堀裕子、通称美少女サイキッカーエスパーユッコ。
数多くのアイドルの中で、唯一自身が超能力者であると主張し続けているアイドルである。主張し続けていると言えば、某永遠の17歳の人とかもいるわけだが。

彼女は、街中でスカウトされたわけでは無く、自身からオーディションを受けにきた。そのオーディション中では得意だと言うスプーン曲げを披露すると言っていたのだが、微塵も曲がる気配が無かった。しかし、頑張ってスプーンを曲げようとしているその姿が、とてもパッションに満ち、なおかつキュートだったので合格にした。

合格後、ユッコだけ特例で、通常のレッスンの他に「サイキック増強レッスン」が行われた。
レッスンとは名ばかりで、基本的にスプーンを指でこすって温めたり、知恵の輪をしたり、パワースポットを巡ったりもした。そんなレッスンでも彼女は満足してくれて、「だんだん力がついてきた気がします!」と言ってくれた。しかし、レッスンを受けても未だにスプーンが曲がったのは小学生の時の一回のみらしかった。今度はマイ◯ドシーカーをやってみようと思う。

アイドルになってからしばらくして、ユッコに初めての仕事が入った。内容は、小さな野外のイベント会場で自身のアピールをする。と言うものだった。出番は少しだけであったが、彼女は目立ちたがり気質なので、意気揚々であった。「私は本番に強いんです!」とスプーン曲げを披露してみせると言っていたが、スプーンが曲がる曲がらない以前に、少し不安な点があった。
これに気づいたのが少し前で、確証が持てないのでユッコにも話していないのだが、どうやら彼女はサイキックパワーを有してはいるが、コントロールする力がないようである。オーディションの時、レッスンの時、いずれも何かにサイキックパワーを使用すると、思いもよらぬ方向に作用されるようである。オーディションの時はプラスチックの観葉植物が成長し、レッスンの時はレッスンルームの片隅に置かれたキノコボッチメタルアイドル、星輝子が忘れて帰ってしまったキノコが謎の繁殖を遂げていた。

本番まで後少しなのに、このことを指摘すると彼女のモチベーションダウンにつながる可能性があるので、あえて指摘しなかったのだが。

イベント当日、素晴らしい快晴の日、彼女は集合時間よりも早くに会場に到着していた。彼女曰く、「今日は雲ひとつないのでサイキックの調子がいい日」らしい。彼女の出番は大体終盤くらい。控え室で出番を待っていると、ユッコが突然聞いてきた。「プロデューサー、今日、スプーンは曲がるんでしょうか。今まで曲がっていなかった物を、突然今日になって曲げられるんでしょうか。いくら今日は昨日までより調子が良かったとしても、できるとは限らないので…」
「今まで頑張ってきたんだ。絶対今日は成功するさ。ユッコの成功を信じておくよ」
「ありがとうございます、プロデューサー」
そんな会話をしていると、間も無く出番がやってきた。

前のアイドルがステージから降りてすぐ、ユッコは舞台に上がった。

「皆さーん!初めまして!私は堀裕子です!美少女サイキッカーエスパーユッコと覚えてください!」彼女は普段と変わりなく、いや、普段以上に元気な声で自己紹介をした。絶対にこのイベントを成功させたいという彼女の気合が見て取れた。それから幾分か自慢やサイキックに対する思いを語った後、いよいよスプーン曲げを行うことになった。「いいですか、皆さん!今からこのエスパーユッコが、このスプーンを曲げてみせます!」ユッコが左手に持ったスプーンに意識を集中させていく。観客は息を呑んだ。「せーの…ムンッ!」しかしスプーンに変化はない。「あれー?おかしいなー。今のは無しで…ムンッ!」今度もスプーンに変化はない。ユッコに少し焦りが出始めた。「ムンッ!ムムンッ!」焦りからか連続で念じ出した。観客は少し呆れている様子であった。それでも曲がらず、ユッコは一度深呼吸をすると、今までよりも大きな声で念じた。「ム ム ム 〜 ン !」

その時、ついに変化が訪れた。ユッコが突然消え失せたのである。タネも仕掛けもないようなこのステージから、一瞬で。

会場は驚きの声に溢れ、私は胸を撫で下ろした。良かった。スプーン曲げとは違うが、一応サイキックは成功した。

と思ったのも一瞬であった。


突然、会場が巨大な影に覆われた。と同時に何やら大きな声が聞こえてきた。その声は私にとっては聞き慣れた声で、観客にとっては今日初めて聞く声であった。
ゆっくりと観客達が見上げると、次第にに驚きやら悲鳴やらが入り混じった声が聞こえた。何事かと私も舞台袖から客席に急いで向かい、同じように見上げて見た。

