「はっ」
気がつくと俺は再び真っ白な世界にいた。死後の世界。
「乳魔のおっぱいを飲みすぎて、思考力を失い、精神的に死亡。うつくしい兄妹愛ですね。」
いつものように微笑んでいるが心なしか冷たい視線を感じる。
「ですが、エリックの尊い犠牲のおかげで、魔王は釘付けになっています。あのまま抜け殻となったエリックに喜んでおっぱいをあげ続けるでしょう。これでグッティーのロックが外れ、彼の運命は再び開かれることになりました。」
あの子の方も魔王なのか。銀髪の淫魔と金髪の乳魔は別人だと思っていたが、どちらかが、おそらく恵那が選んだほうが魔王になるのか。そして、乳魔のほうがこちらに来ると、銀髪の方はこちらに来られなくなる、と。
少し情報を整理してみるか。
俺は、エリックだったときに、金に物を言わせて集めた噂話を思い返してみた。
この世界では、人間と魔族が長い間争いを続けている。
戦いの舞台は大陸全土に及んでおり、人類側は人口の多さから総戦力では勝っているが、個々の戦闘力においては、魔族側に分があると言われている。
特に魔王は強大な力を有していると噂されている。
まあ、実際どちらのリーシャも相当な力を持っていた。だが1対1にならないよう気をつければ、倒せないというほどではなさそうだ。
そして、魔族が勝利すると邪神が復活し世界が滅ぶ。これは目の前の女神からの情報だ。
邪神は魔族が信奉する混沌と破壊の神だ。まあ、たしかに世界は滅ぶな。
一方で、人間も光の女神ルクスを信奉している。
女神・・・か。
眼の前の女神がそのルクスかもと思ったが、この女神は妹を魔族側に転生させたり中立的な立ち位置のようだから、もっと別な上位の女神なのだろう。
女神ルクスは聖女と呼ばれる巫女を通して、人間に言葉を伝えている。
そういえば集めた伝承の中に、『嘘つき巫女』と呼ばれる話があった。
次代の聖女と呼ばれた優秀な巫女がいたが、「自分は異世界から来た誰ぞの生まれ変わりである」と周囲に吹聴していたそうだ。
周囲を大変に困らせただけではなく、詐欺師に騙されて全財産持って駆け落ちし、死体となって発見されたという。
・・・何をやっているんだか。
恵那がわざわざ魔族側に転生したり、人々の扱いが軽いのもこのせいかもしれない。
この巫女もどうにか救ってあげたいな。
元の巫女にとっちゃ妹に人生めちゃくちゃにされたようなもんだからな。
話を戻すと、以前の歴史はグッティーやその他の勇者たちがいきなり乗り込んできた魔王に次々と殺されてしまったため、人間側が負けてしまう流れになっていた。
今回、魔王はエリックの領地でままごとに興じているから、人間の勝ち筋が見えてきたと言えるだろう。
さて、どうするか。
俺はしばし考えた後、転生先が決まったことを女神に伝えた。

魔族の社会は力が全てである。強いものが偉い。シンプルなルール。
そう、我は魔族に転生したのだ。
竜人族のゲオルグ、その強靭さと炎のブレスで頭角を現し、数年後に魔物の群れを率いて人間領に攻め入り、勇者グッティーと激しい戦いを繰り広げた末、討ち取られた魔族の将。やはり女神は人間、魔族どちらかに肩入れするつもりはなく、すんなりと転生することができた。
ちなみに邪神のことは、魔族では自由の守り神テネブラエと呼ばれていて、光の女神については、人々を法でがんじがらめに支配しようとする邪神である、と教えられていた。
そんなことを考えているうちに儀式が始まったようだ。いま我は魔王城の広間で、魔王継承の儀式を見物していた。
まだ魔王軍の末席程度なので部屋の端の方にいるが、背が高い種族のため、広間の様子を見渡すことができた。
玉座に黒髪の少女が座っている。現魔王だ。
少女は見た目10歳くらいの少女に見えるが、実際は数百年を生きている大魔族らしいので油断はできない。
魔王の前に、3人の幼い少女が並んでいる。それぞれ銀髪、金髪、赤髪の美少女だ。彼女たちが次の魔王候補だ。
「我らが神、テネブラエの選択をここに!」
魔王が声を上げると、その頭上の空間が歪み、一本の触手がにゅるりと出現した。
集まった魔族たちからするとちっぽけな触手だが、それを見ると全身にゾワゾワとした悪寒が走った。
あれが、邪神の、その体の一部だと直感で理解した。
広間に集った全ての者が、恐怖に慄く中、魔王だけは平然とした様子で、むしろ興味深そうに眺めている。
やがて、触手は3人の少女に近づき、一人の頭をぽんっと叩いた。
その瞬間、凄まじい力がその少女の中に流れ込んでいったのがわかった。
金髪の少女は、いやもはや少女と呼ぶのは恐れ多い、魔王は、一歩前に出て旧魔王の前に立つと、その胸に手刀を差し込み、旧魔王の心臓を握り潰した。
新たな魔王誕生の瞬間だった。
集まった魔族たちから大きな歓声が上がった。
こうして魔王継承の儀式は終了した。
邪神の触手はいつの間にか消えていた。

