて地下駅の構造故にホームで電車を待っていた女性客のスカートを捲り上げてしまった。顔を赤くしてスカートを押さえつける女性。付近の男性客は見ていない…いや、例え視界に入ったとしても表情一つ緩めることなど許されない朝ではあったが鉄ちゃんの目は誤魔化せない。インカムマイクを使って地下ホームに宣告する。

『駅侵入速度に注意してください、総武横須賀線も運転終了です!』

 先程より強い口調で宣告すると彼女は丸の内口の駅前広場に思い切り脚を踏み下ろした。すると総武横須賀線の地下ホームが衝撃で崩落し、踏み抜かれた新型の電車はもちろん隣のホームで出発を待っていた成田エクスプレスも瓦礫に埋もれてしまった。

 午前8時、鉄ちゃんのイヤホンに無線が入ってきた。

「新橋駅にて車内迷惑行為発生。」

 最も恐れていた監査日の輸送障害。それも迷惑行為となると鉄ちゃんが許すはずもない。

『そんなことは鉄ちゃんが絶対に許しません!』

ズシンズシン……有楽町駅や線路を走っていた山手線京浜東北線を蹴散らして鉄ちゃんが現場に急行する。トラブルに関係のない電車も駅も連帯責任で鉄ちゃんによって破壊されていく。
 新橋に着いて駅員から話を聞くと京浜東北線南行電車で痴漢が発生したようだ。女性の敵である卑劣な犯罪など決して許されない。

『痴漢は、絶対に、許しません!!』

 鉄ちゃんは南行電車の連結部を一つ一つ引き剥がすと一両ずつ摘み上げては思い切り握りつぶし、犯人を乗客諸共徹底的に制裁していく。10両全てを握り潰したところで駅員が恐る恐る彼女に注進した。

「あのぅ……犯人は鉄ちゃんさんが来る直前に北行の電車に乗り込んで逃げてしまったんです……」
『それを早く言ってくださいよー、でも北行電車はここに来る途中で当たっちゃったので多分大丈夫ですね♪』

 冤罪によって大勢の犠牲者を出してなおケロリと答える鉄ちゃんだったが運転終了とは明言せずとも2線とも事実上運転を継続することは不可能だった。

 8時50分、ようやく監査の終わりが見えてきた頃にまたしてもトラブルの報が入ってきた。今度は新幹線の指定席を巡るトラブルだ。どうやら最後尾の車両で指定券を持ってるにも関わらず不正に乗り込んだ乗客が退いてくれないようだ。

『不正乗車は犯罪です!』

 そう言って新幹線を指で押し潰す。屋根を突き破り当該座席に居座っていた者を座席諸共押し潰してしまった。

『車掌さん、正しい券を持っていた人にサービスしてあげてください♪』
「か、かしこまりました…ではお客様、こちらへ…」

 そうして元々の乗客は先頭車の最上級シートへ案内された。しかしこの騒動で出発が3分遅れてしまっている。それ以前に後尾車に穴が開いた以上発車することなどできない。しかし鉄ちゃんの手にかかってしまうとそんなこともお構いなしだ。

『発車お手伝いしますので頑張って遅れを回復してくださいね、出発進行♪』

 するとまるで玩具のように車体を掴んで車両を強制的に滑り出させてしまった。戦闘機のような加速度で都内で国内最高速を上回る速度を出した新幹線は最初の停車駅に着く前に勾配に耐えきれず浮いてしまい全ての車両が線路から放り出されてしまった。

 午前9時、ようやく2時間に亘る特別監査が完了した。

『監査は終了です。皆さんお疲れ様でした♪ これからも安全・正確な運行に努めてくださいね♪あ、そうそう不合格路線は1週間以内に再発防止策を纏めて運行再開してくださいね♪』

 そう言い残して彼女は何処かへ消え去ってしまった。安全の歴史は事故の歴史。彼女は身をもってそれを我々に教えてくれるのであった。そして翌朝、今度は大阪駅で特別監査を始めるのであった………