そこには。スプーンを見つめつつ焦りに焦った巨大な堀裕子の姿が見えた。

だいたい50メートルくらいだろうか。未だ彼女は自分に起きた変化には気づいていないらしく、足元で何棟かの建物が崩れていることに気づかず、また、観客の声にも気づいていないようだった。完全に意識が目の前のスプーンにのみ集中してしまっていた。
無意識の破壊を行なっている彼女にどうしてこちらに気づかせようかと思案を巡らせていると、彼女が口を開いた。
「手応えはあったんだけどなぁ…もう一回だけ、もう一回だけ…」
その言葉を聞いて、とても嫌な予感がした。今すぐにでも止めないと大変なことになると思い、大声で呼んだが、彼女の耳には届かなかった。先ほどのように深呼吸をするユッコに。深呼吸の音で私の声がかき消されたようだった。
「ム ム ム 〜 ン !」
ふたたび光に包まれるユッコ。観客は元に戻るのだと思っていたが。
私の予感が的中した。

一瞬後、先程とは比べものにならないくらいの影が会場を、いや周囲一帯を覆った。
被害は増加し、更に彼女と希望は遠のいた。
彼女、エスパーユッコは、更に巨大化してしまっていたのである。
およそ1000メートル後半。スカイツリーですら膝より下にならんとする大きさであった。

流石に今度は異変に気付いたらしく、スプーンのみに向けられていた意識をこちら側に向けてくれた。彼女はしゃがんで、こちら側に手を伸ばした。しゃがんでくるだけでも、強風が吹き荒れたのに、さらにビルをつまみあげた。ビルの中にいた人々の何人かは、持ち上げられるビルから次々と落ちて行った。
「何でしょう、これ?でも、私は会場にいたはずじゃ…」ただのつぶやきのはずなのに、一言一言が地上をビリビリと震わせた。
と言い、つまんだビルを軽く粉砕し、立ち上がって彼女はここがどこか探るべく、ゆっくりと歩き始めた。
彼女が一歩歩くたび、今までの人生の中で体験したことのない地震が一定の周期で襲いかかってきた。
ありがたいことに、彼女はイベント会場とは違う場所を無意識のうちに選んでくれている。しかし、イベントに参加していない被害者の数は増していく一方だった。

およそ何十分たっただろうか。突然何かを考えながら歩いていたユッコの足が止まった。そして元気な声で

「やっとわかりました!私のサイキックパワーで、皆さんを小さくしてしまっていたんですね!」

と彼女は言ったのだが、巨大すぎる彼女の言葉は、もはや人々には理解できなかった。その後、彼女は「それではいきますよ〜!みんな大きくな〜れ!」とも言った
が、これも理解されず、最後に皆が嫌でも分かるあの言葉が響き渡った。

「 ム ム ム 〜 ン ! 」

その言葉を最期に、しばらく皆の意識は途絶えた。

次に目を覚ました時、彼女の姿は見えなかった。精一杯荒廃しきった街を探し回ったのだが、何時間経っても彼女を見つけることができなかった。

数日後、復興中の街で、相変わらずプロデュース活動を続けていた時。ニュース速報が流れた。内容は、超巨大な物体が地球に向かって接近中。何やら強い意思があるかのように、その肌色の長細い物体がものすごい速さで接近しているらしい。直撃確率はほぼ100%。しかし、衝突するのは何十年と先のことらしい。
このニュースを見て、私は彼女を案じたのであった。

その少し前。
「ふふ…♡皆さん楽しそうですねぇ…♡」
途方もなく巨大なそれは肉眼でほぼ見えないくらいの大きさの青い星目掛けてゆっくりと、ゆーっくりと手を伸ばしていた。
「サイキックは最初から自由自在に操れてたんですよ…♡全部…全部…テレパシーも…皆が何を考えているのかだってわかってたんですよ…それにしても、ちいさいなぁ、ちいさいなぁ…このまま潰すのも味気ないですね…そうだ♡微生物の皆さんにはミニミニミニミニユッコちゃんのクローンでもプレゼントしましょうか…だいたい20人ぐらいの…ムンッ♡」

地球は、その後蹂躙の限りを尽くされ、跡形もなく存在を抹消された。













「サイキック〜リセット♡」