その後、我は魔王とばったりであって正体がバレたりしないよう、地方に引きこもっていた。
自身を鍛えつつ、情報を集めていた。人間領の情報だ。
そして人間と魔族側の暦をすり合わせ、位置関係を修正する。よし、まだ間に合いそうだ。
そうして我は、誰にも行き先を告げず、人間領へ潜入した。
そしてある神殿を目指した。嘘つき巫女のいる神殿だ。
外見で魔族だとすぐにバレるので、街には近づかず、夜に移動する。
そして、神殿近くのある森の中に潜伏した。
巫女の死体が発見された森だ。
数日待っていると、真夜中に一組のカップルが森へと入ってきた。
「ねえ、お兄様。どこまでこんな森の中を歩くのですか?そろそろ道に戻っても大丈夫だと思いませんか?」
巫女と思しき少女が詐欺師とおぼしき男に愚痴をたれていた。
「そうだな。ここらへんまでくれば大丈夫だろう。」
男が足を止めた。
「ふぅ~、私は少し休みますね。」
巫女はその場にへたり込んでしまった。
その姿を見て、その中に恵那がすでにいないことを確信した。恵那は貞夫に決して泣き言わず、弱っているところを見せなかったからだ。
眼の前の彼女はただ、運命に導かれてありもしないお兄様を妄想し、駆け落ちという夢の中に浸っているだけなのだ。
男が足音を消し巫女の背後に回り込む。その手には短剣が握られていた。
男が短剣を振り下ろす直前、
ビシィ!
我の弾いた石がその短剣を弾き飛ばした。
「いてぇ!」
「お兄様?」
男は尻餅をつくように転んだ。
「・・・誰だ!?」
男は慌てて立ち上がり、こちらを向いた。
我はフードを目深に被ったまま立ち上がり、男の方に一歩踏み出した。
「おじょうさん、気をつけな。その男はあんたのお兄様なんかじゃない。ただの詐欺師だ。金目当てのな。」
「ちっ。あと少しだってのに邪魔が入ったか。」
「ええっ!?お兄様、そんな・・・」
詐欺野郎は舌打ちして、懐からナイフを取り出した。
「くそっ、バレたなら仕方ない。死んでもらうぜ。」
「やれるものならやってみろ。貴様ごときにやられる我ではないわ。」
「なんだとぉ!」
怒り心頭の詐欺師は我に向かって突進してきた。
しかし、所詮人間の力などたかが知れている。我が軽く手をかざすだけで、奴の体は宙に浮き、数メートル後方に吹き飛んだ。
「ぐ、ぐぅ・・・」
そのまま男は気絶した。
巫女は唖然とした顔で我と詐欺師を交互に見ていた。
「荷物を持って神殿へ帰れ。そろそろ夢から覚める時間だ。」
我は巫女に背を向け、森の奥へ歩き出した。
「あの、ありがとうございます。・・・あなたは一体誰なんですか?」
「名乗る名などない。我はただの通りすがりの修正者(コレクター)だ。」
決まった。
我は心の中でガッツポーズをした。

その後も、我は魔族領へは戻らなかった。
この後の人間との戦争で人間とは戦いたくなかったからだ。
ゲオルグはここで歴史からドロップ・アウトする。そう決めたのだ。
人間領に隠れ住み、長い年月が経った。
そんなある日、突然あたりが暗くなった。
なんだ?何が起こった?見上げるとそこには信じられないものがあった。
いや、ありえないだろう。あれはいくらなんでもデカすぎる。
あんなものがこの世に存在するはずがないんだ。きっと幻覚に違いない。
我は疲れているだけだ。
目をこすってもう一度見てみたがやはり変わらない。
それはあまりにも大きく、圧倒的だった。まるで山のようだ。
いや、山なんてもんじゃない。島といってもいいかもしれない。それほどまでに大きい、肌色の球体。
それは、おっぱいだった。それもとてつもない大きさの爆乳だった。しかもその先端には乳首があった。つまり、そのサイズに見合ったとんでもない大きさの乳首をぶら下げているのだ。
こんなものをどうやって支えているのかはわからないが、とにかくその大きさだけでも脅威的だった。
そんなことを考えているうちにその物体はどんどん近づいてくる。たちまち空一面が肌色の天井に覆われる。
もはや距離感がわからない。空のおっぱいはどんどんズームしてくるのにまだ地面には到達しない。一体どれほどの大きさなのか。
そしてついに、その乳首が遠くに見えていた人間の街へくっついた。街の姿が一瞬で消滅し、巨大な衝撃波が周囲に広がっていった。
だが、その衝撃波がここまで到達するよりも早く、我は頭上から降りてきた乳肉に押しつぶされていた。